東京家庭裁判所 昭和34年(家)12883号 審判 1960年3月03日
申立人 平田ヒサ(仮名)
主文
申立人の氏を父の氏「今井」に変更することを許可する。
理由
一、申立人は大正一四年八月○○目平田くみの婚外子として出生し、昭和三〇年七月○○日父今井肇により認知された女子であつて、現在母の氏を称し、戸籍上は筆頭者として、その婚外子公夫(昭和三二年生)と同一戸籍内にあるものである。
一、申立人は近く婚姻することになつているが、その婚約者は申立人が父の氏を称することを希望し、申立人自身も父の氏のもとに婚約者と夫の氏を称する婚姻をしたいから、本件許可を求めるというのである。
一、仍て氏変更申立の当否を判断するに、民法七九一条の父母の氏への変更の許否については、裁判所は広い裁量権はなく、親子関係の存否と申立人の氏変更意思を審査し、これが肯認される限りは他の事情を考慮する迄もなく、氏変更の許可を与えるべきであるという見解がある。しかしながら論者の云う通りであれば、氏変更については、裁判所の関与は必要なく、戸籍事務管掌者の形式的審査で足りるわけである。それにも拘らず法は原則として氏変更を裁判所の許可にかゝらしめ、ただ民法七九一条三項の復氏による氏変更に限り裁判所の許可を要しないこととしたのは、裁判所によつてなされる氏変更の許否については、前叙形式的審査の外に、尚実質的審査即ち正当性の審査を必要とする部面があるからである。
一、それでは民法七九一条の氏変更の許可基準は何かというに、この点について諸説必ずしも帰を一にしないが、それは民法七九一条を如何に理解するかによるのであろう。
惟うに民法七九一条一項には二つの意味があり、その一はその規定は戸籍編製の基準(戸籍法六条)に従い、偶々別戸籍にある親子が同一戸籍に入籍するところの途を開いたものであり、(即ち戸籍編製上の氏)その二は戸籍法一〇七条の氏変更の特例として理解すべきものと解する。(呼称としての氏)
一、前者においては戸籍編製上、父又は母の戸籍に入籍可能な限り、氏変更が認められるべきであり、裁判所の裁量の余地はたゞその氏変更が戸籍編製の基準方針に反するか否かの点とその濫用を防止する範囲、程度にすぎない。従つてその却下の審判に対しては、即時抗告が認められるが、許可の審判に対しては戸籍法一〇七条の場合と異り利害関係人の抗告権が認められていない。(この戸籍編製上の氏の意味においては氏変更如何を裁判所の許可にかからしめる必要なく、個人の自由な届出により氏変更、入籍できるものとするのが実際的である)。
或は裁判所の許可にかゝらしめたのは、関係者間の、或は因習的感情(家としての氏)の調整にあるといい、例えば現に婚姻外子の父の氏への変更について本妻(父の妻)の立場の顧慮並にその間の調整、啓蒙ということが事実上、審判手続においてなされる傾のあることは認められるとしても、それは法律ではない。
これを本件申立人について考えるに、申立人は成人し、既に一子迄儲けているので、申立人等母子がともに申立人の父の戸籍に入籍することは戸籍編製上不能であり、従つてこの意味にての本件申立は理由がない。或は仮りに戸籍簿上、単身だけは父の籍に入籍できる取扱をなすべきものとするも、申立人としては、その未成熟の子と共にこそ同氏、同戸籍に在るのが戸籍編製の基準方針であるところ、申立人だけが父の氏に入籍するというのは、右の基準に反することになるから、この意味においても、本件氏変更は認められるべきでない。
一、次に戸籍法一〇七条の特例としての民法七九一条による呼称としての氏変更の当否を考えてみよう。
民法七九一条と戸籍法一〇七条の関係について、前者による氏変更は氏の同一性を変更することであり、その結果通常呼称の変更を来たすことになるのに対して、後者は氏の同一性を維持し、その呼称だけを変更することであるが、氏は名と共に個人の呼称であるべく、又そのように理解する限り、所謂氏の同一性如何によつて生ずる法律関係(身分としての氏、並に権利主体としての氏)よりも、むしろ呼称の変更は個人の自由に属せしめるべきかということに重きがおかれるべきである。
一、而して個人が戸籍氏に拘らず、自己を表示するに、如何なる通用氏、雅号、その他を使用するも、それは全く個人の自由であり、それに基いて生ずる不便不利を自ら負担する以上、これにより第三者の権利を害さない限りは、法は戸籍氏以外の氏使用を拒否してはならない。このことは名についても云えるところである。
しかしながら自己を表示する氏が一度公簿則ち戸籍簿に登録された以上は、戸籍氏の変更は呼称秩序の維持上自由に許るされるべきでない。それは戸籍法一〇七条における「やむを得ない事由によつて氏を変更しようとする者は云々」との規定形式に徴しても、戸籍氏の変更は原則として許さない建前であることは理解されよう。
一、従つて戸籍氏の変更は氏を呼称と理解する限り、個人の自由と呼称秩序の維持との比較考量において、前者が後者より重しとされる場合に許容されよう。法は「やむを得ない事由により」と規定しているが、右の趣旨に理解すべきである。
この結果、永年使用その他により通用氏を以てする自己表示が戸籍氏を以てするよりも、よりよく表示される場合の如きは、当に呼称秩序に対して何等の顧慮の必要はなかろうから、氏変更の事由になろう。又珍奇な氏が氏変更の可能性にさらされるのは、珍奇な戸籍氏を以て表示される者が、それによる表示を拒否し、将来もそれが通用される見込のないことが、確実視される結果、戸籍氏では自己表示に十全でなく、従つて仮令氏変更による呼称秩序を害することがあつても、その程度は低くかろうし、且個人の自由と人格の尊重が呼称秩序を越えて優位に立つためである。
一、これに対して民法七九一条により、呼称としての氏変更を求める場合は、その変更の範囲は父母のうちのいずれかの氏に限定せられ、且現行法上子は父又は母の氏を称することに法定せられている関係上、父又は母への氏変更の自由を認めても、第三者の氏名権を侵害し、その他呼称秩序を害する程度は低くかろう。従つて民法七九一条による呼称としての氏変更は、原則として認められるべきであつて、たゞ氏変更権の濫用等特段の事情のある場合に限り、それが拒否されるにすぎないと解すべきである。即ち子の氏変更の許可基準について民法七九一条は戸籍法一〇七条の特例をなすものである。これを換言すれば一般に氏変更は原則として許さず、特段の事由ある場合に限り、許容せられるが、子が父、又は母へ氏変更は原則として認められるべきであり、例外として特段の事情のある場合に拒否されるということになる。
叙上の見地に立つときは、本件申立人が成年に達して後に至つて、漸く認知された父の氏を称して、結婚したいというその希望は、それを認めても呼称秩序を害することもなかろうし、仮りにありとしても、その程度は尠かろうから前説示に徴して、本件申立は理由がある。
(家事審判官 村崎満)