東京家庭裁判所 昭和39年(家)5300号 審判 1965年5月10日
申立人 本田花子(仮名)
相手方 本田茂男(仮名)
主文
相手方は申立人に対し婚姻費用の分担として(一)本審判確定の日限り金五万円を、(二)昭和四〇年五月より申立人と相手方の別居関係の終了まで毎月一五日限り金四万五、〇〇〇円ずつをそれぞれ支払え
本件手続費用は各自の負担とする。
理由
第一、申立の要旨
本件申立の要旨は、「申立人と相手方の間における昭和三八年(家)第八〇五号婚姻費用の分担審判事件につき昭和三八年一〇月一四日なされた審判は、相手方は申立人に対し申立人との間の子二人の養育料として毎月金三万円を支払うべき旨定め、同審判は昭和三九年四月一日東京高等裁判所がなした相手方の申立にかかる即時抗告を棄却する旨の決定により確定した。しかし、その後同年七月一日から申立人は無給与休職となり、その為申立人の収入は月額金六万、五〇〇〇円減少した。従つて、婚姻費用の分担として金五万五、〇〇〇円の増額を求める」というにある。
第二、当裁判所の判断
(一) 前になされた審判と本審判との関係について
当庁昭和三八年(家)第八〇五号婚姻から生ずる費用の分担審判事件記録添付の申立書および審判原本によれば、同事件は、申立人と相手方間の長女春子、次女秋子と長男達男の養育料請求事件として申立てられたが、長女春子は昭和三八年一月一五日相手方に引取られたので、審判も昭和三八年一〇月以降については、相手方は申立人に対し次女秋子長男達男の養育料として毎月金三万円を支払うべき旨を命じていることが認められる。しかして、申立人は本件において、婚姻費用の分担として金五万五、〇〇〇円の増額を求める旨述べているから、本件申立は、右審判において定められた二人の子の養育料の増額とともに、新らたに申立人自身の生活費の請求をもなすものと解すべきであり、以下この趣旨に従い本件申立を判断する。
(二) 申立人の収入について
申立人本人の審問の結果並びに昭和三九年四月一日付及び昭和三八年七月一日付東京都教育委員会作成名義の各書面、昭和三九年一〇月一二日付及び同月二三日付東京都○○区立○○小学校長高森敏夫作成名義の各証明書及び申立人の給与支払明細書によれば、申立人は東京都公立学校教員であるところ、昭和三八年七月一日以来休職し、休職期間中は本俸および暫定手当の総額の一〇〇分の八〇にあたる金四万四、四五六円が支給されていたが、税金その他を差引き毎月の手取額は金三万五、五九一円であつたこと、又、賞与については一年間における手取額は約一二万六、一六四円にのぼり、一ヶ月平均約一万〇、五〇〇円であつたこと、および昭和三九年七月一日以降は無給与休職となつたため、右俸給および賞与が支給されないこととなり、申立人の収入は一ヶ月平均約四万六、〇〇〇円減少したことが認められる。
次に申立人本人の審問の結果および当庁家庭裁判所調査官伊藤よね作成の調査報告書によれば、申立人は肩書住所所在の宅地約三七坪および同地上の二階建家屋一棟(一階六室、二階九室)並びに東京都○○区○○町に宅地(更地)三六坪を所有していること、申立人は現在右居住家屋の二階九室中七室を間貸しして収益を計つているが、昭和三九年四月以来常に二室が空部屋となつておりその家賃収入は一ヶ月平均約二万五、〇〇〇円であることが認められる。
(三) 相手方の収入について
相手方本人の各審問の結果並びに前掲調査官伊藤よねの調査報告書、相手方の昭和三九年分所得税源泉徴収簿兼賃金台帳および同じく給与所得の源泉徴収票、有限会社○○○○商店第一〇期決算報告書、および前記別件記録添付の当庁家庭裁判所調査官新田慶作成の調査報告書によれば相手方は海産物卸売業を目的とする有限会社○○○○商店の代表取締役として一応月額金七万円の報酬を受け、所得税等を控除した手取額は一応約六万二、〇〇〇円とされているが、相手方が右七万円の報酬を受けるようになつたのは昭和三六年七月であり、爾来現在に至るまでの約三年八ヶ月の間一度も増額されていないこと、他方右商店の第七決算期(昭和三五年三月一日から昭和三六年二月二八日に至るもの)においては、同商店の一年間の総売上高は金八、六二八万七、六九三円であつたのに比べ、第一〇決算期(昭和三八年三月一日から昭和三九年二月二九日に至るもの)においては、これが一億四、九一二万九、三五四円にものぼりその為売上総利益は右第七期の六五三万〇、八九〇円に対し一、三九七万二、七八七円と約二倍になつており、他方経費である一般管理販売費は第七期に比べ人件費(給料)が約二倍になつている外は多少の増加をみせてはいるが著るしい変動はないこと、第一〇期の決算書類上は右商店の年間の純利益がわずか金五二万九、三九五円となつていることおよび右商店は実質上相手方の個人会社ともいうべきものであること、以上の事実が認められる。これらの事実に徴すれば、相手方が右商店から報酬として受けている金七万円というものは経常的ないわば社員の給料と類似するものとして受けている額であつて、賞与利益の配当等を含めた実質的な報酬は右金額を相当額上回り、一ヶ月平均少くとも金一〇万円を下らないものと推認するを相当とする。けだし年間の総売上高が約一億五千万円に達するものである以上いかに卸売業であるとはいえ、一般経費を差引いた純利益がわずか約五三万円弱であるとはとうてい措信できず、かかる決算書類上の数字と会社の実際における数字との間には若干の距りがあること、特に個人会社の場合それが著るしいことは、前記証拠に照らし推認しうるところというべく、その個人会社の実権者である代表取締役の収入は単に決算書類上の数字をもつて律することができないというべきだからである。もつとも、このような個人会社の代表取締役の場合その収入を明確に確定することは事の性質上殆んど不可能というべきであり、他方本件のように婚姻費用の分担額を定める場合においては必ずしもこれを確定することを要せず、相当程度幅のある認定をもつて足りるものというべきであるから、相手方が前記商店より受ける報酬は、賞与配当等一切のものを含め一ヶ月平均少くとも金一〇万円を下らないものと推認し、これを婚姻費用の分担額決定の基礎となし得るものというべきである。
次に相手方本人および堀井美子の各審問の結果および○○観光開発株式会社第一期決算報告書によれば、相手方は同会社の代表取締役をしているが、これは単に名義のみを貸したものにすぎず、同会社は実際上相手方の友人である堀井美子が経営し社員は同人の外わずか一名であること、しかも、その設立は昭和三八年一二月三日であつて第一期(昭和三八年一一月一日から昭和三九年六月三〇日に至るもの)の決算においては金四八万円余の損金を計上し、相手方に対しては賞与、配当はおろか報酬すら支払つていないこと、および相手方は稀には右堀井と共に旅館等の下見分に出張することはあるがその際はすべて右堀井が旅費、宿泊費を直接支払い相手方には旅費、日当等として現金を支給することはないこと、以上の事実が認められる。そうすると、相手方が右○○観光開発株式会社から受ける収入は全くないものというべきである。
なお、申立人が主張する相手方と○○水産との関係については、前掲調査官の調査報告書によれば、相手方は単に築地の中央市場におけるせり売についての東京都知事の鑑札(俗にせり鑑という)を取得する為、右鑑札の附着した○○水産を名義上譲受けて、これを従前の有限会社○○○○商店と合併したものであつて、右○○○○商店と別個に営むものではないことが認められる。
従つて結局、相手方の収入としては前記有限会社○○○○商店の代表取締役として受ける一ヶ月平均少なくとも金一〇万円を下らない額のみであるといわなければならない。
(四) 申立人および相手方並びにその子の生活状況について
申立人および相手方の各審問の結果並びに前掲調査官の各調査報告書およびその他申立人および相手方の提出した各上申書と題する書面を総合すれば、申立人はその所有にかかる肩書住所所在の宅地三七坪地上に存する二階建家屋(二階九室、階下六室)に居住し、二階九室は間貸しにあて(但し現在二室は空室)階下六室中二室は住込みのメイドおよび家庭教師に無料で貸与し、他の四室において相手方との間の次女秋子(当一四年、中学三年生)および長男達男(当一二年、中学一年生)とともに生活していること、申立人がその子二人を含めその生活費として支出した金額は一ヶ月平均一一万五、〇〇〇円にのぼり、その内訳は食費三万二、〇〇〇円、光熱費八、〇〇〇円、教育費一万八、〇〇〇円(月謝八、〇〇〇円、ピアノ教師謝礼四、〇〇〇円、進学教室費用六、〇〇〇円)、衣料費一万円、子二人の小遣五、〇〇〇円、医療費八、〇〇〇円、申立人の小遣五、〇〇〇円、メイド給料一万五、〇〇〇円、雑費その他一万四、〇〇〇円でてること、これに対し、相手方は肩書住所所在の有限会社○○○○商店の社員寮に起居し、その監護養育する申立人との間の長女春子(当二〇年、てんかんの持病をもつ)を天理教教会に預けその費用として一ヶ月平均一万五、〇〇〇円を支出していることが認められる。
(五) 婚姻費用の分担額について
当庁昭和三八年(家)第八〇五号事件における家庭裁判所調査官新田慶の調査報告書および審判書原本によれば、昭和三二年一〇月頃申立人と相手方は些細なことから口論をはじめ、その際申立人が相手方に家から出て行くことを求めたので、相手方はそれまで婚姻生活を営んできた申立人の肩書住所を子供を残して一人飛び出しそれ以来○○区○○東三丁目二三番地その他に別居するに至つたことが明らかであり、かような事情の下においては、相手方は別居関係の終了まで、婚姻費用の分担として、相当の金員を申立人に支払うべきものといわねばならない。しかして、前記(二)および(三)の申立人および相手方の収入を合計すれば約一二万五、〇〇〇円となるが、前記(四)の申立人および相手方の生活状況、即ち、申立人は一四歳の女の子および一二歳の男の子を監護養育し、相手方は二〇歳に達してはいるがてんかんの持病を有する女の子を養育していることおよび前認定の事情その他一切の事情を考慮すれば、右収入の合計を申立人側において七万円、相手方において五万五、〇〇〇円と配分するのが相当と考えられる。そうすると現在申立人は金二万五、〇〇〇円の間貸収入を得ているから、相手方は申立人に対し金四万五、〇〇〇円を婚姻費用の分担として支払うべき義務があるものといわねばならない。
ところで本件申立は申立人が無給与休職となる昭和三九年七月一日以降につき婚姻費用の分担を求めていると解されるので同日以降相手方は毎月金四万五、〇〇〇円を分担すべきところ、相手方は申立人に対し前記審判に基き右同日以降においても二人の子の養育料として毎月金三万円を送金していたのであるからこれを差引くと右同日以降本年四月分までの差額の合計は金一五万円となる。しかし、申立人および相手方提出の上申書と題する書面によれば、相手方は申立人に対し、二人の子の養育料の増額分として昭和四〇年三月一九日金六万円、同月二五日金一万円、同年四月六日金三万円以上合計金一〇万円を支払つていることが認められるから、右差額金一五万円よりこれを差引けば、未払分は金五万円となる。
よつて、相手方は申立人に対し右婚姻費用分担の未払額金五万円を本審判確定と同時に支払うべき義務があり、かつ、昭和四〇年五月以降の婚姻費用の分担として毎月金四万五、〇〇〇円ずつを支払う義務があり、これは前記審判のとおり毎月一五日限り支払うのが相当である。申立人の本件申立は右限度において相当であるので、主文のとおり審判する。
(家事審判官 脇屋寿夫)