東京家庭裁判所 昭和40年(家イ)4445号 審判 1965年11月26日
申立人 中川幸子(仮名)
右法定代理人親権者母 中川良子(仮名)
相手方 川上哲男(仮名)
主文
相手方は、申立人を認知する。
理由
一、申立人は、主文と同旨の審判を求め、その事由として述べる要旨は、
(一) 申立人の母中川良子は、昭和三三年四月二三日から韓国人金栄潤と事実上の夫婦として同棲生活に入り、その間に昭和三四年一〇月八日長女中川美子をもうけ、同年一一月二〇日東京都渋谷区長に対し右金栄潤との婚姻届出を了したものであるが、間もなく同人が当時営んでいた建築デザイナーの仕事に失敗し、かつ、他の女性と関係を生じたことから、申立人の母中川良子と右金栄潤との仲はとかく円満を欠き、遂に昭和三五年三月三一日右金栄潤は申立人の母中川良子と前記中川美子とを遺棄して家出し、所在をくらまし、以来申立人の母中川良子と右金栄潤とは事実上離婚状態となり、その間には全く交渉がない。
(二) かような訳で、申立人の母中川良子は、右金栄潤と正式に離婚することを望んでいたのであるが、右金栄潤はその所在をくらましているため、離婚手続が遅延し、ようやく同人の友人山田某のあつせんにより、昭和四〇年七月二三日に至り、東京都渋谷区長に対し同人との離婚届出を了した。
(三) しかしながら、申立人の母中川良子は、金栄潤と正式に離婚する以前である昭和三九年三月頃相手方と知り合い同年八月三一日から相手方と同棲生活に入り、昭和四〇年八月一一日相手方との間の子として申立人を分娩した。
(四) 右の如く、申立人は真実は申立人の母中川良子と相手方との間に出生した子であるのにかかわらず、申立人の出生の時が申立人の母中川良子と前記金栄潤との婚姻解消後三百日以内であるため、申立人は一応母中川良子と右金栄潤との間の嫡出子としての推定を受けることになり、このままでは母中川良子と右金栄潤との間の子として出生届をするほかないのであるが、かかる出生届は真実に反することになるので、申立人は審判により相手方の認知をえたうえ、母中川良子より出生届を了し、その現在の戸籍に登載されたく、本件申立に及んだ
というにある。
二、本件につき、昭和四〇年一一月二六日に開かれた調停委員会の調停において、相手方が申立人を認知することにつき、当事者間に合意が成立し、その原因についても争がないので、当裁判所は、本件記録添付の各戸籍謄本、出生届添付の出生証明書並びに申立人の法定代理人親権者中川良子および相手方に対する審問によつて、必要な事実を調査したところ、一の(一)ないし(三)に記載したとおりの事実が認められる。
三、ところで、法例第一八条によれば、子の認知の要件は、その父に関しては認知の当時父の属する国の法律により、その子に関しては認知の当時子の属する国の法律によつてこれを定めるべきものであるから、相手方については日本民法によるべきであり、また、四において後述する如く、申立人は一応その母中川良子と韓国人金栄潤との間の嫡出子と推定され、これを前提とする限り、その出生した時父が韓国人であるため韓国籍を有するものと解されるから(大韓民国国籍法第二条)、申立人については大韓民国民法によるべきことになり、したがつて、本件認知の要件は、日本民法および大韓民国民法によるべきものである。
四、そこで、本件認知の要件を日本民法および大韓民国民法によつて審査するに、日本民法によつても(第七七九条)、大韓民国民法(第八五五条)によつても、被認知者は嫡出でない子でなければならないから、相手方が申立人を認知できるためには、申立人が嫡出でない子であることを要する。
法例第一七条によると、子が嫡出であるか否かは、その出生の当時母の夫の属した国の法律によつてこれを定めることになつているのであるが、前記認定のとおり、本件申立人が出生した昭和四〇年八月一一日の直前である同年七月二三日に、母中川良子は、韓国籍を有する金栄潤と離婚しているのであつて、かかる場合については、法例は直接に規定するところがない。しかし、かかる場合については、離婚当時の母の夫の本国法によるべきものと解するのが相当であるから、本件申立人が嫡出であるか否かは、右金栄潤の属する大韓民国の民法に よつて定まることになるといわなければならない。
大韓民国民法第八四四条第二項によると、婚姻解消終了の日より三百日以内に出生した子は婚姻中に懐胎したものと推定され、更に同条第一項によると、妻が婚姻中に懐胎した子は、夫の子と推定され、かかる夫の子すなわち嫡出子と推定される子については、同法第八四六条および第八四七条により、夫から子またはその親権者である母を相手方とする嫡出否認の訴(出生を知つた日から一年以内に限る)のみによつてその嫡出性を否認することができるのである。しかしながら、この第八四四条の規定については、同趣旨の規定である日本民法第七七二条の規定についてと同様に、かかる嫡出推定は、子の懐胎期間中、夫が失踪宣告を受け失踪中とされるとき、または夫が出征中、在監中、外国滞在中などであるとき、あるいは夫婦が事実上離婚状態にあるとき等、夫と妻との間における同棲交渉が欠如していることが外観的に明瞭である場合には、排除され、かかる場合には、子と夫との間の関係は嫡出否認の訴でなく、親子関係不存在確認の訴によつて争いうるものと解されている。
そうだとすると、本件申立人は一応母中川良子と金栄潤との間の嫡出子であると推定されるのであるが、右金栄潤は、前記認定の如く、昭和三五年三月三一日申立人の母中川良子を遺棄して家出し、その所在をくらまし、以来申立人の母中川良子と事実上離婚状態となつており、申立人の懐胎期間中母中川良子と右金栄潤との間における同棲交渉が欠如していることが外観的に明瞭であるから、右の嫡出推定は排除されるものといわなければならない。そして前記認定の如く、申立人と右金栄潤との間には父子関係は存在せず、申立人の母中川良子は昭和三九年八月三一日から相手方と同棲し、相手方との間の子として申立人を懐胎し、分娩したのであつて、申立人は嫡出でない子であるといわなければならない。
そして、本件認知の申立は、日本民法および大韓民国民法が規定するその他の要件もすべて充足しているので、理由があるというべく、当裁判所は、調停委員星野幹、同藤田ふさ子の意見を聴いたうえ、家事審判法第二三条に則り、主文のとおり審判する次第である。
(家事審判官 沼辺愛一)