東京家庭裁判所 昭和40年(少)14801号 決定 1965年11月05日
少年 S・N(昭二〇・一一・六生)
主文
少年を東京保護観察所の保護観察に付する。
理由
一、罪となるべき事実
少年は、○○○○大学の学生自治団体である○○会体育連合会所属の○○○○大学ワンダーフォーゲル部の二年生部員であつたものであるが、同部においては昭和四〇年五月新入部員の練成を目的として山梨県下笠取山より雲取山を経て東京都下氷川に通ずる奥秩父連山縦走コースの踏破を企画し、OBである監督○塚○丸以下上級生部員等二〇名が新入部員二八名と共に同月○○日新宿駅を出発したが、少年を含む監督以下上級生部員等は上記練成会においては新入部員の練成のためには、これに対し暴行を加えることもやむなしとして全員共謀の上、
第一
新入部員和○昇(当時一八歳)が、前掲コースの途中疲労困憊して隊列から遅れたり倒れたりするや意気地がない等と思惟し、
(1) ○塚○丸は、同月△△日午前六時過頃、塩山市所在唐松尾山山腹山道において、隊列より遅れていた和○の頭部を棒で殴打し
(2) ○浦○夫は、同日午前九時頃、同市所在将監峠附近山道において、和○の臀部を棒で殴打し
(3) ○島○は、同日午前一一時過頃、山梨県北都留郡丹波山村所在「北天のタル」附近山道において、和○の顔面を平手で数回殴打し
(4) 森○は、同日午後一時三〇分頃、同村所在前同所附近山道において、倒れていた和○を立たせてその顔面を平手で殴打し
(5) 前記○塚は、前同日時頃、前同所において、倒れていた和○の臀部を登山靴のまま足蹴りし、かつその顔面を登山靴のまま踏みつけ
(6) 寺○広は、前同日時頃、前同所において、和○の顔面を平手で殴打し
(7) 少年は、前同日時頃から約一時間位の間、前同所附近から三条ダルミテント場附近に至る山道において、和○が一〇ないし二〇メートル毎に倒れると、その都度同人の臀部を登山靴のまま足蹴りし
(8) 前記寺○は、同日午後二時三〇分頃、前記丹波山村所在三条ダルミテント場附近において、倒れて起き上れなかつた和○を無理に立たせた上、その顔面を平手で殴打し
(9) 藤○徹は、前同日時頃、前同所において、和○の顔面を平手で数回殴打し
(10) 前記森○は、前同日時頃、前同所において「四つんばいでもいいから自分の力で行け」等と怒号しながら、和田の顔面を平手で殴打し、倒れた同人の臀部を登山靴のまま足蹴りし、かつその顔面を登山靴のまま踏みつけ
(11) 前記○塚、○、寺○、○辺○治、○藤○昭は、前同日時頃、疲労困憊の極起き上れなかつた和○を○浦○夫、○又○亮、少年の三名がその両手両足を抱えて前記三条ダルミテント場内に運び込むや、同所において強いて和○を立たせた上、こもごもその顔面を平手で殴打し
(12) 前記藤○は、同日午後五時過頃、前同所附近において、倒れていた和○の臀部を登山靴のまま足蹴りし
(13) 前記○島は、同月△○日午前六時過頃、東京都西多摩郡奥多摩町所在雲取山附近山道において、和○の臀部を棒で殴打し
(14) ○○田○行は、同日午前七時頃、同所附近山道において、和○の臀部を登山靴のまま足蹴りし
(15) 前記○藤は、前同日時頃、前同所附近山道において、和○の顔面を平手で数回殴打し
(16) 前記○又は、前同日時頃、同所附近山道において、和○の臀部を細引紐で殴打し
(17) 前記寺○は、同日午前八時頃、前記奥多摩町所在七ツ石山鴨沢分岐点において、遅れて来た和○の顔面を「歯を食いしばれ」と怒号しながら平手で殴打し
(18) 前記藤○は、前同日時頃、前同所において、和○の頭部を棒で一回殴打し
(19) 少年は、前同日時頃、前同所附近において、和○を後方より押し倒し
(20) 少年及び○塚○登、○屋○雄は、同日午前八時頃から同日午前一一時頃までの間、前記鴨沢分岐点附近から七ツ石山を経て前同町所在鷹巣避難小屋に至る山道随所において、和○が倒れる都度、こもごも同人の臀部を棒で殴打し、同人の顔面を平手で殴打し、かつ同人の臀部を登山靴のまま足蹴りし
(21) 少年は、前同日前記鷹巣避難小屋から前記奥多摩町奥部落に通ずる山道において、和○の両足をもつて引きずり(22)○倉○行は、前同日午後一時過頃、前同山道において、和○の頭部を手拳で殴打し
(23) 少年及び○口○平は、同日午後四時過頃、同町奥部落内路上において、こもごも和○の臀部を登山靴のまま足蹴りし
(24) 少年は、前同日同路上において、和○の両足をもつて引きずり
(25) 前記寺○は、同日午後五時頃、前記奥部落内路上において、和○の膝部を登山靴のまま足蹴りし
よつて同人をして、同月○○日午前三時四〇分頃、東京都練馬区旭ケ丘二丁目四一番地東京練馬病院内において、全身打撲に基く外傷性ショックのため死亡するに至らしめ
第二
新入部員木○弘(当一九歳)が、同様途中疲労のため、隊列から遅れたり倒れたりするや、
(1) 前記○又は、同月○△日午前一一時頃、塩山市所在藪沢峠附近山道において、木○の臀部を登山靴のまま足蹴りし
(2) 前記藤○は、同月△○日午前八時頃、東京都西多摩郡奥多摩町所在鷹巣山へ向う途中の同町所在七ツ石山附近山道において、木○の臀部等を棒で殴打し
(3) 前記○藤は、同日午前九時三〇分頃、前記鷹巣山山頂附近山道において、木○の臀部を登山靴のまま足蹴りし
(4) ○川○興は、同日午前一一時頃、前記奥多摩町所在六ツ石山附近山道において、木○の顔面をロープの束で殴打し
よつて同人に対し治療日数約六週間を要する右尺骨茎状突起骨折、尾骨部打撲等の傷害を負わせ
第三
新入部員松○定(当一八歳)が、同様途中疲労のため隊列から遅れたり倒れたりするや、
(1) 前記○辺は、同月△△日午前一一時頃、前記丹波山村所在大洞山附近山道において、倒れていた松○を立たせてその顔面を平手で殴打し
(2) 前記○○田は、同日午後一時三〇分頃、前記北天のタル附近山道において、松○が倒れるや、同人の臀部を棒で殴打し、かつ登山靴のまま足蹴りし
(3) 前記○塚は、前同日時頃、前同所において、倒れていた松○の背部を登山靴で踏みつけ
(4) 前記藤○は、同月△○日午前八時頃、前記七ツ石山附近山道において、松○の臀部を棒で殴打し
(5) 氏名不詳の上級生部員は、前同日同所附近において、松○の臀部を登山靴のまま足蹴りし
よつて同人に対し、治療日数約一八日間を要する尾てい骨部打撲等の傷害を負わせたものである。
二、上記事実に適用すべき法条
第一の事実 刑法第二〇五条第一項、第六〇条
第二・第三の事実 同法第二〇四条、第六〇条
三、主文記載の保護処分に付する事由
本件は○○○○大学○○会ワンダーフォーゲル部のいわゆるシゴキ事件であつて、実質は同部の二年生以上の部員全員(OB二名を含む)が共謀の上、練成-シゴキ-に藉口して一年生部員に対してなした集団暴行事件であり、上級生部員等は新人である一年生部員等に上級生より重い荷物を背負わせ、歩度を早め、時には駈足登山をさせ、青山ホトリと称するおどりをおどらせ、また到着の遅れた者に駈足をさせ、疲れ切つて目的地に到着した者に荷物を背負わせたままキアイを入れると称して、上級生の呼びかけに応じて何回も「オス、オス」と答えさせるなど故意に疲労させるような行為をした上、疲労のため歩度がにぶつたり落伍したりした一年生に対して事実摘示の如き暴行を加えたもので、特に一年生部員和○昇に対するシゴキは極めて苛酷であつて遂に同人を死に致している点まことに残忍悪質な犯行であり、上級生部員等全員の責任は重いものといわねばならない(もつとも、前掲の所為中暴行以外の分は本来のシゴキとみられる種類のものを含んでいるが、それにしても本件の場合はその内容においてシゴキの限度を越えていると思われる点が少くない)。しかも少年は本件山行の山中における全行程三日間中後の二日間上級生の指示により他の部員に比し最も多く前記和○に附添つており、その間随所においてシゴキを加えているものであつて、その責任軽からぬものがあり、また少年は未成年とはいつても犯行時既に一九歳六ヵ月に達しており、最高学府に学び思慮分別も備えていてしかるべきものである点、少年がもつと適切な措置をとつていたならば致死の結果を防止し得たのではないかと考えられる点(和○と同様疲労の極に達した○藤○博は途中から担架で運ばれたのでことなきを得た)などの諸点に徴すれば、少年に対してはむしろ、刑事処分を以てのぞむべきであり、これを保護処分ないし単なる保護的措置を以て処理するのでは正義に反するとすら考えられる。
しかしながら、少年等二年生部員は、主将はじめ上級生部員から「一年生をしつかりシゴけ、さもないと上級生が二年生をシゴく」などと指示され、しかも上級生等が率先してシゴキを加えるのを見てこれにならつたものであり、また前記の如き一年生を故意に疲労させるような所為もすべて三年生以上の上級生部員の指示に基くものである。ただ少年において前記和○が真に疲労の極に達しているのか、まだ余力があつていわゆるシゴキを加えて気力を奮いたたせれば歩行が可能であるのかを見定めることなくまた、主将や他の上級生に和○の状態を報告してその指示を抑ぐこともなく、漫然とシゴキを加えたことは責めらるべきである。しかし、少年等二年生部員は他の上級生部員に比し山行の経験も少いし、特に先輩達から上記のような点についてこれを見定めることの訓練も受けておらず、またさような点に留意するよう指示もされていないのみならず、上級生自ら後記のとおり上記の点に留意せず苛酷なシゴキを加えていることその他の点から明らかなとおり、○○○○大学ワンダーフォーゲル部においては伝統的に科学性を無視ないし軽視した精神主義が尊重されてきたものの如く、しかもそのためにいわゆるシゴキの内容も、本来の練成目的のためのものから逸脱し、肉体的に痛めつけることをもつてシゴキとはき違え、遂にはかような行為を当然のシゴキとして怪しまないようになり、はては、練成参加者の健康管理もおろそかになるという風潮があつたことが窺える。現に山中二日目である五月△△日の午後一時頃一部上級生から「和○はバテているから下山させたらどうか」という意見がでたが、「和○は目の前にパッと手を出すと目をつぶるから本当にバテているのではない」という程度のことで主将○辺が上記意見をしりぞけている事実も認められる。してみると、少年の前記のような軽卒なシゴキ等もさることながら、むしろ責めらるべきは三年生以上の上級生部員及び同部員特に運営委員会のメンバーや先輩によつて作られた上記のような体制ないし慣行であるといわねばならない。更に少年は和○に附添つた全行程において同人をシゴくことにのみ終始したわけではなく、時には同人のザックを背負つてやつたり、また杖を与えていたわつたりしているのであるが、その都度上級生部員にこれを妨害されかえつてその都度和○が上級生部員からなんらかのシゴキを受けた事実が認められる。
かようにみてくると、少年の責任は極めて重大ではあるけれども、上記の諸点に照らせばむしろ本件において厳しく責任を追求されなければならないのは三年生以上の上級生部員特に運営委員会(主将、副将、総務、装備)のメンバー及び監督であつて、これらの者が刑事処分によつて厳正に責任を追求されれば、少年の如きは敢て刑事処分に付さなくとも、正義に反するとまではいわなくともよいようにも考えられる(なお被害者和○の遺家族と加害学生等全員及び学校当局との間に昭和四〇年一一月二日示談も成立している)。本件については、かような観点からと思われるが既に六月一四日監督及び運営委員会の委員全員と四年生部員一名が起訴され、八月一二日少年及び他の二少年を除く上級生部員全員が不起訴処分になり、少年についても検察官は保護観察意見を付して事件を当庁に送致したものである。
ところがその後調査の結果によれば、現主任検察官は公判において新たな暴行の事実が判明したこともあつて、少年を含む未起訴の部員等の行為をも重視し、既に不起訴にした者についても事件再起の上一部の者を起訴することを考慮し(その可能性は五分五分という)少年についても、できれば検察官送致を希望するとしていることが判明した。
しかるところ、本件は、上述したところから明らかなように少年を刑事処分に付すべきか、保護処分ないし保護的措置で足りるか極めて微妙なケースであつて、もし他の部員の一部があらためて起訴されれば、それとの権衡上も少年を刑事処分に付さなければならないものと考えられるのである(こと和○に関する限り少年が最も多くの暴行を加えていることが認められる)。しかも少年は昭和二〇年一一月六日生れであるから、他の部員の起訴不起訴の確定をまつて処分を決するいとまはない。
そこでかような場合いかなる処置をとるべきか考えてみるに、結局本件は、調査審判の結果いまだ少年の処遇を決するに足る資料が完全にととのわないうちに少年が二〇歳に達したものとして少年法第一九条二項によりこれを検察官に送致するのも一方法である。しかし少年は後記のように本件により一旦停学処分を受けたが、現在はこれを解除されて従来どおり勉学にはげんでおり、大学側のかような措置は一旦決定された検察官の方針すなわち“起訴は運営委員会の委員等できるだけ少数にとどめることにし他は不起訴とすること”に沿つたものであり、少年についてもこれが検察官送致されて刑事処分に付されることはあるまいとの期待を持つていることがうかがえる。かような場合に少年を年齢超過の故を以て検察官に送致するのは、たとえ検察官の処分がどう決定されようと、その間少年を極めて不安定な状態に陥し入れるものであつて少年保護の見地から望ましいものとは言えない。それで結局かような異例な事態のもとでは、現時点における諸資料によつて判断すれば刑事処分が相当であるが、予想される事情の変更(当初から存した事情であつて、後に判明したものを含む)があれば敢て刑事処分の要はないというときには直ちに少年法第二〇条による決定をなすことなく、異例の措置ではあるがむしろ少年法第一九条二項による検察官送致決定をなすべきであるけれども、逆に現時点では保護処分ないし保護的措置によるのを相当とするが予想される事情の変更(前同)があれば刑事処分を相当とするというときには、可能な限り年齢超過による検察官送致を避けることこそ保護の目的に沿うものと考える。
本件においては前述のとおり、徴妙なケースではあるが現時点において判断すれば、どうしても少年を刑事処分に付さなければならないという程の理由はなく、むしろ保護処分ないし保護的措置を相当とするから、少年法第二〇条または第一九条二項による検察官送致はしないことにした。
次に要保護性の点について考えるに、少年は本籍地で農業を営む父母のもとで成育し、地元の中学校を経て官崎県立○○高等学校に学び、昭和三九年三月同校を卒業して同年四月○○○○大学に入学し、以来現住所に単身下宿して通学しているものであり、現在同大学農学科二年に在学すると共に入学以来同学内○○会ワンダーフォーゲル部に属して部活動に従事していたものである。この間少年は非行歴は勿論、とりたてて問題とすべき行動もなかつたもようであるが、本件により昭和四〇年五月二六日停学処分を受け、前述した検察側の方針の決定をまつて、同年八月三一日停学処分を解除されたものである。
ところで本件は、部の伝統と上級生の命令と山の雰囲気におぼれて敢行されたものと思われるが、少年は性格的に特に大きな偏倚は認められないものの、どちらかというと弱々しい性格で、こうした規律に同調し易いところがあり、いわゆるシゴキを肯定する考え方しかできなかつた点は問題である。この点は少年が将来不良交友を生じたり、なんらかの集団に属して、たまたまその集団が反社会的な考えを持つたり行動をとつたりした場合に再びこれにまきこまれる危険がありはしないかを疑わせるものである。本件後ワンダーフォーゲル部は解散し、大学側でも○○会各部の監督指導に意を用い、少年についても担任の○木助教授が少年の副保証人となつて個人的にも面倒をみるなどの措置がとられているけれども、他に在京の適切な保護者がいないことともあいまつてなお若干の危懼なしとしない。それ故本件の重大性に鑑み(ちなみに検察官は本件が仮に不処分となつた場合には少年が成年に達した後起訴することもあり得るという)、少年にその責任を自覚させ反省させるためにも、また再非行を絶対に犯させないためにも少年を保護観察に付し、保護観察官や保護司の指導監督に服させるのが相当である。よつて主文のとおり決定する。
(裁判官 篠清)