大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京家庭裁判所 昭和42年(家)3843号 審判 1968年6月04日

申立人 渡辺友子(仮名)

相手方 渡辺一明(仮名)

主文

本件同居申立を却下する。

相手方は申立人に対し金一四〇、〇〇〇円を直ちに、昭和四三年一月一日以降申立人と相手方の別居解消または婚姻解消に至るまで毎月金一二、〇〇〇円を毎月末日までに、それぞれ東京家庭裁判所に寄託して支払え。

理由

一、本件申立の実情

申立人は、相手方と昭和三二年六月結婚(同年九月届出)をし、相手方の勤務先(○○銀行○○支店)のある関西で同居生活をしていたが、昭和三五年一二月相手方がニューヨーク支店へ転勤するに際して、すぐに呼び寄せるからとの約束で申立人は実家である住所地に帰つたが、その後相手方は申立人を呼び寄せず帰国後も引続き別居生活のまま現在に至つている。その間相手方から性格相違を理由に離婚調停の申立がなされたが申立人の反対により不成立に終つた。そこで申立人は夫婦同居・婚姻費用分担の調停申立をしたが、これを取下げ、その後、離婚と財産分与を趣旨とする夫婦関係調整の申立をしたがこれも取下げた。

相手方がニューヨーク支店転勤後一年間は、相手方が勤務先である○○銀行から支給されるべき、本給の八割及び年末手当全額を直接銀行から申立人宛に支給されていたが、昭和三七年一月以降その支給を止められ、以来相手方は申立人に対し生活費の支払をしていない。

よつて申立人は相手方との同居生活の回復及び、相手方が申立人と同居し結婚生活が正常状態に戻るまでの婚姻費用の分担として昭和三七年一月以降相手方の給料の八割の支払を求めるため、申立趣旨記載のとおりの調停を求める。

二、事件の経緯

本件記録並びに関連記録四冊によると、申立人と相手方間の紛争の経緯は次のとおりであることが認められる。昭和四〇年三月二二日本件相手方より本件申立人を相手方として福岡家庭裁判所小倉支部に離婚を求める旨の調停申立をなし、右事件は同庁昭和四〇年(家イ)第二五七号事件として係属したが本件相手方は離婚を求め、本件申立人は円満同居を求めて対立し昭和四〇年七月七日右事件は当事者間に合意成立の見込がないとして調停手続は終了した。すると、間もなく同年七月二九日、本件申立人は本件相手方を相手方として当庁に夫婦同居調停申立をなし右事件は当庁昭和四〇年(家イ)第三五八二号事件として係属したが昭和四一年一月二一日当事者双方に合意成立の見込がないとして調停手続は終了し、右事件は審判手続に移行したが本件申立人は昭和四一年六月一三日右事件を都合によるとの理由で取下げている。この間昭和四一年二月二一日本件申立人は、当庁に本件相手方に対し婚姻費用分担の調停申立をなし右事件は当庁昭和四一年(家イ)第八二九号として係属したが本件申立人は昭和四一年六月一三日右事件を取下げ、同日、本件相手方に対し、当庁に、離婚と財産分与並びに慰謝料を請求する旨の調停申立をなし、右事件は当庁昭和四一年(家イ)第二八〇七号事件として係属したが、本件申立人は右事件も昭和四一年一一月九日取下げ、さらに同日本件相手方に対し本件調停申立をなしたものである。本件調停申立につき、当庁調停委員会は二回調停を試みたが、昭和四二年四月三日当事者間に合意の成立する見込なしとして、調停手続を終結したので、本件は審判手続に移行したものである。

三、当裁判所の判断

(一)  申立人及び相手方の各本人審問の結果、及び当庁調査官中村好子作成の昭和四二年三月二七日附調査報告書、福岡家庭裁判所小倉支部調査官大島恵作成の昭和四二年七月一九日附調査報告書その他本件記録中の一切の資料並びに前記関連記録中の一切の資料を綜合すると次のように認めることができる。

(1)  申立人は九州から上京し、○○女子大学国文科を卒業しフランス語を勉強中知り合つた相手方の妹を通じて相手方を紹介され、両名は昭和三二年六月一六日結婚式を挙げて同棲し、同年九月一八日届出を了した。相手方は、○○大学経済学部を卒業し、結婚当時、○○銀行○○支店に勤務していたので、申立人と相手方は初め○○市内で、続いて宝塚市所在の社宅で結婚生活をしていた。

(2)  相手方は、結婚後数ヵ月にして、申立人が自己中心的な性格をもつていることがわかり、また家事もしようとせず、相手方の友人を招いても申立人は自分だけが偉いような態度をとり、相手方が注意しても申立人はこれに耳をかさず却つて攻撃的に出るなど、非常識な行動をとるので、相手方はこの婚姻生活の継続について危惧の念を抱くようになつた。それでも当初は相手方も何とか努力を続けようとしていた。しかし、その後も申立人は、その生来の共感性・同情心を欠く自己中心的な性格から相手方と協調しようとせず、帰宅した相手方を締出して家に入れなかつたり、相手方の就寝中手鏡で頭を殴打して怪我をさせたりということがあつた。しかも家事についての申立人のだらしのなさに、相手方がそれを注意すると申立人は強く反撥するという具合に、申立人と相手方間には何かと波風が立ち相手方は申立人との離婚を考え初めていた。たまたま、昭和三五年一二月、相手方はニューヨーク支店への転勤が決まつたので、相手方は申立人を実家に帰して単身ニューヨークに赴任した。

(3)  相手方はニューヨーク赴任後間もなく、はつきりと申立人との離婚を決意し、双方の親族を通じて申立人に対し離婚の交渉をしたが、まとまらなかつた。

昭和四〇年三月相手方は東京○○○支店勤務となり帰国したが、申立人とは依然別居生活を続けており、双方とも、別居解消への努力のあとは見られない。その後の申立人と相手方間の紛争の経緯は前記のとおりであつて、さらに、申立人は相手方を被告として本年一月東京地方裁判所に離婚訴訟を提起し、右訴訟は現に係属中である。

(4)  申立人と相手方は昭和三五年一二月、相手方がニューヨークに赴任以来別居生活を続けているが、申立人は現在、兄政市方に同居して、独身の兄政市方の家事及び政市が経営している「よろづや」の手伝をして、政市から小遣を貰つて生活しており、申立人の父は○○において水先案内人をしており、経済的にさして困窮してはいない。相手方からは、昭和三七年二月まで相手方が○○銀行から支給された本俸の八割及び年末手当全額が申立人に送金されていたが、以後送金を止め、それ以来相手方は申立人に生活費を送つていない。

(5)  相手方は現在○○銀行○○○支店長代理として、賞与を含め月平均一〇六、〇〇〇円の収入を得て家賃二一、〇〇〇円のアパートを借り、ここに母と二人で居住し、母を扶養している。

以上の事実が認められる。

(二)  同居請求について

上記認定の事実によれば、申立人と相手方が別居するに至つた直接の動機は相手方の在外勤務であるけれども、その原因となつたのは主として申立人の協調性のない性格によるものであつて、相手方において、円満な夫婦共同生活の回復に対する努力の不足は否定できないとしても全面的に相手方の責任によるものとは認められない。

夫婦の同居義務を考えてみると、抽象的規範として、夫婦は互いに同居する義務があるということができるけれども、この同居義務は、夫婦の円満な婚姻共同生活の継続を目的としているものであるから、現実において夫婦間の信頼関係が全く失われ、円満な婚姻共同生活の継続が期待できない場合には、具体的な同居義務を形成することができないものと解される。本件においては相互に離婚の調停や離婚訴訟を提起して抗争し、夫婦としての愛情を失い、夫婦関係は全く破綻し去り、円満な夫婦の共同生活を期待することはできないものと認められるので、かような場合には相手方に対し申立人との同居を命ずることはできないものと判断される。

(三)  婚姻費用分担請求について

つぎに本件当事者の婚姻の破綻と相手方の申立人に対する婚姻費用分担義務との相関性について考えてみると、申立人と相手方との結婚は破綻し去つているものといえるが、別居の原因は申立人の性格・行動に帰因するところが大きいことは前記認定のとおりであり、別居責任が相手方にあると認められないことは勿論であるが、かといつて全面的に申立人ひとりの責任によるともいい切れないものがあるから、相手方において婚姻費用分担義務を全く免れるわけにはいかないものと解される。しかしこのような婚姻破綻状態における婚姻費用分担の程度は、相手方の収入に応じて相手方と同じ程度による必要はないが、少くとも、申立人において最低生活の維持を可能とする程度において分担する義務あるものと解せられる。然るときは、本件婚姻費用分担の基準としては、労働科学研究所の実態調査に基く最抵生活費の算定方式によるのが相当と解されるので、その方式により算出すると、次のとおりである。すなわち、右労研方式によると、成人の男子の消費単位を一〇〇とし、昭和二七年の調査における東京都の右消費単位あたりの最抵生活費は七、〇〇〇円であるから、これに申立人居住の北九州市における消費物価指数、昭和二七年を六〇として昭和四一年一〇四・五、昭和四二年一〇九・六、昭和四三年一一四・四により換算すると、北九州市における最低生活費は昭和四一年一一、三〇〇円、昭和四二年一一、八〇〇円、昭和四三年以降一二、五〇〇円となる。以上の労研方式における最低生活費を基準とし、申立人が、実兄の商売を手伝つて衣食住には不自由していないこと及び一切の事情を斟酌すると、相手方の分担すべき金額は本件調停申立をなした昭和四一年一一月以降昭和四二年一二月までは月一万円、昭和四三年一月以降は月一万二、〇〇〇円の割合により申立人の生活費を分担するのが相当であると判断される。

なお、申立人は昭和三七年二月以降の婚姻費用の分担を求めているけれども、元来、別居中の夫婦の婚姻費用分担請求も、夫婦が同居生活を回復するのを目的とし、もしくはその回復が困難な場合には離婚するに至るまでの扶養義務を負担することにより妻に夫と平等な立場において、離婚を可能にさせるという機能を有するものであり、これによつて夫婦間の財産関係の終局的精算を目的とするわけのものではないのであるから、夫婦の財産関係の終局的な精算はむしろ現在係属中の離婚訴訟において清算さるべきものと考えられ、しかも現在申立人の生活がそれ程さし迫つて困窮しているとは認められないなど一切の事情を斟酌し、相手方の分担すべき婚姻費用支払の始期を前記のとおり判断する。

(四)  以上要するに申立人の夫婦同居の申立は相当でないとしてこれを却下し、婚姻費用分担については、相手方は申立人に対し昭和四一年一一月一日以降昭和四二年一二月末日まで一ヵ月金一万円の割合による金額合計金一四万円を直ちに、昭和四三年一月一日以降別居または婚姻解消に至るまで一ヵ月金一万二、〇〇〇円は毎月末日かぎり、東京家庭裁判所に寄託して支払うべきものとし、主文のとおり審判する。

(家事審判官 野田愛子)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例