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東京家庭裁判所 昭和42年(家)9152号 審判 1968年1月16日

申立人 平山文子(仮名)

相手方 平山時彦(仮名)

主文

相手方は申立人に対し、婚姻から生ずる費用の分担金として、金一九万円を本件審判確定と同時に、昭和四三年一月以降別居状態が解消するに至るまで毎月金二万円宛を各月末日限り、当家庭裁判所に寄託して支払え。

理由

一  申立人は、「相手方は申立人に対し、婚姻から生ずる費用の分担金として毎月金五万円を支払え」との旨の審判を求め、その事由として述べるところの要旨は、

1  申立人は相手方と昭和二四年三月二四日挙式のうえ事実上の夫婦として同棲し、昭和二五年一月二〇日正式に相手方との婚姻届出を了し、相手方との間に、昭和二五年一月一三日長男章治を、昭和二九年九月五日二男光治を、それぞれ儲けた。

2  相手方は、申立人と同棲した当時、馬車三台、傭人(馬車引)三名を使用して運送業を営んでいたのであるが、申立人は相手方と一体となり、朝早くから夜遅くまで身を粉にして働き、夫の業務に協力し、この労苦が報いられ、業績は漸次向上し、相手方は昭和二八年頃から従前の馬車を廃し、トラックによる運送業を開始し、その後業態を個人営業から有限会社平山運送店に改組し現在トラック一五台、傭人一五名を使用する中規模程度の運送会社となつた。

3  相手方は、若い頃からやや酒乱の気味があつたものの、申立人と婚姻した後は申立人に対し乱暴を働くことがなかつたのであるが、営業が順調に行なわれるようになつた昭和三八年頃から台東区○○○○□丁目○○番地割烹○○の女中草野道子(現在二八、九歳)と情交関係を生じ、その頃から申立人と性的交渉をもつことを極度に嫌うようになり、二日に一度位の割合で、同女の住居に宿泊するばかりか、しばしば帰宅後飲酒のうえ、申立人に乱暴を働くことがあり、その乱暴も手足をもつて殴つたり蹴つたりするばかりか、猟銃を持ち出して殺してやると叫びながら殴るといつた言語に絶する虐待の程度に達するものであり、パトカーの出動を見たこともあつた。

4  申立人は相手方の度重なる暴行により、頸部並びに脊部の脊椎がづれ、首が廻らなくなり、頸部、腰部に激痛を訴えるようになり、通院して治療に努めたが、その効がないため、遂に昭和四一年九月二九日から昭和四二年二月三日まで東京都○○区○○○□丁目○○○○番地○○病院に入院して治療するのやむなきに至り、同病院で一応の治療を受けたものの、申立人の病状はいわゆる「むちうち症」と同一のものであつて、日時の経過をまたなければ完全に治癒することは困難なため、昭和四二年二月三日同病院から退院した。

5  申立人は、右退院に際して、相手方に通知し、迎えに来てくれるように依頼したが、相手方は迎えに来ないばかりか、申立人が帰宅すると、相手方および相手方の母平山イマは、ともに申立人に対し、「家に帰ることは断わる、離婚するから実家に帰れ」と申し向け、実力をもつて申立人の帰宅を阻止したので、申立人はやむなく、一まず東京都○○区○○○○町○○番地の実妹代田初子方に身を寄せた。

6  申立人は、相手方と同居して相手方との夫婦関係を回復しようと思い、昭和四二年三月一日東京家庭裁判所に対し相手方との同居を求める調停を申し立て(昭和四二年(家イ)第八八九号事件)、同裁判所において四回にわたり調停期日が開かれたが、相手方は強く離婚を主張して譲らず、右調停は同年六月二二日不成立に帰した。

7  申立人は着のみ着のままで、相手方宅を追い出され、現在、申立人の実妹の嫁ぎ先である前記代田方および茨城県○○郡○○○村□□○○番地の申立人の実兄泉清市方に交互に宿泊しているのであるが、相手方は第三者を通じて前記退院の日である昭和四二年二月三日から現在迄総計金三万円を申立人に手交したのみであるので、申立人は生活に困窮している。申立人の前記通院治療費については、申立人は有限会社平山運送店の従業員となつているため、本人保険で無料であるが、相手方が離婚を主張している以上、早晩この保険も使用不可能となること必定である。

8  申立人は、現在相手方の暴行により頸腕症候群変形性脊椎症に悩まされ、常時頭痛がし、首を廻すと激痛を感じ、頸部および腰部に疼痛があり、更に手足がしびれ、常に倦怠感がある等の症状があり、二週間に一度の割合で前記○○病院に通院治療を受けている。更に、申立人は、従前の苦悩のため不安神経症にかかり、常時頭が呆然とし、不眠に悩まされ、現在二週間に一度の割合で○○□□病院神経科に通院治療を受けているが、病状は未だに軽快しない。

9  申立人は前述のように病弱で現在のところ働いて自らの生活の資をえることができず、そのうえ、実兄や実妹の許に何時までも寄宿している訳にいかず、また相手方との夫婦生活を元に復する希望はほとんどないが、実子と遠く離れることもできず、結局東京で生活する外はない。そうだとすると、申立人が生活するうえ最低限必要な費用としては、アパートの家賃月金一万五、〇〇〇円、生活費金二万五、〇〇〇円、医療費金一万円、合計金五万円を要するといわなければならない。

10  これに対し、有限会社平山運送店は一応会社組織になつているが、相手方の個人経営同然のものであつて、トラック一五台、従業員一五名を使用しており、通常運送業者はトラック一台につき月商金三〇万円の収入があり、控え目に見積つても、相手方の諸経費を差し引いた実収入は月金一五〇万円を下ることなく、相当裕福な生活を送つている。そのうえ、相手方は前記の草野道子と昭和三八年頃から現在迄情交関係を継続し、同女との間に今年初頃男子を儲け、現在東京都○○区○○に同女のためアパートを借り与え、その生活費一切を負担しているのみならず、同女の母や妹の面倒までみている次第である。このように相手方は何一つ不自由のない生活を営み、しかも申立人が有限会社平山運送店の従業員となり、帳簿上も月給二万円を支給していることになつているのに、相手方はこれを申立人に交付しない。

かような訳で、本件申立に及んだ

というにある。

二  審案するに、本件記録添付の戸籍謄本、当裁判所昭和四二年(家イ)第八八九号夫婦同居事件記録、家庭裁判所調査官中島清の調査報告書、○○医院飯豊医師作成の各診断書、○○□□病院医師阿部洋太郎作成の診断書、○○病院医師小川昭一郎作成の診断書並びに申立人および相手方に対する各審問の結果によれば、次の事実が認められる。

1  申立人は、相手方と昭和二四年三月二四日挙式のうえ事実上の夫婦として同棲し、昭和二五年一月二〇日正式に相手方との婚姻届出を了し、相手方との間に、昭和二五年一月一三日長男章治を、昭和二九年九月五日二男光治を、それぞれ儲けたこと。

2  婚姻当時相手方は馬車による運送業を営んでいたのであるが、昭和二八年頃からは、従前の馬車を廃し、トラックによる運送業を開始し、その後業態を個人経営から有限会社平山運送店に改組し、現在トラック一五台、傭人一五名を使用する規模の営業を営んでいること。

3  婚姻以来、申立人と相手方との間には、さして問題となることがなかつたが、昭和三八年頃から、その間がとかく不和となり、昭和四〇年二月頃からは、相手方は、申立人と口論の末申立人に対ししばしば暴力を振うようになり、申立人は数回五日ないし七日間通院治療を要する傷害を受けたこと。

4  申立人は相手方の度重なる暴行により、昭和四一年四月頃から不安神経症にかかり、○○区○○○所在の○○○○病院に通院加療を受けることになり、また相手方の暴行による傷害のため頸部並びに脊部の脊椎がずれ、首が廻らなくなり、頸部、腰部に激痛を訴えるようになり、○○区□□□○丁目○○○番地○○病院において診断を受けたところ、頸腕症候群変形性脊椎症とされ、しばらく通院加療を受けたのであるが、その効がなく、遂に同年九月二九日から同病院に入院することとなり、治療を受けた結果昭和四二年二月三日軽快し同病院から退院したこと。

5  申立人が前記の如く退院して帰宅したところ、相手方は、「俺の承諾をえないで勝手に病院に入院した者は家に入れない」と称して、申立人との同居を拒絶したので、申立人はやむなく、東京都○○区○○○○町○○番地の実妹代田初子方に身を寄せ、次いで茨城県○○郡○○○村□□○○番地の実兄泉清市方に移り、以来申立人と相手方とは別居していること。

6  申立人は、昭和四二年三月一日東京家庭裁判所に対し相手方との同居を求める調停を申し立て、(昭和四二年(家イ)第八八九号)、同裁判所において同年四月六日から同年六月二二日まで四回の調停期日に調停が行なわれたが、相手方は終始同居を拒み、強く離婚を主張するため、申立人はしばらく様子を見る意味で、同年六月二二日その申立を取り下げたこと。

7  相手方は別居以後申立人に対しその生活費として僅かに合計金三万円を他人を介して手交したのみであること。

三  ところで、前記認定の如く、申立人と相手方とは不和により別居しているのであるが、かく申立人と相手方とが不和になり別居するに至つた事情につき、申立人は、相手方は昭和三八年頃から台東区○○○○□丁目○○番地割烹○○の女中をしていた草野道子(現在二八、九歳)と情交関係を生じ、申立人を追い出して同女と結婚したいために、些細なことで、申立人に暴行のうえ傷害を加え、また、病院から退院しても帰宅を拒絶しているのであり、別居は全く相手方の責に帰すべきものであると主張し、これに対し相手方は、申立人の主張する女性関係は事実無根であり、申立人はもともと相手方の経営する運送業に非協力で、子供のP・T・Aや婦人会の会合にかこつけて矢鱈に外出し、主婦としての勤めを果さないので、このことを注意すると反抗的な態度をとるので暴力を振つたのであり、別居は全く申立人の責に帰すべきものであると抗争しているのであるが、相手方が申立人の主張する加く他の女性と情交関係を生じているか否かは別としても、前記認定の如く、相手方は、如何なる理由にせよ、申立人に対ししばしば暴力を振い、ために申立人は相手方の度重なる暴行により不安神経症にかかつており、また頸腕症候群変形性脊椎症によつて五ヵ月余入院加療を受けることになつたのであり、しかも申立人は相手方の主張する如く、主婦の仕事を放棄したといいうる程出歩いていたものとは認め難く、その他相手方が申立人との同居を拒否するに足る正当な理由は何一つ認められないのであつて、それにもかかわらず相手方が一方的に申立人との同居を拒否しているのであるから、申立人と相手方との別居は、全く相手方の責に帰すべきものであると認定せざるをえない。したがつて相手方は申立人に対し別居した昭和四二年二月以降別居状態の解消するまで、婚姻から生ずる費用として申立人の生活費を分担しなければならない。

四  そこで、相手方が申立人に対し、婚姻から生ずる費用として分担すべき額を如何に定めるのが妥当であるかについて検討する。

申立人は、別居以来、不安神経症と頸腕症候群変形性脊椎症とが完治していないため働くことができず、実妹および実兄の許に同居寄宿しているのであつて、東京に出て治療を受けながら生活するためには、毎月アパート家賃として金一万五、〇〇〇円、生活費として金二万五、〇〇〇円、医療費として金一万円、合計金五万円を少なくとも必要とするので、相手方はその月収の中からこの金五万円を分担すべきであると主張するのに対し、相手方は、現在有限会社組織で経営する運送業は赤字状態であり、しかも子供二人、母および病気で入院中の父を扶養しているから、とうてい申立人の主張する如き金額は負担できず、精々二、三千円程度を負担することが可能であると主張しており、かかる本件の場合においては別紙の労働科学研究所編「総合消費単位表」の如き一般的な統計に準拠して申立人、相手方、相手方の父、母、長男、二男の消費単位を算定して、婚姻から生ずる費用の分担額を決定するのが公正、かつ、合理的であると思料する。

まず、消費単位について考察するに、申立人は六〇歳未満の主婦であるので八〇に該当するが、別居しているので、二〇を加算して一〇〇とするのが妥当であり、相手方は六〇歳未満の軽作業に従事する男子として一〇〇に該当するが、事業主であるので、二〇を加算して一二〇とするのが妥当であり、相手方の父は六〇歳以上の男子として九五に、相手方の母は六〇歳以上の既婚女子として六五に、長男は高校生男子として九五に、二男は中学生男子として八五にそれぞれ該当する。

次に相手方の毎月の平均月収であるが、相手方は家庭裁判所調査官中島清の調査に対しては有限会社平山運送店からの報酬は約金一〇万円といいながら、当裁判所の審問の際には有限会社平山運送店からの報酬は一応一〇万円とはなつているが、現在同会社の経営は赤字状態であり、しかもその会社の経理はドンブリ勘定でやつているので実際には金一〇万円を受け取つていないという有様で、相手方の収入を的確にはあくすることは困難である。しかしながら家庭裁判所調査官中島清の相手方の資産収入の調査報告書によると、相手方の昭和四一年一月から一二月までの税金関係の確定申告書によつて査定された所得額(有限会社役員としての報酬および家賃等の不動産収益)は、金一三四万九、一〇〇円であるのでこれから、社会保険控除金五万四、七四四円、生命保険控除金三万六、一九二円、損害保険控除金二、〇〇〇円、合計金九万二、九三六円並びに税額合計金一七万二、一一〇円(所得税額金一一万七、八九〇円と都区民税額金五万四、二二〇円の合計)および借地九九坪八合に対する地代金七万七、八四四円(坪一月六五円、65円×99・8×12 = 77,844円を控除した金一、〇〇万六、二一〇円の一二分の一金八万三、八五一円をもつて昭和四一年の平均月収とみることができ、昭和四二年度においてもこの額が変更ないものとすれば、これに母の取得している木造二階建アパート兼住宅の間代最低金二万五千円を加えて金一〇万八、八五一円が相手方らの毎月の平均の収益とみなすことができる(相手方の母は寝泊は右アパート兼住宅においてしているが、相手方らと食事等は一諸にしているので、同一家計に属するものとみる。)また、他方、中島調査官の前記調査報告書および相手方に対する審問の結果によれば、有限会社平山運送店は相手方に対し金一〇万円を、また申立人に対し金一万五、〇〇〇円をそれぞれ支払つている形式になつており、また相手方は不動産収益として他に金三万三、〇〇〇円を取得しておるので、相手方の毎月の収入は合計金一四万八、〇〇〇円あるとみることができ、これから職業上の必要経費として二割(金二万九、六〇〇円)を控除し、更に税金の月額金一万四、三四三円(年間税額一七万二、一一〇円の一二分の一)および借地九九坪八合の地代月額金六、四八七円(坪六五円、65円×99・8 = 6,487円)とを控除した残額九万七、五七〇円が相手方の平均月収であり、これに相手方母の取得する毎月のアパートの間代最低金二万五、〇〇〇円を加算した合計金一二万二、五七〇円を相手方らの毎月の平均の収益とみることもできる。そこで以上二通りの相手方らの収益を基礎として申立人および相手方らの所要生活費を前記各人別消費単位によつて算定すると、

イ  相手方らの収益を金一〇八、八五一円とみた場合

申立人の生活費は108,851円×100/(100+120+95+65+95+85) = 108,851円×5/28 = 19,438円

相手方らの生活費は108,851円×(120+95+65+95+85)/(100+120+95+65+95+85) = 108,851円×23/28 = 89,413円

ロ  相手方らの収益を金一二二、五七〇円とみた場合

申立人の生活費は、122,570円×5/28 = 21,888円

相手方らの生活費は、122,570円×23/28 = 100,682円

ということになり、これらの二通りの算定方法を勘案すると相手方は申立人の生活費として、毎月ほぼ二万円を支払うのが相当であると認められる。

そこで、相手方は、申立人に対し、婚姻から生ずる費用の分担金として、別居した昭和四二年二月以降別居状態の解消するまで毎月金二万円を支払うべきであり、したがつて、相手方は申立人に対し、既に期限の到来している昭和四二年二月分より昭和四二年一二月分までの合計金二二万円より、既に相手方において支払済である金三万円を控除した金一九万円を本審判確定と同時に、また、昭和四三年以降別居状態の解消するに至るまで毎月金二万円宛を各月末日限りいずれも当裁判所に寄託して支払うべきものと定める。

よつて主文のとおり審判する次第である。

(家事審判官 沼辺愛一)

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