東京家庭裁判所 昭和45年(家)13643号 審判 1970年1月28日
申立人 夏本陽子(仮名)
相手方 花田喜美男(仮名)
事件本人 花田房男(仮名) 昭四一・一一・五生
主文
事件本人の親権者を相手方から申立人に変更する。
理由
一 申立人代理人は主文と同旨の調停を申立て、その理由として次のとおり述べた。
1 申立人と相手方は、昭和四〇年三月一五日婚姻し、その間に同四一年一一月五日事件本人が出生したが、同四三年七月一一日事件本人の親権者を相手方と定めて協議離婚した。
2 右離婚後、事件本人は教育者がいないため、乳児院に預けられていたので、昭和四四年四月申立人が引取り、以来申立人において教育している。
3 現在、申立人は自活の道が開け、事件本人の養育能力もあり、将来も事件本人を監護養育して行く意思があるので、事件本人の親権者を相手方から申立人に変更することを求める。
二 当裁判所は、本件につき、昭和四五年一一月一八日、同年一二月一人日の二回調停期日を開いたが、当事者間に合意が成立する見込がないので、調停が成立しないものとして事件を審判に移行させた。
三 戸籍謄本、判決謄本、家庭裁判所調査官作成の調査報告書及び当事者双方各審問の結果によると、次の事実が認められる。
1 申立人と相手方は、昭和四〇年三月一五日婚姻届出をして結婚し、その間に同四一年一一月五日事件本人が出生した。ところが、結婚後しばらくして、家計や相手方の家族との折合などが原因で、夫婦仲は円満を欠くようになり、昭和四三年七月一一日事件本人の親権者を相手方と定めて協議離婚するに至つた。
2 離婚後間もなく、相手方は事件本人を○○の○○乳児院へ預けたところ、これを知つた申立人が事件本人の引取りを申出たため、当事者間で話合つた結果、昭和四三年九月再び同棲することになつたが(婚姻届出はせず)、やはりうまく行かず、結局昭和四四年三月申立人は事件本人を伴つて相手方宅を出て実家に戻つた。
3 その後、申立人は名古屋家庭裁判所岡崎支部に事件本人の親権者変更の調停を申立て、右事件は当庁へ移送されたが(当庁昭和四四年(家イ)第二四八〇号)、当事者間に合意が成立せず、取下となつた。一方、相手方は、名古屋地方裁判所岡崎支部に申立人を被告として親権に基く事件本人引渡の訴訟を提起し、昭和四五年七月二〇日原告である相手方勝訴の判決を得た。申立人はこれに対し名古屋高等裁判所に控訴申立をしたが、同年一二月一四日控訴棄却となつた。
4 相手方は肩書住所において家業である仕出弁当店を経営し(併せて店舗の一部を賃貸)、母、姉と共に生活しており、経済的に事件本人の扶養能力は十分である。離婚当時は事件本人が一歳八月の幼児であつたので一時乳児院へ預けたが、現在は手許において養育することが可能であり、現に○○市○○に建築中の家が完成すれば母、姉と共に転居し、同所に事件本人を引取り養育する予定である。
5 申立人は、事件本人を引取つた後しばらくの間実家に身を寄せていたが、昭和四四年一〇月○○市立の母子寮に入居し、近傍の工場に事務員として勤め、月収四万円を得て、事件本人を養育している。同母子寮は、自然環境に恵まれ、福祉施設としても整備されており、且つ財政面においても市の補助が与えられているので入寮者の生活費が低廉ですみ(家賃、保育料、入浴料はいずれも無料、光熱費も一般家庭より低額)、同寮における申立人の生活は一応安定している。
6 事件本人は、申立人外勤中は同寮専任の保母のもとで他の園児と共に保育され、発育は標準、明朗、活溌であり、申立人によくなついている。又母子ともに他の入寮者との対人関係も良く、寮内での問題行動はない。申立人の勤務、生活態度は真面目であり、事件本人に対する養育方法、態度にも非難すべきものはない。
そして土曜から日曜にかけて同市内の申立人の実家(○○業経営)に泊りに行くのが常であり、申立人の両親との接触も適度に行なわれている。従つて事件本人は母子家庭としては比較的恵まれた状態に置かれていると認められる。現在、申立人は事件本人を相手方に引渡す意思は全くない。
四 当裁判所の判断
既にみたとおり、相手方から申立人に対する事件本人引渡請求の訴訟は相手方の勝訴(第一、二審)となつた。しかしながら、当裁判所は、事件本人の親権者を申立人とすべきか、或いは相手方とすべきかについては、右訴訟の結果とは別個に、上記認定事実に基き、事件本人の福祉を中心にこれを考慮するのが子の利益のために必要であると思料する。そこで、案ずるに、事件本人に対する愛情においては、申立人、相手方ともに親としていずれも優劣をつけ難く、その扶養能力においては、申立人は相手方の養育料負担なしで事件本人の養育が可能であり、上記のとおり事件本人の生活環境は十全ではないが、かなり良好であり安定していると認められ、他方、相手方のもとにおいては、事件本人の養育全般に亘り現在よりすぐれた環境、条件を期待することは困難である。右現状に事件本人の年齢本件紛争の経緯など諸般の事情を併せ考えると、事件本人を相手方に引渡し、その生活環境に急変を加えることは事件本人にとつて却つて不利益である。即ち、事件本人にとつては、申立人のもとで現在の生活を続けることがその福祉に合致するものであると認めざるを得ない。然りとすれば、事件本人の親権者は相手方よりも申立人の方がふさわしいから、申立人を事件本人の親権者としてその監護養育に当らせるのが相当である。よつて本件申立は理由あるものと認め、主文のとおり審判する。
(家事審判官 萩原孟)
参考(一) 幼児引渡請求事件(名古屋地岡崎支 昭四五(ワ)七号 昭四五・七・二〇判決 認容)
原告 花田喜美男(仮名)
被告 夏本陽子(仮名)
主文
被告は原告に対し、原、被告間の長男花田房男(昭和四一年一一月五日生)を引渡せ。
訴訟費用は被告の負担とする。
事実
原告訴訟代理人は主文と同旨の判決を求め、請求の原因として
「一、原告は昭和四〇年三月一五日被告と結婚し、同日その旨届出をし、両者の間に昭和四一年一一月五日、長男房男か出生した。
二、その後原、被告は協議のうえ右房男の親権者を原告と定めて離婚することとなり、昭和四三年七月一一日その旨届出をし、爾来原告のもとで房男を養育してきた。
三、ところが被告は昭和四四年三月頃、すきをみて原告方から房男を連れ去つて肩書地の実家へ帰り原告の再三にわたる引渡の請求にもかかわらず今日までこれに応じない。
四、被告の右行為は、原告の房男に対する親権の行使を著しく妨げるものであるから、原告は親権に基づき右房男の引渡を求める」と述べ
証拠として甲第一、二号証を提出し、証人浦松治夫の証言を援用した。
被告訴訟代理人は「原告の請求を棄却する、訴訟費用は原告の負担とする」との判決を求め、答弁として「請求原因事実中第一、二項の事実及び第三項のうち被告が原告主張の頃房男を連れ去つて実家へ帰り、原告からの再三の引渡請求に応じないことは認めるがその余は争う。原告は被告に対し昭和四四年四月から六月までの三ヵ月間、房男の養育費として毎月七、〇〇〇円ずつ送金しており、被告のもとで房男を養育することは承知していた筈である。また被告が離婚により原告のもとを去つてから房男は一時東京都の○○乳児院へ預けられていたことがあり、房男のためには母親である被告のもとで養育する方が幸せであるから原告の請求には応じられない」と述べ甲第一、二号証の成立を認めた。
理由
請求原因第一、二項の事実及び被告が昭和四四年三月頃、原告方から同人の親権下にあつた長男房男を連れ去つて肩書地の実家へ帰り、爾後原告の再三の請求にもかかわらず、房男の引渡に応じないことは当事者間に争いがない。被告は原告から房男の養育を委託された旨主張するが、これを認めるに足る証拠はなく、被告のもとで養育するのが幸福である旨の主張はそれのみでは原告の請求を排斥する理由とならないからいずれも採用できない。
よつて原告の本訴請求は理由があるから認容し、民訴法八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 平野清)
参考(二) 幼児引渡請求控訴事件(名古屋高裁 昭四五(ネ)四三七号 昭四五・一二・一四判決 棄却)
控訴人 夏本陽子(仮名)
被控訴人 花田喜美男(仮名)
主文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
事実
控訴代理人は、「原判決を取り消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は主文同旨の判決を求めた。
当事者双方の事実上の主張並びに証拠関係は、控訴代理人において、「控訴人は現在東京家庭裁判所へ親権者変更の審判を求めている」ことを新しく主張し、被控訴代理人において、控訴人の右主張事実については不知と述べたほかは、原判決事実摘示のとおりであるから、ここに右記載を引用する。
理由
当裁判所の判断によるも、被控訴人の控訴人に対する本訴請求は正当として認容すべきものと認め、その理由は次に附加するほか原判決の理由に説示するところと同様であるから、ここに右理由記載を引用する。
控訴人は、現在東京家庭裁判所に対し房男の親権者を被控訴人から控訴人へ変更する旨の審判を申立てていると主張するけれども、未だ右親権者変更の審判がなされていない以上、右申立がなされたというだけでは、房男の引渡を拒む理由とはなり得ないから、控訴人の右主張は採用の限りでない。
よつて、右と結論を同じくする原判決は相当であつて、本件控訴は理由がないからこれを棄却すべきものとし、民訴法三八四条、九五条、八九条に従い、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 伊藤淳吉 裁判官 官本聖司 土田勇)