東京家庭裁判所 昭和47年(家)5424号 審判 1975年3月13日
遺言者 亡荒井シズ(仮名)
申立人
右遺言執行者 中沢喜一
相手方 荒井伸助(仮名)
荒井美智子(仮名)
主文
一 相手方荒井伸助が亡荒井シズの推定相続人であることを廃除する。
二 相手方荒井美智子に対する申立を却下する。
理由
一 申立人の申立とその実情
申立人は「亡荒井シズの推定相続人たる相手方両名を廃除する」との審判を求め、その実情として述べるところは次のとおりである。
(一) 亡荒井シズ(以下シズという)は夫荒井太郎が昭和四年一月三日死亡した後、昭和一一年三月六日亡夫太郎と大橋タツ子との間の子(但し認知していない)相手方美智子と養子縁組し、ついで昭和一七年四月六日相手方伸助と婿養子縁組し、かつ同人と相手方美智子とは婚姻してシズと相手方両名とは養親子関係にあるものである。
(二) シズは昭和三九年一〇月二八日付公正証書遺言をもつて、「一、遺言者の推定相続人たる相手方両名は遺言者に対して重大な侮辱を加え且つ著しい非行があつたので右両名を廃除する。二、遺言執行者として申立人を指定する。」旨の遺言をした。
次いで、昭和四五年四月二三日付公正証書遺言をもつて右相手方両名の廃除の意思表示と申立人に対する遺言執行者の指定とを確認した。
そして、シズは昭和四七年三月一一日死亡した。そこで遺言執行者に指定された申立人は以下の事由にもとづき本申立をするものである。
1 相手方伸助のシズ財産不法処分と第一次離縁訴訟
シズと相手方美智子とは縁組後においても同居したことがなく、シズは麻布○○町の本籍地にあつたシズの居宅(土地八二〇坪七八、居宅一棟、倉庫三棟)に単独で居住し、相手方美智子はその実母大橋の許で生活し、又相手方伸助を婿養子に迎えた後も、ツズが買い与えた別の居宅に相手方美智子とともに居住し、シズと相手方両名とは別居生活し、そのため、シズと相手方等との間には親子としての愛情や親密さを欠いていたが、相手方伸助が縁組後間もなく応召し、一方シズは住居であつた麻布○○の家屋が空襲で罹災焼失したので単独で郷里の甲府市へ疎開し、他方相手方美智子は子供とともに実母大橋の許に移つて別々の生活をし、この状態は相手方伸助が終戦の年の一二月に復員した後も続いて一層情愛や親密さを欠き、双方の間には親子としての普通一般の協同生活を持つことがなかつたところ、シズは唯一人の実弟亡荒井善之助に自己の財産の管理保全を委任し、同人の承諾なしにはシズの土地処分等についての書類に調印しないことにしていた。
しかるに、相手方伸助は昭和二四年三月五日甲府のシズ方を訪れ、右荒井善之助の承諾がないにもかかわらず、シズを欺いて同人からその委任状八通を詐取し、それを利用して麻布○○の前記八百坪余の宅地と焼残りの倉庫を早川保に金二〇〇万円(現在数億円相当)で売却して同月三〇日その登記を了し、又港区○○町○番の○○同番○○、同番○○、同番○○の宅地四筆を他人に売却してそれぞれ登記を了し、さらに港区○○一の○○宅地五五坪三六、同区○○町○○の一宅地二七六坪二九の土地を相手方伸助名義に同月一五日登記を了するという不法な処分をした。
シズは右相手方伸助が不法に処分した右麻布○○の宅地代金二〇〇万円をシズに交付しないので、これとその他の事由を併せて、相手方両名を被告として東京地方裁判所へ離縁の訴(同庁昭和二六年(タ)九七号)を提起し、審理の結果第一審は離縁の判決言渡(昭和三〇年六月二四日)があつたが、控訴審で請求棄却され(昭和三三年一一月一七日)、最高裁で上告棄却の判決言渡(昭和三九年九月四日)があり確定した。
他方シズは相手方伸助に対し同人が自己名義にした前記○○、○○の土地二筆の所有権移転登記抹消請求訴訟(東都地方裁判所昭和二八年((ネ))一九一〇号)を提起し、シズ勝訴の判決が確定したので、ようやく昭和三五年四月七日相手方伸助名義の登記を抹消し、シズの所有を回復することができたのである。
2 相手方両名によるシズ財産不法処分と第二次離縁訴訟
(イ) シズは前項の○○の土地回復に伴いその地代収入その他荒井金四郎の援助等で生活を維持しており、相手方等からはもちろん何等の仕送りもなかつたのであるが、シズが昭和四三年○○○を挫き甲府市○○温泉病院に入院していた際、相手方伸助は、昭和四三年一二月一三日頃甲府市役所に対し、シズが甲府市に住居しているのに甲府市から東京都港区○○三丁目○○番○号の相手方伸助の世帯に転出した旨虚偽の申告をして転出証明書の交付を受け、シズを相手方伸助の住民票に登録し、次いで相手方伸助はシズの知らぬ間にシズの印鑑を偽造して港区役所に印鑑届出をし、数通の印鑑証明書の交付を受け、相手方伸助は前記シズが訴訟で回復した○○○丁目○○番○宅地五五坪三六の土地を豊田忠夫に金一、一〇〇万円で売渡し、その登記手続をするために必要な土地権利証がシズの手中にあるにもかかわらず、これを滅失したとして不動産登記法四四条による保証書を作成して相手方伸助、同美智子がその保証人となり、各自の印鑑証明書を添付し、且つシズの委任状を偽造して昭和四三年一二月二四日東京法務局芝出張所受付二〇七四四号をもつてシズから買主豊田忠夫への所有権移転登記を了した。なお、右保証書による登記申請については不動産登記法四四ノ二および同規則四二条ノ三により登記官からシズにその旨の通知ならびに登記義務者に間違いない旨の回答を求められるのであるが、右回答を求める照会書が前記のとおりシズの住所が相手方両名方にあることとせられたため相手方等のもとに送付され、相手方両名は勝手にシズの記名捺印をして登記官に右間違いない旨の回答をし、もつて右豊田への所有権移転登記をなさしめたのである。
(ロ) さらに、相手方伸助はシズ所有の港区○○二丁目○○番○○、○○、○○○○、○○、○○、○○、○○○○、○○、○○○○、○○、○○の各宅地計二一筆の土地を、前記(イ)項記載と同一不法の手段を用いて、昭和四四年二月四日東京法務局芝出張所受付一五七三号をもつて○○商事株式会社(株式会社新○○○○と改称に売買登記を了し、これによつて前記(イ)とともにシズ所有の不動産全部を不法に売却処分をしたのである。このためシズはその生活資源である借地人よりの賃料が支払われなくなり、収入皆無の状態になつてしまつたのである。
(ハ) 相手方伸助のなした前記(イ)(ロ)の所為は、公正証書原本不実記載等の罪に該当するものとして甲府市役所は昭和四四年四月一五日甲府地方検察庁に相手方伸助を告発し、シズもまた同人を告発し、相手方伸助は甲府地方裁判所の公判に付され、その結果同裁判所において昭和四六年一月二二日懲役一年六月執行猶予三年の判決言渡を受け、同相手方は控訴したが東京高等裁判所は昭和四六年一一月一六日控訴棄却の判決を言渡し、さらに上告したが最高裁判所第一小法廷は昭和四八年三月一五日上告棄却の判決を言渡したのである。
(ニ) シズは、前記(イ)の土地不法処分の買主である豊田忠夫に対し所有権移転登記抹消請求、あわせて株式会社○○産業に対し同土地上に設定した抵当権等の抹消請求訴訟を東京地方裁判所に提起(昭和四四年(ワ)二四四九号、同ワ三一六一号)し、同裁判所において昭和四七年二月二六日シズ勝訴の判決言渡があり、これに対し豊田等が控訴し目下東京高等裁判所昭和四七年(ネ)五八九号事件として審理中である。
またシズは、前記(ロ)の土地不法処分の買主である株式会社新○○○○に対し所有権移転登記抹消請求、あわせて有限会社○○に対し同土地上に設定された抵当権抹消請求を東京地方裁判所に提起(昭和四四年(ワ)二四五〇号)し、同裁判所において昭和四七年四月二一日シズ勝訴の判決言渡があり、これに対し株式会社新○○○○等が控訴し、目下東京高等裁判所昭和四七年(ネ)一一五三号事件として審理中である。
(ホ) シズは相手方両名を被告として昭和四四年七月七日甲府地方裁判所に相手方等の前記(イ)(ロ)の所為等を附加して再度離縁の訴を提起したのであるが、その審理中の昭和四七年三月一一日シズが死亡したので、これを取下げるに至つたものである。
(ヘ) 相手方伸助は前記1の麻布○○の土地建物処分代金、前記2の(イ)の○○の土地処分代金一一〇〇万円、前記2の(ロ)の○○丁目○○番○○外二〇筆の土地処分代金二、二〇〇万円を領得し、シズをして生活費、療養費にも事欠くに至らしめたものである。これらの数々の非行は相手方伸助をして推定相続人を廃除せしめるに十分であり、相手方美智子は相手方伸助の右非行に妻として加担しているものであるから同様に廃除を求めるものである。
二 相手方等の主張
相手方両名は「申立人の相手方両名に対する申立はいずれも棄却する。」との裁判を求め、申立人が申立の実情として述べるところに対し要旨次のとおり主張した。
(一) シズと相手方両名の身分関係は申立人主張のとおりである。
(二) しかし申立人が主張するような侮辱、非行の事実は相手方両名にはない。すなわち
1 シズの亡夫荒井太郎は昭和四年一月三日死亡し、当時の時価で数千万円にのぼる莫大な遺産をシズが相続したのであるが、亡太郎は臨終に際し、大橋タツ子との間の唯一人の実予である相手方美智子をシズの養子とし将来右遺産の相当な財産を同人に承継させることをシズに依頼し、この依頼にもとづいてシズは昭和一一年三月六日相手方美智子との養子縁組をしたのであつて、この縁組は亡太郎からシズが相続した財産を相手方美智子に相続させることを目的としたものなのである。
そしてシズは自ら選んで相手方伸助を婿養子とし相手方美智子と婚姻させたものである。
2 しかるにシズは相手方伸助夫婦を常に疎遠にして同居を欲せず、他方実弟の亡荒井善之助を偏愛して、同人に右亡太郎から相続した財産の管理をまかせ、さらに同人に右財産を濫贈して、相手方両名の相続財産を減少せしめ、遂には種々の原因を捻出して相手方両名を離縁しようとしたものである。
3 申立人は「相手方伸助のシズ財産不法処分と第一次離縁訴訟」と称して相手方伸助がシズの麻布○○町の土地や○○、○○の土地を不法に処分したようにいうが、相手方伸助がシズの委任状八通を詐取したこともなければ、荒井善之助を欺いて自己名義に土地の所有権移転登記をしたこともない。当時戦災で焼野原が多く土地の価額が安く反対に税金は高く、又借地人も少く賃料も安くて地主としては引合わない時代であつたところ、当時シズが善之助に多くの財産を移転することにつき親族間に評判が悪かつたので、その不評判を善之助が消そうとして○○、○○の土地を相手方伸助名義にすることに同意したものであり、これに反する申立人主張の第一審判決も、又右同意を認定しながら善之助に管理権がなかつたとして結局相手方伸助を敗訴せしめた控訴審判決も承服しがたいのである。この○○○○の土地についての承服しがたい気持が、潜在意識となつて、あるいはその後の申立人主張の公正証書原本不実記載事件を起さしめることになつたのではないかとも思われるのである。
また麻布○○町の宅地の売却は、前記のごとき当時の事情にあつたので、シズや善之助から数十万円で売却できれば売却するように相手方伸助が依頼を受けていたもので、しかも相手方伸助の苦心の結果金二〇〇万円で売却できたことにより、内金一〇〇万円は礼金としてシズより相手方伸助に贈与されたものであり、残金一〇〇万円は、前記のとおり善之助にのみ財産を多く贈与するためにシズと相手方伸助等との間に紛争が生じ、しかも相手方伸助夫婦が戦後非常に因窮していたので、荒井総家の荒井俊雄が仲に入り贈与契約案(乙一〇号証)もでき、又株券をも伸助に手渡されていたにもかかわらず、シズと善之助側がなかなか右契約を履行しないため、右残金一〇〇万円は相手方伸助が保持していたものである。しかるに相当の理由もなく右贈与契約をシズの側が取消してきたので、相手方伸助は右残金一〇〇万円の返還義務について消滅時効を主張し勝訴の判決(乙一一号証)を得て、その返還の必要がなくなつているものである。しかるに申立人は本件において不当にも右代金の返還をしないという主張をしているのである。
4 シズは種々の原因を捻出して昭和二六年六月二日東京地方裁判所に相手方両名を離縁するの訴を提起したのであるが、控訴審(東高民一一部、昭和三〇年(ネ)一三六二号事件)では、いずれも敗訴し、その掲げる多数の離縁理由が悉く不当であることを明白にされ、特に相手方美智子の養子縁組が通常の養子縁組と異なりその動機が専ら相手方美智子をして実父亡太郎の遺産を相続せしめんとするところにあり、しかるにシズは亡太郎の遺産を実弟荒井善之助に移し相手方両名にはその財産を渡さないという冷淡さに問題があることが指摘されたにもかかわらず、シズは自らを省みず、右上告判決の言渡の昭和三九年九月四日の僅か一ヵ月後の同年一〇月二八日に、相手方両名の相続財産が皆無となるようシズの残余財産の殆ど全部を十数人に遺贈し、しかも遺贈の許されない亡太郎の墓地までも贈与するに至つているのである。しかも同遺言書第二条に「荒井伸助及荒井美智子両名は遺言者に対し重大なる侮辱を加へ、且つ著しき非行があつたので、右両名の相続人たる事を廃除する」との本件驚くべき遺言書を公証人久保田一により作成しているのである。
5 申立人は右昭和三九年一〇月二八日付公証人久保田一作成の公正証書遺言第二条および第三条(申立人を遺言執行者に指定)の条項を、昭和四五年四月二三日付公正証書に基く一部変更遺言公正証書において確認している、というのであるが、その確認とは如何なる意味であるか。後者の遺言書第六条に「その他は遺言者がなした前示遺言書のとおりにする」とあり、廃除についてもこの条項中に包含せられるのであるが、この意味は廃除問題については訂正遺言書は何等ふれないという意味ではないかと解する。すなわち廃除問題については前者の昭和三九年一〇月二八日付遺言書どおりのその遺言前のことのみについての廃除を求めるという意味である。しかるに、申立人はその後の事実を取上げて相手方伸助あるいは相手方美智子に侮辱、非行ありとしている点は明らかに不当である。
6 またシズが若し将来における廃除の理由に網張つて、その非行のあることを待ちに待つて廃除せんとしたとすれば、それは全く母たるの道義に照し、決して許さるべきものではない。母はその子を助け、その不行に陥らないように努力すべきであり、その不行に陥ることを待ち、予めその死後までも網張つてその陥ることを喜び、待つべきものではない。それは親権(および所有権)行使の濫用であり信義に反するものというべきである。
7 また若し以上の理由がなく、相手方伸助に遺言前後に廃除の理由があつたとしても、それはこの母ありてこの結果を生じたもので、若し母が一般の母通りにその道義を守つてその子を保護および協力したならば、その結果は生じなかつたものと解する。相手方伸助夫婦は御曹子であり、なにかとその生活に多くの費用を要する。しかるに不幸にしてその費用を十分に稼ぐことができなかつたので、捨てる程の財産を持ち余したシズは、この際これを救助すべきものである。それにもかかわらず、その財産をあるいは荒井善之助、あるいはその一家およびその他の者に濫贈しながら、相手方伸助夫婦には協力せず、かえつて種々執行行為等をなすに至り、その生活を増々困窮せしめたもので、これは相手方伸助夫婦をいじめて非道をなすの止むを得ざるに至らしめるものであり、あたかも幼子に食を与えずしてそれが盗食をなすに陥らしめるようなものであり、この母あつてこの結果あり、というべきである。廃除原因の責任はシズにこそあるのであつて相手方伸助夫婦を不当視すべきものではない。
8 百歩ゆずつても相手方伸助の前記処分には相手方美智子は全く干与しておらず、少くとも相手方美智子に対する本件申立は失当である。
三 当裁判所の判断
戸主荒井善之助の除籍謄本写(乙第四号証の一)、戸主荒井シズの戸籍謄本写(乙第四号証の二)、筆頭者荒井シズの除籍謄本(甲第二号証)、筆頭者相手方伸助の戸籍謄本(甲第三号証)、申立人の陳述および相手方両名の審問結果によると、荒井シズは昭和四七年三月一一日午前九時五五分東京都板橋区で死亡したこと、シズは昭和一一年三月六日相手方美智子と養子縁組し、またシズと相手方美智子は昭和一七年四月六日相手方伸助と婿養子縁組婚姻をし、相手方両名がシズの推定相続人であること、相手方美智子はシズの夫で昭和四年一月三日死亡した荒井太郎と大橋タツ子との間の婚外子でただし太郎によつて認知されていない実子であることがそれぞれ認められる。
しかして昭和三九年一〇月二八日付遺言公正証書(甲第一号証の一)、昭和四五年四月二三日付遺言証書に基く一部変更遺言公正証書(甲第一号証の二)および申立人の陳述によると、シズは昭和三九年一〇月二八日公正証書遺言をなし、その遺言書第二条において「遺言書は自分の推定相続人荒井伸助及び同荒井美智子両名が遺言者に対して重大な侮辱を加へ且つ著るしい非行があつたので、右両名の相続人たる事を廃除する」、同第三条において「遺言者はこの遺言の執行者を東京都目黒区自由ケ丘一五九番地弁護士中沢喜一と指定する」と遺言し、さらに右遺言書の内容を一部変更する昭和四五年四月二三日付公正証書遺言をなし、その第六条において右遺言書第二条第三条をも包含する意味で「その他は遺言者がなした前記遺言書のとおりとする」と遺言し、シズは前記のとおり昭和四七年三月一一日死亡して右両遺言は効力を生じ、これにもとづき遺言執行者に指定された申立人が本件申立をしたことが認められる。
しかるに、相手方両名は、右遺言による廃除の意思表示について、最初の遺言時すなわち昭和三九年一〇月二八日以前の相手方伸助あるいは相手方美智子における廃除事由を取上げるべきであつて、後になされた遺言は廃除事項については前の遺言の内容を一切訂正しないといつているものと解すべきであるから、後になされた遺言時あるいはそれ以後シズ死亡時までの相手方等の侮辱非行を問題にするのは不当であると主張するのであるが、昭和四五年四月二三日付公正証書遺言の前記第六条の趣旨を相手方等のいうように狭く解釈する理由はなんらなく、むしろ昭和四五年四月二三日現在において前と同様に相手方両名を廃除したいと意思表示したものであり、その後シズが死亡するまで右遺言を取消さなかつたことは死亡時に至るまで変ることなくその廃除の意思表示を継続したものとみるべきであるから、相手方等の右主張はとうてい採用し難いものである。
そこで相手方等に果して廃除事由があるかどうかを按ずるに、申立人主張の非行事実は専ら相手方伸助に関するものであり、資料の上で相手方美智子が加担したかにみえる登記申請の際の保証書(甲第九号証の一部)についても同書の中の相手方美智子の記名捺印および印鑑証明書添付部分はいずれも相手方伸助が勝手にやつたものであることが相手方美智子の審問結果によつて認められるのであつて、他に相手方美智子が相手方伸助の妻であるという事情以上に特にシズに対して重大な侮辱あるいは著しい非行をなしたと認めるに足る資料はなんらない。よつて相手方美智子に対する本件申立は理由がないので却下すべきものといわなければならない。
さて相手方伸助についてであるが、昭和三九年九月四日相手方両名との離縁を求めるシズの上告を棄却する判決を最高裁判所第二小法廷が言渡した時点におけるまでの相手方伸助の非行の評価については、同判決および同事件の控訴審東京高等裁判所昭和三三年一一月一七日判決によつて余すところなく認定評価が加えられ、申立人が申立の実情として述べる前記一の(二)の1の麻布○○町の土地、建物の早川保への代金二〇〇万円での売却、○○○町の土地四筆の他人への売却、○○、○○○町の土地二筆の相手方伸助名義への所有権移転登記の各処分がいずれも問題を残しながらも一応シズの承諾あるいは荒井善之助の承諾の推定のもとになされた要素があり、右麻布○○町の土地建物の売却代金二〇〇万円をシズに返還しないについても、当時荒井俊雄の斡旋により荒井善之助から相手方伸助に荒井合名会社の持分六〇万円、○○造林株式会社の株式一、五八〇株、○○瓦斯株式会社の株式二、〇〇〇株その他の財産を贈与することで両名間に和解が成立しかかつたのに、契約書(乙第一〇号証)の作成に関連して不調に終つた状況のもとで、相手方伸助が右代金の返還をし得ない心境になつた事情等が認定され、他方シズと相手方美智子との養子縁組が専ら相手方美智子をして亡太郎の遺産を相続せしめんとするにあつたのに、シズが相手方美智子、同伸助に財産をやれないとする態度をとつたことに基因するところ少くない事情を認定して、離縁原因にあたらないと評価しているのであつて、その認定評価の内容はまた本件廃除事由にも該当しないものであるということができる。したがつて昭和三九年九月四日の時点までにおける相手方伸助の行状をもつて同人を廃除する理由はないものといわなければならない。
しかし、東京地方裁判所昭和四四年(ワ)二四四九号、同年(ワ)三一六一号判決(甲第六号証)、同裁判所昭和四四年(ワ)二四五〇号判決(甲第七号証)甲府地方裁判所昭和四四年(わ)一五五号判決(甲第八号証)、東京高等裁判所昭和四六年(う)四四四号判決(甲第一一号証の一)、最高裁判所昭和四六年(あ)二六九六号決定(甲第一一号証の二)登記申請書一件書類(甲第九号証)および証人荒井金四郎の証言によると、相手方伸助はシズの承諾がないのに、昭和四三年一二月二四日○○○丁目○○番一宅地五五坪三六を豊田忠夫に売却その所有権移転登記をし、また昭和四四年二月四日港区○○丁目○○番○○、○○、○○、○○、○○、○○、○○、○○、○○、○○、○○、○○、○○、○○の計二一筆の土地約九九五坪を○○商事株式会社(株式会社新○○○○と後に改称)に売却その所有権移転登記をしたこと、その方法としてとつた手段は、相手方伸助が、昭和四三年一二月一三日当時○○温泉病院に入院中であつたシズに無断で、甲府市長に対しシズがその住所を甲府市城東○丁目○番○号から相手方伸助の住所である東京都港区○○○○丁目○○番○号に変更する旨の虚偽の住所異動届を提出してシズの転出証明書の交付を受け、同日港区長に対し右証明書を添付してシズが相手方伸助の世帯に転入した旨虚偽の届出をなし、さらに同月一六日シズに無断で、港区長に対し自己の認印をシズの印鑑であるとして虚偽の印鑑登録を申請し、これにもとづいて同日右印鑑証明書数通の交付を受け、右印鑑および印鑑証明書を利用して前記各物件についての所有権移転登記手続を司法書士に委任する旨のシズの委任状を偽造し、さらにシズのもとに権利に関する登記済証が存在するのに勝手にこれが滅失したと称して不動産登記法四四条にいわゆる保証書を相手方伸助、同美智子の両名名義で作成し、これら印鑑証明書、委任状、保証書を用いて司法書士を介し前記各所有権移転登記申請をなさしめ、右保証書による登記申請に対し同法四四条ノ二にもとづき登記官がなしたシズへの通知およびその照会書面が前記のとおりシズの住所とされている相手方住所に送達されてきたのを奇貨として登記申請に間違いない旨のシズ名義の虚偽の回答をなして、右所有権移転登記をそれぞれ了したものであること、しかも相手方伸助による右処分はシズが当時所有していた不動産の全部であること、相手方伸助は右所為により甲府地方裁判所で昭和四六年一月二二日公正証書原本不実記載、同行使、有印私文書偽造、同行使の各罪責を問われ懲役一年六月執行猶予三年の宣告を受け、昭和四八年三月一五日上告棄却の決定により右有罪と刑の宣告が確定したこと、がそれぞれ認められるのである。相手方伸助の審問結果のうち右認定に反する部分は措信しない。
相手方伸助は、右所為もまた前記離縁訴訟の東京高等裁判所ならびに最高裁判所第二小法廷の各判決において指摘された相手方美智子との養子縁組の趣旨に反する行動をとるシズの側に責任があるように主張し、その証拠として右最高裁判所判決言渡より僅か一ヵ月後の昭和三九年一〇月二八日にシズは相手方両名の相続財産が皆無になるようにその残余財産の殆ど全部を相手方両名以外の十数人の者に遺贈し、再度離縁訴訟も起していることを主張するのであるが、右離縁訴訟における高等裁判所判決および最高裁判所判決が前記のごとき犯罪行為にわたる所為によつてシズの財産を処分することを相手方伸助に許容するものでないことは言を待つまでもなく、その所為たるやシズの所有不動産全部にわたり、シズへの著しい非行といわざるを得ない。シズのなした公正証書遺言は確かに右最高裁判所判決の言渡より五〇日余り後の昭和三九年一〇月二八日になされているが、本来被相続人は財産処分の自由を有し、それは死後処分においても同じであり、ただ法定相続人の地位を保護するために民法は遺留分制度を設け遺留分侵害にわたる死後処分(もちろん生前処分も入る)に対しては個別的に遺留分を侵害された相続人において遺留分減殺請求権の行使によつてその不可侵的相続分を回復できることにしているのであつて、相手方両名よりシズと荒井善之助に対して昭和二四年起された相続財産減少取引確認訴訟(乙第五号証がその訴状)を大きな発端として永年にわたり相手方両名と対立抗争してきたシズが、昭和三九年という時期に至り、離縁が不可能ならば自己に対する推定相続人たる地位から相手方両名を廃除したいと考えたことは自然の成行きとして理解できるのである、シズの前記遺言書による死後処分をもつてシズの死亡後までその遺言書の存在すら知らなかつた相手方伸助の前記所為を正当化することはできない。またシズの第二次の離縁訴訟は相手方伸助の右所為が原因となつて提起される事態になつたものといわざるを得ない。この場合シズが前記最高裁判所判決後相手方両名と親族融和の方向に動きその財産も相手方両名に承継させるように態度を変えるべきであつたという評価は第三者的に可能としても、現実のシズにそれを期待することはきわめてむずかしいものであつたといえるのである。したがつて相手方伸助の前記所為はシズの側に負わすべき事情を考慮してもなおシズとの間の相続的協同関係を破壊するに足る非行といわざるを得ない。
そうすると、相手方伸助には民法八九二条にいわゆる「著しい非行」があつたものというべきであるから、同相手方について廃除の審判をするのが相当である。
よつて主文のとおり審判する。
(家事審判官 渡瀬勲)