東京家庭裁判所 昭和48年(家)14662号 審判 1974年2月15日
申立人 大沢喜一(仮名)
相手方 大沢セキ(仮名)
主文
申立人の推定相続人である相手方を廃除する。
理由
一 申立人は主文と同旨の審判を求めた。その申立理由は「相手方は申立人の妻であつて、遺留分を有する推定相続人であるところ、申立人が胃腫瘍のため都立○○病院に入院中に相手方は、申立人の勤務先である株式会社○○製作所○○支社のロッカーに保管中の申立人の印鑑・預金証書等を申立人の承諾がないのに無断で持出し、これらを用いて申立人所有の不動産所有権共有持分を申立人から相手方に贈与した事実がないにも拘わらず、右贈与があつた旨の私文書を偽造し、これを行使して擅に右贈与の登記手続を経由し、犯罪行為に及んだほか擅に申立人の右印鑑を用いて、前記申立人の預金を全部引きおろしてこれを手中におさめた。また相手方は申立人を遺棄した。」というのである。
二 (一) 本件及び当庁昭和四四年(家イ)第三六二三号夫婦関係調整調停事件の記録によれば次のとおり認められる。
「(1) 申立人及び相手方は何れも再婚者であつて、昭和四〇年五月二〇日婚姻届出をして婚姻した夫婦であるから、相手方は遺留分を有する申立人の推定相続人である。
(2) 申立人は消化器の病気に罹り昭和四八年八月二三日都立○○病院に入院し、同月末頃胃かいようだと言われて手術し、(真実はクレプスであつて、既に転移し、前途は極めて憂慮すべき病状であつた)ついで盲腸炎を併発し、同年一二月一日に漸く退院する運びになつたものであつた。申立人と相手方の夫婦の住居は申立人の肩書住所地であつたが、申立人の右入院のとき、相手方は右病院に申立人を見舞う便宜のため、相手方肩書地の姉松沢モト方に寄寓した。申立人は妻の右寄寓をあまり好まなかつたが、やむなくこれに同意した。妻である相手方は同年一一月一二日頃から後申立人を病院に見舞わないようになつた。しかし申立人はその頃退院の時期が近づいたため病院側から退院の準備として事前に自宅に戻り一泊だけ外泊する許しが出て、それが同月一七日に予定されたので、申立人は予め妻である相手方に同日迎えに来て貰いたい趣旨を伝えておいたにも拘らず、相手方はその日に申立人を迎えに行くことがなかつたため、申立人は止むを得ず急遽娘の川本清子に連絡して迎えをたのみ、同人方に外泊せざるを得なくなつた。
(3) 妻である相手方の右不信行為があつたので、従前の妻の行跡にも鑑み申立人は清子方に外泊した日の翌日、万一事故が起きていはしないかと予感し同所から入院先の病院に立戻る途中、申立人の勤務先(休職中)である○○製作所○○支店に立寄り従前から自分で使つている私物を収納しておくロッカーを点検したところ、かねて入れてあつた筈の申立人の印鑑、権利証、預金通帳、契約書がなくなつていることを発見した。そこで会社の職員に訊したところ、同月一〇日に相手方が同所を訪れ、申立人の右ロッカーの開扉の許諾を求めたが、会社の職員は、奥さんでもそれを開扉して貰つては困る旨拒否したので、相手方は一旦は帰つたが、翌々日である一二日に姉の松沢モトと二人で再度同所を訪れ申立人の右ロッカーの開扉の許諾を求めた。そこで会社の職員も止むなく、申立人の右私物が収納してある右ロッカーの開扉を許諾したので相手方と松沢モトはこれを開扉して、申立人の印鑑、所有不動産の権利証、預金通帳等を申立人の承諾なく持ち去つた。右ロッカーの鍵は、申立人が従前自ら携帯していたものであつたが、病気のため動けなくなつた後申立人不知の間に相手方がこれを持去り、これを用いて申立人の会社の前記ロッカーを開扉したものであつた。
(4) 申立人の右預金通帳より、○○相互銀行の申立人の預金(元利)一二六万三七八八円及び△△相互銀行○○支店の申立人の預金(元利)一五八万七五〇六円程が同月一五日頃払戻されていることも後に申立人に判明した。
(5) 申立人はかねて肩書住所の居住用の土地建物(別紙目録)を取得したとき、これをいずれも申立人と相手方の共有持分二分の一ずつの取得と定め所有権取得登記を経由しておいた。ところが申立人不知の間にその許諾なく相手方は前記申立人の印鑑及び権利証を用いて、擅に申立人作成名義の書類を偽造したうえこれを用い、別紙目録の各土地及び建物の申立人の共有持分二分の一につき昭和四八年一一月二一日浦和地方法務局志木出張所受付第五九三二四号を以て、相手方に贈与した旨の共有権移転登記をなし、且つ同月二六日同出張所受付第五九八四五号を以て松沢モトのため売買予約を原因とする所有権移転請求権仮登記をしたもので、この事実が間もなく申立人に判明した。
(6) その後相手方は申立人が同年一二月一日同病院を退院するまで同人を見舞わなかつた。
(7) 同年一二月一日申立人は○○病院を退院することとなつた。右退院に当り相手方とモトは申立人を同病院に迎えた。申立人は同人らの準備したタクシーに乗車し、肩書住所に帰宅する積りのところ、途中からタクシーの進行する道が帰宅の方向の道と違うので、ただしたところ、相手方は、返事せず申立人を○○病院という病院にタクシーを乗りつけさせ、予め申立人に相談することも、また同人の承諾を得ることもなく、脳外科、神経科等の看板を掲げる右○○病院に入院させようとしたので申立人は驚愕し、荷物も放置したままその場から着のみ着のままでとび出し、附近路上でタクシーを拾つて肩書住所に至つたが、住居は施錠のままであつたから、隣家(桑原方)に保護を求め、娘の清子方に連絡して貰つて、爾後清子方で静養して現在に及んでいる。右○○病院は相手方が松沢モトの知合に頼んでその総看護婦長と打合せの上、申立人に無断で同人を入院させようとした病院であつた。
(8) 申立人の病気は既に転移し、本年一月末頃にはまた入院しなければならないことが既に判明している位の病状である。」
(二) 相手方は、「申立人は相手方に対し、申立人の入院中○○市の住居から姉モト方に寄寓するように指示したからそのようにした。申立人をして○○病院に入院させようとしたことは事実であるが、ただ○○の自宅は障子を張り替えたり、掃除に時間がかかり、退院後申立人を迎え入れる準備が整わないため、姉モトの知合いの△△病院の総看護婦長に○○病院を紹介して貰つた。申立人所有の不動産の名義を相手方にかえたのは夫の承諾を得てしたものである。従つて夫のロッカーを開扉して印鑑その他を持出したことについては夫にことわる必要もないと考え無断でした、前記不動産は夫から全部貰つたから、全部相手方の所有であつて、二分の一の共有持分を有するに過ぎないこととなつているのが間違つているのであつて、相手方は何ら悪いことをしたことはない」旨家裁調査官に対して弁解しているけれども、前記二(一)に認定する事実に牴触する相手方の陳述はたやすく措信できない。
(三) 相手方は昭和四四年七月四日当庁に対し離婚調停を申立て(当庁同年(家イ)第三六二三号)その事件は相手方が申立を取下げて終了したが、申立人と相手方の夫婦仲は必ずしも円満ではなかつたという事情にあつた。そして前記認定の事実関係によれば、相手方は(イ)申立人の私物を収納するロッカーから申立人の印鑑、権利証、預金通帳その他を承諾なく勝手に持出し、(ロ)申立人の預金通帳から擅に前記元利金の払戻しをうけてこれを着服し、(ハ)申立人の印鑑を無断で用いて必要な書類を作成したうえ、勝手にこれら書類を行使して相手方のため前記所有権移転登記をしたばかりでなく、松沢モトのため前記仮登記をなし、(ニ)申立人を自宅に案内することを装つて、承諾もえないで突如申立人を神経科等をも診療科目とする○○病院に入院させようとしたものであつた。そうしてみると相手方の右各行為は申立人の財産を不法に侵奪し、且つ申立人を遺棄しようとの意図に出たものとみられても止むをえないところであり、申立人が重篤な病気に罹つている際に行われた妻の夫に対する不信行為の極みであつて、民法第八九二条にいう「著しい非行」に該当し、相手方は申立人の推定相続人たるに値する適格を喪失しているものといわなければならない。
三 よつて申立人の本件申立は理由があるものと認め、主文のとおり審判する。
(家事審判官 長利正己)