大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京家庭裁判所 昭和48年(家)2581号 審判 1973年4月03日

本籍・住所 東京都田無市

申立人 山本敏昭(仮名) 外一名

国籍 中国 住所 東京都新宿区

事件本人 崔恭精(仮名)

主文

申立人らが事件本人崔恭精を養子とすることを許可する。

理由

(事実)

申立人代理人は、主文同旨の審判を求め、申立理由として、つぎのとおり述べた。

一  申立人らは日本人、事件本人は中国国籍を有するところ、各当事者とも東京都下に居住し、東京家庭裁判所に管轄権がある。また、準拠法は、法例第一九条第一項で、養子縁組の要件は各当事者につきその本国法によることになり、申立人らについてはわが民法、事件本人については、中華民国民法による。

二  申立人らは昭和四七年七月八日婚姻の上届出したが、申立人美智が身体障害者で未だ子がなく、かねて養子を迎えたいと考えていたところ、遠縁に当る事件本人との縁組をすすめられるにいたり、事件本人が昭和四七年八月に来日以来これを申立人らが引取つて監護養育している。申立人敏昭は調理士で月収約金七〇、〇〇〇円あり、アパートに住い、申立人美智は歩行不自由で(小児麻痺による)現住所で煙草小売商を営み、月収約金五〇、〇〇〇円を得ているほか、不動産賃貸業を営み、申立人らの所有するアパートなすの荘からの月収約金六〇、〇〇〇円あり、生活は安定している。事件本人は、一三歳で身上監護もそれ程手数がかからず、申立人らは、事件本人を日本の通常の学校に通学させて育てたいと考えている。

三  事件本人については、その父崔明石は台湾に居り来日していないが別紙のとおり中華民国民法に基づき、書面により養子縁組を代諾する意思表示をしており、その母崔旺礼華は本件審判期日に出頭し代諾の意思表示をした。

(当裁判所の判断)

一  事件本人は、現在、肩書地に居所を有することが外国人登録証明書上認められ、崔旺礼華、申立人各審問の結果によると、事件本人は将来日本に永住する目的で右居所を定めていることが認められる。したがつて、右事件本人の住所地を管轄する当裁判所に裁判管轄権がある。

二  準拠法についてみるに、法例第一九条によると、養子縁組の要件は、各当事者につきその本国法によつて定めることとなる。したがつて、申立人らについてはわが民法によることになるが、事件本人については問題がある。

中国は、中華人民共和国政府と、中華民国政府が、互いに中国全土を領する唯一合法政府である旨宣言し分裂しており、わが国政府は、国連とともに、中華人民共和国を承認し、かつて承認していた中華民国については、その承認を取消している。しかし、国家の承認は、国際公法上の問題であり、国家の政治的外交的な国家主権相互の関係であるが、国際私法上の問題は、このような高度な政治的外交的な考慮とは殆んど関係のない私人間の権利義務の規制の問題である。そして、台湾の領土には、疑いもなく別異の政府が存在し、少くとも台湾の領土内では、中華民国政府の施行した法令が現実に妥当している事実を無視することはできないし、それが、一律にすべて中国の内部において公序良俗に反するものともいえない。したがつて、国際私法上において準拠法を決定するにあたり、国家の承認の有無は、一応の基準となり得ても絶対的ではなく、承認のない政府、かつて承認されていたが現在取消されている中華民国政府についても、また承認が取消されたとの一事をもつて、すべての場合の準拠法決定に関し、台湾において施行されている法令を無視できるわけではない。しかし、わが国でした裁判が未承認国で裁判として認められ執行される可能性があるかについては別途検討されなければならないであろう。多くの場合相互の保証を欠くとの理由から、裁判として認められないであろうし、本件許可も中華民国政府でこれを裁判として承認するかどうかは疑問があろう。しかし、わが国での取扱いとして有効に縁組が成立することについては疑いがないので、その面から準拠法を決定しなければならない。

つぎに、国籍の決定は、国籍所属国が、独自に決定したところに従う(ハーグ条約)が、この原則は、中国のような不統一国家には、そのまま適用されないものというべきであり、したがつて、台湾に本籍を有する者も二重国籍者ではなく、法例第二七条第一項の問題は生じない。また、一国数法的な構成をとり、法例第二七条第三項により、その準拠法を決定すべき旨の見解もあるが、この場合、地方の法律を異にしても、より高次元にある国家の法に服することが前提であるところ、中国にはそのような基礎が存在しないから、その見解にもより難い。国籍が連結点としての実効性を失つていることを理由に、本国法主義ではなく属人法主義により、その枠内で客観的基準に従つて実質的連絡を試み住所地法を考慮すべしとの見解もあるが、中国国籍を有することが明らかである場合に、日本に住所があることから直ちに日本法を適用することも、法例一九条に反することになるので、これにもより得ない。

さらに、当事者の住所、居所、過去の住所、本籍などの客観的要素のほか、当事者の志望という主観的要素をも考慮して、直接いずれかの本国法を指定すべしとする見解がある。国家政府は、一方的に従前の国家政府に属していた者か自国民であると宣言しただけでは、その政府下におくことはできず、それに対する当事者の承諾を必要とするとの点では、当事者の志望という主観的要件が入ることは理解でき、それは相当であろう。しかし、この見解による場合、未承認国はわが国の裁判を裁判として承認しないであろうことは見易い道理であり、当事者がそのような裁判でもなおかつそれを求め、わが国の法令上、その効果を受けることで満足するならば、それを認めても差支えないであろうが、それを原則的立場とすることには、やはり躊躇せざるを得ない。台湾に、本籍、過去の住所、居所などがあり、過去または現在中華民国政府の事実上の支配下に属し、中華民国法が妥当している場合であつても、その者の準拠法は、わが国の承認した中華人民共和国の法令であるというべきである。しかし、その場合のうち、当事者が、主観的に、将来においても、中華民国政府の支配に服し、中華民国法の適用を志望しているときは、わが国の裁判の効果が及ぶ限度において、準拠法を、中華民国法に指定することができるものと解するのが相当である。

本件において、公文書で趣旨および方式から職務上真正に作成されたものと認められる事件本人の外国人登録証明書、申立人代理人審問の結果から中華民国政府下の公務員が作成したことが認められる事件本人の戸籍謄本、崔旺礼華審問の結果から成立が認められる養子縁組承諾書、および、崔旺礼華、申立人山本敏昭各審問の結果を総合すると、事件本人の本籍地は、台湾省台北市○○街○○号にあり、昭和四七年一〇月一五日に来日する以前は、出生以後右本籍地に居住していたこと。事件本人は申立人らと将来日本に居住するが、事件本人の実父崔明石、実母崔旺礼華は、将来とも、台湾に住所を有し、日本と台湾を往復して事業を営む予定であることが認められる。右事実によると、前記説示のとおり、本来は中華人民共和国法をその準拠法とすべきところ、事件本人は、実父母との面接交渉その他の点で中華民国の支配に服し、中華民国法の適用を希望しているものということができ、実際上は、申立人らの養子となり、申立人らと同居して日本に居住するので、わが国の法令上申立人らの養子と取扱われることに主たる効果を求めようとすることに、本件申立の実益があり、中華民国における戸籍上に養子縁組の記載を、本件審判の執行として行うことに主眼がないので、前記説示の点から、本件養子縁組の要件についての準拠法は、中華民国法によるものと指定するのが相当である。

三  前記事件本人の戸籍謄本、外国人登録証明書、崔明石、崔旺礼華の養子縁組承諾書(日本文)、申請の全趣旨から成立が認められる申立人山本美智作成の上申書、申立人代理人審問の結果から成立が認められる崔明石の中華民国公証人の養子承諾に関する認証書、および、申立人山本敏昭、崔旺礼華の各審問の結果を総合すると、申立人主張の各事実が認められる。

右事実によると、養親である申立人らについては、わが民法上養子縁組の要件を具備する。また、事件本人については、中華民国民法第一〇七九条の、「養子縁組をするには書面をもつてしなければならない。」との規定にも合致し、縁組の一般要件(第一〇七三条養子をする者の年齢は養子となる者より二〇歳以上年長でなければならない。第一〇七四条配偶者のある者が養子をするには、その配偶者とともにしなければならない。)もまた充足している。したがつて、本件養子縁組は、事件本人の利益に合致し、正当なものであり、許可を相当とする。よつて、主文のとおり審判する。

(家事審判官 高木積夫)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例