東京家庭裁判所 昭和56年(少)700284号 決定 1982年1月13日
少年 E・S(昭三九・八・二八生)
主文
この事件については、少年を保護処分に付さない。
理由
(本件送致事実の要旨)
少年は、いわゆる暴走族グループ「○○」のリーダーA外約三六名と共謀の上、著しく道路における交通の危険を生じさせ、かつ、著しく他人に迷惑を及ぼすことを知りながら、いわゆる自動車による集団暴走行為を企て、昭和五六年七月一二日午前二時ころから同日午前三時八分ころまでの間、東京都狛江市○○×丁目××番××号先から同都世田谷区○○×丁目××番先通称○○通り○○陸橋に至る道路において、自らが運転する自動二輪車等約一九台の車両を連ねて通行させ、又は併進させたが、この間、同日午前三時六分ころ、同区○○×丁目××番×号先の上記○○通りを○○方面から○○方面に向けて直進するに当たり、前方を同一方向に時速約五○キロメートルで進行中のB(当時五○歳)運転の普通自動車外一台を認めるや、時速約八〇キロメートルで同車等に接近し、次々と、その左右から取り囲み、巻き込むようにして追い越し、更にその直前に急に進路を変更するなどして、同車等を同所付近で停止することを余儀なくさせ、もつて、共同して著しく道路における交通の危険を生じさせ、かつ、著しく他人に迷惑を及ぼす行為をしたものである。
(少年の弁解)
自分がこれまでに五回ほど集団暴走行為に加わつたことがあるのは事実である。しかし、自分は、昭和五六年六月中旬暴走族にからんだ暴力行為等の事件で検挙され鑑別所に収容された後は、一切集団暴走実行の謀議に関与していないし、実際の集団暴走行為に加わつたこともない。自分は、ピンク色(もとは青色だつたが、塗り替えたもの。)の自動二輪車(○○・○○四○○)を持つていたが、親が自分のことを心配してその自動二輪車をオートバイ屋に預けてしまい、鑑別所から出てみると、その自動二輪車は既に手元になかつたのである。したがつて、そもそも自分には、本件の集団暴走行為に加わりたくても、運転する自動二輪車がなかつた。また、本件の集団暴走行為の行われた前日の七月一二日は、自分が鑑別所に収容された件で学校から受けた謹慎処分として、試験休み中にもかかわらず登校して勉強させられた初日であつた。そういう関係で、自分は、集団暴走行為に加わろうという気持はまつたくなく、本件当日は家で寝ていたのである。自分は、取調べの警察官から強い口調でどやされたため、最初の一回目だけは自分も本件の集団暴走行為に加わつたかのように虚偽の供述をしたが、その後思い直して加わつたことを否認した。
(当裁判所の判断)
一 少年が本件の集団暴走行為に加わつていたとする積極的証拠としては、少年の司法警察員に対する昭和五六年八月二四日付供述調書並びに本件の集団暴走行為の際に少年が運転していた自動二輪車の同乗者とされるCの司法警察職員及び検察官に対する各供述調書が基本的なものである。このうち、少年の供述調書の内容は、結論的なものであつて具体性を有するものではないが、Cの各供述調書の内容は、具体的かつ詳細であり、一応迫真性を感じさせるものといつてよい。
その他、少年が本件の集団暴走行為に加わつていたとする証拠として、本件の共犯者とされる数名の者の司法警察員等に対する各供述調書中に、少年の本件の集団暴走行為の際の乗車区分、少年を本件の集団暴走行為の出発地点で見掛けたこと、少年が本件の集団暴走行為の謀議の席上に居合わせたこと等に触れる部分があるにはある。ただし、それらは、Dの司法警察員に対する昭和五六年九月三日付供述調書及びEの司法警察員に対する同月二五日付供述調書を除いて、いずれも断片的又は結論的な供述内容にとどまり、少年の具体的行動等について詳しく触れるものではない。
二 当裁判所は、証人Fに対する尋問を行つたところ、同証人は、大要次のとおり供述した。
自分は、○○の自動二輪車の販売修理等を業とする者であるが、昭和五六年六月末ころ、少年の両親から、少年の自動二輪車であるピンク色の○○・○○四○○(登録番号○○も七六〇五号)を処分のためにしばらく預つてくれと頼まれたことがある。少年の両親は、少年がこのまま自動二輪車を持つていて事故でも起こされては困ると心配していた。自分は、これまでに少年の自動二輪車を何回か修理したことがあつたので、少年の両親の頼みを承諾することにし、少年の自動二輪車を同年八月のお盆のころまで倉庫内に保管しておいた。少年の自動二輪車は、少年の母親が塗装屋と称する人を連れて来て、「その人に売つたから。」というので、同人に引き渡した。
証人Fの供述内容は、同人の司法警察員に対する供述調書に録取されている供述内容と、少年の自動二輪車を預つた日時(司法警察員に対しては、七月五日ころと供述している。なお、このくい違いについて、同証人は、警察官に対し六月末か七月初めと供述したら、「じや、七月五日ころか。」といわれ、そのようになつたと説明する。)及びその登録番号(司法警察員に対しては、○○ナンバーの四八一九と供述している。なお、このくい違いについて、同証人は、ナンバープレートの破損等の理由で再交付になつたためではないかと説明する。)の点において相違はあるが、基本的には同趣旨で首尾一貫するものである。
三 また、当裁判所は、証人Cに対する尋問を行つたところ、同証人は、大要次のとおり供述した。
自分がこれまでにあちこちの暴走族グループと一緒になつて集団暴走行為を敢行したのは事実である。しかし、昭和五六年六月前後ころからは、自分もそろそろ本当にまじめにならなくてはいけないと考え、悪い友達から離れる意味で東久留米の建設業者の所に住み込んで働くようになつたものであり、そのころからは、一切集団暴走行為に加わつたことはない。今回、自分は以前に一緒に集団暴走行為をした者から警察に名前を出されたのだろうが、自分は決して本件の集団暴走行為に加わつていない。警察官からは合計三回取調べを受け、最初の二回くらいまでは否認してみたが、道場で正座させられたり、たたかれたり、強い口調でどやされたり、「同乗したくらいで少年院に行きたいか。早く楽になつた方がいいぞ。」などといわれたりしたため、やむなく三回目のときに、本件の集団暴走行為に加わつた旨の虚偽の供述をしてしまつた。したがつて、自分の警察官に対する供述調書の内容は、誘導されるままに答えた虚偽のものであり、少年を含め自分が以前に一緒に集団暴走行為をしたことのある者の名を、本件の集団暴走行為の際も自分と一緒に加わつた者として適当に述べたのである。自分の検察官に対する各供述調書の内容も、警察官に対する各供述調書の内容をそのまま反復しただけの虚偽のものである。自分は、検察官に対し、一度は「本当は走つていないんです。」といつてみたが、「今さらそんなこといつてもだめだ。」といわれ、あきらめてしまつた。
証人Cに対しては、偽証の制裁のあることを十分に説明し、その供述を求めたのであるが、同証人の供述は、その供述態度がときに涙を浮かべるなど極めて真しであること等に照らし、十分に措信するに足りるものである。なお、付言すれば、Cの司法巡査に対する供述調書中に、少年が本件の集団暴走行為の際に運転していた自動二輪車の色を青と述べている部分があるが、これは、同人がピンク色に塗り替える前の色を記憶していてそれを供述したにすぎないのであつて、同人の上記各供述書全部が、信用性に欠けることの一端を物語つているように思われる。
四 本件の捜査を担当した警察官は、本件の共同危険行為の現場で確保した共犯者の追及を足がかりとして鋭意捜査を進め、その過程で共犯者から名前のあげられた者らを出頭させ、同人らに対する取調べを行つた。取調べに対し自己の犯行を否認する者が続出した(司法警察員作成の昭和五六年八月二七日付(謄本)及び同年九月五日付各捜査報告書等参照。)が、警察官の方では結局、ほとんどの者について自白調書を得ることができた。ところが、当裁判所が本件送致に係る共同危険行為について少年の共犯者とされる者らに対する審判を行つたところ、そのうちの数名が審判廷において自己の犯行を否認し、「取調官に対し本件の集団暴走行為に加わつたことはないと述べたが信用してもらえず結局、取調官のいうがままに本件の集団暴走行為に加わつたことを認める虚偽の供述をした。」などと少年と同様の弁解をするに至つたのである。そこで、これに関連して注目すべきは、本件の共同危険行為の共犯者の一人として家庭裁判所に送致されてきたGは、検察官に対しても自己の犯行を認める詳細な供述をしていたにもかかわらず、横浜家庭裁判所からの検察官送致の決定に基づき事件の受理をした横浜地方検察庁検察官によつて、アリバイが認められることなどを理由に不起訴処分に付されたということである。更には、例えば、本件の共犯者の一人とされたHは、司法警察員に対し自己の犯行を認める供述をしていたものの、当裁判所の同人に対する審判の結果、同人には明確なアリバイのあることが確認され、不処分の決定がされたということも注目すべきである。そうだとすれば、少年の共犯者とされる者の上記各供述書中の少年が本件の集団暴走行為に関与したとする趣旨の供述内容を直ちに措信するわけにはいかないであろう。
五 本件送致事実によれば、本件の集団暴走行為に加わつた自動二輪車は約一九台とされている。しかし、本件の集団暴走行為を現認した警察官の捜査報告書及び本件の集団暴走行為に加わつたことを当裁判所において自認した者らの供述を総合すれば、せいぜい一五台程度の自動二輪車が関与したことしか認められない(殊に、本件の集団暴走行為に加わつた一人であるIは、同人に対する審判において、集合場所に来た自動二輪車を数えてみたら一一台か一二台であつた旨明言する。)。この点からしても、実際に本件の集団暴走行為に加わつていない者も、これに加わつたとして送致されているとの可能性をなしとしない。以上に基づき検討するに、少年の弁解は、これを一概に措信するに足らないとして排斥することは許されず、少年の自己の犯行を認める上記供述調書及びその他共犯とされる者の少年の行動等に関する上記各供述調書の真実性についても、いろいろと疑問があるといわざるを得ないし、加えて、少年が本件の集団暴走行為実行に向けての謀議に加わつたとすべき決定的証拠も見い出すことができないので、結局、少年について本件送致に係る非行事実を認定するには合理的な疑いが残る。
以上のとおり少年については本件送致に係る非行事実を認定できないことに帰するから、少年法二三条二項により保護処分に付さないこととし、主文のとおり決定する。
(裁判官 向井千杉)