東京簡易裁判所 平成15年(ハ)78907号 判決 2004年11月11日
主文
1 被告は,原告に対し,平成16年6月から平成19年4月まで,毎月末日限り2万3150円ずつ,平成19年5月末日限り2万3023円を支払え。
2 原告のその余の請求を棄却する。
3 訴訟費用は5分し,その1を被告の負担,その余を原告の負担とする。
事実及び理由
第1請求
被告は,原告に対し,386万6028円及びこれに対する平成15年4月21日から支払済みまで年21.9パーセントの割合による金員を支払え。
第2事案の概要
本件は,原告と主債務者との消費貸借契約について,被告が連帯保証したとして,原告が被告に対し,貸金業の規制等に関する法律(以下「貸金業法」という。)43条によるみなし弁済に基づく残元金と損害金を求めるのに対して,被告が,後記2主たる争点(1)ないし(3)の内容について否認し,(4)ないし(7)の抗弁を主張して原告の請求を争った事案である。
1 請求原因 別紙請求の原因記載のとおり
2 主たる争点
(1) 被告は,本件連帯保証の意思があったか(争点1)。
(2) Aは,原告から400万円の現金の交付を受けたか(争点2)。
(3) 原告は,被告に対し貸金業法17条所定の書面を交付したか(争点3)。
(4) 本件連帯保証契約は,民法95条の要素の錯誤に当たるか(争点4)。
(5) 消費者契約法4条2項,3項による本件連帯保証契約の取消しの意思表示により,本件連帯保証契約は無効となったか(争点5)。
(6) 原告のAについての与信調査及び本件連帯保証契約締結時の原告の被告に対する説明義務の各不履行を理由に,原告の請求額を民法418条を類推適用して過失相殺し減額できるか(争点6)。
(7) 本件原告の請求は,民事再生法により制限されるか(争点7)。
第3当裁判所の判断
1 被告は,本件連帯保証の意思があったか(争点1)
(1) 甲2号証(金銭消費貸借契約証書)には,その連帯保証人欄に被告の住所氏名の記載があり,被告は,前記連帯証人欄は,被告が自署したものであることを認める。そうすると,特段の反証のない限り,民事訴訟法228条4項により,文書全体が真正に成立したものと推定されるべきものである。
(2) これに関する被告の反証として,被告本人尋問の結果及び乙5号証(被告の陳述書)があり,これによれば,被告は,被告の父の妹であるBが金銭の借入れをする際,保証人になってきたこと,平成15年2月上旬ころ,被告は,Bから,以前Bが借り入れをしたことがあるヤミ金融業者であるCという人物が被告の保証があれば150万円を貸してもよいといっているので保証をしてくれないかとさらに依頼されたこと,同年2月17日,D店に呼ばれ,前記依頼の件の話だろうと思い説明を聞くため,同店にBと一緒に出向いたところ,同店には,氏名は後で判明したものであるが,原告の担当者としてE及びもう1人の担当者と面識のないAがいたこと,その席でEが甲2号証を取り出し,同人からは何の書類であるのか説明はなかったが,被告は,印鑑を押さなければ大丈夫だろうと思い,署名することがどういう意味を持つのかも分からないままAの署名や金額など手書部分の記載のない甲2号証に自署したことを述べ,したがって,本件連帯保証の意思はなかったとする供述部分及び陳述内容が存在する。
しかしながら,以前にもBのために保証したことがあり,D店に出向く際にも150万円の保証の件であろうと認識していたとする被告にとって,債務者,債務額は重要事項であるのに,債務者欄,金額欄など手書部分の記載がなく,署名することがどういう意味を持つのか分からないまま甲2号証に自署したとする被告の供述自体不自然であり,しかも,Eから同人の氏名の記載された名刺をもらい受け(乙5),Bの150万円の借入れの話には登場しない氏名であるのに,被告の供述にはその場で特に確認した形跡もなく,また被告は,甲2号証の金銭の借入れを示す「金銭消費貸借契約書」の記載は,他の書類がかぶさっていて見えなかったと供述するなどの点に照らしても,被告の供述は不合理でたやすく信用することはできない。
(3) さらに,甲12号証(テープ)によれば,原告の担当者が被告に対し,電話で保証の意思の確認をしていることが認められる。すなわち,担当者は,電話の相手が生年月日により被告であることを確認したうえで,融資金額400万円,融資した原告会社名,債務者がAであることを述べ,被告はこれを肯認する趣旨の回答をしている。この点,被告は,勤務会社に電話され上司や同僚に聞かれてはまずいので,相手のいうなりに手短かに「はい」と応えたに過ぎないと供述するが,保証した事実がないのであれば,席を離れ上司や同僚のいない場所で原告に電話し,問い質すのが通常であろうが,被告の供述にはその形跡はない。
(4) 結局,前記被告の供述はたやすく信用できず,さらに被告の供述に沿う証人Bの証言及び乙6号証(同人の陳述書)があるが信用することはできなから,いずれも反証とはなり得ず,そのほかに前記推定を覆すに足りる特段の事情はない。そうすると,被告は,本件連帯保証をしたものと認めることができる。
2 Aは,原告から400万円の現金の交付を受けたか(争点2)。
A名義の原告あての平成15年2月17日付け(前記融資の話のあった日)金額400円の領収証が存在すること(甲6号証),その後,Aは,原告に送金していること(甲9号証の1,2及び甲10号証1,2),被告は,EがAであろう人物に現金を交付するのを見ていること(被告の供述)に照らすと,Aは,前記額の金員を原告から交付を受けたことが認められ,これを覆すに足りる証拠はない。
3 原告は,被告に貸金業法17条所定の書面を交付したか(争点3)。
甲3号証(保証契約説明書 概要)及び甲5号証(貸付及び保証契約説明書)には,同書面を受け取った旨の記載とその横に被告の署名があり,その署名の筆跡は,自署したものであると被告が認める甲2号証の筆跡と似ていて被告が署名したものと推認できること,これに前記1のとおり,被告の供述は信用できず,むしろ,D店において,前記書面の内容を説明したうえ被告に交付したとするEの証言は自然であり信用できる点に照らして,原告は,被告に対し,貸金業法17条2項ないし4項及び同施行規則14条に定める書面を交付したものと認めることができ,これを覆すに足りる証拠はない。
4 本件連帯保証契約は,民法95条による錯誤に該当するか(争点4)
被告は,債権者及び主たる債務者が誰であるか分からず甲2号証に自署したものであって,本件連帯保証契約は,要素の錯誤に当たり無効であると主張する。しかしながら,前記1で認定した事実によると,被告は,本件連帯保証契約の内容,すなわち,借入金額,債権者名,主たる債務者名等の各内容を認識して自署したものというべきであるから,錯誤による無効の主張は理由がない。
5 消費者契約法4条2項,3項による本件連帯保証契約の取消しの意思表示により,本件連帯保証契約は無効となったか(争点5)。
被告は,①事業者である原告が,主たる債務者名,同人の支払能力,融資金額などの重要事項について,消費者である被告にその事実を告げなかったことから,甲2号証に署名しても,原告のAに対する貸付けについて連帯保証債務が発生することはないものと誤信し自署するに至ったこと,②D店において,被告が,退去したい旨を申し出たにもかかわらず,複数の男性に取り囲まれて甲2号証に自署せざるを得なかったものであるから,消費者契約法4条2項,同条3項に基づき本件連帯保証契約を取り消したので,同契約は無効であると主張する。
しかしながら,前記のとおり,被告は,借入金額,債権者名,主たる債務者名等の各内容を認識して自署したものであり,かつ,②の事情を認め得るに足りる証拠はないから,被告の主張は理由がない。
6 原告のAについての与信調査及び本件連帯保証契約締結時の原告の被告に対する説明義務の各不履行を理由に,原告の請求額を民法418条を類推適用して過失相殺し減額できるか(争点6)。
被告は,原告がAからの貸付金の回収が不可能であることを知っていたか,少なくとも十分な与信調査をすれば知り得たのにそれを怠り,Aに対する貸付行為を行ったもので,同貸付について原告に過失があったこと,さらに被告が甲2号証,甲3号証及び甲5号証に自署する際,主たる債務者が誰であるか,その支払能力等を被告に説明することを怠った過失があったことを挙げ,前記原告の与信調査及び説明義務の各不履行について民法418条を類推適用して過失相殺すべきであると主張する。
被告の主張は必ずしも明らかではないが,その趣意は,本件連帯保証契約により被告は連帯保証債務を負い,反面,原告は,被告に対し連帯保証債権を取得するが,同債権額は,前記原告の過失による与信調査及び説明義務の各不履行により過失相殺し減額されるべきであるというにあると解せられる。
そこで民法418条について検討するに,同条は,債務者が債務の本旨に従った履行をしないため債権者が損害を受けたが,その債務の不履行に関して債権者にも過失があるときは,損害を債務者だけに負担させるのは公平に反するから,その責任を軽減しようとする制度である。ところが,前記被告の主張は,債務の本旨に当たる被告の連帯保証債務,すなわち原告の連帯保証債権を減額すべきであるというものであるから,同条を類推適用して減額の結論を導くことは困難であり,原告の主張を採用することはできない。
7 そうすると,請求原因事実をすべて認めることができ,被告の抗弁はすべて理由がないこととなる。
8 本件原告の請求は,民事再生法による制限を受けるか(争点7)。
(1) 被告は,本件連帯保証契約に基づく債権は,個人再生手続内で評価の申立てがなされ,評価額が定められた民事再生法上の債権であって,再生計画は認可され同決定は確定しているから,評価額を超える債権については,民事再生法232条2項,156条により,変更された金額を再生計画終了後に請求できるに過ぎず,原告の本訴請求は理由がないと主張する。
しかしながら,個人再生手続においては,再生債権の評価(民事再生法227条)という簡易の裁判で一応の債権額を確定したに過ぎず,再生債権の実体的な確定を伴うものではないから,実体的な債権額に争いがある場合は別途訴訟に委ねることとしたものと解せられる。このことは,個人再生手続の開始決定があっても,訴訟手続は中断しないことからも窺われる。
他方,個人再生の申立てを受理した裁判所(以下「再生裁判所」という。)は,再生債務者の経済生活の再生を図るため,債務額を確定し,その弁済計画を立て認可決定をするものであるから,訴訟を受理した裁判所は,再生裁判所の決定を尊重すべきであり,再生裁判所の認可した再生計画における権利の変更を無視して判決することは控えるべきであるし,また,個人再生手続で評価の申立てがなされ評価額が定められた場合,評価額を超える債権は劣後的な取扱いを受けるものではないから,同債権についても民事再生手続で定められた弁済期間内に割合的弁済が受けられるというべきである(民事再生法232条3項本文の反対解釈)。
(2) そこで,前記(1)の判断を前提として以下検討することとする。被告の個人再生手続の申立て後,再生計画認可決定が確定するまでの経緯について,証拠(乙2ないし4,7)及び弁論の全趣旨によれば,被告は,2300万円を超える負債があったことから平成15年11月11日,東京地方裁判所に個人再生手続開始の申立てをし,同月27日,再生手続開始決定がされたこと,原告は,届出期間内である同年12月4日,再生債権の届出(元本386万6028円及びこれに対する平成15年4月11日から同年11月26日までの遅延損害金)をしたが,被告が異議を述べたため再生債権の評価の申立てをし,平成16年2月23日,同債権は,219万9769円(元本193万3014円,遅延損害金26万6755円)であると評価されたこと,被告は,同年3月30日,同裁判所に再生計画案を提出し,同年4月26日再生計画は認可され(再生計画による返済計画表によると,確定債権総額219万9769円の81.06パーセントに相当する額を免除し,残額である18.94パーセントを再生計画認可決定の確定した日の属する月の翌月から3年間,毎月末日限り支払う。1円未満の端数は切り捨てるとしている。),同年5月29日,認可決定は確定したことが認められる。
(3) 前記7の認定した事実によれば,本件連帯保証債権の額は,元本386万6028円及びこれに対する平成15年4月21日から再生手続開始決定日の前日である同年11月26日までの遅延損害金53万3511円の合計439万9539円であると認めることができる。これに前記(2)の再生計画における権利変更の内容を当てはめると,439万9539円について81.06パーセントの免除を受けるから,免除額は356万6266円となり,弁済額は83万3273円となる。これを認可決定の確定日である平成16年5月29日の属する月の翌月である平成16年6月から3年間,毎月末日限り支払うこととなるから,1か月当たり2万3150円となる(最終回は2万3023円)。
9 以上のとおりであるから,前記8(3)の分割返済の額の範囲で原告の請求を認容し,その余の請求を棄却することとし,主文のとおり判決する。
なお,仮執行宣言は相当でないからこれを付さない。
(裁判官 小中澤謙三)
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