東京簡易裁判所 平成16年(ハ)9762号 判決 2004年12月17日
主文
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1請求
被告は,原告に対し,金33万1810円及びこれに対する平成16年7月25日から支払済みまで年5パーセントの割合による金員を支払え。
第2事案の概要
1 本件は,原告が,平成15年3月9日午前1時ころ,東京都板橋区ab丁目c番d号所在のA前の路上で,同時刻ころまで同店で一緒に飲食していた被告から腹部にタックルを受けて仰向けに倒され,さらに馬乗りになられて顔面を数回殴打されたり,頭突きをされるなどの暴行を受け,これにより全治1週間を要する上口唇左側の裂傷等の傷害を受けたと主張して,不法行為に基づき,治療費等の損害賠償を請求する事案である。
2 被告の主張
被告が,前記日時ころ,飲食代の支払を終えてAを出たところ,同店の外で訴外Bに制止されていた原告が,それを振り切り,被告めがけて足蹴りしてきた。被告は,酒によって興奮状態にある原告の再度の暴行を避けるため,原告の腹部めがけて飛びつき,原告を押さえ込もうとしてもみ合いになり,その際,両者の頭や顔が当たったり,また,原告は下になりながらも被告の襟首あたりをつかんで首を締めつけるなどしたが,被告はようやく原告を押さえ込んだ。したがって,被告の行為は,原告の急迫不正な侵害行為に対し,身の安全を守るためになした正当防衛であり,損害賠償の義務はない。
3 主たる争点
(1) 被告の行為は正当防衛であるか否か。
(2) 原告の損害額
第3争点に対する判断
1 証拠(甲1,甲4の1,2,乙1,乙2,乙3,乙6,証人C,証人B,原告本人,被告本人)及び弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められる。
(1) 原告,被告,訴外D,同C及び同Bは,同じ町内に住む知合いであるが,平成15年3月8日午後8時ころから,ab丁目e番所在のEで一緒に飲食をし,原告は,ビール中ジョッキ3,4杯,サワー3,4杯を飲んだ。同日午後10時か11時ころになって,Aで飲食をしようという話になり,そろってAに行った。その後,訴外Fが合流して6人でテーブルを囲んで飲食した。原告とFとはその時が初対面であったが,男の生き様という話題で大声で激論を交わし,その際,原告は,Fに対し,年下の酒屋風情とか,年下の弁当屋のくせにとか,自分の仕事は芸術的センスが必要だなどの発言をした(乙3,証人C,原告本人,被告本人)。
(2) Fが翌日の旅行のため先に帰宅した後,原告がなおもFのことを悪く言い続け,それに対し,被告がFは良い人で意見もちゃんとしているなどと言ったことから,今度は,原告と被告との間で大声で言い合いになった。その際,原告は,テーブルの向かい側に座っていた被告に対し,突然100円ライターを投げつけた。そのライターは,被告に当たらず,被告の顔をかすめて後ろの窓ガラスに当たって床に落ちた(乙3,証人C,証人B,被告本人)。
(3) 原告がライターを投げつけたことで,その場の雰囲気が益々険悪になったので,被告がこれで飲食を終わりにしようと促し,皆帰宅することになった。そして被告がAのレジで支払をしていると,支払をせずに先に店の外に出ていた原告がレジのところまで戻って来て,被告に対し,手は後ろにしたまま体をぶつけたり,「早く出てこい。」,「やってやるぞ。」などと言ったりした(乙3,証人C,被告本人)。原告は,その時点で,E及びAでの飲酒のため相当酔った状態であった(原告本人)。
(4) 被告が支払を済ましてAを出て,帰宅するため路上に止めていた自転車のそばに行ったとき,原告は,走って被告に近づき,被告に対しいきなり足蹴りをした。
被告は,咄嗟に後ろに下がって原告の足蹴りを避けた。
原告は,足蹴りをはずされた後,直ぐにファイティングポーズをとり,被告に殴りかかるような体勢をとった(乙2,乙3,証人C,被告本人)。
(5) 被告は,殴られてはたまらないと思い,殴られることを防ぐために,原告の横腹にタックルをした。原告は被告のタックルによりその場に仰向けに倒れ,原告と被告は取っ組み合いになったが,その後被告が仰向けに倒れた原告に馬乗りになる体勢になった。その場所は,Aの入口から3メートルほどの路上であった。原告は,下になりながらも,どうだ苦しいか,参ったかなどと言いながら両手で被告の首を強く絞めた。被告は,もうこんなことやめようと言いながら,首が絞まらないように終始両手で原告の両手を開くように押さえていた。しばらくして原告の手の力が緩み,被告は原告の手をはずすことができた。原告の手をはずしたとき,弾みで被告の額が原告の上口唇左側に当り,その部分が切れて出血した(乙3,証人C,証人B,被告本人)。
(6) 原告は,前記取っ組合いの際,全治1週間の前胸部等の打撲及び上口唇左側の裂傷の傷害を負った(甲1)。また,原告は,その後も前胸部等の痛みが取れなかったので,平成15年3月12日及び同年4月2日に整体院Gで治療を受けた(甲4の1,2)。
2 原告は,Aを出て歩いていたところ,被告は原告の後ろからウォーと叫びながら走ってきて先にタックルをした,被告は原告に馬乗りになって原告の顔面を数回殴ったり,原告の顔に頭突きをしたなどと供述する。しかし,前記各証拠に照らすと,原告の供述は,たやすく信用することはできない。
3 前記認定の事実によれば,原告の横腹に組み付き原告をその場に倒して押さえ込むなどして,原告に全治1週間の上口唇左側の裂傷等の傷害を負わせた被告の行為は,原告が被告に対しいきなり足蹴りをし,引き続いて殴りかかろうとした行為に対し,自分の身体を守るために,防衛の意思に基づいて行ったものと認められ,また,加害行為の態様及び原告の受傷の程度等に照らし,正当防衛として許容される防衛の程度を超えたものとまではいえないから,正当防衛行為であると認めるのが相当である。したがって,被告は,前記加害行為によって原告に生じた損害について賠償責任を負わない。
そうすると,その余の点について判断するまでもなく,原告の請求は理由がないから,これを棄却することとし,主文のとおり判決する。
(裁判官 石堂和清)