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東京簡易裁判所 平成16年(少コ)3304号 判決 2005年2月08日

主文

1  被告は,原告に対し,5万円及びこれに対する平成16年11月14日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

2  原告のその余の請求を棄却する。

3  訴訟費用は,これを10分し,その9を原告の負担とし,その余は被告の負担とする。

事実及び理由

第1請求

被告は,原告に対し,60万円及びこれに対する平成16年11月14日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

第2事案の概要

1  請求原因の要旨

(1)  原告は,東京都渋谷区AB-C-D所在のEF室を賃借し,居住しているところ,平成16年8月11日,被告が管理責任を負うEG室の洗濯機のホースが外れたことによる水漏れのため,直下の原告が居住するF室に漏水し,寝室の上部壁及び床,ウォーキンクローゼットの壁及び床の修復が必要となり,21日間にわたり部屋の使用ができなかった。このため,原告は,ホテル宿泊を余儀なくされ,同時に所有するベッド,布団等の什器備品衣類等が損傷した。

(2)  上記(1)により,原告は,被告から物的損害として311万0060円の支払を受けたが,これ以外に次の損害を受けた。

① ホテル宿泊中の食事代4万652円

原告にとっては,家庭で自炊する場合と,ホテルで食事をする場合とでは,支出する金額に差が出ることは明らかであるから,その食事代との差額の損害を受けた。

② 枯れた観葉植物の購入代金2万5000円

漏水によるベッドルームの修復工事のために,観葉植物を移動する必要があったが,家具の移動等で一杯になったリビングルームに置くことができず,バルコニーに置かざるを得ず,そのために枯れてしまったものであるから,観葉植物の購入代金相当額の損害を受けた。

③ 慰謝料37万円

原告及びその実妹は,平成16年8月11日から同月31日まで(21日間)窮屈なホテル住まいを強いられ,貸室における平穏な私的生活を送れなかったことにより,また,二度と手に入らない希有な物品(エルメスのバッグ)が毀損したことにより精神的及び肉体的苦痛を受けたので,その慰謝料として1日当たり2万円として,合計42万円の内金21万円を請求するものである。また,原告は損傷したベッド,布団,シーツ及び衣類等の購入をするために,勤務先を1週間(5日)欠勤せざるを得なくなり,それに伴う給料の減額5万円及び賞与の減額11万円の合計16万円を請求するものである。

④ 損傷した衣類家具備品のうち,原告と被告の損害保険によって補填されなかった部分の金額(実損額と保険による填補額との差額)20万5010円の内金16万4348円。

(3)  よって,原告は,被告に対し,上記(1)のとおり被告の管理義務を怠った過失による不法行為に基づく損害賠償として60万円と遅延損害金の支払を求める。

2  被告の主張

(1)  請求原因の要旨(1)の事実は,いずれも認める。

(2)  請求原因の要旨(2)の事実中,①のホテル宿泊中の食事代及び②の観葉植物の購入代金に関しては,いずれも本件事故との因果関係がない。③の慰謝料に関しては,物損について通常は慰謝料の対象とはならず,また,部屋は個人の私的生活上の拠点であるから,それが損傷した場合には,慰謝料の対象となることはあるが,本件の場合には,損傷が漏水によるものであり,部屋の損傷が重大であるとはいえず,生命身体への危険性が生じたものでもなく,ホテル宿泊も21日間という比較的短期間であるから,外泊の不都合や心労を考慮しても精神的損害があるとはいえない。④の損傷した衣類等の損害金に関しては,専門の鑑定人による損害査定によって適正な損害でないと判断された部分であるから,損害とはいえない。

第3当裁判所の判断

1  ①について,陳述書(甲4)及び弁論の全趣旨によれば,原告及び実妹は,本件漏水事故のために,平成16年8月11日から同月31日までホテル宿泊を余儀なくされたことが認められる。しかしながら,原告らがホテル宿泊中に食事をすることは,漏水事故とは関係なく発生するものであり,また,食事をする場所及び費用負担については,原告の自主的な判断によるものであるから,原告がホテルで食事をすることにより支出が増加したとしても,それを漏水事故による損害と考えることはできない。

②について,原告は陳述書(甲4)でその主張に沿う陳述をするが,鑑定書(乙2)添付の本件部屋の見取図によれば,リビングルームの広さからすると観葉植物を置く場所がないとはいえないし,また,本件漏水事故により観葉植物をバルコニーに置かざるを得なくなったと認めるに足りる証拠もないから,観葉植物が枯れたことが漏水事故による損害と考えることはできない。

③について,弁論の全趣旨及び上記認定のとおり,原告は,漏水により家財道具等を別室に移動する作業をしたこと,21日間のホテル宿泊を強いられたことから,貸室における正常な生活を送ることができず,不便な生活を続けなければならなかったこと,修繕後に家財道具の整理などを行う必要があったことが認められる。そうすると,漏水事故により私的生活が維持できず,回復まで精神的及び肉体的な苦痛を受けたと考えるべきであり,この原告が受けた苦痛に対する慰謝料としては5万円が相当である。

また,原告は,勤務先を欠勤したことによる給料等の減額分を損害として主張するが,これを認めるに足りる証拠はないから,損害と認めることはできない。

④について,回答書(甲2の1,2),示談書(甲3),陳述書(甲4)鑑定書(乙2)及び弁論の全趣旨によれば,原告は,被告が加入する損害保険会社から鑑定人による鑑定に基づき物的損害として総額311万0060円の支払を受けたこと,また,原告は,自己が加入する損害保険会社から,上記支払の他に物的損害として44万4300円の支払を受けたことが認められる。そうすると,原告は,原被告がそれぞれ加入する損害保険会社の損害査定に基づき,適正な損害として判断された部分の損害については既に補填されているから,これを超えた物的損害はないものと考えるのが相当であり,これを認めるに足りる証拠もない。したがって,実損額と保険による填補との差額の損害はない。

2  以上から,原告の請求は5万円の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し,その余の請求は理由がないので棄却する。

(裁判官 行田豊)

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