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東京簡易裁判所 平成21年(ハ)17518号 判決 2009年11月26日

主文

1  被告は,原告に対し,83万0133円及び内金73万4805円に対する平成15年12月18日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

2  原告のその余の請求を棄却する。

3  訴訟費用は,これを10分し,その1を原告の負担とし,その余は被告の負担とする。

4  この判決の1項は仮に執行することができる。

事実及び理由

第1請求

被告は,原告に対し,91万3146円及び内金73万4805円に対する平成15年12月18日から,内金8万3013円に対する平成21年6月4日からいずれも支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

第2事案の概要

1  事案の要旨

本件は,原告が被告に対し,次の請求をする事案である。

(1)  不当利得返還請求

原告は,平成4年6月22日に被告との間で金銭消費貸借取引を開始し,別紙計算書に記載のとおり,借入れと弁済を繰り返したが,利息制限法所定の制限利率を超過して利息を支払ったから,これを元本に充当すると過払金が生じていると主張して,被告に対し,不当利得返還請求権に基づき,①過払金元本73万4805円,②被告は悪意の受益者あるとして,民法704条前段に基づき,上記①に対する平成15年12月18日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による利息の支払を求める。

(2)  不法行為による弁護士費用相当額の損害賠償請求

被告は,本来原告が請求すれば速やかに過払金を返還すべき義務を負うところ,再三にわたる請求にもかかわらず返還しない。そこで,原告はやむを得ず弁護士に依頼して本訴訟を提起した。原告は弁護士に頼まなければ返還を受けられなかったのであるから,弁護士費用相当額の損害を受けた。被告の不法行為と因果関係を有する弁護士費用は8万3013円を下らない。

よって,原告は,被告に対し,民法709条に基づき,8万3013円及びこれに対する平成21年6月4日(訴状送達の日の翌日)から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める。

2  基本的事実

原告は,被告との間で金銭消費貸借取引を行い,別紙計算書の取引日欄,借入額欄,返済額欄に記載のとおり,平成4年6月22日から平成15年12月17日まで金銭の借入れと返済をしてきた(争いがない。以下「本件取引」という。)。

3  争点及び当事者の主張(要旨)

(1)  被告は悪意の受益者か(争点1)

ア 原告

被告は,悪意の受益者である。

イ 被告

被告が悪意の受益者であるとの原告の主張は,否認乃至争う。

(2)  不法行為の成否(争点2)

ア 原告

被告は,本来原告が請求すれば速やかに過払金を返還すべき義務を負うところ,再三にわたる請求にもかかわらず返還しない。

そこで,原告はやむを得ず弁護士に依頼して本訴訟を提起した。原告は弁護士に頼まなければ返還を受けられなかったのであるから,弁護士費用相当額8万3013円は,被告の不法行為と因果関係を有する。

イ 被告

過払金について不法行為が成立するとの主張は,否認乃至争う。

(3)  和解契約の効力(争点3)

ア 被告

訴外弁護士A(以下「A弁護士」という。)が原告代理人となり,平成12年2月14日,原被告間で和解契約(以下「本件和解」という。)を締結しており,月1万円ずつの弁済により本件取引は終了している。さらに,債務の支払いに関する申入書(第三書式)(以下「和解の合意書」という。)(乙3)中には,当事者間に他に債権債務関係がないことを相互に確認する旨のいわゆる清算条項があるのだから,原告の本件請求は失当であり,棄却されるべきである。

イ 原告

本件和解の当時,原告の被告に対する借入金は存在せず,反対に23万4805円の過払金が発生していた。それにもかかわらず,A弁護士の取引履歴の開示請求に対し,被告が全取引履歴の開示に応じないで,一部の開示もしくは少なくとも残元金94万8655円,未収利息6万0904円の合計100万9559円の貸金債権がある旨の回答をしていたことから,A弁護士は同金額を前提として利息制限法所定の制限利率に引き直さない金額での和解をしたものであり,本件和解は錯誤により無効である。

第3争点に対する判断

1  争点1(被告は悪意の受益者か)について

被告が制限利率を超過する利息を債務の弁済として受領したが,その受領につきみなし弁済の適用が認められない場合には,被告は,みなし弁済の適用があるとの認識を有しており,かつ,そのような認識を有するに至ったことについてやむを得ないといえる特段の事情があるときでない限り,法律上の原因がないことを知りながら過払金を取得した者,すなわち民法704条の「悪意の受益者」であると推定されるものというべきである(最高裁判所平成19年7月13日判決参照)。本件において,被告は,上記特段の事情について,具体的な証拠に基づく立証はしていない。

そうすると,被告は貸金業者であり,原告から弁済された利息が制限利率を超過することを知っていたのであるから,みなし弁済の適用を証明していない本件においては悪意の受益者であると解すべきである。

2  争点2(不法行為の成否)について

過払金返還請求訴訟は,弁護士に依頼しなくても本人訴訟によって提起できることは当裁判所に顕著な事実である。そして,仮に被告が原告から過払金の返還請求を再三にわたり受けていたにもかかわらず返還しなかったという事実が認められたとしても,そのことをもって直ちに,故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害したとまでは認められないと解するのが相当である(最高裁判所平成21年9月4日判決参照)。

原告から,被告の行為が不法行為を構成するような違法な行為であると認めるに足りる具体的な証拠の提出がなく,他にこれを認める証拠がない。

そうすると,上記原告の不法行為に基づく弁護士費用の請求は理由がない。

3  争点3(和解契約の効力)について

証拠(甲4,3,乙1,3)及び弁論の全趣旨によれば,被告は,本件和解当時,A弁護士に対し,原告との取引について貸付残高が残元金94万8655円,未収利息6万0904円の合計100万9559円である旨を告げ,全取引履歴の開示をしていなかったことが認められる。

和解は,争いとなっている権利関係について,当事者が互譲することにより紛争を解決するものであるから,単に取引経過を利息制限法所定の制限利率で引き直した計算結果と,和解内容が一致しないからといって,直ちに和解契約が無効となるものではない。しかし,利息制限法所定の制限利率を超える利息の支払は,貸金業の規制等に関する法律により,いわゆるみなし弁済が成立するような極めて例外的な場合を除いて,原則として法律上の原因を欠くのであるから,利息制限法所定の制限利率に引き直して計算した結果,過払が生じて被告が不当利得返還債務を負う場合に,和解契約において過払分の不当利得返還請求権を放棄することは,本来的に,同法の趣旨に反し,とりわけ,貸金業者が取引履歴のすべてを開示しないときは,借主において十分な検討をすることができず,その合理的意思にも反する結果となる。

そうすると,実際の貸付けの取引経過につき利息制限法所定の制限利率で引き直した計算結果と,和解の内容とが大きく乖離しており,かつ,借主がそのことを認識しておらず,認識しなかったことについて貸金業者側に起因する事情がある場合には,法律行為の要素について借主に動機の錯誤があり,かつ,そのことは表示されているというべきであるから,和解契約は無効となると解するのが相当である。

本件においては,前判示のように,原告は,本件和解の当時,被告に対する借入金は存在せず,反対におよそ23万4805円もの過払金が発生しており,実際の貸付けの取引経過に基づき利息制限法所定の制限利率で引き直した計算結果と,和解の内容とが大きく乖離しており,かつ,被告が,A弁護士に対し,原告との取引について貸付残高が100万9559円である旨を告げ,全取引履歴の開示をしていなかったため,A弁護士において実際に生じている過払金債権の有無や金額を正確に認識できず和解をしたことが認められるのであるから,本件和解は無効というべきである。

なお,被告は,和解の合意書中に,いわゆる清算条項があることをもって,本件請求は失当であり,棄却されるべきである旨主張するが,当事者間に他に債権債務関係がないことを相互に確認するいわゆる清算条項は,和解が有効であることを前提としてこれと一体をなすものであるから,和解が無効である以上清算条項も無効であり,上記被告の主張は採用することができない。

4  まとめ

上記1ないし3のとおり,原告の請求について,当裁判所が認容する額は,過払金83万0133円及び内金73万4805円に対する平成15年12月18日から支払済みまで年5分の割合による利息である。

5  以上によれば,原告の請求は,主文1項に記載の限度で理由があるが,その余の請求は理由がないので棄却することとし,主文のとおり判決する。

(裁判官 堀田隆)

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