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東京簡易裁判所 平成21年(少コ)998号 判決 2009年8月07日

主文

1  本訴原告の請求を棄却する。

2  反訴被告は反訴原告に対し,金14万4751円及びこれに対する平成21年3月2日から支払済みまで年14.6パーセントの割合による金員を支払え。

3  反訴原告のその余の請求を棄却する。

4  訴訟費用はこれを4分し,その1を本訴原告の負担とし,その余を本訴被告の負担とする。

5  この判決は,第2項に限り,仮に執行することができる。

事実及び理由

第1請求の趣旨

(本訴請求)

被告は原告に対し,金6万8500円及びこれに対する平成21年4月1日から支払済みまで年5パーセントの割合による金員を支払え。

(反訴請求)

被告は原告に対し,金56万9338円,並びに,内金16万1000円に対する平成21年3月1日から,及び内金40万8338円に対する同月2日から,それぞれ支払済みまで年14.6パーセントの割合による金員を支払え。

第2事案の概要

本件は,未払賃料を控除した後の敷金残額の返還を求めた本訴請求に対して,被告が原状回復費用,解約違約金及び未払賃料の支払を求めて反訴請求した事案である。

1  本訴請求

(請求原因の要旨)

(1) 原告は,被告との間で,平成20年12月26日,下記のとおり賃貸借契約(以下「本件契約」という。)を締結し,被告から本物件の引渡しを受けた。

物件所在地  東京都港区a丁目b町c番d-e号

契約期間  平成20年12月27日から同22年12月31日

賃料月額  15万3000円(別途管理費8000円)

敷金  22万9500円(賃料月額の1.5ヶ月分)

遅延損害金  年14.6パーセント

(2) 原告は被告に対し,平成21年2月上旬頃,本件契約の解約を通知し,3月2日に本件建物を明渡した。原告は被告に対し,賃貸借期間中のうち2月分までの賃料を支払った。

(3) よって,原告は被告に対し,敷金から3月分の賃料・管理費の合計16万1000円を控除した残額6万8500円及びこれに対する平成21年4月1日から支払済みまで年5パーセントの割合による金員の支払を求める。

(被告の主張要旨)

(1) 請求原因の要旨(1)(2)は認める。

(2) 本物件には,明渡時において原告の過失・善管注意義務違反による以下の損耗があったので,原告はこれらの修復費用を負担すべきである。

(ア) 洋室北面の壁に黒い汚れ2箇所

(イ) 洋室北面の壁,前記(ア)の汚れの右脇に引っかけたキズ(剥がれ)1箇所

(ウ) 洋室床,前記(ア)の汚れの近くに油のような粘着質の液体をこぼした跡(シミではなく固着して粘りがある)

(エ) 洋室床に,ガムテープを剥がし損なったような粘着質の付着物7箇所

(オ) 洋室南側の窓枠に粘着テープを貼り付けた跡4箇所

(カ) キッチン東側壁,洗面所入口付近の巾木に黒い汚れ

(3) 本件契約には,中途解約の場合の違約金について,次の定めがあり,賃貸人である被告がこれを請求する実質的根拠がある。

(ア) 原告が契約期間中に解約する場合は,書面により被告に通知し,通知が被告に到達した日の翌月末をもって解約日とする。

(イ) 被告が賃貸借開始より1年未満で解約する場合は,違約損害金として賃料の2ヶ月分を,1年以上2年未満で解約する場合は,違約損害金として賃料の1ヶ月分を支払う。

2  反訴請求

(請求原因の要旨)

(1) 反訴原告(以下「被告」という。)は,反訴被告(以下「原告」という。)との間で,平成20年12月26日,本件契約を締結し,原告に本物件を引き渡した。

(2) 本件契約には,契約終了時の明渡し及び原状回復について,使用期間及び汚れの程度の如何を問わず,自然損耗劣化分を含め,以下の補修・修繕基準に従い原状に復し,明渡さなければならない旨の定めがある。

(ア) ルームクリーニング

退去明渡し時には必ず実施し,その費用額は5万2000円とする。

(イ) フローリングワックス

費用額は2万3000円とする。

(ウ) クロス貼替(壁面用・天井用)

1平方メートルあたりの費用額は1300円とする。

(3) 本物件には,明渡時において前記1被告の主張要旨(2)記載の原告の過失・善管注意義務違反による以下の損耗があった。前記(2)の定めにより,これらの修復費用合計10万2338円は,原告が負担すべきである。

(ア) ルームクリーニング(\52,000× 1.05)  5万4600円

(イ) フローリングワックス(\23,000× 1.05)  2万4150円

(ウ) クロス貼替(1,300円× 17.28m2× 1.05)  2万3588円

(4) 本件契約には,前記1被告の主張要旨(3)のとおり,途中解約の場合の違約金支払いの定めがあり,本件は賃貸借開始より1年未満で解約する場合であるから,原告は違約損害金として賃料の2ヶ月分に当たる30万6000円を賃貸人である被告に支払わなければならない。

(5) 本件契約には,前記1被告の主張要旨(3)のとおり解約予告期間の定めがあり,本件では原告からの解約届は平成21年2月9日に被告に到達したので,その翌月末である3月31日が解約日となる。したがって,原告は3月分の賃料・管理費合計16万1000円の支払義務がある。

(原告の主張要旨)

(1) 補修・修繕基準に従い原状回復義務を負うとする特約の有効性を争う。

ルームクリーニング,フローリングワックスは次の入居者のためのグレードアップであり,原状回復費用とはいえない。クロスの損傷は原告の故意・過失によるものか不明である,仮に原告の過失によるとしても,1ヶ所のみの汚れと傷であり,1面分の費用負担とはならないはずである。

(2) 中途解約の場合の違約金についての特約の有効性を争う。この特約は,入居募集のチラシ・図面には記載されておらず,原告は認識していなかった。この特約は,消費者である原告の利益を一方的に害するものとして消費者契約法10条に違反して無効であるか,少なくとも同法9条1号により平均的損害を超える部分につき無効である。原告は契約時に礼金として15万3000円を支払っており,被告が主張するほどの損害は与えていない。

(3) 3月分の賃料・管理費の支払義務は認める。しかし,これは敷金から充当・相殺されるべきである。

3  本件の争点

(1)  原告が負担すべき原状回復費用の有無及びその額

(2)  中途解約違約金についての特約の有効性

第3当裁判所の判断

1  争点(1)(原告が負担すべき原状回復費用の有無及びその額)について

平成20年12月26日締結の本件契約書(甲1)21条(1)には,「使用期間及び汚れの程度の如何を問わず,自然損耗劣化分を含め,別に定める後記補修・修繕基準に従い原状に復し,・・・明渡さなければならない」との記載があり,同基準の一覧表には床,壁・天井等の区分ごとに行うべき補修・修繕の内容が記載されている。しかし,この一覧表では,どのような損耗状態が発生したときにこの基準により補修・修繕を行うことになるのかが明らかにされているとはいえず,その意味では賃借人が負担すべき原状回復費用の範囲が明確に示された基準ということはできない。ルームクリーニングについては,「明け渡しの際には必ずルームクリーニングを実施する」との記載がある。

費用については,「補修・貼替実費料金(消費税別途)」として「ルームクリーニング5万2000円」,「クロス貼替壁面用1300円(m2あたり)」,「フローリングワックス2万3000円」とされている。

(2) 以上を踏まえて,以下検討する。

(ア)  まず,クロス,フローリングについては,特約により賃借人が負担すべき原状回復費用の範囲が明確に示されているとはいえないから,費用負担の特約が合意されているとみることはできず,原告の費用負担は故意・過失による損耗部分に限定されるべきことになる。

(イ) 証拠(乙1,証人A)によれば,クロス(原告入居時に貼り替えられていると認められる)には3箇所の汚れ,傷が認められ(乙1の1,1,2),これらの汚れ,傷は原告の故意・過失により生じたものと推認するのが相当である。しかし,その対象範囲は,横約0.9メートル,縦約2.3メートル程度が1枚単位となるクロス材の2枚分(0.9× 2.3× 2= 4.14m2)で足りる範囲と認められる。そうすると,クロス貼替費用は5651円(\1,300× 4.14m2× 1.05 =\5,651)となり,これを原告負担とするのが相当であるから,被告の主張はこの限度で認められる(入居期間が2ヶ月余りであることから,減価償却を考慮する必要はない。)。

(ウ)  フローリングの汚れについては,原告はこれを争っており,証拠(乙1)によってもこれを認めるに十分ではない。仮に,被告主張のとおりの汚れがあるとしても,その除去は後記のクリーニングの一環として対処されるべきであり,フローリングワックスの費用を原状回復費用として賃借人である原告に負担させることは相当でなく,被告の主張は認められない。

(エ) ルームクリーニングについては,「明け渡しの際には必ずルームクリーニングを実施する」との記載があり,その費用額も5万2000円(消費税別途)と具体的に示されていることからすると,通常損耗の場合(通常の清掃を行った場合)でも費用を負担することが明確に合意されていると認められる。その費用額は,居室面積に応じた平方メートル単価でみると1495円(\52,000÷ 34.77m2=\1,495円)であり,不相当に高額であるとはいえない。また,証拠(証人A)によれば,退去時の清掃状況は,床に髪の毛や紙くずが残され,トイレに汚物の散った跡があり,キッチンの収納には包丁や調味料等が残置されたままであったことが認められ,通常の清掃を行ったとは認めがたい不十分な清掃状況であったといわざるを得ない。以上によれば,本件のルームクリーニング費用5万4600円(\52,000× 1.05)は原告の負担とするのが相当であり,被告の主張が認められる。

2  争点(2)(中途解約違約金についての特約の有効性)について

(1)  本件契約書(甲1)第4条(3)には,被告主張の違約金の定めがある。原告は,この特約は入居募集のチラシ・図面には記載されておらず,認識していなかったと主張するが,証拠によれば原告は契約条項の説明及び重要事項説明を受けていることが認められ,この条項を認識していなかったとの主張は認められない。

(2)  また,原告は,この特約は,消費者である原告の利益を一方的に害するものとして消費者契約法10条に違反して無効であるか,少なくとも同法9条1号により平均的損害を超える部分につき無効であると主張するので,以下検討する。

本件契約は,事業者たる被告と一般消費者である原告との間の消費者契約に該当する(消費者契約法2条3項),一般の居住用マンションの賃貸借契約である。賃貸借契約において,賃借人が契約期間途中で解約する場合の違約金額をどのように設定するかは,原則として契約自由の原則にゆだねられると解される。しかし,その具体的内容が賃借人に一方的に不利益で,解約権を著しく制約する場合には,消費者契約法10条に反して無効となるか,又は同法9条1号に反して一部無効となる場合があり得ると解される。

途中解約について違約金支払を合意することは賃借人の解約権を制約することは明らかであるが,賃貸借開始より1年未満で解約する場合に違約金として賃料の2ヶ月分,1年以上2年未満で解約する場合に違約金として賃料の1ヶ月分を支払うという本件契約上の違約金の定めが,民法その他の法律の任意規定の適用による場合に比して,消費者の権利を制限し又は義務を加重して,民法1条2項の信義則に反し消費者の利益を一方的に害するものとして一律に無効としなければならないものとまではいえない。

しかし,途中解約の場合に支払うべき違約金額の設定は,消費者契約法9条1号の「消費者契約の解除に伴う損害賠償の額を予定し,又は違約金を定める条項」に当たると解されるので,同種の消費者契約の解除に伴い当該事業者に生ずべき平均的な損害を超えるものは,当該超える部分につき無効となる。これを本件についてみると,一般の居住用建物の賃貸借契約においては,途中解約の場合に支払うべき違約金額は賃料の1ヶ月(30日)分とする例が多数と認められ,次の入居者を獲得するまでの一般的な所要期間としても相当と認められること,被告が主張する途中解約の場合の損害内容はいずれも具体的に立証されていないこと(賃貸人が当然負担すべき必要経費とみるべき部分もある),及び弁論の全趣旨に照らすと,解約により被告が受けることがある平均的な損害は賃料の1ヶ月分相当額であると認めるのが相当である(民事訴訟法248条)。そうすると,被告にこれを超える損害のあることが主張立証されていない本件においては,1年未満の解約の場合に1ヶ月分を超える2ヶ月分の違約金額を設定している本件約定は,その超える部分について無効と解すべきである。このことは,原告が本件契約時に礼金として賃料1ヶ月分相当の15万3000円を支払っていること,解約予告期間として最大で2ヶ月が設定され,本件でも2月9日の予告日から解約日3月31日まで50日間の猶予があったことを併せ考慮すると,解約時における賃貸人,賃借人双方の公平負担の観点からも妥当な結論であると解する。

したがって,被告が請求しうる違約金額は,賃料の1ヶ月分である15万3000円の限度と解するのが相当である。

3  まとめ

(1)  以上によれば,本件解約及び退去・明渡しに伴い原告が負担すべき費用は次のとおりとなる。

(ア) 3月分の賃料及び管理費  16万1000円(争いがない)

(イ) クロス貼替費用  5651円

(ウ) ルームクリーニング費用  5万4600円

(エ) 解約違約金  15万3000円

合計  37万4251円

(2)  原告の預入敷金は22万9500円であるから,これを前記の原告が支払うべき37万4251円に充当・相殺すると(まず(ア)から),原告が支払うべき金額は14万4751円(\374,251-\229,500=\144,751)となる。

(3)  以上のとおりであるから,敷金の返還を求める原告の本訴請求には理由がないのでこれを棄却することとし,解約違約金等の支払を求める被告の反訴請求は14万4751円及びこれに対する平成21年3月2日から支払済みまで年14.6パーセントの割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるのでこれを認容し,その余は理由がないのでこれを棄却することとして,主文のとおり判決する。

(裁判官 藤岡謙三)

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