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東京簡易裁判所 昭和38年(ハ)691号 判決 1966年3月29日

原告 小熊米雄

被告 国

訴訟代理人 横山茂晴 外二名

主文

原告の本訴請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は被告は原告に対し金一四〇円の支払をせよ訴訟費用は被告の負担とするとの判決並に仮執行の宣言を求め其の請求の原因として、

一、原告は昭和三三年一〇月二四日日本国有鉄道札幌駅において同鉄道青森駅から六〇〇キロまで通用する二等急行券を購入し急行料金七〇〇円及び通行税一四〇円以上合計金八四〇円を同駅に支払つた。

二、ところが原告は右急行券を旅行に使用しなかつた為め其の通用期限である同月二五日後になつて同駅に対し右通行税一四〇円の返還を求めたところ之を拒絶せられたし又一方同鉄道は其の後通行税法の規定に従つて同額を被告に納付し被告は之によつて原告から同額の徴収を完了した。

三、けれども原告は前項記載の如く右急行券を旅行に使用しなかつたのであるから被告は如何なる理由からしても原告から右一四〇円を徴収する権利を有しない即ち被告は右徴収に依り法律上の原因なくして原告の財産によつて金一四〇円の利益を受け原告は反面之によつて同額の損失を受けたことになる。依つて被告の右不当利得は遅くとも昭和三三年一二月末日までに発生したものであるから之が返還を請求するものである。

四、被告は国税通則法第一五条第一項、第二項第八号第三項第二号第二条第二号を論拠として原告の本件不当利得返還請求権の存在を否定しているが同法は原告が本件通行税を支払つた昭和三三年一〇月二四日の後である昭和三七年四月一日から施行せられたものであつて同法が本件に適用されないことは同法附則第一条及び第二条によつて明らかであるから被告の立論は正当ではない。抑々通行税は「汽車に乗車しようとした人」ないし「汽車等の乗車券を買つた人」に課せられるものでなく、現実に「汽車等によつて場所的移動即ち旅行をした人」だけに課税の対象となるものであることは通行税法の立法の趣旨や同法第一条の字義からみて疑問の余地がないから急行料金を支払うと同時に通行税を支払つたに拘らず当該旅行を中止した原告が被告に対し通行税の返還請求権を有することは明らかである。

五、仮に国税通則法の上述の各規定が何等かの理由で本件の場合に適用されるものとしても、そもそも右各条項は通行税法に対する関係において創設的な意味を有するものではなく、まして同法を改変するほどの効力を有するものではないのであるから通行税法の趣旨が前項記載のとおりである以上国税通則法第一五条第二項第八号第三項第二号は運輸業者が運賃又は料金を領収すると同時に当該運賃又は料金を支払つたものが、当該乗車券等の有効期間内に旅行をしなかつたことを解除条件として運輸業者の納税義務が成立し且納付すべき税額が確定すべきが当然である(此のように解釈しなければ昭和三三年九月四日日本国有鉄道公示第三二五号旅客及び荷物営業規則第二七一条の「乗車券を購入したものが当該乗車券が不要となつた場合には当該乗車券が入鋏前で且通用期間内であるときに限つて乗車券一枚について一〇円の手数料を支払うことにより既に支払つた旅客運賃(同規則第六六条に依れば「旅客運賃」には通行税を含むものとされている)の払戻を請求することができる」という規定の意味の説明に苦しむこととなる。)

六、更に仮に百歩を譲つて国税通則法の上述規定は運輸業者が運賃又は料金を領収すると同時に運輸業者の納税義務が成立し、納税すべき税額が無条件に確定する趣旨を含むものであると解せられるものとしても右はあく迄も当該運輸業者の納税義務と税額とがそうなるに過ぎず之によつて乗車券を購入して旅行しようとするもの即ち「本来の納税者」の納税義務が成立したりその内容が確定したりするものでは決してない(国税通則法第一五条第一項括弧内)即ち運輸業者が運賃又は料金を領収したからと云つてそのこと自体は乗車券等を購入したものの権利義務には何等の消長をも及ぼさないから通行税法に云う課税の要件に該当しなかつた原告が被告に対し本件通行税相当額の返還を求める本訴請求は極めて正当である。

七、被告は通行税法課税物件(納税義務の発生原因たる事実)とされているのは単なる人の場所的移動ではなく旅客運送契約による運賃又は料金の支払の事実であるから同法第一条にいう「乗客」はこのような課税物件たる行為をするもの即ち旅客運送契約を締結し料金を支払うものであつて、現実に汽車等で旅行したものではないと解すべきであると主張しているが、此の見解は左のとおり誤つている。

(イ)  被告の解釈の根拠の第一は通行税法第二条及び第八条の各規定である。そこで先つ第二条についてみると同条は通行税の税率等に関する規定であつて通行税の算出方法を定めたにすぎないものであるから同条は被告のいう同法上の課税物件が運賃又は料金であることを結論する根拠とならないことは言うまでもなく明らかである。次に同法第八条は通行税徴収の時期方法に関する規定であつて通行税は運賃又は料金領収の際同時に運輸業者が政府に代つて之を徴収し以て之を前納させた上政府に納入することを定めたにすぎないものであるから同条を以て被告の見解の裏付とすることは不可能である。之を要するに右の各規定は何れも同法の課税物件が何であるかに関するものではないから此等の各規定を綜合しても被告のいうとおりの結論に達することは出来ない。

(ロ)  被告の見解の第二は担税力の存在の表徴の程度に関する実質な観点である。即ち被告は通行税の課せられるのは旅行によつて担税力の存在が示されることに由来するものであるとし、この場合担税力の存在は交通機関による場所的移動の事実そのものにおいてよりも、運賃や料金を支払つて運送契約を締結する事実において直接的に表徴されているということを以て上述の裏付としているけれども、被告のいう担税力が(一)交通機関による場所的移動に示されているといつても、(二)また運賃や料金を支払つて運送契約を締結する事実に現われているといつても、それらは何れも擬制的な考え方の域を出るものではないしまた担税力を表徴する仕方が前者においてより間接的であり、後者においてより直接的であるといつても、それは所詮程度の差にしか過ぎないものであるから、そのような事情が仮にあつたとしてもそのこと自体だけで同法の課税物件が被告の主張するとおりであると判断することは出来ない。

(ハ)  被告の見解の根拠の第三は合理性の有無を基準とする実際上の観点である。被告は乗車券を購入して旅客運送契約を締結し運輸業者に対して運送を請求する権利を取得した場合には、この権利自体はたとえその権利者が都合で旅行を中止したとしても全然損われることがないから通行税を還付しなくとも-実際上-なんの不合理もない。といつているが、少くとも日本国有鉄道(以下単に国鉄という)に関する限り被告のこの見解は誤つている。国鉄に対し運賃又は料金を支払つて乗車券急行列車券等を購入することによつてそのものと国鉄との間に成立した旅客運送契約の存続期間は該乗車券又は急行列車券の通用期間内だけであつて、当該通用期間の経過と同時に該旅客運送契約は当然に効力を失い同時にそのものが右契約によつて国鉄に対し取得した運送を請求する権利も亦その者が旅行を中止すると否とに拘らず消滅に帰するものである(昭和三十三年九月二十四日日本国有鉄道公示第三百二十五号旅客及荷物営業規則第二百七十一条第二百七十二条参照)から、このような場合被告の立論の仕方からすれば通行税を還付しないことは逆に著しく不合理となるからである。

(ニ)  被告の見解の根拠の第四は乗車券を購入したもの以外の者が之を使用した場合における矛盾や不合理である。即ち被告は通行税は之を現実に旅行した人から徴収すべきであるとすれば右の場合には通行税の払戻や新規徴収をめぐつて矛盾や実行不可能な事態を生ずるものと主張している。けれども原告とても通行税の負担者についてはそのように厳格な主張をするものではない。原告の所論は要するに通行税の課税物件は交通機関による場所的移動の事実であり、通行税の窮極の負担者は通常乗車券を購入して該場所的移動をした人であるという趣旨なのであるから、以上の場合においても通行税の払戻をめぐつては何等の不合理をも生ずることはない。被告のいう乗車券を購入したもの以外の者によつて乗車券が使用される場合の大半は当該乗車券の売買が行われたときのことであろうが、この場合には乗車券を買受け之によつて交通機関による場所的移動をした人は、その売主に対して代金として運賃料金額と共に通行税額を支払えばこれによつて当然当該場所的移動に伴う通行税を負担したこととなるのであつて、この場合何にも原告の言うように殊更に通行税の払戻や新規徴収をする必要などは毛頭ないし、そうすることは通行税法の諸規定と何等矛盾するところがない。従つて被告の此点の主張も亦失当である。(このあたりに通行税の間接税的性格が窺われる。もし立法者が通行税を間接税として規定していれば、本件のような問題は起り得なかつたことに注意する必要がある。なお乗車券がその購入者から他人に無償で譲渡された場合には通行税の条件附返還請求権も亦同時に当該他人に無償で譲渡されたものとみるべきである)

八、凡そ租税法規のように国家の公権力によつて一方的にその構成員である国民の財産権に侵害を与えることを目的とする法規の解釈に当つては、我々は特に当該規定の字句に細心の注意を払い苟も当該字句にそれが本来持つている意味内容以上の意味内容を与えることは厳に慎しむべきであつて、このことは憲法において当然前提として予想されているところであると考えられる。ところで通行税法中にその課税物件が何であるかを直接示した規定は全然見当らないのであるから、当該課税物件が何であるかは勢い同法第一条の「乗客」の解釈に求めるより外はない、しかして「乗客」とは「汽車等に現実に乗る人」を意味することはいうまでもないから通行税法の課税物件を交通機関による場所的移動の事実そのものに求める原告の見解は正当であつて原告の本訴請求は認容せられるべきである

旨陳述した。

被告指定代理人は主文と同旨の判決を求め其の答弁として、

一、原告主張の請求原因たる事実中第一、第二の各事実は不知である第三項中原告が本件急行券を旅行に使用しなかつた事実は不知であり其の余の事実は争う。

二、被告の主張

原告の主張するところによれば原告は昭和三十三年十月二十四日日本国有鉄道札幌駅において二等普通急行券を購入し、急行料金八百四十円(通行税額百四十円を含む)を支払つたところ、原告は右急行券を旅行に使用することなくその通用期限である同月二十五日を経過したというのである。右の事実に依れば原告は日本国有鉄道との間に急行列車の利用に関する運送契約を締結し、その料金及び通行税類を支払つたが、右の契約は解除されていないということになる。被告としてはこのような場合には当該急行券を使用して現実の旅行をしなかつたとしても、既納付の通行税額を返還する義務はないと考える。

すなはち通行税法上課税物件(納税義務の発生原因たる事実)とされているのは単なる人の場所的移動ではなく旅客運送契約による運賃又は料金の支払の事実である。このことは通行税法第二条第八条の規定に照らして明らかであるしたがつて通行税の納税義務者である乗客(同法第一条)はかかる課税物件たる行為をするもの、すなわち、旅客運送契約を締結し、料金を支払う者であつて、現実に汽車等で旅行した者ではないと解すべきである。

さらにこの見解は実質的に見ても妥当である。

すなはち、通行税はいわゆる流通税の一種と考えられているがこのことは旅行によつて税源すなはち担税力の存在が示されているとして通行税が課せられていることに由来する。ところで、担税力の存在は交通機関による場所的移動の事実そのものよりも料金を支払つて運送契約を締結することの方がより直接に表徴するものであることはいうまでもないところであつて、この観点から見ても、前述した被告の解釈は正しい。また乗車券等を購入して旅客運送契約を締結した者は、これによつて旅客運送契約に従つて運送を請求する権利を取得するわけであるが、この権利自体は、たとえその者が自分の都合で旅行を中止した場合でも損われないのであるから、その場合に通行税額を還付しなくても何の不合理もない。

なお原告の主張するように通行税は現実に旅行した人から徴収すべきであるというのならば、乗車券等の譲渡がなされた場合のように乗車券等を購入した者以外の者がその乗車券等を使用して旅行した場合には、乗車券等を購入した者には通行税を払い戻し、現実に旅行した人から改めて通行税を徴収しなければならないことになるが、このようなことは通行税法の規定と矛盾するばかりではなく、実行不可能のことである。

以上の次第で通行税の課税要件は旅客運送契約を締結し運賃又は料金を支払うことによつて充足され納税義務が成立するものと解すべきであるから、その後乗車券等の払いもどしによつて旅客運送契約が解除されない限り(払いもどしにあたつては通行税額も還付される)たとえ現実の旅行が行われなくとも通行税の納税義務には消長がなく従つて原告の本訴請求は理由がない旨

陳述した。

証拠関係<省略>

理由

(前略)

次に租税法理論から観た通行税の性格を究明する。日本国憲法は租税法律主義の原則を明らかにしており(憲法三〇条八四条九二条)従つて租税法の法源としては法律政令省令条例規則公示などの実定法規がある。租税法には如何なる事実行動にいくはくの税額が課せられ、いかなる場所でいかなる手統により納付すべきかが明定されている。租税は国家の発展と安全とを期するための経費調達のため個別的利益を与えることなく強制的に徴収する給付である。国家の一般的な経済的評価の対象とならぬ利益に対する給付であつて、特別の報償なしに個人又は法人の所得財産の移動消費流通関係に着目して国家(又は地方団体)に提供させる給付である。個人と国家とは対等の地位に立つ有償取引ではない。従つて民法の法理の排除されることもあり得るのである。それで各個人は自己の利害関係を離れて所得による担税力のある限り租税納付の義務を負うのである。それであるから租税は所得を税源とし所得を現わす各個の現象換言せば其の所得の現われる形態又は場面において所得を把捉して課税するものなのである。ここで問題の通行税は個人が所得として得たものを運輸施設役務利用の需要を充足するために支出消費する事実に着目して斯る支出消費を負担する者には所得があつて担税力があるものとして乗客から運賃料金を領収する毎に其の領収の時通行税債務を発生せしめ課税するものなのである。其の所得把捉の場面は旅行に要する運賃料金を支払う行動においてである。事業所得者の如く所得を出来得る限り適確に把捉することは租税賦課の基本要求であるが、通行税の担税能力は所得の支出消費の事実から概括的観念的立場から測定したものであるから事業所得の如く確実な裏付けのあるものではない。それでも三等(今の二等)急行券購求者に通行税を課していないのは担税力の観点から公平を期したものに外ならない。又此の場合に発行する乗車券普通急行券は無記名有価証券であるから転々する可能性があり一々納税義務者の所得調査は到底不可能であるから已むを得ず右のような方式による徴収をしなければならない事情にある。原告主張の如く事実上旅行した人に着目して課する租税ならば其の旅行が終了したときに課税するのが正当である。通行税の納税義務者の右様の理由のとおり現実に旅行した人に限らないわけである。彼の不動産所得税において所有権取得自体の事実に着目して課税し其の後取得者が不動産の使用収益による利益を獲得せるか否かを問わない点は通行税において旅客が運輸機関を利用したか即ち旅行をしたか否かを問わない点と似ておる。通行税は娯楽施設利用税や映画演劇音楽の催しのある興行所に入る入場税と同性質のものである。通行税を近時流通税であると説く論者もあるが其の説によるも課税物件は交通機関利用による運送契約締結の為め財貨の移動(運賃料金支払)の事実であり此の事実を把捉して担税力を推測して課税するものであつて、乗客とは斯る行動に出でた人であつて現実に汽車で旅行をし又はしたことを要しないのである。それで前記の如く直接間接税説をとるも流通説を採るも乗客が現実に旅行した人に限定されない点は同じである。唯普通流通税と称せらるるのは印紙税登録税有価証券取引税の如く財産の移転により後に財貨の証跡を残すを普通とするが通行税入場税は財貨消費後に何の財貨の証跡も残らないので通行税を直接間接税としたわけである直接とは納税者自身より直接税を徴収する意である。

以上の説述により原告の本訴請求は採用するに由なきものであるから之を棄却し訴訟費用に付て民事訴訟法第八十九条を適用し主文のとおり判決する。

(裁判官 藤本久一)

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