東京高等裁判所 事件番号不詳 決定
主文
本件抗告は之を棄却する。
本件抗告理由の要旨は、
一、抗告人は抗告人に対する物價統制令並びに食糧緊急措置令違反被告事件につき昭和二十三年八月十二日東京地方裁判所の為した判決に対する控訴の申立を為すにつき、同裁判所に上訴権回復の請求を為したところ、同裁判所は同年十二月二十一日上訴権回復請求は之を棄却するとの決定を為した。
二、本件上訴権回復請求の原因たる事実は、抗告人は右言渡しを受けた日隣家の僧侶関珖陽に自己の認印を渡して控訴手続を依賴し、同人は即時裁判所に出頭し口頭を以て控訴の申立を為し、更にその翌日原審弁護人弁護士小林蝶一を訪ね、自分が抗告人の控訴手続をしたが同弁護人にも控訴をお願いし且控訴審の弁護も引続きお願いする旨告げたところ、同弁護士は多忙の為右事実を失念して弁護人の控訴をしなかつたものである。
三、凡そ上訴権の回復を規定した旧刑事訴訟法第三百八十七条の「自己又ハ代人ノ責ニ帰スベカラザル事由」とは上訴の不能が天災その他避くべからざる事変に原因する場合に限らず上訴権者又は代人の故意過失に基かざる一切の場合を包含することは明かである。
四、抗告人は学歴小学校卒業程度、その経歴としては現在迄食堂関係の職業に從事して来たもので未だ曾つて刑罰を受けたことなく刑事事件の手続については全く知識経驗に乏しいものである為本件事件当初より種々その斡旋助言を受けて来た右関珖陽に控訴手続を依賴したものであつて、同人が之を適法に為してくれるであろうことを信じ且かく信じたことに過失なく同人に右手続を依賴したことが過失であるとは云うことができない。
五、抗訴人は右依賴に際し関に印鑑を預け、同人は抗告人を待たせて判事室及び書記課に入り暫くして室外に出で控訴手続は完了したから安心せよとて印鑑を返還したので抗告人は右手続は適法に為されたものと信じたものであつて、法律家にあらざる限り一般にかく信ずるについては過失はない。從つて右手続が適法に為されたものと誤信して期間を徒過したことについて抗告人には何等の過失はない。
六、右法律に謂うところの代人とは判例によれば本人の補助機関として本人の上訴に必要な諸般の事実行為を代行する者を包含すると謂うのであるが、此の補助機関たるが為には刑事訴訟法上本来補助機関として認められたもの。本人の委任依賴等により補助機関となるもの或いは社会通念上之れと同一視すべき関係にあるものであることを要する。而して本人の依賴による場合であつても右依賴が相手方の詐欺強迫暴行等による瑕疵ある意思表示に基くものである場合は茲にいう代人ではない。かかる不法行為者の行為の効果をまで上訴権者に帰せしめることは法の精神ではない。本件に於いて関珖陽は被告人が刑事手続に未経驗で知識のないのを利用し、自己が控訴手続を知らないのに拘らず当初から刑事事件の性質裁判の結果等につき知悉しているが如き言辞又は之に類する言説を累積してその全般に精通するが如く裝い、適法な控訴手続を為し得べく又為すものであることを信ぜしめ或いは弁護人に依賴して為す如く抗告人を詐罔して誤信せしめたものであつて、抗告人の依賴は右関の詐欺に基くものである。從つて同人は前記法律に謂う代人ではない。
七、仮に本件に於いて関珖陽が被告人の代人であるとしても同人が控訴申立の手続を誤つたことについては過失がない。即ち同人は抗告人より印鑑を預り裁判を為した裁判官の室に入り裁判官に対し控訴する旨申したところ同裁判官はよろしいと言い、更に同人は書記課に至り係書記に対し同様控訴する旨を告げ同書記より受諾した旨の回答を得たものであつて同人が之を以て適法に控訴申立を為したものと信じたことは法律家でない同人としては無理のないところである。今日のように法律が多数に上り而も日々改廃せられる状況の下では同人が控訴申立方式に関する法律の規定を知らなかつたことは何等の過失ではないと解しなければならない。
八、前記法条にいわゆる代人の観念につき大審院の判例は原審弁護人も本人の依賴を受け上訴に必要な書面を作成しその提出を為すべき関係にあるときは代人あるとしているけれども、本来上訴制度は下級裁判所の過誤を訂正し之により不利益を受ける個人に救済を与えるものであつて畢竟個人の憲法上保障せられた基本的人権の一たる公平な裁判を受ける権利に由来するものであるからその上訴権喪失に関する解釈を定めるに当つても右憲法上の権利を十分尊重して為されなければならないのに、右判例の如く解するに於いては社会的に信賴せられ且つ信頼せられなければならない弁護人の行為の瑕疵の結果を容易に被告人の上訴権喪失に及ぼすものであつて結果かかる解釈は日本国憲法の精神に違反し採るに足らず原審弁護人の如きは右法条にいわゆる代人ではないと解すべきである。
九、原審弁護人は被告人の為上訴を為し得る権利を有するが、之れは弁護人という特殊の地位によるものであつてそれ自体は被告人の代理人としてのものではない。本件に於いては抗告人は自ら又は関珖陽を通じて弁護人に印鑑を渡したり書類の作成等被告人の有する上訴権に基く手続を依賴したことはなく、單に関に於いて弁護人の法律上有する上訴権の行為を依賴したのに過ぎない。從つて此の点に於いて原審弁護人小林蝶一は前記法条にいわゆる代人ではなくて上訴権者自己であり同人が控訴の申立をしなかつたことが故意過失に基くや否やの問題は抗告人の上訴権回復請求たる本件には関係がない。
十、上訴権は国民の憲法上保障せられた基本的人権たる公平な裁判を受ける権利に淵源するものであるから此の上訴権を不当に制限することは憲法違反たるを免れない。勿論公共の福祉の為には或程度の制限は受くべきもので上訴権の行使につきその行使の期間行使の方法等を制限することは適法と謂い得るが、少くともかかる権利が此の権利を行使し得べき者の責に帰すべき事由によつて喪失するは格別、此の権利を行使し得べき者以外の者の行為に依つて喪失するに至ることは公共の福祉の範囲を越えて不当に上訴権を制限するものである。從つて前記旧刑事訴訟法第三百八十七条が上訴権回復請求の要件として「自己」の外に「代人」の責に帰すべからざる事由をも附加することは憲法違反であり、該規定はその部分に限つて無効である。
以上の理由により抗告人の為した上訴権回復の請求を棄却した原決定は不当であるから之を取消し上訴権回復の請求を許可する旨の決定を求めるというにある。
仍て按ずるに抗告人が昭和二十三年八月十二日東京地方裁判所に於いて物價統制令食糧緊急措置令違反被告事件につき有罪の判決を受け該判決に対する控訴の申立を為すにつき原審に上訴権回復の請求を為したところ同年十二月二十一日請求棄却の決定のあつたことは記録上明かで、右回復請求の原因事実たる抗告人が右言渡の日その控訴申立の手続を弁護士でない隣人関珖陽に依賴し同人は同日その申立の方式を誤り口頭を以つて控訴を為す旨係判事及び裁判所書記に告げただけで正規の書面による控訴申立を為さず、又同人がその翌十三日原審弁護人たる弁護士小林蝶一に対しても控訴申立手続を依賴したが同弁護士もその手続を為さず結局その儘控訴期間を経過したとの事実は抗告人、志村米子及び関珖陽の各作成に係る上申書と題する各書面の記載により之を疎明するに足りる。
刑事訴訟法施行法第二条によつて本件に適用ある旧刑事訴訟法第三百八十七条は上訴権回復請求の理由として「上訴ヲ為スコトヲ得ル者自己又ハ代人ノ責ニ帰スヘカラサル事由ニ因リ上訴ノ提起期間内ニ上訴ヲ為スコト能ハサリシ場合」なることを規定しているが、茲に云う責に帰すべからざる事由とは單に天災その他の避くべからざる事変に原因する場合のみでなく上訴権者又は代人の故意過失に基かない一切の場合を指すものと解して差支えないことは抗告人の所論の通りである。
次に同条に所謂代人の意義を考えるに、一般に刑事訴訟手続に於ける訴訟行為について代理を認むべきか否及び認め得るとして如何なる範囲に於いて之を許すべきかは爭の存するところであり、特に上訴についても旧刑事訴訟法第三百七十八条第三百七十九条に規定した者が被告人の為に為す上訴は被告人の代理人としてその上訴権を代理行使するものであるかどうかも亦問題のあるところであるが、少くとも右第三百八十七条に所謂代人とは上訴権者以外の者であつて上訴権者の為その委託に基き、その補助機関として本人の上訴に必要な諸般の事実行為を代行する者を包含するものと解するのを相当とする。(但し弁護士たる弁護人については後述)此の意味に於いては上訴については上訴権者の為事実上の行為を代行し本人の行為を補充する者を許したものである。
抗告人は凡そ上訴権は国民の憲法上保障せられた基本的人権の一たる公平な裁判所の裁判を受ける権利に淵源する重要な権利であるから、之れを本人以外の代人の責に帰すべき事由によつて喪失せしめることを規定した前記法律は被告人の上訴権を不当に制限し基本的人権を侵害するものであつて憲法に違反し、その部分に限つて無効であると主張するが、一般に刑事訴訟に於ける訴訟行為はその事柄の性質上形式的確実性を要求するものであるから上訴権の行為についても行使の主体、期間、方式等について一定の要件を定めその要件を充足したるや否によつて上訴の適否を断じ、又その回復の許否を決するについてはかかる要件の欠缺がその責に帰すべき事由に基くか否によるとすることも亦固より当然のことである。而して上訴につき前述の如き意味に於ける代人を認めることは行為の形式的確実性を害しない範囲に於いて各上訴権者の便宜を図り、その行為を補充しその行動範囲を拡大しその行動を本人の行為に帰一せしめ、以てより自由な上訴権の行使を保障せんとするに出でたもので、之によつて上訴権者本人はその上訴に必要な一切の事実上の行為を悉く自己自ら履践するの煩を避け得べく、代人の行為によつて自らその効果を収めることが出来るものであるから、その反面上訴権回復の場合にも苟くも代人を関与せしめた時は代人の責に基くものも本人の場合と同様之れによつて事を決せられても之れ固より自己責任の原則に反するものではなく寧ろその当然の帰結と謂わねばならない。從つて本人以外の者たる代人の帰責事由によつて上訴権回復の許否を定めても抗告人主張の如く不当に上訴権の行使を制限するものと謂うことができず、之れを以つて憲法違反と為すは当らない。
仍て進んで本件抗告人の場合関珖陽が右に述べた意味での代人に該当するかどうかを檢討するに前認定の如き事実関係に関する限り同人が抗告人(被告人)の代人であることは明かである。尤も抗告人は前示抗告理由六のような経緯により右関に依賴したのは同人の詐欺による瑕疵ある意思表示に基くものであるから、右関は正当な代人ではないと主張するのであるが茲に謂う代人が本人との間で如何なる関係に立つものであるかについては刑事訴訟法には何等の規定もないが本来本人の委託を受けて之れに当る者で、その委託せられた行為は法律行為にあらざる事実行為であるが故に強いて求むれば民法上の準委任(民法第六百五十六条)と解し得べき場合が多いであろう。併し乍ら之等は專ら本人と代人との内部関係の問題であつて委託に付いての瑕疵が直ちに刑事訴訟法上の代人たる地位に消長を及ぼすものと考うできではなく、此の点に於ける私法上の理論は手続の形式的確実性を要求する刑事手続には当然にはその適用なきものと解すべきものである。之れ全然本人不知の間に自ら代人として為した如き場合と自ら異るものであり、本件がかかる場合でないことは抗告人の主張自体自明であつて本件に於いて右関珖陽が代人であることは之を否定し得ないところである。
抗告人は右関が代人であるとしても同人には何等故意過失なく上訴の方式を誤つたことはその責に帰すべきものでないと主張する。なる程一般に国民は法を知るべきものとせられるけれども今日の如く多数の法律が公布施行せられ而も日々改廃せられる現状に於いてはその一々につき之を知悉することを一般人に期待することは蓋し不可能と謂わねばならない。併し乍ら刑事訴訟法は国民の裁判を受ける手続に関する法律であつて国法の裡に於いても重要なる地位を占め本件に適用ある旧刑事上訴訟法は既に大正十三年以来二十五年の長きに亘つて施行せられ、途中二、三の改正はあつたが事上訴手続の方式に関する限り一貫して変更なきものであり(昭和二十四年一月一日より施行せられた現行刑事訴訟法に於いても同趣旨の規定が継承せられて今日に至つて居る)その大綱の認識は一般に期待するも酷でないことかの改廃常なき統制法規の如きものと同日の談にあらず、單なる法の不知を以つて不問に付すべき場合ではない。加之、法は有罪宣告の場合には被告人に対し上訴期間及び上訴申立書を差出すべき裁判所を告知すべきことを命じ、本件本案の記録上原審公判調書に依れば前示昭和二十三年八月十二日の第一審判決言渡期日には抗告人(被告人)自ら出頭して判決の宣告を受けると共に判事より右上訴についての告知を受けたことは明かであるから、被告人に於いては少くとも上訴は書面に依るべきことは之を認識し得たものであり、関珖陽の上申書に依れば同人は右言渡の際法廷には現在しなかつたがその直後被告人と裁判所の廊下で相会しその控訴手続を依賴せられたものであることが窺われるから、同人にして手続に暗かりしならば此の時之れを本人に確めても大凡は知り得べかりしものである。殊に同人は抗告人からその印章を預つて自ら判事室及び書記課に出頭したこと前認定の如くであるから同人に於いて少くとも右手続には被告人(抗告人)の判が要るかも知れないと考えたことは十分推測し得るところである。然るに判事及び書記に面接して控訴手続を為す旨告げながら右印章を行使すべき機会なきことに何等奇異の感を抱かず漫然之れを以つて控訴手続を了したものと軽信したものである。かかる場合申立の方式を判事又は係書記に質す如きは正に一挙手一投足の労であつて通常の注意力を以つて行動する者に於いて当然に為すべかりしところである。然るにも拘らず右関は之等すべての機会に於いて当然為すべき注意義務を盡さず控訴申立の方式を知らず漫然自己の誤解に基づき適法の控訴申立を為したと信じて控訴期間を徒過したものであり之れが同人の過失であることは多言を要しないところである。
尚お抗告人は関珖陽を通じて原審弁護人たる弁護士小林蝶一にも控訴手続を依賴したことは前認定の如くである。原審に於ける弁護人は被告人の為独立して上訴を為し得ることは旧刑事訴訟法第四十六条第三百七十九条の明定するところであるが、此の場合が代理なるや否は別として、此の外に憲法第三十七条日本国憲法の施行に伴う刑事訴訟法の応急的措置に関する法律第二条によつて、原審弁護人たりしと否を問わず一般に弁護士は被告人の依賴により被告人の代理人として上訴を為し得べきものと解するので(最高裁判所昭和二三年(れ)第三七四号昭和二四年一月一二日大法廷判決、最高裁判所刑事判例集第三巻第一号二〇頁参照)此の後者の場合は少くともその弁護士は上訴権回復に関する前記第三百八十七条に於ける代人と解すべきものとなる。(かかる解釈に対しては抗告人等は前示抗告要旨八の趣旨に照し、それは、やはり憲法の精神に違反するものと主張するであろうが弁護士の社会的地位職責に鑑みるときは其の故意過失を直ちに本人に帰せしめることは、いささか酷に失するきらいはあるけれども苟くも一方代理人によつて得る所あれば他方亦之れによつて失うことあるべきは亦止むを得ないところであつてその理は前述のところと同断であり固より憲法の精神に反するものと謂うことができない。)此の点につき、抗告人は右小林蝶一に依賴したのは專ら前者の場合で弁護人の独立上訴権の行使を促したに過ぎないと主張し、現に抗告人は別に被告人自身の上訴権の行使を―方式は誤つたが―為したもであるから右弁護士の故意過失の有無は本件に於いては関係なきものとして之れ以上審究の必要なきものと解し得られる。只若し当時の抗告人の意図が一応自ら上訴の申立はしたが万一適法の効果を発生しない場合に備えて念の為弁護人をして予備的に被告人の上訴権を代理行使せしめ、その完全性を求めたものであるとすれば右小林弁護士は抗告人の「代人」たるものと解されねばならない。併し乍ら此の場合に於いても右小林は多忙の為控訴手続を為すことを失念してその期間を徒過したものであることは抗告人の自ら認めるところであるから之が同人の過失であることは自明である。果して然らば本件抗告人の控訴期間の徒過は右代人関珖陽の過失に基き又原審弁護人小林蝶一を代理として控訴手続を為さしめた場合とすれば同人の過失に基くものであることは明かであるから、かかる弁護士でない隣人に控訴手続を依賴したこと自体又同人を通じて小林弁護士に依賴したこと自体及び同人等が適法に控訴申立を為したと信じて期間を徒過したこと自体が本人たる抗告人の故意過失に基くや否については審究する迄もなく、本件上訴権の回復を求める抗告人の請求は既に此の点に於いて失当であつて棄却を免れず、之と同旨に出でた原決定は相当であるから刑事訴訟法施行法第二条旧刑事訴訟法第四百六十六条第一項に則り本件抗告は之れを棄却すべきものとする。
仍て主文の通り決定する。(昭和二四年九月二四日東京高等裁判所第四刑事部判決)