東京高等裁判所 平成元年(う)974号 判決
被告人 ニコラス・シー・ペヒ 外一名
〔抄 録〕
そこで、被告人両名の本件所為につき過剰防衛の成否について検討すると、被告人ペヒは、前記のとおり、松村に対し、面識がなく、口論の相手でもなく、格別の悪感情を持っていた訳でもなかったので、むしろけんかに巻き込まれるのを危惧して同行することを終始渋っていたぐらいであって、自ら進んで松村に暴力を加える意思があったものとは認められない。そして、行き掛かりからひとりで「アムール」に出向くことになったが、けんかの相手でもないことから、松村との間で直ちにけんかになることを予想することなく、いわんや被告人クレイユスと間違えられて一方的に激しい暴力を加えられることは全く予期せずに同被告人からの指示を待っていたものであり、また、もしけんかになっても、当然、体力のある被告人クレイユスがその相手となって対応してくれるものと考え、当面、自ら包丁を使用することを予測していなかったものと認められる。したがって、被告人ペヒが、居室から出掛ける際、隠し持っていた包丁をそのまま所持して「アムール」に赴いたとしても、これをもって、松村とのけんか闘争を予期し、同人からの攻撃の機会を利用して、この包丁を使用し、松村に対し積極的に攻撃を加えようとするまでの意図があったとは到底認められず、同被告人が積極的加害意思をもって侵害に臨んだものとは認め難い。ところが、前記のとおり、「アムール」から出て来た松村からいきなり一方的に、殴る、蹴るの暴力を振るわれて二度までもコンクリートの路上に転倒させられ、頼みとする被告人クレイユスの加勢も得られないまま素手で防戦に努めたものの、体力差は歴然としていたのであるから、このままでは更にいかなる危害を加えられるかも知れないとの強い恐怖心と危機感を抱いたであろうことは容易に推察できるところである。しかも、松村の攻撃は、防戦一方の同被告人に対し引き続き加えられようとしていたこともまた明らかであるから、被告人ペヒは、かかる松村からの急迫不正の侵害に対し、反撃し、一矢を報いてやろうという報復の意思のあったことも否定できないものの、主としては自己の生命、身体を防衛するために本件所為に及んだものと認められる。
以上のように、被告人ペヒの本件所為は、松村の急迫不正の侵害に対し、自己の生命、身体を防衛するために出たものであったと認められるのであるが、右所為を全体的に観察すると、被告人ペヒは、前記のとおり、松村から一方的に殴る、蹴るの暴力を加えられて、コンクリートの路上に二度倒されたとはいえ、終始素手で攻撃されただけであり、その後においてもそれを上回る暴行が予想されないのに優に殺傷能力のある前記包丁を取り出して松村の枢要部である上半身を目がけて数回突き刺し、心臓及び肝臓に達する深さ一〇センチメートルを超える刺傷二個を含む四個の刺傷等を負わせ、ついに同人を殺害するに至らせたものであるから、同被告人の右所為は防衛に必要な方法、程度を逸脱しているものといわなければならない。したがって、同被告人の本件所為は、刑法三六条二項の過剰防衛に当たるものである。もっとも、被告人ペヒの右所為は、前示のとおり、被告人クレイユスとの共謀に基づいて行われたものであり、他方、共犯者である被告人クレイユスは、後記のとおり、積極的加害の意思をもって侵害に臨んだものであって、侵害の急迫性を欠くものであるが、事前共謀の認められない本件においては、積極的加害の意思ないし侵害の急迫性の有無は、行為者にとって各個別的に判断されるべきものであると解されるから、被告人クレイユスの過剰防衛が否定されたとしても、被告人ペヒに対し過剰防衛の成立を認めるのに妨げとならないものと解される。
しかるに、原判決は、前記のとおり、被告人ペヒの殺意発生と被告人クレイユスとの共謀の成立の各時期について事実を誤認し、これに基づき、被告人ペヒが、積極的加害意思をもって本件現場に臨んだとの判断を前提として、同被告人について過剰防衛の成立を否定したものと認められるが、右は、証拠の取捨選択及び評価を誤り、ひいては事実を誤認したものというべく、しかもその誤りは判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、同被告人についての本論旨は右の限度で理由があり、量刑不当の主張に対する判断をするまでもなく、破棄を免れない。
これに対し、被告人クレイユスは、前記のとおり、被告人ペヒらの居室から「アムール」に赴く際、既に同店の店長とけんか闘争となることを予期し、むしろそれを望んで出掛け、けんかに備えて殺傷能力のある前記包丁を被告人ペヒに携帯所持させたばかりでなく、同店に向かう途中のタクシー内で、同被告人に対し、やられたらこれを使えと右包丁を使用することを明確に指示して、同被告人がけんか闘争に際し同包丁を使用して松村を痛めつけることをむしろ期待していたものと認められる。とすると、被告人クレイユスは、松村とのけんか闘争を予期して、被告人ペヒと共に「アムール」近くまで出向き、松村が攻撃してくる機会を利用し、あるいは同人からけんかを売られるのを契機として、同被告人をして右包丁で松村に反撃を加えさせることを期待していたこと、すなわち積極的加害の意思で侵害に臨んだものと認められるから、松村の被告人ペヒに対する前記暴行は、被告人クレイユスにとっては、急迫性を欠くものというべきである。
(栗原 本吉 泉山)
(参考)
本判決は、右の判断に先立ち、本件の事実関係について次のとおり判示している。
一 そこで、関係証拠に照らして検討すると、被告人両名が本件所為に及ぶまでの経緯及びその所為の状況については、次のような事実を認めることができる。すなわち、
1 被告人両名は、フィリピン国籍を有する外国人で、出稼ぎのため来日し、それぞれ豚脂加工、食肉解体作業に従事するなどしていたものであるが、昭和六三年一二月三一日、被告人ペヒらの発案で、同国人の友人を集めて、ニューイヤーズパーティを開くこととなり、同日夕刻原判示の被告人ペヒらの居室に被告人クレイユスをはじめ男女一〇名余が集まり、手作りの料理などを飲食しながらパーティーを開いたこと
2 被告人クレイユスは、右パーティーの途中友人に誘われて中座し、都内足立区のパブで友人らと飲酒した上、翌日(昭和六四年一月一日)午前四時ころ、被告人ペヒらの居室に戻り、被告人クレイユスの恋人で、後刻パーティーに参加することになっていたマルヴィック・ビー・カステレオ(以下「マルヴィック」という。)に電話を掛けようと思い立ち、同女の勤務する原判示のフイリピンパブ「アムール」(以下「アムール」という。)に電話をして、同女と通話中、突然同店の店長である松村重雄(当時三八歳)から、「長い話だめだよ。フイリピン人か。馬鹿野郎。」と言って一方的に電話を切られたため、憤慨して再三同店に電話をかけてマルヴィックと話をしようとしたが、松村から、「フイリピン人はだめ。てめえ、この野郎。馬鹿野郎。」「ブッタゲ ナモ(「この野郎」の意)」などと日本語やタガログ語で怒鳴られてマルヴィックへの取り次ぎを拒否され、一方的に電話を切られるに及び、ついには、「ブータン イナ モ(「お前の母は淫売だ」の意)、ププンタハン キタ ジャン(「そっちへ行くぞ」の意)、パパタイン キタ(「殺してやる」の意)」などと怒鳴り返えすなどしてますます激昂したこと
3 そばで仮眠していた被告人ペヒは、被告人クレイユスの怒鳴る声で目を覚まし、同被告人に依頼されて同店に電話をかけたが、松村からやはり「フイリピン人だめ。」と言われてマルヴィックへの取り次ぎを断わられたため、これを見届けた被告人クレイユスはますます憤激し、「パパタイン キタ(「殺してやる」の意)」などと怒鳴る一方、被告人ペヒに対し、「ニック(被告人ペヒの愛称)、行こう。」と言って同被告人の同行を求めたこと
4 被告人ペヒは、被告人クレイユスに「アムール」への同行を促されたものの、同被告人について行けば必ずけんかになるものと直感して、同行方をしゅん巡していたところ、被告人クレイユスから、その場に居合わせた被告人ペヒの恋人や友人らの面前で、「意気地なし。男じゃないのか。友達じゃないのか。」などと言ってなじられ、同行方を強く求められたため、仕方なく被告人クレイユスに同行することを決意し、恋人らが腕などをつかんで引き止めるのを振り切って同被告人のあとについて出入口に向かったこと
5 出入口から出ようとした際、被告人クレイユスは、出入口に隣接する台所の流し台の棚の上にあった原判示の包丁を目線で指しながら、被告人ペヒに持って行くことを指示したため、被告人ペヒは、同包丁を右手でつかんでズボンのベルトに差して隠し持ったが、その際被告人クレイユスは、同ペヒに対し、「けんかになっても(又はけんかになったら)俺たちは負けないから。」とか「お前は体が小さいからな。でもやられても心配するな。俺が助けてやる。」などと言って被告人ペヒを元気づけ、近くの路上でタクシーを拾い、被告人クレイユスの案内で「アムール」に向かったこと
6 「アムール」に向かうタクシー内で、被告人クレイユスは、「もし、けんかになってお前がやられたら、やり返せ。」と言い、これに対し、被告人ペヒは、「もちろん、俺がやられたらやり返す。」などと話し合っていたが、やがてタクシーが「アムール」に近づいたところ、被告人クレイユスは、「店に着いたらお前が先に行ってくれ。俺は顔が知られているから。」と言い始めたため、心配になった被告人ペヒが、「もしけんかになったら放っておかないでくれよ。」と言って助けに来てくれることを確かめたところ、被告人クレイユスは、「心配するな。もしけんかになったらお前を放っておくわけないよ。」と答え、なおもためらう被告人ペヒに対し、「もしお前がやられたら、ナイフを持っているんだからそれを使えよ。」と言ったことから、体が小さく、けんかも強くない被告人ペヒは、やられてしまうかも知れないと考えて不安になり、「本当はドキドキしているんだ。できれば行きたくないんだ。」と率直に不安な気持ちを吐露したところ、被告人クレイユスは、「なぜ怖いのか。意気地なし。友達じゃないのか。男じゃないのか。」と言ってしゅん巡する被告人ペヒの態度をなじるとともに、「アムール」にひとりで先に行くことを強く求めたため、被告人ペヒは、断り切れずにこれを承諾したこと
7 タクシーが「アムール」付近路上に到着するや、被告人クレイユスは、被告人ペヒに対し、「マルヴィックに話があるから呼んでくれ。」と頼む一方、タクシーの運転手にそのまま待っているように指示してその場に残り、丁度その頃同店の勤務を終えて出てきたマルヴィックと同店から少し離れた道路向かい側の公衆電話付近で立ち話をしていたこと
8 被告人ペヒは、被告人クレイユスの指示に従ってひとりで「アムール」の店出入口付近へ向かったところ、マルヴィックから、「離れて、マスター(店長)が来るから。」と忠告されたので、これに従って同店入口から約三メートル離れた付近の路上に立ちながら、同店店長が出て来るのを待っていたが、その間、同被告人は、店長が出てきたら同人と面識のある被告人クレイユス(なお、現実には、被告人クレイユスも店長と面識はなかった。)が知らせてくれるだろうし、また同人とけんかになっても同被告人が助けてくれるだろうなどと考えながら、同被告人からの指示を待っていたこと
9 ところが、間もなく同店から出てきた同店店長の松村は、被告人ペヒを、てっきり先に電話で自分を悪しざまた罵倒した相手のフィリッピン人であると取り違えたため、足早に近づき、無言のまま、いきなり被告人ペヒのえり首をつかみ、引きずり回わした上、立て続けにその顔面を平手や拳で数回殴打して路上に転倒させ、足蹴りし、ようやく起き上がって素手で抵抗を試みる同被告人に対し再び拳で顔面を殴打して路上に転倒させるに及んだこと
10 被告人ペヒは、松村の形相と剣幕から、その男が先に被告人クレイユスが電話で口論をしていた相手の「アムール」の店長に間違いないものと気付いたが、予期に反して、前記のようにいきなり一方的に殴る、蹴るの強力な攻撃を受け、弁解する機会はおろか、容易に反撃することもできなかったばかりでなく、やられたら助けに来てくれるはずの被告人クレイユスも一向に助けにきてくれなかったことから、再度コンクリートの路上に殴り倒されて立上がるに際し、ベルトに隠し持っていた包丁を取り出してこれを右手に握り、同人の左胸部を目がけて力一杯突き刺したが、松村が、なおも怯まず、被告人ペヒの顔面などを殴りつけてきたため、後ずさりしながら同人の攻撃を避け、その隙をみて同人の左胸部を目がけて包丁を続けざまに数回突き刺して、同人に前胸部及び左胸部等に少なくとも四個の刺傷を負わせたほか、頸部に切創や顔面に表皮剥脱等の傷害(前胸部二箇所の刺傷は深さ一〇センチメートルを超えるもの)を負わせたこと
11 右の受傷によって、松村は、同日午前七時六分ころ、原判示病院において、心臓刺傷及び肝刺傷による急性失血により死亡したこと
12 被告人クレイユスは、被告人ペヒが松村から前記のようにいきなり激しい暴力を振るわれるのを見て、同被告人に加勢しようとして一、二歩踏み出したものの、あまりにも急激な場面の展開にしばらくしゅん巡しているうちに、同被告人が松村を包丁で突き刺して路上に倒し被告人クレイユスの方に戻って来たこと
13 被告人両名は、直ちに待たせてあったタクシーに乗って逃走しようとしたが、タクシーの運転手がキーを抜いて逃げてしまったため、その場から走って逃げ去ったこと
14 被告人ペヒが使用した前記包丁は、豚などの解体用の刃物で、全長約二八センチメートル、刃体の長さ約一四・五センチメートル、刃体の幅が柄の付け根の部分で約三センチメートル、切っ先から約七センチメートルの部分で約二・二センチメートルで、先端は尖鋭な片刃となっており、その形状から殺傷能力が非常に高いものであること
などの事実が認められ、右認定を左右するに足る証拠はない。≪中略≫
二 被告人クレイユスの殺意の有無とその発生の時期について(省略)
三 被告人ペヒの殺意の有無とその発生の時期について(省略)
四 殺害の共謀の成否とその成立時期について
以上説示したとおり、被告人クレイユス及び被告人ペヒについて、いずれも松村を殺害することもやむなしとの意思、すなわち未必の殺意のあったことは明らかであるが、その発生の時期が異なる上、互いにその動機にも違いがある。すなわち、被告人クレイユスについては、前記のとおり、同被告人が「アムール」に電話をかけた際、松村から恋人への電話の取り次ぎを拒絶されたばかりでなく、口を極めての激しい口論となった結果、極度に激昂し、同人に対して激しい憎悪の念を抱いたことが本件の直接の動機であり、また、被告人ペヒと「アムール」に向かう途中のタクシー内で同被告人を説得して、同被告人をしてまず松村と対応させることを承諾させ、その際、けんかとなって同人からやられたら所携の包丁を使用することを明確に指示した際には、同人を殺害することもやむなしとの未必の殺意を抱いたものと認められる。そして、被告人クレイユスにとっても、前記のとおり、松村が被告人ペヒに対しいきなり激しい暴力を振るうということは予想外のことであり、事態の展開に対応して迅速に同被告人の加勢に赴くのをしゅん巡しているうちに、被告人ペヒが松村を包丁で突き刺してしまったのであるが、この間もとより被告人クレイユスは、松村とけんかをし、その際、事態の成り行きによっては同人を殺害することもやむなしとする未必の殺意を放棄していたものとは認められず、かえって、松村が攻撃してくる機会を利用し、被告人ペヒが包丁を取り出して松村に反撃を加えることを期待していたものと認められ、従ってその結果としての松村の殺害をむしろ積極的に認容していたものとも認められる。
これに対し、被告人ペヒについては、前記のとおり、もともと松村との電話での口論は被告人クレイユスに関わることであって、被告人ペヒは松村に対して格別悪感情を持っていた訳でもなかったが、被告人クレイユスの指示に従い、ひとり「アムール」に赴いたところ、思いもよらず、けんか相手の被告人クレイユスと間違えられて、いきなり松村から一方的に激しい暴力を振るわれ、二度にわたって殴り倒され、このままでは更にどのような危害が加えられるかも知れないとの恐れから、それ以上の危害を防ぐために包丁を取り出して松村の左胸部を目がけて突き刺したものであり、この反撃を決意した際に、被告人ペヒにおいてはじめて松村に対し殺害するもやむなしとの未必の殺意が生じたものと認められる。そして、この殺意は、松村からの一方的な暴力に対する報復の意思も含まれていたものの、主としては身の安全を守るためのものと認められるから、殺害の動機においても、被告人クレイユスの動機と異なる面のあることは否定できない。
しかしながら、被告人ペヒは、同クレイユスから「アムール」に向かうタクシー内で、やられたら包丁を使えと指示され、その時点では、よもや自分がけんかの相手と取り違えられて暴力を受け、包丁を使用する事態が生ずるとは予期しなかったものの、「アムール」店内から出て来た大柄の日本人からいきなり激しい暴力を加えられ、この男が先に電話で被告人クレイユスと口論をした同店の店長であることを確信の上、同人から暴力を振るわれたことに対し、結局、被告人クレイユスの指示どおり包丁の使用を決意し、その結果松村を殺害することもやむなしとの犯意を抱くに至ったものであるから、被告人ペヒがこの決意をした時点において、被告人両名の間に、意思相通じ同人を殺害するもやむなしとすることの共謀が成立したものと認めるのが相当である。
被告人両名の間において、前記のような殺害の動機及び殺意発生の時期が異なるとしても、共謀の成立を妨げるものではない。なお、後記第二において説示するように、被告人ペヒの右所為は、松村からの一方的な攻撃に対して、主として自己の生命、身体を防衛するために行われたものであるが、防衛のために必要な方法、程度を逸脱したもので、全体として違法な加害行為というべきであるから、被告人両名間に、松村に対する殺害の共謀を認定し、共同正犯の成立を肯認することについて何ら支障となるものではないと解される。
したがって、被告人両名の共謀の成立時期について、遅くとも「アムール」に向かうタクシー内で被告人両名の話し合いがなされた時点において、被害者を殺害することもやむなしとの意思を相通じて、被害者を殺害することの共謀を遂げたとする原判決の認定、判断は、事実を誤認したものといわなければならない。しかし、被告人両名について殺意及び殺害の共謀が存在することについて事実の誤認のないことは前記認定のとおりであって、共謀の成立時期についての右の誤認は、専ら被告人ペヒの殺意の発生の時期が原判決が認定した時期よりも後であると認定すべきことによるものであり、被告人ペヒが包丁の使用を決意した時点においては、結局殺害の共謀が成立しているのであるから、共謀の成立時期に関する右の誤認は、それ自体が直ちに判決に影響を及ぼすことが明らかであるとはいい得ないが、殺害の共謀がいつ成立したかは、過剰防衛の成否に深く関りをもつから、過剰防衛に関する事実誤認をいう後記所論の検討の際に併せて判断する。