東京高等裁判所 平成元年(ラ)666号 決定
一 本件抗告の趣旨は、「原決定を取り消し、本件不動産引渡命令の申立てを却下するとの裁判を求める。」というにあり、その理由は、「本件不動産引渡命令の対象たる同命令別紙物件目録記載の建物(以下「本件建物」という。)のほかその敷地たる土地三筆(以下「本件土地」という。)を一括して対象とする本件不動産競売事件は、本件土地建物の所有権が三愛建設株式会社(以下「三愛建設」という。)に属するものとして、同社が柴崎商事株式会社(以下「柴崎商事」という。)に対して負う債務を担保するためこれに設定した抵当権(以下「本件抵当権」という。)に基づいて行われているが、三愛建設の右所有権は、抗告人らが融資を受けるため、便宜上三愛建設の所有名義にしたものに過ぎない。すなわち、同目録記載の各建物のほか右土地三筆中の一筆の土地は抗告人寺田正平の、他の二筆の土地は同人の父寺田卯助の所有するものであるが、資金融資を受けるために、登記簿上の所有名義だけを、それぞれ真正な登記名義の回復を原因として昭和六二年一二月二一日三愛建設に移したに過ぎず、抗告人らは、右柴崎商事が本件抵当権に基づき昭和六三年五月二七日に本件土地建物を差し押さえる前から、三愛建設の容認の下に、本件土地建物の占有使用を続けて来たものである。したがって、抗告人らの本件建物の占有は、右差押え前より三愛建設に対抗し得るものである。なお、本件不動産引渡命令の申立人株式会社泰和及びその代表者神農照子は、右の事実関係を知悉しながら、三愛建設といわばぐるになって、本件抵当権の設定から本件不動産引渡命令の申立てに至るまでの一連の手続を進めて来たものであり、法的に保護に値するものではない。したがって、抗告人らに対する本件不動産引渡命令は、民事執行法第八三条の要件を欠く違法なものであり、取り消されるべきである。」というにある。
二 よって判断するに、一件記録によれば、抗告人寺田の一家は、代々にわたって古くより本件土地に居住してきたものであり、現に本件抵当権の実行による差押えの登記がされた昭和六三年五月二七日前(差押えの効力発生前)から、前記目録記載の1の建物は、抗告人寺田夫婦ら五人の家族がその住居としてこれに居住して占有し、同2の建物は、抗告人寺田の個人会社である抗告会社が店舗として使用してこれを占有し、同3の建物は、抗告人寺田と抗告会社が倉庫・作業所として共同で使用して占有していることが認められるところ、更に同記録によれば、次の事実を認めることができる。すなわち、
前記目録記載1、2の建物及びその敷地のうち二一四番の土地は抗告人寺田の所有であり、二一三番及び二一五番一の土地は同人の父寺田卯助の所有であったこと、抗告人寺田は、昭和五九年一〇月一八日、抗告人肩書住所地を本店とし、その妻みねを代表者として、食料品、日用雑貨品等の販売を目的とする抗告会社を設立し、同会社の実質的オーナーとして、同年一二月ころ前記目録記載の2の建物において抗告会社によるスーパー・カネマサを開業したこと、抗告人寺田はその前後ころ、銀行から金一億円程の融資を受けたが、赤字経営が続いたためその返済ができず、結局、昭和六一年五月九日、日本ジョイントベンチャー株式会社から抗告会社を債務者として金一億二〇〇〇万円を借り入れ、本件土地建物(前記目録記載3の建物は、同年三月抗告人寺田が新築し、同月二八日同人のため所有権保存の登記がされた。)に極度額金二億円の根抵当権等を設定したこと、しかしながらその後もスーパー・カネサマの赤字経営が続き、日本ジョイントベンチャーに対する利息の支払も困難な状況になってきたので、鈴木明から金二億円を借り入れることになり、その方法として、まず本件土地建物の所有名義を売買を原因として同人に移し、ついで同人が債務者となって、中央信用金庫から二億円を借り入れ、その担保として本件土地建物に極度額金二億二〇〇〇万円の根抵当権を設定し、鈴木はその借入金を抗告人寺田に貸したこと、このような方法によらざるを得なかったのは、スーパー・カネマサの経営が赤字であるため、抗告人寺田もしくは抗告会社名義では、中央信用金庫は金を貸してくれなかったことによるものであること、スーパー・カネマサの経営は、その後も黒字に転化せず、また、鈴木明に対する返済等の必要に迫られたことから、本件土地上に、一階をスーパー・カネマサとし二階以上をマンションとする建物を建設し、マンションの部分を売却して債務を返済するという話になり、抗告人寺田は、三愛建設(代表取締役 浅岡岩光)を紹介され、更に、三愛建設の紹介で、昭和六二年一一月一八日、本件土地建物を譲渡担保に供して、神農照子、伊藤よし子、姜明孝の三名から月利三パーセントの約定で金二億七〇〇〇万円を借り受け、鈴木明に返済するとともに、同月二〇日、本件土地建物につき鈴木への所有権移転登記等を抹消して、右三名に対し譲渡担保を原因とする所有権移転登記をしたこと、その後同年一二月になって、三愛建設の前記浅岡の勧めによって、抗告人寺田は、金利負担を軽減するために、新たに柴崎商事から借り入れて、神農ら右三名からの借入金を返済することになったが、その際抗告人寺田は、浅岡から、「柴崎商事から借り入れるに当たっては、借主を抗告人寺田名義とすることはできないので、本件土地建物の所有名義を三愛建設にする必要がある。」と言われたので、抗告人寺田が借入金を返済すれば本件土地建物の所有名義は再び元どおり抗告人寺田らに戻すという約束の下に、融資を得る手段として、本件土地建物の所有名義を三愛建設に移した上、三愛建設が柴崎商事に対して抵当権を設定する方法によることを了承したこと、そして昭和六二年一二月二一日、本件土地建物についてその所有名義を三愛建設とする登記並びに三愛建設を債務者兼設定者とする柴崎商事に対する本件抵当権の設定登記(債権額金三億六〇〇〇万円)がされ、これにより抗告人寺田は、金二億七〇〇〇万円を借り入れ、神農らに返済したこと、なお、三愛建設に本件土地建物の所有名義を移した後においても、抗告人らによる本件土地建物の占有使用は従前と変わりなく続けられ、三愛建設においても特段の異議もなくこれを認めていたこと、
以上の事実が認められる。
三 ところで、担保権の実行としての不動産競売事件において、民事執行法第一八八条において準用される同法第八三条第一項の規定による引渡命令は、不動産の所有者(不動産競売事件においては、同条の「債務者」は「所有者」となる。)又は事件の記録上差押えの効力発生前から権原により占有している者でないと認められる不動産の占有者に対して発し得るものであり、かつ、右の「権原により占有している者」とは、競売の際におけるその不動産の所有者に対して適法な占有権原に基づき占有している者であれば足り(例えば、当該所有者から使用借権を得て占有している者)、買受人に対抗し得る占有権原を有する者であることを要しないものと解されるところ、前示認定事実に沿って本件を形式的に判断すれば、本件建物の競売の際の所有者は三愛建設であって抗告人らではなく、また、抗告人らは、本件抵当権に基づく差押えの効力発生前から右三愛建設の容認の下に、本件建物を占有使用してきたこととなるので、差押えの効力発生前から権原により占有している者ではないと認められる不動産の占有者には該当しないこととなり、抗告人らに対する本件不動産引渡命令は、これを発し得ないのに発した違法のものであるかのように考えられる。
しかしながら、前示認定事実によれば、抗告人寺田は、三愛建設の浅岡の勧めに従って、金利負担の重い神農ら三名からの借入金二億七〇〇〇万円を返済するために新たに柴崎商事から融資を受けることになったが、抗告人寺田あるいは抗告会社の名義では融資を受けられないとされたことから、借入金返済の暁には再び所有名義を戻すという前提で、融資を受ける手段として、すべて承知の上で、本件建物を含む本件土地建物の登記簿上の所有名義を三愛建設に移し、三愛建設が柴崎商事に対してこれに本件抵当権を設定する方法によることとしたものであり、これによって抗告人寺田は、当初の予定どおり、二億七〇〇〇万円を借り入れて神農らに返済する目的を達しているのであって、しかもこのような方法は、前示認定のように、抗告人寺田が鈴木明から融資を受ける際にとられた方法でもあることから考えると、前掲民事執行法第八三条第一項の規定の適用に当たっては、本件抵当権は、実質的には抗告人寺田が本件建物の所有者として設定したものであり、競売の際における所有者は抗告人寺田であるとみなして差し支えないというべきである。そして更に、抗告会社は、抗告人寺田とは別個の法人格を有するものではあるけれども、その代表者は抗告人寺田の妻である上、前示認定の各事実に照らすと、実質的には抗告人寺田の個人会社であって抗告人寺田と同視し得る存在とみなして差し支えないものと認められる。
そうであるとすれば、抗告人らはいずれも、民事執行法第一八八条により準用される同法第八三条の引渡命令の対象者に該当する者であり、抗告人らに対する本件引渡命令には抗告人らの主張するような違法はないといわなければならない。
なお、抗告人らは、本件引渡命令の申立人らは、三愛建設とぐるになって不当に本件手続を進めてきたものであり、法的に保護に値するものではない旨主張するけれども、どのような理由あるいは事情により、本件引渡命令を発すべきでないとするのかについて具体性に欠けるものであって、採用の限りではない。
(安國 清水 安齋)