大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 平成元年(行ケ)112号 判決 1990年4月12日

原告 合資会社八丁味噌

被告 特許庁長官

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告

「特許庁が昭和五八年審判第一三〇二六号事件について平成元年三月二二日にした審決を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決

二  被告

主文第一、二項同旨の判決

第二請求の原因

一  特許庁における手続の経緯

原告は、昭和五六年一二月二三日、漢字八文字を一連に縦書した「合資会社八丁味噌」なる商標(以下「本願商標」という。)について、指定商品を、第三一類「調味料 香辛料 食用油脂 乳製品」として商標登録出願(昭和五六年商標登録願第一〇七五一〇号)をしたが、昭和五八年三月三一日拒絶査定を受けたので、同年六月九日審判を請求し、同年審判第一三〇二六号事件として審理された結果、平成元年三月二三日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決があり、その謄本は同年五月一日原告に送達された。

二  審決の理由の要点

1  本願商標の構成、指定商品及び商標登録出願日は、前項記載のとおりである。

2  これに対して、原査定は、『本願商標は、会社名の一種で普通に使用される「合資会社」の文字に、みその種類の一種で大豆を原料とする豆味噌で愛知県岡崎市を主産地とする「八丁味噌」の文字とを結合して「合資会社八丁味噌」と書いてなるにすぎないものであるから、このようなものを指定商品について使用しても需要者が何人かの業務に係る商品であるかを認識することができないものと認める。したがって、この商標登録出願に係る商標は、商標法第三条第一項第六号の規定に該当する。』と認定して、その登録を拒否したものである。

3  よって按ずるに、本願商標は請求人(原告)の名称(商号)と同一のものであるところ、自己の名称(商号)をもって自他商品の識別標識となす場合があること否定するものではないが、その場合においても通常の商標と同様に、該名称が特別顕著な部分を有して取引上識別機能を果し得るものでなければならないことは当然である。

しかして、本願商標についてみれば、その構成する文字中、「合資会社」の文字は、法人の企業形態の中の無限責任社員と有限責任社員各一名以上からなる会社を表示する場合の名称中に付加して使用する必須の文字であり、また、「八丁味噌」の文字は、愛知県岡崎市八丁町を主産地とし、ダイズを原料とする豆味噌の一種(総合食品辞典 第三版 桜井芳人編 同文書院発行)を指称する語、すなわち該商品の普通名称と認められるべきものであること明らかである。

したがって、これらの単に前記組織の法人会社であることを表示するにすぎない文字と商品の普通名称のみを結合してなる本願商標「合資会社八丁味噌」の文字をその指定商品たる「八丁味噌」その他近似の商品に使用した場合、取引者、需要者においては該文字より主として「八丁味噌」の製造若しくは販売する営業内容の法人会社を表示する名称(商号)であることを理解し得るのみで、先に述べたごとく、このように特別に記憶されて取引に使用され得べき顕著な識別部分がない場合は、商品に対して、他人の同種商品とを識別するための標識であるとは認識し得ないものとするのが相当である。

4  してみれば、本願商標は、何人の業務に係る商品であるかを認識することができない商標といわざるを得ないから、本願商標は商標法第三条第一項第六号に該当すると認定して、その登録を拒否した原査定は妥当であって取り消すかぎりでない。

よって、結論のとおり審決する。

三  審決の取消事由

審決は、本願商標を「合資会社」と「八丁味噌」とに分断し、前者の文字部分は、法人の企業形態を表示するにすぎないものであり、後者の文字部分は商品の普通名称であるから、このようなものを結合して成る本願商標は需要者が何人かの業務に係る商品であることを認識することができないものであると認定、判断している。

しかしながら、本願商標は、商号商標である。商号は一体のものとして登記され成立するものであって、これを分断することはできないものである。したがって、商号商標の登録審査に当たってはこれを分断することなく、一体のものとして判断すべきである。

ところで、みそ醸造、販売の業界において、「合資会社八丁味噌」なる商号は原告をおいて他になく、せいぜい商品名に「八丁味噌」の名称又は名称を冠したものが、原告と密接な関係を有する合名会社太田商店にあるにすぎない。このことは、「八丁味噌」が原告代表社員早川久右エ門の祖先である二代目早川久右衛門が二百五十年前に発明した独特の味噌であり、その商標であることが広く知られているためである。

したがって、このような商号を商標とした本願商標は、それが何人かの業務に係る商品であるかを識別し得るものである。

また、審決は「八丁味噌」を普通名称であると判断しているが、「八丁味噌」は前記したとおり二代目早川久右衛門が二百五十年前に初めて製造し、以来早川久右衛門商店が製造、販売してきた独特の高級味噌であり、現在も原告会社と合名会社太田商店のみが製造しているものであって、これが味噌の普通名称でないことは明らかである。したがって、「八丁味噌」なる文字は需要者間において他の商品と区別され、十二分に商標としての機能を果たし得るものである。

第三請求の原因に対する認否及び反論

一  請求の原因一及び二の事実は認める。

二  同三は争う。審決の認定、判断は正当であり、審決に原告主張の違法はない。

商号商標においても自他商品の識別標識としての機能を有しないものは商標として登録することができないことは自明のことであって、本願商標における分断しての判断は当然であり、本願商標を商標法第三条第一項第六号に該当するとした審決の判断に誤りはない。

また、原告は、「八丁味噌」は、味噌の普通名称でないと主張するが、辞書、事典(乙第一号証ないし第四号証)、著作物(乙第五号証、第六号証)には「八丁味噌」が普通名称として使用されており、原告においても指定商品を「八丁味噌」として登録を受けている事実があることからして、「八丁味噌」の文字自体を普通名称とみるを相当とし、このように判断した審決に違法はない。

第四証拠関係<省略>

理由

一  請求の原因一(特許庁における手続の経緯)及び同二(審決の理由の要点)の事実は、当事者間に争いがない。

二  そこで、原告主張の審決の取消事由の存否について判断する。

原告は、「本願商標は、原告の商号「合資会社八丁味噌」を商標としたものであるから、これを分断して商標登録要件の存否を考察することは相当でない。そして、『合資会社八丁味噌』なる商号は他にないから、これを商標とした本願商標は自他商品の識別力を有するものである」旨主張する。

よって検討するに、成立に争いのない甲第七号証ないし甲第九号証、甲第二八号証、甲第二九号証に弁論の全趣旨を総合すると、八丁味噌は愛知県岡崎市において江戸期より太田家及び原告の祖たる早川家を製造元として作られてきた同地方の特産品であり、現在も原告と合名会社太田商店の二店で醸造されていること、名古屋地方におけるNTT職業別電話帳(一九八九年一月三〇日現在)の味噌醸造、販売、みやげ品の頁には、「八丁味噌」を冠した会社名は原告の名古屋支店が唯一社記載されているだけであり、岡崎地方におけるNTT五〇音別電話帳(一九八八年四月一八日現在)には、「八丁味噌」の名称又は名称を冠したものは、原告と「八丁味噌太田商店」の二つが記載されているのみで、本願商標の指定商品を取扱う業界において、「合資会社八丁味噌」なる商号を有するものは原告をおいて他にはないことが認められる。しかしながら、商号商標といえども商品を表示する標識であることから、これが現実の商品取引においては、法人組織を表わす「合資会社」の部分を省略し、単に「八丁味噌」として認識されることが少なくないことは経験則に照らして容易に推認し得るところである。してみると、本願商標の場合、その予測される使用形態を考えると、「八丁味噌」と表わされた部分が特別顕著な部分として取引上自他商品の識別機能を果たし得るか否かを検討すべきであると解される。

そして、成立に争いのない乙第一号証一ないし五(大辞林 松村明編 三省堂編集所発行)、第二号証の一ないし三(総合食品事典 第三版 桜井芳人編 同文書院発行)、第三号証の一ないし四(日本の名産事典 遠藤元男他二名編 東洋経済新報社発行)、第四号証の一ないし四(改訂食品事典6調味料 河野友美編 真珠書院発行)、第五号証の一ないし五(食品チシキミニブックスシリーズ、味噌・醤油入門 海老根英雄、外池良三共著 株式会社日本食糧新聞社発行)、第六号証の一ないし六(みその本 辰己浜子、川村渉共著 株式会社柴田書店)によれば、「八丁味噌」とは、愛知県岡崎市八丁町を主産地とし、大豆を原料とする豆味噌の一種であり、「八丁味噌」なる文字は、該商品を指称する普通名称であると認められる。

したがって、「八丁味噌」なる文字部分に取引上識別機能があると認めることはできないから、結局、本願商標は、何人かの業務に係る商品であるかを認識することができない商標といわざるを得ないものである。

以上のとおりであるから、本願商標は、何人の業務に係る商品であるかを認識することができない商標である、とした審決の認定、判断に誤りはなく、審決に原告主張の違法はない。

三  よって、審決の取消しを求める原告の本訴請求は失当としてこれを棄却し、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法第七条、民事訴訟法第八九条の各規定を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 藤井俊彦 竹田稔 岩田嘉彦)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例