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東京高等裁判所 平成元年(行ケ)137号 判決

一 請求の原因一ないし三は当事者間に争いがない。

二 認定判断の誤り第1点について

1 「自動的」とは、他の力を借りないで自分の力で動く状態を意味するのみではなく、自動ドア、自動販売機等の語における「自動」の用例からも明らかなように、機械などについて、人が一々手を加えなくても、動力を持つた機械がまとまつた一つの仕事や動作をする状態をも意味する語句であることは自明である。

したがつて、本願発明の要旨にいう「取り入れ口より収容された湯水は……自動的に元の浴槽内に戻ることを特徴とする」とは、取り入れ口から収容された湯水が、重力など普遍的に働く力以外には外部エネルギーを加えることなく、元の浴槽内に戻ることを特徴とすることを意味するものとも、また、取り入れ口から収容された湯水が、湯水を還流させるための動力装置等によつて、人が一々汲み揚げる等の手を加えなくても、元の浴槽内に戻ることを特徴とすることを意味するものとも解する余地があり、本願発明の要旨自体又はこれと同一の本願明細書(本件特許願願書に添附した明細書を昭和六三年六月二五日付手続補正書によつて全文補正したもの。以下「本願明細書」という。)中の特許請求の範囲の記載のみからは、そのいずれの意味であるかを確定することはできない。

2 そこで、本願明細書中の発明の詳細な説明の欄及び図面の簡単な説明の欄並びに本件特許出願願書に添附した図面(以下「本願図面」という。)の記載を検討する。

いずれも原本の存在及び成立に争いのない甲第三号証の一、二(昭和六三年六月二五日付手続補正書写し及びその別紙である全文補正明細書写し)によれば、本願発明における湯水の還流については、本願明細書中の発明の詳細な説明の欄には、<1>「溢れ出る湯水を濾過して垢や滓を取除き元の浴槽へ自動的に還元するようにしたのが本発明である。」(甲第三号証の二の二頁一行から三行まで)との記載、本願図面に示した一実施例についての説明として、<2>「浴槽6から溢れた湯水は取り入れ口1より流入して濾過板2で濾過されて還流口4を経て浴槽6に戻され、湯水は清浄になつて浴槽6に還流する。」(甲第三号証の二の二頁一三行から一五行まで)との記載、図面の簡単な説明の欄に、<3>「図面はこの発明の実施例の一を示すもので溢れた湯水は矢の方向に進みつつ濾過してのちも矢の方向に進み元の浴槽に還えるものであつて断面図である。」(甲第三号証の二の二頁一七行から二〇行まで)との記載があるけれども、それ以上には、湯水がどのようなエネルギーによつて還流するのか、即ち、何らかの動力装置等によるのか、特別の外部エネルギーによらず重力等の普遍的に存在するエネルギーや物質の性質による(以下、この場合を単に「外部エネルギーによらない。」あるいは「外部エネルギーを必要としない。」ともいう。)のか、についての記載はないことが認められる。

次に、原本の存在及び成立に争いのない甲第二号証の三(本願図面写し)によれば、本願図面には、本判決別紙図面のとおり、浴槽の外側に、全体としてU字状で、その両端部を同方向に約九〇度折り曲げて浴槽の上端部に開口させ、上側の開口部を還流口、下側の開口部を取り入れ口とし、流路の途中に濾過板と調整板を設けた還流流路を備えた浴槽の断面図が図示されているが、その中には、何らの動力装置も図示されていないことが認められる。

3 発明の要旨の解釈に当たつては、当該発明の特許出願当時の技術常識をも考慮すべきところ、本願発明の要旨によれば、浴槽の上端に設けられた取り入れ口から還流口までの間の還流流路と取り入れ口及び溢れ出る湯水の浴槽中の水面との相対的高さについては限定がないから、還流流路の少なくとも一部が溢れ出る湯水の浴槽中の水面よりも高い場合も含まれる。このような場合、外部エネルギーによらないとすると、湯水が取り入れ口より高い還流流路を通つて還流する理由は本願明細書からは明らかでない上、むしろ、湯水の還流は不能であると解するのが一般的技術常識であると認められる。これに対し、例えばポンプ等の動力装置により湯水が還流するものとすれば、湯水の還流が可能であることは自明である。

また、還流流路が、溢れ出る湯水の浴槽中の水面以下である場合は、当初、還流流路内が空であれば、外部エネルギーによらなくても、溢れ出る湯水は、還流流路内の水面が溢れ出る湯水の水面と同じ高さになるまで、還流流路内に流れ込むが、そのようにして還流流路内が湯水で満たされてしまうか、当初から還流流路内に湯水が満たされておれば、外部エネルギーによらないで、湯水が還流流路を通つて還流する理由は本願明細書からは明らかでない上、むしろ、湯水の還流は不能であると解するのが一般的技術常識であると認められる。これに対し、例えばポンプ等の動力装置により湯水が還流するものとすれば、湯水の還流が可能であることは自明である。

そして、湯水を還流させるための技術手段として、例えばポンプ等の動力装置があることは、極めてありふれた技術常識である。

4 右1ないし3のとおり、本願発明の要旨にいう「取り入れ口より収容された湯水は……自動的に元の浴槽内に戻ることを特徴とする」とは、取り入れ口から収容された湯水が、外部エネルギーによることなく、元の浴槽内に戻ることを特徴とすることを意味するものとも、また、取り入れ口から収容された湯水が、湯水を還流させるための動力装置等によつて、人が一々汲み揚げる等の手を加えなくても、元の浴槽内に戻ることを特徴とすることを意味するものとも解する余地があり、本願発明の要旨自体又は本願明細書中の特許請求の範囲の記載のみからは、そのいずれの意味であるかを確定することはできない(以上前記1参照)。また、本願明細書中の発明の詳細な説明の欄や図面の簡単な説明の欄にも湯水がどのようなエネルギーによつて還流するのか、についての記載はない(以上前記2参照)。そして、還流流路と取り入れ口及び溢れ出る湯水の浴槽中の水面との相対的高さがどのような関係にあつても、外部エネルギーによらないとすると、湯水が還流する理由は本願明細書からは明らかでない上、むしろ、湯水の還流は不能であると解するのが一般的技術常識であると認められる。これに対し、例えばポンプ等の動力装置により湯水が還流するものとすれば、湯水の還流が可能であることは自明であり、湯水を還流させるための技術手段として、例えばポンプ等の動力装置があることは、極めてありふれた技術常識である(以上前記3参照)。

以上の事実を考慮すれば、本願発明の要旨中の、「取り入れ口より収容された湯水は……自動的に元の浴槽内に戻ることを特徴とする」とは、取り入れ口から収容された湯水が、湯水を還流させるための動力装置等によつて、人が一々汲み揚げる等の手を加えなくても、元の浴槽内に戻ることを特徴とすることを意味するものと認めるのが相当である。

本件審決の、「本願発明を実施するにおいて、外部エネルギーの導入なしに湯を還流することはできず、本願の明細書及び図面の記載からみて、還流流路に湯を還流させるための例えば動力装置等が設置されている結果湯の還流が実施されるものと認める。」との認定判断も、右と同趣旨のものと解することができる。

本願図面には、本願発明の実施例の断面図が図示されているが、その中には、何らの動力装置も図示されていないことは前記2のとおりであるが、湯水を右のような意味で自動的に還流させるための技術手段として、例えばポンプ等の動力装置があることが、極めてありふれた技術常識であるので、動力装置は本願図面では省略されたものと解することができるから、本願図面に何らの動力装置も図示されていないことは、本願発明の要旨の意味についての前記認定を左右するものではない。

5 原告は、「本願発明は、人が浴槽に入浴したとき溢れ出た湯を還流流路中に流すもの、即ち、人が浴槽に入ることにより浴槽の湯面が上下動しそれにより湯を還流流路に流すものであつて何ら外部エネルギーを必要としないものである。」と主張し、原告が審判手続においても、本願発明は何ら外部エネルギーを必要としない旨を主張していたことは、前記請求の原因三の本件審決の理由の要旨2からも明らかであるが、原告の主観的意図が右主張のとおりであるとしても、本願明細書には原告の主観的意図に沿う記載がなく、本願発明の要旨は客観的には前記認定のように解釈されるのであり、原告の右主張は認められない。

三 認定判断の誤り第2点について

湯の上部に浮遊する垢滓を除去するという技術的思想は引用例にも記載されていることは当事者間に争いがなく、引用考案が、本件審決の理由の要点3認定の構成とすることにより、湯の上面部に浮遊する垢滓を除去するものであること、並びに、本願発明及び引用考案の両者は浴槽内の垢滓を除くために、浴槽外に還流流路を備え、取り入れ口より収容された湯水は還流流路の途中に設けた濾過装置を通過したのち還流口より浴槽内に戻すようにした点で一致することは、原告が自認するところであるから、本願発明と引用考案はこの点で技術思想を同じくするものである。他方、浴槽に人が入ることにより、その浴槽の湯水の水位が上昇し浴槽の上端から湯水が溢れ出ること、及び、その場合、湯水の上部に浮遊している垢滓が湯水と一緒に流れ出ることは、入浴するものが日常経験し、認識することであり、一般常識である。そうすると、浴槽の上面部に浮遊する垢滓を除去するために浴槽外の還流流路で濾過するとの技術思想に基づく引用考案の取り入れ口の設置場所を、同じ技術思想と前記一般常識をふまえて、浴槽の上端から溢れ出る湯水を受け入れることができる浴槽上端とすることは、当業技術者が容易に想到できることである。

また、浴槽の上端から溢れ出る湯水を受け入れてこれを還流すれば、その限度で湯水及びこれを沸かすのに要した燃料の浪費を防ぐことになるのは自明のことであるから、これをもつて格別の効果と認めることはできない。

したがつて、本願発明と引用考案の相違点(一)について、「浴槽より溢れ出る湯水を対象として、本願発明の如く、取り入れ口を浴槽の上端に設けるような構成とする点には、格別の困難性は見出せない。」旨の本件審決の認定判断は正当であり、原告の主張は認められない。

四 認定判断の誤り第3点について

引用考案はその目的において、湯垢の除去という本願発明の目的以外に、浴槽内において常時一定の湯温を保持するという目的をも有しており、その結果還流口を浴槽下部に設けたものであることは原告の自認するところである。

前記甲第三号証の二によれば、本願明細書中には、本願発明が浴槽内において常時一定の湯温を保持するということを目的とすることを認めるに足りる記載はなく、また、特に浴槽上部に還流口を設置することによる作用効果の記載もないから、還流流路で垢滓を濾過した後の湯水を、浴槽のどの位置に還流口を設けて浴槽に還流させるかは、当業技術者が適宜選択できる設計上の選択事項に過ぎないものと認められるから、本願発明において、還流口を浴槽上部に位置させた点は、当業技術者が引用考案から容易に想到できたものと認められる。

原告は、浴槽上部に還流口を設置することにより、溢れ出る湯の浴槽への還流ができるものであつて、浴槽上部に還流口を設置するよう構成することは普通に考えられるものではない旨主張するが、本願発明は、動力装置等によつて自動的に湯水を還流させるものであることは前記二に判断したとおりであり、浴槽上部に還流口を設けることにより還流ができるものであることを認めるに足りる証拠はないから、右主張は認められない。

五 よつて、その主張の点に判断を誤つた違法のあることを理由に、本件審決の取消を求める原告の本訴請求は理由がないから棄却する。

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