東京高等裁判所 平成元年(行ケ)152号 判決 1991年6月25日
千葉市高洲三丁目五番二棟五〇五号
原告
玉置信子
右訴訟代理人弁護士
森田政明
同弁理士
森正澄
東京都千代田区霞が関三丁目四番三号
被告
特許庁長官 植松敏
右指定代理人
吉村宗治
同
加藤公湾
同
宮崎勝義
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一 当事者双方の求めた裁判
一 原告
「特許庁が昭和六〇年審判第二三八四八号事件について平成元年五月二二日にした審決を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」
二 被告
主文同旨の判決
第二 請求の原因
一 特許庁における手続の経緯
原告は、昭和五七年八月五日、名称を「除湿布」とする考案(以下「本願考案」という。)について、実用新案登録出願(昭和五七年実用新案登録願第一一九六九五号)をしたが、昭和六〇年九月一二日、拒絶査定を受けたので、同年一二月一一日、これに対する審判の請求をした。特許庁は右請求を昭和六〇年審判第二三八四八号事件として審理したうえ、平成元年五月二二日、請求不成立の審決をした。
二 本願考案の要旨
吸湿性ある不織布に塩化カルシウムの再結晶を析出させてなる除湿布(別紙図面参照)。
三 審決の理由の要点
1 本願考案の要旨は前項記載のとおりである(実用新案登録請求の範囲の記載と同じ。)。
2 特開昭四八-四六五八六号公報(「引用例」)には塩化カルシウムの吸湿能力強化法に関する技術が開示されており、特に、塩化カルシウム水溶液を容水量が大きく、かつ毛細管作用の強い性質を有する吸取紙に吸収せしめ、次いで、これを加熱乾燥させることにより、その表はもちろん内部までまんべんなく塩化カルシウムを保持した吸取紙を得ること、このようにして得られた吸取紙が高い吸湿力を示すことが記載されている。
3 本願考案と引用例記載の考案(引用考案)の対比
(一) 本願考案の除湿布も引用例記載の塩化カルシウムを保持した吸取紙も、ともに大気中の湿気を自ら吸湿して除湿作用を行うものであり、ただ、本願考案は布として吸湿性のある不織布を用いているのに対し、引用考案は容水量が大きく、かつ毛細管作用の強い吸取紙を用いており、この点で両者に相違が認められるものの、その余の点については両者は実質的に同一である。
(二) 相違点について検討すると、<1>引用例の吸取紙も本願考案の不織布同様に吸湿性を有することは、引用例の「容水量が大きく、かつ毛細管作用の強い吸取紙」という記載から明らかである。そして、引用例の吸取紙も本願考案の不織布もともに「織らざる布」という点、すなわち織つたり編んだりしないで作られたシート状の繊維集合体材料であるという点を勘案すれば、<2>塩化カルシウムを析出させる布として、吸取紙に代えて同じ「織らざる布」である吸湿性の不織布を用いることは当業者が極めて容易に推考することができる程度のことと認められ、また、不織布を用いたことによる作用効果についても予測し得る程度のもので、特に顕著なものがあるとも認められない。
4 よつて、本願考案は、実用新案法三条二項により実用新案登録を受けることができない。
四 取消事由
審決の理由の要点1、2、3(一)、同(二)<1>は認め(但し、吸取紙は紙であつて布ではないから、吸取紙が「織らざる布」であるとの点は否認する。)、3(二)<2>、4は否認する。本願考案と引用考案とは目的が相違し、引用考案の吸取紙は植物繊維よりなり抄紙法により製造された紙であり、布である本願考案の不織布とは基本的性状を異にし、また、効果の点でも本願考案が引用考案よりはるかにすぐれているのに、審決は両者の相違点に対する判断を誤り、本願考案が引用考案より極めて容易に推考できるとして、その進歩性を否定したものであるから、取消しを免れない。
1 両考案の特徴
(一) 本願考案
(1) 従来の除湿器は、一定の容器の存在を前提とし、右容器中に、塩化カルシウム顆粒を収容する中容器を設け、これに塩化カルシウムが吸湿した水分を流下させていたが、塩化カルシウム顆粒が水分と一緒に落下しないようにするため、中容器にスリット又は小孔を穿設していた。本願発明は、右のような除湿器における一定の容積を備えた容器及び中容器に代えて、それ自体が高効率の除湿作用を行う吸湿性ある不織布を採択し、どこにでも収容できる除湿媒体を提供するものである。
(2) すなわち、不織布はその構造上、織つたり編んだりした繊維のように織り目、編み目が規則正しく配列されていないため繊維が複雑に絡み合つているうえ、紙のように薄くするため圧力をかけるということもないため、繊維相互間の空間が大きい。したがつて、塩化カルシウムの再結晶を析出させた吸湿性不織布では、吸取紙と異なり、単に塩化カルシウム水溶液がその毛細管作用により幅広く繊維に浸透するというに止まらず、複雑に絡み合う繊維空間に塩化カルシウム顆粒が析出し、同顆粒に捕獲された吸湿水の水滴が繊維空間内に絡み付き、これを保有する包水効果をもたらすのである。そして、複数の布を重ねると(本願が従来の容器による除湿器の代替物として考案されたものである以上、本願考案が複数の布を重ねることを前提としていることは明らかである。)、繊維の表面に析出した塩化カルシウムの再結晶によつて吸収された水分が繊維の空間に流下するとしても、塩化カルシウムの再結晶は繊維の目に絡まつて落下しないで残るため、再び乾燥して吸湿能力を発揮する。本願考案は、吸湿性ある不織布の右のような基本的特性、特に空間部を有するという繊維間構造の特殊性に着目し、これを利用したものである。
(二) 引用考案
引用考案は、塩化カルシウムのもつ吸湿能力を強化する方法に関するもので、吸取紙のような、容水量が大きく、かつ毛細管作用の強い性質を有する物質(多孔質基材)に塩化カルシウム水溶液を吸収させて塩化カルシウムの空気に触れる表面積を拡げ、これにより塩化カルシウムの吸湿能力を高めその吸湿量を増大することを開示しているにすぎない。すなわち、引用考案は吸取紙の容水性を示すにとどまり、本願考案の不織布のように、吸取紙が吸収した湿分を保有し包水性を高めるという点については何ら開示していない。
2 両考案の目的の相違(取消事由(1))
引用考案は、「吸湿速度が促進され吸湿量が増大された塩化カルシウムを利用した新規有用な乾燥材を供する」(引用公報三頁右上欄二行ないし三行)ことを目的とするものであるところ、本願考案は、右目的に加え吸湿量を可及的に増大させること、換言すれば、塩化カルシウムの吸湿機能自体をより一層効率よく発揮させることを目的としている。すなわち、本願考案は、引用考案とその目的において一部共通するものの、従来吸取紙で十分とされていた吸湿に対し、これを凌駕することをも目的としており、この凌駕する目的については、引用考案から予測することはできない。
3 不織布と吸取紙の相違(取消事由(2))
(一) 本願考案の願書に最初に添付した明細書(甲第二号証)の実用新案登録請求の範囲には、「(1) 布に塩化カルシウムの再結晶を析出させてなる除湿布。(2) 布に吸湿性ある湿式不織布を用いた実用新案登録請求の範囲(1)項記載の除湿布。」とあり、考案の詳細な説明の項には、「本明細書において、布とは、天然繊維および化学繊維による織物はもちろんのこと、織らない布である不織布さらには、紙によつて布状に形成されたものを含む意味で用いる。」と記載されており、布の範囲に織物、不織布、布状の紙を含めていたが、不織布と紙とは別物であることを明確にしていた。前記実用新案登録請求の範囲は昭和六一年一月九日付手続補正書をもつて「吸湿性ある不織布に塩化カルシウムの再結晶を析出させてなる除湿布。」に訂正されてその範囲が減縮され、考案の詳細な説明中、布の範畴から特に吸湿性ある不織布のみを取り出し、これに塩化カルシウムの再結晶を析出させてなるものに限定したものである。従つて、右補正後の除湿布が紙を除外したものであることは、この点から明らかである。
(二) 本願考案は、塩化カルシウムを保持するものが不織布であるのに対し、引用例は、吸取紙である。一般的には、現代国語辞典(昭和五六年五月二〇日発行、甲第五号証)に記載されているように、不織布は、「合成繊維を接着剤で結合させた織らない布」を、紙は「植物性繊維を原料とし、薄くすいてつくつたもの」を意味し、両者は、判然区別されうるものである。
(三) また、当業界における、不織布と紙の定義についてみると次の相違が認められる。すなわち、一般に不織布とは、「製織しないで各種の方法によつて、繊維をシート状にした布」(一九八七年七月一五日発行JIS用語辞典・繊維編」(甲第九号証の一ないし五)八二頁)、「紡績、製織、編組によることなく、繊維集合体を化学的手段(藥品に可溶の繊維を混用)によるとか機械的、化学的作用あるいは適当な水分と熱のもとで処理して繊維相互間を結合したもの」、「ウエプ状またはシート状の繊維集合体をベースにして、これを接着剤で結合したものや熱可塑性繊維を利用し、繊維間接着を強めたもの」(昭和四〇年四月二四日発行「不織布」(乙第一号証)一頁)とか定義されている。これに対し、紙とは、「植物繊維を解体し、絡み合せて薄層に抄造したもの」(昭和五一年三月二〇日発行「建築大辞典」(甲第六号証)二八一頁)とか、「植物繊維その他の繊維を絡み合せ、膠着させて製造したもの」(一九八八年四月一二日発行「JISハンドプツク紙・パルプ」(甲第一〇号証の一ないし六)二五頁)とか、「植物繊維を水中に懸濁させた後、水をこ(漉)して平に絡み合せたもので、筆記、印刷や、また物を包むのに用いられるものをいう」(一九八五年五月二五日発行「紙の話し」(甲第一一号証の一ないし八)一三六頁)とか定義されている(右文献中本願出願後に刊行された甲第九ないし第一一号証(枝番を含む)、本願出願前における当業者間の技術常識を示すものである。)。
(四) 前記(三)の定義からみて明らかなように、不織布は、ウエプ(短い繊維層)状の繊維集合体をベースとして、その繊維集合体同士を解体することなく各種の方法により接着させ絡み合わせたシート状の繊維製品(布)であり、構造的にみて厚みがあり、繊維間に空間があるのに対し、紙は、一旦植物繊維を水中に懸濁させて解体し、薄く抄いて平に繊維を絡み合わせ、その後に膠着させたもので、その間に叩解、抄紙、乾燥といつた一連の製紙工程を経ており、この工程は、水中で一旦解体した植物繊維同士をいかに密着させ、水素結合によりその結合を強化させるかという点にその目的がある。
このように、紙は、薄層構造で繊維相互間を密着させることにその技術的特徴があり、水を吸収すると植物繊維間の水素結合が破壊され、繊維間で物質を保持、捕獲することには適さないのであるから、紙の一種である吸取紙から、不織布の繊維相互間の空間を包水に利用するという前記1(一)に述べた本願考案の着想は生じないのである。まして、引用考案には、従来の除湿器に代えてどこにでも収容できるという本願考案の基本的構成を示唆するものは全くない。
(五) 更に、単に定義を異にするというだけでなく、両者は流通経路、用途を異にし、日常生活、住居、建築関係の分野においても別異のものとして認識され、特許庁の商標登録出願における商品区分も、不織布は第一六類(「その他の布」)に、紙は二五類に分類され、異なつた扱いを受けている。また、その適用の場面においても相違するものである。一例として、子供用紙おむつを挙げると、吸取紙は、文字通り水分(尿)を吸い取る機能を発揮するが、不織布は、水分をこれに吸い取ることなく、右の吸取紙等からなる吸収体層へ当該水分を導く作用を行うものである。このように、不織布と吸取紙は、水分の吸収という観点からしてみれば、相反する傾向を有するものである。このことは、本願出願前において不織布の構成要素たる合成繊維が、「一般に疎水性で、吸湿・吸水性が少ない」と認識されている点にも裹打ちされるものである。
このように、本願出願前、両者は当業者間において性状、用途等において異なるものと認識されていたうえ、本願考案は、吸湿・吸水性が少ないとされている不織布において、一般的には認識されていなかつた「吸湿性ある不織布」に着目し、しかも、これに塩化カルシウムの再結晶の析出が可能か否かの検討を行い、実験の結果、その可能性を確認すると共に、従来の「吸取紙」を大幅に越える吸湿性の実現を見て、本願出願に及んだものである。これらの点からみても、本願考案が吸取紙に代えて吸湿性不識布を採択したことが極めて容易であるということができないことは明らかである。
(六) 審決が指摘し被告も主張する、不織紙が「織つたり編んだりしないで作られたシート状の繊維集合体材料である」点に着目すれば、紙と不識布を区別することはできない。しかし、それでは全く異なる紙と布との技術的構造を同視することになるから、かかる基準により両者の異同を論じ、紙に代えて不織布を採沢することの容易性を判断することは誤りである。また、被告が主張するように、ともに原材料が植物繊維であるという理由だけで紙が布のカテゴリーに入るというのも非常識であり、右同様容易性判断の基準となるものではない。
4 効果の相違(取消事由(3))
(一) 本願考案において不織布を用いたことによる作用効果は、引用考案において吸取紙を用いたことによる作用効果に比し顕著な差異を示しているから、予測性がなく、この点からも不織布を用いる本願考案の容易想到性は否定されるべきである(なお、本願考案にいう吸水、吸湿と引用考案にいう吸湿とは技術的に同義である。)。すなわち、引用考案では吸湿率(吸水率)が最大でも一八五パーセントであるのに対し、本願考案では二七三パーセント、二九七パーセント、三一三パーセントの吸湿率を示し、高効率の除湿作用を行つている。かかる吸湿率の顕著な差異は、両考案の構成上の差異によりもたらされたのである。
(二) 被告は、本願考案において塩化カルシウムだけの吸湿率を求めようとするのであれば、吸湿性の不織布が吸収した吸湿量を差し引いて算出すべきである旨主張する。しかし、吸湿性ある不織布だけで空気中の水分を吸収することはできず、本願考案に係る除湿布の吸湿は除湿剤である塩化カルシウムのみに負うのである。吸湿性ある不織布は、塩化カルシウムの吸湿した水分を包水する容器であるから、塩化カルシウムの吸湿率を算出するに当たり、不織布の吸湿量を差し引く必要はないのであるから、本願明細書に示された吸湿率の算出に誤りはない。また、引用例には、吸取紙乾燥剤の吸湿量算出に当たり、被告主張のように吸取紙の容湿量を除いたことを窮わせる記載はない。むしろ、引用例によれば、吸収保持されている塩化カルシウムの重量に対する吸湿量の重量比として表わされているところからみて、引用考案においても本願考案同様、増加重量を塩化カルシウムの重量で除して吸湿率を算出していることが看取されるのである。
(三) 被告は、吸湿性の一般的な定義を挙げて反論するが、これは、本願考案に「吸湿性ある不識布」と記載されている点を形式的に取り上げたものにすぎず、吸湿性ある不織布が空気中に放置しておくだけで吸湿を発揮するなら、もともと乾燥剤の考案で苦慮することなど起りうべきもない。被告の主張するように、吸取紙がそれ自体で自重の一八〇パーセントもの湿分を吸収するのであれば引用公報4欄の表から引用考案は高々三〇分たらずの間に吸取紙の吸湿力だけで自重の一八〇パーセントもの湿分を吸取した計算になつてしまう。そうでなければ、塩化カルシウム自体の吸湿量は算定できないわけである。しかしそうだとすると、多湿な日本では、吸取紙は湿分を多く吸取して使いものにならないことは明らかである。
引用考案は吸取紙の自重の一八〇パーセントまでの容量があることを示したにすぎず、したがつて、引用公報の4欄の表に明らかなように四時間以降は飽和状態となつて、それ以降は塩化カルシウム自体吸湿ができないことを明確にしているのである。
不織布に、それ自体に湿分の吸収力があるものを用いなければ、塩化カルシウムによつて吸湿した水分を捕獲できないわけであり、「吸湿性ある不織布」とは、塩化カルシウム自体が空気中の湿分を吸取しやすい不織布ということにすぎず、それ自体で自重の何倍もの水分を吸収しうるなど当業者が考えるはずもないのである。
以上のとおり、この点についての被告主張は誤りである。
第三 請求の原因の認否及び被告の主張
一 請求の原因一ないし三は認め、同四は争う(但し、吸取紙が植物繊維よりなり抄紙法により製造されたものであること、甲第九ないし第一一号証(枝番を含む。)が本願出願前における当業者間の技術常識を示すものであること、本願考案にいう吸水と引用考案にいう吸湿が技術的に同義であることは認める。)。審決の認定判断は正当であり、次に述べるように、原告の取消事由はいずれも理由がない。
二 被告の主張
1 本願考案及び引用考案の特徴について
後記のように吸取紙は構造上織つたり編んだりされておらず、また、抄紙法により製造されてはいるが、薄くするため圧力がかけられていないから、繊維間の空間の大きいことは不織布と変わるところはない。更に、本願明細書には布を何枚も重ねることについての記載はないから、布を重ねることを前提とする原告の主張は失当である。次に引用考案も一頁左下欄四行ないし末行、二頁左上欄一行ないし四行等の記載からみて、塩化カルシウム乾燥剤の吸湿能力を高めるという課題だけではなく、湿分を吸収して生ずる水溶液を容水量の大きい吸取紙内に包水し、水溶液を外に出さなくてもすむという不織布を用いた本願考案と同じ技術を開示しているものということができるから、引用考案が多孔性基材が塩化カルシウムから吸収した湿分を保有し包水性を高める点を開示していないとの原告の主張は誤りである。
2 取消事由(1)について
引用公報には、引用考案が乾燥材に吸取紙を用いて乾燥材中の塩化カルシウムの吸湿能力の強化を図ることを目的とすることが記載されているから、その点においては原告主張の本願考案の目的と変わるところはない。したがつて、取消事由(1)は理由がない。
3 取消事由(2)について
原告が取消事由(2)の(二)において主張する不織布及び紙の定義は、それが記載されている現代国語辞典の性格上ごく一般的なことがらに関する説明にすぎない。不織布を技術的見地から定義すれば、原告が取消事由(2)の(三)において主張するとおりであり、要するに不織布とは、繊維を用いて従来の紡績、製織、編組以外の方法で作られたシート状の材料であるということができる。そして、繊維には、合成繊維、羊毛繊維、セルロース等の植物性繊維が含まれることは自明な事項であるから、植物性繊維を原料として紡績、製織、編組の方法によることなく薄く抄いて作つた紙も、不織布の範ちゆうに入るということができ、繊維間の空間が大きいことは不織布と変わるところはない。
また、不織布が吸湿、吸水性を有するか否かはその原料となる繊維の種類によるものであつて、その繊維自体が吸湿、吸水性のものであれば、その不織布は当然吸湿、吸水性を有するものである。このことは、不織布の範ちゆうに入る吸取紙が一般に吸湿、吸水性あるセルロース繊維等の原料から作られたものであることからも明らかである。そして、吸湿、吸水性ある繊維により作られた不織布は、本願出願前周知であつた。
したがつて、引用考案の吸取紙に代えて吸湿性の不織布を採択することは当業者にとつて極めて容易であつたということができ、これに反する原告の主張は理由がない。
4 取消事由(3)について
原告が指摘する本願明細書に記載された本願考案に係る除湿布の吸湿率は不正確である。すなわち、本願明細書の記載によると、二七三パーセントの場合の算出は、塩化カルシウムと不織布とからなる試料(乾燥重量三グラム)を放置して増加重量を測定した結果が六・七グラムであつたから、その増加重量を試料中の塩化カルシウムの重量(二・四五)で割つて、単純に吸湿率を計算しただけのものであつて、正確に試料の吸湿率を求めるとすると、その試料の増加重量(六・七グラム)を、その試料の乾燥重量(三グラム)で割つて百分率として算出しなければならず、そのように計算すると二二三パーセントとなる。同様に、前記二九七パーセントと、三一三パーセントとの場合を正確に計算し直すと、二二三パーセントと二〇二パーセントと、低い値になる。
塩化カルシウムと吸湿性の不織布とからなる本願考案の除湿布の吸湿は、塩化カルシウムに負うばかりでなく、不織布によつても行われるものであるから、もし、本願明細書に記載されているように塩化カルシウムだけの吸湿率を求めようとすれば、吸湿性の不織布が吸水した吸水量を差し引いて算出しなければならない。それに対し、本願明細書に記載の塩化カルシウムの吸水率の計算法は、不織布の吸湿量について何ら考慮しておらず、間違つた計算法であり、また、それによつて計算された吸湿率は正確な値より大きな値となつている。
一方、引用公報に記載の乾燥材、すなわち吸取紙乾燥剤の吸湿量は、その表によると吸湿時間四時間で一八五パーセントと表示されているが、その吸湿量は塩化カルシウムの重量に対する吸湿量の重量比と説明されており、その値は吸取紙の容湿量(一八〇パーセント)を除いた正確な値となつている。この引用例の吸取紙乾燥剤の吸湿量に、吸取紙の吸湿量を加算すれば、その吸湿率は一八五パーセント以上の高い値となり、本願考案の前記計算し直した吸湿率より高い値を示すといえる。
したがつて、本願考案の除湿布の吸湿率が正確に算出されていないため、引用例の吸湿率と正確に比較できないとしても、両者はその作用効果において顕著な差異があるとはいえず、この点原告の主張は失当である。
原告は、吸湿性ある不織布だけでは、空気中の湿分を吸収することができない旨主張しているが、吸湿性ある不織布はその名の通りそれ自体吸湿する能力を有するものである。したがつて、吸湿性のある不織布は、それが置かれた環境に湿分があれば、他の吸湿材と同様に吸湿することは自明のことであり、技術常識でもある。原告の右主張は理由がない。
第四 証拠関係
本件記録中の証拠関係目録の配載を引用する。
理由
一 請求の原因一ないし三は当事者間に争いがない。
二1 当事者間に争いのない本願考案の要旨及び成立に争いのない甲第二、第三号証(昭和五七年八月五日付実用新案登録願書添付の明細書、図面、昭和六一年一月九日付手続補正書)(本願明細書)によれば、本願考案は、原告が請求の原因四1(一)(1)において主張するように、従来の除湿器に代えて、どこにでも収容できる除湿媒体を提供するため、除湿媒体である除湿布として除湿作用を行う吸湿性ある不織布(吸湿性不織布は吸湿性の繊維により形成されるもので、これが本願出願前周知であつたことは成立に争いのない乙第二号証(特開昭四七-二五四八一号)により明らかである。)を採択したものであり、具体的には、吸湿性不織布として、木綿、麻、ビニロンなどによるものを用いたもので、これら不織布のうち湿式不織布が高効率の除湿作用を行うのに最適であるとされており、かかる不織布に、塩化カルシウムの吸取機能の効率化をはかるため、その溶解液を浸漬した後水を蒸発させて乾燥して塩化カルシウムの再結晶を析出させ本願考案に係る除湿布が得られるものであることが認められる。
2 引用例記載の内容が審決摘示のとおりであることは当事者間に争いがなく、この事実と成立に争いのない甲第四号証(引用例)によれば、引用考案は、市販の塩化カルシウムを用いた固形の無熱乾燥剤において、塩化カルシウムが湿分を多量に吸収すると水溶液となつて取扱いが不便となり、そのうえ塩化カルシウムの表面のみ多量に吸湿して内部への浸透が遅いという欠点があつたため、これらの欠点を解消し塩化カルシウムの吸湿速度を早め、かつ吸湿量を増大することを目的として、塩化カルシウム液を、容水量が多く毛細管作用の強い性質を有する吸取紙に吸収させ、これを加熱乾燥することにより吸取紙に内部までまんべんなく塩化カルシウム微粒子を分布して保持させたこと、その結果、塩化カルシウムは水溶液化することなく、短時間のうちに多量の湿分を吸収できるようになつたこと、かように、引用考案は、塩化カルシウムの吸湿速度、吸湿量を高め、その吸湿能力の強化をもたらす効果を奏したものであることが認められる。
三 取消事由の判断
1 両考案を対比すると、両者は、本願考案が布として吸湿性不織布を用いているのに対し、引用考案が容水量が大きくかつ毛細管作用の強い吸取紙を用いている点において相違するが、その余の構成において実質的に同一であることは当事者間に争いがなく、また、本願考案の除湿布に用いられる不織布も引用考案に用いられる吸取紙もともに織つたり編んだりしないで作られたシート状の繊維集合体材料(以下「不織繊維集合体」ともいう。)であつて吸湿性を有することも当事者間に争いがない。換言すれば、両考案は、ともに吸湿性の不織繊維集合体に塩化カルシウムの再結晶を析出してなる除湿媒体である点において一致し、右吸湿性不織繊維集合体が本願考案では不織布であり、引用考案では吸取紙である点において相違することは当事者間に争いがない。
2 取消事由(1)について
前記二に認定した事実及び前掲甲第二ないし第四号証によれば、本願考案も引用考案も原告主張のように塩化カルシウムの吸湿能力自体をより一層効率よく発揮させることを目的としていることにおいて差異はないものと認められるのであり、後行の技術が先行の技術に比しより高度のものを求めるのは当然のことであることをも勘案すれば、本願考案が吸取紙による吸湿効果を凌駕することを目的とし、その手段として吸取紙に代えて吸湿性の不織布を採択したとしても(その採択の難易については後に検討する。)、吸取紙による効果を凌駕することを目的としたこと自体について引用考案から予測が困難であるということはできない。
よつて、取消事由(1)は理由がない。
3 取消事由(2)について
(一) 前掲甲第二、第三号証(本願明細書)によれば、本願明細書の考案の詳細な説明は、「布」を天然繊維及び化学繊維による織物、天然繊維及び化学繊維による織らない布である不織布、紙によつて布状に形成されたものを意味するとし、本願の実用新案登録請求の範囲は、出願当初「(1)布に塩化カルシウムの再結晶を析出させてなる除湿布。(2)布に吸湿性ある湿式不織布を用いた実用新案登録請求の範囲(1)項記載の除湿布」と記載されていたが、その後「吸湿性ある不織布に塩化カルシウムの再結晶を析出させてなる除湿布。」と補正されたことが認められる。右補正経緯によれば、本願考案は除湿布を形成する布は、右の三種のものすぺてを包含していたが、補正により織物及び紙により形成された布を除外し「吸湿性ある不織布」に限定されたものであるということができる。そこで、本願考案の吸湿性不織布が引用考案における吸取紙から極めて容易に想到し得るものであるか否かについて検討する(右にいう天然繊維とは動物繊維も含むものと解されるが、本件においては、引用考案の植物繊維による吸取紙との対比上、天然繊維のうち植物繊維のみを取り上げるものとする。)。
(二) 前紀二2に認定したように、引用考案は吸取紙の内部にまんぺんなく塩化カルシウム微粒子を分布して保持させたことにより塩化カルシウムの吸湿能力の強化をもたらす効果を得たものであるが、この点に関し、更に検討を加えると、前掲甲第四号証(引用例)には、「本発明は塩化カルシウムの水溶液を吸取紙の如く容水量の大きい、しかも毛細管作用の強い性質を有する物質に吸収せしめたる後、これを一〇〇℃前後にて熱乾燥せしめて成る塩化カルシウムの吸湿能力強化の方法である。上述のように得られた吸取紙はその表面はもちろん内部迄まんぺんなく、しかも微粒子の彩で塩化カルシウムを保持しており、この保持された塩化カルシウムの表面積は同重量の市販塩化カルシウムとは比較にならめ程大きい。このようにして得た吸取紙を吸湿出来る状態におくと、吸取紙の表面より直に湿分を吸収し始めるが、吸取紙内に保持されている塩化カルシウムが微粒子で、まんぺんなく吸取紙内に分布しているため、吸湿速度は速いのみならず、吸取紙の毛細管作用が強いため、吸収された湿分は吸取紙の表面はもちろん内部迄速やかに分散する。このため吸取紙表面の湿分が減少することになり、吸取紙は更に、しかも速やかに湿分の吸収を続けるが、吸取紙の容水量が大きいので、短時間に多量の湿分を吸収することが出来、明らかに塩化カルシウムが強化されたことがわかる。」と記載されていることが認められ(一頁右欄一行ないし二頁左下欄一行)、この記載と成立に争いのない甲第一〇号証の一ないし六(一九八八年四月一二日発行「JISハンドブツク紙・パルプ」四七頁)(これが本願出願前における当業者の技術常識を示すものであることについては当事者間に争いがない。)、第一六号証の一ないし四(昭和四三年一一月五日発行「製紙辞典」七九頁)によつて認められる吸取紙(これが植物繊維よりなり抄紙法により製造されるものであることについては当事者間に争いがない。)は、繊維がかさ高に組み合わされて結合し、多孔性にして吸湿性を有する性質のものであるとの事実に照らせば、前記のように、引用考案において、吸取紙が塩化カルシウムの吸湿能力強化に寄与するのは、繊維がかさ高に結合され、したがつて、繊維間に空間が存し、この空間に湿分を吸収した塩化カルシウムを保持することに由来するものであることが認められる。
一方、成立に争いのない乙第一号証(昭和四〇年四月二四日発行「不織布」七頁)によれば、不織布は文字通り「織らざる布」と定義されており、後記のとおり、植物繊維、合成繊維等の繊維を原料とするものであるが、吸取紙とは、織つたり編んだりしないで作られたシート状の繊維集合体材料(不織繊維集合体)である点で共通していることは当事者間に争いのないところであるから、吸湿性の繊維を用いた不織布にあつて、その繊維相互の結合態様により、吸取紙同様吸取した湿分を保持し得るかさ高い空間を設けた繊維集合体とすることは可能であり、除湿媒体として、塩化カルシウムを内部に分布して保持する媒体である吸湿紙に代えて吸湿性不織布の採択を着想することは極めて容易なことであると認めて差支ないものというべきである。
なお、原告は、引用考案が本願が従来の除湿器に代るべきものとして考案されたものであることを示唆するものではない旨主張する。しかし、前記のとおり、引用考案が本願考案の構成に関し、除湿布を形成する吸湿性不織布が塩化カルシウム微粒子を内部に保持することにより塩化カルシウムの吸湿能力を強化させることについて示唆があると認められる以上、吸湿能力が強化された塩化カルシウムを保持する不織布よりなる除湿布の用途も引用考案の示唆するところというべきである。
(三) 原告は、紙と布との違いを強調し、吸取紙から吸湿性不織布を想到することの困難性を主張する。
たしかに、成立に争いのない甲第五号証(昭和五六年五月二〇日発行「現代国語辞典」一二〇頁)、第六号証(昭和五一年三月二〇日発行「建築大辞典」二八一頁)、第一一号証の一ないし八(一九八五年五月二五日発行「紙のはなしⅠ」一三六頁)によれば、(これが本願出願前における当業者の技術常識を示すものであることについては当事者間に争いがない。)紙の伝統的概念としては、植物繊維を原料とし、水中に懸濁した後水を抄いて絡み合わせる抄紙法により製造するものを指すと理解されていたものと認められるところ、引用考案における吸取紙が植物繊維を原料とし抄紙法により製造されたものであることは当事者間に争いがないから、吸取紙は伝統的概念としての紙の範ちゆうに属するものということができる。
他方、紙の定義についての前掲甲第一六号証の一ないし四(二八頁)には「植物その他の繊維をからみ合わせ、コウ着してできた薄層」、<2>前掲甲第一〇号証の一ないし六(二五頁)には「植物繊維その他の繊維を絡み合わせ、こう(膠)着させて製造したもの。なお広義には素材として合成高分子物質を用いて製造した合成紙をも含む。」と記載され、また、不織布について、前掲乙第一号証には<3>「とにかく繊維を用いて従来の紡績、製織、編組以外の方法で作られたシート材料はすべて不織布に含めて考える、という現状である。」(一〇頁)、「不織布を分類して乾式、湿式とよぶことが多い。乾式とは繊維集合の過程を空気中で行なう方法によるもので・・・・湿式とは繊維集合の過程を水中で行なう方法によるもので、たとえば合成繊維紙を抄紙法によつて作る場合をさすわけである。」(八頁)、<5>「湿式不織布の最も一般的な製造方式は抄紙法であり、合成繊維紙はその代表的な製品である。」(一〇頁)、<6>「(湿式不織布の)バインダーとしては乾式法と同様の接着剤も用いられるが、未アセタールPVA繊維を混抄して接着を行なう方法もある。」(一〇頁)、<7>「針で細かくさして繊維相互をからみ合せて、ある程度の強度をもたせれば立派に不織布ということができる。」「Needled and Shrunk Felts:・・・・多重なウエプを作り、針をさして三次元的に繊維をもつれさせ・・・・・特に接着剤は用いない。」(七頁)と記載されている。前記<1><2>に記載された「植物繊維その他の繊維」の「その他の繊維」とは、合成繊維が繊維の代表的なものであること及び前記<5>の記載に照らしても、合成繊維を含むことは明らかである。また、<3>の記載は不織布に用いる繊維について特段の限定を付していないから、これに繊維として代表的なものである植物繊維と合成繊維が含まれることも明らかなところである(前記二1に認定したように、本願考案における不織布も本綿、麻などの植物繊維及び合成繊維を用いるのである。)。そして、紙は抄紙法により作られるとはいえ、前記<3>に記載された「紡績、製織、編組以外の方法」の「以外の方法」とは、特に限定が付せられていない以上、不織布の製造において抄紙法を排除しているものということはできず、また、前記<4><5>に記載されているように、合成繊維により、抄紙法を用いて作られた合成繊維紙は、紙の名称を付されながらも湿式不織布に含まれるとされ、不織布の繊維の結合についても、<6>に記載されているように、接着剤又は接着性繊維を用いるものもあるが、<7>に記載されているように、接着剤又は接着性繊維を用いることなく機械的方法によるとはいえ、繊維を絡ませているものもある。
このように両者の製造方法これを形成する繊維の種類、その結合態様等をみてくると、紙と不織布の概念上の境界は一線を画したようにしかく判然としたものではなく、両者が不織繊維集合体、すなわち織つたり編んだりしないで作られたシート状の繊維集合体材料である点で共通しているため、当業者は個々の不織繊維集合体がその付せられた名称例えば、「何々紙」とか「何々布」というような表現からは一見、紙又は不織布のいずれかに属するとみられる場合でも、厳密に技術的見地から、当該不織繊維集合体が性質上紙又は不織布のいずれに属するのかいちいち明確に区別して意議することなく、両者の概念を互いに類似で親近性のものとして理解していたものと認めるのが相当である(現に、前掲甲第一一号証の一ないし八(一三七頁)によれば、紙の概念は永久不変のものではなく、科学文明の発達により拡大していくものであることが認められる。)。そして、塩化カルシウムの吸湿能力強化という観点からは、前記のように伝統的な概念において紙の範ちゆうに属し、また、その名称の表現上からも紙として理解されていたものと推認される吸取紙に代えて、その名称の表現から布として理解されていたと推認される不織布を採択することは、その概念の類似性、親近性の故に極めて容易であつたものと認めることができるのである。
原告は吸取紙も吸湿性不織布が不織繊維集合体であることを理由に転用の容易性を肯定することを不当である旨主張するが、前記のように、本件においては、塩化カルシウムの吸湿能力強化が課題であり、かかる観点に立つ限り両者の共通性を不織繊維集合体である点に求め、右の転用の容易性を判断することに誤りはない。
(三) その他原告は紙と不織布の違いを理由に不織布を採択することの困難性をるる主張するので、この主張について検討する。
原告は、紙は水素結合により繊維間結合を強化するもので、この水素結合は水を吸収すると破壊される旨主張する。前掲甲第一一号証の一ないし四、成立に争いのない甲第一四号証の一ないし三(昭和五六年五月二〇日発行「紙の科学、トイレツトペーパーから情報処理まで」)(一〇頁)、第一五号証(昭和五四年一〇月三一日発行「製紙における繊維と水の科学Ⅰ」)(五二一頁)には、紙の植物繊維間の結合は水素結合であり、同結合は水の浸入によつて切断され紙の強さが低下することが記載されていることが認められる。しかし、紙の繊維は水素結合という物理化学的微視的結合によつてのみ結合しているものではなく、紙の強度は繊維が機械的に絡み合つて結合することによつても保たれているものであり、このことは、前掲甲第一一号証の一ないし四(七八頁)に紙の強さの原因として、繊維と繊維の絡み合いによる摩擦があげられていることからも窺うことができる。また、前掲甲第一一号証の一ないし四(八三頁)によれば、紙には水に溶けてほしい紙と溶けては困る紙があることが認められるのであるから、水に溶けて困る紙については、製造工程において当然繊維の絡合いによる結合方法その他についてそれに応じた手段が講ぜられるのである。そして、吸取紙が水に溶けては困る紙であることは明らかであるから、原告の主張は少なくとも本願考案の不織布と対比されるべき吸取紙に妥当しないものというべきである。原告はこの点に関連して、紙と不織布において形成される空間の差を主張するが、紙においても不織布においても、要はその製造目的に照らして空間を形成すれば足りることである。また、原告は、本願考案に用いられる不織布は包水性を有するが、引用考察に用いられる吸取紙は包水性を有せず容水性を有するにすぎない旨主張する。しかし、前認定のように、両考案における不織布も吸取紙も絡み合わされた繊維の空間に塩化カルシウム微粒子が吸収した湿分を保有することにより塩化ヵルシウムの吸湿能力を高めるものであるから、不織布の繊維相互の空間も吸取紙の繊維相互の空間も同じ機能を果たしているものというべきであり、それを包水性といい、容水性というも用語の問題にとどまり、両者の間に本質的相違はないものと認めるのが相当である。
このほか、原告は、紙と不織布の適用、用途、流通経路、商標登録出願の際の商品区分の相違も主張するが、本件においては、塩化ヵルシゥムの吸湿能力強化という観点から吸取紙と吸湿性不織布を対比すれば足りるのであり、その適用、用途において異なつたところがあれば、それに適した性状のものが選択され、それに応じ流通経路を異にするのは当然である。また、商標登録出願の際の商品区分も特許又は実用新案登録要件とは関わりなく、商標法上の見地から定められたにすぎない。いずれの点も、本件の判断を覆すに足りるものではない。
以上説示したところによれば、原告の主張はいずれも吸取紙から吸湿性不織布への転用についての容易性を否定する根拠とすることはできず、原告提出のその他の各書証もその裏付けとはならない。
(四) よつて、取消事由(2)も理由がない。
4 取消事由(3)について
(一) 前掲甲第二、第三号証(本願明細書)によれば、本願考案において吸水率(吸湿率と同義であることは当事者間に争いがない。)とは、塩化カルシウムの吸湿機能を測定するため空気中に本願考案に係る除湿布を放置した際、増加した重量(吸湿量)を除湿布中の塩化カルシウムの重量で除した比を百分率をもつて表わしたものであると認められ、他方、前掲甲第四号証(引用例)によれば、引用例には「吸湿量は吸取紙乾燥剤……については、それぞれ吸収保持されている塩化カルシウムの重量に対する吸湿量の重量比……」と記載されているから、引用考案においても本願考案同様その吸湿率は吸取紙中の塩化カルシウムに対する吸湿量の比を百分率で表わしたものと認められる。そして、前掲甲第二ないし第四号証によれば、両考案の実施例における吸湿率は取消事由(3)の(一)において原告が主張するとおりであると認められ、これによれば、本願考案が引用考案に比しすぐれた効果を示したものと窺われないではない(なお、被告は、引用考案における吸湿率は、吸取紙自身が吸収した水を除いて算出したものである旨主張するが、前掲甲第四号証中には右主張を裏付ける記載を見出すことができない。)。
(二) しかし、前掲甲第三ないし第四号証により、両考案の実施例を対比すると、本願考案で用いられた塩化カルシウム及び吸湿性不織布の量は明示されているものの実験の際の温度、湿度は不明であり、不織布についても湿式不織布とあるのみで、その素材及び嵩密度も明らかでないのに対し、引用考案では、温度(摂氏三〇度)、湿度(七〇パーセント)の下で実験が行われたことは明示されているものの、用いられた塩化カルシウム及び吸取紙の量は不明であり、吸取紙についてもその素材は植物繊維であるとしても具体的に嵩密度は明らかでないことが認められる。かように、両考案の実施例における実験条件が同一であるか否か判然としない以上、原告主張のように単に得られた数値のみを対比して、その効果の優劣を論ずることは相当ではない。
加えて、原告が主張するように、本願考案の実施例で用いられる包水性六〇〇パーセントの不織布が超高吸水性ポリマーからなるものであつたとしても、本願考案がその吸湿性不織布の素材についてなんら限定を加えていない以上、他の素材を用いた場合においても常に右実施例同様引用考案に勝る効果を奏するものであるとまで認めることは困難であるというほかない。
(三) したがつて、本願考案が引用考案に比し顕著な効果を奏するものとは認めがたく、取消事由(3)も理由がない。
四 以上のとおり原告の主張する取消事由はいずれも理由がなく、その他審決を取り消すべき違法の点を認めることができないので、審決の違法を理由に取消しを求める本訴請求を失当として棄却し、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 松野嘉貞 裁判官 田中信義 裁判官 杉本正樹)
別紙図面
<省略>
1…布 2…再結晶粒