東京高等裁判所 平成元年(行ケ)153号 判決
一 請求の原因一ないし三は当事者間に争いがない。
二 認定判断の誤り第1点について
1 本件審決が、第二引用例には、「むしろ本体2に、内部に木本種子8や遅効性肥料9を巻き込んだ筒形の膨出部3が設けられている法面緑化用むしろ。」が記載されていると認定している(請求の原因三2(二)参照)ことは当事者間に争いがない。
2 成立に争いのない甲第四号証(第二引用例)によれば、
(一) 第二引用例中の昭和四六年七月五日付の補正後の実用新案登録請求の範囲には、「わらを編成して形成するむしろに所要間隔をおいて草本、木本類の種子を巻き込んだわら束または数条のわらを編込みあるいは纏着してなる法面緑化用むしろ。」と記載されていること、
(二) 第二引用例中の同日付の補正後の図面の簡単な説明及び図面には、むしろ本体2に、内部に木本種子8や遅効性肥料9を巻き込んだ、外観がまるく細長いほぼ円筒形のわら束からなる膨出部3が設けられている状況が、記載されていること、
が認められる。
3 一般に「筒」という語は、「まるく細長くて中が空になつているもの」を意味することは当裁判所に顕著であり、技術用語としては別のものを意味することを認めるに足りる証拠はない。
前記のとおり、第二引用例記載の膨出部3の外形は、まるく細長いほぼ円筒形であるから、「筒」の外形と同じである。
また、第二引用例記載のもののように、むしろに草本、木本類の種子を巻き込んだわら束を編込みあるいは纏着することを、むしろに草本、木本類の種子を巻き込んだ膨出部を設けると表すことができる。
したがつて、本件審決が、第二引用例には、「むしろ本体2に、内部に木本種子8や遅効性肥料9を巻き込んだ筒形の膨出部3が設けられている法面緑化用むしろ。」が記載されていると認定したことに誤りはない。
4 原告は、内部が中空になつていない第二引用例記載の発明の膨出部3の形状を、内部が中空になつていることを意味する「筒形」とした本件審決の認定は誤りであると主張するが、本件審決が、本願発明の特許請求の範囲にいう「筒体」という語ではなく、「筒形」という語を使用していること及び「内部に木本種子8や遅効性肥料9を巻き込んだ筒形の膨出部3」と認定していることからすれば、本件審決は膨出部の内部構造ではなく外形に着目して「筒形」と認定したものと認められ、膨出部3の外形が筒形であることは前記のとおりであるから、原告の主張は認められない。
また、原告は、第二引用例記載の発明の膨出部3は、むしろに「編込みあるいは纏着」されているものであつて、一旦むしろに取り付けられると、その後は取り外すことができない構成になつているものであるが、前記1の「筒形の膨出部3が設けられている」という本件審決の認定は、右膨出部3がむしろへ編込みあるいは纏着されているという第二引用例記載の発明の重要な特徴を看過誤認したものである旨主張する。
しかし、「設ける」の語は、「(設備などを)作り構える」との意味であり、取外し自在ではない状態をも表すことは当裁判所に顕著であり、膨出部3がむしろに「編込みあるいは纏着」されている状態を、むしろ本体に「筒形の膨出部3が設けられている」と認定した本件審決には誤りはなく、原告の主張は認められない。
三 認定判断の誤り第2点について
1 請求の原因三(本件審決の理由の要点)4中、「本願発明の植生用網状体と第二引用例記載の法面緑化用むしろとは、共に植生用の張設体である点において技術分野を等しくするものであつて、第二引用例記載の発明におけるむしろ本体2は、張設体本体である点において本願発明における網状体と共通」することは、原告の自認するところである。
本願発明の要旨が、「網状体に、植生物の成長を助長する植生用材料が収容された筒体と張芝体が装着されてなる植生用網状体」であることは当事者間に争いがないから、本願発明は、「網状体に植生物の成長を助長する植生用材料が収容された筒体が装着されてなる」ことを構成要件の一部として含むものであることは明らかである。
更に、前記二の2及び3に認定したとおり、第二引用例には、遅効性肥料9を巻き込んだ筒形の膨出部3が記載されており、この膨出部3は、植生物の成長を助長する植生用材料が収容された筒形の植生用材料収容体であるということができることは明らかであり、植生物の成長を助長する植生用材料が収容された筒形の植生用材料収容体であるという点において、本願発明の筒体と基本的に共通しているということができるから、これと同旨の本件審決の認定判断には誤りはない。
成立について当事者間に争いのない乙第一号証によれば、昭四三―第一九四八五号実用新案出願公告公報(昭和四三年八月一四日公告)には、盛土法面保護のための植生被覆層を形成するための、中空の袋体に有機物、肥料、種子及び保水剤を容れた植生体が記載されていることが、成立について当事者間に争いのない乙第二号証によれば、昭四四―第一五五一号実用新案出願公告公報(昭和四四年一月二二日公告)には、斜面緑化保護のための植生網体に中空の帯状の袋に肥料を充填したものを取り付けることが、成立について当事者間に争いのない乙第三号証によれば、昭四五―第三二八九二号特許出願公告公報(昭和四五年一〇月二三日公告)には、法面保護のための法面植生工法において、中空の袋体に種子及び肥料等を収納した植生基体を使用する方法が記載されていることが、成立について当事者間に争いのない乙第四号証によれば、昭四八―第七四五三号実用新案出願公告公報(昭和四八年二月二六日公告)には、法面保護のための植生被覆層を形成するための、中空の細長い円筒形の袋体に植生種子及び肥料を充填した植生袋が記載されていることが、成立について当事者間に争いのない乙第五号証によれば、昭五一―第三八八四〇号実用新案出願公告公報(昭和五一年九月二二日公告)には、法面保護のための植生被覆層を形成するための、中空の袋体に種子、肥料及び土壌改良剤の混合物を収納した植生具が記載されていることが、それぞれ認められる。
右認定の事実によれば、法面保護のための植生被覆層を形成するための植生用張設物の技術分野において、中空の袋等の収容空間を有するものに植生用材料を収容することは本願出願当時既に周知の技術であつたものと認められる。
そうすると、第二引用例には、本願発明と技術分野を同じくする植生用の張設体に関する技術として、「張設体本体に、植生物の成長を助長する植生用材料が収容された筒形の植生用材料収容体を装着する」という、本件審決が認定した本願発明と第一引用例記載の発明との相違点における本願発明の構成と共通する技術が開示されているものであり、また、法面保護のための植生被覆層を形成するための植生用張設物の技術分野において、中空の袋等の収容空間を有するものに植生用材料を収容することは本願出願当時、周知の技術であつたものであるから、本願発明と第一引用例記載の発明との相違点における本願発明の構成を第二引用例の記載及び周知の技術に基づいて当業技術者が想到することには困難はないものと認められる。
2 原告は、本願発明の筒体は内部が中空になつていて、その内部に植生用材料を随時充填することが可能な構成のものであり、かかる筒体であるが故に、植生施工現場においてその現場の状況に適合する最適の植生用材料を任意に選択して筒体に充填することが可能となるものであり、また、本願発明の筒体を網状体に装着によつて取り付ける方法は、筒体が網状体から取外し可能な構成になつているものであり、その構成によつて、現場条件に合わせて任意に植生用材料を選択して装着できるという効果を実現するものであつて、本件審決の、「第二引用例には、「張設体本体に、植生物の成長を助長する植生用材料が収容された筒形の植生用材料収容体を装着する」という前記相違点に関する本願発明と軌を一にする技術内容が示されている」旨の認定判断は誤りであり、本願発明と第一引用例の発明の相違点である「網状体に、植生物の成長を助長する植生用材料が収容された筒体が装着されている点」は、第二引用例に明示の記載も示唆もない旨主張する。
(一) しかし、本願発明は、「網状体に植生物の成長を助長する植生用材料が収容された筒体が装着されてなる」ことを構成要件の一部として含むものであることは、右1に判断したとおりであり、本願発明は、網状体に装着された筒体には既に植生用材料が収容されたものであることを構成要件に含むものであるから、植生用材料を随時収容、即ち随時充填することが可能である構成にはなつていない。また、原本の存在及び成立について当事者間に争いのない甲第二号証の一ないし三(同号証の一は本願特許願、同二は本願特許願添附の明細書(本願明細書)、同三は本願特許願添附の図面(以下「本願図面」という。))によれば、本願明細書中及び本願図面中には、既に植生用材料を収容している筒体を網状体に装着する旨の記載はあるが、本願発明が植生用材料を随時収容、即ち随時充填することが可能である構成になつていることを認めるに足りる記載のないことが認められる。
したがつて、内部に木本種子や遅効性肥料を巻き込んだ筒形の膨出部が設けられている第二引用例記載の法面緑化用むしろの膨出部と本願発明の筒体とは植生用材料を随時充填できるものではないことにおいては同様であり、この点において、本願発明と第二引用例記載の発明との間に差異はない。
(二) 一般に、「ある部材にある部材を装着する。」という場合の「装着」という語は、「取り付ける」という意味であり、それが、取外し可能に取り付けるものか、取外し不能に取り付けるものかの限定はないことは、当裁判所に顕著であり、技術用語としてはこれと異なり、取外し可能に取り付けるとの意味を有することを認めるに足りる証拠はない。
前記甲第二号証の二によれば、本願明細書の特許請求の範囲の欄には、第1項として「網状体に、植生物の成長を助長する植生用材料が収容された筒体と張芝体が装着されてなる植生用網状体。」と記載されていること、第2項には、「網状体と張芝体の間に、…筒体がサンドイツチ状に装着されてなる特許請求の範囲第1項の植生用網状体。」との記載があること、第3項には、「網状体に張芝体が貼着され、…筒体が網状体の下部に位置するように装着されてなる特許請求の範囲第1項の植生用網状体。」との記載があること、第4項には、「網状体に張芝体が貼着され、…筒体が張芝体の下部に位置するように装着されてなる特許請求の範囲第1項の植生用網状体。」との記載があることが各認められる。
即ち、必須要件項である右特許請求の範囲第1項において、筒体と張芝体が網状体に装着されることが記載されているが、実施態様項である特許請求の範囲第2項ないし第4項においては、張芝体は網状体に貼着され、筒体は装着されるものと記載されている。
前記甲第二号証の二によれば、本願明細書の発明の詳細な説明の欄に、「第2図は、網状体1に張芝体3が貼着され…(中略)…ているものであり、網状体と張芝体は糊剤かヒートシールによつて貼着する。第3図は、網状体と張芝体を前記したように糊剤かヒートシールによつて貼着した後…」(甲第二号証の二の四頁一五行から五頁一行まで)と記載されていることが認められるように、「貼着」の語は、糊等の接着剤で「貼り着ける」との意味と解することができ、取外し不能に取り付ける一態様であると認められる(貼着が取外し不能に取り付ける場合にあたることは原告が自ら認めるところでもある。)。
したがつて、必須要件項である右特許請求の範囲第1項において、張芝体が網状体に「装着され」るものと記載されているのは、実施態様項である特許請求の範囲第2項ないし第4項にいう「貼着され」る場合、即ち、取外し不能に取り付けられる場合を含む趣旨であると認められるところ、特許請求の範囲第1項においては、前記のとおり、「筒体と張芝体が装着されてなる」と、筒体と張芝体が一まとめに記載されているのであるから、筒体が網状体に「装着され」るのも取外し不能に取り付けられる場合を含む趣旨であると認められる。
前記甲第二号証の二によれば、本願明細書の発明の詳細な説明の欄には、「次に網状体に植生用材料を収容した筒体(以下単に筒体という)、張芝体をどのように装着するかを説明するが、装着方法を示しているのが、第1図、第2図、第3図である。
第1図は、網状体1、張芝体3の間に筒体2をサンドイツチ状に挟着しているところを示しているもので、ホツクリング4あるいは、針金で止めるか止めずして、Aの部分をヒートシールあるいは縫合もしくは糊接着するものである。このような形態で装着する場合は、あらかじめ製造工場で製造しておくもので、第1図の形態が最も一般的である。
第2図は、網状体1に張芝体3が貼着され、網状体1の下部に筒体2が位置するようにホツクリング4あるいは針金で装着されているものであり、網状体と張芝体は糊剤かヒートシールによつて貼着する。
第3図は、網状体と張芝体を前記したように糊剤かヒートシールによつて貼着した後、張芝体の下部に位置するように、ホツクリングあるいは針金によつて筒体を装着する。
上記した第2図、第3図で示した形態のものは筒体の装着を製造工場で装着する場合と、工事する施工現場において装着する場合の二通りある。」(甲第二号証四頁三行から五頁七行まで)と記載されていることが認められる。
ところで、右記載と、前記甲第二号証の三を併せて検討すると、第1図記載のものは、前記特許請求の範囲第2項の実施態様項に、第2図記載のものは、前記特許請求の範囲第3項の実施態様項に、第3図記載のものは、前記特許請求の範囲第4項の実施態様項に各相当する実施例であることが認められ、これらの実施例において、筒体が網状体に取外し可能に装着されているとしても、前記のとおり取外し不能に取り付けられている場合を含む本願明細書の特許請求の範囲第1項の「装着」が取外し可能な場合に限定されると解釈することはできない。
したがつて、内部に木本種子や遅効性肥料を巻き込んだわら束、即ち筒形の膨出部が編込まれあるいは纏着されている設けられている第二引用例記載の法面緑化用むしろと本願発明とは植生用材料を収容した筒形のものが取外し不能に装着される場合を含むことにおいては同様であり、この点において、本願発明と第二引用例記載の発明との間に差異はない。
(三) 前記甲第二号証の二によれば、本願明細書の発明の詳細な説明の欄には、本願発明の作用効果について、原告主張のとおり、
(1) 本発明は、現場における種々の緑化困難条件を克服できるよう、筒体に種々の植生用材料を充填して装着した植生用網状体である点に極めて進歩性があり、瘠悪地においては、植生用材料に肥料、酸性地にあつては植生用材料に炭カル、消石灰等の土壌改良剤、乾燥地にあつては植生用材料として保水材と現場条件に合わせて任意に植生用材料を選択して装着できるのである。(甲第二号証の二の五頁八行から一六行まで)
(2) 従来は一つの法面であれば、種々の緑化困難条件に適応すべくもなく、画一的な工法しか実施できず、植生物の成育に支障をきたしていた現場にあつても、支障する条件を改善する植生用材料を筒体に充填しているので、植生物は、現場の植生困難条件を克服して旺盛に成育する。(甲第二号証の二の七頁八行から一三行まで)との記載があることが認められる。
原告は、本願発明の筒体は内部が中空になつていて、その内部に植生用材料を随時充填することが可能な構成のものであり、かかる筒体であるが故に、植生施工現場においてその現場の状況に適合する最適の植生用材料を任意に選択して筒体に充填することが可能となるものであることにより、右のような効果を奏することができるとし、これに対し第二引用例記載の膨出部の内部は中空になつておらず、更に、この膨出部は一旦むしろに取り付けられるとその後は取外しできない構成になつていて、第二引用例記載の発明は、植生施工現場において、その現場の状況に適合した最適の植生用材料を任意に選択して膨出部に充填することができないものであつて、従来の画一的な植生工法の域を出ないものであると主張する。
しかし、本願発明の筒体が、その内部に植生用材料を随時充填することが可能な構成のものであるとは認められないことは右(一)に判断したとおりであり、また、本願明細書の発明の詳細な説明の欄には、最も一般的であるとされている第1図の形態で筒体を装着する場合は、あらかじめ製造工場で製造しておくものである旨の記載があることは右(二)に認定したとおりであり、植生施工現場においてその現場の状況に適合する最適の植生用材料を任意に選択して筒体に充填することが可能となるのは、本願発明の要旨に含まれる一部の実施例の秦する効果にすぎず、本願発明の全てが奏する効果とは認められない。
そして、内部に木本種子や遅効性肥料を巻き込んだ筒形の膨出部が設けられている第二引用例記載の法面緑化用むしろと本願発明とは植生用材料を随時充填できるものではないこと及び植生用材料を収容した筒形のものが取外し不能に装着される場合を含むことにおいては同様であり、これらの点において、本願発明と第二引用例記載の発明との間に差異はないことは前記(一)及び(二)に判断したとおりであり、また、本願発明の筒体が中空であり、第二引用例記載の筒形の膨出部は中空とはいえないが、植生用材料を収容すること及び植生用材料を収容して張設体本体に装着された状態での作用効果には差異がないものと認められる。
したがつて、作用効果からみても、本件審決の、「第二引用例には、「張設体本体に、植生物の成長を助長する植生用材料が収容された筒形の植生用材料収容体を装着する」という前記相違点に関する本願発明と軌を一にする技術内容が示されている」旨の認定判断に誤りは認められない。
3 以上のとおりであるから、本願発明と第一引用例記載の発明との相違点が第二引用例記載の発明から容易に想到できるものとした本件審決の認定判断には誤りは認められない。
四 よつて、その主張の点に判断を誤つた違法のあることを理由に、本件審決の取消しを求める原告の本訴請求は理由がないから棄却することとする。
〔編注〕本願発明の要旨は左のとおりである。
網状体に、植生物の成長を助長する植生用材料が収容された筒体と張芝体が装着されてなる植生用網状体。