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東京高等裁判所 平成元年(行ケ)169号 判決

一 請求の原因一ないし三(特許庁における手続の経緯、本願発明の要旨及び審決の理由の要点)は当事者間に争いがない。

二1 右当事者間に争いのない本願発明の要旨並びに成立に争いのない甲第二号証及び第三号証の一、二(以下「本願明細書」と総称する。)によれば、本願発明は、ブタジエンのようなエチレン性不飽和単量体の重合用触媒として用いられることをその用途とし、前記本願発明の要旨のAのとおりの組成からなり、約〇・一重量%より多い窒素は含んでいないバリウム化合物と同要旨のBのとおりの組成からなるリチウム化合物とから形成される錯体であつて、右バリウム化合物とリチウム化合物とのモル比を同要旨記載のとおりの範囲に限定してなる触媒組成物に関するものであることが認められる。

2 そして、引用例に審決摘示(ただし、審決の理由の要点3の(イ)のみ)のとおりの記載があることは当事者間に争いがなく、更に、引用例記載の発明が、その触媒組成物を構成するバリウム化合物とリチウム化合物の組成及びモル比、用途(技術分野)(以上は審決の理由の要点4(一))並びにバリウム化合物からアミン溶媒を分離する方法(同(二)の(ロ))の点で本願発明と一致又は重複し、バリウム化合物の窒素含有量の点を除けば本願発明との間に差異がないことも当事者間に争いがない。

三 取消事由に対する判断

1 取消事由(1)について

原告は、まず、取消事由(1)として、審決が、引用例にバリウム化合物の窒素含有量を〇・五重量%以下にする点の開示があるとの認定を前提として、本願発明と引用例記載の発明が、バリウム化合物の窒素含有量の点でも重複すると判断した点の誤りを主張しているので、判断する。

(一) 成立に争いのない甲第五号証(引用例)によれば、引用例には、その触媒組成物の構成成分であるバリウム化合物の窒素含有量について、「本発明のバリウム塩はアミン溶媒からの約〇・五重量%までの結合窒素(液相と固相を含めた全部の塩に基づく)を、例えば(CH3NH)2Baとして含有することがある。これを触媒調製後、蒸溜等によつて反応終了時に完全に除去しなくともよい。」との記載(二四三頁左上欄一八行ないし右上欄二行)があることが認められる。

(二) しかして、前記当事者間に争いのない引用例の記載及び前掲甲第五号証、殊にその「バリウム塩の調製後、アミン又はアンモニアはバリウム塩に悪影響しない温度、圧力及び溶媒を利用した蒸溜、真空蒸発、溶媒抽出等によつて分離される」(二三九頁左上欄六行ないし九行)との記載に徴すれば、引用例は、その触媒組成物を構成する一成分であるバリウム化合物につき、アミン溶媒又は液体アンモニアを分離したバリウム化合物そのものを開示しているものであり、他方、右バリウム化合物の製造過程で使用されるアミン溶媒又は液体アンモニアは最終的には分離すべき不純物として捉えていることが明らかである。しかして、右バリウム化合物に含有される窒素は右アミン溶媒又は液体アンモニアに由来するものであるから(この点は当事者間に争いがない。)、右のように引用例がアミン溶媒又は液体アンモニアを不純物として捉えているものである以上、それに由来する窒素も本来は残存しないことが望ましい不純物として捉えられているものであることは明らかであり、また、右(一)認定の記載における「約〇・五重量%までの結合窒素…を、例えば(CH3NH)2Baとして含有することがある」との文言自体に照らしても、同記載は、被告主張のとおり、不純物である残存窒素について、引用例記載の発明における許容量が約〇・五重量%までであることを示しているものと解するのが相当である。

(三) そして、前掲甲第五号証の全記載に徴しても、他に引用例中に、引用例記載の発明が、その触媒組成物を構成するバリウム化合物として、〇・一重量%以下の窒素含有量のものを特に排除していることを示唆するような記載を見出すことはできないから、引用例にバリウム化合物の窒素含有量が〇・一重量%以下である場合の開示がないということもできず、そうである以上、本願発明が特許請求の範囲で規定するバリウム化合物における〇・一重量%を超えない窒素含有量が、引用例のバリウム化合物の窒素含有量と重複するものであることも明らかというべきである。

この点に関し、原告は、前記(一)認定の引用例の記載は、バリウム化合物中の窒素の除去を〇・五重量%程度に止め、それ以上、完全又は完全近くにまで除去しないことを勧めているものであつて、引用例記載の発明にもバリウム化合物が〇・一重量%以下の窒素しか含まない場合があることまで示しているものではないなどと主張しているところ、たしかに、前掲甲第五号証によれば、引用例には、右記載中でバリウム化合物の窒素含有量を約〇・五重量%とした理由が具体的に示されているわけではなく、バリウム化合物から窒素を完全又は完全近くまで除去して実験したことを確認するに足りる記載やその場合にいかなる作用効果の差異が生じるかを具体的に示す記載があるわけでもないことが認められる。

しかしながら、引用例がバリウム化合物中の窒素を本来は残存しないことが望ましい不純物として捉えているものであることは前記認定説示のとおりであり、また、一般に、特定の化合物から不純物を除去する場合、これをどの程度まで除去するかは経済性等との兼ね合いから適宜決定するのが通常であると解されることに徴すれば、前記(一)認定の引用例の記載をもつて、少なくとも積極的にバリウム化合物から窒素を完全又は完全近くまで除去しないよう勧めているものと解せないことは明らかであり(他に引用例中にそのようなことを示唆するような記載も見出せない。)、かえつて、右記載は、既に認定したとおりバリウム化合物の残存窒素の許容量を示すものであり、したがつて、敢えて明記がなくとも、引用例記載の発明において、バリウム化合物中の残存窒素が約〇・一重量%以下であれば更に望ましいとの示唆をも含んでいるものと解するのが相当であるから、この点に関する原告の主張は採用しがたい。

(四) したがつて、この点に関する審決の認定判断に何ら誤りはなく、原告主張の取消事由(1)は理由がない。

2 取消事由(2)について

次に、原告は、取消事由(2)として、少なくとも引用例にはバリウム化合物の窒素含有量を〇・一重量%以下とすること及びそれによる作用効果に関する具体的な記載はないところ、本願発明はこれを具体的に限定することで引用例の記載から予測し得ない顕著な作用効果を奏し得たものであるから、両発明は別発明とされるべきであるのに、審決はこの点の認定判断を誤つた旨主張するので判断する。

(一) 引用例に、前記1(一)認定の記載中でバリウム化合物の窒素含有量を約〇・五重量%とした理由が具体的に示されているわけではなく、バリウム化合物から窒素を完全又は完全近くまで除去して実験したことを確認するに足りる記載やその場合にいかなる作用効果の差異が生じるかを具体的に示す記載があるわけでもないことは、前記1(三)認定のとおりである。

(二) そこで、本取消事由の前提をなす、本願発明がバリウム化合物の窒素含有量を〇・一重量%以下に限定することにより引用例の記載からは予測し得ない顕著な作用効果を得られたとする点について検討するに、原告は、この点を示す本願明細書の記載として、実施例六における表4Aと表4Bとの対比を挙げており、前掲甲第二号証及び第三号証の一、二(本願明細書)によれば、本願明細書には、実施例六として、式Ba〔(tBuO)1.8(OH)0.2〕を有するバリウム化合物とn―ブチルリチウムとで調製した触媒組成物を用いてブタジエン―1,3を重合する実験において、該触媒化合物の構成成分であるバリウム化合物が窒素を「認められる量」含有している場合(表4A)と〇・〇一重量%又はそれ以下しか含有しない場合(表4B)の重合時間と変換率の対比が示されており、これによれば、原告主張のとおり、表4Aのものは変換率が六〇パーセントを超えるのに六ないし八時間を要しているのに対し、表4Bのものでは二時間しか要していないことが認められる。

しかしながら、表4Aのバリウム化合物の窒素含有量については、右のとおり「認められる量」と記載されているだけであり、更に、右実施例六の説明中に表4Aの重合実験の参照例として挙げられている前記米国特許第三九九二五六〇号明細書(前掲甲第六号証)(引用例に係る特許出願の優先権証明書であつて引用例に対応するものであることにつき当事者間に争いがない。)の実験11及びこれに対応する引用例(前掲甲第五号証)の重合実験番号11(二四四頁第二表)に関する記載をみても、使用されたバリウム化合物の窒素含有量に関する具体的数値は何ら記載されていない。そして、前掲甲第二号証及び第三号証の一、二(本願明細書)によればバリウム化合物の窒素含有量に影響する因子であることが窺われるバリウム化合物からのアミン溶媒等の分離の際の真空乾燥温度にしても、引用例には、「アミン又はアンモニアを塩から単純に蒸発させ、…真空中で例えば(、、、)約五〇℃で乾燥させ」(二三九頁左上欄九行ないし一一行)との記載があるのみであることをも参酌すれば、表4Aの実験に用いられたバリウム化合物の窒素含有量の具体的数値は厳密には不明というほかない。また仮に、原告主張のようにこれを少なくとも本願発明の特許請求の範囲が窒素含有量の上限値として記載する〇・一重量%よりは多いものと仮定しても、これと対比すべき表4Bの実験において採用されている触媒組成物中のバリウム化合物の窒素含有量は〇・〇一重量%であつて、右上限値である〇・一重量%との間に一〇倍もの差異があるのであるから、右窒素含有量が〇・〇一重量%の場合は表4Aとの間に前記認定のような重合速度の差異が認められるとしても、その結果をもつて、同じく本願発明に包含される窒素含有量〇・一重量%のバリウム化合物を含む触媒組成物を用いた場合の結果を推し量ることは到底できないものといわざるを得ない。してみると、原告が根拠とする本願明細書の実施例六に関する記載は、引用例(本願明細書表4A)と本願発明の一部(同表4B)との対比をしているにすぎないものといわざるを得ないから、かかる記載のみによつては、原告の主張するように、本願発明が、その触媒組成物中のバリウム化合物の窒素含有量を特許請求の範囲のとおりに限定したことにより、引用例からは予測し得ない顕著な作用効果を奏し得たものと認めることはできない。

そして、本願発明と引用例記載の発明のように、その触媒組成物の用途や構成成分の組成及びモル比において差異がなく、その一構成成分であるバリウム化合物の窒素含有量においても重複するものにあつて、右の窒素含有量〇・一重量%を境に、それ以下のものとこれを超えるものが別発明になるというためには、少なくとも、右数値を境に両者の奏する作用効果が質的又は量的に本質的に相違するものであることが明細書上明瞭に示されていることを要するところ、本願発明がこのようなものであると認めるためには、少なくとも、本願発明における上限値である約〇・一重量%の窒素含有量を有するバリウム化合物を含む触媒組成物による重合実験の結果が開示され、これを引用例の重合実験結果と対比検討したうえで右のような顕著な差異の存在が確認される必要があるが、前掲甲第二号証及び第三号証の一、二(本願明細書)の全記載に徴しても、かかる点を確認するに足りる実験結果を示す記載を見出すことはできない。

(三) そうであれば、原告主張の取消事由(2)の主張も、その前提において既に失当であることが明らかであるから、その余の点を検討するまでもなく、理由がないものといわざるを得ない。

3 以上のとおり原告主張の取消事由はすべて理由がなく、一件記録に徴するも、他に審決を違法とすべき事由は見出せない。

四 よつて、原告の本訴請求を失当として棄却する。

〔編注〕本願発明の要旨は左のとおりである。

A 一般式

Ⅰ <省略>

〔式中少なくとも一個のRはメチル又はシクロヘキシル基であり、かつ残りのRは同じでも異なつたものでもよく一個から六個までの炭素原子を有するアルキル及びシクロアルキル基からなる群から選ばれ、aのbに対するモル比は約九九・五対〇・五から八八対一二までである〕

及び

Ⅱ <省略>

〔式中Rは上で定義されたとおりであり、R´は同じものでも異なつたものでもよく二個から六個までの炭素原子を有するアルキル基であり、R´は同じものでも異なつたものでもよく一個から四個までの炭素原子のアルキル基であり、R´は約二五〇から五〇〇〇までの分子量を有する炭化水素基であり、x+yのzに対するモル比は約一〇〇対〇から八八対一二までであり、xのyに対するモル比は約一対〇・三から一・一までである〕を有する化合物からなる群から選ばれる化合物からなり約〇・一重量%より多い窒素は含んでいない成分と、B 二から二〇〇までの炭化水素と一から六までのリチウム原子を有する炭化水素リチウム化合物(以下「リチウム化合物」ともいう。)、との錯体を含み、上記AのBに対するモル比がバリウム金属及びリチウム金属に基づいて約〇・六〇対一ないし一・一対一である、アニオン重合用組成物。

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