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東京高等裁判所 平成元年(行ケ)206号 判決 1991年4月23日

大阪市中央区博労町四丁目二番一五号ヨドコウ第二ビル五F

原告

木村工機株式会社

右代表者代表取締役

木村恵一

右訴訟代理人弁理士

苗村正

東京都千代田区霞が関三丁目四番三号

被告

特許庁長官 植松敏

右指定代理人

高木祐一

三浦均

熊谷繁

松木禎夫

宮崎勝義

主文

特許庁が昭和六二年審判第二六四八号事件について平成元年七月一三日にした審決を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  原告

主文同旨の判決

二  被告

「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決

第二  請求の原因

一  特許庁における手続の経緯

原告は、昭和五六年六月一八日、名称を「フアンコイルユニット」とする考案(以下「本願考案」という。)についての実用新案登録出願(昭和五六年実用新案登録願第九〇三二六号)をしたが、昭和六一年一一月二一日、拒絶査定を受けたので、昭和六二年二月一八日、これを不服として審判の請求をした。特許庁は、右の請求を昭和六二年審判第二六四八号事件として審理した結果、平成元年七月一三日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をした。

二  本願考案の要旨

機筐(1)の内底部に送風機(2)を設置し、該送風機(2)の上部に隔壁板(7)により前後に分断して、恰もU型状の空気流通路(8)、(9)を前後に形成すると共に、該前部空気流通路(8)の上部(「上記」とあるは誤記と認める。)前方に吹出口(10)を後部空気流通路(9)の上部に吸込口(11)を各開口設けたことを特徴とするフアンコイルユニット(別紙図面一参照)。

三  審決の理由の要点

1  本願考案の要旨は前項記載(実用新案登録請求の範囲の記載に同じ。)のとおりである。

2  原査定の拒絶理由に引用された本出願前日本国内において頒布された刊行物である実公昭五二-一五〇九〇号実用新案公報(以下「引用例」という。)(別紙図面二参照)には、暖冷房機本体の内底部に送風機を設置し、該送風機の上部に内枠を構成する隔壁を設け、前記暖冷房機本体上部の正面側の側面と背面側の側面とに吹出口を設けるとともに、この吹出口に対応して前記側面の下部、すなわち、前記内底部に設けた送風機の上部に内枠を構成する前記隔壁の下端部を位置させ、それよりさらに上方位置に送風機と間隔をおいて前記両側面にそれぞれ吸込口を設けて、送風機の駆動により吸込口から吸い込まれた室内空気が、暖冷房機本体と内枠を構成する隔壁とにより区画されたリターンダクトの下部流路を下向きに通り、送風機によって反転し内枠内をその内底部に設けられた熱交換器を通して上方へ吹き上げられ、前記吸込口に対応する各吹出口または上方吹出口へと正面側及び背面側にほぼJ型状流路を形成して吹き出されるように構成した暖冷房機が記載されている。

3  本願考案と引用例に記載された事項とを対比すると、両者は、機筐の内底部に送風機を設置し、該送風機の上部に隔壁板(引用例では内枠を構成する隔壁)により前後に分断して空気流通路を前後に形成するとともに、吹出側流通路の上部前方に吹出口を、吸込側流通路に吸込口をそれぞれ設けたフアンコイルユニット(引用例では暖冷房機)の点で一致し、下記の点で相違する。

相違点1

本願考案が、空気流通路をU型状に形成しているのに対し、引用例に記載の事項では、J型状に形成している点。

相違点2

本願考案が吸込流通路である後部空気流通路の上部に吸込口を設けているのに対し、引用例に記載の事項では、吸込空気流通路のやや下部に吸込口を設けている点。

4  そこで、前記相違点1及び2について検討する。

(一) 相違点1について

この種フアンコイルユニットにおいて、吸込口を床面の塵埃、異物等の流入しない床面より高い位置に設けること、また、送風機、熱交換器等の騒音発生源をダクトの奥の方に配置して騒音防止に備えることが、それぞれ本出願前普通に知られた慣用手段である。そして、引用例に記載の空気流通路も、本願考案のように隔壁により分断された空気流通路であって、吸込口と吹出口とが同程度の高さで形成されたU型状ではないものの、前記周知の事項からみて、吸込口は床面より高い位置にあるので、前記床面の塵埃等の流入は防止できるものであり、また、送風機は本願考案と同じように吹出口より奥に配置されているので、送風機の騒音は軽減されるものと認められるから、前記本願考案の相違点のように構成することは、効果に格別差異のない設計上の事項にすぎない。

(二) 相違点2について

引用例には、暖冷房機本体の背面側の側面のやや下部に吸込口を設け、隔壁との間に背面側の吸込空気流通路を形成し、内枠内を上方へ吹出空気流通路として形成しており、前記吸込口の設置高さが本願考案の吸込口の高さより低いものではあるが、その作用、効果においては、前記相違点1の検討事項で検討した理由のとおり格別差異があるものとは認められないので、前記本願考案の相違点の構成は、単なる設計的事項にすぎない。

5  したがって、本願考案は、前記引用例に記載された事項及び本出願前周知の事項に基づいて、当業者がきわめて容易に考案することができたものであるから、実用新案法三条二項の規定により実用新案登録を受けることができない。

四  審決を取り消すべき事由

審決の理由の要点1、2は認める。同3のうち、「送風機の上部に隔壁板(引用例では内枠を構成する隔壁)により前後に分断して空気流通路を前後に形成する」構成を一致点としたのは誤りである。その余の一致点及び相違点の認定は認める。同4の各相違点についての判断は争う。ただし、「吸込口を床面の塵埃、異物等の流入しない床面より高い位置に設けること、また、送風機、熱交換器等の騒音発生源をダクトの奥の方に配置して騒音防止に備えること」自体が、本出願前普通に知られた慣用手段であることは認める。審決は、本願考案と引用例記載の考案との一致点の認定を誤り、かつ相違点についての判断を誤った結果、本願考案の進歩性を誤って否定したものでみるから、違法として取り消されるべきである。

1  本願考案と引用例記載の考案との一致点の認定の誤り(取消事由1)

審決が、本願考案と引用例記載の考案との対比において、両者が、「送風機の上部に隔壁板(引用例では内枠を構成する隔壁)により前後に分

断して空気流通路を前後に形成する」構成の点で一致しているとした認定は誤りである。

(一) 本願考案においては、送風機の上部に隔壁板により前後に分断して、一つのU型状の空気流通路(8)(9)を形成することにより、一方の空気流通路、例えば第2図では前部空気流通路(8)が、また第3図では後部空気流通路(9)が送風機の吹出口(10)に連通するものであり、また、U型状の空気流通路のうち、機筐の背部が向く壁(第2図及び第3図でハッチングで示される部分)に対して、反対側を「前部空気流通路」といい、壁側を「後部空気流通路」ということは、本願考案の実用新案登録請求の範囲の記載から明らかである。そして、本願考案の機筐(1)においてU型状に連なる前部空気流通路(8)と後部空気流通路(9)を形成するには、隔壁板(7)の側縁が機筐(1)の側板の内面に連なり、内面間を結んで横断するものでなければならないのは明らかであるから、本願考案において、「前後に分断して・・・空気流通路(8)、(9)を前後に形成する」ということは、隔壁板(7)のこのような構成を規定しているのである(以下「隔壁板による空気流通路の前後分断構成」ということがある。)。

本願考案は前記の「隔壁板による空気流通路の前後分断構成」と前後の空気流通路の上部に吸込口(11)と吹出口(10)とを設ける構成を採用して、送風機の上部を前後に分断した一つのU型状の空気流通路を形成したことによって、<1>熱交換器やドレインパンなどの内蔵部品を各空気流通路に設けたとき、各空気流通路に向く機筐の壁を開放させることによって、直ちに、かつ容易に内蔵部品の点検、保守ができ、メンテナンスの作業の能率化ができること、<2>熱交換用、空気浄化用等の内蔵部品を前後の空気流通路(8)(9)に分散して配置することによって、各内蔵部品の取り付け、保守、点検作業を容易にすること及び<3>前後の空気流通路(8)(9)の空気流通路の長さが等しくなるので、送風機停止時における空気の上昇によるコイルの自然発熱(空気の流れに伴うコイルからの水の放熱、すなわち、自然放熱)を防止し、エネルギーロスを減少させ、しかも、送風通路が長くなるので、消音効果に優れていることなどの効果を奏するのである(以下「<1>、<2>、<3>の効果」という。)。

(二) 引用例記載の考案における内枠は、本体1との間に「横断面が環状のリターンダクト」(引用例二欄二二行ないし二四行)を形成するものであるから、この内枠は筒状をなし、熱交換器は、この筒状の内枠内に設けられているので、引用例記載の考案においては、本体の全周にわたる「二重筒」に分断した空気流通路を形成しているのである。このように、引用例記載の考案における空気流通路は二重筒に分断されたものであり、他方、本願考案における「隔壁板(7)」はその側縁が機筐(1)の側板の内面に連なり、内面間を結んで横断するものであることは前述したとおりであるから、両者を、「隔壁板による空気流通路の前後分断構成」として同一視することはできない(引用例記載のものにおける本体と内枠との間の環状のリターンダクトには、各室ごとに仕切る仕切体は存在せず、内枠の廻りを空気が自由に周回し得るものであるから、「前後に分断した」という概念を包含しないことは明らかである。)。本願考案は、前述のとおり「隔壁板による空気流通路の前後分断構成」と前後の空気流通路の上部に吸込口(11)と吹出口(10)とを設けU型状の空気流通路を形成した構成を採用したことによって、前記<1>ないし<3>のような効果を得ているのに対し、引用例記載の考案においては、上部に設けられた複数の吹出口(7)(7)のそれぞれに対応する下部に設けられた複数の吸込口(15)、(15)を内枠内部の一つの空気路を介して連通した複数の空気流通路を備えているものであり、本願考案の前記の各効果を得るために不可欠な構成の一つである「隔壁板による空気流通路の前後分断構成」が、引用例記載の考案に存在しない以上、本願考案が奏する前記の各効果を期待できないことも明らかである。したがって、形態及び作用効果のいずれの観点からみても、本願考案と引用例記載の考案とが、「送風機の上部に隔壁板(引用例では内枠を構成する隔壁)により前後に分断して空気流通路を前後に形成する」構成の点で一致しているとした審決の認定が誤りであり、かつ、この点の認定の誤りが、審決の結論に影響を及ぼすものであることは明らかである。なお、原告が、前項において、本願考案の「隔壁板による空気流通路の前後分断構成」に基づく効果として<1>ないし<3>の事項を主張したのは、本願考案と引用例記載の考案とが、「送風機の上部に隔壁板(引用例では内枠を構成する隔壁)により前後に分断して空気流通路を前後に形成する」構成の点で一致するとした審決の認定が誤りであることを作用効果の面から述べたものであるから、これらの事項が周知のこととみられるかどうかは、右の一致点の誤認を何ら治癒するものではない。

2  相違点1及び2についての判断の誤り(取消事由2)

審決は、相違点1のように構成することが「効果に格別差異のない設計上の事項にすぎない一と判断しているが、本願考案は、空気流通路を U型状とすることによって、前後の空気流通路(8)(9)の長さが等しくなり、特に送風機の停止時において各空気流通路(8)(9)の空気流通路(8)を均衡させるとともに、同高さの機筐(1)においては、送風通路を長く形成できることによって、コイルの自然発熱を未然に阻止し、エネルギーの消費を大幅に節減し、かつ消音効果を高めることができる。かかる作用効果は、引用例記載の考案においては十分に達成できないのであるから、相違点1の構成を単なる設計上の事項ということはできない。また、審決は、相違点2についても、格別差異があるとは認められないと判断しているが、本願考案の吸込口が各空気流通路の上部に設けられたことによって、相違点1について右にのべたとおり優れた効果を奏するものであるから、相違点2についての効果に関する審決の判断は誤りといわざるを得ない。

第三  請求の原因に対する認否及び被告の主張

一  請求の原因一ないし三の事実は認める。同四の主張は争う。審決の認定判断は正当であり、審決には原告主張のような違法の点はない。

二  被告の主張

1  取消事由1の主張について

引用例は、「一台の暖冷房機で同時に複数個の室を暖冷房することを可能にするばかりか、暖冷房機本体内に吹出口を通らず吸込口へ通ずるリターンダクトを設けて、各室の温度コントロールによる風量の影響が他の室に及ばないようにし、かつ暖冷房機本体の上部に上方吹出口を設けることにより、平面的な複数個の室に加えて二階等の上方の室にも暖冷房を可能とした立体的な暖冷房を行えるようにした」暖冷房機の考案に関するものであるところ、引用例には、「上記本体1内にこれとの間にリターンダクト11を形成するように取付けられた内枠2」(一欄二一行ないし二二行)や「11は上記本体1と内枠2との間に形成された横断面が環状のリターンダクト」(二欄二二行ないし二四行)との記載があることからみて、内枠は筒状をしたものであると認められるが、引用例記載の暖冷房機においても、送風機の駆動により吸込口から吸い込まれた室内空気が、暖冷房機本体と内枠を構成する隔壁とにより区画されたリターンダクトの下部流路を下向きに通り、送風機によって反転し内枠内をその内底部に設けられた熱交換器を通して上方へ吹き上げられ、前記吸込口に対応する各吹出口または上方吹出口へと正面側及び背面側にほぼJ型状流路を形成して吹き出されるように構成されているものであるから、前記内枠を構成する隔壁は、空気流が下向きに流れる「吸込側流通路」と空気流が上向きに流れる「吹出側流通路」とを分断する機能を果たすものであって、しかも、暖冷房される個々の室からみた場合、垂直な面を有するように設けられているので、暖冷房される複数の室のうちの個々の室の暖冷房についてみると、前記内枠を構成する隔壁は、前記「吸込側流通路」と「吹出側流通路」とを前後に分断するものであるから、本願考案における「隔壁板」に相当するものであるといえる。

そして、引用例記載の考案において、「ほぼJ型状流路」を複数備えているのは、一台の暖冷房機で同時に複数の室に対する暖冷房を行えるようにするためであって、一つの室のみの暖冷房を行う暖冷房機においては、前記の「ほぼJ型状流路」が一つのみでよいことは当業者にとって明らかなことである。したがって、審決が、「送風機の上部に隔壁板(引用例では内枠を構成する隔壁)により前後に分断して空気流通路を前後に形成する」構成の点で一致しているとした認定には誤りはない。

なお、原告は、本願考案が送風機の上部を前後に分断した一つのU型状の空気流通路を形成したことによる効果として、<1>ないし<3>の事項を主張する。本願考案が右のような効果を奏することは認めるが、これらはいずれも周知であるか、顕著性が認められず、本願考案に特有のものではない。すなわち、<1>については、空気流通路に向く機筐の壁を開放させることにより、直ちに、かつ容易に内蔵部品の点検、保守ができ、メンテナンスの作業の能率化ができるという作用効果は、本出願前周知の一重枠構造のフアンコイルユニット(実公昭四三-二四〇六号実用新案公報・乙第一号証、実開昭五〇-七三二四五号公開実用新案公報・乙第二号証参照)において得られる作用効果にすぎず、本願考案に係るフアンコイルユニットに特有のものとはいえない。<2>については、熱交換用、空気浄化用等の内蔵部品を空気流通路に分散して配置することによって各内蔵部品の取り付け、保守、点検作業を容易にすることができるという作用効果も、本出願前周知の前掲乙第一、二号証にみられる一重枠構造のフアンコイルユニットにおいて得られる作用効果にすぎず、本願考案に特有の作用効果とはいえない。また、<3>については、引用例記載の考案においては、吸込口が吸込空気流通路のやや下部に設けられていて空気流通路がほぼJ型状に形成されているものの、U型状の空気流通路と同じように下で反転する空気流通路が形成されているために、送風機停止時における空気の上昇を防止する機能を有するといえるから、本願考案と引用例記載のものとの間に、送風機停止時における空気の上昇によるコイルの自然発熱を防止し、エネルギーロスを減少させるという作用効果上、格別の差異が生じるものではない。また、消音効果の面についても、引用例記載のものは、本願考案と同じように送風機が暖冷房機本体(本願考案の機筐に相当するもの)における吹出口より奥に位置する、内底部に設置されているために騒音は軽減されるものといえるから、本願考案と引用例記載のものとの間に消音効果上格別の差異が生じるものではない。

2  取消事由2の主張について

本願考案と引用例記載のものとの間に、送風機停止時における空気の上昇によるコイルの自然発熱を防止し、エネルギーロスを減少させるという点及び消音効果の面について、格別の差異がないことは、前述のとおりであり、また、本願考案のように吸込口を吸込空気流通路の上部に設けるようにすることは、フアンコイルユニットにおいて吸込口を床面の塵埃、異物等の流入しない床面より高い位置に設けることが本出願前普通に知られた慣用手段であることからみて、設計上の事項にすぎない。

したがって、本願考案と引用例記載のものとの相違点1、2についての審決の判断には誤りはない。

第四  証拠関係

本件記録中の書証目録の記載を引用する。

理由

一  請求の原因一ないし三の事実(特許庁における手続の経緯、本願考案の要旨及び審決の理由の要点)については、当事者間に争いがない。

二  取消事由に対する判断

1  右争いのない本願考案の要旨に成立に争いのない甲第二号証の一(本願実用新案登録願添付の明細書及び図面)及び甲第二号証の二(昭和六一年一〇月三〇日付手続補正書)を総合すると、従来のフアンコイルユニットにおいては、機筐の下方底部に吸込口が設けられ、その近傍にフイルターが取り付けられ、その上部に送風機やコイル等の機構が機筐内にほぼ縦列状に配置されていたので、フイルターに付着した塵埃等の除去ないしフイルターの取替作業などのメンテナンス作業が困難であったうえに、第1図にみられるように空気流通路(6)が垂直状に形成されていたために、空気は上下に流動し、送風機の停止時にコイル(3)が自然放熱してエネルギーを不要に消耗させるという不経済な面もあったので、本願考案は、従来のフアンコイルユニットにおける右のような欠点の解消を目的として、実用新案登録請求の範囲に記載したとおりの構成を採用したものであること、本願考案の登録請求の範囲における「送風機(2)の上部に隔壁板(7)により前後に分断して、恰もU型状の空気流通路(8)、(9)を前後に形成する」との記載は、「機筐(四角形状の本体)の内底部に設置された送風機の上部は、左右側板の内面間を結ぶように横断して延びる隔壁板(7)により、前と後ろに分断して、並列する前部空気流通路(8)と後部空気流通路(9)とを形成し、その下端は送風機によって連結されていて、全体として一つのU型状の空気流通路を形成する構成」を規定したものと普通に理解できることが認められ、また本願考案は、右の一体としての構成、すなわち、審決が引用例記載のものとの一致点として認定した「隔壁板により前後に分断して空気流通路を前後に形成する」構成(隔壁板による空気流通路の前後分断構成)と相違点1、2として認定した「吸込口と吹出口を各空気流通路の上部に設けた構成」とを一体とした構成を採用したことによって、それが本願考案に特有なものであるか否かの点を除き、原告の主張する<1>ないし<3>の効果を奏するものであることは被告も争わないところである。本願考案が、右のように全体として一つのU型状の空気流通路を形成する点に構成上の特徴を備えることによって前記の効果を実現しようとする考案であってみれば、本願考案において、「吸込口と吹出口を各空気流通路の上部に設けた構成」を抜きにして、審決が引用例記載の考案との一致点と認定した「隔壁板による空気流通路の前後分断構成」の技術的意義を論ずることはできないものというべきである。

2  引用例(実公昭五二-一五〇九〇号実用新案公報)に審決認定のとおりの構成を有する暖冷房機が記載されていることは当事者間に争いがないところ、成立に争いのない甲第三号証(引用例)によれば、引用例記載の考案においては、「横断面が環状のリターンダクト」(引用例二欄二二行ないし二四行)との記載に照らしても、本体1と内枠2はいずれも筒状体であり、本体の内部に設置された送風機の上部は、本体の内部に配置された内枠により二重筒状に区分され、内枠によって囲まれた中央部に位置する筒状の空気流通路と、これを囲む環状体の空気流通路(環状のリターンダクト)とで形成されていることは明らかである(この点は、原、被告とも認めるところである。)。そして、前掲甲第三号証によれば、引用例記載の考案においては、右のような空気流通路を形成し、筒状体を囲む環状のリターンダクトの上部に複数の吹出口とこれにそれぞれ対応し、下部に複数の吸込口を設けることによって、一台の暖冷房機で同時に複数個の室を暖冷房することを可能にしたうえ、暖冷房機本体に吹出口を通らず吸込口へ通ずるリターンダクトを設けたことによって、各室において暖冷房の供給、停止を任意に行っても、他の室への風量には影響を及ぼさず、かつ、停止時には温風又は冷風がリターンダクトを通って循環することになるので、これによって暖冷房機の効率を向上させようとしたものであることが認められる(一欄末行ないし二欄四行 四欄二行ないし八行)。

3  右に認定した引用例記載の考案の構成によれば、引用例における筒状体の本体が本願考案にいう「機筐」といえるかどうかの点は、ともかく、引用例記載の考案における筒状体の内枠(2)が、本願考案の「隔壁板による空気流通路の前後分断構成」おける隔壁板として、空気流通路を前と後ろに分断して、並列する前部空気流通路と後部空気流通路とを形成しているものとみることができないことは明らかである。また、被告が周知であるとする本願考案の<1>、<2>の効果に関する主張はさておき、引用例記載の考案における<3>の効果(但し、消音効果の点は除く)について検討するに、同考案は、前記認定のとおり上部の複数の吹出口の対応して下部に複数の吸込口を設けているが、仮に、それぞれ一個の吹出口と吸込口を対応させた場合、前掲甲第三号証によれば、吸込口は本願明細書添付の第1図(別紙図面一)(従来例)に比しやや上部に設けられているとはいえ、熱交換器とほぼ同じ位置にあることが認められるから、右のような吹出口、吸込口の位置関係からみて、送風機停止時においても、空気は比較的流通しているものと認めるのが相当であり、本願考案のように空気の上昇によるコイルからの自然放熱を防止し、エネルギーロスを減少させるという効果は期待できないものとみるべきである。このように、少なくとも、消音効果の点を除く<3>の作用効果の観点からみても、本願考案と引用例記載の考案とが、「送風機の上部に隔壁板(引用例では内枠を構成する隔壁)により前後に分断して空気流通路を前後に形成する」点で一致するとした審決の認定は誤りといわざるを得ない。

この点、被告は、引用例記載の暖冷房機においても、内枠を構成する隔壁は、空気流が下向きに流れる「吸込側流通路」と空気流が上向きに流れる「吹出側流通路」とを分断する機能を果たすものであり、しかも、暖冷房される個々の室からみた場合、前記「吸込側流通路」と「吹出側流通路」とを「前後に」分断するものといえる旨主張するが、前記認定のとおり引用例の内枠は筒状体であり、その周囲を空気が周回し得るものであるから、内枠をもって「前後」の二つの空気流通路に「分断」する隔壁板とみることは到底できない。確かに、引用例記載の考案における内枠は、空気流が下向きに流れる「吸込側流通路」と空気流が上向きに流れる「吹出側流通路」とを分断する機能を果たすものであるが、前記認定のとおり引用例記載の暖冷房機は、上部に設けられた複数の吹出口のそれぞれに対応する下部に設けられた複数の吸込口を内枠内部の一つの空気流通路を介して連通した複数の空気流通路を備えたものであるから、被告のように、特定の一つの吸込口からそれに対応する吹出口までの空気流通路を把えて、「前後」とみるとしても、引用例記載の考案における空気流通路を、本願考案のように、前後に分断された二つの空気流通路と認識することは無理であり、そのようなものとしてみることは、引用例記載の考案における本来の技術的意義を無視するものであって、かような装置の一部分の構成を抽出して本願考案と対比することは相当ではない。要するに、引用例記載の考案は、前記説示のとおり内枠が二重筒状体を形成する内側の筒状体であってみれば、「二つの空気流通路」を形成するという点からも、また、二つの空気流通路に「分断」する部材でもないという点で、引用例記載の考案における筒状体の内枠をもって、本願考案における「隔壁板」に相当するものであるとみることはできないといわざるを得ない。したがって、被告の右の主張は採用できず、審決は、本願考案と引用例記載の考案との基本的な構成について誤った一致点の認定をしたものというべきである。そして、本願考案における「隔壁板による空気流通路の前後分断構成」は、前記認定説示したように、「吸込口と吹出口を各空気流通路の上部に設けた構成」と一体となって一つのU型状の空気流通路を形成する関係にあり、かつ、この「隔壁板による空気流通路の前後分断構成」が欠ければ、本願考案の効果も達成されないものであることも明白であるから、審決における右の一致点の認定の誤りは、審決の結論に影響を及ぼすものであることは明らかである。この点、被告は、送風機の上部を前後に分断した一つのU型状の空気流通路を形成したことによる本願考案の効果のうち、<1><2>の事項は、いずれも周知のことにすぎず、<3>の事項については、引用例記載の考案と格別の差異がない旨主張して、前記「隔壁板による空気流通路の前後分断構成」に係る一致点の認定の誤りは審決の結論に影響を及ぼすものでない趣旨の主張をする。しかしながら、少なくとも、<3>の効果は周知ではなく(このことは被告も認めるところである。)「隔壁板による空気流通路の前後分断構成」は、「吸込口と吹出口を各空気流通路の上部に設けた構成」と一体となって一つのU型状の空気流通路を形成するものであり(いずれの構成が欠けても、一つのU型状の空気流通路は形成されない。)、このように一つのU型状の空気流通路が形成されてはじめて、<3>の効果(消音効果を除く)を実現するものであるから、被告が周知と主張する<1><2>の効果を除いても、本願考案において、「隔壁板による空気流通路の前後分断構成」は一つのU型状の空気流通路を形成するための不可欠の構成部分であり、これが少なくとも、前記<3>の効果とかかわるものである以上、審決における一致点の認定の誤りがその結論に影響しないものとは到底いえない。したがって、右の被告の主張は採用できない(<3>の効果のうち、消音効果の点は、引用例記載のものも、送風機が吹出口より奥の内底部に設置されているので、その上部に一つのU型状の空気流通路を形成したことによってどれだけの違いがあるのかは明らかではない。)。

右のとおりであるから、審決は、一致点の認定において審決の結論に影響を及ぼすべき誤った認定をした点で違法であるから、取消しを免れない。

三  以上のとおりであるから、その主張の点に認定判断を誤った違法があることを理由に審決の取消しを求める原告の本訴請求は、理由があるものとして、これを認容することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法七条及び民事訴訟法八九条の規定を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 松野嘉貞 裁判官 舟橋定之 裁判官 杉本正樹)

別紙一

<省略>

別紙二

<省略>

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