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東京高等裁判所 平成元年(行ケ)218号 判決 1992年6月09日

オランダ国

五六二一 ベーアー アインドーフエンフルーネバウツウエツハ 一

原告

エヌ・ベー・フイリツプス・フルーイランペンフアプリケン

右代表者

エフ・イェー・スミツト

右訴訟代理人弁理士

杉村暁秀

杉村興作

冨田典

梅本政夫

仁平孝

山中義博

本多一郎

沢田雅男

東京都千代田区霞が関三丁目四番三号

被告

特許庁長官

深沢亘

右指定代理人通商産業技官

小暮与作

嶋田祐輔

同通商産業事務官

廣田米男

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

この判決に対する上告のための附加期間を九〇日と定める。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  原告

「特許庁が昭和五八年審判第八〇号事件について平成元年五月一五日にした審決を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決

二  被告

主文と同旨の判決

第二  請求の原因

一  特許庁における手続の経緯

原告は、一九七七年四月一五日のオランダ国への出願に基づく優先権を主張して、昭和五三年四月一二日、名称を「高圧ナトリユウム蒸気放電ランプ」とする発明(以下「本願発明」という。)について特許出願(昭和五三年特許願第四二二三四号)をしたところ、拒絶査定を受けたので、査定不服の審判を請求し、右審判手続(昭和五八年審判第八〇号事件)において出願公告すべき旨の決定がされ、昭和六一年一一月二六日、特許出願公告(昭和六一年特許出願公告第五五二一五号)がされたが、特許異議の申立てがされ、平成元年五月一五日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審判がされ(出訴期間として九〇日が附加されている。)、その謄本は、同年六月一二日、原告に送達された。

二  本願発明の要旨

ナトリユウムの他に水銀とキセノンとを含む放電管を具え、三〇〇oKにおけるキセノンの圧力を少なくとも一五〇torr最大で六〇〇torrとし、ナトリユウムと水銀とはナトリユウムに対する水銀の重量比を八と一・五との間にして設け、ランプの動作状態での放電管の壁面負荷を一五W/cm2ないし三〇W/cm3とする高圧ナトリユウム蒸気放電ランプにおいて、

ランプの電力を一五〇Wを超えないようにし、ランプの動作状態でのナトリユウム蒸気圧を一〇〇torrと一五〇torrとの間としたことを特徴とする高圧ナトリユウム蒸気放電ランプ

三  審決の理由の要点

1  本願発明の要旨は、前項記載のとおりである。

2(一)  昭和五〇年特許出願公開第一三一三八二号公報(以下「第一引用例」という。)には、ナトリユウム、水銀及びキセノンを封入した放電管を具備し、一五〇Wを超えないランプ電力で動作させる高圧ナトリユウム蒸気放電ランプの発光効率を高めることが記載され、右ランプのナトリユウムに対する水銀の重量比を一・五ないし八に設定し、放電管の壁面負荷を一五W/cm2ないし三〇W/cm3に設定したものが示されている。

(二)  「三菱電機技報第四六巻第四号(昭和四七年四月二五日発行)」の第四九八頁ないし第五〇四頁(以下「第二引用例」という。)には、高圧ナトリユウム蒸気放電ランプの発光効率がランプ動作中のナトリユウム蒸気圧に大きく依存し、また、封入したキセノンの圧力によつても影響されることが記載されている。

そして、図四・一(別紙図面一(1)参照)に、封入水銀量〇、封入キセノンガス二〇mmHgのもとでのナトリユム蒸気圧と発光効率の関係が図示され、ナトリユウム蒸気圧の一〇〇ないし二〇〇mmHgの範囲内に発光効率の最大値を持つ対応曲線が画かれ、「一般照明用の場合ナトリユウム蒸気圧は効率のみでなく、光色、演色性などを加味して一〇〇ないし三〇〇mmHg程度が使用されている」ことが記載されている。

また、図四・五(別紙図面一(2)参照)には、キセノンガス圧と発光効率との関係が図示され、「キセノン圧が二〇〇mmHgの場合最高効率が得られる」が、「封入されるキセノンガス圧が高いとランプの始動に難点が生ずるため、通常二〇mmHg程度のキセノンガスを始動用ガスとして用いている」ことが記載されている。

(三)  昭和四九年特許出願公開第八四〇八五号公報(以下「第三引用例」という。)には、二二mmの口径の放電管にナトリユウム、水銀及びキセノンガスを封入した大電力用高圧ナトリユウム蒸気放電ランプの発光効率及び始動電圧とキセノンガスの封入圧との関係が第二図(別紙図面二(2)参照)に図示されている。

同図には、発光効率は、キセノンガスの封入圧が一〇〇mmHg付近のときにピークに達し、一方、始動電圧は、キセノンガスの封入圧が二〇〇mmHgに達するまで、ゆるやかに上昇し、二〇〇mmHgを超すと急上昇することが示されている。

これらのことから、右のランプでは、「キセノン封入圧三〇〇mmHgが実用に供し得る限界」と見られるため、キセノンガスの封入圧を三〇ないし三〇〇mmHgとすることが記載されている。

(四)  「Light and Lighting vol 62 no 3(一九六九年三月発行)」第八四頁ないし第八九頁(以下「第四引用例」という。)には、ナトリユウム、水銀及びキセノンガスを封入した高圧ナトリユウム蒸気放電ランプの発光効率がナトリユウムの蒸気圧に大きく依存し、最高発光効率が二五〇mmHgのナトリユウム蒸気圧のときに得られることが記載されている。

3  本願発明と第一引用例に記載された高圧ナトリユウム蒸気放電ランプとを対比すると、本願発明の構成要件である

イ ランプの動作状態でのナトリユウム蒸気圧を一〇〇torrと一五〇torrの間とする点

ロ 三〇〇oKにおけるキセノンの圧力、即ち、常温におけるキセノンの封入圧力を少なくとも一五〇torr最大で六〇〇torrとする点

が第一引用例に記載されていない点で両者は相違するが、その余の構成は一致しているものと認められる。

4  相違点イについて検討する。

第二引用例及び第四引用例には、高圧ナトリユウム蒸気放電ランプの発光効率が動作状態でのナトリユウム蒸気圧に依存することが記載され、発光効率の最大をもたらすナトリユウム蒸気圧の存在することが示されている。

右の発光効率の最大をもたらすナトリユウム蒸気圧が第二引用例と第四引用例において相違していることから類推できるように、また、発光効率に影響を及ぼす要因についての第二引用例の記載(第四九九頁下から第六行ないし第四行)から予想されるように、放電管に封入する成分の種類、ガス圧、電流密度等放電管に係る諸条件が異なれば、発光効率とナトリユウム蒸気圧との対応曲線は変化するものとみられる。

しかし、発光効率がナトリユウム蒸気圧に依存する特性は、前記諸条件の相違にかかわらず存在することは、第二引用例及び第四引用例の記載から明らかである。

したがつて、本願発明が対象とするランプ電力が一五〇W以下の高圧ナトリユウム蒸気放電ランプにおいても、その発光効率が動作状態でのナトリユウム蒸気圧によつて変化することは、当然予測できることと認められる。

そして、第二引用例には、前記のとおり、発光効率とナトリユウム蒸気圧との対応関係の測定結果を踏まえて、所要の発光効率が得られるようにナトリユウム蒸気圧を設定することが示されているから、同様の手段を本願発明の対象とする一五〇W以下の高圧ナトリユウム蒸気放電ランプに適用し、発光効率とナトリユウム蒸気圧との対応関係から、発光効率の高いランプを得るためのナトリユウム蒸気圧を設定することは、当業者が容易に想到できたものと認められる。

しかも、前記手段によつて定めた本願発明におけるナトリユウム蒸気圧一〇〇ないし一五〇torrは、第二引用例に、一般照明用の高圧ナトリユウム蒸気放電ランプに使用されていると記載されたナトリユウム蒸気圧一〇〇ないし三〇〇mmHg(即ち、一〇〇ないし三〇〇torr)の相当部分を含み、予想できないようなナトリユウム蒸気圧の範囲ではないから、前記蒸気圧の選定が格別困難なものであつたとは認めることができない。

5  次に、相違点ロについて検討する。

放電管に封入するキセノンガスの圧力が高圧ナトリユウム蒸気放電ランプの発光効率及び始動電圧に影響を与えることは、前記のとおり、第二引用例及び第三引用例に記載されており、同様の傾向が一五〇W以下の高圧ナトリユウム蒸気放電ランプにも存在することは当然予測できることと認められる。

そして、第三引用例には、キセノンガスの封入圧力と発光効率及び始動電圧との関係から、発光効率が高く、かつ、始動電圧が高すぎないようにキセノンガスの封入圧を設定することが記載されており、同様の手段を本願発明の対象とする一五〇W以下の高圧ナトリユウム蒸気放電ランプに適用して、キセノンガスの圧力を設定することは当業者が容易に想到することができたものと認められる。

しかも、本願発明において設定したキセノンガスの封入圧力一五〇ないし六〇〇torrは、第二引用例に最大の発光効率が得られるキセノンガス封入圧力として示されている二〇〇mmHg(即ち、二〇〇torr)を含み、また、第三引用例に記載された三〇ないし三〇〇mmHg(即ち、三〇ないし三〇〇torr)の相当部分を含むものであるから、予想できないようなキセノンガスの封入圧力ではなく、その圧力の選定が格別困難なものであつたとは認めることができない。

6  以上のとおり、本願発明は、本件出願前に国内又は外国において頒布されたと認められる第一引用例ないし第四引用例に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明することができたものと認められ、特許法第二九条第二項の規定により特許を受けることができない。

四  審決の取消事由

本願発明の要旨、第一引用例ないし第四引用例の記載内容及び本願発明と第一引用例記載の発明との一致点及び相違点についての審決の認定は認めるが、相違点についての審決の判断は争う。

審決は、右相違点に対する判断を誤り、もつて本願発明の進歩性を誤つて否定したもので違法であるから、取消しを免れない。

1  相違点イに対する判断の誤り

(一) 審決は、第二引用例及び第四引用例に、高圧ナトリユウム蒸気放電ランプの発光効率が動作状態でのナトリユウムの蒸気圧に依存することが記載されている等のことから、本願発明のナトリユウム蒸気圧の選定が格別困難なものであつたとは認めることはできないとする。

しかし、審決の右判断は、高圧ナトリユウム蒸気放電ランプの発光効率は、ナトリユウム蒸気圧だけではなく、ランプ電力やキセノンガス封入圧等他の動作条件により影響されることを無視し、第二引用例及び第四引用例の特定の動作条件限りのナトリユウム蒸気圧と発光効率の関係を動作条件の異なる本願発明の高圧ナトリユウム蒸気放電ランプに用することができるとするもので、誤りであることは明らかである。

(二) 第三引用例の第一図(別紙図面二(1)参照)には、発光管の内径が一一mm以上の場合は、キセノンガス封入圧を二〇mmHgから一〇〇mmHgに増大させると高圧ナトリユウム蒸気放電ランプの発光効率は向上するのに対し、発光管の内径が一一mm未満の場合、キセノンガス封入圧を二〇mmHgから一〇〇mmHgに増大させても、発光効率は何ら変化しないことが示されている。

発光管の内径を一一mm未満(本願発明の実施例では五mm以下)にするということは、そのランプの所要電力を小電力にすることを意味するので、同図は、小電力の高圧ナトリユウム蒸気放電ランプの場合、キセノンガス封入圧を変化させても発光効率は変化しないことを示している。

一方、本願発明の高圧ナトリユウム蒸気放電ランプは、本願明細書の第五図(別紙図面三(1)参照)及び第六図(別紙図面三(2)参照)から明らかなように、発光効率がキセノンガス封入圧の増加と共に大幅に上昇するという第三引用例の第一図からは予測できないような対応関係を示している。

このように小電力の高圧ナトリユウム蒸気放電ランプでも、キセノンガス封入圧によつて発光効率が変化したりしなかつたりするのは、各々の高圧ナトリユウム蒸気放電ランプのナトリユウム蒸気圧、管壁面負荷等のキセノンガス封入圧以外の物理量が相違することによるものである。

また、第三引用例の第二図及び第三頁右下欄第四行ないし第一一行までの説明からすると、そこに示される高圧ナトリユウム蒸気放電ランプの場合、キセノンガス封入圧を三〇〇mmHgにすると、始動電力は五〇〇〇Vになるが、キセノンガス封入圧を五〇〇mmHgにした場合、始動電圧は一万七〇〇〇V(同図からの補間法により得た値)という現場技術では到底受け入れられない値になる。

これに対し、本願発明の高圧ナトリユウム蒸気放電ランプの場合、本願明細書の第七図(別紙図面三(3)参照)から明らかなように、ブレークダウン電圧はキセノンガス封入圧が六〇〇torrに達しても高々三〇〇〇V程度しかならず、第三引用例の開示内容からは予測不可能であつた、現場技術において充分受入れ可能な値を得ることを可能とするキセノンガス封入圧とブレークダウン電圧との対応関係が得られている。

両者の間でこのような相違が生ずる理由は、第三引用例の高圧ナトリユウム蒸気放電ランプと本願発明の高圧ナトリユウム蒸気放電ランプとでは、それを規定するナトリユウム蒸気圧、壁面負荷等の物理量の前提条件が相違しているからである。

以上のことから明らかなように、ある特定の動作条件におけるキセノンガス封入圧と発光効率やブレークダウン電圧という物理量と特性との対応関係を、それ以外の物理量が異なる、即ち、前提条件が異なる高圧ナトリユウム蒸気放電ランプに適用することはできないものである。

そして、以上のことはナトリユウム蒸気圧と発光効率との対応関係についても、そのまま当てはまるものであり、その対応関係は、キセノンガス封入圧等の他の動作条件により変わつてくるものであり、ある特定の動作条件でのナトリユウム蒸気圧と発光効率との対応関係を、動作条件の異なる他の高圧ナトリユウム蒸気放電ランプに適用することはできないものである。

(三) 本願発明の高圧ナトリユウム蒸気放電ランプは、a所要電力が一五〇W以下で、b発光効率が高く、cブレークダウン電圧が低いという特性を実現するために、A水銀のナトリユウムに対する重量比が一・五ないし八、B壁面負荷が一五W/cm2ないし三〇W/cm2、Cキセノンガス封入圧が一五〇ないし六〇〇torr、Dランプ電力が一五〇W以下、Eナトリユウム蒸気圧が一〇〇ないし一五〇torrという構成を採用したものである。

本願発明の前記の目的は、右の構成を全て同時に満足させることにより達成できるものである。

審決が引用した第二引用例の第四・一図には、二〇mmHgの封入キセノンガスのもとでは、ナトリユウム蒸気圧が一〇〇ないし二〇〇mmHgの範囲で発光効率が最大になるナトリユウム蒸気圧と発光効率の対応関係が開示されているが、その場合、そのナトリユウム蒸気圧の範囲は本願発明の条件(一〇〇ないし一五〇torr)の範囲と重複するが、キセノンガス封入圧は本願発明の条件(一五〇ないし六〇〇torr)の範囲外にある。

キセノンガス封入圧を本願発明の条件の範囲内である二〇〇mmHgとすると、発光効率が最大となるナトリユウム蒸気圧は七五mmHgとなり(甲第一〇号証の第四図)、本願発明の条件から外れてしまう。

すなわち、発光効率の最大を得るためのナトリユウム蒸気圧は、キセノンガス封入圧等がいかなる値をとるかという前提条件により全く異なるので、キセノンガス封入圧等の物理量を規定せずに、単にナトリユウム蒸気圧と発光効率との対応関係のみを議論することは意味のないことである。

したがつて、キセノンガス封入圧が二〇mmHgである大電力の高圧ナトリユウム蒸気放電ランプにおいてナトリユウム蒸気圧を一〇〇ないし二〇〇mmHgの範囲に選択して発光効率を最大とする第二引用例に開示された手段を、キセノンガス封入圧、壁面負荷等が異なり、その前提条件が異なる第一引用例の高圧ナトリユウム蒸気放電ランプにいかに適用しても、本願発明の一〇〇ないし一五〇mmHgというナトリユウム蒸気圧を得ることはありえない。

以上のとおりであり、審決の相違点イに対する判断は誤りである。

2  相違点ロに対する判断の誤り

審決は、放電管に封入するキセノンガスの圧力が高圧ナトリユウム蒸気放電ランプの発光効率及び始動電圧に影響を与えること等が第二引用例及び第三引用例に記載されている等のことから、本願発明の対象とする一五〇ないし六〇〇torrというキセノンガス封入圧の選定が格別困難なものであつたとは認められないとする。

しかし、審決のこの判断も、高圧ナトリユウム蒸気放電ランプの特定の動作条件におけるある物理量とある特性との対応関係が、動作条件が異なる他の高圧ナトリユウム蒸気放電ランプにも妥当するという誤つた考えに基づくものである。

第三引用例の第一図及び第二図には、発光効率及び始動電圧とキセノンガス封入圧との対応関係が示されているが、これは、本願発明の構成要件である水銀のナトリユウムに対する重量比(条件A)、壁面負荷(条件B)及びナトリユウム蒸気圧(条件E)等の物理量を規定せずに、単にキセノンガス封入圧と発光効率及び始動電圧との対応関係を開示しているにすぎないものである。その対応関係を前提条件が異なる第一引用例の高圧ナトリユウム蒸気放電ランプに適用しても、異なつた対応関係が生ずるのみである。

そして、第三引用例の大電力の高圧ナトリユウム蒸気放電ランプは、本願発明のA、B、Eの条件を満たしていないので、第三引用例の発光効率及び始動電圧とキセノンガス封入圧との対応関係をいかに第一引用例のナトリユウムランプに組み合わせても、本願発明のAないしEの条件を全て満足させ、本願発明のaないしcの特性を発揮する組合せを得ることは不可能である。

したがつて、相違点ロに対する判断も誤りである。

第三  請求の原因に対する被告の認否及び反論

一  請求の原因一ないし三は認める。

二  同四は争う。審決の認定、判断は正当であり、審決に原告主張の違法はない。

1  相違点イに対する判断の誤りについて

原告は、審決は、高圧ナトリユウム蒸気放電ランプの発光効率は、ナトリユウム蒸気圧だけではなく、ランプ電力やキセノンガス封入圧等他の動作条件により影響されることを無視し、第二引用例に記載された大電力の高圧ナトリユウム蒸気放電ランプでキセノンガス封入圧が二〇mmHgという動作条件における発光効率とナトリユウム蒸気圧との対応関係をその動作条件が異なる第一引用例のナトリユウムランプに適用して、本願発明のナトリユゥム蒸気圧が選定できると判断したと主張する。

しかし、審決は、大電力の高圧ナトリユウム蒸気放電ランプにおけるナトリユウム蒸気圧と発光効率との対応関係がそのまま小電力ナトリユウムランプにおいて適用できると判断しているものでも、発光効率はナトリユウム蒸気圧のみによつて規定されると判断しているものでもない。

高圧ナトリユウム蒸気放電ランプの発光効率がナトリユウム蒸気圧たけではなく、キセノンガス封入圧等にも関係することは、第二引用例に記載されており、審決でも指摘しているところである(第三頁第一六行ないし第四頁初行、第七頁第二行ないし第七行、第八頁第一七行ないし末行)。

審決は、原告主張の点を前提とした上で、本願発明のような小電力の高圧ナトリユウム蒸気放電ランプにおける発光効率とナトリユウム蒸気圧との対応関係をキセノンガス封入圧等の他の動作条件との関係において測定し、それに基づいて、高い発光効率をもたらすナトリユウム蒸気圧を設定することは容易に想到することができると判断しているものである。

したがつて、審決の右判断に誤りはなく、原告の主張は審決の理由に沿わないものであつて、そもそも失当である。

なお、原告は、第三引用例の第一図は、小電力の高圧ナトリユウム蒸気放電ランプの場合、キセノンガス封入圧を変化させても発光効率は変化しないことを示していると主張するが、同図は、発光管の内径が小さい場合、キセノン蒸気圧を二〇mmHgから一〇〇mmHgの狭い範囲において変えても最大発光効率がそれ程変化しないことを示しているだけであり、キセノンガス封入圧を第二図に示されているように、より広い範囲で変えるならば、発光管の内径が小さい場合でも、最大発光効率がキセノンガス封入圧に影響を受けることは、第三引用例の記載全体から当然予想できることである。

そして、このことは、第二引用例の第四・五図に明確に示されており、内径が一一mmより遙かに小さい六mmの発光管において、キセノンガス封入圧の変化に伴う発光効率の変化は、キセノンガス圧が一〇〇mmHg付近までは小さく、それより高いキセノンガス封入圧において大きく変動している。

したがつて、第二引用例及び第三引用例の記載は、小電力の高圧ナトリユウム蒸気放電ランプにおいても、キセノンガス封入圧が発光効率に影響を与えることを充分に示唆しており、キセノンガス封入圧の狭い範囲の状況から全体を推し量ろうとする原告の推論は論理的なものとはいえない。

2  相違点ロに対する判断の誤りについて

原告は、審決の相違点イに対する判断の誤りをいうについて主張したところと同一の理由により、審決が、相違点ロについて、放電管に封入するキセノンガス封入圧が高圧ナトリユウム蒸気放電ランプの発光効率及び始動電圧に影響を与える等のことが第二引用例及び第三引用例に記載されていることから、本願発明の対象とするキセノンガス封入圧の選定が格別困難なものであつたとは認められないとした判断の誤りをいう。

しかし、審決が大電力の高圧ナトリユウム蒸気放電ランプのある動作条件におけるキセノンガス封入圧と発光効率や始動電圧との対応関係が、そのまま動作条件の異なる小電力の高圧ナトリユウム蒸気放電ランプに適用できるとしているものではないことは前述のとおりであり、原告の主張は審決の理由に基づかないものであつて、失当である。

第四  証拠関係

証拠関係は、本件記録中の書証目録記載のとおりであるから、ここにこれを引用する。

理由

第一  請求の原因一(特許庁における手続の経緯)、二(本願発明の要旨)及び三(審決の理由の要点)は、当事者間に争いがない。

また、第一引用例ないし第四引用例の記載内容、本願発明と第一引用例記載の発明との一致点及び相違点についての審決の認定は、当事者間に争いがない。

第二  そこで、原告の主張する取消事由の存否について検討する。

一  成立について争いのない甲第五号証(平成元年二月二一日付手続補正書)によれば、本願発明の技術的課題(目的)、構成及び作用効果は、以下のようなものであると認めることができる。

1  技術的課題(目的)

本願発明は、ナトリユウムの他に水銀とキセノンガスとを含む放電管を備え、キセノンガスの封入圧、ナトリユウムに対する水銀の重量比及びランプの動作状態での放電管の壁面負荷を所定の範囲のものとした高圧ナトリユウム蒸気放電ランプに関するものである(同別紙第三頁第三行ないし第一〇行)。

このようなナトリユウムランプは既知であり、例えば昭和五一年特許出願公開第一二一九八五号公報にも開示されている。このランプでは、キセノンガスが緩衝ガスとして働き、発光効率を改善しているが、ランプの電力は四〇〇Wと比較的高いものであつた。

本願発明は、比較的低いランプ電力において、キセノンガスか緩衝ガスとして作用する高圧ナトリユウム蒸気放電ランプを提供することを目的とする。

本願発明の他の目的は、所要電力が低いことと、低いランプ点弧電圧とを組合せた高圧ナトリユウム蒸気放電ランプを提供することにある(同第三頁末行ないし第四頁第五行)。

2  構成

本願発明は、前記の技術的課題(目的)を達成するため、特許請求の範囲一記載の構成を採用した(同第一頁第四行ないし第一五行)。

3  作用効果

本願発明の構成を採用することにより、比較的低いランプ電力によつてその発光効率を高くすることができる(同第四頁末行ないし第五頁第二行)。

また、比較的低いキセノンガス封入圧によりブレークダウン電圧に貢献し、高圧ナトリユウム蒸気放電ランプの起動を促進する(同第七頁第六行ないし第八行)。

二  相違点イに対する判断の誤りについて

原告は、第二引用例及び第四引用例には、高圧ナトリユウム蒸気放電ランプの発光効率が動作状態でのナトリユウム蒸気圧に依存することが記載されていること等のことから、当業者が本願発明の高圧ナトリユウム蒸気放電ランプの一〇〇ないし一五〇mmHgというナトリユウム蒸気圧を選定することは格別困難なものと認めることができないとした審決の判断の誤りを主張する。

原告が審決の右の判断を誤りとする理由は、高圧ナトリユウム蒸気放電ランプの発光効率は、ナトリユウム蒸気圧だけではなく、ランプの電力やキセノンガス封入圧等の動作条件に影響されるものであり、第二引用例及び第四引用例におけるナトリユウム蒸気圧と発光効率の対応関係は、そこにおける特定の動作条件限りのものであるから、これと動作条件の異なる本願発明の高圧ナトリユウム蒸気放電ランプには適用できないとするものである。

しかし、審決は、第二引用例には、高圧ナトリユウム蒸気放電ランプにおける発光効率がナトリユウム蒸気圧だけではなく、キセノンガス封入圧等にも影響されることが記載されている旨認定し(審決第三頁下から第三行ないし第四頁第一六行)、この記載を引用して、「放電管に封入する成分の種類、ガス圧、電流密度等、放電管に係る諸条件が異なれば、発光効率とナトリユウム蒸気圧との対応曲線は変化するものとみられる。」(審決第七頁第四行ないし第七行)と判断している。

審決の右判断は、正に、原告の主張するところと同一のものである。なお、原告は、第三引用例の第一図は、小電力の高圧ナトリユウム蒸気放電ランプの場合、キセノンガス封入圧を変化させても発光効率は変化しないことを示していると主張するが、成立に争いのない甲第七号証によれば、同図は、発光管の内径が小さい場合、キセノンガス封入圧を二〇mmHgから一〇〇mmHgの狭い範囲において変えても最大発光効率がそれ程変化しないことを示しているだけであり、当業者であれば、キセノンガス封入圧を第二図に示されているように、より広い範囲で変えるならば、発光管の内径が小さい場合でも、最大発光効率がキセノンガス封入圧に影響を受けることは、第三引用例の記載全体から当然予想できることであると認められる。

そして、審決は、第二引用例や第四引用例におけるナトリユウム蒸気圧と発光効率の対応関係がそのまま動作条件の異なる他の高圧ナトリユウム蒸気放電ランプに適用できると判断しているのではなく、他の動作条件がいかなるものであれ、発光効率がナトリユウム蒸気圧に依存する特性自体は変わらないと判断している(審決第七頁第八行ないし第一〇行)にすぎないことは明らかである。

審決の右の判断が正当であること疑問の余地はない。

したがつて、また、「本願発明が対象とするランプ電力が一五〇W以下の高圧ナトリユウム蒸気放電ランプにおいても、その発光効率が動作中のナトリユウム蒸気圧によつて変化することは当然予測できることと認められる」(同頁第一二行ないし第一六行)とする審決の判断が正当であること論をまたない。

本願発明の技術的課題(目的)は、所要電力が一五〇Wと低く、発光効率が高く、ブレークダウン電圧が低いという特性をもつ高圧ナトリユウム蒸気放電ランプを提供することにあるが、本願発明は、右の技術的課題(目的)を達成するために、水銀のナトリユウムに対する重量比、壁面負荷、キセノンガス封入圧及びナトリユウム蒸気圧につきそれぞれ所定の数値のものとする構成を採用したものである。

高圧ナトリユウム蒸気放電ランプにおける各動作条件の発光効率との対応関係は、理論的に決定されるものではなく、試験によつてのみ判明するものであることは技術常識というべきであり、第一引用例ないし第四引用例はすべてこれを裹付けるものである。

したがつて、前述のように発光効率がナトリユウム蒸気圧によつて変化し、また、その変化のあり方自体がキセノンガス封入圧等の他の動作条件によつて影響されることが知られ、また、第二引用例及び第三引用例に始動電圧がキセノンガス封入圧に影響されることが示されていることからすれば、当業者が動作条件をそれぞれ変え、ブレークダウン電圧も高くならないようにしながら、最大の発光効率をもたらすナトリユウム蒸気圧を選定することは格別困難なことではないと認められる。

そして、本願発明が構成要件として採用したナトリユウム蒸気圧と発光効率の対応関係に影響を及ぼす動作条件のうち、第一引用例には水銀のナトリユウムに対する重量比及び放電管の壁面負荷が、第二引用例及び第三引用例にはキセノンガス封入圧が示されていること、及びその数値についても、本願発明の水銀のナトリユウムに対する重量比及び壁面負荷の数値は第一引用例のそれと同一であることは、当事者間に争いがない。

更に、審決が相違点ロに対する判断で示しているとおり、本願発明の一五〇ないし六〇〇torrというキセノンガス封入圧も、第二引用例に最大の発光効率が得られるキセノンガス封入圧として示されている二〇〇mmHg(即ち、二〇〇torr)を含み、また、第二引用例に記載された三〇ないし三〇〇mmHg(即ち、三〇ないし三〇〇torr)の相当部分を含むものである。

そして、また、第二引用例には、一般照明用の高圧ナトリユウム蒸気放電ランプに使用されているナトリユウム蒸気圧が一〇〇ないし三〇〇mmHg(即ち一〇〇ないし三〇〇torr)である旨記載されている(このことは当事者間に争いがない)ところ、本願発明のナトリユウム蒸気圧である一〇〇ないし一五〇torrは、右ナトリユウム蒸気圧の範囲に含まれる。

したがつて、最大の発光効率をもたらすナトリユウム蒸気圧を設定すべく試験をするにつき、キセノンガス封入圧等本願発明の動作条件はいずれも当業者が試みることが困難であると認められるような数値ではない。

以上のことからすると、本願発明の高圧ナトリユウム蒸気放電ランプのナトリユウム蒸気圧を一〇〇ないし一五〇torrに選定することは、当業者にとつて格別困難なものであつたとは認められない。

なお、原告は、第二引用例の第四・一図の場合そのナトリユウム蒸気圧の範囲は本願発明の条件と重複するが、キセノンガス封入圧は本願発明の条件の範囲外にあり、これを範囲内の二〇〇mmHgとすると、発光効率が最大となるナトリユウム蒸気圧は七五mmHgとなり、本願発明の条件から外れるから、第二引用例に開示された手段を第一引用例の高圧ナトリユウム蒸気放電ランプに適用しても、本願発明の一〇〇ないし一五〇mmHgというナトリユウム蒸気圧を得ることはありえない旨主張する。

しかし、審決は、第二引用例におけるナトリユウム蒸気圧と発光効率の対応関係をそのまま一五〇W以下の小電力高圧ナトリユウム蒸気放電ランプに適用できると判断しているのではないこと前述のとおりである。そして、成立に争いのない甲第六号証によれば、第二引用例には、高圧ナトリユウム蒸気放電ランプにおける発光効率が何よりも動作中のナトリユウム蒸気圧に大きく依存する旨の記載(第四九九頁右欄下から第六行ないし第四行)とともに、「このようにナトリユウム蒸気圧の変化に対し、発光効率は最大値を持ち、この最大値はナトリーユウム蒸気圧の五〇~三〇〇mmHgの範囲にある。一般照明用の場合ナトリユウム蒸気圧は、効率のみでなく、光色・演色性などを加味して一〇〇~三〇〇mmHg程度が使用されている。」(第五〇〇頁左欄図下第六行ないし第九行)と記載されていることが認められる。右記載事項と前掲第四・一図とを総合すると、第二引用例には、高圧ナトリユウム蒸気放電ランプのナトリユウム蒸気圧の設定方法として、測定された発光効率とナトリユウム蒸気圧の複数の特性曲線(例えばキセノンガス封入圧等の動作条件)を一定に設定し、管電流を種々の値に設定して測定された発光効率とナトリユウム蒸気圧の複数の特性曲線を基にして、それら特性曲線の発光効率のピーク値を呈するナトリユウム蒸気圧の範囲が所定範囲内にあることに着目し、ナトリユウム蒸気圧をその範囲内の値に採用し、次に光色・演色性等を加味して、その前後の値に設定するという、所要の高い発光効率が得られるようなナトリユウム蒸気圧の設定方法が示されており、前掲甲第六号証にはこのような設定方法を一五〇W以下の小電力高圧ナトリユウム蒸気放電ランプに採用し得ないとする記載も示唆も存しないことが認められ、他にそのようなことを裏付ける証拠も存しないから、当業者において、一五〇W以下の小電力高圧ナトリユウム蒸気放電ランプにこのような設定方法を採用し最高発光効率を呈するナトリユウム蒸気圧の範囲を見いだすことに格別の困難があるとはいえない。

審決も、以上に示した論拠によつて本願発明の高圧ナトリユウム蒸気放電ランプのナトリユウム蒸気圧を一〇〇ないし一五〇torrに選定することは、格別困難なものであつたとは認められないと判断したものであること、その理由の要点から明らかであるから、審決の判断に誤りはない。

原告の主張は、審決の理由を正解しないでその誤りをいうものであり、矢当である。

三  相違点ロに対する判断の誤りについて

原告は、相違点イに対する判断の誤りをいうのと同一の理由をもつて、審決が相違点ロに対して示した判断の誤りをいう。

しかし、この点も前二で説示したことがそのまま妥当する。

第二引用例及び第三引用例には、キセノンガス封入圧が高圧ナトリユウム蒸気放電ランプの発光効率や始動電圧に影響を与えることが記載されているから、本願発明のランプ電力が一五〇W以下で、発光効率が高く、ブレークダウン電圧が低いナトリユウムランプを得るため、他の動作条件を変えながら、キセノンガス封入圧と発光効率やブレークダウン電圧の関係を見出すべく試験をし、本願発明の目的にかなうキセノンガス封入圧を選定するということは、当業者が容易に想到することができたものというべきである。

そして、その際の他の動作条件も当業者が試みることが困難であると認められるような数値ではないこと、前認定のとおりである。

したがつて、本願発明の高圧ナトリユウム蒸気放電ランプにおいて、キセノンガス封入圧を一五〇ないし六〇〇torrに選定することは、当業者にとつて格別困難なものであつたとは認められない。

審決も以上に示した論拠によつて、本願発明のキセノンガス封入圧の選定が格別困難なものであつたとは認められないと判断したことは、その理由の要点から明らかであるから、審決の判断に誤りはない。

原告の主張は、審決の理由を正解しないでその誤りをいうもので、失当である。

四  以上のとおり、相違点イ及びロに対する審決の判断に誤りはなく、審決に原告主張の取消事由は存しない。

第三  よつて、審決の違法を理由に審決の取消しを求める原告の本訴請求は理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担及び上告のための附加期間を定めることにつき行政事件訴訟法第七条、民事訴訟法第八九条、第一五八条第二項の規定を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 竹田稔 裁判官 成田喜達 裁判官 佐藤修市)

別紙図面一

<省略>

別紙図面二

<省略>

別紙図面三

<省略>

<省略>

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