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東京高等裁判所 平成元年(行ケ)224号 判決

一 請求原因一(特許庁における手続の経緯)、同二(本願発明の要旨)、同三(審決の理由の要点)の事実は、当事者間に争いがない。

二 そこで、原告主張の審決の取消事由について、判断する。

1 成立に争いのない甲第四号証ないし第六号証によれば、本願明細書には、次のとおり記載されていることが認められる。

本願発明は、例えば吸気管を介して内燃機関に吸入される空気量を測定するため、支持体上に設けられていて測定すべき流体の流れの中にある少なくとも一つの温度に依存する抵抗により流量を測定する測定センサを前提としたものであつて、熱線又はフイルム形サーミスタを有する公知の測定センサは、空気中に浮遊する粒子によるよごれのためすぐに測定センサ特性が変化し誤測定信号を生じ、またサーミスタフイルムセンサは、温度変化の際の支持体の熱慣性により非常に粗悪な熱特性を示す(補正明細書第三頁第五行ないし第一九行)。

本願発明は、右知見に基づき、本願発明の要旨(特許請求の範囲第一項)記載の構成(同第一頁第五行ないし第二頁第四行)を採用したもので、この構成によれば、「よごれに妨害されにくく、従つて測定センサ特性が長い間一定であるという利点が得られる。また、測定抵抗が測定すべき流体の流れに直接さらされ、しかも汚れが付着しにくいことにより、動特性が改善される。温度に依存する抵抗としてサーミスタフイルムを使用する際、支持体上に一定抵抗値の材料から成るフイルムまたは別のサーミスタフイルムを配置することによつて、測定センサの動特性がさらに改善される。」(同第四頁第二行ないし第一一行)、「第3図に示すように温度に依存する抵抗の支持体19の流れに対向する流入面を、流れの方向に延びた面に対する比について非常に小さく形成することが提案され、よごれにより測定結果が作用を受ける危険性が著しく減少される。その際本発明によればサーミスタフイルムは、支持体19の流れの方向に延びた面に取付けられ、支持体19のよごれ易い流入面にはサーミスタフイルム層は取付けられない。このように支持体から媒体へは著しくわずかな熱量しか放熱されず、さらに媒体の流量が変化する際にサーミスタフイルムから支持体へ不所望のように取出される熱エネルギーも低減される。そのためセンサは媒体の流量変化に対して迅速に応動できるようになる。このように抵抗を支持体の両面に配置した構成は、極めて正確なだけではなく著しく迅速な測定を可能とする。」(第八頁第七行ないし第九頁第五行)、「サーミスタフイルムを用いた測定センサの動特性は、一般に支持体の熱慣性によつて決まり、それに対して本来の有効サーミスタフイルム層は、ほぼ無慣性である。従つて、支持体の熱慣性は、もはや測定結果に作用しない。」(同第九頁第一〇行ないし第一四行)という作用効果を奏する。

2 引用例に審決の理由の要点2記載の技術内容が記載されていること、本願発明と引用例記載のものとの一致点、相違点が審決認定のとおりであること、及び相違点(ⅱ)の審決の判断については、当事者間に争いがない。

原告は、まず審決の相違点(ⅲ)の認定、判断が誤りである旨主張するので、この点について検討する。

成立に争いのない甲第八号証によれば、周知例記載のものは、内燃機関に流入する燃料と空気の質量流量を測定する固定センサに関するもの(周知例第一欄第三行ないし第五行)であつて、温度測定用ダイオード30を周囲の流体の温度よりも高い所定の温度まで加熱すること(同第二欄第五八行ないし第六二行)が記載され、そのFig5には、この加熱測定ダイオードの加熱電流を温度の変化に応じて調整する回路が示されていることが認められる。

右認定事実によれば、温度に依存する抵抗の温度が平均空気温度以上の一定の値に調整されることは本件出願前当業者によく知られていた技術事項であるから、引用例記載のものにおいても当然温度に依存する抵抗の温度をあらかじめ定められた値に加熱調整されているものと推認され、これを動かすに足りる証拠はない。

原告は、本願発明においては、測定抵抗の温度を、空気流入開始後における空気流入量の変化に応じてその都度前記抵抗自体を流れる加熱電流により直接抵抗22、23の温度を所定の値に調整することを発明の必須要件とするものであり、この構成によつて引用例記載のもの及び周知例記載のものの到底奏し得ない優れた作用効果を達成できる旨主張する。

しかしながら、本願発明の特許請求の範囲には、温度に依存する抵抗については、「支持体上に設けられていて、測定すべき流体の流れの中に在る少なくとも温度に依存する抵抗により流量を測定する測定センサにおいて(中略)少なくとも一つのサーミスタフイルムとして構成された温度に依存する抵抗(22、23、25)の温度がこの抵抗を流れる加熱電流により予め定められた値に調整される」とのみ記載され、流れの中に配置された測定用の温度に依存する抵抗が、この抵抗を流れる加熱電流により所定値に調整されることが示されているだけであつて、空気流入開始後における空気流入量の変化に応じてその都度温度に依存する抵抗の温度を所定値に調整することについての記載はなく、他の構成要件からみても本願発明はこれを必須要件とするものと把握できない。

なるほど、前掲甲第四号証ないし第六号証によれば、本願明細書の発明の詳細な説明には、実施例として、「流速、すなわち単位時間あたりに吸入される空気量が増加すると、温度に依存する抵抗3は一層強力に冷却される。この冷却は、調整器の入力側に帰還されるので、出力量が増加し、再び温度に依存する抵抗3に一定の温度値が生じるようにする。調整器の出力量は、吸入空気量の変化の際温度に依存する抵抗3の温度をその都度所定の値に調整」する。(補正明細書第五頁第四行ないし第一一行)と記載され、右記載に願書添付図面(別紙図面一)Fig1・Fig4ないしFig6を参照すると、右実施例に記載された態様は、原告主張のとおりのものと認められるが、本願発明の要旨をこのような態様のものに限定することは、本願明細書のどこにも記載されておらず、またその示唆も存しない。実施例は、その発明の実施態様を示したものであり、本願明細書の前記記載事項に照らすと、実施例の記載を理由に本願発明における温度に依存する抵抗の温度を「空気流入開始後における空気流入量の変化に応じてその都度」所定値に調整するものに限定することはできないというべきである。

したがつて、本願発明が、測定抵抗の温度を、空気流入開始後における空気流入量の変化に応じてその都度前記抵抗自体を流れる加熱電流により直接所定の値に調整することを発明の必須要件とすることを前提として、この構成によつて引用例及び周知例記載のものの到底奏し得ない優れた作用効果を達成できるとの原告の主張は、その前提において誤りである。

原告は、相違点(ⅲ)に係る本願発明の構成により、抵抗がこの抵抗自体を流れる加熱電流により所定の値に調整されるので、周知例記載のもののように別個の加熱素子を必要とせず、また調節が瞬時に行われる点で熱損失が少なく、かつ極めて正確な測定結果が得られるという流量測定センサの最も重要な特性の点で周知例及び引用例記載のものでは到底奏し得ない優れた作用効果を達成する旨主張する。

しかしながら、前掲甲第七号証によれば、引用例記載のものも別紙図面二Fig1に記載された温度に依存する抵抗は、Fig1及びFig1に関する説明(第二欄第一五行ないし第三二行)からみて、直接加熱されているものと認められ、それが室温以上のあらかじめ定められた値に調整されていることは、周知例に示された慣用技術から明らかであるから、原告主張の前記作用効果は、引用例記載のものも奏する作用効果であつて、格別のものとはいえない。

したがつて、本願発明と引用例記載のものとの相違点(ⅲ)について、「本願発明の温度に依存する抵抗の温度が平均空気温度以上の一定の値に調整されることは、温度に依存する抵抗を用いたブリツジ回路により流量を測定する場合の前提条件であつて、本件出願前に当業者に周知の慣用技術的事項にすぎない」との認定に基づき「引用例の発明に備えられた抵抗も測定の前段階で周囲温度以上の定められた温度に加熱されていることは自明である」とした審決の判断に誤りはない。

3 次に、原告は、本願発明と引用例記載のものとの相違点(ⅰ)についての審決の認定、判断は本願発明の作用効果の顕著性を看過、誤認したものであつて、誤りである旨主張する。

(一) 本願発明は、支持体の流れの方向に延びた面の各々に抵抗ないしサーミスタフイルムを取り付けることにより、<1>測定センサのよごれを避けることができ、測定結果が作用を受ける危険性が著しく減少される、<2>支持体から媒体へは著しくわずかな熱量しか放熱されず、さらに媒体の流量が変化する際にサーミスタフイルムから支持体へ不所望のように取出される熱エネルギーも低減されるという作用効果を奏することは、前記1認定のとおりである。

本願発明の右<1>の作用効果は、支持体の流れの方向に延びた面に抵抗ないしサーミスタフイルムを取り付けることによるものであるが、一般に塵埃を含んだ流れの中に物体を置くときは、媒体の流れに対向する面上には流れの方向に沿つた面上より塵埃が付着しやすいのが普通であるから、塵埃によるよごれを避けるには、物体をなるべく平板状に形成し流れの方向に沿つて広い面が置かれればよいことは経験則上明らかな技術常識である。前掲甲第七号証によれば、引用例記載のものの流量測定センサの支持体は、厚さが五〇μで約0.06×0.06インチの大きさのシリコンチツプであり、流れの方向に沿つた幅が流れに対向する面の幅より大きく、抵抗も平坦で細長い形状であり、流れの方向に沿つた幅が流れに対向する面の幅より大きい(第二欄第一五行ないし第一七行、第四〇行、第四一行、第四五行及びFig1・Fig2)と認められ、本願発明と同様に右技術常識に従つて配置されているというべきであるから、その結果測定センサのよごれを避けることができ、測定結果が作用を受ける危険性が著しく減少されるという作用効果を奏するというべきである。

原告は、引用例記載のものにおける媒体の流れに対して垂直に取り付けられた抵抗は、媒体の流入面に堆積物が沈澱し、この堆積物により短期間に測定センサの特性が変化し誤測定が生じることを避けられない旨主張するが、引用例記載のものの該抵抗も流れに沿う面の面積が流れに対向する面の面積よりはるかに広いので、堆積物による誤測定の可能性は少なく、また本願発明の要旨とする構成は、抵抗ないしサーミスタフイルムが支持体に埋込み取り付ける構成になつていないから、本願発明でも流れに対向する面に堆積物が沈澱しないわけではなく、この点で両者の間に作用効果上格別の差異があるとはいえない。

また、本願発明の<2>支持体から媒体へは著しくわずかな熱量しか放熱されず、さらに媒体の流量が変化する際にサーミスタフイルムから支持体へ不所望のように取出される熱エネルギーも低減されるという作用効果については、右作用効果は支持体に抵抗ないしサーミスタフイルムを両面配置することによるものであるが、一般に平板状に形成されている物体を加熱する場合に、両面から加熱することにより、物体が速やかに加熱され、しかも保温もよいことは経験則上明らかな技術常識であるから、当業者の容易に予測し得る範囲内のものと認められる。

したがつて、本願発明と引用例記載のものとの間には、作用効果上格別の差異は存しないから「本願発明の測定センサの動特性をさらに改善する必要がある場合に、支持体上に一定抵抗値のフイルム又は別のサーミスタフイルムを配置するとすればこれらの抵抗も流れの方向に延びた面に設けられることは当然であり、支持体の形状に応じて、例えば板状体のもう一つの流れの方向に延びた面を選択することは当業者が容易になし得る設計事項である」とした審決の認定、判断に誤りはない。

(二) 原告は、相違点(ⅰ)について、さらに本願明細書には、本願発明において、支持体の両面に抵抗を配置するという構成要件が「該抵抗(中略)の流れに対向する面は、流れの方向に延びた抵抗面に比べて非常に小さく」するという構成要件と結合することにより極めて正確な測定値が得られるとともに著しく迅速な測定が可能となることが明記されており、この点についての審決の認定、判断に誤りがある旨主張する。

しかしながら、「該抵抗(中略)の流れに対向する面は流れの方向に延びた抵抗面に比べて非常に小さく」という構成を前提として、支持体の両面に抵抗及びサーミスタフイルムを設けることによる本願発明の作用効果が引用例記載のものの奏する作用効果と格別差異がないことは前述のとおりであるから、そのことについて本願明細書に記載が認められるとしても、動特性の改善のため支持体上の両面に抵抗ないしサーミスタフイルムを配置するか、製造工程上の制約を考慮して引用例記載のもののように片側に配置するようにするかは、当業者が容易に選択し得る設計上の事項ということができ、審決の相違点(ⅰ)に関する認定、判断はこれと同趣旨といえるから、相違点(ⅰ)についての審決の認定、判断に誤りはない。

4 以上のとおりであるから、本願発明と引用例記載のものとの相違点(ⅲ)及び(ⅰ)についての審決の認定、判断は正当であつて、審決に原告主張の違法は存しない。

三 よつて、審決の違法を理由にその取消しを求める原告の本訴請求は失当としてこれを棄却する。

〔編注1〕本願発明の要旨は左のとおりである。

支持体上に設けられていて、測定すべき流体の流れの中にある少なくとも温度に依存する抵抗により流量を測定する測定センサにおいて、支持体(19)が板状に形成されており、支持体(19)の流れに対向する流入面が、流れの方向に延びた支持体面の幅(b)に比べて非常に小さい厚さ(d)を有しており、支持体(19)の流れの方向に延びた面の各々に一つの薄いフイルムとして形成された抵抗(22、23;25、26)が取付られており、該抵抗(22、23;25、26)の流れに対向する面は、流れの方向に延びた抵抗面に比べて非常に小さく、さらにこれら抵抗(22、23;25、26)が信号評価のために電気的に相互に接続されており、少なくとも一つのサーミスタフイルムとして構成された温度に依存する抵抗(22、23;25)の温度がこの抵抗を流れる加熱電流によりあらかじめ定められた値に調整されることを特徴とする流量測定センサ(別紙図面一参照)

〔編注2〕本件における図面は左のとおりである。

別紙図面一

<省略>

<省略>

別紙図面二

<省略>

<省略>

(他は省略)

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