東京高等裁判所 平成元年(行ケ)232号 判決
一 請求の原因一(特許庁における手続の経緯)、二(本願考案の要旨)及び三(審決の理由の要点)の事実は、当事者間に争いがない。
二 そこで、原告主張の審決の取消事由の存否について判断する。
1 成立に争いのない甲第五号証(昭和六三年実用新案登録出願公告第一九七四三号公報、以下「本願公報」という。)によれば、本願考案の技術的課題(目的)、構成及び作用効果は、次のとおりであると認められる。
本願考案は、吸上げ気化式の液体燃料燃焼装置に関するものである(本願公報第一欄第二〇行、第二一行)。
この種液体燃料燃焼装置は石油ストーブ等で広く知られているが、これらは点火、消火時には悪臭がひどく、特に消火時は気化部温度が十分に下がらないため遅れ気化した燃料が高温状態にある燃焼室壁面に触れて部分酸化されたアリデヒド等の悪臭を放つ物質となり、これが室内に放出されることになるので問題であつたし、また、石油燃焼器具の安全装置として震動時や転倒時に燃焼芯を急激に降下させると同時に燃焼部周辺の空気を強制的に吸引するものがあるが、これらは吸引手段はじやばらであり、その動作機構が複雑であり、大きい空間を必要とし、また緊急消火時にのみ動作するものであり、通常消火時には吸引動作をしないので消臭効果も全くないという欠点があつた(同第二欄第一行ないし第二一行)。
本願考案は、右従来の欠点を解消するもので、消火時における臭気を著しく低減し、点火から消火まで全域にわたつて臭気がほとんど発生しない液体燃料燃焼装置を提供することを目的とし(同第一欄第二一行ないし第二四行)、本願考案の要旨記載のとおりの構成を採用したものである(同第一欄第二行ないし第一八行)。
本願考案は前記構成を採用したことにより、緊急時の消火も含めたすべての消火において臭気を大きく低減でき、特に気体吸引装置を電動機で駆動するので、芯から遅れ気化が発生している間、吸引動作をさせることができ、確実な臭気防止が図れ、また気体吸引装置は燃料タンクよりも上方に設け、かつこの気体吸引装置と燃料タンクとの連通口部は気体吸引装置の出口部よりも低い所に位置させ、かつ気体吸引装置内で液化した燃料が気体吸引装置内に溜ることなく燃料タンク内に戻るようにしてあるから、長期間使用しているうちに気体吸引装置内に液化した燃料が溜つて気体吸引装置の機能を損なうというようなこともなくなり、長期間にわたつて良好な吸臭効果が得られるという作用効果を奏するものである(同第五欄第七行ないし第六欄第七行)。
2 第一引用例ないし第三引用例には審決認定の技術的事項が記載されていることは当事者間に争いがない。
3 相違点一の判断について
原告は、第一引用例記載のものが集溜部材を採用する理由も、第三引用例記載のものが排気フアンを採用する理由も、共に早期完全消火を達成するところにあり、消火後の遅れ気化現象により生ずる悪臭問題を解決するためではない。したがつて、遅れ気化に起因する悪臭問題を解決するために、第一引用例記載のものの集溜部材を第三引用例記載のものの排気フアンに代えて本願考案のように構成することは当業者がきわめて容易に想到し得ることではない旨主張する。
本願考案は、吸上げ気化式の液体燃料装置に関するもので、消火時の臭気、特に消火後、芯からの遅れ気化した燃料による悪臭の防止を技術的課題としたもので、気体吸引装置を電動機で駆動するという構成を採用したことにより芯から遅れ気化が発生している間、吸収動作をさせることができ確実な臭気の防止が図れるという作用効果を奏するものであることは前記1で認定したとおりである。
他方、第三引用例には審決認定の技術的事項が記載されていることは当事者間に争いがないところ、前掲甲第八号証によれば、さらに第三引用例には、「上記構成にもとづいて、次に作用を説明する。点火に際しては、スイツチを入れることにより、吸気フアン26が始動して、燃焼用空気を供給すると同時に油停止弁10が開放され、油がバーナ2内に供給されるとともに点火ヒータ6で点火される。次いで、火炎30及び赤熱している燃焼リング4からの輻射熱でバーナ2底部が加熱され、油の蒸発最適温度に保持される。燃焼排気ガスは排気フアン15の吸引力で矢印31に従つて吸排気筒27より外部に排出される。通常の燃焼状態では、弁体20は開閉口17を開放して、吸引口19を密閉している。
一方、危険防止のため自動消火が必要な場合には、第2図に示す如くまず外部からの振動を振動感知装置が感知し、弁体20に作用して開閉口17を閉じ、吸引口19を開放すると同時に、油停止弁10を閉塞して油の供給を停止する。この場合、排気フアン15の吸引排出力は、すべて未燃ガス排出管21に働き、給油管7を介してバーナ2内の未燃ガスを強制的に矢印32に従つて吸引排出するので、火炎30は速やかに消滅する。この際、吸気フアン26の加圧力も同時にバーナ2内に働き、未燃ガスを押出すので、未燃ガスの排出がさらに促進される。バーナ2内より強制的に排出された高温の未燃ガスが未燃ガス排出管21を通過して結露容器22に導かれると、断熱膨張により温度が低下し、さらに結露容器22の壁で冷却されて、凝集、結露して結露容器底部に溜る。従つて未燃ガスと同時に吸引されてきた燃焼排気ガスと空気の混合気体から未燃ガス成分が除去され、引続き、吸引口19から排気フアン15、吸排気筒27を経て外気に放出される。この混合気体には、未燃ガス成分が含まれていないため、悪臭を放つことなく、また外気の汚染もない(第二頁右上欄第一五行ないし同頁右下欄第九行)」と記載されていることが認められる。
右事実からすると、第三引用例記載のものは、本願考案のような灯芯の毛細管現象を利用した吸上気化式の液体燃料装置とは異なる強制給排気バーナ燃焼方式の燃焼器に係る消火装置であつて、自動消火が必要な場合、油停止弁10を閉塞して油の供給を停止すると同時に、開閉口17を閉じ、吸引口19を開放し、排気フアン15を利用してバーナ内の未燃ガスを強制的に吸引することによつて、火炎を速やかに消滅させるものである。
したがつて、第三引用例記載のものに係る燃焼器は、そもそも本願考案のような消火後、芯からの遅れ気化した燃料による悪臭の発生を防止するという問題は生じ得ないのであり、第三引用例記載のものが排気フアンを電動で駆動させているのは、バーナ内の未燃ガスと燃焼排気ガスと空気の混合気体を強制的に吸引することによつて早期の完全消火を図るために他ならないのであるから、消火後の遅れ気化した燃料による悪臭の防止という技術的課題を解決するために、第三引用例記載のものの排気フアンを第一引用例記載のものの集溜部材に代えて本願考案の相違点一のように構成することは当業者がきわめて容易になし得ることであるとはいえない。
被告は、第三引用例記載のものも消火時における未燃ガスによる悪臭の防止を技術的課題の一つとしており、排気フアンはその目的の一つとして設けられたものである旨主張している。
前掲甲第八号証によれば、第三引用例には、「本発明は、水噴射による消火方式にみられるように、未燃ガスが大気中に放出されることのない、また、消火媒体を必要とせず、直ちに再点火可能な消火構造を提供するものである(第一頁右下欄第一一行ないし第一四行)。」「次に効果を述べる。地震の発生等で危険防止のために、緊急に消火する必要が生じた場合、振動感知装置9に連動して、バーナ2内の未燃ガスを強制的に排出して消火せしめる消火装置において、バーナ2内より排出された未燃ガス、燃焼排気ガス及び空気の混合気は、給油管7に立設した未燃ガス排出管21を通り結露装置22に導入される。ここで高温の未燃ガス、燃料排気ガス及び空気の混合気が、未燃ガス排出管21から、容積の大きい結露容器22に高温で噴出するので、断熱膨張をおこし、混合気の温度が降下する。さらに温度の低い結露容器22の壁で冷却されるので、混合気中の未燃ガス成分は露点以下となり、凝集されて結露容器22の壁に結露し結露容器の底部に溜まるので混合気から除去される。従つて、未燃ガスによる悪臭が著しく減少し、炭化水素による大気の汚染の心配がなくなり、きれいな消火が行われる(第二頁右下欄第一二行ないし第三頁左上欄第九行)。」と記載されていることが認められる。
右記載によれば、第三引用例記載のものも未燃ガスの大気の放出、すなわち悪臭の発生を防止することを技術的課題の一つとしているが、ここにいう悪臭の発生とは消火後の遅れ気化されたものによるものとは異なるうえ、第三引用例記載のものにおいて悪臭の防止として機能しているのは主として結露装置であると認められる。
したがつて、被告の前記主張は採用し得ない。
4 以上のとおりであつて、審決は相違点一についての判断を誤り、ひいて、本願考案は第一引用例ないし第三引用例記載のものから当業者がきわめて容易に考案することができたものであると誤つて判断したものであるから、その余の取消事由について判断するまでもなく、違法として取消しを免れない。
三 よつて、審決の取消しを求める原告の本訴請求は正当としてこれを認容する。
〔編注1〕本願考案の要旨は左のとおりである。
通気筒と案内筒とを有した燃料タンクと、一端をタンク内に位置させ、他端気化部を前記通気筒と案内筒との間に上下動自在に配設した芯と、前記通気筒ならびに案内筒上に配した燃焼室と、この燃焼室に臨む如く上昇した芯の気化部から気化した気化燃料を燃焼させる内・外炎筒と、前記燃料タンク内の燃料上空間に連通され、この燃料上空間ならびに通気筒と案内筒との間を介して前記燃焼室に連通させた気体吸引装置と、この気体吸引装置を芯降下の消火時に動作状態とする電動機を備え、前記気体吸引装置は前記燃料タンクよりも上方に設け、かつ前記気体吸引装置の出口部と燃料タンクへの連通口部とは連通口部が下方に位置し前記気体吸引装置内で液体燃料が溜まらないように構成し、さらに前記気体吸引装置の一端は前記燃焼室に連通し、他端は前記燃焼室以外に開放するよう構成した液体燃料燃焼装置
〔編注2〕本件における図面は左のとおりである。
別紙図面四(第三引用例)
<省略>
(他は省略)