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東京高等裁判所 平成元年(行ケ)249号 判決 1994年2月09日

アメリカ合衆国フロリダ州33010 ハイアリー ウエスト トゥエンティース ストリート590

原告

クールター エレクトロニクス インコーポレーテッド

代表者

ウエイン エイ バーリン

訴訟代理人弁理士

杉村暁秀

杉村興作

冨田典

梅本政夫

仁平孝

山中義博

本多一郎

東京都千代田区霞が関三丁目4番3号

被告

特許庁長官 麻生渡

指定代理人

高松武生

田中靖紘

涌井幸一

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

この判決に対する上告のための附加期間を90日と定める。

事実及び理由

第1  当事者の求めた判決

1  原告

特許庁が、昭和57年審判第22365事件について、平成元年6月29日にした審決を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

2  被告

主文第1、第2項と同旨

第2  当事者間に争いのない事実

1  特許庁における手続の経緯

原告は、1974年7月5日にアメリカ合衆国においてした特許出願に基づく優先権を主張して、昭和49年12月28日、名称を「血液中の白血球およびヘモグロビンの定量方法、およびこれに用いる試薬」とする発明につき、特許出願をした(特願昭50-4195号)が、昭和57年6月23日に拒絶査定を受けたので、これに対し、同年11月2日、不服の審判の請求をした。

特許庁は、同請求を昭和57年審判第22365号事件として審理したうえ、平成元年6月29日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、その謄本は、同年8月9日、原告に送達された。

2  本願発明の要旨

別添審決書写し記載のとおりである。

3  審決の理由

別添審決書写し記載のとおり、審決は、本願の優先権主張日前にわが国において頒布された刊行物である「ジャーナル・オブ・クリニカル・パソロジー」24巻9号882頁(1971年12月発行、以下「引用例」という。)を引用したうえ、本願特許請求の範囲第2項に記載された発明(以下「本願第2発明」という。)は、引用例と周知技術を示すものとして挙げた参考文献(「Arquad Booklet」1969年版、以下「周知例」という。)に記載された技術に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものと認められるので、特許法29条2項の規定により特許を受けることができないものと判断した。

第3  原告主張の審決取消事由の要点

審決の理由中、本願第2発明の要旨及び引用例の記載内容の各認定は認める。

しかしながら、審決は、引用例に記載された技術(以下「引用例発明」という。)と本願発明が、その目的、構成及び作用効果を全く異にし、引用例には、本願発明の技術思想を示唆する記載は皆無であるにもかかわらず、後記本願発明の構成要件(a)、(e)に格別の特徴を認めることはできないとの誤った判断をし(取消事由1)、本願発明の奏する顕著な作用効果を看過し(取消事由2)、その結果、誤った結論に至ったものであるから、違法として取り消されなければならない。

1  取消事由1(進歩性判断の誤り)

(1)  本願第2発明の構成要件を分説すると、以下のとおりである。

(a) 3ケ月より長い間で安定であり

(b) ヘモグロビンの濃度をヘモグロビンシアン化物錯塩として測定する、

(c) フェリシアン化物イオンを全く含まず、

(d) 無色の水溶液から成る血液試料中の白血球およびヘモグロビンの定量に用いる試薬において、

(e) 窒素に付属し各々が1~3個の炭素原子から成る3個の低級アルキル基および14~16個の炭素原子から成る1個の高級アルキル基を有し、

(f) 炭素原子の全合計および水溶液中のイオンの量が、前記水溶液中における完全な溶解度を維持するために選ばれ

(g) 赤血球及び小板の細胞を間質溶解するに十分な量だけ存在する水溶性の第四アンモニウムイオンと、

(h) 白血球の定量を邪魔する沈澱物を生成させずに、

(i) ヘモグロビンを安定なヘモグロビンシアン化物錯塩色原体に転化するに十分な量だけ存在するシアン化物イオンと、を含み、

(j) 前記水溶液の光密度がヘモグロビン濃度に直接比例することを特徴とする血液試料中の白血球およびヘモグロビンの定量に用いる試薬

本願第2発明の目的は、クールターカウンターS型のような高速自動化した血液分析機器の導入により、高速に赤血球を間質溶解し、その光密度がヘモグロビンの濃度に直接比例する透明にして安定な再現のできる水溶液を与える色原体生成剤の必要性に対し、従来のこの種の分析用試薬がその安定性において不満足であることが明らかとなったため、これを技術課題として、赤血球を間質溶解し、しかも共存する白血球を破壊しない間質溶解剤と、その水溶液の光密度が開放されたヘモグロビンの濃度に直接比例する透明にして極めて安定な再現性のある溶液を与える色原体生成剤とを含み、従来のものに優った3か月を超えるような長期の貯蔵寿命を与える格段の安定性を有し、白血球の測定を邪魔する粒状物質や沈澱物を生成しがたく、氷点にさらしても極めて安定な血液自動分析装置用の試薬を得ることにある(甲第2号証の1、3欄17~22行、3欄43行~4欄5行、4欄16行~5欄2行)。

そして、本願第2発明は、上記構成要件(a)ないし(d)の結合を前提条件とし、これらのもとにおける(e)ないし(j)の結合を特徴とする必須構成要件を加えて全体の構成としたもので、この構成を採用することによって、従来のものに比べて3か月を超えるような異常に長い長期貯蔵寿命を有する驚くべき安定性を得ること、血液自動定量装置による白血球の測定に大きな邪魔となる粒状物質や沈澱物の生成を防止する決定的な効果を有し、氷点にさらしても極めて安定であること、定量における高度の正確性をもって、その光密度がヘモグロビンの濃度に直接比例する透明にして安定な再現性のある試薬溶液を提供できること(同5欄14~25行、7欄10~14行、8欄26行~9欄18行)という顕著な作用効果を達成したものである。現に、本願第2発明の実施品である「コールターカウンターモデルS用試薬・ライズSⅡ」(甲第14号証の2)は、3か月をはるかに超える18か月の使用期限を達成している。

(2)  これに対し、引用例(甲第4号証)は、「ジャーナル・オブ・クリニカル・パソロジー」という臨床病理学雑誌の「レターズ・トウー・ザ・エディター」の欄に掲載された西オーストラリア、パース、ロイヤルパース病院の血液学部からの「クールターS型の運転用の代替溶液」と題する報告文であって、比較的短い論文形式の記事であり、その題目の示すとおり、あくまでも、これまで使用されていた血液自動分析用溶液の「代替溶液」を紹介するものにすぎない。その記載(甲第4号証訳文本文1頁1行~2頁2行、4頁11~13行)によれば、市販製品の入手費用が高く、輸入の場合には2倍近くもかかり、しかもその処方が公表されていないので、これに代わって性能上ほぼ同等の安価な試薬を得ようとするものであって、従来製品の特定の性能や品質の向上を得ようとした記載や示唆は全く見当たらない。

したがって、引用例発明は、安価な代替溶液を得るという目的のもとに、これを達成したにすぎないものであって、上記の本願第2発明とは、その目的、効果を全く異にするものである。

(3)  引用例発明が本願第2発明の上記構成要件中(a)、(e)以外の要件を備えていることは、あえて争わないが、引用例発明は、本願第2発明の上記効果を奏するための重要な要件(e)を備えていないため、これによる要件(a)、すなわち、「3ケ月より長い間で安定であり」という要件をも満たしていない。

まず、(e)の要件の第四アンモニウムイオンが、窒素に付属しその各々が1~3個の炭素原子からなる3個の低級アルキル基(以下「R1~R3」ともいう。)と炭素原子数が14~16個からなる1個の高級アルキル基(以下「R4」ともいう。)を有するということは、溶血活性、溶解性及び氷結氷解の繰り返し環境下での安定性に基づき、商品として最適なものを得るために定められたものである。

すなわち、本願明細書に記載されているとおり、5%の濃度であるとR4が約10以上の炭素原子数で十分な溶血活性が得られるが、濃度について下限近く(約0.5%)において溶血活性を得るには少なくとも約14の炭素原子が必要である(甲第2号証の1、6欄34~42行)。溶血活性は、この炭素原子数が多くなるほど増加する傾向にあるが、あまり溶血活性が強すぎると白血球もその影響を受け、白血球の定量に悪影響を及ぼす結果になるので、これを考慮してR4の炭素原子数の上限を定めなければならない。一方、濃度が上限近く(約10%)においては、十分な溶解性を得るために濃度の下限近くのときよりもR4の炭素原子数を少なくする必要があり、この上限として最大約16の炭素原子を持たなければならない(同6欄41~44行)。

以上のことから、本願第2発明においては、濃度の下限近くから上限近くの範囲(0.5%~10%)において最適な溶血活性と溶解性を得るために、R4の炭素原子数が14~16と定められているのであり、これにより十分な溶血活性と溶解性を保持したまま、従来の試薬よりもはるかに長い貯蔵寿命を保持する効果を奏すること(同9欄8~14行)ができるのである。

これに対し、引用例発明における水溶性の第四アンモニウムイオンを生成する第四アンモニウム塩は、ココーアルキルトリメチルアンモニウムクロライド(アーマー・ヘス・ケミカル社の商品名「アルクアッドC-50」)というものであって、ヤシ油という天然物から得たものであり、ヤシ油の主成分である飽和脂肪酸には、ラウリン酸(高級アルキル基R4の炭素原子数は12)、ミリスチン酸(同14)、パルミチン酸(同16)のほか、カプロン酸(同6)、カプリル酸(同8)、カプリン酸(同10)、ステアリン酸(同18)、アラキン酸(同20)が含まれ、不飽和脂肪酸であるオレイン酸、リノール酸、ヘキサデセン酸やその他不けん化物も含まれており、成分内容や不純物の量もばらつきがあり、経年的にも一定していない。また、アンモニウムイオンの窒素に付いている3個の低級アルキル基(R1~R3)がトリメチルに示されるようにいずれもメチル基(炭素原子数1)である。

したがって、その中のいかなる成分が試薬の「溶解およびヘモグロビン転化液」としての性能を果たしているかは不明であるというほかはなく、引用例発明は、本願第2発明の(e)の要件を満たしておらず、したがってまた、(a)の要件も満たしていない。

(4)  このように、本願第2発明では、第四アンモニウムイオンは、窒素に結合する高級アルキル基(R4)が炭素原子数14、15、16と特定されたものの中の1個であって、特定された単味の1種類であるのに対し、引用例発明の第四アンモニウムイオンは、窒素に結合する高級アルキル基が特定されない複数種類の混合物であり、奇数炭素原子を有するものは皆無である。また、本願第2発明では、窒素に結合する低級アルキル基の炭素原子数は1~3であるからメチル基(炭素原子数1)、エチル基(同2)及びプロピル基(同3)を含むのに対し、引用例発明では、メチル基のみである。

この低級アルキル基は、高級アルキル基とともに、溶血活性や水溶性に大きく影響を与えるものであって、本願第2発明では、完全な溶解度を維持するために、第四アンモニウムイオンの量(濃度)と同イオンの有する高級アルキル基と低級アルキル基の炭素原子数の合計とを規定している。

したがって、第四アンモニウムイオンの窒素に結合する高級アルキル基が特定されない複数種類の混合物であり、3個の低級アルキル基がいずれもメチル基に限定された引用例のアルクアッドC-50から「特に好適なものを選択」することは、審決のいうような「混合物を構成する各成分の中から真の有効成分を求めて各種のスクリーニングを行う」といった性質の事項ではなく、まして、当業者であれば当然に行うようなことではない。

(5)  以上のとおり、目的、構成及び作用効果を異にする引用例から本願第2発明のようにすることは、当業者にとって容易であるとは到底いえない。

2  取消事由2(顕著な作用効果の看過)

本願第2発明は、上記の構成から、従来のこの種の試薬に比べて、十分な溶血活性及び溶解性を維持しつつ、3か月を超えるはるかに長い貯蔵寿命を有すること、血液自動定量装置による白血球の測定の大きな邪魔になる粒状物質や沈澱物の生成を抑制防止する決定的な効果、貯蔵中や輸送中の周囲温度により氷点にさらして氷結氷解を繰り返しても、品質悪化を来さず、きわめて安定であること、定量における高度の正確性をもって、その光密度がヘモグロビンの濃度に直接比例する透明にして安定な再現性のある試薬溶液を提供できたという顕著な作用効果を奏するものであり、とくに長期貯蔵寿命の点で従来品をはるかに上回るものである。

これに対し、引用例発明は、安価な代替溶液の開発によって、1試験当たりの大幅な費用の低減という効果をもたらすものであるが、貯蔵寿命については従来品と同じ3か月程度を維持したものにすぎない。

審決は、本願第2発明のこの予想可能性を格段に超えた顕著な作用効果を看過した違法がある。

第4  被告の主張

審決の認定判断は正当であり、原告主張の審決取消事由はいずれも理由がない。

1  取消事由1について

(1)  引用例には、引用例発明の試薬がクールターカウンターSに用いる試薬であり、ヘモグロビンのシアンメトヘモグロビンヘの転化を25秒以内に行い、赤血球を選択的かつ急速に間質溶解しつつ白血球は安定な懸濁液のままとする特性を有し、フェリシアン化物イオンを含まないものであること、この試薬を用いたときには、ドラブキン試薬を用いた場合に得られる吸収曲線と似た吸収曲線を示すことが記載されている(甲第4号証訳文2頁18行~4頁7行)。このシアン化カリウムが、本願第2発明と同じく、白血球の測定を邪魔する粒状物質を生成し難くしていることは明らかである。引用例発明の第四アンモニウム塩であるココーアルキルトリメチルァンモニウムクラロイド(アルクアッドC-50)は、炭素原子数14の高級アルキル基を含むものであるから、粒状物質を生成し難くし、かつ氷点にさらしても極めて安定なものになると解される(同訳文3頁3~4行)。

ただ、引用例には、従来のものに優って3か月を超えたという長期の貯蔵寿命を与える安定性を目的とすることが記載されていないが、この点は、本願明細書にも、「提供できれば好都合である。」(甲第2号証の1、5欄2行)等と記載されているにすぎず、何ら実証的に示すところがないことからして、本願第2発明の貯蔵期間の長期化は単に希望条件を表明したに止まり、結局のところ本願第2発明と引用例発明との目的に実質的な差はないものといわなければならない。

(2)  本願第2発明と引用例発明の構成の実質的な差異は、原告主張の構成要件(a)〔審決の項分け(A)のうちの「3ケ月より長い間で安定であり」に該当する。〕と構成要件(e)〔同(C)に該当する。〕のみである。構成要件(a)については後述することとし、同(e)についてまず述べる。

引用例発明において第四アンモニウムイオンを生成する第四アンモニウム塩であるココーアルキルトリメチルアンモニウムクロライド(アルクアッドC-50)は、ヤシ油を用いたものであり、3個の低級アルキル基と炭素原子数8~18(奇数を除く。)からなる1個の高級アルキル基とが窒素に結合した化合物であり、その炭素原子数が14及び16のものを含む点で本願第2発明と引用例発明とは共通する。

本願第2発明及び引用例発明の第四アンモニウム塩は、界面活性剤(カチオン系界面活性剤)であり、これを試薬に用いる目的が間質溶解剤として機能させることにあることは、本願明細書に記載されているように、周知の事実である(甲第2号証の1、4欄6~15行)。

この界面活性剤の合成原料としては天然の動物植物油脂が用いられることが多く、植物油脂としては、ヤシ油とパーム油が主なものである。そして、ヤシ油は、飽和脂肪酸として、炭素原子数が12のラウリン酸、次いで同14のミリスチン酸を主成分として含むものであるところ、界面活性剤の洗浄力は、起泡性の大きいほど効力が強く、最適な起泡力を示す脂肪酸の炭素原子数は12と14であることが知られている(乙第8号証)。

(3)  以上の事実に基づけば、引用例発明の炭素原子数8~18(奇数を除く。)の高級アルキル基を有する脂肪酸の中から、最適な作用をなす高級アルキル基を有するものを追求し、その結果を踏まえ、好適なものを選択して更に優れた試薬を調整しようとする程度のことは当業者が当然に行うことであり、この追求に際し、真の有効成分を取り出す手段として慣用されているスクリーニング手段を採用することは、当業者が適宜なしうることといわなければならない。

このスクリーニングに当たって、最初に着目することは量的に多い含有成分の筈であり、上記のとおり、ヤシ油の成分の中でC12及びC14の脂肪酸が量的に多い成分であり、かつ、界面活性剤の指標である起泡力が最も高い成分として当業者に周知のものであることから、これらの成分をスクリーニングしてその効果を調べ、本願第2発明の構成に至ることは、困難なこととは認められない。

しかも、本願明細書を精査しても、本願第2発明におけるC14~C16の高級アルキル基の選択に臨界的意義を認めることもできないので、本願第2発明の要件(e)〔審決でいう要件(C)〕に格別の特徴を認めることはできない。

審決の要件(C)にかかる判断は相当であり、原告の取消事由1の主張は理由がない。

2  取消事由2について

本願明細書の「特定の第四アンモニウムイオンおよびその濃度は、第四アンモニウム化合物の必要な活性および溶解性を提供するために選択される。一般に、炭素原子の数が増加するにつれて、その化合物の溶解性が減少し、R4の炭素原子数が増加するにつれて、溶血活性が増加する。かくして、例えば、R1、R2およびR3がメチルである場合、R4は、上述の分析方法に使用される時5%の濃度において十分な溶血活性を提供するために、約10~20の炭素原子(C10~C20)を含むことができる。約0.5%の濃度において、かつR1、R2およびR3がメチルである場合、R4は必要な溶血活性を提供するために、少くとも約14の炭素原子を持たなければならない。約10%の濃度において、かつR1、R2およびR3がメチルである場合、R4はこの化合物に対する必要な溶解性を提供するために、最大約16の炭素原子を持たなければならない。」(同6欄28~末行)との記載によれば、溶血活性及び溶解性は、第四アンモニウムイオンの濃度に応じてR4の炭素原子数を選定する必要があることが示されている。ところが、本願第2発明の要旨には、この濃度とは無関係にR4の炭素原子数を14~16と規定しているに止まるから、このように規定したことにより所期の効果が生ずるということはできず、この規定に格別の意義を見出すことはできない。

さらに、本願明細書の記載によれば、長期貯蔵寿命は、第四アンモニウムイオンの窒素に高級アルキル基が付属すれば必然的に具備される性質であり、特に高級アルキル基の炭素原子数が14のときに長い貯蔵寿命が得られることがわかる(同4欄38~末行、8欄末行~9欄4行、9欄8~14行)。本願第2発明は、原告主張の構成要件(a)の「3ケ月より長い間で安定である」ことをその要件としているが、本願明細書には前記記載があるに止まり、他に何ら実証的に示すところはないから、前記の要件はR4の炭素原子数が14のときに貯蔵寿命が特に高くなることを単に表明したものとみるのが相当である。原告が長期貯蔵寿命を保持する効果がある本願第2発明の実施品と主張する「コールターカウンターモデルS用試薬・ライズSⅡ」も、その第四アンモニウムイオンの高級アルキル基の炭素原子数が14であるものにすぎず(甲第14~第16号証)、炭素原子数が15、16のものについて、その長期貯蔵寿命を証明するものはない。したがって、「窒素に付属し各々が1~3個の炭素原子から成る3個の低級アルキル基および14~16個の炭素原子から成る1個の高級アルキル基を有する第四アンモニウムイオン」を構成要件とする本願第2発明のすべてに、3か月を超える長期貯蔵寿命を保持する効果があるとすることはできない。

原告の取消事由2の主張も理由がない。

第5  証拠関係

本件記録中の書証目録の記載を引用する(書証の成立については、いずれも当事者間に争いがない。)。

第6  当裁判所の判断

1  取消事由1について

(1)  本願第2発明の要旨を構成要件別に書き分ければ原告主張(a)ないし(j)のとおりとなることは当事者間に争いがなく、構成要件(a)〔審決の項分け(A)のうちの「3ケ月より長い間で安定であり」に該当する。〕と(e)〔同(C)に該当する。〕の各点を除き、引用例発明が本願第2発明と一致することは、原告のあえて争わないところである。

そこでまず、構成要件(e)の点について検討し、同(a)の点については、取消事由2において検討することとする。

(2)  甲第2号証の1及び甲第3号証により認められる本願明細書の「クールターカウンター「S」型のような高速自動化した血液学器機の導入の結果、高速に行なう赤血球-間質溶解およびその光学的密度がヘモグロビンの濃度に直接比例する透明にして安定な再現できる溶液を与える色原体生成剤の必要性を生じた。」(甲第2号証の1、3欄17~22行)、「これまで、細胞溶解およびシアンメトヘモグロビン(低温で青酸がメトヘモグロビンに作用するか、体温で酸素ヘモグロビンに作用して生ずる結晶性物質)の色原体生成試薬が自動化した高速血液学器機に用いられた。しかしながら、これらの分析用試薬はそれらの安定性に関し不満足であることが見出された。」(同3欄43行~4欄5行)との記載によれば、クールターカウンターS型のような高速自動化した血液試験機に用いる血液試験試薬には、高速で赤血球を間質溶解するための間質溶解剤と、ヘモグロビン濃度に比例して色原体を生成する色原体生成剤が必要であるが、従来の試薬は安定性に関し満足すべきものではなかったことが、本願の優先権主張日前、当業者の認識するところであったことが認められる。

そして、本願明細書には、間質溶解剤につき、「白血球を数えるのを妨害しない水準まで実際同時に起る赤血球の破壊をさせて、第四アンモニウム塩を間質溶解剤として用いると有利であり、比較的安定な試薬(例えば、米国臨床病理学雑誌、36巻、第3号、220-223頁、9月、1961年、を見よ。)を提供するということも知られた。この塩の第四アンモニウムイオンは、窒素に付属する3個の短鎖の、すなわち低級のアルキル基と1個の長鎖の、すなわち高級のアルキル基とを有する型のものである。」(同4欄6~15行)、「一般に、第四アンモニウムイオンは、例えば、窒素に3個の低級アルキル基と1個の高級アルキル基とを付属させた間質溶解剤としてこの技術分野でかねて使用された型のものである。」(同6欄5~8行)との記載があり、これによれば、間質溶解剤として、上記の第四アンモニウム塩を用いることが1961年から先行技術として行われ、有利な結果をもたらしていたことがすでに知られていたことが認められる。

次に、本願明細書には、色原体生成剤につき、「ヘモグロビンの定量の基準方法は、フエリシアン化カリ、シアン化カリおよび重炭酸ソーダを含むドラブキン試薬の使用を具体化する。ヘモグロビンをこの試薬に加えると、フエリシアン化カリがフエロシアン化カリに還元され、ヘモグロビンがメトヘモグロビンに酸化される。後者すなわちメトヘモグロビンがシアン化物イオンと反応した安定な色原体、すなわちシアンメトヘモグロビンを生成する。・・・フエリシアン化物イオンは第四アンモニウム化合物と不溶性の錯塩を生成する傾向がある。かくして、先の第四アンモニウム化合物試薬のドラブキン試薬との混合物は、沈澱の場合に沈澱物がたとえどんなに僅かでも白血球の勘定を誤つて高めるので、信頼できない。」(同4欄16~34行)、「本発明は、ヘモグロビンを、分析に適する安定な色原体に転化するためフエリシアン化物イオンを使う必要がなくてシアン化物イオンのみを第四アンモニウムイオンと共に使う必要があるという発見を具体化する。従つて、フエリシアン化物イオンの存在によつて、ひき起される錯塩生成の危険がない。」(同5欄26~32行)との記載があり、これによれば、本願第2発明は、従来使用されていた色原体生成剤であるドラブキン試薬に含まれる「フエリシアン化物イオンを使う必要がなくてシアン化物イオンのみを第四アンモニウムイオンと共に使う必要があるという発見」に、その重要な基礎をおいていることが認められる。

一方、引用例発明の試薬の組成中には、「第四アンモニウムイオンとシアン化物イオンは含まれているが、フェリシアン化物イオンは含まれていない」(審決書5頁10~12行)こと、その第四アンモニウム塩であるココーアルキルトリメチルアンモニウムクロライド(アルクアッドC-50)がヤシ油を原料とするものであり、3個のメチル基(低級アルキル基)と1個の高級アルキル基を有する第四アンモニウム塩であって、その高級アルキル基が炭素原子数8~18(奇数のものを除く。)よりなるものの混合物であることは当事者間に争いがない。

(3)  そうすると、本願第2発明がその基礎をおいたフエリシアン化物イオンを使用しないという上記「発見」は、すでに引用例発明において実現されていた知見にすぎず、したがって、引用例発明と本願第2発明との構成の差異は、上記構成要件(a)の点をしばらくおけば、その第四アンモニウムイオンの高級アルキル基が、引用例発明においては炭素原子数8~18(奇数のものを除く。)の特定されない複数種類のものであるのに対し、本願第2発明においては炭素原子数14、15、16のうちの特定された1種類のものであるということに帰着することは明らかである。

このような技術の水準と、前示のとおり、従来の試薬が安定性に関し満足すべきものではなかったことが本願の優先権主張日前から当業者の認識するところであったことからすると、従来の試薬を改良して、より優れたクールターカウンターS型用試薬を求めること、その際、引用例発明の試薬の有効成分である混合第四アンモニウムイオンの中で、赤血球の間質溶解に真に有効な第四アンモニウムイオンが何かを追求することは、当業者であれば当然に行うべきことと認められ、このような追求に当たって、有効成分が混合物であることが知られている場合に、先ず、その混合物のうちの含有量の多いものに着目することは、当業者にとって普通に行うことと認められる。

そこで、引用例発明の第四アンモニウム塩であるココーアルキルトリメチルアンモニウムクロライド(アルクアッドC-50)をみると、甲第8号証によれば、審決の挙げた周知例(「Arquad Booklet」1969年版)には、アルクアッドC-50の高級アルキル基の組成が炭素原子数別に示されており、これによると、アルクアッドC-50は、炭素数8のものを8%、同10のものを9%、同12のものを47%、同14のものを18%、同16のものを8%、同18のオクタデシル及びオクタデセニルを各5%含んでいることが認められ、また、甲第9号証によれば、本願の優先権主張日前に発行された文献「合成界面活性剤 増補版」に「椰子油、コプラCoconut」の成分が掲げられ(同号証参考資料2、84頁)、これによれば、ヤシ油の飽和脂肪酸は、炭素原子数8のものを8%、同10のものを7%、同12のものを48%、同14のものを18%、同16のものを9%、同18のもの(ステアリン酸)を2%を含み、その他の不飽和脂肪酸として、炭素原子数がともに18のオレイン酸を6%、リノール酸を3%含むことが認められ、これらによれば、アルクアッドC-50の組成の中で、炭素原子数12の高級アルキル基からなるものが最も多く、次いで、同14のものが多く、同16、同10、同8のものがこれに続くことが、本願優先権主張日前から周知の事実であったことが認められる。

そうとすれば、前示の追求において、含有量の多い炭素原子数12及び14のものに着目して検討し、併せてその前後の炭素原子数のものについても比較検討してみて、炭素原子数14~16のものを選定し、本願第2発明の構成に至ることは、当業者であれば適宜なしうる程度のことというべきである。

現に、本願明細書には、「一般に、第四アンモニウムイオンは、例えば、窒素に3個の低級アルキル基と1個の高級アルキル基とを附属させた間質溶解剤としてこの技術分野でかねて使用された型のものである。・・・R4は約10~20の炭素原子の範囲に変化し、デシルからアイコシル(eicosyl)まで広がる。」(甲第2号証の1、6欄5~16行)との一般論に引き続き、「特定の第四アンモニウムイオンおよびその濃度は、第四アンモニウム化合物の必要な活性および溶解性を提供するために選択される。一般に、炭素原子の数が増加するにつれて、その化合物の溶解性が減少し、R4の炭素原子数が増加するにつれて、溶血活性が増加する。かくして、例えば、R1、R2およびR3がメチルである場合、R4は、上述の分析方法に使用される時5%の濃度において十分な溶血活性を提供するために、約10~20の炭素原子(C10~C20)を含むことができる。約0.5%の濃度において、かつR1、R2およびR3がメチルである場合、R4は必要な溶血活性を提供するために、少くとも約14の炭素原子を持たなければならない。約10%の1濃度において、かつR1、R2およびR3がメチルである場合、R4はこの化合物に対する必要な溶解性を提供するために、最大約16の炭素原子を持たなければならない。」(同6欄28~末行)、「R4がテトラデシルでありR1がメチルである場合、R2はメチルまたはエチルであり、R3はブチルであり、溶血活性は十分でこの化合物は0.5~5%の濃度で溶解するが、この化合物は10%の濃度で不完全に溶解する。」(同7欄5~9行)、「過度の粒状物質の生成なしに、すなわち、この器機の精度を越えて正確な白血球の勘定を邪魔するようなこの溶液の氷結と氷解を考慮するようにこの試薬を混合することができるのは、本発明の1つの特徴である。上と同一の器機は約200細胞の精度限度を有する。・・・R4がテトラデシルであり、R1、R2およびR3がメチルからプロピルまである場合、5%濃度の溶液は氷結し生じた200より少ない粒子勘定と共に氷解することができる。他方において、R4がC16からC20までであり、R1、R2およびR3がメチルである場合、粒子勘定は、5%濃度の溶液を氷結し氷解(原文の「氷結」は上記の誤記と認める。)した後200を越える。・・・従つて、R1、R2およびR3は各々1~3の炭素原子を有し、かつR4は10~14の炭素原子を有すると好適である。」(同7欄10~33行)との記載があり、これによれば、本願第2発明の試薬として好適な第四アンモニウムイオンの炭素原子数を、その濃度、塩の溶解性、溶血活性及び氷結・氷解後の粒状物質生成数の各観点から比較検討し、これらの総合により、第四アンモニウムイオンの高級アルキル基の炭素原子数を14~16と規定していることが明らかであり、この作業において、上記のような比較検討が行われていることも明らかである。

したがって、審決の判断のとおり、引用例発明の混合第四アンモニウムイオンに代えて、本願第2発明の第四アンモニウムイオンを採用することは、当業者にとって容易なことであるといわなければならない。

(4)  原告は、本願第2発明の第四アンモニウムイオンの高級アルキル基の炭素原子数は14~16であり、引用例のそれに存在しない15のものをも包含し、このように炭素原子数14、15、16の高級アルキル基のものに限定したことにより、十分な溶血活性と溶解性を保持したまま、長い貯蔵寿命を達成する優れた効果を奏する旨を力説する。

しかし、前示本願明細書の記載によれば、十分な溶血活性と溶解性の保持、過度の粒状物質の生成の抑制は、高級アルキル基(R4)の炭素原子数のみによって規制されるのではなく、第四アンモニウムイオンの濃度と低級アルキル基(R1~R3)の各炭素原子数にも深く関係し、これらの組み合わせにより決定されるものであり、高級アルキル基(R4)の炭素原子数が14~16の範囲外のものでも、場合により、その範囲内のものと同様の効果を奏するものであることが認められる。また、炭素原子数15の高級アルキル基については、本願明細書に、「又、用いることはできるが、しかし余りに高価すぎるその他の試薬としては、トリデシルトリメチルアンモニウムクロライド(C13)、ペンタデシルトリメチルアンモニウムクロライド(C15)、ヘプタデシルトリメチルアンモニウムクロライド(C17)を含む。」(同7欄40行~8欄1行)と記載されていることから明らかなように、炭素原子数13及び17のものと同等の効果を示すものとされている。したがって、第四アンモニウムイオンの濃度と低級アルキル基(R1~R3)の各炭素原子数との関係を規定せず、単に高級アルキル基の炭素原子数が14~16であることと規定するにすぎない本願第2発明の要旨の示す技術的事項は、原告主張の上記効果と直結するものということはできず、結局、被告主張のとおり、本願第2発明における炭素原子数14~16の高級アルキル基の選択に臨界的意義を認めることはできないといわざるをえない。

そうとすると、引用例発明と本願第2発明とのこの点の相違点に格別の特徴を認めることができないとした審決の認定は正当である。

また、原告は、引用例発明の第四アンモニウムイオンが有する低級アルキル基は炭素原子数1のメチル基のみであるのに対し、本願第2発明のそれは炭素原子数が1~3のものを含む点で異なる旨を主張するが、炭素原子数1の場合において、引用例発明と本願第2発明とは一致するのであるから、炭素原子数2及び3の場合があることは、上記判断を何ら左右するものではない。

さらに、原告は、引用例発明と本願第2発明との目的の相違を強調するが、従来技術につき改良の余地がないものとの認識が一般であったときに非凡な着想でその改良を果たしたという場合とは異なり、本件においては、前示のとおり、従来のこの種試薬が安定性に関して満足すべきものでなかったことが当業者に知られていたのであるから、これを改良するに至る契機はすでに存在していたことが明らかであり、したがって、引用例発明の目的が製造元から販売されている試薬に代えて、略々同程度の性能を有しながら安価に調整できる代替溶液の開発にあり、引用例には本願第2発明の目的が記載ないし示唆されていないとしても、このことをもって、本願第2発明の進歩性に係る判断に影響を及ぼすものとすることはできない。

原告の取消事由1の主張は理由がない。

2  同2について

本願第2発明の原告主張の構成要件(a)〔審決の項分け(A)のうちの「3ケ月より長い間で安定であり」に該当する。〕につき、本願明細書には、「本発明の分析用試薬は、もし例えば、その貯蔵寿命が先行技術の3ケ月又はそれより短いものと比較して2ケ年又はそれ以上のような、先行の試薬と比較して血液学的自動分析処理を邪魔するに足る量の粒子の生成に対するその成分の抑制効果について評価されれば、先行の試薬に優つた異常な、極めて予想外の長期貯蔵寿命を示すことになる。」(甲第2号証の1、4欄38行~5欄1行)との記載があるが、本願第2発明の試薬が「2ケ年又はそれ以上のような・・・長期貯蔵寿命を示すこと」を裏付ける具体的、実証的な記載は、本願明細書中には一切なく、わずかに、第四アンモニウム塩としてトリメチルテトラデシルアンモニウム塩化物を用いた特定の試薬、すなわち、窒素に付属する3個の低級アルキル基がいずれも炭素原子数1のメチル基であり、1個の高級アルキル基が炭素原子数14のものである第四アンモニウムイオンを用いた試薬を例示し、これにつき、「この試薬において特に、高級アルキル基の存在が、示された目的のため用いられる先行の試薬に優つた実質的に長期の貯蔵寿命を与えるべく驚くべき安定性と粒状物質生成に対する抵抗性とを有するのが発見された。・・・この場合、前記のトリメチルテトラデシルアンモニウム塩化物は一つの例示にすぎないが、14個の炭素原子の高級アルキル基と上記の低級アルキル基とを含む第四アンモニウムイオンの効果は、驚くべきものであり、かつ血液学の自動装置を伴なう白血球の定量にその使用が適用されるこの試薬に対し異常に長い貯蔵寿命をもたらした。」(同8欄末行~9欄14行)との記載が見出されるにすぎないことが認められる。この記載によっても、この例示された試薬が具体的にどのような長期貯蔵寿命を持つものであるかは明らかではないが、甲第14号証の1・2、同第15号証、第16号証の1・2によれば、本願明細書に例示された上記試薬と同一の第四アンモニウムイオンを有する試薬が昭和62年7月1日に医薬品製造承認がなされ、「コールター・カウンターⅡ試薬」として市販されており、その製造承認において有効期間が18か月とされていることが認められる。したがって、本願第2発明のうち上記特定の第四アンモニウムイオンを有するものについては、本願明細書の上記「2ケ年」に近い18か月の長期貯蔵寿命を有すると認めることができる。

しかしながら、本願第2発明は、その第四アンモニウムイオンの高級アルキル基の炭素原子数が14の場合のみならず、15又は16の場合を含み、かつ、低級アルキル基の炭素原子数も1の場合に限られず、2又は3の場合を含むものであることは前示のとおりであるから、上記例示の試薬ないし市販品は、本願第2発明の一つの実施例にすぎず、上記各証拠をもってしては、本願第2発明の包含するすべての実施例について、その作用効果を立証したものということはできず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。

そうすると、本願第2発明の効果は、原告主張の構成要件(a)の「3ケ月より長い間で安定であり」との文言が示すとおりに、3か月を超える期間において安定であること、すなわち、3か月を超える期間安定であれば、その超える期間の長短を問わない程度で足りるものというべきである。

一方、引用例発明の試薬は、引用例の「シアン化カリウムが希薄溶液では比較的不安定なので、この調合剤溶液の保存寿命は限られたものとなり、したがって3ケ月ごとに新たに調製するのが至上である。」(甲第4号証訳文3頁末行~4頁3行)との記載が示すとおり、比較的不安定で、その保存寿命は限定されたものであるにしても、少なくとも3か月程度の貯蔵寿命を持っていると認められる。

そうすると、本願第2発明の上記貯蔵寿命の下限との差異は大きいものということはできず、引用例発明の第四アンモニウムイオンを生成する第四アンモニウム塩であるココーアルキルトリメチルアンモニウムクロライド(アルクアッドC-50)がヤシ油を原料とするもので天然の混合物に由来するものであることからすれば、この中から真に有効な特定された第四アンモニウムイオンを選定すれば、その効果の向上が期待できることは当然予測できることであり、上記効果の差異がこの予測の範囲を出るものとは認められない。

結局、本願第2発明につき、原告主張の顕著な効果を認めることはできず、審決が、原告主張の構成要件(a)につき、「3ケ月よりも長い期間という数値に格別の意義を認めることはできず」(審決書9頁13、14行)と判断したことは相当である。

原告主張の取消事由2も理由がない。

3  以上のとおり、原告主張の取消事由は、いずれも理由がなく、審決に他に取り消すべき瑕疵も見当たらない。

よって、原告の本訴請求を棄却することとし、訴訟費用の負担、上告のための附加期間の付与につき、行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条、同法158条2項を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 牧野利秋 裁判官 山下和明 裁判官 木本洋子)

昭和57年審判第22365号

審決

アメリカ合衆国フロリダ州33010 ハイアリーウエスト トウエンティース ストリート590

請求人 クールター・エレクトロニクス・インコーポレーテツド

東京都千代田区霞が関3-2-4 霞山ビル7階

代理人弁理士 杉村暁秀

東京都千代田区霞が関3-2-4 霞山ビル7階

代理人弁理士 杉村興作

昭和50年特許願第4195号「血液中の白血球およびヘモグロビンの定量方法、およびこれに用いる試薬」拒絶査定に対する審判事件(昭和61年2月25日出願公告、特公昭61-6341)について、次のとおり審決する。

結論

本件審判の請求は、成り立たない。

理由

本願は、西暦1974年7月5日にアメリカ合衆国においてなした特許出願に基づいて優先権を主張し、昭和49年12月28日に出願されたものであって、その発明の要旨は、当審における出願公告後の手続補正書(昭和62年2月27日付)により補正された明細書の記載からみて、その特許請求の範囲第1~3項に記載された「血液中の白血球およびヘモグロビンの定量方法、およびこれを用いる試薬」にあるものであると認められる。そして、特許請求の範囲第2項(以下、「本願第2発明という。)について項分けして記すと下記のとおりである。

(A) 3ケ月より長い間で安定でありヘモグロビンの濃度をヘモグロビンシアン化物錯塩として測定する、フェリシアン化物イオンを全く含まず、無色の水溶液から成る血液試科中の白血球およびヘモグロビンの定量に用いる試薬において、

(B) 該試薬が水溶性の第四アンモニウムイオンとシアン化物イオンとを含み、

(C) 前記第4アンモニウムイオンが、窒素に付属し各々が1~3個の炭素原子から成る3個の低級アルキル基および14~16個の炭素原子から成る1個の高級アルキル基を有し、

(D) 前記第四アンモニウムイオンの炭素原子の全合計および水溶液中の前記第四アンモニウムイオンの量が、前記水溶液中における前記第四アンモニウムイオンの完全な溶解度を維持するために選ばれ、前記第四アンモニウムが赤血球及び小板の細胞を間質溶解するに十分な量だけ存在し、

(E) 前記シアン化物イオンが、白血球の定重を邪魔する沈澱物を生成させずに、ヘモグロビンを安定なヘモグロビンシアン化物錯塩色原体に転化するに十分な量だけ存在し、前記水溶液の光密度がヘモグロビン濃度に直接比例する

(F) ことを特徴とする血液試料中の白血球およびヘモグロビンの定量に用いる試薬。

これに対して、異議申立人 高島-が提出した本願の前記優先権主張日前に頒布されたことが明らかな刊行物である「ジャーナル・オブ・クリニカル・パソロジー、第24巻、第9号、第882頁、1971年12月」(甲第2号証)には、クールター モデルS操作用の代替溶液が記載されており、特にその左欄下10行目~中欄9行目には次のことが記載されている。

「クールターSシステムに適合させるために、溶血及びヘモグロビンを転化するための溶液は、以下の様な特性を持つていなければならない:

25秒以内に、ヘモグロビンをシアンメトヘモグロビンに転化させねばならない。さらに、選択的にかつ迅速に、赤血球を溶解させ、安定な溶液中に白血球を残留せしめなければならない。

これらの要求を満足させる溶液の組成は、以下の様に構成される:

食塩 8.3g

リン酸水素2ナトリウム 2.0g

リン酸2水素カリウム 0.45g

塩化カリウム 0.16g

シアン化カリ 0.5g

Coco-アルキルトリメチル

アンモニウムクロライド 150.0ml

(Arquad C-50%、アーマー ヘスケミカルズ社)

水を加えて、1lとする。」

このように、甲第2号証に開示された血液試料中の白血球及びヘモグロビンの定量に用いる試薬(溶液)の組成中には、水溶性の第四アンモニウムイオンとシアン化物イオンは含まれているが、フェリシアン化物イオンは含まれていない。

そこで、本願第2発明と甲第2号証の上記記載事項とを対比すると、両者は、要件(B)及び(F)において一致し、他の要件については両者間に一応の相違が認められる。

そこでこれらの内、先ず、要件(C)について検討する。

甲第2号証に記載の第四アンモニウム塩(Arquad C-50)は、3個のメチル基と1個のアルキル基を有する第四アンモニウム塩であることは明らかであり、ただ該1個のアルキル基がどのようなものかが明示されていない。

しかしながら、Arquad C-50が3個のメチル基と1個の高級アルキル基を有する第四アンモニウム塩であって、しかも該高級アルキル基がC8~C18の混合物であることは、次の参考文献によるまでもなく、周知のことである(Arquad Booklet、1969年版、Armak Chemical社発行)。

有効成分が混合物である場合、混合物を構成する各成分の内から真の有効成分を求めて各種のスクリーニングを行うことは業界における常套手段であるから、高級アルキル基がC8~C18の混合物であるところのArquad C-50において、これら高級アルキル基混合物の中から特に好適なものを選択して、更にすぐれたS型クールターカウンター用の代替溶液を調製しようとする試みは、当業者であれば当然に行うことと認められる。

このような混合物の中から目的とする真の有効成分を選択するに際して、量的に多い含有成分に着目することは当業者ならずとも先ずはじめに行うことであるから、C8、C10、C12、C14、C16、C18の6種類の高級アルキル基の混合物であるArquad C-50において、量的に多い成分であるC12、C14に着目し、これらを中心にして適当なものを選択し、C14及びC16の高級アルキル基に到達すること自体、左程困難なこととは認められない。しかも、明細書を精査しても、C14~C16の高級アルキル基が他の高級アルキル基よりも特にすぐれた効果を奏すると認めうる根拠はなく、それよりもむしろ「R4は10~14の炭素原子を有すると好適である」と明記されており(本件公告公報、第7カラム第32~33行)、炭素数13以下のアルキル基の方がよりすぐれた効果を有するとして上記とは逆の方向が示されていて記載に一貫性がなく、これではC14、C16の高級アルキル基を特に選択した点に臨界的意義を見出そうとしても到底できることではない。

したがって、C14~C16の高級アルキル基の選択は容易なことといわざるを得ず、結局、要件(C)に格別の特徴を認めることはできない。

次に要件(D)については、試薬である第四アンモニウムイオンの量を単に機能的に記載したにすぎないものであって具体的に試薬の量を規定したものではなく、この点に格別の特徴を認めることはできない。

そして要件(E)について、請求人は、本願発明に係る試薬と甲第2号証に記載の試薬とでは発色に至る反応メカニズムが全く相違すると主張する。しかしながら、両者は、いずれも、フェリシアン化物を含まず、シアン化物イオンとしてシアン化カリウムを用いる点で全く同一であるから、ヘモグロビンとシアン化イオンとの間の着色化合物形成のメカニズムにおいて両者間に差異があろうはずがなく、したがって上記主張を採用することはできない。

また甲第2号証中欄18~20行には、「この代替溶解試薬で希釈した血液は、ドラブキン溶液を用いて得られた吸収曲線と同様のものが得られる。」と記載されているように、要件(E)に規定する「前記水溶液の光密度がヘモグロビン濃度に直接比例すること」は、甲第2号証に記載されていることであり、結局、要件(E)にも格別の特徴を認めることはできない。

最後に要件(A)については、特に要件(E)で判断したとおりであり、ただ、「3ケ月より長い間安定であり」という点に関しては、それを実証するものは何も示されていないし、甲第2号証中欄において、当該溶液の安定性について、この溶液は3ケ月毎に更新するのが最上である旨記載されているので、3ケ月よりも長い期間という数値に格別の意義を認めることはできず、結局、要件(A)にも格別の特徴は認められない。

したがって、本願第2発明は、甲第2号証及び周知技術として引用した参考文献に記載された技術に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものと認められるので、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。

よって、結論のとおり審決する。

平成1年6月29日

審判長 特許庁審判官 (略)

特許庁審判官 (略)

特許庁審判官 (略)

請求人 のため出訴期間として90日を附加する。

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