東京高等裁判所 平成元年(行ケ)58号 判決
一 請求の原因一(特許庁における手続の経緯)、二(本願発明の要旨)及び三(審決の理由の要点)の事実は、当事者間に争いがない。
二 そこで、原告主張の審決の取消事由の当否を検討する。
1 成立に争いのない甲第四号証(願書添付の明細書)及び甲第七号証(昭和六三年五月二七日付け手続補正書)によれば、本願発明は左記のような技術的課題(目的)、構成及び作用効果を有するものと認められる(別紙図面一参照)。
(一) 技術的課題(目的)
本願発明は、排気中の浮遊微粒子などを取り除くハニカム構造体を基本とする、セラミツクフイルタに関する(明細書第二頁第一四行ないし第一六行)。
ハニカム構造体は、均一に多数配列した一定形状の貫通孔が平行かつ直線的であるため、流体の圧力損失が小さく、単位体積当たりの表面積が大きい利点がある。また、貫通孔を仕切る隔壁が薄いため、ヒートアツプを容易に行い得る。すなわち、第1図及び第2図に示されているようなハニカム構造体の貫通孔の一部を封じたセラミツクハニカムフイルタは、第3図に示されているように貫通孔の方向が含塵ガス流に対して平行になるように配置され、ガス入口側の開孔部2aから流入した含塵ガス流は、他端側が封じ材4によつて封じられているため、隔壁3を通過して出口側の開孔部2bから排出される(要するに、貫通孔を形成する多孔質隔壁がフイルタの役目をして含塵ガス流の中の浮遊微粒子を濾過するのである。)。したがつて、封じ材は、フイルタを通過しない含塵ガス流がそのまま排出することがないように隔壁と緊密に接着している必要がある。さらに、高温の下で使用するのであるから、ハニカム構造体及び封じ材が共に高い対熱性を有すること、特に封じ材はハニカム構造体を焼成する温度においてもほとんど溶融相(反応相)を形成しないような適正なセラミツク材料を選定することが必要である(同第三頁第九行ないし第四頁第一七行)。
しかしながら、封じ材と貫通孔の接着は、溶融反応を主体として起こるのではなく、第4図に示されているように、隔壁3に存在する開気孔5に封じ材4が埋め込まれて接合する機構と、貫通孔への嵌合の機構が主体となる。したがつて、適当な封じ材を用いない場合には、焼成し冷却するときに、隔壁と封じ材の収縮の不均衡によつて、第5図及び第6図に例示されているように隔壁3に亀裂6が入つたり、第7図及び第8図に示されているように隔壁3と封じ材4の間に間隙7を生じ封じ材が脱落したりする(同第四頁第一八行ないし第五頁第八行、手続補正書第四頁第二行及び第三行)。
本願発明は、右のような問題点を解決するために創案されたものである(明細書第五頁第九行及び第一〇行)。
(二) 構成
本願発明は、前記問題点を解決するために、その要旨とする構成を採用したもの(手続補正書第二頁第四行ないし第三頁第一行)、すなわち、ハニカム構造体と封じ材の接触部に反応相を介在させないために選択すべき封じ材を、それぞれの材料の熱膨脹係数によつて規定したものである(明細書第五頁第一二行ないし第一六行)。
第2表及び第9図に示されているように、セラミツクハニカム構造体の熱膨脹係数より封じ材の熱膨脹係数が小さく、その差が3.5×10-6/℃以上になると、隔壁に亀裂が入ることが多い。逆に、セラミツクハニカム構造体の熱膨脹係数より封じ材の熱膨脹係数が大きく、その差が3.5×10-6/℃以上になると、隔壁と封じ材の間に間隙を生じ、極端なときは封じ材が脱落することがある(同第七頁第一七行ないし第八頁第五行)。
このようなハニカム構造体とその封じ材の熱膨脹係数の相関関係により、それぞれの材料の熱膨脹係数を前もつて知つておけば、材料の組合わせの可否を決定することが可能である(同第八頁第一四行ないし第九頁第二行)。
(三) 作用効果
本願発明のセラミツクハニカムフイルタは、封じ材が貫通孔を緊密に封じることができる。また、封じ材が溶融反応成分を含まずセラミツクハニカム構造体の耐熱性を低下させないから、フイルタ効果及び耐熱性が高いセラミツクハニカムフイルタを得ることができ、ジーゼルエンジンなどの内燃機関の高温排気中の微紛炭塵除去に極めて有効である上、フイルタ部に捕集されたカーボンダストなどの微粒子は燃焼させてco又はHc,(NOX)とすることができるから、洗浄を必要とせず継続使用できる利点がある(同第一五頁第一行ないし第一四行)。
2 以上のとおりであつて、要するに本願発明は、ハニカム構造体の所定の貫通孔の端部に封じ材を埋め込んで封ずるタイプのセラミツクハニカムフイルタにおいては、ハニカム構造体の材料と封じ材の材料の組合わせが的確性を欠くと、封じ材を埋め込んで封じ焼成した後の冷却段階におけるハニカム構造体及び封じ材の収縮の不均衡によつて、ハニカム構造体と封じ材の接着の緊密性が失われるとの知見に基づいて、ハニカム構造体の所定の貫通孔の端部に封じ材を埋め込んで封ずるタイプのハニカムフイルタでありながら、ハニカム構造体と封じ材の間に反応相を介在させないことを技術的課題とし、そのために採用すべきハニカム構造体及び封じ材の材料をそれぞれの熱膨脹係数によつて規定すること、すなわち、ハニカム構造体の材料は、四〇℃から八〇〇℃の間における熱膨脹係数が0~8.0×10-6/℃であるべきであり、封じ材の材料は、右温度範囲における熱膨脹係数が、ハニカム構造体の熱膨脹係数との差が所定の数値を超えないものであるべきことを技術的思想の核心とするものと認められる(念のために付言するに、本願発明は、次に述べるように引用例記載の発明が技術的思想の核心としている「ハニカム構造体の一端側において隣接しない適数個の小管を閉塞し、他端側において残りの小管を閉塞すること」を、発明の要旨とするものではない。)。したがつて、本願発明は、ハニカム構造体の所定の貫通孔の端部に封じ材を埋め込んで封ずるタイプのハニカムフイルタにおいてでなければ、その技術的意義を有し得ないものというべきである。
3 一方、引用例に審決認定の技術的事項が記載されていることは原告も認めて争わないところであるが、成立に争いない甲第二号証によつて引用例記載の発明の技術内容を検討するに(別紙図面二参照)、引用例記載の発明は、濾過ユニツトを構成するハニカム構造体の一端側において隣接しない適数個の小管を閉塞し、他端側において残りの小管を閉塞することを技術的思想の核心とするものと認められるが(第一頁左下欄第六行ないし第一〇行、第二頁右上欄第三行ないし第一一行)、小管の閉塞手段として引用例に記載されているのは、左記の諸点である。
<1> 「ハニカム状の構造体とは異なる材質のゴム等の板体」(第一頁右下欄第一四行及び第一五行)
<2> 「(4)は(中略)閉塞板であつて(中略)セラミツク質により形成される」(第二頁左下欄第七行ないし第一〇行)
<3> 「セラミツク質よりなる閉塞板(5)」(同頁左下欄第一五行)
<4> 「閉塞板(4)(5)はハニカム状の構造体(H)を押出し成形した後に、同材質をもつて形成し、焼成することにより構造体(H)に一体に固着させることができる。」(同頁左下欄第一六行ないし右下欄第一行)
<5> 「構造体1の左側部は第9図、右側部は第10図に示すように各小管(3)~(3)の開口部(3A)~(3A)を前記坏土にて閉塞し」(第三頁右上欄第一〇行ないし第一二行)
<6> 「閉塞板(4)(5)をセラミツク質にて焼結固着させたが、この閉塞板(4)(5)はセラミツク質に限らず、第13図に示す濾過ユニツト(71)の閉塞板(4A)(5A)のように合成樹脂板を用いて(中略)接着剤に接着させるようになしてもよい。」(同頁右下欄第一〇行ないし第一五行)
<7> 「閉塞部材は隔壁と同質材料にて製作した方が耐熱衝撃性を大きくすることができる。」(第四頁左上欄第三行ないし第五行)
右<1>ないし<4>、<6>及び<7>の記載によれば、引用例に記載されている濾過ユニツトは、ハニカム構造体とは別個に製作した板状の閉塞部材をハニカム構造体の端部に固着することによつてハニカム構造体の貫通孔を閉塞するタイプのもののみであることが明らかであつて(特に、第1図、第4図、第5図及び第13図を参照)、引用例には、貫通孔の端部に封じ材を埋め込んで封ずることは全く開示されていない。もつとも、前記<5>には「坏土」、すなわち「骨材としてアルミナ研磨材(中略)九二重量部(中略)と、マトリツクスとしてカオリン八部と、有機バインダとしてCMC五部と、水二〇部とを加えて混練した」(第三頁右上欄第四行ないし第八行)ものによつて閉塞することが記載されているところ、坏土自体は軟質のものであるからこれを貫通孔の端部に埋め込むことは技術的に可能と考えられるが、例として示されている第9図、第10図及び引用例の記載全体をみるならば、右記載も、坏土によつて板状の閉塞部材を製作しこれをハニカム構造体の端部に固着する趣旨にすぎないと解するほかない。
4 そうすると、引用例記載の発明は、そもそも「ハニカム構造体の所定の貫通孔の端部に封じ材を埋め込んで封ずるタイプのハニカムフイルタ」に関するものではないから、同発明においては、右タイプに固有の問題点であり、本願発明が正しく技術的課題とする「ハニカム構造体と封じ材の間に反応相を介在させないこと」が技術的課題として生ずるはずがなく、したがつて、引用例において右課題を解決すべき技術的思想が開示される理由がないことは明らかである。
以上のとおり、本願発明は引用例記載の発明とは技術的思想の核心を異にするものであるから、本願発明の構成と引用例記載の発明の構成の同一性(あるいは、実質的同一性)を論ずる余地は全く存しないといわざるを得ない。
5 この点について、審決は、周知例を援用して「この種のハニカムフイルタにおいてハニカム構造体の所定の貫通孔の端部に封じ材を埋め込んで封入することは、本件出願前において周知慣用の技術である」と認定し、結局本願発明は引用例記載の発明と同一であるとの結論を導出したものである。
しかしながら、成立に争いない甲第一三号証によれば、周知例記載の発明は、昭和四七年八月一六日特許出願されたが、出願審査未請求によつて、昭和五四年一〇月一八日に特許出願を取り下げたとみなされたものと認められるから、この一例のみをもつて「ハニカム構造体の所定の貫通孔の端部に封じ材を埋め込んで封入することは、本件出願前において周知慣用の技術である」と直ちに認定することには疑問があるというほかない。
また、仮に右技術が本件出願前の周知技術であるとしても、引用例には、そのハニカム構造体の材料は、四〇℃~八〇〇℃における熱膨脹係数が0~8.0×10-6/℃であるべきこと、及び、その閉塞部材の材料は、右温度範囲における熱膨脹係数が、ハニカム構造体の熱膨脹係数との差が所定の数値を超えないものであるべきことは全く開示されていないし、引用例に具体的に記載されているアルミナ研磨材(第三頁右上欄第四行)の四〇℃~八〇〇℃における熱膨脹係数が0~8.0×10-6/℃であることを認めるに足りる証拠もないのであるから、たとえ引用例にハニカム構造体の材料と同材質の材料によつて閉塞板を製作することが記載されているとしても(その場合は、ハニカム構造体の熱膨脹係数と閉塞板の熱膨脹係数の差は、当然ゼロになるものと考えられる。)、引用例に、本願発明と同一の発明(あるいは、実質的に同一の発明)が記載されているといい得ないことは明らかである。
6 したがつて、審決は、本願発明の核心をなす技術的思想について、引用例記載の発明との一致点の認定ないし相違点の判断を誤つたものであつて、右認定判断の誤りが、本願発明は引用例記載の発明と同一であるとの審決の結論に影響を及ぼすことはいうまでもない。
以上のとおりであるから、本願発明は引用例記載の発明と同一であるとした審決の認定判断は、その余の取消事由の当否を検討するまでもなく誤りであつて、審決は違法なものとして取消しを免れない。
三 よつて、審決の違法を理由にその取消しを求める原告の本訴請求は正当であるからこれを認容することとする。
〔編注1〕本願発明の要旨は左のとおりである。
セラミツクハニカム構造体の所定の貫通孔の端部を、封じ材によつて、端面からハニカム構造体のセルピツチ以上の深さに封入したセラミツクハニカムフイルタにおいて、
セラミツクハニカム構造体の四〇℃から八〇〇℃までの熱膨脹係数αAが○から8.0×10-6/℃の範囲にあり、一四九μm以下のセラミツク粉末から成る封じ材の四〇℃から八〇〇℃までの熱膨脹係数αBとの関係が|αA-αB|≦3.5×10-6/℃であつて、封じ部が、ハニカム構造体の隔壁に存在する開気孔に封じ材が埋め込まれて接合する機構と貫通孔への嵌合の機構とから成り、セラミツクハニカム構造体と封じ材の接触部に実質的に反応相を介在させないこと
を特徴とする、セラミツクハニカムフイルタ(別紙図面一参照)
〔編注2〕本件における図面は左のとおりである。
別紙図面一
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別紙図面二
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