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東京高等裁判所 平成元年(行ケ)7号 判決

一 請求の原因一(特許庁における手続の経緯)、二(本願発明の要旨)及び三(審決の理由の要点)の事実は、当事者間に争いがない。

二 そこで、原告主張の審決の取消事由の存否について判断する。

1(一) 成立に争いのない甲第二号証(昭和五九年八月二〇日付け手続補正書、以下「補正明細書」という。)によれば、本願発明の技術的課題(目的)、構成及び作用効果は次のとおりであることが認められる。

本願発明は新規な鏡に関するものである。従来、一般に使用されている鏡は、ガラス表面に銀鏡反応を利用して鏡面を施したものであるが、この鏡は、素材がガラスであるため破損し易く、重くもあり、また結露し易いという欠点があつた。近時右欠点を解決するものとして、アクリル樹脂シートの表面にアルミニウムを蒸着したアクリルミラーと呼ばれるものや、アルミニウムシートの表面にクロムメツキを施したアルミミラーと呼ばれるものが提供されているが、アクリルミラーは鏡面性能が十分でなく、また衝撃に弱く、製造コストが高いという問題点があり、一方、アルミミラーは素材のアルミニウムシートが薄い場合にはメツキ処理が困難となると共に鏡とした際に平滑面が得られず鏡面性能が低下するので、シートの厚みを二ないし三mm程度にする必要があり、そのために著しく高価となるという問題点があつた(補正明細書第一頁第一七行ないし第三頁第五行)。

本願発明は、ガラスミラー、アクリルミラー、アルミミラーの前記欠点を解決した新規な鏡を提供することを目的とし、本願発明の要旨記載のとおりの構成を採用したものである(同第三頁第六行ないし第一一行)。

本願発明は、前記構成を採用したことにより、従来の鏡に比べて別紙表―1に示すとおりの優れた非結露性、軽量性、加工性を有するという作用効果を奏するものである(同第五頁第七行ないし第八頁第一二行)。

(二) 他方、成立に争いのない甲第三号証によれば、引用例記載のものは、軽量で、形状保持性の良好な太陽追尾式放物面状集光板に関するものであり(第一頁第八行、第九行)、従来の集光板は、重量が大きく、太陽エネルギー追尾用の消費エネルギーが大きく、このため有効生産エネルギーが小さくなり、また変歪、破損の危険がある等の欠点があつたが、引用例記載のものはこれらの欠点を解決し、軽量で、反射効率の良い、破損の危険性のない集光板を提供することを目的とし(第一頁第一六行ないし第三頁第六行)、合成樹脂板の両面に金属薄板を接着した構造の積層板を集光板の材料として使用したものであり(第三頁第三行ないし第五行)、こうすることにより、軽量であり、このため取り付けが容易であり、太陽追尾のための消費エネルギーが小さく、表面反射鏡であるため反射効率が高く、また、サンドイツチ構造の積層板より構成されているため、曲げ剛性が大きく、したがつて自重、風圧などの外力に起因するたわみなどの変形がなく、形状保持性が良好であり、さらには曲げ加工性及び絞り加工性が良好で放物面の形成が容易で、集光板の生産性が良いという作用効果を奏するものである(同第三頁第七行ないし第四頁第一行)。

2 一致点の認定

原告は、引用例には、「クロムメツキを施した反射鏡」なる記載はなく、したがつて、本願発明と引用例記載のものとは、「クロムメツキを有する鏡」である点で一致するとした審決の認定は誤りであると主張する。

(一) 前掲甲第三号証によれば、引用例には、「本考案に使用される積層板は、不飽和ポリエステル、ポリエチレンのような合成樹脂板の両面にステンレス鋼、アルミニウムのような金属薄板を接着したサンドイツチ構造体である(第五頁第三行ないし第六行)。」「前記積層板の金属薄板表面に金属の表面処理を施すことも可能であり、表面処理を施したのち合成樹脂を被覆することもできる。表面処理としては化学研磨、電解研磨、バフ研磨、クロムメツキ、アルミニウム蒸着、銀蒸着などが採用可能である(第五頁第一九行ないし第六頁第四行)。」と記載されていることが認められる。右事実によれば、引用例記載のものの積層板、すなわち合成樹脂板の両面に金属薄板を接着した構造のものにおいては、その金属薄板の表面に金属の表面処理を施すことが可能で、この金属の表面処理をクロムメツキにより行うことができることを開示していることは明らかである。

原告は、引用例にはメツキ条件、クロムの厚さ、ニツケル下地の要否等に関し何らの説明もなく、実施例の記載もないから、引用例にはクロムメツキを施したものは記載されていないと主張するが、引用例には、前記認定したとおり、積層板の金属薄板表面の表面処理としてクロムメツキが採用可能であることを明記しているのであるから、メツキ条件、クロムの厚さ等の具体的な説明や実施例の記載がないからといつて、引用例にはクロムメツキを施したものが記載されていないとはいえない。

また、原告は、クロムメツキを施すと分光反射率が低下するため、集光板である引用例記載のものにおいてはクロムメツキは採用し得ない技術であると主張する。

成立に争いのない甲第六号証によれば、太陽光八五〇ないし二二〇〇nmの波長の光に対する分光反射率は、厚さ一・五ミリメートルのポリエチレン板の両側に厚さ〇・二五ミリメートルのアルミニウム板を接合した構造の複合板では、七七ないし九五%であるのに対し、右複合板にクロムメツキを施したものは三五ないし六五%、右複合板にクロムメツキとニツケルメツキを施したものは六四ないし七七%であることが認められ、複合板にクロムメツキ又はクロムメツキとニツケルメツキを施した方が分光反射率は低下することが認められる。さらに成立に争いのない甲第七号証によれば、厚さ一・五ミリメートルの未研磨のステンレス板A(JIS BO601による表面粗さ一・〇μm)、Aにバフ研磨したB(JIS BO601による表面粗さ〇・一μm)、及びC(JIS BO601による表面粗さ〇・〇三μm)の三種について、順次、アルカリ脱脂、酸洗、ニツケル前メツキ、光沢ニツケルメツキ、クロムメツキ処理を行つたものと、右処理を行わなかつたものについての太陽光八五〇ないし二二〇〇nmの波長の光に対する分光反射率は、Aではメツキ処理したものが五二ないし六九%、未処理のものが八ないし二四%、Bではメツキ処理したものが六三ないし七八%、未処理のものが六八ないし七九%、Cではメツキ処理したものが六三ないし七六%、未処理のものが七〇ないし八〇%であることが認められ、右事実によれば、ステンレス板については、未研磨品にクロムメツキとニツケルメツキを施すと分光反射率は大きくなるが、研磨品B、Cについてはメツキ処理すると分光反射率は低下することが認められる。

しかしながら、一方、成立に争いのない甲第四号証によれば、第一周知例には、「ニツケルメツキ層は(中略)反射鏡としての高い光沢度と、耐摩耗性を更に付与するため、最終クロムメツキを行う(第四欄第三三行ないし第三六行)。」と記載され、また成立に争いのない甲第一〇号証によれば、「クロムは不働態をつくりやすいため耐食性に富み、メツキとしての用途がきわめて広く、光沢、カタサ、耐摩耗性にもすぐれている。また(中略)鏡などにも使用される(第一九八頁左欄第一一行ないし第一四行)。」と記載されていることが認められ、右事実からすると、反射鏡の一種である引用例記載のものの集光板(この点については後記判示する。)において、その積層板の金属薄板表面にクロムメツキを施せば、光沢度、耐摩耗性、耐食性等の効果が得られることは明らかである。また前掲甲第一〇号証によれば、クロムの「反射鏡は六九・七%(第一九七頁右欄第三〇行、第三一行)」と記載されていることが認められ、引用例記載のものにおいて表面にクロムメツキを施した場合でも分光反射率六九・七%を得ることができるものといえる。そして、右程度の分光反射率では集光板として使用し得ないとする証拠はない。

してみると、引用例記載のものの集光板において、その積層板の金属板表面にクロムメツキを施した場合、これを施さない場合に比して分光反射率は低下するが、これによつて集光板として使用しえなくなるとはいい得ず、一方で、光沢性、耐摩耗性、耐食性等の効果が得られるものであるから、分光反射率の低下する点のみをもつて、採用してはならない技術であるとはいえず、原告の前記主張は採用し得ない。

(二) 次に、引用例記載のものは反射鏡であるか否かについてみるに、引用例記載のものは合成樹脂板の両面に金属薄板を接着した構造の積層板を使用した集光板であることは前記1(二)で認定したとおりであり、前掲甲第三号証によれば、引用例には、「集光板は表面反射鏡であるため反射効率が高い(第三頁第一一行、第一二行)。」と記載されていることが認められ、右事実からして、引用例記載のものが反射鏡であることは明らかである。引用例には、さらに「焦線が安定し、吸収効率が良い(第三頁第一七行、第一八行)」「本考案において放物面とは、円筒型の二次元放物面および球型の三次元放物面の両者を包含するものである。温水器のようにさほど高温を得る必要がないときは二次元放物面が採用され、さらに高温を得る必要があるときは三次元放物面を採用することができる(第四頁第一三行ないし第一八行)」と記載されていることが認められ、右事実からすると、引用例記載のものは、反射鏡の反射機能を利用して太陽光を集め、温水等を得るためのもので、反射鏡に関し、これにただ集光という目的が付加されているにすぎず、これが反射鏡である点に変わりはない。

したがつて、引用例には、「合成シートの両面に金属シートを接合して成る複合板の片面にクロムメツキを施した反射鏡」が記載されているとした審決の認定に誤りはない。

(三) そして、本願発明が「鏡」であることは本願発明の要旨からして明らかであり、他方、引用例記載のものは反射鏡であることは前記認定したとおりであるところ、成立に争いのない乙第一号証によれば、反射鏡とは、鏡と同義であり、平面鏡、凹面、凸面の別があることが認められ、引用例記載のものも鏡であるといえる。したがつて、本願発明と引用例記載のものは、ともに合成樹脂シートの両面に金属シートを接合して成る複合板の金属シートの片面にクロムメツキを有する鏡である点で一致するとした審決の認定に誤りはない。

3 相違点の判断

原告は、第一及び第二周知例には、いずれも鏡面をクロムメツキで得るとの記載はない、しかも、引用例記載のものは集光板であつて、クロムメツキ、ニツケルメツキが技術上採用し得ないものであるところ、右各周知例記載の技術は集光板に関するものではないから、両者を結び付ける技術的合理性はない、と主張する。

前掲甲第四号証によれば、第一周知例記載のものは、ステンレス鋼板を基材とする反射鏡の製造方法に関するものであり(第一欄第三三行、第三四行)、ステンレス鋼板を基材として用い、バフ研磨後、四ないし九%塩酸溶液でエツチング処理をし、粗面化された被メツキ面を塩酸濃度二ないし二〇ml/lの塩化ニツケル浴で前メツキを行い、これに続き、標準ワツト浴により光沢ニツケルメツキを行い、得られた二重メツキ層を一ないし三μ厚のクロムメツキ層で最終的に被覆するという構成を採用したものである(第一欄第二〇行ないし第二九行)。

右事実によれば、第一周知例記載のものは、反射鏡であり、基材の上に順次ニツケルメツキ及びクロムメツキを施して成るものであるから、その表面層であるクロムメツキがニツケルメツキを下地として鏡面を構成しているものであることは明らかである。

また、成立に争いのない甲第五号証によれば、第二周知例には、「均一メツキ性(Throwingpower)と被覆力(Covering power)の違いは、前者はメツキの厚さの差をいい、後者は厚さに関係なく単にメツキのつきまわりをいう(第二〇二頁第四行、第五行)」「クロムメツキは鉄鋼、黄銅、銅、ニツケルの順に被覆力は良好となる(第二〇二頁第一二行、第一三行)」「装飾用クロムメツキの下地は銅―ニツケル、ニツケル―ニツケルが多く用いられる。クロムメツキは内部歪が大きく、ハク離を生ずることがあるので、下地ニツケルは原則としてクロムの応力にうちかつだけの厚さがなければならない(第二〇二頁第一六行ないし第一九行)」と記載されていることが認められ、右事実によれば、クロムメツキの被覆力は、鉄鋼等に対するよりもニツケルに対してが良好であること、また、クロムメツキを施すに際しては、その下地として銅―ニツケルやニツケル―ニツケルが多く用いられていることが認められる。そして、このことはクロムメツキを施すに際し一般的に適用されることであることは右記載からして明らかであるから、第二周知例には、鏡面をクロムメツキで得る場合、クロムメツキの下地としてニツケルメツキを施すことが示唆されているものである。

そして、引用例には、積層板にクロムメツキを施した反射鏡が記載されていることは前記2で認定したとおりであるから、鏡面をクロムメツキで得るに当たり、クロムメツキの下地としてニツケルメツキを施すことが前記のとおり本件出願前周知の技術である以上、引用例記載のものにおけるクロムメツキの下地としてニツケルメツキを施すことは当業者が格別困難なくしてなし得たものであるといえ、この点における審決の判断に誤りはない。

なお、原告は、第一及び第二周知例には、引用例に具体的に記載されたアルミニウム薄板について何ら触れるところがない、と主張しているが、引用例記載のものは、合成樹脂板の両面に金属薄板を接合して成るものであることは前記1(二)で認定したとおりであつて、前掲甲第三号証によれば、引用例には、この金属薄板がアルミニウム薄板に限られるとの記載は認められないから、原告の右主張は理由がない。

3 効果の看過、誤認

原告は、本願発明は別紙表―1から明らかなように、従来の鏡に比して顕著な効果を奏するものであり、これらの特性は周知技術固有のものであつて格別のものでないとした審決の判断は誤りである、と主張する。

本願発明はその要旨記載のとおりの構成を採用したことによつて、優れた非結露性、軽量性、加工性を有するものであることは前記1(一)で認定したとおりである。この点を従来の鏡との対比でみるに、前掲甲第二号証によれば、本願補正明細書第六頁の表―1(別紙表―1参照)には、本願発明の鏡と、従来のガラス鏡、アクリルミラー、アルミミラーとが鏡面性能(反射率、歪率)、破損性、非結露性、軽量性、加工性及びコスト等の項目において比較されており、これによれば、本願発明は、<1>鏡面性能のうち反射率については、ガラス鏡、アクリルミラーよりは劣るが、アルミミラーと同等であり、歪率については、ガラス鏡よりは劣るが、アルミミラーと同等であり、アクリルミラーよりは優れている、<2>破損性については、ガラス鏡、アクリルミラーより優れている、<3>非結露性については、ガラス鏡よりは大幅に優れ、アクリルミラー、アルミミラーより若干優れている、<4>軽量性については、アクリルミラーより若干劣るが、ガラス鏡、アルミミラーよりは優れている、<5>加工性のうち、ルーターマシンによる切削性については、アルミミラーは不可であるが、アクリルミラーは本願発明同様可であり、打抜き力については、アルミミラーが二五〇〇であるのに対し、本願発明は六一〇でかなり優れていることが認められる。

他方、引用例記載のものは、軽量で、反射効率の良い、破損の危険性のない集光板を提供することを目的とし、合成樹脂板の両面に金属薄板を接合して成る積層板を用い、これにより軽量で、曲げ加工性及び絞り加工性が良好であるという作用効果を奏するものであることは前記1(二)で認定したとおりであり、破損性についても、前記のとおり、引用例記載のものはその危険性のないものを提供することを目的として右積層板の構成を採用したものであることからして、この点も引用例記載のものにおいて奏されている作用効果であると認められる。

してみると、本願発明の奏する作用効果のうち、軽量性、加工性、破損性の各点は、本願発明と同様、合成樹脂シート(=合成樹脂板)の両面に金属シート(=金属薄板)を接合して成る複合板(=積層板)という構成の引用例記載のものにおいても奏されている作用効果にすぎない。

また、非結露性についてみるに、前記認定によれば、表面が金属であるアクリルミラー、アルミミラー及び本願発明はその三者間では若干の優劣はあるものの、表面がガラスであるものに比して相対的に優れていることが認められ、他方、引用例記載のものは、積層板の金属薄板表面に金属の表面処理を施すことが可能で、その表面処理の例としてクロムメツキが採用可能であることは前記2で判示したとおりである。してみると、前掲甲第三号証によれば、引用例には結露性についての記載は認められないが、表面が金属であることからして、当業者であれば、非結露性について、引用例記載のものも、アクリルミラー、アルミミラーと同様の作用効果を奏するものであることは容易に理解し得るところであり、引用例記載のクロムメツキの下地としてニツケルメツキを施した本願発明においてもそのような作用効果を奏するであろうことは十分に予測し得るものである。

したがつて、本願発明の奏する作用効果はいずれも格別のものではないとした審決の判断に誤りはない。

5 以上のとおりであるから、本願発明と引用例記載のものとの一致点、相違点及び作用効果の顕著性についての審決の認定、判断はいずれも正当であつて、審決に原告主張の違法はない。

三 よつて、審決の取消しを求める原告の本訴請求は失当としてこれを棄却する。

〔編注〕本願発明の要旨は左のとおりである。

合成樹脂シートの両面に金属シートを接合して成る複合板の金属シートの片面にニツケルメツキ及びクロムメツキを順次施したことを特徴とする鏡。

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