東京高等裁判所 平成元年(行ケ)81号 判決
一 請求の原因一(特許庁における手続の経緯)、二(本願発明の要旨)及び三(審決の理由の要点)の事実は、当事者間に争いがない。
二 そこで、原告主張の審決の取消事由の存否について判断する。
1 成立に争いのない甲第二号証によれば、本願明細書には、本願発明の技術的課題(目的)及び構成、作用効果について、次のとおり記載されていることが認められる。
(一) 本願発明は、地盤改良工法に関するものであつて、従来から掘削混練軸にて地盤を掘削する際掘削混練軸の下部からセメントミルクのような固結用液を吐出させ、掘削混練軸に設けたスクリユウ部や翼等の撹拌部により固結用液と掘削土砂とを撹拌混練して地盤改良を行う工法が知られているが、撹拌混練に時間がかかるという問題点があつたとの知見に基づき、空気のような気体によつて掘削土砂と固結用液とを均一に効率よく撹拌混合できる地盤改良工法を提供することを技術的課題(目的)とするものである(本願公報第一頁左下欄第一三行ないし右下欄第一四行)。
(二) 本願発明は、前記技術的課題を解決するために特許請求の範囲記載の構成(本願発明の要旨)を採用した(同頁左下欄第五行ないし第一一行)ものであつて、別紙図面(一)に示された実施例によると、掘削混練軸(1)を回転してピツト(7)にて地盤を掘削し、固結用液吐出口(5)より固結用液(3)を吐出するとともに気体吐出口(6)より土砂混合用気体(4)を吐出させると、<1>固結用液(3)の吐出圧によつて固結用液(3)と掘削土砂とが一定程度混合され、<2>土砂混合用気体(4)の吐出圧によつて固結用液(3)と掘削土砂との混合が促進され、<3>土砂混合用気体(4)が気泡となつて上昇することで固結用液(3)と掘削土砂とが上方において一層混合され、<4>前記<3>によつて混合された固結用液(3)と掘削土砂とが更に撹拌部(10)によつて混合され、加えて撹拌部(10)により上昇する気泡がパンクさせられるので更に一層混合が促進させられるものである(同第二頁左上欄第一二行ないし右上欄第九行)。
(三) 本願発明は、前記構成により、<1>ないし<3>のとおり混合を効率よく行うことができ、その上<4>により一層混合が促進され、上下方向において均一な地盤改良が短時間ででき、しかも多軸であるため一軸のものに比べ大面積の地盤改良ができるという作用効果を奏するものである(同頁左下欄第三行ないし右下欄第一行)。
2 引用例記載の技術内容が審決認定のとおりであること、本願発明と引用例記載の発明とは、掘削軸にて地盤を掘削する際に、掘削軸の下部からセメントミルクのような固結用液と空気のような土砂混合用気体とを吐出せしめて掘削土砂と固結用液とを混合する地盤改良工法である点で一致し、掘削軸を、本願発明では撹拌部を設けた掘削混練軸としてその撹拌部にて掘削土砂と固結用液とを混合撹拌するとともに、掘削軸を複数本並べているようにしているのに対して、引用例記載の発明ではこのような構成になつていない点で相違すること、地盤改良工法の一つとして、掘削軸に撹拌部を設けてその撹拌部にて掘削土砂と固結用液とを混合撹拌するとともに、掘削軸を複数本並べて掘削混練する工法は本件出願当時周知であることは、いずれも当事者間に争いがない。
原告は、審決は、右相違点について判断するに当たり、引用例記載の発明と周知技術とを組み合わせて本願発明を得ることが容易でない点の判断を誤つた旨主張するので、この点について検討する。
前記当事者間に争いのない事実によれば、引用例記載の発明も周知技術も本願発明と同じ地盤改良工法の技術分野に属するものである。そして、成立に争いのない甲第三号証によれば、引用例記載の発明は、従来の工法では、地中におけるジエツトの圧力減衰が極めて大きいため大孔径の地中パイルの造成ができず、その改良としてノズルから出た後に噴流水周囲を空気により包含し地中において空気中の雰囲気を造成し、圧力減衰を少なくする方法も研究されているが、エアーリフト現象を生じて噴射した地盤硬化剤を地上に溢出してしまうという困難な問題があつたとの知見に基づき、少量のエアー噴流を硬化剤噴流によつて包合することによりエアーと硬化剤の完全な混合をなさしめ、エアーリフト現象の抑制と破砕推進力の持続を図り、大孔径地中パイルの造成を可能とすることを技術的課題(目的)として前記構成を採用したものであることが認められる。また、成立に争いのない甲第四、第五号証によれば、周知例1記載のものは、複数本並べた撹拌軸に多数の撹拌羽根(本願発明の「撹拌部」に相当)を、周知例2記載のものは、複数本並べた地盤硬化溶液供給管の周囲に円弧状撹拌翼(本願発明の「撹拌部」に相当)を設け、これにより掘削土砂と固結用液との混合撹拌を促進しているものであるが、特に周知例2には、「土と硬化溶液との撹拌混合をムラなく行い、(中略)を目的とする。」(第一頁右下欄第一六行ないし第一八行)、「撹拌翼は供給管1の挿入・引抜き移動によつて、下方又は上に移動するから十分に撹拌される。」(第二頁右上欄第六行ないし第八行)と記載されていることが認められる。
右認定事実によれば、引用例記載の発明は本願発明と同じ地盤改良工法において、本願発明と同じく掘削土砂と固結用液との混合撹拌を完全に行うことを技術的課題として前記構成を採用したものであるから、引用例記載の発明において、さらに混合撹拌を促進するために、このことを技術的課題とした前記周知技術を適用し、その掘削軸を撹拌部を設けた掘削混練軸とし、さらに地盤改良面積を大きくするために、前記周知技術に基づきその掘削混練軸を複数本並べた構成とすることは、当業者であれば容易に想到することができたものというべきである。
原告は、引用例には、その構成に他の手段を付加することについての示唆がない旨主張する。
しかしながら、引用例記載の発明も本願発明と同じく掘削土砂と固結用液との混合撹拌を完全に行うことを技術的課題とすることは前述のとおりであり、同じ技術分野において掘削軸に撹拌部を設けてその撹拌部にて掘削土砂と固結用液とを混合撹拌することが周知である以上、引用例にそのことが明記されていなくても、引用例記載の発明に周知技術を適用することに格別の困難は存しないというべきであるから、原告の右主張は理由がない。
また、原告は、引用例記載の発明における気泡の破裂は、本願発明における撹拌部による気泡の破裂とは基本的に異なるものであり、周知技術においてもこのことは期待されていない旨主張する。
本願明細書の記載によれば、本願発明における掘削土砂と固結用液との混合撹拌は前記1二の<1>ないし<4>により行われ、そのうち撹拌部による混合の促進は<4>に基づくものであるから、撹拌部の構成を有しない引用例記載の発明において、右<4>の混合促進は行われないが、<1>ないし<3>の混合促進が行われていることは明らかであり、しかも、引用例記載の発明においても気泡の破裂による効果を奏することは、前掲甲第三号証によれば、引用例には、「空気を包合した水噴射が最も小さい圧力減衰を示している。即ち、噴射後噴流圧は自然に減じて行くが、空気包合噴射の場合は水の圧力を徐々に減じると一つの限界に達し液体は等質性を保つことが出来ず気体と液体の混合物となり、流動する液体中気泡として現れ空洞を作るキヤビテーシヨン現象を惹起する。この空洞は気体が圧力の高い部分に達すると破裂し、液体中に圧力波を生じる。この時発生する衝撃圧力は非常に大きく地盤の破砕に多大の効果を生じる。」(第二頁右上欄第一五行ないし左下欄第七行)と記載されていることからも明らかであるから、本願発明における前記<1>ないし<4>の混合促進との間に格別の差異があるとはいえない。加えて、掘削土砂と固結用液との混合を促進するために掘削軸に撹拌部を設けることは本件出願当時周知であるから、本願発明における前記<1>ないし<4>による混合撹拌の促進は当業者には通常予測される範囲のものにすぎない。したがつて、原告の前記主張は理由がない。
3 以上のとおりであるから、引用例記載の発明において掘削軸を本願発明のように撹拌部を設けた掘削混練軸として、その撹拌部にて掘削土砂と固結用液とを混合撹拌するようにするとともに、掘削軸を複数本並べる構成にすることは当業者が普通に考えつくことができる構成の変更であるとした審決の認定、判断に誤りはなく、本願発明は引用例記載の発明及び周知技術に基づき当業者が容易に発明することができたものというべきであるから、審決に原告主張の違法はない。
三 よつて、審決の違法を理由にその取消しを求める原告の本訴請求は失当として棄却することとする。
〔編注〕本願発明の要旨は左のとおりである。
複数本並べた掘削混練軸にて地盤を掘削する際に掘削混練軸の下部からセメントミルクのような固結用液と空気のような土砂混合用気体とを吐出せしめて掘削土砂と固結用液とを混合し、さらに掘削混練軸に設けた撹拌部にて掘削土砂と固結用液とを撹拌混合することを特徴とする地盤改良工法