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東京高等裁判所 平成元年(行ケ)84号 判決

一 請求の原因一(特許庁における手続の経緯)、二(本願発明の要旨)及び三(審決の理由の要点)の事実は、当事者間に争いがない。

二 そこで、原告主張の審決の取消事由の当否を検討する。

1 成立に争いない甲第二号証(特許願書中の明細書)及び第五号証の二(昭和六一年八月一二日付け手続補正書)によれば、本願発明の技術的課題(目的)、構成及び作用効果は左記のとおりであると認められる(別紙図面一参照)。

(一) 技術的課題(目的)

本願発明は、バレル研磨装置に関する(明細書第二頁第七行及び第八行)。

遠心バレル研磨装置は研磨能率が高いので多用されているが、蓋の着脱に多大の時間及び労力を要し、これを自動化するには複雑な装置になるとの問題点があつた。すなわち、従来の遠心バレル研磨装置は、遠心力が増大すると、第1図イに示されているようにバレル槽内のマス(バレル槽の内容物。研磨材と工作物、あるいは研磨材と工作物に水やコンパウンド等を加えたものである。同第一頁第一七ないし第一九行)が直立するので、蓋がないとマスは矢示aのように上方開口から漏出し、たとえロのようにバレル槽を傾斜させても、バレル槽が右側の位置に旋回されるとマスは矢示bのように上方開口から漏出する。一方、バレル槽の旋回数をマスが上方開口から漏出しない程度に設定すると、研磨能率が甚だしく低下してしまう(同第二頁第九行ないし第三頁第三行)。

本願発明の課題は、遠心力を増大しても一定量のマスはバレル槽の開口から漏出しない、高能率の研磨装置を得ることに存する(同第二頁第一四行ないし第一七行)。

(二) 構成

前記課題を解決するために、本願発明はその要旨とする構成を採用したものであつて(昭和六一年八月一二日付け手続補正書第二頁第二行ないし第一一行)、要するに、バレル槽の上方を内側に傾斜させて高速で公転することにより、マスにバレル槽の旋回外周軌跡方向への遠心力を与えて、マスをバレル槽の内壁に圧着させながらバレル槽を自転してマスを移動させるものである(明細書第三頁第八行ないし第一三行)。

これを第3図ないし第5図の実施例によつて説明すると、回転軸1をターレツト3に(水平軸5a、5bによつて)支架されている軸受7内に回転可能に挿入し、回転軸1の上端に上方を開口したバレル槽2の底部を固着し、回転軸1の下端に重錘入りのテーパ状ゴムローラ12を固着し(以上が「研磨ユニツトA」を形成する。)、研磨ユニツトAは水平軸5a、5bに回動自在に吊り下げられる。複数個の研磨ユニツトAが均等に取り付けられたターレツト3は、モータ8によつて回転される垂直主軸4に水平に取り付けられる。機枠13の内周にはゴム製のガイドレール14が固着され、その当接面14aはゴムローラ12のテーパ面と対応して傾斜し、円滑に摺接する(同第四頁第二行ないし第一九行)。

ターレツト3が停止していると、研磨ユニツトAは、下端部のゴムローラ12の重錘によつて第3図の鎖線図A´のように直立し、バレル槽2の開口は真上を向く。装入されるマス量は、傾斜旋回中のバレル槽2の最上方周辺の一点B(第2図)から垂下し、前記バレル槽2の底面あるいは下方周辺と交わる直線を含み、かつ、

a マスに加わる遠心力の方向に垂直な面

b バレル槽2の外周

c 底面内壁

が構成する空間(第2図の斜線部を含む。)を満たす量を超えない量とする必要がある(同第四頁第二〇行ないし第五頁第一一行)。

そして、モータ8を駆動してターレツト3を矢印cの方向に高速回転させると、研磨ユニツトAは第3図A´´のように傾斜しながら主軸4の周りを旋回し、ゴムローラ4がガイドレール14と摺接することによつて、中心軸1は矢印dのように回転する。したがつて、バレル槽2は、その中心軸線が常に主軸4の延長線と交差するようにバレル槽2の上方を内側に傾斜しながら、主軸4の周りを公転し、バレル槽2内のマスを、バレル槽2の周壁及び底部の旋回外周軌跡方向の遠心力によつてバレル槽2の内壁に圧着させながら、その中心軸1で自転してマスを移動させ、工作物と研磨材の相対運動によつて工作物を研磨する(同第五頁第一三行ないし第六頁第六行)。

(三) 作用効果

本願発明は、ターレツト及びバレル槽を高速回転しても、マスが上方開口から漏出しないから、従来は実施困難とされていた上方開口バレルにおける高速遠心バレル研磨を可能としたのみならず、自動化のネツクとなつていた蓋の着脱を必要としないなどの卓効を有する(同第一〇頁第八行ないし第一四行)。

2 一方、審決が、引用例には「ドラムを旋回して遠心力を付与すべく回転するハブへ取り付けた回転円板の外周部に、複数のドラムを回転自在に取り付けて、ドラムを自転及び公転させるようにした研磨装置」、すなわち、旋回遠心バレル研磨法(バレルが自転及び公転し、公転によつて生ずる遠心力がマスの自重より著しく大きい研磨法)を採用した研磨装置が記載されているとした上、本願発明との間の一致点を認定しているのに対し、原告は、引用例記載の発明は回転バレル研磨法(すなわち、バレルが自転するのみで公転しないもの、あるいは、自転及び公転するが公転によつて生ずる遠心力がマスの自重より小さいもの)を採用した研磨装置であつて、本願発明が属する旋回遠心バレル研磨装置とは技術的思想を異にする別個のタイプの研磨装置であるから、審決の一致点の認定は誤りであると主張する。

この点について、被告は、引用例記載の発明が旋回遠心バレル研磨法を採用した研磨装置であると認定すべき論拠となる引用例の記載を挙げるので、以下、これを検討する。

<1> 「二個の回転円板上で遊星回転可能に支持され(中略)る数個のドラムを具え」との記載(第二頁右上欄第九行ないし第一一行)

右記載にいう「遊星回転」とは、自転及び公転をする趣旨と解される。しかしながら、旋回遠心バレル研磨法においては、公転による遠心力がマスの自重を超え、マスが常に公転の外側に位置するような遠心力を付加しなければならないが(成立に争いない甲第一一号証の二(浅原照三ほか編「表面研磨法」株式会社朝倉書店昭和四三年八月三〇日発行)第一六六頁図五25参照)、そのためには、成立に争いない甲第九号証の二(昭和四〇年特許出願公告第一九一五六号の訂正後の公報)の第三欄第四〇行ないし第四欄第一行、並びに、第一四号証(松永正久編「バレル仕上法」株式会社誠文堂新光社昭和三四年四月三〇日発行)の第八二頁第二九行ないし第八三頁第三行、及び、第一〇三頁第五26図によれば、公転が<省略>以上の回転数(Dはバレルの直径)を有する必要があることが認められる。したがつて、バレルが「遊星回転可能」であることは、直ちにその研磨装置が採用する研磨法が旋回遠心バレル研磨法であることを意味するとはいえないが、同時に、前掲甲第八号証によれば、引用例には公転の回転数をどのように設定すべきかについては何らの記載もないことが認められるから、その採用する研磨法が回転バレル研磨法であると断定することもできない。

<2>「この種の研磨装置はドイツ特許第一六五二〇六五号により既知である。」との記載(第二頁右上欄第一五行及び第一六行)

被告は、ドイツ特許第一六五二〇六五号発明の明細書には「遠心力は加算あるいは減算されるように作用する」との記載があることに基づいて、二つの遠心力が存するということは旋回遠心バレル研磨法にほかならないと主張する。しかしながら、バレルが公転及び自転をし、したがつて二つの遠心力が存しても、そのことが直ちにその研磨法が旋回遠心バレル研磨法であることを意味しないことは、前記のとおりである。

付言するに、旋回遠心バレル研磨法においては、公転による遠心力によつて、マスの重心は(バレルの回転軸を基準にして)常に公転の中心から遠い側にあるから、バレルの自転による遠心力は(自転が公転と同方向の回転であろうと、逆方向の回転であろうと)常に公転による遠心力と同一方向に働くと考えられる(別紙参考図の左図参照)。一方、回転バレル研磨法のうち自転及び公転するものにおいては、公転によつて生ずる遠心力がマスの自重を超えることはないから、バレルが公転の中心より上方にあるか下方にあるかによつて、マスの重心は(バレルの回転軸を基準にして)公転の中心から遠い側になつたり近い側になつたりする(別紙参考図の右図参照。いうまでもなく、同図は、自転軸及び公転軸を水平に設定した場合を図示しているのである。)。それゆえ、この場合は、公転による遠心力と自転による遠心力が常に同一方向に働かず、反対方向に働くときもある(C)と考えざるを得ない。

そうすると、ドイツ特許第一六五二〇六五号発明の明細書の「遠心力は加算あるいは減算されるように作用する」との記載は、回転バレル研磨法のうち自転及び公転するものに、より適合するということができる。

<3> 「供給される材料を正弦波状に上下させつつ回転させることができる。」との記載(第三頁左上欄第一二行及び第一三行)

成立に争いない甲第八号証によれば、引用例には、右記載に先立つて「円板の回動軸を傾斜させ、かつこの回動軸に対してドラムを傾斜させてあるので」と記載されていることが認められる(同頁左上欄第一〇行ないし第一一行)。

そして、別紙図面二によれば、引用例記載の発明の回動軸2は傾斜して配設されているので、図左側に示されているドラムと図右側に示されているドラムは、垂直方向における位置(高さ)が異なることになる。そして、そのように傾斜している回動軸2を回転させるならば、一つのドラム(したがつて、そのドラムに装入されている「供給される材料」)の垂直方向における位置(高さ)が逐次に変化し、この変化が繰り返されることは明らかであつて、このことを引用例は「供給される材料を正弦波状に上下させつつ」と表しているものと解される(なお、「回動軸に対してドラムを傾斜させてある」ことは、「供給される材料を正弦波状に上下させ」ることとは無関係と考えられる。)。したがつて、右記載は、バレルが自転及び公転をすることを示しているのみであるから、引用例記載の発明が採用している研磨法が旋回遠心バレル研磨法であるか回転バレル研磨法であるかを決する論拠とはなり得ない。

この点について、被告は、マスの重心に注目し、「旋回遠心バレル研磨法においては公転に伴つてマスの重心がバレルに対して正弦波状に上下する」と主張する。右主張は、研磨作用に伴つてバレルの内部におけるマスの重心が正弦波状に移動するとの趣旨と解されるが(別紙参考図の左図参照)、引用例の前記記載は、研磨作用に伴つてマスの重心がバレルの内部においてどのように変化するのかを説明したものとは解し難い上、被告の右主張は、引用例が「供給される材料を正弦波状に上下させつつ回転させることができる」ことの前提として記載している「円板の回動軸を傾斜させ、かつこの回動軸に対してドラムを傾斜させるので」が有する技術的意義を何ら考慮していないものであつて失当である。

<4> 「円板は全てのドラムが回転を維持している間に短時間だけ停止させることができる。」との記載(第三頁左上欄第一八行及び第一九行)

右記載が、回転円板が通常は公転をしていることを意味することは明らかである。しかしながら、バレルが公転することが、直ちにその研磨法が旋回遠心バレル研磨法であることを意味しないことは、前記のとおりである。

<5> 「ドラムを傾斜させた特別の形状とすることにより、ドラムがほぼ完全に満されている時でも内容物の外部への漏洩は事実上生じない。」との記載(第三頁右下欄第一一行ないし第一三行)

「ドラムがほぼ完全に満されている時」、すなわち、マスをほぼ一〇〇%装入したバレルを直立させた状態で公転すればかなりのマスが漏出するが、上方部開口を回転中心方向に傾斜させた状態で相当の遠心力を生ずる公転をすればマスの漏出量を減少させ得るのに対し、直立させた状態で自転させるのみならばマスが漏出量は余り多くないが、傾斜させた状態で自転させればマスの漏出量が増大することは明らかである。したがつて、右記載は、バレルが相当の遠心力を生ずる公転をすることを意味し、その研磨法が旋回遠心バレル研磨法であることを示唆していると解される。

この点について、原告は、「ドラムを傾斜させた特別の形状」とは、「ドラムの上部開口を内側に傾斜させた形状」のことであると主張するが、引用例はドラム自体の形状については「多角柱状の中央部分5aと切頭錐状の前後端部5bとを有する多面体構造」(第三頁左下欄第一二行ないし第一三行)と表現しているのであるから、原告の右主張は採用できない。

3 以上のとおりであるから、被告が挙げる引用例の記載からは、引用例記載の発明が採用している研磨法が旋回遠心バレル研磨法あるいは回転バレル研磨法のいずれであるともいえず、少なくとも原告が主張するように引用例記載の発明が採用している研磨法が回転バレル研磨法であると断定することはできない。

しかしながら、前掲甲第一一号証の一によれば、旋回遠心バレル研磨法は回転バレル研磨法に比較して五〇倍もの研磨能率を有するのであり(第一八〇頁第五行以下)、かつ、前掲甲第八号証によれば、引用例にはその回転円板の回転数を適宜に設定することを妨げる記載は全く認められないから、当業者が引用例の記載に接したとき、「遊星回転可能」である引用例記載の発明が旋回遠心バレル研磨法を採用した研磨装置であると想定することには、何らの障害もなかつたというべきである。

したがつて、引用例記載の発明は旋回遠心バレル研磨法を採用した研磨装置であるとした上、これと本願発明を対比しその間の一致点及び相違点を認定した審決には、原告主張の誤りはない。

4 審決は、相違点<5>の判断において、本願発明が奏する作用効果は「従来の遠心バレル研磨機と同程度の回転数を維持してもマスが上方開口から漏出しないので上方開口バレル槽による高速遠心バレル研磨が可能であること、及び、蓋の着脱が不要であること」に尽きることを前提とし、引用例記載の発明もこれと同一の作用効果を奏するから右相違点は単なる設計事項にすぎないと判断している。

しかしながら、相違点<5>に係る本願発明の構成、すなわち「バレル槽が傾動可能」なことによつて奏される作用効果は、審決認定の二点に尽きるとするのは誤りである。

すなわち、前掲甲第二号証によれば、本願明細書には、研磨終了後のマスを上方開口から排出し得ること(第六頁第一〇行ないし第二〇行の実施例において、別紙図面一の第4図に示されている回転シリンダ30で水平軸5bを定角回転し研磨ユニツトAを回動することによつて、上方開口からマスを排出することが開示されている。)、及び、バレルの傾斜角度を適宜に調整し得ること(第九頁第二行ないし第五行の実施例において、別紙図面一の第7図に示されている軸受32に固着したボルトをブラケツト33に設けた長孔34の中に係入しナツトで固定することによつて、バレルの傾斜角度を調整することが開示されている。)が記載されていることが認められるが、これらが「バレル槽が傾動可能」である構成によつて初めて奏され得る作用効果であることは明らかである(念のため付言するに、右作用効果は実施例によつて開示されているが、「バレル槽が傾動可能」であることは本願発明の特許請求の範囲に記載されている事項であるから、前記作用効果を実施例のみが奏するものという被告の主張は失当である。)。

一方、前掲甲第八号証によれば、引用例記載のドラムは二個の回転円板(別紙図面二の16及び17)を貫通することによつて支持されるのであるから(第三頁右上欄第一四行及び第一五行、同頁左下欄第三行ないし第五行)、別紙図面二に示されている供給開口10からマスを排出することは不可能であつて、ドラムの底部に開閉できるカバーを設ける必要があり(第四頁左上欄第九行ないし第一一行。本願発明においては上方開口のほかに開口を設ける必要はない。)、また、ドラムの傾斜角度の設定は回転円板16及び17の表面部分の傾斜角度を選択することによつてのみ行われるのであるから(第三頁右上欄第一四行ないし第二〇行)、回転円板を交換しない以上、ドラムの傾斜角度を適宜に調整できないことも明らかである。

それゆえ、引用例記載の発明が本願発明と同一の作用効果を奏するとはいえず、したがつて、相違点<5>を単なる設計事項にすぎないとした審決の判断は、誤りである。

5 以上のとおりであるから、審決には一致点の認定の誤りは存しないが、審決は本願発明が奏する作用効果を看過した結果、相違点の判断を誤ったものであり、右誤りが本願発明の進歩性を否定した審決の結論に影響を及ぼすことは明らかであるから、審決は違法なものとして取消しを免れない。

三 よつて、審決の違法を理由にその取消しを求める原告の本訴請求は正当であるからこれを認容することとする。

〔編注1〕本願発明の要旨は左のとおりである。

バレル槽を高速旋回して遠心力を付与すべく回転する垂直主軸へ取り付けた水平ターレツトの外周部に、複数のバレル槽を自転可能かつ等間隔に取り付けて、バレル槽を自転及び公転させるようにした研磨装置において、

前記バレル槽は、前記垂直主軸の中心線とバレル槽の中心軸の中心線とがターレツトの上方において鋭角に交差するように傾動可能で、かつ、自転するように取り付けられており、その上方に開口させてあること

を特徴とする、バレル研磨装置(別紙図面一参照)

〔編注2〕本件における図面は左のとおりである。

別紙図面一

<省略>

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別紙図面二

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