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東京高等裁判所 平成10年(う)1853号 判決 1999年9月29日

主文

本件各控訴を棄却する。

理由

本件各控訴の趣意は、弁護人一木明、同福田哲夫共同作成の控訴趣意書及び補充書に、これに対する答弁は、検察官熊澤孝作成の答弁書に、それぞれ記載されているとおりであるから、これらを引用する。

第一  控訴趣意第二について

一  論旨

論旨は、要するに、被告人甲野太郎(以下「被告人甲野」という。が被告人乙川次郎(以下「被告人乙川」という。)を含む一一名の者らとそれぞれ共謀の上、無免許で酒類販売業を営んだという事実を認定した原判決には、判決に影響を及ぼすことが明らかな事実誤認があると主張する。すなわち、原判決は、被告人甲野が、被告人有限会社丙(以下「被告人会社」という。)の業務に関し、被告人乙川を含む一一名の者らとそれぞれ共謀の上、所定の免許を受けないで、原判示第一の一ないし一一の各販売場においてそれぞれ酒類を顧客に販売し、もって無免許で酒類の販売業を営んだという事実を認定しているが、実際には、本件一連の酒類販売は、被告人会社が免許を受けて行った適法な営業の一環であり、前記一一名の者らは、被告人会社が右酒類販売の営業を行うに際して、酒類の保管、配達等の業務を行ったにすぎず、また原判決が本件の販売場として認定している前記各場所は酒税法九条一項所定の販売場には当たらず、被告人会社の蔵置所にすぎないのであるから、原判決の前記認定は誤りであり、また、原判決は、被告人甲野及び同乙川に右無免許販売の故意があったと認定している点でも事実を誤認しており、これらの誤りが判決に影響を及ぼすことは明らかである、というのである。

二  論旨に対する判断

1  はじめに

原判決は、原判示第一の事実として、被告人甲野が、被告人会社の業務に関し、合計一一名の共犯者ら(被告人乙川を含む。)とそれぞれ共謀の上、各所轄の税務署長の免許を受けないで、原判示第一の一ないし一一の各販売場において、それぞれ多数回にわたり顧客らに酒類を販売して酒類の販売業を営んだという事実を認定、摘示し、また、被告人乙川についても、原判示第二の事実として、被告人甲野と共謀の上無免許で酒類の販売業を営んだという事実(被告人甲野及び被告人会社に関する原判示第一の三の事実と同じ)を認定、摘示している。そして、その補足説明の内容をも併せてみると、原判決は、要するに、右各無免許販売業を営んだ主体の立場にあったのは、前記一一名の者らであって、被告人甲野は、右一一名の者と共謀の上でその無免許販売業に加功した共同正犯としての刑責を負う(なお、被告人会社は被告人甲野の右の行為について事業主としての責任を負う。)という趣旨の事実を認定しているものと解することができる。

前記一のとおり、所論は原判決のこの認定を争い、本件で酒類販売業を営んだ主体の立場にあるのは右一一名の者らではなくて被告人会社であり、本件の各酒類販売は酒類販売業免許を受けている被告人会社が行った適法な営業の一環であったという趣旨を主張し、また、これに関連して被告人甲野及び同乙川につき無免許で酒類販売業を営むという故意の存在をも争う主張をしているので、以下、これらの点について順次検討を加えることとする。

2  本件販売の実態等について

関係証拠によると、被告人甲野は、実父が従来営んできた合資会社A商店の営業(同会社は、酒類販売業免許を得て酒類販売等の営業を営んでいた。)に関し、昭和六〇年ころから自らが考案した「クイニーシステム」と称する形態による酒類の販売を始め、昭和六三年に自ら被告人会社を設立した後も、被告人会社の営業としてこのシステムを引き継ぎ、本件に至ったものであり、本件各販売はいずれも右クイニーシステムの販売形態によって行われたものであることが認められる。なお、被告人会社は、右のように被告人甲野が設立して、取締役として実質的に経営し、同年一二月、所轄足利税務署長から、栃木県足利市<番地略>及び<番地略>を販売場として、酒類販売業免許を受け、酒類販売業を営んでいた会社であることも認められる(この免許には、「酒類販売業は小売りに限る」との条件が付せられていた。)。

ところで、右クイニーシステムと称する販売の形態は、時期によって内容に変化があるが、本件で訴追、審理の対象とされている販売はすべて平成二年六月から平成五年五月までの間の期間に係るものであるから、原審記録及び原審で取り調べた証拠物を調査し、また当審での事実調べの結果にも照らして、この時期における右クイニーシステムの販売の実態等をみると、以下のような事実関係が認められる。

(一) クイニーシステムへの加入を希望する者は、被告人会社との間で「商品販売業務契約」を締結して、同システムに加入した(なお、被告人甲野は、「免許がなくても酒の販売ができる」等の宣伝文句で加入者を勧誘し、その際、同システムがいわゆるフランチャイズ方式によったものであるなどの説明もしていた。)。加入者のうち酒類販売業免許のない者が業務を行う場所は被告人会社の「営業所」と称され、その営業所については、被告人会社の蔵置所(酒税法四七条四項、同法施行令五四条の二第一号)としての届出がされた。同システムに加入して営業所を経営する者は、加入時に加盟料(おおむね二五〇万円)を被告人会社に支払い、その他営業所の設備、備品等も自らの負担で調えるものとされた。なお、前記商品販売業務契約書では、同システムの加入者を被告人会社の歩合社員と称している部分があるが、両者間に雇用関係等の実態はなく、営業所の経営は被告人会社とは別に、このシステムに加入した者によって行われていた。

原判決が被告人甲野の共犯者として認定している前記一一名の者らは、いずれも被告人会社ないしその前身のA商店と前記契約を締結し、又はこれを引き継いで、本件時同システムに加入していた(なお、これらの者の中には、小規模な会社を営み、この会社の名義で右商品販売業務契約を締結して同システムに加入した者もあった。)。右一一名は、自己の名義であるとその経営する会社の名義等であるとを問わず、いずれも酒類販売業免許を受けておらず、営業所を経営する立場にあった者であり、その各営業所については、被告人会社(ないしA商店)の蔵置所としての届出がされていた。

(二) 営業所の経営者らは、売れ行き等を見て、必要な酒類の種類、数量等を判断して被告人会社に注文し、被告人会社は、右注文に係る商品を卸問屋に発注し、これを受けて、商品が卸問屋から営業所に納入され、営業所の経営者らがこれを管理、保管した。営業所から被告人会社に商品を注文するに当たり、営業所の側では、商品の仕入れ代金相当額(平成四年六月ころ以降は平均運賃相当額も加算された。)を「保証金」の名目で被告人会社に支払うべきものとされた。なお、この保証金は、前払いすべきものとされていたが、実際には、経営状態のよくない一部営業所に対しては、保証金を受け取らないうちに商品を納入する取扱いがされることもあった(原判示第一の二のBが営む営業所(××営業所)の場合には、前払いによらない取扱いが普通に行われていたことが認められ、その他の営業所の場合にも、このような取扱いがされるところがあったと認められる。)。

なお、営業所によっては、被告人会社を通さずにディスカウントストアや卸問屋に直接酒類を注文して購入すること(原判示の「独自仕入れ」)や、未払代金がたまった営業所の場合は、発注は被告人会社を通すが、その代金決済は営業所が卸問屋と直接行うこともあり、被告人甲野もこれを容認していた。

補足すると、所論は、被告人甲野による右の容認の事実を否定する主張をし、被告人甲野の公判供述等、関係証拠中には所論に沿うものもある。しかしながら、各営業所経営者の供述や、原判決がその「争点に対する判断」の第二の一2で摘示する念書等の関係証拠によれば、右容認の事実も十分肯認することができる。所論は、右の容認を肯認した原判決の認定が不自然であるなどとる主張するが、首肯し難い。

(三) 営業所の経営者は、散らし(原則として、営業所の負担で作成する。)を近隣地域に配布するなどして、積極的に顧客を勧誘した。そして、顧客は、この散らしを見るなどして、フリーダイヤルの電話により酒類を注文してくるが、この電話には、被告人会社のオペレーターが応対し、右オペレーターが顧客の注文内容をコンピューターに入力していた。なお、二回目以降の注文をする顧客の場合には、コンピューターが自動的に顧客の電話に対応し、顧客はコンピューターによるナレーションの誘導に従い注文内容等をダイヤル操作で指示するという方法のシステムも採られていた(被告人甲野らはこれを「自動受注システム」と称していた。)。いずれの場合も、営業所においてオンラインでコンピューターにアクセスすると、入力されている注文内容が伝票として出力されるので、営業所では、この伝票に従って注文の商品を顧客に配達していた(コンピューターシステムが導入される平成二年一〇月ころより前は、被告人会社から営業所に注文内容をファックスで伝えていた。)。もっとも、こうして入力された注文に係る酒類が実際には営業所の在庫にないため、営業所において、独自に顧客と交渉して注文の変更や配達の延期を求めたり、注文に係る商品を近所のディスカウントストア等から購入して顧客に引き渡すということもあった。

多くの営業所では、配達の際に顧客から別途注文を受け、あるいは営業所に来店したり直接電話を掛けて来る客から独自に注文を受けるなどのこともあり、また顧客の中には、毎週決まった日に決まった量の酒を配達注文するような者もいるなど、被告人会社を介さないで顧客から注文を受ける取扱いもなされており(原判示の「独自受注」)、被告人甲野もこれらを容認していた。

補足すると、所論は、被告人甲野が右のような独自受注を容認していたことを否定する主張をし、被告人甲野の公判供述等、関係証拠中には所論に沿うものもある。しかしながら、右のような独自受注がかなり広く行われ、被告人甲野もこれを容認していたことは、被告人乙川を含め、多くの営業所経営者らの供述や、被告人甲野自身の同旨の捜査段階供述等の関係証拠に照らしても、十分認定することができる。なお、被告人甲野は、前記のような捜査段階供述をした理由について、公判で種々説明を試みているが、首肯できるものであるとは認められず、右捜査段階供述部分の信用性に疑問があるとは認められない。その上、後記(五)のとおり、被告人会社と営業所経営者らは、営業所が独自で受注した商品についてロイヤリティーを授受する旨をも取り決めていたことが認められるのであって、これも独自受注を被告人甲野が了解していたことを当然にうかがわせる事情といえる(同被告人は、公判では、右の独自受注に係るロイヤリティーの取決めは、酒類以外の商品についてのものであるという趣旨を述べており、他にもこれに沿う趣旨を述べる者もいるが、同被告人自身の捜査段階供述を含む関係証拠に照らして、首肯し難い。)。所論中には、その利益を後記のロイヤリティー収入に依存している被告人会社ないしこれを経営する被告人甲野が右のような独自受注を容認するはずがないという趣旨を主張する部分もある。しかしながら、本件クイニーシステムを全体として円滑に運用する上で、右のような独自受注の運用を容認することが格別不合理な措置であるとも認め難いのであって、この所論も採用し難い。

(四) 酒類の販売価格については、前記商品販売業務契約書には、営業所の経営者は被告人会社の指定した価格で商品を販売すると記載されており、被告人甲野もその趣旨を供述している。しかし、反面、実際には、かなりの営業所においては、顧客に売り渡す価格は、必ずしも被告人会社が指定したものにしばられることなく、地元なりの販売価格を決めていたことがうかがわれる。

(五) 営業所の経営者らは、顧客から受け取った代金を自由に使用することができた。ただし、営業所の経営者らは、月に一度、被告人会社に対し一定のロイヤリティーを支払う義務があるとされた。ロイヤリティーの内容は、固定額の「固定ロイヤリティー」が原則として毎月二三万円であり、その他に、各売上げに応じて支払うべき「変動ロイヤリティー」があり、その金額は、共通取扱い商品(いわゆる売れ筋の商品)につき売上げの一・三パーセント、それ以外の商品につき売上げの二・三パーセント、前記のような営業所独自で受注した商品(商品販売業務契約書には「営業所独自で注文した商品」と記載されているものがあるが、被告人甲野の捜査段階供述や被告人会社と一部営業所経営者との間で取り交わされた経費確認書等にも照らすと、「営業所独自で受注した商品」の趣旨と認められる。)につき〇・八パーセントとされていた。

3  本件販売業の主体について

前記2で認定した本件販売の実態に照らすと、本件各営業所の経営者らは、単に被告人会社の酒類販売業において酒類の保管、配達等を担当したというものではなく、本件一連の販売において、商品の仕入れ、顧客開拓、在庫管理等の種々の業務を自らの主体的な判断に基づいて行い、本件取引に係る各種経費等を引き受けた上で販売代金を取得して、本件酒類販売における計算関係を自己ないしその経営する会社に帰属させるなど、本件取引の主体の地位にあったことが明らかである。他方、被告人会社ないし被告人甲野は、前記のような本件クイニーシステムの全体の仕組みを整えた立場にあるが、営業所の主体的な営業活動に依拠し、基本的にロイヤリティーによる利益を図る立場にあったにすぎないとみるのが相当であって、被告人会社が本件酒類販売の主体の立場にあり、各営業所は被告人会社の酒類の蔵置所で、各営業所の経営者はその酒類の保管者および配達者にすぎなかったなどとは到底いい難い。原判決の理由中の説示には一部そのままでは首肯し難い点もあるものの、原判決は、基本的にはこれと同旨の認定をしているものと認められ、この認定に誤りがあるとは認められない。また、原判示第一の一ないし一一の各場所は、本件各営業所の経営者らが継続的に右販売業を営んでいた場所であり、所論がいうように被告人会社の販売業における蔵置所に当たるような場所でなかったことも明らかであって、これらの場所を酒税法九条一項所定の販売場と認めた原判決の認定にも誤りは認められない。

補足すると、原判決は、これらの点に関する認定の根拠の一つとして、営業所の経営者が保証金名下に仕入れ代金相当額等を支払って入手した酒類の所有権はその営業所(営業所の経営者ないしその経営する会社を指す趣旨と解される。)にあると認められるという趣旨を説示しているところ、所論は、原判決のこの認定を争い、右酒類の所有権は被告人会社にあると主張する。しかしながら、前記認定の本件販売の実態等に照らして明らかなように、右の酒類は、営業所の経営者が自らの判断で注文し、仕入れ代金相当額の保証金等を支払って引渡しを受けた上、自己の責任と費用で管理、保管していたものであり、その販売代金も、一定のロイヤリティーの支払義務がある点は別として、営業所の経営者の自由な処分にゆだねられていたという関係にあったのであり、また多くの営業所の経営者らも、酒類の引渡しを受ける行為は酒類の仕入れであり、その所有権は営業所にあると認識していたと供述しているところ、この供述も自然なものということができる。そうすると、これらの酒類の所有権が営業所の経営者ないしその会社にあったという原判決の認定はその合理性を肯定することができ、反面、被告人会社に右酒類の所有権があったとみるのは、以上の事実関係に照らしても明らかに不自然であるというほかはない。なお、所論中には、営業所がクイニーシステムによる営業をやめた際、被告人会社が在庫の酒類に係る保証金を返還したことがあるなどの例(もっとも、返還に応じた多くの例は、本件強制調査開始後のものである。)を挙げて、その主張の根拠にしている部分もあるが、これら所論指摘の事情は、所有権の所在に関する原判決の結論自体を左右する意味を持つものであるとは認められない。

更に補足すると、原判決は、顧客の注文に対して承諾をして、売買契約の当事者の立場に立っていたのは営業所であって、被告人会社ではないという趣旨の認定をもしているところ、所論は、顧客の注文に対して販売を承諾していたのは、被告人会社のオペレーターであったから、酒類の売買契約は顧客と被告人会社との間で成立したとみるべきであって、営業所は売買契約の当事者の地位にはないという趣旨と解される主張をもする。しかしながら、まず、顧客のフリーダイヤルによる注文を前記自動受注システムによって受ける場合(前記2(三))においては、顧客の注文が自動的に営業所に取り次がれる関係にあり、この過程で被告人会社のオペレーター等は特段の関与をしないと認められるのであって、前記のような本件における酒類販売の実態等にも照らすと、顧客の注文に対して承諾して、売買契約の当事者の立場に立っていたのは営業所の経営者ないしその会社であると認めるのが相当である。一方、顧客の電話をオペレーターが受ける場合には、確かに顧客の注文に応対してこれをコンピューターに入力するなどの作業は被告人会社のオペレーターが行うと認められるが、この場合においても、前記のような本件における酒類販売の実態等に照らすと、顧客の注文に対して承諾をし、売買契約の当事者の立場に立っているのは営業所の経営者ないしその会社であるという趣旨の原判決の認定に誤りがあるとは認められない。すなわち、原判決は、この場合も、被告人会社においては単に注文を取り次ぐ行為のみを行っており、実際に顧客の注文に対して承諾をしているのは営業所の経営者等であると認定していると解されるのであるが、むしろこの場合には、被告人会社のオペレーターは営業所のため、これに代わって承諾をしているとみることも十分可能である(営業所の経営者は、コンピューター端末の買入れあるいはリースを義務づけられ、被告人会社のフリーダイヤルの使用料、コンピューターの保守料金を負担させられていること等の事実関係も認められる。)。すなわち、これら本件クイニーシステムの前記仕組みに照らして考察すると、営業所の経営者は、自己の営業区域内の顧客からかかってきたフリーダイヤルの電話に応対する被告人会社のオペレーターが自己のために酒類販売の承諾をすることをあらかじめ承認し、その趣旨の委託をしているとみることが十分可能であると認められるのであり、いずれにせよ、この場合においても酒類の売買契約は顧客と営業所の経営者ないしその会社との間に成立しているという趣旨の原判決の認定自体に誤りは認められない。なお、前記2(三)の独自受注の場合、酒類の売買契約が顧客と営業所の経営者ないしその会社との間に成立していることは明らかである。

その他、所論にかんがみ、原審記録及び原審で取り調べた証拠物を調査し、更に当審における事実取調べの結果を併せて検討しても、本件において酒類販売の主体の立場にあったのは営業所の経営者であって被告人会社ではないという前記認定に疑問をいれるような事情があるとは認められない。

4  無免許で酒類販売業を営む故意等について

関係証拠によると、被告人乙川を含む本件各営業所の経営者らは、いずれも前記のような本件酒類販売に係る実態を知悉し、またもとより自らが酒類販売業免許を持たないことも十分分かっておりながら、あえて本件の販売を行ったものであり、被告人甲野も、右事情を知悉しながら、前記のように被告人乙川らの無免許販売につき不可欠な加功をしたものであることが優に認められるから、これらの者に無免許で酒類販売を営むことについての故意と共謀があったことは明らかであり、原判決がこの事実を肯認したのはもとより正当である。所論は、原判決の右認定を争うが、理由のないことが明らかである。

補足すると、所論は、この主張と関連し、被告人甲野、同乙川は、一般に郵パックや通信販売による酒類取扱い等が問題とされずに行われていることや、本件クイニーシステムの販売形態についても従来税務署の係官等から特段の違法性の指摘がなかったことなどから、本件のような販売は適法なものと認識していたという趣旨をも主張する。この所論は、被告人甲野、同乙川には、本件のような行為が違法ではないと信ずるにつき相当な理由があったという趣旨を主張しようとするもののように解されるが、所論指摘の郵パックや通信販売等は、本件のクイニーシステムとは重要な点でその形態が異なることが明らかであるし、所論指摘の税務署等の対応についてみても、関係証拠によれば、税務署の係官等が当初本件クイニーシステムの営業の違法性を強く指摘する態度をとらなかったのは、右係官らが本件システムの営業実態を正確に把握していなかったためであったことがうかがわれ、関係税務署等において本件システムの営業実態を知りながらこれを容認する態度を示したというような事実はなかったことが認められるのであって、その他関係証拠に照らして検討しても、被告人甲野、同乙川にとって、本件のような行為が違法でないと信ずるにつき相当な理由となるような性質の事情があったとはおよそ認めることができない。すなわち、この所論は、その余の点について検討するまでもなく、採用することができないことが明らかである。

したがって、被告人甲野、同乙川らの前記故意ないし共謀を認めた原判断を争う所論も理由がないと認められる。

5  結論

結局、以上に照らすと、被告人甲野及び同乙川を含む本件各営業所の経営者らが共謀の上無免許で酒類販売業を営んだという趣旨の事実を認定した原判決に、所論の事実誤認は認められないというべきである。なお、所論中には、本件販売業の主体等に関する原判決の認定の仕方が憲法三一条の定める適正手続に違反し、あるいは罪刑法定主義の要請する明確性の原則に違反するなどと主張する部分もある。しかしながら、この所論は、その実質において、右の点に関する原判決の認定を争う事実誤認の主張に帰する主張であり、またこの点に関する原判決の認定に誤りがないことは既に説示したとおりである。以上の次第であるから、前記一の論旨はすべて理由がないというべきである。

第二  控訴趣意第一について

一  論旨

論旨は、要するに、酒類販売業について免許制を定めた酒税法九条一項は憲法二二条一項に違反して無効であるのに、この無効な規定を適用して被告人らを有罪と認めた原判決には、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令適用の誤りがある、というのである。

二  論旨に対する判断

酒税法が酒類販売業について免許制(許可制)を採用したのは、納税義務者である酒類製造者に酒類の販売代金を確実に回収させ、最終的な担税者である消費者に対する税負担の円滑な転嫁を実現することを目的として、これを阻害するおそれのある酒類販売業者の酒類の流通過程への参入を抑制し、酒税の適正かつ確実な賦課徴収という重要な公共の利益を図ろうとしたものと解される。もっとも、このような酒類販売業免許制の採用後、社会経済の状況や税制度の変化に伴い、酒税の国税収入全体に占める割合等が相対的に低下してきており、この免許制の存置については、近年いわゆる規制緩和論の高まりとともに議論があるところである。しかし、平成二年六月から同五年五月までの間に行われた本件犯行当時においても、なお酒税が一般会計分の国税収入全体に占める割合は三パーセント台を維持し、その収入総額も毎年約二兆円弱と多額であって、税率も相当高率であること、酒税の賦課徴収に関する仕組み自体がその合理性を失うに至っているとはいえないことなどからすると、酒税の徴収のため酒類販売業免許制を存置させていたことが、課税権行使の手段の選択として、立法府の政策的、技術的な裁量の範囲を逸脱するもので著しく不合理であるとまではいえず、酒類販売業免許制を定めた酒税法九条一項が憲法二二条一項に違反するものということはできない。なお、以上に照らすと、酒税法九条一項の罰則規定である同法五六条一項一号が憲法の右条項に違反するともいえない(最高裁平成四年一二月一五日第三小法廷判決・民集四六巻九号二八二九頁、最高裁平成一〇年三月二四日第三小法廷判決・刑集五二巻二号一五〇頁、最高裁平成一〇年七月一六日第一小法廷判決・裁判集民事一八九号一五五頁参照)。

補足すると、所論中には、本件後の平成一〇年三月にされた国税庁長官通達による酒類販売業免許等取扱要領の一部改正をも理由として、酒類販売業免許制の合理性を争うかの部分もある。従来酒税法一〇条一一号所定の免許拒否事由の認定基準とされてきたいわゆる距離基準、人口基準が右の改正によりそれぞれ平成一二年九月一日、同一五年九月一日をもって廃止することとされたことなどは、所論指摘のとおりであるが、以上で説示したところにも照らすと、所論が指摘する右のような事情は、酒税法九条一項ないし五六条一項一号の憲法二二条一項適合性に関する前記判断を特段左右するものではないというべきである。

更に付言すると、このように、酒類販売業免許制をとって所要の免許を受けない者の酒類販売業を一般的に禁止することが憲法二二条一項に違反しないと解される以上、所要の免許の申請もすることなく前記認定のとおりの酒類販売業を営んだ被告人乙川ら本件営業所の経営者ら及びこれに加功した被告人甲野ないし被告人会社につき、酒税法五六条一項一号、九条一項を適用することが憲法の右条項に違反しないこともまたいうまでもないところである。

以上の次第であるから、前記一の論旨は理由がないというべきである。

第三  控訴趣意第三について

一  論旨

論旨は、要するに、仮に被告人乙川ら本件営業所の経営者らに酒税法五六条一項一号、九条一項の罪(免許を受けないで酒類販売業をした罪)が成立するとしても、被告人甲野をその共同正犯に問うことはできず、むしろ原判決の認定によれば、同被告人及び被告人会社については、「小売に限る」との免許の条件に違反して被告人乙川ら営業所経営者らに酒類の卸売りをした点で同法五八条一項一号、一一条一項の罪が成立するにとどまると解すべきであるのに、原判決は、被告人甲野及び被告人会社についても同法五六条一項一号、九条一項の罪の成立を認めている(被告人甲野について同罪の共同正犯の成立を認めている。)から、原判決にはこの点でも判決に影響を及ぼすことが明らかな法令適用の誤りがある、というのである。

二  論旨に対する判断

被告人乙川ら営業所の経営者らの本件行為が酒税法五六条一項一号、九条一項所定の免許を受けないで酒類販売業をした罪に当たることは既に説示したとおりであり、また、被告人甲野は、前記のように、本件クイニーシステムを整えて、まさに右営業所経営者らと共謀の上、その無免許販売について不可欠の加功をしたものと認めることができるのであるから、原判決が同被告人に右犯罪の共同正犯の成立を認めたことに何ら誤りはない。もとより同被告人は、被告人会社の取締役で被告人会社を実質的に経営する者(同法六二条一項所定の従業者)であって、被告人会社の業務に関して右違反行為をしたものであるから、被告人会社がこれについて同法六二条一項に基づき事業主としての刑責を負うべき関係にあることも多言を要しないところである。

そして、以上説示の点は、被告人会社と被告人乙川らとの間の取引について所論条件違反の罪が成立するか否かといった点とは、対象を異にする問題であることが明らかである。

なお、所論中には、被告人会社は酒類販売業免許を付与されているから、被告人甲野が本件につき共同正犯となる関係にはないという趣旨を主張する部分もあるが、免許を付与されている事業主の従業者であっても、その業務に関し、他人と共謀の上で右他人の無免許販売業に加功した場合、無免許販売業の罪の共同正犯に問われ得ることはいうまでもない。更に付言すれば、酒類販売業免許は販売場ごとに受けることを要するところ(酒税法九条一項)、被告人会社は原判示の栃木県足利市内の販売場における販売業については免許を受けているが、本件の販売場に当たる原判示第一の一ないし一一の各場所における販売業については何ら免許を受けていないことも明らかであって、右の所論はこの点でも前提を誤っているというほかない。

以上に照らすと、前記一の論旨は理由がないというべきである。

第四  結論

以上のとおり、弁護人主張の論旨はいずれも理由がなく、刑訴法三九六条により本件各控訴を棄却することとして、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 村上光鵄 裁判官 木口信之 裁判官 杉山愼治)

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