東京高等裁判所 平成10年(う)4号 判決 1998年4月06日
主文
原判決を破棄する。
被告人を懲役二月に処する。
理由
本件控訴の趣意は、検察官匹田信幸作成名義の控訴趣意書に記載されたとおりであり、これに対する答弁は、弁護人安徹作成名義の答弁書に記載されたとおりであるから、これらを引用する。
論旨は、要するに、被告人を懲役三月に処し、五年間その刑の執行を猶予(保護観察付き)した原判決の量刑は、刑の執行を猶予した点において、軽すぎて不当である、というのである。
そこで、原審記録を調査し、当審における事実取調べの結果を合わせて量刑の当否を検討するのに、本件は、酒気を帯びて普通乗用自動車を運転したという事案であるが、関係証拠によると、被告人は、当時勤務していた会社の社長宅の通夜に参列するために本件車両を運転して行き、そこで清め酒としてコップで三、四杯位の日本酒を飲酒した後、同僚を車で送って別れ、これで通夜関連の行事は終わったのに、まだ飲み足りないと感じて独りでいきつけのスナックヘ車で行ってさらにウイスキーの水割りを四、五杯飲酒した。そして、酒の酔いを感じていたのに、帰宅に当たり、事故を起こさなければよかろうという安易な気持から本件運転に及んだというのである。運転して行った先でたまたま飲酒する破目になったというのではなく、飲酒をしに車で行き、その上で予定どおり運転したというのであるから運転の経緯に酌量できる事情は全く見当たらない。飲酒検知結果は呼気一リットル中〇・三ミリグラムで、それほど高い数値とはいえないけれども危険性は否定できないのであり、運転距離も決して短くはない。特に、被告人には、多くの処罰歴がある点を軽視できない。すなわち、平成元年から同三年にかけて、毎年酒気帯び運転やこれを含む罪により罰金刑を受け、続いて同四年には酒気帯び運転を犯して公判請求されながら、係属中の同五年二月にまたもや無免許の上、酒気帯び運転を犯して併合審理され、同年三月に懲役六月、五年間執行猶予の判決を受けている。
右のような違反と処罰経過からすれば、その後は特に慎重な行動が期待されて当然であったのに、真摯に反省自戒することなく、その後も飲酒運転を反復して、右による猶予期間中に本件犯行に及んだというのである。酒気帯び運転の常習性が顕著で、交通法規遵守の態度があまりにも欠けすぎているとされてもやむを得ない。こうした諸事情に照らすと、被告人の刑責は到底軽視することができない。他面、被告人が遅まきながら今となって反省していること、仕事は真面目にしていたこと、贖罪のため社会奉仕活動をしていることなどの点は、被告人のため相応に斟酌することができる。ところで、原判決は、被告人が、原審審理中に社会奉仕活動を行って深く反省し、具体的な贖罪行動を行っていることを重視し、前記のとおり量刑したものと認められる。そのことは原審の審理経過をみれば明らかである。すなわち、本件の原審審理は、平成九年四月一七日の第一回公判期日で終了し、五月一五日に判決宣告期日が指定されたところ、その直前になって弁護人から、被告人が在宅福祉サービス協力会員の登録申請をしたことを理由として期日変更の申請があり、これに異議がないとの検察官の意見を受けて、原審裁判所は、すでに指定済の判決宣告期日を変更して追って指定とした、そして、約半年後の一〇月一三日に第二回公判期日を開き、そこでその間の活動状況に関する書証の取調べと被告人質問を行い、一一月一〇日の公判期日で論告と弁論を終え、一二月一日に原判決を言い渡したのである。右にいう被告人の社会奉仕活動は、今回、弁護人らの勧めにより贖罪のために始めたものというのであるから、見方によっては一種の公判対策といえなくはない。もとより、そのような動機で始めたものであっても、被告人はその活動を現在もなお続けているから、その点は十分評価できる。しかし、刑の量定は、あくまでも犯罪行為に対する評価を中心としてなされるべきが原則であり、そのことによって各行為者に対する刑罰の公平さもある程度保たれるのである。社会奉仕活動を通じての貢献などの事情は、犯行後の被告人の態度の一つとして考慮されてよいが、その考慮にはおのずから限界があることを忘れてはならない。原審裁判所が右の事情を量刑上取り上げたいあまり、通常考えられる審理期間をことさら引き延ばした点は、到底公平妥当な措置とはいえず、是認できない。そうしてみると、被告人のため斟酌できる前述の諸事情を十分考慮しても、本件は、前記のとおり、酒気帯び運転の常習者である被告人が、酒気帯び運転による執行猶予期間中に、またまた同様の酒気帯び運転をしたという事案であり、これを基本として本件全体の情状を直視するときは、到底再度の執行猶予が相当の事案といえないことは明らかで、原判決の量刑は軽きに失し、是正が必要である。論旨は理由がある。
よって、刑訴法三九七条一項、三八一条により原判決を破棄し、同法四〇〇条ただし書により当裁判所においてさらに次のとおり判決する。
原判決の認定した罪となるべき事実(ただし、「〇・三ミリグラム」とあるのを「〇・二五ミリグラム以上である〇・三ミリグラム」と訂正する。)に原判決の掲げる法条(刑種の選択を含む。)を適用し、その所定刑期の範囲内で、被告人を懲役二月に処することとし、主文のとおり判決する。
検察官 加藤友朗 公判出席
(裁判長裁判官 秋山規雄 裁判官 下山保男 裁判官 福崎伸一郎)