大判例

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東京高等裁判所 平成10年(う)640号 判決

被告人 千葉栄

〔抄 録〕

そして、松下鑑定の鑑定経過に照らし、被告人が、XXYの三個の性染色体を有するという生来的な染色体の異常に基づくクラインフェルター症候群を発症しており、同症候群に起因する精神発達遅滞の状態にあるとの診断に誤りのないことは明らかである。また、一般的に言って、クラインフェルター症候群を発症した者が、精神分裂病類似の症状を示すことも珍しくなく、被告人についても、松下鑑定が、原判示第二、第三及び第五の各犯行時には精神分裂病様症状が発現していたとの診断をしていることに加え、簡易鑑定に際しては被告人に対する短時間の問診を前提として行われるという制約のあることなどを合わせ考えれば、簡易鑑定に当たった米元医師が、被告人は、本件各犯行当時、精神分裂病を発症していた旨の診断を行っていることも、無理からぬものと考えられる。むしろ、右簡易鑑定において、被告人が、精神分裂病を発症していた旨の診断が出たということは、松下鑑定における、原判示第二、第三及び第五の各犯行時、被告人に精神分裂病様症状が発現していたとの鑑定結果を裏付けるものということができるのである。

5(一) そして、前記3でみたような原判示第二、第三及び第五の各犯行の具体的態様や、被告人が右各犯行に及んだ理由として述べるところに、松下鑑定を総合して考えると、被告人は、右各犯行時に、クラインフェルター症候群に起因する精神発達遅滞の状態に加え、精神分裂病様症状が発現していたため、是非善悪を弁別し、その弁別に従って行動する能力が、通常人に比し、著しく減退した状態にあったこと、すなわち、心神耗弱の状態にあったことは、十分に肯認できるのである。

しかしながら、被告人は、前記3(一)掲記のように、本件各放火の犯行に関し、火を付けるに際しては、人が住んでおらず、なおかつ、その建物に火を付けても、近所の、人の住んでいる家に火が燃え移る危険性の少ないところで、空き家などを探した、それは、建物に火を付けるのは、警察や消防相手のゲームで、スリルを味わうためのものだという意識があったので、そんなゲームで人が死んでしまうと絶対に困るという気持ちがあったからだという趣旨のことを述べているのであって、こうした供述をみても、被告人にはかなりの程度の規範意識が残っていることも窺える。また、原判示第五の犯行に関しても、前記3(二)でみたように、その思考過程には了解可能な部分が含まれているのである。加えて、松下鑑定によると、一般に、クラインフェルター症候群に罹患している者に生じ得る精神分裂病様症状は、状況依存的に発現するものである上、それに伴う自我障害は表面的なものに止まり、人格の核心にまでは及んでいないので、その症状が発現した際の、物事の是非善悪を判断し、その判断に従って行動する能力は、症状の進行に伴って人格の核心にまで障害が及び、次第に人格変化をも生じて、恒常的に妄想や幻覚に支配される真正な精神分裂病の場合とは異なり、高度に減弱することはあっても、これを失うに至るものではないといわれているのである。したがって、以上のような諸状況に照らし、被告人が、原判示第二、第三及び第五の各犯行時に、是非善悪を弁別し、その弁別に従って行動する能力を欠く状態、すなわち心神喪失の状態には至っていなかったことは明らかであり、この点、疑念を抱く余地は全くない。

(二) 一方、原判示第四の犯行に関しては、前記3(1)でみた同犯行の具体的態様や、被告人が同犯行に及んだ理由として述べるところに、松下鑑定を総合して考えると、被告人は、クラインフェルター症候群に起因する精神発達遅滞が背景にあった上、多少酩酊した状態で軽度の脱抑制状態にあったことから、是非善悪を弁別し、その弁別に従って行動する能力が、ある程度減退した状態にあったことは認められるものの、これを欠く状態にあったものでないことはいうまでもなく、通常人に比し著しく劣った状態に至っていたものとも認められない。すなわち、被告人は、右犯行に際しては、心神耗弱の状態にも至っていなかったものと認められるのである。

《中略》

原審記録によれば、被告人は、平成八年三月二〇日、原判示第五の事実につき現行犯人として逮捕され、同月二三日同事実を被疑事実として勾留されたが、同年四月一〇日にいったん釈放されたこと、しかし、同日直ちに原判示第一の事実を被疑事実として再度逮捕され、同月一三日に勾留されて、同月二六日に同事実につき起訴されたこと、次いで同年五月九日に原判示第二の事実を被疑事実として重ねて逮捕され、同月一二日更に勾留されたこと、さらに、その満了日である同月三〇日から同年一〇月二日までの間、原判示第一及び第五の各事実につき鑑定留置された(この間、原判示第一の事実に係る勾留の執行は停止された。)こと、そして、同年一二月一八日に原判示第二の事実につき起訴されて、同日、同事実についても勾留されたこと、その後、原判示第一及び第二の各事実につき発付された二通の勾留状に基づいて、引き続き勾留され、平成一〇年二月二六日に原判決の言渡しを受けたことが明らかである。したがって、本件における未決勾留日数は、原判示第五の事実につき起訴前に勾留された期間及び勾留とみなされる鑑定留置期間を含め、総計七〇三日に達し、原判示第一の事実につき起訴された日以降に限っても、合計六七一日に及ぶのである。そうすると、右のような算入可能な日数と、本件事案の内容、本件審理に要した期間、原判示第一の事実につき起訴された日から原判示第二の事実につきいわゆる追起訴があるまで八か月近くの間、全く審理が行われていないことその他、未決勾留日数の算入に際し考慮すべき諸事情を合わせ考えると、原判決の刑に算入した未決勾留日数が三三〇日にとどまることは、原裁判所に与えられた裁量の範囲を逸脱するものであって、量刑上不当なものといわざるを得ない。

(松本時夫 中谷雄二郎 高橋徹)

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