東京高等裁判所 平成10年(ネ)1861号 判決 1999年6月24日
東京都小平市小川町一丁目三三〇番地の六
控訴人
株式会社エー・ユー・イー研究所
右代表者代表取締役
安達義雄
右訴訟代理人弁護士
中山徹
同
中園繁克
群馬県邑楽郡大泉町大字吉田一四一九番地
被控訴人
中央電子工業株式会社
右代表者代表取締役
倉橋英雄
右訴訟代理人弁護士
高村一木
同
野上邦五郎
同
杉本進介
同
冨永博之
主文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
事実及び理由
第一 控訴の趣旨
一 原判決を取り消す。
二 被控訴人は、控訴人に対し、金一億円及びこれに対する平成六年一一月
一九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
三 訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。
四 二項につき仮執行宣言
第二 事実関係
次のとおり、付加するほか、原判決の「第二 当事者の主張」(原判決三頁五行ないし二四頁三行)に記載のとおりである。
一 方法的記載の点についての控訴人の主張
原判決八頁七行の次に、改行して、次を加える。
「考案を実現するための方法、順序のいかんは、実用新案の対象となるものではない。考案の構成要件中の方法的記載は、最終的な物品の形状、構造又は組合せに係る考案を特定するために必要である場合に記載されるにすぎない。
本件考案において、本件明細書に添付された図面に、針がカンチレバーの約半分程の深さに埋め込まれた状況が図示されてはいるが、針がカンチレバーに埋め込まれる深さは、設計上の問題にすぎない。針を同時形成する製法か、針を同時形成しない製法かにかかわらず、針自体及びその埋設位置の設計いかんによっては、その穴は、カンチレバーの上下に連絡する穴となるものから、カンチレバーの約半分程、さらにはそれ以下にとどまる穴となるものまで様々にあり得るものであり、しかも、カンチレバーの上下に連絡する穴の場合であっても、針の頭部がカンチレバーの外に一部露出するものから、カンチレバーと針の頭部が同一平面になるもの、さらにはカンチレバーの内部にとどまるものまで、多彩な様相を呈するものである。
したがって、針を同時形成するか、同時形成しないかの点は、本件考案のカンチレバーの先端部の構成に関係しないものである。」
二 均等の点についての控訴人の主張
原判決八頁七行の次に(前記一の次に)、改行して、次を加える。
「被告製品がカンチレバーの上下に連絡する穴を有する点で、本件考案の構成要件(四)を文言上充足しないとしても、被告製品は、均等により本件考案の技術的範囲に属する。
<1> 本件考案の本質的部分は、先端部が次第に太くなったカンチレバーを針ホルダに同時一体成形する技術である。
<2> 本件考案における針がカンチレバーに埋め込まれ、上下に連絡する穴を有しない構成を、被告製品の針の頭部がカンチレバーの外に一部露出している構造と置き換えても、それにより特別の効果を発揮するということはなく、また、カートリッジとしての性能に及ぼす影響も考えられない。
<3> 被告製品において針の頭部がカンチレバーの外に一部露出している構造は、カンチレバーの製造業者が針を埋設する工程においてだれもが見聞する構造であり、むしろそれは仕掛かり中の姿ともいえるものであって、当業者がその製造の時点で極めて容易に想到することができたものである。
<4> 被告製品は、本件考案の出願時における公知技術と同一又は容易に想到することができたというものではない。
<5> 被告製品は、本件考案の出願手続において、実用新案登録請求の範囲から意識的に除外されたものに当たるなどの特段の事情もない。」
三 方法的記載の点に対する被控訴人の反論
原判決一二頁末行の次に、改行して、次を加える。
「針と共にカンチレバーと針ホルダが同時成形される場合、通常、金型に針を挿入して付設作業を済ませ、その後、カンチレバーと針ホルダとを合成樹脂により同時に成形する方法が採用される。この形成方法による場合、針の頭部がカンチレバーの外に一部露出している構造は、一般には採用されない構造であり、同時成形の方法の採用は、カンチレバーの先端部の構成の相違につながるものである。」
四 均等の点についての被控訴人の主張
原判決一二頁末行の次に(前記三の次に)、改行して、次を加える。「控訴人は、針の頭部がカンチレバーの外に一部露出している被告製品の構造と針がカンチレバーの約半分ほどの深さに埋め込まれている本件考案の構造とが均等であると主張するが、以下のとおり、均等とすべき要件は一切認められない。
<1> カンチレバーを針ホルダに同時一体成形する技術の一部が「針がカンチレバーの約半分程の深さに埋め込まれている構成」であり、右構成は、本件考案の本質的部分である。
<2> 本件考案は、針の埋設とともにカンチレバーを針ホルダに同時一体成形することにより製造工数を少なくするものであるところ、針を同時形成しない被告製品においては、この製造工数を少なくするとの効果を奏しないものである。
<3> 針の頭部がカンチレバーの外に一部露出している構造は、針の埋設とともにカンチレバーを針ホルダに同時一体成形する場合において、一般には形成されない構造であり、置換容易性があるとはいえない。
<4> 本件明細書には、従来例として、被告製品のように針の頭部がカンチレバーの外に一部露出している構造のものが示されているのであり、被告製品は、むしろ従来例のものと同じものといい得るものである。
<5> 製造工数を削減するという本件考案の作用効果から考えて、本件考案においては、針の埋設とともにカンチレバーを針ホルダに同時一体成形するものに限定しているものであり、カンチレバーを形成した後に針を嵌入するようなものは、本件考案から意識的に除外されているものである。」
第三 当裁判所の判断
一 本件考案、被告製品の製造販売等
請求原因1ないし4及び被控訴人が原判決別紙目録記載のカートリッジ(被告製品)を製造販売していることは、当事者間に争いがない。
二 被告製品と本件考案との対比
1 構成要件(一)ないし(三)
被告製品が本件考案の構成要件(一)ないし(三)を充足することは、当事者間に争いがない。
2 構成要件(四)-文言侵害
そこで、被告製品が、本件考案の構成要件(四)を文言上充足するか否かにつき検討する。
(一) 構成要件(四)は、「このカートリッジは、合成樹脂で形成された針ホルダ一1aのカンチレバー用凹所3aの一端壁に可撓性を有し、且先端に針17aが埋設されたカンチレバー5aが同時成形され、」というものであり、カンチレバー5aについては、「先端に針17aが埋設されたカンチレバー5a」となっており、「先端に針17aが埋設されるカンチレバー5a」とはなっていないから、右記載は、先端に針17aが埋設されたカンチレバー5aと針ホルダ1aが同時成形されることを意味していることは、その文言から明らかである。
すなわち、本件明細書の考案の詳細な説明でも、従来のカートリッジは、<1>「カンチレバー5の基端を針ホルダ1に埋設したダンパ4により保持する構成をとるものであり、針ホルダ1にダンパ4を埋設することが煩雑である上、カンチレバー5を前記ダンパ4に適確に侵入させねばならず、部品点数が増大すると共に製造工数が多くなり、量産に不向きで且コスト高になっていた。」(本件公報第三欄七行ないし一三行)としてその問題点を挙げ、これに引き続いて、<2>「本考案は上記の欠点を除去し部品点数並びに製造工数を低減せしめ、組立性が良好で量産に適し、大巾なコストダウンを図り得るカートリッジを提供することを目的とする。」(本件公報第三欄一四行ないし一七行)と記載されるとともに、<3>「本考案においては針17aと共に、カンチレバー5aを針ホルダ1aに同時形成するから、針をカンチレバーに付設する作業、針ホルダにダンバを埋設する作業並びに前記ダンパにカンチレバーを侵入させ保持させる作業が省かれる。」(本件公報第三欄三四行ないし第四欄二行)、<4>「本考案のカートリッジによれば、(a) 部品点数を低減するから材料コストを低廉にできる。(b) 製造工数を大巾に削減するから組立性が著しく良好となり、製造が容易で量産性に富む。(c)材料コストを低減すると共に量産性を向上できるから、大巾なコストダウンが可能となり汎用性を増大できる。」(本件公報第四欄一三行ないし二一行)として、その作用効果が強調されている。そして、右<3>の記載は、針と共にカンチレバーを針ホルダに同時成形するから、従来技術における三つの作業、すなわち、「針をカンチレバーに付設する作業」、「針ホルダにダンパを埋設する作業」、「ダンパにカンチレバーを侵入させ保持させる作業」を省くことができ、これにより前記<1>の問題点を解決して同<2>の目的を達成し、<4>の効果を奏することができることを示しているものと解するほかないから、構成要件(四)の文言上の解釈は、右<3>の記載とも一致する結果となっている。
しかも、本件明細書の添付図面(乙第一号証の2)を見ると、従来の構成のカートリッジを示す第1図ないし第3図における針の付設状況は、針の頭部(針の非先端部)がカンチレバーから突出して記載され、針の頭部を押してカンチレバーに圧入された様がうかがえるのに対し、本件考案のカートリッジを示す第4図は、針はカンチレバーの約半分程の深さに埋め込まれ、針と共にカンチレバーを針ホルダに同時成形した状況が図示されており(カンチレバーと針ホルダのみを同時成形した後に、針の先端部を押して配設できるものとは考えられない。)、かかる図面の記載も、本件考案が、針17aと共にカンチレバー5aと針ホルダ1aが同時成形されることを必須の構成としていることを裏付ける結果となっている。
控訴人は、構成要件(四)は、カンチレバーと針ホルダの同時成形のときに、針17aが同時に埋設される場合もその前後に埋設される場合も含まれるものと解すべきであり、前記本件明細書記載(本件公報第三欄三四行ないし第四欄二行)は、本件考案ではカンチレバーへの針の付設が容易にできるため、従来技術の観点からすればその作業は改まった別個独立の作業と見るほどのこともなく、かかる意味での付設作業は省かれるものとしてその作用効果を強調したものにすぎない旨主張する。
しかしながら、仮に従来の構成のカートリッジに、控訴人が指摘するような針付設上の欠点が見られるとしても、カンチレバーへの針の付設が容易にできることと針をカンチレバーに付設する作業が省かれることとは全く別の事象であるから、その作用効果を強調したものにすぎないとして両者を同一視することはできないし、本件明細書には、カンチレバーと針ホルダを同時成形することにより、その後のカンチレバーへの針の付設が容易になることを示唆する記載は全く見当たらず、本件明細書における考案の詳細な説明の項で前記のような記載がなされている以上、本件公報を見た当業者が、本件考案が属する技術分野における技術常識に照らし、「針の付設が省かれる」とは「針の付設が容易にできる」ことを意味し、構成要件(四)には、カンチレバーと針ホルダの同時成形の後に針が付設される場合も含まれるものと判断することができるとは思われない。
したがって、この点の控訴人の主張は理由がない。
(二) 次に、構成要件(四)は、前記のとおり、「このカートリッジは、合成樹脂で形成された針ホルダ1aのカンチレバー用凹所3aの一端壁に可撓性を有し、且先端に針17aが埋設されたカンチレバー5aが同時成形され、」というものであって、方法的記載を含むものであるが、この方法的記載は、本件考案のカートリッジの形状、構成の特定、説明としての意味があるものであり、本件考案の技術的範囲を確定するに当たり考慮されるべきである。
すなわち、構成要件(四)は、針17aと共にカンチレバー5aと針ホルダ1aが同時成形されることを意味しているところ、本件考案のように針17aと共にカンチレバー5aと針ホルダ1aが同時成形される場合には、通常、金型に針を挿入して付設作業を済ませ、その後、カンチレバーと針ホルダとを合成樹脂により同時成形する方法で形成されるものであり、針の頭部がカンチレバーの外に一部露出している構造は一般に形成されない構造であると認められること(この事実は、弁論の全趣旨により認める。)、並びに、前記(一)のとおり、本件明細書の添付図面第4図には、針はカンチレバーの半分程の深さに埋め込まれ、針と共にカンチレバーを針ホルダに同時成形した状況が図示されているが、他の図面や本件明細書の考案の詳細な説明の項には、針の頭部がカンチレバーの外に一部露出している構造を含むことをうかがわせる記載がないことによれば、本件考案における針17aはカンチレバー5aに埋め込まれたものであり、カンチレバー5aは上下に連絡する穴を有しないものと解すべきである。
これに反する控訴人の主張は、採用することができない。
(三) 他方、原判決別紙目録の「構造の説明」(4)のとおり、「このカートリッジは、・・・先端に針穴を有するカンチレバー5aが同時成形され、成型後にカンチレバーの先端の針穴に針を圧入して固定し、」とあるように、被告製品のカンチレバー5aは、上下に連絡する穴を有し、針17の頭部がカンチレバー5aの外に一部露出しているものであるから、被告製品は、この構成の点で、構成要件(四)を充足しないものである。
(四) したがって、被告製品は本件考案を文言上侵害する旨の控訴人の主張は、その余の構成要件を検討するまでもなく、理由がない。
3 構成要件(四)-均等
次に、均等侵害の点について検討する。
(一) 構成要件(四)の針17aの頭部はカンチレバー5aに埋め込まれて外に露出していないものであり、カンチレバー5aは上下に連絡する穴を有しないものであるが、これをカンチレバー5aが上下に連絡する穴を有し、針17の頭部がカンチレバー5aの外に一部露出している構造と置き換えることが被告製品の製造時点における当業者にとって容易なことであったとしても、前記2(一)に説示のとおり、本件明細書の考案の詳細な説明の項には、針と共にカンチレバーを針ホルダに同時成形すること、すなわち、構成要件(四)により針17aの頭部はカンチレバー5aに埋め込まれ、カンチレバー5aは上下に連絡する穴を有しない構成を採用したことにより、針をカンチレバーに付設する作業を省くことができることが本件考案の奏する作用効果として記載されているものであるから、本件考案の出願人である控訴人は、本件考案におけるカンチレバー5aの先端部の構成を針17aが埋め込まれ、上下に連絡する穴を有しない構成に意識的に限定したものというべきである。
これに反する控訴人の主張は採用することができない。
(二) したがって、被告製品は本件考案を均等により侵害する旨の控訴人の主張も、その余の構成要件を検討するまでもなく、理由がない。
4 まとめ
以上によれば、被告製品は、その余の構成要件を検討するまでもなく、本件考案の技術的範囲に含まれないから、本件実用新案権の侵害を理由とする控訴人の損害賠償請求は、理由がない。
三 結論
よって、本件控訴を棄却することとし、主文のとおり判決する。
(口頭弁論終結の日 平成一一年四月二七日)
(裁判長裁判官 永井紀昭 裁判官 塩月秀平 裁判官 市川正巳)