大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 平成10年(ネ)1952号 判決 1998年8月31日

控訴人(甲・乙両事件被告)

秋山省吉こと大森省吉

右訴訟代理人弁護士

藤澤和裕

渡邉興

菊地賢一

被控訴人(甲・乙両事件原告)

杉山治夫

主文

一  原判決を取り消す。

二  被控訴人の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実及び理由

第一  控訴の趣旨

主文同旨

第二  事案の概要

本件事案の概要は、原判決事実及び理由の「第二 事案の概要」に記載のとおりであるから、これを引用する(ただし、原判決一三頁五行目の「精算」を「清算」と訂正し、同一五頁一〇行目の「である。」の次に「)。」を加える。)。

第三  争点に対する判断

一  争点1(本件消費貸借契約一)及び同5(本件消費貸借契約二)についての判断は、原判決二四頁七行目及び同二五頁三行目の各「ないし四」をいずれも「、二」と訂正するほかは、原判決一六頁一〇行目から同二七頁四行目までと同じであるから、これを引用する。

二  争点4(和解の清算条項による債権債務の消滅)についての判断は、原判決三三頁六行目の「四」を「二」と改め、同行目、同三七頁八行目、同九行目、同一一行目、同三八頁二行目及び同三九頁四行目の各「精算」をいずれも「清算」と訂正するほかは、原判決三三頁六行目から同三九頁五行目までと同じであるからこれを引用する。

三  そこで、争点2及び6(消滅時効の抗弁1)について判断する。

1  証拠(認定事実の末尾に掲げる。)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められ、この認定に反する証拠はない。

(一) 本件消費貸借契約一(昭和五三年五月二三日貸付の一五〇万円)においては、(1) 利息は、月二分とし、違約損害金は、利息制限法最高の割合の金員とする(甲一の一項)、(2) 支払は、本店に送金を原則とし、昭和五三年六月より自由返済として、毎月二三日までに利息分以上を支払うよう努力し、昭和五六年五月二三日までに支払するよう努力する(甲一の二項)、(3) 残金が、右二項のとおりに支払できなくなる場合には、その残金の支払日を猶予し、書替えによる延長又は自動的に延長して、右記より五か年後を支払日として支払うよう努力し、なおかつ支払できなくなる場合は、さらにその後五か年間に限り支払を猶予し、延長した期限が、最終弁済期限に自動的になることを貸主並びに借主・連帯債務者及び連帯保証人は承認する(甲一の三項)、(4) 借主・連帯債務者は、貸主に対して、右三項の支払猶予期限中といえども、特約として右記債権の内支払金として一か月分の利息相当金分以上を毎月支払うよう努力する(甲一の四項)、(5) 貸主は、借主・連帯債務者が右四項の支払を二か月分以上遅延したときは、配達証明付内容証明郵便で催告し、送達日より二〇日以内に一か月分以上の利息相当金分の内支払金を支払わないときは、右三項の契約にもかかわらず、特約として送達日より三〇日後を最終期限に短縮して、貸主は、借主・連帯債務者及び連帯保証人に対し、残金全額の強い催告ができることを当事者は承認する(甲一の五項)、(6) 債務者が右四項の支払を五か月分以上遅延したときは、債権者は、支払命令の申立て又は訴訟を提起することができ、その時は、自動延長した右三項の最終弁済期限は、申立て又は提訴日まで短縮することを特約し、債権者と債務者及び連帯保証人は承認する(甲一の六項)、と定められている(甲一)。

(二) また、本件消費貸借契約二(昭和五三年三月二四日貸付の九五〇万円)においては、(1) 利息は、月一分五厘とし、違約損害金は、利息制限法最高の割合の金員とする(甲三九の一項)、(2) 支払は、本店に送金を原則とし、昭和五三年四月より自由返済として、毎月二四日までに利息分以上を支払うよう努力し、まず、第一目標として、昭和五三年四月二四日までに支払いするよう努力する(甲三九の二項)、(3) 残金が、右二項のとおりに支払できなくなる場合には、その残金の支払日を猶予し、書替えによる延長又は自動的に延長して、右記より五か年後を第二目標支払日として支払うよう努力し、なおかつ支払できなくなる場合は、さらにその後五か年間に限り支払を猶予し、延長した期限が、弁済期限に自動的になることを貸主並びに借主と連帯債務者及び連帯保証人は承認する(甲三九の三項)、(4) 借主は、貸主に対して、右三項の支払猶予期限中といえども、特約として右記債権の内支払金として一か月分の利息相当金分以上を毎月支払うよう努力する(甲三九の四項)、(5) 貸主は、借主が右四項の支払を二か月分以上遅延したときは、配達証明付内容証明郵便で催告し、送達日より二〇日以内に一か月分以上の利息相当金分の内支払金を支払わないときは、右三項の契約にもかかわらず、特約として送達日より三〇日後を弁済期限に短縮して、貸主は、借主と連帯債務者及び連帯保証人に対し、残金全額の強い催告ができることを当事者は承認する(甲三九の六項)、(6) 貸主は、借主が右四項の支払を五か月分以上遅延したときは、配達証明付内容証明郵便で催告し、送達日より一〇日以内に二か月分以上の利息相当金分の内支払金を支払わないときは、貸主は、支払命令の申立て又は訴訟を提起することができ、その時は、右三項の弁済期限は、申立て又は提訴日まで短縮することを特約し、貸主並びに借主と連帯債務者及び連帯保証人は承認する(甲三九の七項)、と定められている(甲三九)。

(三) ところで、被控訴人は、本件消費貸借契約一を締結し控訴人に一五〇万円を貸し付けた後、程なく控訴人のもとに取立てに赴き、控訴人から数回に分けて合計六万円の弁済を受け、また、昭和五三年六月ころ、正勝に対し、暴力団山口組の構成員を使って、正勝の事務所の机をひっくり返したり、正勝を殴打するなどして、本件金銭消費貸借契約二の貸金の取立てをした。その結果、正勝は、右貸金九五〇万円の内金として、五九万円を支払ったが、昭和五四年初めころ、行方不明となった(原審における被控訴人、弁論の全趣旨)。

(四) 被控訴人は、個人で高利の金融業を営むほか、同種の事業を目的とする日本百貨通信販売及び株式会社全国金満家教会の各代表取締役に就任しており、個人又はこれらの会社が貸主として借主に金銭を貸し付け、借主がその弁済をしないときは、借主に対して、自ら、又は、従業員若しくは暴力団構成員を使って、借主の妻にいわゆるソープランドで働いてもらうなどと脅迫し、あるいは、前記のように暴力団構成員を使って借主を殴打するなどの暴行を加え、その結果、借主が行方不明になると、長期間その所在調査をせずに放置し、利息や損害金が膨れ上がるまで請求せず、金銭借用証書中の「最終弁済期限」と称する期限を起算日として消滅時効が完成する直前に、借主等を被告として訴えを提起するという方法により、取立てを行うのを常態としている(甲六、七〔訴訟記録のうち、新・悪の錬金術及びサンデー毎日の記事の各抜粋〕、三三、乙一六の一ないし四、原審における被控訴人、弁論の全趣旨)。

2 以上認定の事実によれば、本件消費貸借契約一における昭和五六年五月二三日(支払努力の期限)あるいはその五年後である昭和六一年五月二三日(一回目の五年間の支払猶予の期限)、本件消費貸借契約二における昭和五三年四月二四日(支払努力の期限)あるいはその五年後である昭和五八年四月二四日(一回目の五年間の支払猶予の期限)は、その文理のみからすれば、各貸金を弁済する一応の目標期限を定めたにすぎないかのようにみえるが、その実、本件消費貸借契約一及び二によれば、被控訴人は、各貸付の一か月後には、毎月一か月分の利息相当金以上の金銭を取り立てることができるのである。

そして、このことと、元来、消滅時効の制度趣旨が、法律関係の安定のために、永続した事実状態を尊重して法律関係に高め、これを覆さないこと、永続した事実関係が真実に適合する蓋然性にかんがみ、その証拠保全の困難を救済すること及び権利の上に眠る者を保護しないことにあること、並びに本件消費貸借契約一及び二に基づく取立てを含む被控訴人による前記貸金取立ての実態を併せ考慮すれば、本件消費貸借契約一における昭和五六年五月二三日及び本件消費貸借契約二における昭和五三年四月二四日は、いずれも、支払努力の期限との文言にかかわらず、各貸金の法律上の弁済期を定めたものと解するのが相当であり、また、本件消費貸借契約一及び二の前記(一)(3)及び(二)(3)の特約(二回にわたる各五年間の支払猶予・弁済期の自動延長の定め)をもって、債務者にも有利な弁済期猶予などを定めた有効な合意と解するならば、債務が存在しないことを前提に築かれた従前からの法律関係の安定を害するばかりか、債務者が債務不存在又は消滅を立証するための証拠の保全を困難にし、長年にわたって意図的に権利行使をしないで放置してきた債権者を保護する結果となり、消滅時効の制度趣旨に、正に相反するといわざるを得ない。

そうとすれば、本件消費貸借契約一及び二の前記(一)(3)及び(二)(3)の特約は、被控訴人による前記貸金取立ての実態にかんがみても、各貸金債権の弁済期を延長するというよりも、債務者から残元金とともに膨れ上がらせた高利を取得するため、その消滅時効の起算時を繰り下げ、消滅時効の完成を意図的に後らせるという効果のみを目的とする特約であり、実質的にみると、控訴人に時効の利益を放棄させ、あるいは消滅時効の期間を伸長するものに外ならないから、民法一四六条の規定の趣旨に反し、無効であるといわなければならない。

3  したがって、控訴人の各消滅時効の援用に基づき、本件消費貸借契約一に基づく貸金債権は、弁済期の翌日である昭和五六年五月二四日から一〇年を経過した平成三年五月二三日をもって消滅時効の完成により消滅し、また、本件消費貸借契約二に基づく貸金債権は、弁済期の翌日である昭和五三年四月二五日から一〇年を経過した昭和六三年四月二四日をもって消滅時効の完成により消滅したものというべきである。

四  以上の次第で、被控訴人の請求は、その余の点について判断するまでもなく、いずれも理由がないから棄却すべきところ、これと異なる原判決は不当であるからこれを取り消し、被控訴人の請求をいずれも棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法六七条二項、六一条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官塩崎勤 裁判官橋本和夫 裁判官川勝隆之は、転補につき署名押印することができない。裁判長裁判官塩崎勤)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例