東京高等裁判所 平成10年(ネ)2393号 判決 1998年12月15日
控訴人・附帯被控訴人(原告・被告)
村杉英一
被控訴人(被告)
中川清
附帯控訴人・附帯被控訴人(原告)
日産火災海上保険株式会社
主文
一 本件控訴を棄却する。
二 本件附帯控訴に基づき原判決主文第二項を次のとおり変更する。
控訴人村杉英一は、被控訴人日産火災海上保険株式会社に対し、金二五二万六三二一円及びこれに対する平成三年一二月一六日から支払済みまで年五分の金員を支払え。
三 控訴人村杉英一と被控訴人中川清との間では本件控訴費用は控訴人村杉英一の負担とし、控訴人村杉英一と被控訴人日産火災海上保険株式会社との間においては訴訟費用は、第一、二審を通じてこれを一〇分し、その七を控訴人村杉英一の負担とし、その余を被控訴人日産火災海上保険株式会社の負担とする。
事実及び理由
第一当事者の求めた裁判
一 控訴人村杉英一(以下「控訴人村杉」という。)
(控訴につき)
1 原判決中の主文第一、二項を取り消す。
2 被控訴人日産火災海上保険(以下「被控訴人会社」という。)の控訴人村杉に対する右取消しにかかる請求部分を棄却する。
3 被控訴人中川清(以下「被控訴人中川」という。)は控訴人村杉に対し、金三六五万〇一一二円及びこれに対する平成三年一二月一六日から支払済みまで年五分の金員を支払え。
4 訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする。
(附帯控訴につき)
1 本件附帯控訴を棄却する。
3 附帯控訴費用は被控訴人会社の負担とする。
二 被控訴人会社
(控訴につき)
1 本件控訴を棄却する。
2 控訴費用は控訴人村杉の負担とする。
(附帯控訴につき)
1 原判決中の主文第三項を取消す。
2 控訴人村杉は被控訴人会社に対し、原判決の認容した金額の外に金八一五万七〇〇六円及びこれに対する平成九年一〇月四日から支払済みまで年五分の金員を支払え。
3 訴訟費用は第一、二審とも控訴人村杉の負担とする。
三 被控訴人中川
(控訴につき)
1 本件控訴を棄却する。
2 控訴費用は控訴人村杉の負担とする。
第二本件事案の概要
本件事案の概要は、次のとおり付加するほかは、原判決の「事実及び理由」の第二項記載のとおりであるから、これを引用する。ただし、原判決三丁裏一一行目及び同五丁裏一行目の各「対人自動車保険契約」の前「自動車損害賠償責任契約(強制保険)及び」をそれぞれ加える。
一 当審における控訴人の主張
1 控訴人村杉に、本件事故以前にはその頸部に退行性変性は生じていなかった。また仮に退行性変性が存在しても、一生無症状の場合もあるので、その存在を理由とする過失相殺の類推適用は不当である。
2 控訴人村杉の本件事故に基づく受傷後の症状の悪化、長期化に心因的要因による影響はない。控訴人村杉は、「心因性の強い人」ではない。
二 当審における被控訴人の主張
1 本件事故による控訴人村杉乗車の普通乗用自動車に対する衝撃は極軽微であって、同車を一メートル余も押し出すことはあり得ない。このことは鑑定の結果からも明らかであって、控訴人村杉の主張する症状は、本件事故とは関係しないものである。
2 仮に、右症状に本件事故との因果関係が存在するとしても、それは主として控訴人村杉の心因性によるものであって、本件事故による寄与は極くわずかである。
第三争点に対する判断
当裁判所は、本件事案について過失相殺の類推適用をすべきであり、その割合についての判断を後記のとおり改めるべきであると判断する。その他の争点に対する判断は、次のとおり補正、付加するほかは原判決の「事実及び理由」の第三項記載のとおりであるから、これを引用する。
1 原判決表四丁表三行目の「乙九の一、二」を「乙九の一ないし三」に、同六丁裏三行目の「約一メートル前方に押し出され」を「数十センチメートル前方に押し出され(その押し出された距離が一・五メートルであるか、一メートルであるかについては事故当事者の記憶に基づくおおまかな供述しかなく、事故直後の現場での計測や客観的な痕跡の確認がなされているわけでもない。社団法人未踏科学技術協会所属の鑑定人荒居茂夫の鑑定の結果によれば、控訴人村杉が乗車していた乗用自動車が本件事故による衝突によって押し出された距離は、本件で想定される条件の範囲内でその最大値からして、一メートル未満であったことは認められるが、本件鑑定がその鑑定実験や本件事故状況の推論の前提に用いた乗用車の速度、バンパーの反発係数、路面の摩擦係数《乙八によれば事故現場は砂利敷であると認められる。》等の一定の範囲内数値を前提にする限りにおいて妥当性を有するものであって、それによれば右移動距離は数十センチに止まることは認められるも、その前提となる数値等を本件事故現場に則して確定することは困難であり、上記のとおり推認するほかない。なお、事故時の衝突音、衝撃等衝突状況に関する控訴人の供述は誇張が多く信用できない。)」にそれぞれ改める。
2 同九丁表四行目の「約一メートル」を「数十センチメートル」に改め、同九行末尾に「なお、控訴人村杉には、本件事故以前に右自律神経失調症状は存在しなかったが本件事故後に右症状が現われたものであるが、事故直後の身体状況等について控訴人村杉が供述するところも誇張が多く信用できない。前述の荒居鑑定によれば、衝突時の衝撃(加速度)も、乗員がシートに正しい姿勢で腰掛けていた場合には、ほとんどその乗員に頸椎捻挫等の傷害を与える程度に至らないことも認められるが、同時に、同鑑定は、前記認定にかかるように控訴人村杉がシートに正しい姿勢で腰掛けていなかった場合には、控訴人村杉に傷害を発生させる可能性を否定するものでない。」と加える。
3 同一〇丁裏二行目冒頭から七行目末尾までを「5 バレーリュー症候群とは、主に車両の追突事故によって生じた自律神経の一つである交感神経の障害であって、項、頸部筋肉群の損傷、頸椎靭帯の損傷、頸椎椎間板の損傷、頸椎の損傷の際にみられるが、他覚的所見が見られることは少なく、頭重、頭痛、目眩、耳鳴り、吐き気、眼精疲労、流涙、咽頭部や喉頭部の違和感などの自律神経失調症状を示すものである。その症状の強弱は、右各損傷の程度の大小には関連性はなく、むしろ個人の性格、精神状態、日常生活上のストレス、家族、友人を含めた人間関係、職業的、社会的ストレスなどに関連性があってそれに影響されることが多いものである。控訴人村杉の場合も、同人が本件事故によりより多くの賠償を得たいという潜在的な慾から自ら身体的被害状況を過大に表現させている傾向があるのではないかと疑われるが、そうでないとしても、本件事故ばかりでなく、本件事故自体からくる心労、その職業上の事由を含む私生活上の心因的要因が治療期間を長期化させた主原因であると認められる。」に改める。
4 同一一丁表一一行目の「のであり、」を「のであるが、頸部に退行性変性が存在する人でも必ずしも頸部痛等の症状を発生しない場合があることも考慮したうえ、」に改める。
5 同一一丁裏七行目から八行目にかけての「口頭弁論終結日までの一部遅延損害金を含むものとして算定)」と、同一〇行目から一一行目にかけての「(口頭弁論終結日までの遅延損害金を含むものとして算定)」をいずれも削除する。
6 同一一丁裏一行目から二行目にかけての「原告村杉の損害の三割を減額して」を「控訴人村杉の損害の五割を減額して」に改める。
7 同一二丁表二行目冒頭から同丁裏一行目末尾までを次のとおり改める。
「前認定のとおり、本件事故に起因する控訴人村杉の損害に対する被控訴人中川の負担割合は五割であるから、控訴人村杉の損害の合計額一一六五万二八六六円の五割に当たる五八二万六四三三円が被控訴人中川の負担すべき損害額である。
三 被控訴人会社の控訴人村杉に対する不当利得返還請求権の有無
前認定のとおり、被控訴人中川の負担すべき損害額は右のとおりであるところ、被控訴人会社が被控訴人中川との間で締結した自動車損害賠償責任保険契約(強制保険)及び対人自動車保険契約に基づき、控訴人村杉に対して支払った休業損害・治療費・入院雑費合計は八三五万二七五四円であるから、右支払額との差額の二五二万六三二一円が過払いとなる。したがって、被控訴人会社は、控訴人村杉に対し、右金額の金員を法律の原因なくして支払ったもので、控訴人村杉は、被控訴人会社の損失において二五二万六三二一円を不当利得したことになる。」
第四結論
以上によれば、控訴人村杉の本件請求は理由がないので棄却すべきであるが、被控訴人会社の控訴人村杉に対する本件請求のうち二五二万六三二一円及び訴状送達の日の翌日である平成三年一二月一六日から支払済みまで民法所定年五分の遅延損害金の支払を求める限度で理由があるので認容すべきであるが、それを超える部分は理由がないので棄却すべきである。
よって、控訴人村杉の本件控訴は理由がないから棄却することとし、被控訴人会社の附帯控訴は右の限度で理由があるので、それと異なる原判決主文第二項を右のとおり変更することとして、主文のとおり判決する。
(裁判官 鬼頭季郎 池田亮一 廣田民生)