大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 平成10年(ネ)2625号 判決 1999年12月14日

控訴人

株式会社ジャックス

右代表者代表取締役

右代理人支配人

右訴訟代理人弁護士

毛受久

控訴人補助参加人

株式会社富士銀行

右代表者代表取締役

右訴訟代理人弁護士

海老原元彦

廣田寿徳

竹内洋

馬瀬隆之

島田邦雄

田路至弘

半場秀

田子真也

本村健

上田淳史

被控訴人

Y1

Y2

右両名訴訟代理人弁護士

若月家光

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用中、参加により生じた費用は補助参加人の負担とし、その余は控訴人の負担とする。

事実及び理由

第一当事者の求めた裁判

一  控訴人

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人らは、控訴人に対し、連帯して一〇二二万九九五〇円及びこれに対する平成五年八月一七日から支払済みまで年二九・二パーセントの割合による金員を支払え。

二  被控訴人ら

控訴棄却

第二事案の概要

一  本件は、参加人が被控訴人Y1(以下「被控訴人Y1」という。)に一〇〇〇万円を貸し付け、被控訴人Y1の右借入金債務につき連帯保証した控訴人が、参加人に代位弁済したとして、被控訴人Y1及び同被控訴人の控訴人に対する求償債務につき連帯保証した被控訴人Y2(以下「被控訴人Y2」という。)に対し、求償金一〇二二万九九五〇円及びその遅延損害金の支払を求めた事案である。原判決は、参加人・被控訴人Y1間の金銭消費貸借契約の成立が認められないとして、控訴人の請求を棄却したので、これに対して控訴人が不服を申し立てたものである。

二  当事者双方の主張は、次のとおり付加するほか、原判決の該当欄記載のとおりであるから、これを引用する。

(控訴人の当審における主張)

1 被控訴人Y1は、参加人との本件金銭消費貸借契約証書に自ら署名した。したがって、右契約証書は、反証がないから、真正に成立したものと認めるべきである。原判決は、契約証書の成立を否定したが、違法である。

2 被控訴人Y1に意思能力があったことは、原審における鑑定結果から明らかである。しかし、原判決は、被控訴人Y1の意思能力の有無について明確な判断を示すことなく、本件金銭消費貸借契約証書の成立を否定した。原判決には、判断脱漏、理由不備の違法がある。

3 被控訴人Y1は、参加人の担当行員から説明を受け、しかも、妻である被控訴人Y2や義父のD(以下「D」という。)が同席の場で、本件金銭消費貸借契約証書に署名した。したがって、被控訴人Y1は、右契約から生ずる負担や責任を理解した上で同契約を締結したものである。原判決は、右契約の成立を否定したが、事実を誤認したものである。

第三当裁判所の判断

一  当裁判所も、控訴人の請求は理由がないものと判断する。その理由は、次に記載するほか、原判決の理由記載と同一であるからこれを引用する。

(控訴人の当審における主張について)

1 原判決挙示の証拠によれば、次の事実が認められる。

(一) Dは、昭和六一年三月から、参加人より株式投資資金の融資を受けていた。Dの借入金債務は、平成二年八月ころには、二億一〇〇〇万円に上っていたが、その担保は、定期預金一億一〇〇〇万円及び当時の評価額四五〇〇万円の株式にとどまり、担保割れの状況であった。Dは、株式の運用により債務を減らそうと考え、平成二年八月、参加人に対し、娘婿の被控訴人Y1所有の「赤城国際カントリークラブ」の会員権を担保にして、新たな株式購入資金一〇〇〇万円の融資を申し入れたが、ゴルフ会員権を担保とする融資は会員権の名義人に対してでなければできないといわれた。そこで、Dは、参加人と相談の上、被控訴人Y1名義で一〇〇〇万円を借り入れることとし、その前提として、右の融資について控訴人に保証委託し、控訴人の被控訴人Y1に対する求償債権を担保するため、右会員権を控訴人に対し担保として提供することとした。Dは、控訴人宛ての保証委託申込書と保証委託契約書に被控訴人Y1の氏名を記載し押印して、保証委託の手続を取った。被控訴人Y1は、平成二年一一月二八日ころ、Dと被控訴人Y2が同席の場で、参加人の行員が持参した一〇〇〇万円の金銭消費貸借契約証書(≪証拠省略≫)に住所、氏名を記載した。そこで、参加人は、平成二年一一月二九日、Dが開設した被控訴人Y1名義の預金口座に一〇〇〇万円を入金した。Dは、右一〇〇〇万円で株式を購入するつもりで、同日、被控訴人Y1名義の払戻請求書を参加人に提出したが、参加人は、当時の株価低落傾向からみて、Dが新たな株式を購入しこれを追加担保として提供されても、担保割れの状況は改善されないと判断して、右一〇〇〇万円をDの既存の債務の弁済に充当した。

(二) 被控訴人Y1は、平成元年二月一三日にくも膜下出血を発病し、同月一五日から平成二年一〇月四日まで入院した。被控訴人Y1は、この間、二度の脳動脈瘤クリッピング手術と脳室腹腔シャント手術を受けたが、前頭葉機能障害の後遺症が残った。そこで、被控訴人Y1は、平成二年一一月当時、リハビリテーションとして小学校低学年用のドリルをしていたが、記銘力障害、見当識障害があり、作話が認められた。また、被控訴人Y1は、あいさつ程度の簡単な会話はでき、日常生活もなんとか可能であったが、ある程度内容のある話はできず、時々玩具販売店の店番にでることがあったが、一人前の店主あるいは従業員としての労働能力はなかった。

1 右1(一)の認定事実によれば、本件金銭消費貸借契約は、単に参加人が被控訴人Y1に一〇〇〇万円を貸し付けるという単純なものではなく、被控訴人Y1の保証委託により控訴人が被控訴人Y1の参加人に対する債務を保証すること、控訴人の被控訴人Y1に対する求償債権を担保するため、被控訴人Y1が控訴人に対しゴルフ会員権を提供することが一体となっていたものである。その上、右借入金は、結局、義父Dの参加人に対する既存の債務の弁済に充てられたものである。換言すれば、被控訴人Y1が新たな債務を負うことの見返りとして、Dの債務が減少したものであり、被控訴人Y1からみれば、何らの利益を受けることなく、債務だけを負わされたことになる。

本件の場合、被控訴人Y1が借入金を受領するための預金口座は、Dが開設し、参加人との間の借入交渉もまたDがしていたのであって、借入金をDの債務の弁済に充てるについても、参加人はDと交渉しており、直接被控訴人Y1と交渉した形跡は認められない。

参加人としては、すでに担保割れとなり回収が危ぶまれる債権を、被控訴人Y1の損失において回収したのである。すなわち、参加人は、自己のリスクを被控訴人Y1につけかえたのである。しかも、その損失を蒙る被控訴人Y1が、本件の借入れの背景となっているDの借金の状況や、借入金の使途あるいはその返済原資となるべきDの資力等について、明確な認識を有しているか否か、明らかではなかったというべきである。

このような状況では、本件貸付けに当たって、被控訴人Y1に、右の諸点について正確な情報が伝えられれば、もし被控訴人Y1が精神的に健常な一人前の人物であれば、借入れを思いとどまった可能性があるといわなければならない。すなわち、本件の借入れは、精神的に健常な一人前の者でも、そのリスクの高さからみて、借入れの可否を判断するのに、十分な思慮分別を要するものであったといえる。

ところが、当時の被控訴人Y1の精神状態は、前期1(二)で認定したとおりのいわば精神的には半人前の状態であったのであり、被控訴人Y1は、本件金銭消費貸借契約当時、その内容を理解し、右契約を締結するかどうかを的確に判断するだけの意思能力はなかったものと認められる。

≪証拠省略≫、原審及び当審における鑑定の結果によれば、被控訴人Y1は、当時、日常的に行われる金の貸し借りの意味や借りた金は返さなければならないということは理解することができたが、高度に複雑な論理的判断をする能力は欠けていたというのであるから、これらの証拠も、被控訴人Y1に本件金銭消費貸借契約を締結する意思能力はなかったとの右認定を左右するものではない。

3 そうすると、本件金銭消費貸借契約証書は、被控訴人Y1が自署したものではあるが、同被控訴人に意思能力がない以上、その意思に基づいて作成されたものとは認められず、本件金銭消費貸借契約が成立したと認めることができない。なお、原判決も、同趣旨の認定判断をしていることは、その判文から明らかである。

以上のとおりであるから、控訴人の主張は、いずれも採用することができない。

二  したがって、控訴人の請求を棄却した原判決は相当で、本件控訴は理由がない。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 淺生重機 裁判官 菊池洋一 江口とし子)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例