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東京高等裁判所 平成10年(ネ)3601号 判決 1999年9月29日

控訴人(平成六年(ワ)第二五七九五号事件原告) 阪和興業株式会社(以下「控訴人阪和興業」という。)

右代表者代表取締役 北修爾

控訴人(平成六年(ワ)第一九八〇二号事件原告) 大萩工業株式会社 (以下「控訴人大萩工業」という。)

右代表者代表取締役 滝川澄夫

右両名訴訟代理人弁護士 賀集唱

同 松尾翼

同 西山宏

同 飯田藤雄

同 村上義弘

被控訴人(平成六年(ワ)第一九八〇二号事件、同第二五七九五号事件各被告) 勧角証券株式会社(以下「被控訴人」という。)

右代表者代表取締役 沼田忠一

右訴訟代理人弁護士 尾﨑昭夫

同 額田洋一

同 井口敬明

同 中島茂

同 池田彩織

同 栗原正一

同 福岡真之介

主文

一  原判決中の控訴人阪和興業敗訴部分を次のとおり変更する。

1  被控訴人は、控訴人阪和興業に対し、二二億七二三六万八〇一四円及びこれに対する平成五年三月一一日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

2  控訴人阪和興業のその余の請求を棄却する。

3  右1は仮に執行することができる。

二  控訴人大萩工業の控訴を棄却する。

三  訴訟費用は、第一、二審を通じて、被控訴人に生じた費用の二分の一を控訴人大萩工業の負担とし、被控訴人に生じたその余の費用及び控訴人阪和興業に生じた費用はいずれも被控訴人の負担とし、控訴人大萩工業に生じた費用は控訴人大萩工業の負担とする。

事実及び理由

第一控訴の趣旨

一  控訴人阪和興業

1  主位的控訴の趣旨

(一) 原判決を取り消す。

(二) 被控訴人は、控訴人阪和興業に対し、二三億一六〇三万二三一五円及びこれに対する平成五年三月一一日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

(三) 訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。

(四) 仮執行宣言。

2  予備的控訴の趣旨

(一) 原判決を取り消す。

(二) 被控訴人は、控訴人阪和興業に対し、一三億〇〇七六万四七九九円及びうち四億五七九一万四九四九円に対する平成五年三月一一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

(三) 訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。

(四) 仮執行宣言。

二  控訴人大萩工業

1  主位的控訴の趣旨

(一) 原判決を取り消す。

(二) 被控訴人は、控訴人大萩工業に対し、七三億一三八四万四九五三円及びうち六三億八〇一五万七九二四円に対する平成四年九月二六日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

(三) 訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。

(四) 仮執行宣言。

2  予備的控訴の趣旨

(一) 原判決を取り消す。

(二) 被控訴人は、控訴人大萩工業に対し、六三億八一六八万七六九四円及びうち六三億八〇一五万七九二四円に対する平成三年四月二二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

(三) 訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。

(四) 仮執行宣言。

第二控訴人阪和興業関係

一  事案の概要

本件は、控訴人阪和興業が、日本信託銀行株式会社(以下「日本信託」という。)に委託して行った特定金銭信託に関し、被控訴人が、元金及び利回りを保証した旨主張し、その履行を求め、また、予備的に右元金及び利回りの保証による投資の勧誘が不法行為にあたると主張して、その損害賠償を求めた事案である。

1  前提となる事実(当事者間に争いのない事実は証拠を掲記しない。なお、本判決では、特に注記しない限り、証拠については平成六年(ワ)第一九八〇二号事件の証拠を掲記する。)

(一)(1) 被控訴人は、大蔵省の免許を受け、有価証券の売買等の証券業を営む準大手の証券会社である。

(2) 控訴人阪和興業は、東京証券取引所及び大阪証券取引所一部上場の鉄鋼専門商社であり、昭和五八年三月ころから平成六年一月ころまで、北茂(以下「北」という。)が代表取締役社長を務めていた。

控訴人阪和興業には、控訴人大萩工業、株式会社黒川鉄工、トーヨー建鉄株式会社、エスケーエンジニアリング株式会社等のグループ会社が存在する。

(二) 被控訴人は、控訴人阪和興業が、ユーロ市場において、次のとおりの普通社債を発行するについて、フランスのパリバ証券と共に共同主幹事証券会社となった(以下「本件社債発行」という。)。

(1) 発行日 昭和六〇年九月一七日

(2) 発行価格 五〇〇〇万米国ドル

(3) 利率 一〇・三七五パーセント(円を基準とした場合六・七五パーセント)

(4) 償還期日 平成三年七月一七日

(三) 控訴人阪和興業は、昭和六〇年六月一四日、日本信託との間で、要旨次のとおりの特定金銭信託契約(以下「本件特金契約」という。)を締結し、同日、日本信託に対し、当初信託金三〇億円を交付した。

(1) 委託者兼受益者 控訴人阪和興業

(2) 受託者 日本信託

(3) 当初信託金 三〇億円

(4) 信託期間 昭和六〇年六月一四日から昭和六一年三月二五日まで

ただし、信託期間満了三〇日前までに委託者及び受益者若しくは受託者から別段の申出がないときは、さらに一年間延長し、事後もこれに準じる。

(5) 運用方法 受託者は、委託者の指図により株式、国債、地方債、社債、外国証券等を運用する。

(四) 控訴人阪和興業は、昭和六〇年六月一四日、株式会社勧業角丸経済研究所(以下「勧角経済研究所」という。)との間で、本件特金契約に関し、投資顧問契約(以下「本件投資顧問契約」という。)を締結し、日本信託に対する指図運用を勧角経済研究所に委ねた。

勧角経済研究所の地位は、同年一〇月一日、控訴人阪和興業及び日本信託の同意のもとに、勧業角丸投資顧問株式会社(現商号・勧角投資顧問株式会社)に承継された。

(五) 控訴人阪和興業と日本信託は、平成二年三月二〇日、本件特金契約の信託期間を平成五年三月一〇日まで延長する旨、信託期間満了一か月前までに委託者及び受益者から契約終了の意思表示がない限り、さらに一年延長され、その後も同様とする旨合意した。

(六) 平成五年三月一〇日時点における本件特金契約に基づく当初信託金三〇億円の運用状況は次のとおりである(別紙一覧表参照)。

(1) 元本残高 二七億五九〇三万七一四一円

(2) 有価証券等の評価損 一五億七九六四万八九〇七円

(3) 有価証券等の時価 一一億七九三八万八二三四円

(4) 受領運用益 一二億五九四八万一九六二円

(5) 源泉税 三一五七万三〇一六円

(6) 支払投資顧問料 五一七三万八四七四円

(7) 信託報酬 二〇四万六六七一円

(8) 信託元本の一部返還 一億五七〇〇万〇〇〇〇円

(七) 本件特金契約に基づき、平成五年三月一一日以降、別紙一覧表その二のとおり信託金の運用がされ、平成七年三月一〇日、本件特金契約が終了し、控訴人阪和興業は、信託元本残高九億一一一五万二二四五円を受領した。

2  主たる争点

(一) 元本及び運用利息の保証約束の存否(主位的請求)

(1) 控訴人阪和興業の主張

① 被控訴人は、準大手証券会社として、営業実績の拡大を積極的に図り、ユーロ市場における社債発行の主幹事証券会社となることを目論み、昭和六〇年五月ころ、控訴人阪和興業に対し、被控訴人が主幹事証券会社となってユーロドル市場で控訴人阪和興業の社債を発行すること、そこで得た資金及び控訴人阪和興業が独自に調達した資金を、被控訴人及びその投資顧問会社で特定金銭信託による運用を行うこと、その見返りとして、普通社債以上の運用利率で特定金銭信託の運用を行うこと及び被控訴人において元本保証ないし利回り保証することを持ちかけた。

控訴人阪和興業は、普通社債による資金調達の必要はなかった(転換社債・ワラント債の発行を考えていたのである。)が、被控訴人において、被控訴人の業績拡大が急務であることを切々と訴え、元本保証等をする旨申し入れたので、特定金銭信託についての保証約束及び普通社債発行の交渉を行うこととした。

なお、被控訴人は、特定金銭信託契約を成立させることにより、受託した信託銀行から特定金銭信託契約に伴う有価証券等の売買の注文を受け、手数料を収受することができるなどの利益を享受できるものである。

② 被控訴人は、交渉の結果、昭和六〇年六月一三日、控訴人阪和興業に対し、本件特金契約に関し、同月一四日から平成二年三月二五日までの間の本件特金契約の運用成績から投資顧問契約料を控除した金額が、当初信託元本三〇億円とこれに対する年八パーセントの割合による運用利息の合計金額に満たない場合には、その差額に当たる収益を被控訴人が控訴人阪和興業に対し確保することを約し、覚書を取り交わした(以下、右覚書を「本件覚書」といい、右約束を「本件保証約束」という。)。

本件覚書には、「年間利回りについては、投資顧問料を差し引いたネット8%以上とする。」と記載されており、本件特金契約に関し、元本及び年八パーセントの利息が保証されたことは明らかである。ただし、本件保証約束の履行については、被控訴人が現金を支払うのではなく、「別途資金の運用」などの方法でも構わないと考えていたことから、「運用実績が上記利回りに達しなかった場合には別途資金の運用により収益を確保することとする。」との記載がされたものである。

③ 控訴人阪和興業は、本件保証約束がされたため、日本信託との間で本件特金契約を、勧角経済研究所との間で本件投資顧問契約をそれぞれ締結し、また、ユーロ市場における本件社債発行につき被控訴人をフランスのパリバ証券と共に共同主幹事証券会社とした。

④ 控訴人阪和興業は、平成二年当初、本件特金契約の運用成績が本件保証約束で決められた運用利率八パーセントに達していなかったが、被控訴人から、運用利率八・五パーセントを確約するので三年間本件特金契約を延長して欲しい旨依頼されたことから、同年三月二〇日、本件保証約束の運用利率を同月二六日から年八・五パーセントに増額するとの条件で、本件特金契約を平成五年三月一〇日まで延長すると共に、本件保証約束の期間を同日まで延長した。

⑤ 平成五年三月一〇日時点における本件特金契約の運用状況は、右1(六)のとおりであり、これによれば、被控訴人は、同日時点において、控訴人阪和興業に対し、本件保証約束に基づき二三億一六〇三万二三一五円(別紙計算表参照)を支払う義務があるところ、その支払をしない。

(2) 被控訴人の主張

① 被控訴人は、控訴人阪和興業に対し、本件保証約束をしていない。控訴人阪和興業が提出する本件覚書のどこを見ても、被控訴人が控訴人阪和興業に差額金を確保する旨の記載は存在しない。本件覚書には、「別途資金の運用により収益を確保することとする。」との記載があるのみであるところ、右記載は、運用実績が八パーセントの利回りに達しなかった場合、控訴人阪和興業自身が新たな資金を別途投入して証券取引運用をし、損失をカバーするように被控訴人が配慮するという努力目標を掲げたにすぎない。

② 被控訴人は、本件社債発行について、主幹事証券会社となることを積極的に持ちかけたことはない。社債の発行による資金調達は、控訴人阪和興業の方針であったものである。本件特金契約と本件社債発行は全く別の経緯から生じたものであり、両者に関連性はない。このことは、本件社債発行により払い込まれた資金が、本件特金契約の当初信託金三〇億円の資金となっていないこと、本件特金契約締結の段階では、本件社債発行が決定されておらず、勿論その利率も決定されていなかったため、普通社債以上の運用利率を設定し保証することも不可能であったことなどから明らかである。

(二) 本件保証約束の有効性(被控訴人の仮定抗弁)

(1) 被控訴人の主張

仮に、本件保証約束がされたとしても、以下のとおり、その効力が被控訴人に帰属することはない。

① 被控訴人は、証券取引法の適用を受ける証券会社であり、行うことができる業務は法定されているところ、本件保証約束をすることは証券会社の通常の業務に属しないから、被控訴人の従業員には、本件保証約束をする権限がない。したがって、本件保証約束は、被控訴人との合意として成立することはなく、被控訴人に効果が帰属することはない。

② 控訴人阪和興業は、投資の玄人であり、自己責任の原則が働き、例外的に素人個人に与えられる救済規定が適用される余地はないから、自己責任を全うするしかない。

③ 本件保証約束は、証券取引法五〇条の三第一項一号に該当し、私法上も公序良俗に反するものとして無効である。

イ 証券取引法五〇条の三第一項一号は、証券会社が有価証券の売買その他の取引等について、顧客について生じた損失の全部若しくは一部を補てんすること、又はこれらについて生じた利益に追加するために当該顧客に対して財産上の利益を提供する旨を申し込む行為又は約束する行為を禁止し、これらの行為をした者に対し刑罰をもって臨んでいる。したがって、これらの行為は、証券取引の秩序を害するものとして、公序良俗に反し無効となる。

ロ 本件保証約束が、控訴人阪和興業について生じた損失又は予定不足額に相当する金員を控訴人阪和興業に取得させることを目的とするものであれば、本件保証約束により、控訴人阪和興業の有価証券の売買その他の取引について生じた損失を補てん、又は利益に追加するために、証券会社である被控訴人が顧客である控訴人阪和興業に対し財産上の利益を提供することを約束することになるから、本件保証約束は、証券取引法五〇条の三第一項一号に該当し、公序良俗に反するものとして無効である。

ハ 本件保証約束は、平成三年法津第九六号により改正された証券取引法(以下、右改正前の証券取引法を「改正前の証券取引法」という。)の施行前にされたものであり、本件保証約束がされた当時、改正前の証券取引法には、証券取引法五〇条の三第一項一号に相当する規定はなかったが、公序良俗違反の有無は、法津行為がされた時点のみならず判断時点における公序良俗に照らして判断すべきであり、また、同号について遡及適用を排斥する経過規定もないことを考慮すると、本件保証約束についても同号は適用されるというべきである。

④ 本件保証約束の履行を求めることは、証券取引法五〇条の三第一項三号に該当し、公序良俗に反し許されない。同号は、証券取引法改正前における行為を除外する旨の規定を設けていないから、改正前にされた約束に基づいて損失補てんを求めた場合にも適用される。

(2) 控訴人阪和興業の主張

① 本件保証約束は、被控訴人及び関連投資顧問会社の業績拡大を動機として締結され、被控訴人の第一事業法人部長角道昭(以下「角道」という。)と控訴人阪和興業の取締役経理部長犬塚博士(以下「犬塚」という。)との間で確認されている上、平成三年六月から同年九月にかけて、被控訴人の当時の代表取締役副社長大村文男(以下「大村」という。)が確認書を作成して本件保証約束の存在を認めているから、権限を与えられた担当者が被控訴人の業務として行ったものであって、本件保証約束の効果が被控訴人に及ぶことは明らかである。

② 被控訴人は、行政処分を受ける危険を冒して自己の業績向上のため、控訴人阪和興業にはリスクを負わせず被控訴人においてリスクを負う旨述べて本件保証約束をしたものであり、現段階になって、自己責任の原則を主張し、当初の法律行為に従った債務の履行を拒絶することは許されない。

③ 本件保証約束は、証券取引法五〇条の三第一項一号により無効とされるものではない。

イ 本件保証約束がされた昭和六〇年六月当時、学説、行政解釈とも証券取引法五〇条の三第一項三号(改正前の証券取引法五〇条の二)に違反する約束であっても有効であると解されていた上、罰則も科されていなかったから、本件保証約束は、それがされた当時、公序良俗に反しなかったことは明らかである。

ロ 公序良俗の判断基準時は、法律行為時であり、判断時ではないから、行為当時に公序良俗違反とならなかったものが判断時において公序良俗違反になることはない。同号に違反した場合の罰則については、遡及適用がないことが明記されており、また、刑事法以外の場合であっても法律の適用は不遡及が原則とされている。

ハ 証券取引法五〇条の三の規定に基づき、損失補償が禁止された理由は、証券市場の価格形成機能を損なうのを防止すること、投資家の証券市場に対する信頼の維持・回復を図ることにある。しかし、改正前の証券取引法においてされた保証約束については、既に証券市場に資金が流入していて過去の市場価格を元に戻すことはできないし、一度失われた証券市場に対する投資家の信頼が回復することもないから、これを無効にする必要はない。

また、損失補償の約束を無効とすれば、証券会社の約束により元本と一定の利息が得られる確実な投資であると考えて資金を拠出した投資家が元本すら回収できなくなるなど巨額の犠牲を強いられるのに比較し、既に手数料収入により大きな利益を得ている証券会社を、不当に利する結果となるのであって、不当であるといわざるを得ない。

④ 本件保証約束が有効であるとすれば、これに基づく債務履行請求権が、その後に改正された証券取引法五〇条の三第一項一号により禁止されることはあり得ない。

(三) 不法行為の成否(予備的請求)

(1) 控訴人阪和興業の主張

① 本件特金契約は、有価証券投資による資金運用である以上、運用実績が年八パーセントの利回りに達しない危険性や当初信託金を下回る危険性が十分あった。

しかるに、被控訴人の第一事業法人部部長角道、第一事業法人部次長半田洽(以下「半田」という。)は、昭和六〇年六月一三日ころまでに、控訴人阪和興業に対し、本件覚書を差し入れるなどして、本件特金契約における運用成績が、当初信託元本とこれに対する年八パーセントの利回りの合計金額を下回った場合でも、被控訴人がその差額にあたる収益を確保することを約して、日本信託との間で本件特金契約を締結し、平成五年三月二五日まで継続するよう勧誘し、同時に、本件特金契約に関して、勧角経済研究所との間で本件投資顧問契約を締結するよう勧誘した。角道、半田は、右勧誘行為が、控訴人阪和興業に対し、右危険性が全くないと思わせる不当なものである上、元本及び利回り保証をする点で改正前の証券取引法五〇条の二に違反する違法な行為であることを十分認識しながら、勧誘したものである。仮に、角道、半田に本件保証約束をする権限がなかったとすれば、角道、半田は、詐術を用いて控訴人阪和興業を欺罔したことになり、その勧誘行為は極めて悪性が強い。

控訴人阪和興業は、右勧誘により、本件保証約束があるため、当初信託元本を下回ったり、年八パーセントの利回りが達成されなかったりした場合にも、被控訴人において不足分を負担するので所定の利回りが確実に得られると誤信し、本件特金契約を締結した。

以上のとおり、被控訴人の不法性は、極めて強いのに対し、控訴人阪和興業には不法性がない。

② 被控訴人の第一事業法人部部長岡田義雄(以下「岡田」という。)は、平成二年三月二〇日ころ、本件特金契約が延長された際にも、利回りを年八・五パーセントに増額する旨述べるなど右と同様の勧誘をし、その後も、被控訴人の代表取締役副社長大村文男(以下「大村」という。)において、控訴人阪和興業に対し、本件保証約束を間違いなく履行する旨申し述べていた。

③ 右の①、②の不法行為は、被控訴人が会社ぐるみで行ったものであるから、被控訴人は、民法四四条、七〇九条に基づき、控訴人阪和興業が被った損害を賠償する責任がある。また、右①、②の不法行為は、被控訴人の従業員である角道、半田及び岡田が被控訴人の事業の執行につき行ったものであるから、被控訴人は、同法七一五条に基づき、控訴人阪和興業が被った損害を賠償する責任がある。

④ 控訴人阪和興業が被った損害は、本件特金契約に基づき交付した三〇億円であるが、損益相殺により元本が四億五七九一万四九四九円(当初信託元金三〇億円+信託報酬二〇四万六六七一円+支払投資顧問料五一七三万八四七四円-運用利益一二億五九四八万一九六二円-返還済み信託元本一億五七〇〇万円-有価証券の時価一一億七九三八万八二三四円=四億五七九一万四九四九円)、平成五年三月一〇日時点の確定遅延損害金が、別紙損害金及び遅延損害金一覧表(不法行為構成)記載のとおり、八億四二八四万九八五〇円となる。

⑤ よって、控訴人阪和興業は、予備的に、損害金等一三億〇〇七六万四七九九円及びうち四億五七九一万四九四九円に対する平成五年三月一一日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

(2) 被控訴人の主張

① 被控訴人は、本件保証約束をするなどして本件特金契約を締結させたことはない。

② 被控訴人は、控訴人阪和興業に対し、本件特金契約の運用成績が八パーセントの利回りを下回らないとか当初信託金の額を下回らないとか約束したことはなく、控訴人阪和興業に、本件特金契約が全く危険性のないものであると誤信させるような行為をしていないし、控訴人阪和興業も、そのような誤信をしていない。控訴人阪和興業は、財テクの阪和といわれるほど有価証券の投資活動に精通した投資の玄人であり、本件特金契約の運用成績が八パーセントの利回りを下回る可能性や当初信託金の額を下回る可能性があることを当然承知していた。

③ 元本保証及び利回り保証の約束は、公序良俗に反し無効である。しかるに、右約束を不法行為として構成し元本及び利回り相当額の回収を認めれば、公序良俗違反として元本保証及び利回り保証の約束の効力を否定した意味がなくなる。したがって、元本保証及び利回り保証の約束を不法行為と構成した場合にも、民法九〇条と同旨の規定である同法七〇八条の規定が類推適用され、損害賠償請求は否定されるべきである。

二  争点に対する判断

1  争点1(本件保証約束の存否)について

(一) 《証拠省略》を総合すると、本件特金契約の締結等に関し、以下の事実を認めることができる。

(1) 控訴人阪和興業は、昭和五八年六月に北が代表取締役に就任した後、「東洋の小鬼」「練達の相場師」「日本一の財テク王」などと呼ばれた北の陣頭指揮のもとに、外貨建の借入(インパクトローン)、外債(転換社債、ワラント債)及びコマーシャルペーパーの発行等により低利で資金を調達し、これらを為替取引で運用し、又は、大口定期預金や特定金銭信託で運用することによりその差益ないし利鞘を取得するなどして大きな利益を上げ、本業の鉄鋼商社としてよりも「財テクの阪和」として有名になった。

控訴人阪和興業は、昭和六一年三月期決算(昭和六〇年四月から昭和六一年三月まで)において、売上高が六八六〇億〇三〇〇万円、営業利益が八二億一二〇〇万円であるのに対し、営業外収益である為替差益が九八億七八〇〇万円あるなど、いわゆる財テクにより、毎期、多額の営業外収益を上げ、平成二年ころまでには、自己資本、経常利益、純利益のいずれをとっても大手商社に匹敵する大会社へと成長した。

また、控訴人阪和興業は、控訴人大萩工業、株式会社黒川鉄工、トーヨー建鉄株式会社、エスケーエンジニアリング株式会社等のグループ会社の名義をも使って資金運用を行い、平成元年当時において資金運用額が三兆円を超えると喧伝されるほどとなった。

控訴人阪和興業は、右のような巨額の資金運用等を背景として、証券取引や社債の発行等に関し、山一証券、日興証券、山種証券、新日本証券、被控訴人等を競わせ、むしろ、これらの証券会社等よりも強い立場に立って資金運用を行い、特定金銭信託をする場合には証券会社から本件覚書と同様の書面を徴していたものであって、平成三年ころ、いわゆる損失補てんの問題が表面化した際には、新聞紙上において、各証券会社から、グループ企業を含めて多額の損失補てんを受けていることが報じられた。

(2) 被控訴人は、昭和五一年ころ、控訴人阪和興業の社債発行についての幹事証券会社となっていたが、昭和五三年八月ころ、控訴人阪和興業が被控訴人の大阪支店に取引口座を開設し、証券取引を開始した。

控訴人阪和興業は、昭和五八年九月ころ、被控訴人に対し、被控訴人が他社に比較して転換社債の株式転換促進に対する貢献が不足している上、積極的な財テクの提案がなく、自社にメリットがないので、今後のファイナンスの幹事から外す旨宣言し、当時発行されたスイスフラン建て転換社債の幹事証券会社から被控訴人を外した。

控訴人阪和興業は、同年一〇月四日ころ、被控訴人に対し、右のように幹事証券会社から被控訴人を外したことを謝罪した上、昭和五九年三月ころに予定しているスイスフラン建て転換社債の日本側幹事証券会社に被控訴人を加えたい旨伝え、さらに、市場で控訴人阪和興業の株式の買付をし、株価を一株六三〇円くらいまで上げて控訴人阪和興業発行の転換社債の株式転換が促進されるようにしてもらいたい旨申し入れた。さらに、控訴人阪和興業は、昭和五八年一〇月二四日、被控訴人に対し、同年九月に発行したスイスフラン建て転換社債のうち二七五万スイスフランを同年一一月までに株式に転換させてほしい旨依頼した。

被控訴人は、右各申入れを退勢挽回の機会と捉え、控訴人阪和興業の株式の買付をして一株六三〇円を達成し、また、控訴人阪和興業に有利な資金運用に協力するなどした。控訴人阪和興業は、被控訴人のこのような営業努力を認め、昭和五九年三月二二日ころ、被控訴人に対し、再びスイスフラン建て転換社債の幹事証券会社に加える旨伝えた。

(3) 控訴人阪和興業は、昭和六〇年三月ころ、被控訴人に対し、被控訴人を主幹事証券会社として、スイスフラン建て転換社債を一〇〇億前後で発行したい旨及び発行コストよりも高い利回りで資金運用をして利益を上げたい旨伝えた。その後、控訴人阪和興業と被控訴人は、右転換社債の発行につき協議をしたが、現地の金利上昇等の発行環境が悪化したため、遅くとも同年五月二五日ころまでに普通社債の発行に変更することになり、控訴人阪和興業は、同年七月二五日付の「外債発行希望について」と題する書面をもって、大蔵省国際金融局外資課長に対し、フランスのパリバ証券と被控訴人とを共同主幹事証券会社として、ユーロ・ドル市場においてユーロ・ドル建普通社債五〇〇〇万米国ドル(以下「本件社債」という。)を発行したい旨申し出た。また、同月三一日には、右ユーロ・ドル建普通社債の利率を六・七五パーセントにすることが決定したので、同年九月一七日、本件社債発行が行われた。

被控訴人は、本件社債発行により控訴人阪和興業が取得した五〇〇〇万米国ドル(約一一七億円)について、控訴人阪和興業に対し、約七四億円を特定金銭信託により運用し、約四三億円をジニメ債ファンドで一年間運用(元本保証、年間利回り八パーセント)した後右特定金銭信託により運用する旨及び右特定金銭信託の運用について八パーセントの利回りを保証し、運用実績が右利回りに達しないときには別途資金の運用により収益を確保する旨の覚書を差し入れた。

(4) 控訴人阪和興業は、本件社債発行についての交渉の中で、被控訴人に対し、三〇億円を特定金銭信託により運用することを打診した。

控訴人阪和興業の取締役経理部長犬塚及び経理課課員皆川公一(以下「皆川」という。)は、昭和六〇年五月二四日、半田と面会し、右資金の運用について協議をしたが、犬塚が年八パーセントの利回りを保証することを求めたのに対し、半田が七パーセントまでなら保証をした実績がある旨述べるのみで年八パーセントの利回りを保証することに同意しなかったため、具体的な協議は成立しなかった。その際、半田から、投資顧問会社として被控訴人の関連会社である勧角経済研究所を起用し、正式の特定金銭信託をしたい旨の申入れがされ、犬塚、皆川がこれに同意した。また、犬塚から、半田に対し、念書を出してほしい旨の要求がされた。

その後、同月二七日ころ、犬塚及び控訴人阪和興業の経理部財務課課長由地信太郎(以下「由地」という。)と半田が協議をし、半田において、利回り八パーセントを承諾した。また、犬塚及び皆川は、同年六月四日、勧角経済研究所の谷川重人ファンドマネジャーと会い、三〇億円の資金運用を行うこと、利回りを年八パーセントとすること等が確認され、また、谷川重人から、信託銀行としては日本信託が適当である旨の意見が述べられた。以上のような経過を経て、同月一四日付けで本件特金契約及び本件投資顧問契約が締結された。なお、右交渉経過については、半田が「法人情報」と題する書面を作成・配付して上司に逐一報告がされており、その配布先には「社長」「尾川専務」等が含まれている。

(5) 被控訴人は、本件特金契約について、控訴人阪和興業から、元本保証ないし利回り保証をする旨の念書の差入れを求められていたが、これに応じないでいたところ、控訴人阪和興業から強くその差入れを求められたため、日付を遡らせ、昭和六〇年六月一三日付けで本件覚書を作成し、これを控訴人阪和興業に差し入れた。

本件覚書には、作成名義人として「日本勧業角丸証券株式会社第一事業法人部長角道昭」の記名と「角道」なる個人印が押印され、「年間利回りについては、投資顧問料を差し引いたネット8%以上とする。」「運用実績が上記利回りに達しなかった場合には別途資金の運用により収益を確保することとする。」との記載が存する。

(6) 控訴人阪和興業は、本件特金契約締結後、被控訴人から六・七パーセントないし八パーセントの利回りを確保するとの確約を得て、四本の特定金銭信託契約を締結し、その額は、昭和六〇年一〇月の段階で二四八億円に達した。本件特金契約等の運用は、当初は順調にいっていたものの、バブルの崩壊により約定利回りを達成することができなくなり、運用期限が到来したものについて運用期間が延長されるなどした。

本件特金契約については、平成二年三月二〇日、被控訴人から、日本勧業角丸証券株式会社岡田義雄」作成名義の覚書(ただし、昭和六〇年六月一三日付けとして日付を遡らせたもの)が差し入れられ、期間が延長された。右覚書には、「年間利回りについては、投資顧問料を差し引いたネット8・5%以上とし、元本は保証する。」「運用実績が上記利回りに達しなかった場合には別途資金の運用により収益を確保することとする。」との記載が存する。

また、その後、被控訴人は、控訴人阪和興業から、運用期間の到来した特定金銭信託契約につき利回り保証等の履行を求められたため、控訴人阪和興業に対し、被控訴人の取締役副社長大村名義の確認書三通を順次交付してその履行の猶予を得ているところ、右各確認書には、本件特金契約の約定金利が八・五パーセントであることが明記され、かつ、平成三年九月三〇日付け確認書では、「これら運用元本については、勧角証券は約定運用期間最終日には元本金額に約定金利を加えた合計額を一括返済する旨、を……確認致しました。」との記載が存する。

(二) 右(一)の事実、殊に、控訴人阪和興業が、証券会社等よりも強い立場に立って資金運用を行い、特定金銭信託をする場合には証券会社から本件覚書と同様の書面を徴していたこと、本件覚書は、右のような控訴人阪和興業の要求により作成・交付されたものであり、元本保証ないし利回り保証が単なる努力目標であるとすれば、控訴人阪和興業が本件特金契約締結に応じなかったと推認されること、本件特金契約が延長された際に作成・交付された覚書には「年間利回りについては、投資顧問料を差し引いたネット8・5%以上とし、元本は保証する。」と明記されており、また、その後に作成された確認書にも「これら運用元本については、勧角証券は約定運用期間最終日には元本金額に約定金利を加えた合計金額を一括返済する旨、を……確認致しました。」との記載が存することなどを考慮すると、本件保証約束がされたことは明らかであり、本件覚書の「運用実績が上記利回りに達しなかった場合には別途資金の運用により収益を確保することとする。」との記載を捉えて、元本保証ないし利回り保証が単なる努力目標にすぎなかったと解することはできない。

2  争点2(本件保証約束の有効性)について

(一) 被控訴人は、本件保証約束をすることは証券会社の通常の業務に属せず、被控訴人の従業員には、本件保証約束をする権限がないから、本件保証約束は、被控訴人との合意として成立することはなく、被控訴人に効果が帰属することはない旨主張する。

しかし、右1(一)で認定したとおり、本件保証約束をするについては、被控訴人の担当者である半田から被控訴人の「社長」「尾川専務」等に逐一報告がされ、かつ、第一事業法人部長の角道名義で本件覚書が作成されている上、その後に取締役副社長である大村が確認書をもって本件保証約束を確認していることを考慮すると、本件保証約束をするについて、角道に権限があったことは明らかであり、本件保証約束が被控訴人の担当者により無権限でされたものであるとは到底認められない。

(二) 被控訴人は、控訴人阪和興業が、投資の玄人であるので、自己責任の原則が働き、例外的に素人個人に与えられる救済規定が適用される余地はないから、自己責任を全うするしかない旨主張する。被控訴人の右主張は必ずしも明確でないが、顧客が投資の玄人であるからといって、証券会社である被控訴人が顧客に対し約束したことについて、その履行を拒むことができる根拠はないから、被控訴人の右主張は採用できない。

(三) 被控訴人は、本件保証約束が、証券取引法五〇条の三第一項一号に該当し、私法上も公序良俗に反するものとして無効である旨主張する。

ところで、損失保証は、元来、証券市場における価格形成機能をゆがめるとともに、証券取引の公正及び証券市場に対する信頼を損なうものであって、反社会性の強い行為であるといわなければならず、このことは、改正証券取引法の施行前においても、異なるところはなかったものというべきである。もっとも、改正前証券取引法の下においては、損失保証は違法な行為とされてはいたものの、違反行為に対して行政処分が科せられていたにすぎず、学説の多くも損失保証契約は私法上有効であると解していたことからすれば、従前は、損失保証が反社会性の強い行為であると明確に認識されてはいなかったものと認められる。ところが、平成元年一一月に、証券会社が損失補てんをしたことが大きな社会問題となり、これを契機として、同年一二月には、日本証券業協会会長あてに、「証券会社の営業姿勢の適正化及び証券事故の未然防止について」と題する大蔵省証券局長通達(以下「本件通達」という。)が発せられ、法令上の禁止行為である損失保証による勧誘や特別の利益提供による勧誘はもとより、事後的な損失補てんや特別の利益提供も厳に慎むべきこと等について、所属証券会社に周知徹底させるよう要請され、また、日本証券業協会が、同月二六日、本件通達を受けて、同協会の内部規則である「協会員の投資勧誘、顧客管理等に関する規則」(昭和五〇年二月一九日 公正慣習規則第九号)を改正し、「協会員は、損失保証による勧誘、特別の利益提供による勧誘を行なわないことはもとより、事後的な損失補てんや特別の利益提供も厳にこれを慎むものとし、取引の公正性の確保につとめるものとする。」との規定(同規則八条)を新設したなどの経過からすれば(当裁判所に顕著である)、この経過を通じて、次第に、損失保証が証券取引の公正を害し、社会的に強い非難に値する行為であるとの認識が形成されていったというべきである(最高裁平成九年九月四日第一小法廷判決・民集五一巻八号三六一九頁参照)。以上を総合すると、本件通達が発せられた後の損失保証の合意は、損失保証を許さないとする公序が形成された後の合意として公序良俗に反し無効と解するのが相当であるが、その前にされた損失保証の合意は、公序良俗に反し無効であるとまではいえないと解するのが相当である。

これを本件についてみるに、本件保証約束がされたのは昭和六〇年六月一四日であり、本件通達が発せられる四年以上前であることを考慮すると、本件保証約束が公序良俗に反し無効であると解することはできない。ところで、控訴人阪和興業と被控訴人は、平成二年三月二〇日、本件保証約束の利回りを年八パーセントから年八・五パーセントに改訂しているが、これは、保証する利回りを〇・五パーセント増額している点で、増額分については新たな損失保証の合意をしたものといわざるを得ないところ、右改訂の時期は、本件通達が発せられ、かつ、日本証券業協会が前記規則を改正した後であって、いわゆる損失保証が許されないという公序が形成された後の行為であると認められるから、右利回りの改訂についての合意は、公序良俗に反し無効であると解さざるをえない。

被控訴人は、公序良俗の判断は、法律行為がされた時点のみならず判断時点(裁判時)における公序良俗に照らして判断すべきである旨主張するが、特段の規定がない限り、行為時に有効とされた行為が行為後に無効とされることはないというべきところ、損失保証の合意に関し、これを事後的に無効とする特段の規定は存在しないから、被控訴人のこの点での主張は採用できない。

(四) 被控訴人は、本件保証約束の履行を求めることは、証券取引法五〇条の三第一項三号に該当し、公序良俗に反し許されない旨主張する。しかし、本件保証約束自体が有効であることは右(三)で説示したとおりであることを考慮すると、現時点においてその履行を求めることが同号に反し許されないと解することは相当ではない。

(五) 以上の次第で、控訴人阪和興業の請求は、その余の争点について判断するまでもなく、別紙計算表二記載のとおり、被控訴人に対し、二二億七二三六万八〇一四円及びこれに対する平成五年三月一一日から支払済みまで年六分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があり、その余は理由がない。

第三控訴人大萩工業関係

一  事案の概要

本件は、控訴人大萩工業が、被控訴人に対し、被控訴人との間で合計九〇億円の資金運用委託契約を締結した旨主張し、右契約に基づき、元金及び約定の利息の支払を請求し、予備的に、損失保証等をする旨述べるなど違法な勧誘をして右資金運用委託契約を締結させた結果、控訴人大萩工業に損害を被らせた旨主張し、その損害賠償を求めた事案である。

1  前提となる事実(当事者間に争いのない事実は証拠を掲記しない。)

(一) 控訴人阪和興業は、前記第二で認定した本件特金契約を契機として、被控訴人を通じて資金の運用をするようになったが、その後、控訴人阪和興業だけではなく、控訴人阪和興業のグループ会社である控訴人大萩工業、株式会社黒川鉄工、トーヨー建鉄株式会社、エスケーエンジニアリング株式会社等も被控訴人を通じて資金の運用をするようになった。

(二) 控訴人大萩工業が被控訴人を通じて行った資金の運用(資金運用の性質については争点に対する判断において検討する。)は、以下のとおりである。

(1) 昭和六三年六月ころ、資金の枠(最高限度額)を三〇億円とし、期間を同月二七日から同年一二月二七日までとする取引(以下「三〇億円の取引」という。)。

なお、右取引にあたり、被控訴人の第一事業法人部部長の岡田が、控訴人阪和興業の常務取締役松村壽雄(以下「松村」という。)に対し、「大萩工業株式会社名義で、スタート 六三年六月二七日受渡、エンド六三年一二月二七日迄、年利率六・五%、最高限度額三〇億円の資金運用をさせて載きます。」旨記載した控訴人阪和興業宛の同日付け覚書を交付している。

三〇億円の取引については、被控訴人から控訴人大萩工業に対し右覚書どおりの金額が支払われて終了した。

(2) 平成元年四月五日ころ、運用資金を六〇億円とし、期間を同日から同年一〇月五日までとする取引(以下「六〇億円の取引」という。)。

なお、右取引に関し、被控訴人の事業法人部取締役副本部長角道が、松村に対し、「大萩工業株式会社名義で、下記要領にて資金運用をさせて載きますので、念の為本証を差し入れます。」「運用期間 スタート平成一年四月五日 エンド 平成一年一〇月五日 運用利廻り 年利率六・五%以上運用資金六〇億円」などと記載した控訴人阪和興業宛の同年五月一日付け覚書を交付している。

控訴人大萩工業と被控訴人は、同年一二月二九日ころ、右六〇億円の資金運用について、期間を平成二年三月二三日まで延長した。なお、その際、角道が松村に対し、「大萩工業株式会社名義で、下記要領にて資金運用をさせて載きますので、念のため本証を差し入れます。」「運用期間 スタート平成一年一二月三〇日 エンド 平成二年三月二三日 運用利回り 年利率八・二五%以上 運用資金六〇億円」などと記載した控訴人阪和興業宛の平成元年一二月二九日付け覚書を交付している。

(3) 平成元年九月二九日ころ、運用期間を同日から平成二年三月二三日までとし、控訴人大萩工業が控訴人阪和興業から額面一〇億円の川崎製鉄転換社債第二回を購入し、控訴人大萩工業名義の第一口座で運用した取引(以下「川鉄転換社債に関する取引」という。)。

なお、右取引に関し、岡田が、松村に対し、「大萩工業株式会社名義で、下記の要領にて資金運用をさせて載きますので、念のため本証を差し入れます。」「運用期間 スタート平成一年九月二九日 エンド 平成二年三月二三日 運用利回り 年利率八・二五%以上 運用銘柄川崎製鉄転換社債第一回」などと記載した控訴人阪和興業宛の平成元年九月二五日付け覚書を交付している。

(4) 平成元年一二月ころ、運用期間を同月一二日から平成二年三月二三日までとし、控訴人大萩工業名義の第二口座に一〇億一〇〇〇万円を振り込み、新発転換社債を購入してした取引(以下「新発転換社債に関する取引」という。)。

なお、右取引に関し、岡田が、松村に対し、「大萩工業株式会社名義で、下記の要領にて資金運用をさせて載きますので、念のため本証を差し入れます。」「運用期間 スタート平成一年一二月一二日 エンド 平成二年三月二三日 利率八・二五%」などと記載した控訴人阪和興業宛の平成元年一二月一一日付け覚書を交付している。

(5) 平成二年一月ころ、運用期間を同月五日から同年三月二三日までとし、控訴人大萩工業が自己名義の第一口座に順次一九億二〇〇八万九二四七円を振り込み、後楽園スタヂアム転換社債第二回(額面八億円)、同第三回(額面七億円)を買い付けてした取引(以下「後楽園スタヂアム転換社債に関する取引」という。)。

なお、右取引に関し、岡田が、松村に対し、「大萩工業株式会社名義で、下記の要領にて資金運用をさせて載きますので、念のため本証を差し入れます。」「運用期間 スタート平成二年一月五日 エンド 平成二年三月二三日 運用利回り 年利率八・二五%以上 運用銘柄後楽園スタヂアム転換社債 第二回八〇〇、〇〇〇、〇〇〇円、第三回八〇〇、〇〇〇、〇〇〇円」などと記載した控訴人阪和興業宛の平成二年一月四日付け覚書を交付している。

(6) 右(2)ないし(5)の各取引は、約定の期間満了時期である平成二年三月二三日近くになっても各覚書に記載された運用利回りないし利率に達しなかった。控訴人阪和興業経理第二課課長五十嵐良夫(以下「五十嵐」という。)は、半田に対し、覚書どおりに支払うよう要求したところ、被控訴人は、同月一四日及び同月二二日の二回に分けて、一旦被控訴人が控訴人大萩工業に対し割引短期国庫債券を売却し、翌日、これを売却値段よりも高い値段で控訴人大萩工業から買戻すという方法で三億〇一二三万円の損失を補てんし、さらに、同月二〇日及び同月二七日の二回に分けて控訴人大萩工業との間で選択権付債券売買取引を行って売買差額二億円を控訴人大萩工業に取得させ、損失を補てんした。

(7) 右(2)ないし(5)の各取引については、右(6)の損失補てんにもかかわらず、覚書どおりの運用利回りないし利率に達しないばかりか、運用により取得した有価証券の価額は控訴人大萩工業の出捐額に満たない状態であったが、平成二年三月二三日ないし同月二六日ころ、「別紙一平成2年3月の相対形式での有価証券売却手続の状況」記載のとおり控訴人大萩工業が保有する有価証券を八五億二七六三万八〇〇〇円で第三者に売却することにより、各覚書どおりの条件で決済された形となった。

なお、右で売却された有価証券については、ジャスコに売却された日新製鋼七万株を除き、同年三月二六日ないし同年四月二四日ころ、「別紙二平成2年4月の相対形式での有価証券購入手続の状況」記載のとおり控訴人大萩工業において第三者から八五億〇二二三万〇六〇〇円で買い受けている。

(8) 平成二年四月二七日ころ、運用資金を九〇億円とし、期間を同日から平成三年二月二八日までとする取引(以下「九〇億円の取引」という。)。

なお、右取引に関し、岡田が、松村に対し、「大萩工業株式会社名義で、下記の要領にて資金運用をさせて載きますので、念のため本証を差し入れます。」「運用期間 スタート平成二年四月二七日 エンド 平成三年二月二八日 利率八・七五% 金額九、〇〇〇、〇〇〇、〇〇〇円」などと記載した控訴人阪和興業宛の平成二年四月二七日付け覚書を交付している。

九〇億円の取引については、平成三年三月二九日まで運用期間が延長された。その際、被控訴人の常務取締役磯崎圭二(以下「磯崎」という。)が、控訴人阪和興業側において作成した控訴人阪和興業宛の「資金運用の提案」(甲六)に署名押印し、控訴人大萩工業に交付した。右「資金運用の提案」では、利率が一〇パーセントに変更されている。

(9) 九〇億円の取引については、平成三年三月一五日ないし同月二五日ころ、「別紙三平成3年3月の相対形式での有価証券売却手続の状況」記載のとおり控訴人大萩工業が保有する有価証券を八七億〇五六〇万円で第三者に売却することにより、右(8)のとおりの条件で決済された形となった。

2  主たる争点

(一) 資金運用委託契約締結の有無

(1) 控訴人大萩工業の主張

① 右1(二)記載の三〇億円の取引ないし九〇億円の取引は、いずれも控訴人大萩工業が被控訴人に資金を委託し、被控訴人が右資金を用いて自らの裁量により有価証券投資を行い、控訴人大萩工業に約定の元利金を支払うという資金運用委託契約であった。

② 控訴人阪和興業の由地は、平成三年三月ころから同年四月ころにかけて、被控訴人の大村と協議を重ね、右1(二)記載の一連の資金運用委託契約の延長として、委託金額を九〇億円、委託期間を平成四年三月末まで、運用利率については控訴人阪和興業の発行する三か月物コマーシャルペーパーの利率を基準として三か月ごとに協議の上決定するとの約定で資金運用委託契約を締結する旨の合意をした。

③ その後、由地は、被控訴人第一事業法人部次長澤田雄治(以下「澤田」という。)から要請され、右資金運用委託契約を一二億円の資金運用委託契約と七八億円の資金運用委託契約に分け、一二億円の資金運用委託契約を先に開始することを合意した。

④ 由地は、被控訴人担当者に対し、控訴人大萩工業側で作成した一二億円を委託金額の枠とする「資金運用の提案」の原案を交付し、責任者の署名押印を求めたところ、被控訴人担当者は、平成三年四月一〇日ころ、由地に対し、磯崎の署名押印のある同日付け「資金運用の提案」を交付した。これによって、控訴人大萩工業と被控訴人との間で、次のとおりの資金運用委託契約(以下「本件運用委託契約第一」という。)が締結された。

委託者 控訴人大萩工業

受託者 被控訴人

委託金額の枠 一二億円

委託期間 平成三年四月一二日から平成四年三月三一日まで

運用利率 平成三年四月一二日から同年五月三〇日までの運用利率は年八・八パーセント以上とする。

由地は、澤田から、株式会社キャプテンから有価証券を相対形式で購入し、結果的に控訴人大萩工業が一二億円に近い金額を支払うことになる有価証券売買約定書及び有価証券取引書を示され、これらに押印するよう要請されたので、右各書面に押印して澤田に交付し、平成三年四月一二日、株式会社キャプテンの口座に一一億〇七六八万円を振り込んだ(「別紙四平成3年4月の相対形式での有価証券購入手続の状況」1ないし3記載のとおり)。

被控訴人は、その後、東京ドームワラント第三回・三〇〇証券を購入し、控訴人大萩工業は、被控訴人の指示に従い、同月一九日、その購入代金に相当する三二八四万四〇〇〇円を被控訴人の銀行口座に振り込んだ。

⑤ 控訴人大萩工業も被控訴人は、平成三年四月一七日ころ、右④と同様の手続により、被控訴人担当者が由地に対して「資金運用の提案」を交付して、次のとおりの資金運用委託契約(以下「本件運用委託契約第二」という。)を締結した。

委託者 控訴人大萩工業

受託者 被控訴人

委託金額の枠 七八億円

委託期間 平成三年四月二二日から平成四年三月三一日まで

運用利率 平成三年四月二二日から同年五月三〇日までの運用利率は年八・八パーセント以上とする。

由地は、澤田から、朝日無線株式会社、株式会社東急百貨店、株式会社デナフ及びJFC株式会社から有価証券を相対形式で購入し、結果的に控訴人大萩工業が七八億円に近い金額を支払うことになる有価証券売買約定書及び有価証券取引書を示され、これらに押印するよう要請されたので、右各書面に押印して澤田に交付し、平成三年四月二二日、朝日無線株式会社の口座に一〇億六一八一万九二四〇円、株式会社東急百貨店の口座に一〇億四九四五万円、株式会社デナフの口座に三八億五一〇七万三六〇〇円及びJFC株式会社の口座に一七億二七〇三万五〇〇〇円を振り込んだ(「別紙四平成3年4月の相対形式での有価証券購入手続の状況」4ないし19記載のとおり)。

⑥ 被控訴人は、以後、本件運用委託契約第一及び第二を区別せず、合計九〇億円を枠として、控訴人大萩工業から交付を受けた金員を一体のものとして運用した。

また、由地と澤田は、右②の約定に従い、本件運用委託契約第一及び第二の委託金の運用利率について、次のとおり合意し、それぞれ「資金運用の提案」が作成された。

イ 平成三年五月三一日から同年八月二九日まで年八・八パーセント以上

ロ 同月三〇日から同年一一月二八日まで年八・五パーセント以上

ハ 同月二九日から平成四年三月三一日まで年七・六一パーセント以上

⑦ 本件運用委託契約第一及び第二の委託期間満了時である平成四年三月三一日における委託金元本残高は八八億八〇九二万八六八〇円であり、委託期間満了時までの運用利息は、別紙運用利息計算表のとおり、本件運用委託契約第一(委託金一二億円)につき九六九五万八〇二五円、同第二(委託金七八億円)につき六億一一四二万一六九七円の合計七億〇八三七万九七二二円である。

⑧ 被控訴人は、本件運用委託契約第一及び第二の委託期間満了時である平成四年三月三一日から同年九月二五日までの間に、順次、残存する有価証券等を売却するなどして、委託金元本残高の一部を返還した。これにより、別紙「確定遅延損害金計算表」記載のとおり、同日現在の委託金元本残高は、六三億八〇一五万七九二四円、同年四月一日から同年九月二五日までの確定遅延損害金は二億二五三〇万七三〇七円(ただし、四年四月八日から平成五年一二月二二日までの間に控訴人大萩工業が受領した株式の配当金等九三〇万二七四〇円を控訴人大萩工業と被控訴人との合意により控除した残額)となった。

よって、控訴人大萩工業は、被控訴人に対し、本件運用委託契約第一及び第二に基づき、次の金員の支払を求める。

イ 委託金残元本六三億八〇一五万七九二四円

ロ 四年三月三一日までの運用利息七億〇八三七万九七二二円

ハ 同年四月一日から同年九月二五日までの確定遅延損害金二億二五三〇万七三〇七円

ニ 委託金残元本六三億八〇一五万七九二四円に対する同月二六日から支払済みまで商事法定利率六パーセントの割合による遅延損害金

(2) 被控訴人の主張

① 右1(二)記載の三〇億円の取引ないし九〇億円の取引並びに本件運用委託契約第一及び第二は、いずれも利回り目標が付加された一任勘定方式による証券取引であり、資金運用委託契約ではない。右各取引に掲げられている運用金額は、運用目標額であり、現実に運用金額が被控訴人に預けられたことはない。

② 控訴人大萩工業と被控訴人は、九〇億円の取引について運用目標額と控訴人大萩工業が取得した有価証券との時価が著しく乖離し、かつ、「資金運用の提案」に記載された利回りを達成することが困難であったため、控訴人大萩工業の決算期である平成三年三月において評価損を出さないため、控訴人大萩工業において、一旦、右有価証券を簿価で第三者に買い取ってもらい、決算期を経過した後、これを買い戻すこととし、同月二九日、株式会社キャプテン、朝日無線株式会社、株式会社東急百貨店、株式会社デナフ及びJFC株式会社に右有価証券を代金合計八七億〇五六〇万円で売却し、控訴人大萩工業の決算期が経過した後、右五社から八七億九七〇五万七八四〇円で買い戻した。

しかし、右買戻金額と時価である三九億八三〇〇万円との乖離が大きいため、新たに約二億円の資金を投入して合計九〇億円を投資実績の目標額とし、一任勘定方式でさらに証券投資を行うことになり、本件運用委託契約第一及び第二が締結されたものである。

③ 本件運用委託契約第一及び第二に関し作成された「資金運用の提案」は、澤田が、控訴人阪和興業の担当者から、控訴人阪和興業の社内処理上、責任ある立場の人の文書がほしい、形式的な事務処理上の文書だからサインをしてほしい旨要請され、書式を交付されたので、澤田らから説明を受けた磯崎において、控訴人らを失うに忍びない顧客であると考え、「資金運用の提案」に押印することにより作成されたものであり、右作成経過にかんがみれば、被控訴人が資金運用を受託する法的拘束力のある合意文書であるとはいえない。

(二) 元本保証ないし利回り保証の有無

(1) 控訴人大萩工業の主張

仮に、本件運用委託契約第一及び第二が一任勘定方式による証券取引であるとしても、被控訴人は、控訴人大萩工業に対し、「資金運用の提案」等に記載した利回りないし利率及び元本を保証したものであるから、右保証約束に基づき、右(一)⑧>のとおりの金員を支払う義務が存する。

(2) 被控訴人の主張

被控訴人は、本件運用委託契約第一及び第二について、利回りないし利率及び元本を保証したことはない。「資金運用の提案」等に記載した利回りないし利率は、八・八パーセント以上などと記載されていることから明らかなように、努力目標を掲げたにすぎない。

(三) 元本保証ないし利回り保証の有効性

(1) 被控訴人の主張

仮に、本件運用委託契約第一及び第二において利回りないし利率及び元本を保証する旨の合意がされたとしても、右合意は、前記第二、一、2(二)(1)と同様の理由から無効である。

(2) 控訴人大萩工業の主張

前記第二、一、2(二)(2)のとおり、利回りないし利率及び元本の保証は有効である。

なお、本件運用委託契約第一及び第二は、平成元年一二月に本件通達が出される前に締結された三〇億円の取引を始めとする一連の取引を実質上延長したものである。

(四) 不法行為の成否(予備的請求)

(1) 控訴人大萩工業の主張

① 大村は、口頭により、磯崎は、書面により、それぞれ控訴人大萩工業に対し、元本及び利回りを保証して有価証券取引を勧誘したが、これは、改正前の証券取引法五〇条一項三号、本件通達に違反する違法な行為であり、被控訴人は、その旨を認識しながら敢えて違法行為をしたもので、違法性が強い。これに対し、本件通達は、証券会社を指導するものであり、控訴人大萩工業に向けられたものではないので控訴人大萩工業には不法性がない。

また、被控訴人は、平成二年三月ころ、六〇億円の取引、川鉄転換社債に関する取引、新発転換社債に関する取引及び後楽園スタヂアム転換社債に関する取引を精算する際、及び、平成三年三月ころ、九〇億円の取引を精算をする際の二回にわたり、いわゆるトバシの方法により損失補てんをした上、利回り保証をして九〇億円の取引ないし本件運用委託契約第一及び第二を締結させて、いわば控訴人大萩工業をトバシの受け皿として、トバシにより売却した有価証券を買い戻させ、本来控訴人大萩工業が右各取引の精算により保持することができたはずの金員を出捐させ、右出捐額よりも遥かに低廉な時価の有価証券を取得させて損害を被らせたものである。これに加えて、被控訴人において、本件運用委託契約第一及び第二が、改正前の証券取引法一二七条等に違反する取引一任勘定であることを熟知していたことをも考慮すると、本件運用委託契約第一及び第二に関する不法性は一方的に被控訴人側にあるというべきであり、損失保証の合意が公序良俗に反し無効であるとしても、被控訴人について不法行為責任を問い得るというべきである。

② 控訴人大萩工業は、被控訴人の右違法な勧誘行為により、本件運用委託契約第一及び第二のため、以下のとおり、合計八八億二九一〇万一八四〇円(平成三年四月一九日出捐の勧角証券に対する三二八四万四〇〇〇円を除くと八七億九七〇五万七八四〇円)を支出し、随時返済を受けた委託元金を除いた六三億八〇一五万七九二四円(その詳細は、別紙「大萩工業/勧角証券 運用残高推移表(運用期間中)」及び「別紙確定損害金計算表」のとおり。)の損害を被った。

イ 平成三年四月一二日 一一億〇七六八万円

ロ 平成三年四月一九日 三二八四万四〇〇〇円

ハ 平成三年四月二二日 七六億八九三七万七八四〇円

③ よって、控訴人大萩工業は、被控訴人に対し、不法行為に基づく損害賠償請求として、

イ 委託金残元本六三億八〇一五万七九二四円

ロ 委託金残元本六三億八〇一五万七九二四円のうち一一億〇七六八万円(右②イ)に対する平成三年四月一二日から同月一八日まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金一〇六万一三九一円

ハ 委託金残元本六三億八〇一五万七九二四円のうち一一億三九七二万四〇〇〇円(右②イ、ロ)に対する同月一九日から同月二一日まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金四六万八三七九円

ニ 委託金残元本六三億八〇一五万七九二四円に対する同月二二日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金

の支払を求める。

(2) 被控訴人の主張

① 被控訴人は、控訴人大萩工業に対し、元本及び利回りを保証して有価証券取引を勧誘したことはない。また、本件運用委託契約第一及び第二が締結された当時、取引一任勘定は違法とされていなかった。

② 被控訴人は、控訴人大萩工業主張のようなトバシを行ったことはない。被控訴人は、九〇億円の取引について、目標利回りの達成が不可能であることが予想されたため、控訴人大萩工業に対し、取引の延長を申し出たところ、控訴人大萩工業の決算対策のため、控訴人大萩工業に要請されて、評価損の出ている有価証券を第三者に引きとってもらって疎開を行い、その後に右有価証券を買い戻して本件運用委託契約第一及び第二を締結したものである。

右経過からすれば、被控訴人の違法な勧誘行為により、控訴人大萩工業が出捐をして損害を被ったということはない。

二  争点に対する判断

1  争点1(資金運用委託契約締結の有無)について

控訴人は、一1(二)記載の三〇億円の取引ないし九〇億円の取引及び本件運用委託契約第一及び第二が、いずれも控訴人大萩工業が被控訴人に資金を委託し、被控訴人が右資金を用いて自らの裁量により有価証券投資を行い、控訴人大萩工業に約定の元利金を支払うという資金運用委託契約であった旨主張するが、本件全証拠によるも、これを認ることはできない。

すなわち、右各取引は、控訴人阪和興業の本件特金契約を契機として行われるようになった一連の取引の一環をなすこと、証券会社である被控訴人が、控訴人阪和興業から資金を出してもらい、これを自分のリスクで運用するといった行為をすることは極めて異例であり、特段の事情がない限りそのような取引をするとは考え難いところ、そのような特段の事情が存在することを認めるに足りる的確な証拠は見あたらないこと、本件運用委託契約第一及び第二について差し入れられた「資金運用の提案」には、「当社一任勘定方式」と明記されていること、右各取引について、控訴人大萩工業名義の顧客勘定元帳等の通常証券取引において作成されるべき書類が作成されていること、控訴人大萩工業が被控訴人に入金した金員は、運用資金として記載されている金額と同額ではなく、運用資金に見合う程度の有価証券の実際の購入代金であること、被控訴人が、控訴人大萩工業側に有価証券等の売買の都度必要な入出金をしてほしい旨伝えていたことなどを考慮すると、右各取引は、資金運用委託契約ではなく、被控訴人が主張するように一任勘定方式による証券取引であると認めるのが相当である。

2  争点2(元本保証ないし利回り保証の有無)について

(一) 控訴人大萩工業と被控訴人との間の取引において作成された覚書等の記載は、以下のとおりである。

(1) 昭和六三年六月ころの三〇億円の取引

「大萩工業株式会社名義で、スタート 六三年六月二七日受渡、エンド 六三年一二月二七日迄で、年利率六・五%、最高限度額三〇億円の資金運用をさせて載きます。尚、金利の著しい変化が生じた場合には年利率の変更をお互いの話し合いの上で改訂を致します。」

(2) 平成元年四月五日ころの六〇億円の取引

① 「大萩工業株式会社名義で、下記要領にて資金運用をさせて載きますので、念の為本証を差し入れます。」「運用期間 スタート平成一年四月五日 エンド 平成一年一〇月五日 運用利廻り 年利率六・五%以上 運用資金六〇億円 尚、上記運用利息に、阪和興業株式会社にて買付け載いたエクイティボンドミックス八七 三〇億円の取得中の利廻り不足分七二、七六九、三一四円を加えたものを最終利息とする。」

② 「大萩工業株式会社名義で、下記要領にて資金運用をさせて載きますので、念のため本証を差し入れます。」「運用期間 スタート平成一年一二月三〇日 エンド 平成二年三月二三日 運用利回り 年利率八・二五%以上 運用資金六〇億円 エンド時には元利金を責任を持って返済させて載くことを確約いまします」

(3) 平成元年九月二九日ころの川鉄転換社債に関する取引

「大萩工業株式会社名義で、下記の要領にて資金運用をさせて載きますので、念のため本証を差し入れます。」「運用期間 スタート平成一年九月二九日 エンド 平成二年三月二三日 運用利回り 年利率八・二五%以上 運用銘柄川崎製鉄転換社債第一回」

(4) 平成元年一二月ころの新発転換社債に関する取引

「大萩工業株式会社名義で、下記の要領にて資金運用をさせて載きますので、念のため本証を差し入れます。」「運用期間 スタート平成一年一二月一二日 エンド 平成二年三月二三日 利率八・二五% 尚エンド時には元利金を責任を持って返済させて載くことを確約いたします」

(5) 平成二年一月ころの後楽園スタヂアム転換社債に関する取引

「大萩工業株式会社名義で、下記の要領にて資金運用をさせて載きますので、念のため本証を差し入れます。」「運用期間 スタート平成二年一月五日 エンド 平成二年三月二三日 運用利回り 年利率八・二五%以上 運用銘柄後楽園スタヂアム転換社債 第二回八〇〇、〇〇〇、〇〇〇円 第三回八〇〇、〇〇〇、〇〇〇円」

(6) 平成二年四月二七日ころの九〇億円の取引

① 「大萩工業株式会社名義で、下記の要領にて資金運用をさせて載きますので、念のため本証を差し入れます。」「運用期間 スタート平成二年四月二七日 エンド 平成三年二月二八日 利率八・七五%金額九、〇〇〇、〇〇〇、〇〇〇円 エンド時には元利金を責任を持って返済させて載くことを確約いたします」

② 「利率 一〇・〇〇%以上」「上記取引について、約定期日に約定の元利金を必ずお支払い致します。万一運用成績が約定の金額に達していない場合でも、当社は貴社に対し、いささかもご迷惑、ご損害をかけずに処理することを確約致します。」

(7) 本件運用委託契約第一

「利率八・八〇%以上」「上記取引について、約定期日に約定の元利金を必ずお支払い致します。万一運用成績が約定の金額に達していない場合でも、当社は貴社に対し、いささかもご迷惑、ご損害をかけずに処理することを確約致します。」

(8) 本件運用委託契約第二

「利率八・八〇%以上」「上記取引について、約定期日に約定の元利金を必ずお支払い致します。万一運用成績が約定の金額に達していない場合でも、当社は貴社に対し、いささかもご迷惑、ご損害をかけずに処理することを確約致します。」

(二) 右(一)のように、右各取引に関し作成された覚書等の書面には運用利回りが利率をもって明記されており、また、「約定期日に約定の元利金を必ずお支払い致します」などの記載がされていること、右覚書等には、被控訴人の常務取締役等が署名押印していることを考慮すると、書面上は、被控訴人が右覚書等に記載した利回り及び元本を保証したといわざるをえない。また、控訴人大萩工業など控訴人阪和興業グループを束ねる北は、利回り保証及び元本保証がされることから特定金銭信託を安全な財テク手段と考えており、被控訴人以外の他の企業にもこれを要求していたこと、そして、証券取引法の改正前は、控訴人阪和興業グループ以外においても利回り保証及び元本保証がしばしばされていたことを考慮すると、右各取引について、被控訴人が控訴人大萩工業に対し利回り保証及び元本保証をしたと認められる。

被控訴人は、「利率八・八〇%以上」などの記載を捉えて、右覚書等の記載は利回りの目標値を定めたものにすぎないと主張するが、「以上」との記載は、これを付すことによって「八・八〇%」の利率が最低保証を示したものであることを明確にしたにすぎないと解されるから、被控訴人の右主張は採用できない。

3  争点3(元本保証ないし利回り保証の有効性)について

まず、元本保証ないし利回り保証が公序良俗に違反するか否かについて判断する。

(一) 前記のとおり、損失保証は、改正前証券取引法の下においては、違法な行為とされていたものの、違反行為に対しては行政処分が科せられていたにすぎず、学説の多くも損失保証契約は私法上有効であると解していたが、平成元年一二月に本件通達が発せられ、また、日本証券業協会が、同月二六日、右通達を受けて、「協会員の投資勧誘、顧客管理等に関する規則」(昭和五〇年二月一九日 公正慣習規則第九号)を改正し、「協会員は、損失保証による勧誘、特別の利益提供による勧誘を行なわないことはもとより、事後的な損失補てんや特別の利益提供も厳にこれを慎むものとし、取引の公正性の確保につとめるものとする。」との規定(同規則八条)を新設したなどの経過を通じて、次第に、損失保証が証券取引の公正を害し、社会的に強い非難に値する行為であることの認識が形成されていったものというべきであり、本件通達が発せられ、かつ、右規則が改正された後の損失保証の合意は、損失保証が許されないとする公序が形成された後の合意として公序良俗に反し無効と解するのが相当である。

(二) これを本件についてみるに、本件運用委託契約第一及び第二は、前判示のとおりいずれも平成三年四月に締結されたものであるから、公序良俗に反し無効であるといわなければならない。

控訴人大萩工業は、本件運用委託契約第一及び第二は、平成元年一二月に本件通達が出される前に締結された三〇億円の取引を始めとする一連の取引を実質上延長したものである旨主張するが、本件運用委託契約第一及び第二は、九〇億円の取引について被控訴人が約定の元利金を支払って一旦終了させ、その後新たに投資金額や利率について合意し、取引を開始したものであるから、それ以前の取引と経済的に密接な関わりがあるとしても、別個の取引であるといわざるを得ず、これを本件通達が出される前に締結された三〇億円の取引を始めとする一連の取引を実質上延長したものとは認められず、有効であると解することはできない。また、本件通達が出された後においても、数次にわたり元本保証ないし利回り保証を繰り返してきたことは前記2(一)(2)の事実から明らかであり、これを新たに合意と同視することができないわけではないばかりか、右経過にかんがみれば本件運用委託契約第一及び第二にかかる損失保証等の合意は特に違法性が高いということができるのであって、仮に、これが本件通達前の元本保証ないし利回り保証が延長されたものであると解したとしても、右合意は公序良俗に反し無効であると解さざるを得ない。

4  争点4(不法行為の成否)について

(1) 大村が、口頭により、磯崎は、書面により、それぞれ控訴人大萩工業に対し、元本及び利回りを保証して有価証券取引を勧誘したこと及びこれが改正前証券取引法五〇条一項三号及び本件通達に違反する違法な行為であることを認めることができる。

(2) ところで、元本及び利回り保証等の行為が公序良俗違反として無効とされている趣旨からすると、被控訴人従業員の元本及び利回り保証等による有価証券取引の勧誘行為が不法行為となるのは、控訴人大萩工業の不法性に比較して被控訴人の不法性が特に強いと認められる場合に限られるというべきである(最高裁平成九年四月二四日第一小法廷判決・民集五一巻八号三九一九頁参照)。

(3) そこで、控訴人大萩工業の不法性に比較して被控訴人の不法性が特に強いか否かを検討する。

① 前記第二、二1(1)のとおり、控訴人阪和興業は、平成元年当時、三兆円を超える巨額の資金運用等を背景として、証券取引や社債の発行等に関し、山一証券、日興証券、山種証券、新日本証券、被控訴人等を競わせ、むしろ、これらの証券会社等よりも強い立場に立って資金運用を行い、特定金銭信託をする場合には証券会社から本件覚書と同様の書面を徴しており、平成三年ころ、いわゆる損失補てんの問題が表面化した際には、新聞紙上において、各証券会社から、グループ企業を含めて多額の損失補てんを受けていることが報じられたものであり、控訴人大萩工業も、控訴人阪和興業のグループ企業として被控訴人らを始めとする証券会社に対し、強い立場に立っていた。

② 控訴人大萩工業は、右のような証券取引における立場と証券取引の状況等からすれば、本件通達が出された平成元年一二月以降には、証券取引における損失保証が禁止されるべきものであることを十分認識していたと推認できる。

③ 本件運用委託契約第一及び第二において作成された「資金運用の提案」等の書面の多くは、控訴人大萩工業側が原文を作成し、被控訴人に対してその調印を迫ったものであることからすれば、控訴人大萩工業が、利回り保証及び元本保証等の損失保証の合意に積極的にかかわっていたと認められる。

④ また、個々の取引において、被控訴人側から、損失保証の申出がされたことが少なからずあったことは容易に推認できるが、控訴人大萩工業の立場からすれば、損失保証の申出をしない証券会社と取引をする可能性は少ないから、被控訴人がその意向を汲んで、控訴人大萩工業が損失保証の要求をする前に自ら損失保証を申し出ることも容易に推認できるところであり、被控訴人側から損失保証の申出がされたことの一事をもって、被控訴人の不法性が控訴人大萩工業の不法性よりも強いと認めることはできない。むしろ、被控訴人において損失保証の約束を守れず、そのため期間を延長した際に、しばしば約定の利回りないし利率が高くされたことを考慮すると、むしろ、控訴人大萩工業側に、明示的又は黙示的に損失保証を要求する強い態度があったと看取されるというべきである。

⑤ 以上の①ないし④の事実を総合すると、被控訴人の不法性が控訴人大萩工業の不法性に比べて特に強いと認めることはできない。

(4) 控訴人大萩工業は、本件通達は、証券会社を指導するものであり、控訴人大萩工業に向けられたものではないので控訴人大萩工業には不法性がない旨主張するが、損失保証等が禁止されている趣旨の中には証券取引の公平及び証券市場に対する信頼の維持が含まれていることを考慮すると、投資家であっても、本件通達の趣旨に従い、損失保証等の合意をすることなどを厳に慎むべきことは当然であり、ことに極めて大口の投資家である控訴人大萩工業については、本件通達を遵守することが強く要請されているというべきであるから、この点での控訴人大萩工業の主張は採用できない。

また、控訴人大萩工業は、被控訴人がいわゆるトバシをし、控訴人大萩工業がこれにより損害を被ったことを指摘する。確かに、控訴人大萩工業が第三者から購入した有価証券の時価は購入価格に比し著しく低廉であり、その限りでは控訴人大萩工業に損害が生じたとみる余地がないではない。しかし、控訴人大萩工業がトバシの受け皿となって第三者から高値で購入したという有価証券は、もともと控訴人大萩工業が保有していたものであるから(控訴人大萩工業提出の「別紙一平成2年3月の相対形式での有価証券売却手続の状況」「別紙二平成2年4月の相対形式での有価証券購入手続の状況」「別紙三平成3年3月の相対形式での有価証券売却手続の状況」「別紙四平成3年4月の相対形式での有価証券購入手続の状況」から明らかである。)、右買受によって実質上大きな損失を被ったとは認められない上、これらのトバシといわれる行為がいずれも控訴人大萩工業の決算期である三月末日を挾んで行われていること、控訴人大萩工業の帳簿を調べれば、これらの有価証券が一旦売却された後買い戻した形になっていることが容易に判明すること、買い戻した一部の有価証券の中には売却する時点で既に買戻しの書面が作られており、買戻しが予定されていたことが明らかなものが存することなどの事実を考慮すると、これらのトバシといわれる行為は、控訴人大萩工業の決算にあたって、計算書類上、損失が生じていることが判明するのを防止する目的を持って、控訴人大萩工業の承諾のもとに行われたいわゆる疎開であり、トバシとは異なると認められる。したがって、控訴人大萩工業のこの点での主張は採用できない。

そして、他に、被控訴人の不法性が控訴人大萩工業の不法性に比較して特に強いと認めるに足りる事情ないし証拠は存在しないから、被控訴人が不法行為責任を負うとは認められない。

第四結論

よって、控訴人阪和興業の請求は、被控訴人に対し、本件保証約束に基づき、二二億七二三六万八〇一四円及びこれに対する平成五年三月一一日から支払済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから右限度で認容し、その余は理由がないから棄却すべきところ、これと結論を異にする原判決中の控訴人阪和興業敗訴部分を右のとおり変更し、控訴人大萩工業の控訴は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法六七条二項、六一条、六四条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 塩崎勤 裁判官 小林正 萩原秀紀)

<以下省略>

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