大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。
官報全文検索 KANPO.ORG
月額980円・今日から使える・メール通知機能・弁護士に必須
AD

東京高等裁判所 平成10年(ネ)5145号 判決 1999年10月27日

控訴人(原告)

住友不動産株式会社

右代表者代表取締役

高島準司

右訴訟代理人弁護士

遠藤英毅

今村健志

戸張正子

伊藤茂昭

進士肇

岡内真哉

田汲幸弘

前田知克

幣原廣

小川原優之

神田安積

右訴訟復代理人弁護士

高橋正人

被控訴人(被告)

横浜倉庫株式会社

右代表者代表取締役

小紫芳夫

右訴訟代理人弁護士

磯辺和男

桃尾重明

手塚一男

高橋順一

主文

一  原判決を次のとおり変更する。

二  別紙物件目録(二)記載の建物部分にかかる別紙賃貸借目録記載の賃借権の賃料が平成七年三月一日から平成八年七月三一日までは年一六億〇七六九万六〇〇〇円、同年八月一日から年一五億五九八一万二〇〇〇円であることを確認する。

三  控訴人のその余の請求を棄却する。

四  訴訟費用は、第一、二審を通じて、これを四分し、その一を被控訴人の負担とし、その余を控訴人の負担とする。

事実及び理由

第一  請求

一  原判決を取り消す。

二  別紙物件目録(二)記載の建物部分にかかる別紙賃貸借目録記載の賃借権の賃料が平成七年三月一日から平成八年七月三一日までは年一〇億円、同年八月一日から年七億二四一八万五〇〇〇円であることを確認する。

三  訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。

第二  事案の概要

本件は、控訴人が、被控訴人から、別紙物件目録(一)記載の建物(以下「本件ビル」という。)のうち別紙物件目録(二)記載の建物部分(以下「本件建物部分」という。)を賃借しているところ、賃料額が不相当に高額になったとして、借地借家法(以下「法」という。)三二条に基づき、平成七年二月六日、同年三月一日から本件建物部分の賃料を年一八億円から年一〇億円に減額する旨の意思表示をし、さらに、平成八年七月八日、同年八月一日から本件建物部分の賃料を年七億二四一八万五〇〇〇円に減額する旨の意思表示をした上、これにより本件建物部分の賃料が右のとおり減額された旨主張し、被控訴人に対し、本件建物部分の賃料が、平成七年三月一日から平成八年七月三一日までは年一〇億円、同年八月一日から年七億二四一八万五〇〇〇円であることの確認を求めた事案である。

被控訴人は、本件建物部分の使用関係がいわゆる事業受託方式によるサブリース契約であって単なる賃貸借契約ではないから法三二条による賃料減額請求をすることはできないなどと主張して、控訴人の賃料減額請求を争ったところ、原判決が、被控訴人の右主張を容れ、控訴人の請求を棄却したので、控訴人が控訴をした。

一  前提となる事実(当事者間に争いのない事実は証拠を掲記しない。)

1  控訴人は、東京都新宿区に本店を置き、不動産の取得、処分及び賃貸借、管理、仲介、鑑定並びに情報の処理及び提供等を業とする資本金約八六七億円(平成一一年三月末現在)の株式会社である(乙五六、五七の各2)。

被控訴人は、横浜市に本店を置き、普通倉庫営業、不動産売買及び賃貸等を業とする資本金三億円の株式会社であり(記録上明らかである。)、平成元年当時、東京都港区海岸<番地略>に8058.69平方メートルの土地(以下「本件土地」という。)及び地上建物(平屋建倉庫。以下「本件倉庫」という。)を所有していた。

2  被控訴人は、平成元年ころから、本件土地を含む社有不動産の再開発の検討を進め、平成元年一二月ころには、株式会社日建設計(以下「日建設計」という。)に本件土地の再開発プランの企画・調査を依頼するなどしていた(被控訴人が自認している。)。

3  控訴人は、平成元年一一月八日、被控訴人を訪問し、被控訴人の所有する品川埠頭営業所(東京都港区港南<番地略>)を含む地区の再開発を提案したことを始めとして、被控訴人との間で一六回の打合せ会議を開くなどした上、平成三年七月九日、同日付け賃貸借予約契約書(甲一。以下「本件契約書」といい、本件契約書にかかる契約を「本件契約」という。)及び同日付け覚書(乙六)を作成し、調印した。なお、本件契約書は、「賃貸借予約契約書」と題しているが、これは、本件契約書作成当時、本件契約の対象物件である本件ビルが建築されていなかったため、「予約」契約書とされたに過ぎず、実際は、本契約にかかるものであり、したがって、本件契約も「本契約」として成立したものである。

4  本件契約書には、以下の規定が存する(甲一)。

第一条 目的

1  控訴人は、本件土地に本件ビルを建設する。

2  被控訴人は、本件ビルの内、本件建物部分を一括賃貸し、控訴人はこれを賃借する。

3  控訴人は、本件建物部分を予約契約(本件契約)の条項に従い、自己の責任と負担において他に転貸し、賃貸用ビルとして運用する。

第二条 賃貸借契約の締結

控訴人と被控訴人は、本件ビルの竣工時の一ケ月前までに転貸借物件を確定させると共に、予約契約通りの内容……にて賃貸借契約……を締結するものとする。

第三条 引き渡し

被控訴人は、本件ビルを竣工次第、第九条及び第一〇条に定める敷金全額の預託を引き換えに、控訴人に引き渡すものとする。

第四条 賃貸借の期間

1  被控訴人が控訴人に一括賃貸する期間は、前条の引き渡し日の翌日から満二〇年間とする。但し、期間満了時に、控訴人・被控訴人協議のうえ定める条件により、本賃貸借契約(本件契約)を更新することができる。

2  本条の賃貸借期間中は、控訴人・被控訴人双方とも第二一条第一号本文の場合以外は、中途解約はできない。

3  略

第五条 略

第六条 賃料

1  控訴人が被控訴人から一括賃借する本件建物部分の賃料は、第三条に基づく引き渡し日時点(平成七年三月一日予定)において年額一八億円也とする。

2ないし4 略

第七条 賃料の値上げ

1  前条第1項の賃料は、本件建物部分の引き渡し日の翌日から満二年経過毎に直前賃料の八パーセント値上げする。

2  急激なインフレ等経済事情の激変、又は公租公課の著しい変動があったときは、前項に拘らず、控訴人・被控訴人協議のうえ、八パーセントを上回る値上げをすることができる。

第八条 賃料の見直し

1  控訴人が被控訴人に支払う賃料は、本件建物部分引き渡し日の翌日から満四年経過毎に見直す。

2  見直し後の年額賃料は、以下の計算式により算出するものとする。但し、新賃料はいかなる場合においても、B×1.08を下回らない額とする。

A‥控訴人がテナントから得た見直し直近一年間の賃料合計額

B‥控訴人が被控訴人に支払った見直し直近一年間の賃料合計額

C‥見直し直近一年間の賃料合計額

新賃料=B×1.08+{A×0.9−(B+C)}×0.5

3  次の要件が満たされていない場合には、前項の増額は行わない。控訴人が被控訴人に支払った見直し前満四年間の賃料合計額<控訴人がテナントから得た同期間の賃料合計額の九〇パーセント相当額―同期間の賃料コストの合計額

4  略

第九条 敷金

控訴人は被控訴人に対して総金額二三四億円也を敷金として預託する。

第一〇条 敷金の預託時期

前条の敷金の預託時期は次のとおりとする。

(1) 賃貸借予約契約締結時 五〇億円也とする

(2) 本件ビル着工時   二二億二〇〇〇万円也とする。

(3) 本件ビル上棟時   六九億二〇〇〇万円也とする。

(4) 本件ビル引き渡し時 九二億六〇〇〇万円也とする。

第一一条 敷金の預託条件

(1) 金利 敷金には、預託期間中金利を付さない。

(2) 返還 敷金は、本件賃貸借契約継続中は返還を要しないこととし、その終了時に、第二四条に定める転貸借契約の引継手続の完了と引き換えに、一括返還する。

(3) 略

(4) 控訴人が賃料を延滞し、……たときは、被控訴人は敷金をこれに充当することができる。この場合、控訴人はその旨の通知を受けた日から速やかに敷金を填補しなければならない。

(5)、(6) 略

第一二条、第一三条 略

第一四条 ビルの管理・運営

1  控訴人は善良なる管理者の注意をもって、自己の責任と費用負担で本件ビル及び付属設備を管理・運営し、被控訴人に一切負担をかけない。但し、被控訴人使用部分については、被控訴人は、テナントと同単価の共益費を控訴人に対して支払うものとする。

2  ないし4 略

第一五条ないし第一九条 略

第二〇条 建物の設計・仕様

1  本件ビルの設計・仕様は、賃貸用ビルとして一流のグレードとし、控訴人・被控訴人協議のうえ決定する。

2  本件ビルの設計及び工事監理は日建設計に、また施工業者は清水建設株式会社(以下「清水建設」という。)に被控訴人がそれぞれ依頼する。

第二一条 災害による建物の損壊等

地震・火災・水害等の不可抗力による災害により本件ビルが損壊した場合の取り扱いは次のとおりとする。

(1) 損壊が甚大なため本件ビルを取壊さなければならない時は、本件賃貸借契約は終了する。但し、控訴人・被控訴人協議のうえ、修繕・改造によって本件建物部分が使用できる場合には、本件賃貸借契約はそのまま継続する。

(2)、(3) 略

第二二条 略

第二三条 転貸借条件の開示等

1  控訴人は、テナントとの賃貸借契約(敷金、保証金、斡旋手数料その他転貸借にかかわる全ての合意内容を含む)を遅滞なく、被控訴人に開示するものとする。

2  略

第二四条 本賃貸借契約終了時の処理

1  本賃貸借契約が終了したときは、被控訴人は控訴人より転貸人の地位を引き継ぐものとし、同時に控訴人はテナントから預託を受けた敷金または保証金全額を被控訴人に引き渡すものとする。但し、この場合被控訴人は、控訴人の敷金・保証金の返還債務以外の債務は引き受けない。

2  略

第二五条 建設計画の中止

1  建設関係法令及び行政指導の改訂・変更によって、建設計画が大幅な変更を余儀なくされ、本件ビルの事業計画に重大な影響が生ずる事態が発生した場合は、控訴人・被控訴人協議のうえ、着工の延期または取り止めができるものとする。

2  略

第二六条 解約

予約契約は、控訴人・被控訴人双方とも解約することはできないものとする。但し、被控訴人が施工業者と施工契約を締結する以前において、やむを得ない事情が発生した場合には解約できるものとし、その場合の取り扱いは次のとおりとする。

(1)ないし(5) 略

第二七条 略

5  被控訴人は、平成三年七月九日、清水建設との間で、工事請負仮契約書を取り交わし、日建設計が、右工事請負仮契約書に監理者として記名押印した(乙八の1)。

右工事請負仮契約書には、「諸官庁等との折衝不調により、本プロジェクトが中止となった場合を除き、この工事請負仮契約通りの内容にて、工事請負契約を締結する。」との規定が存した。

6  被控訴人と清水建設は、平成四年四月二三日、本件ビル建設を目的とし、請負代金を二三〇億七二〇〇万円、着工・平成四年六月一日、完成・平成七年二月二八日、本件建物引渡・同日等とする工事請負契約書を取り交わし、本件建物建築に関する請負契約を締結した(乙八の2)。

7  清水建設は、平成四年六月一日ころ、本件ビルの建設に着工し、平成七年二月二八日、本件ビルを完成し、これを被控訴人に引き渡した。

8  控訴人は、被控訴人に対し、以下のとおり、合計二三四億円の敷金を預託し、右敷金は、全額、清水建設に対する請負代金、日建設計に対する設計監理費の支払に充てられた(敷金の預託時期・金額について甲二の1ないし6)。

(一) 平成三年七月九日   五〇億円(本件契約締結時支払金に相当)

(二) 平成四年六月一日   二二億二〇〇〇万円(工事着工時支払金に相当)

(三) 平成六年六月三〇日  二億円

平成六年一〇月五日  六七億二〇〇〇万円(上棟時支払金に相当)

(四) 平成七年二月二八日一億四三〇〇万円

平成七年二月二八日  九一億一七〇〇万円(引渡時支払金に相当)

9  控訴人は、本件ビル完成引渡に先立つ平成七年二月六日、被控訴人に対し、「『ヨコソーレインボータワー』賃貸借予約契約の取扱いについて」と題する書面(甲三)を交付し、本件建物部分の賃料について、「ビル市況が回復するまで当分の間、年額金一〇億円としていただきたい。」との申入れをした(以下「本件申入れ」という。)。

10  控訴人は、平成八年七月三日、被控訴人に送達された同月八日付訴変更申立書をもって、法三二条に基づき、被控訴人に対し、本件建物部分の賃料を同年八月一日以降年七億二四一八万五〇〇〇円に減額するよう請求した(記録上明らかである。)。

二  主たる争点

1  本件契約について、法三二条に基づき賃料減額請求をすることができるか否か

2  右1が認められる場合、控訴人が平成七年二月六日にした本件申入れは、賃料減額請求としての効力を有するか

3  右1、2が認められる場合、平成七年三月一日から平成八年七月三一日まで及び同年八月一日以降の本件建物部分の賃料はいくらが相当か

三  主たる争点についての当事者の主張

1  争点1(法三二条適用の有無)について

(一) 控訴人の主張

(1) 本件契約は、以下のとおり、期間二〇年以内の転貸借を包括的に承諾することを特約とするオフィスビルの賃貸借契約であり、控訴人が、被控訴人に対し、法三二条に基づき、賃料減額請求をすることに何らの問題もない。

① 本件契約書第一条及び第六条は、「当事者の一方が相手方に或物の使用及び収益をなさしむることを約し、相手方がこれについての賃金を払うことを約するによりてその効力を生ず」という賃貸借契約(民法六〇一条)の要件を充足させるものである。本件契約書の各条項の表現は、いずれも賃貸借契約を意味するものであり、「請負」「保証」といった賃貸借契約以外の契約類型を類推させる文言は一切ないから、本件契約は、事業受託方式契約ではなく、典型的な民法の賃貸借契約であることを前提として締結されたものであることが明らかである。

本件契約は、民法の賃貸借契約であるから、その特別法である法三二条の適用を受けることは当然である。

② ある契約が、複数の典型契約の混合する混合契約であるとしても、賃貸借契約の側面を有している以上は賃貸借に関する規定の全部が適用される(最高裁昭和三一年五月一五日第三小法廷判決・民集一〇巻五号四九六頁参照)。そうでなければ、当事者の自由な合意によって、法の強行法規が容易に潜脱されることになり、法の立法趣旨が著しく阻害される。

本件契約は、いわゆるサブリース契約の中で、イ用地の確保・建物の建築・賃貸借の管理が一貫して賃借人に委ねられる総合事業受託方式、ロ用地の確保・建物の建築は貸し主側で行い、賃借人は完成した建物を一括して借り上げるが自らは使用せず、賃貸事業にノウハウを提供し、賃貸人に対し最低賃料を保証する賃貸借事業受託方式の各類型に一部属するとも考えられるが、建物を一括賃借する場合に賃借人が賃借部分の管理運営の責任を負うことは当然の約定であって、右約定の存在により本件契約の賃貸借契約としての性質が変更するものではなく、本件契約には控訴人が被控訴人の賃貸事業のために格別のノウハウを提供する条項はないから、本件契約は、典型的な転貸承諾付きの賃貸借契約である。しかも、被控訴人のした転貸承諾は、必ずしも包括的なものではなく、賃貸人たる被控訴人が転貸借関係に介入し得る条項(本件契約書第一八条、第二三条)が含まれているから、包括的転貸承諾型の賃貸借契約事例よりも一層賃貸借性が強い。本件契約書第六条ないし第八条をもって、賃料収入の最低額を確定保証したものと表現することは可能であるが、このような定めは、他の多くの賃貸借契約において、一般的に約定されているものであり、かかる条項の存在をもって、賃貸借とは異なった契約類型であるということはできない。

(2) 被控訴人は、控訴人が、本件契約において、契約期間全体にわたり収益の最低保証をし、これにより、賃料減額請求権を放棄し又は賃料を増額しない旨の合意をした旨主張するが、右のような最低保証の特約は、例えば、三年ごとの契約更新が予定される賃貸借における賃料不減額及び一定基準での増額に関する特約と何ら質的には変らないものであり、法三二条はこのような特約の存在を射程内において規定しているものであるから、右のごとき特約の存在によって、直ちに、法三二条の適用が否定されることにはならないし、賃料不減額の合意がされたとか、控訴人が賃料減額請求権を放棄したとかいうこともできない。仮に、右のような最低保証の特約が賃料不減額の特約を含み、又は、これにより賃料減額請求権の放棄がされたとすれば、それは、法三二条の強行法規性に反し無効である。

控訴人及び被控訴人は、本件契約の締結交渉及び調印がされた平成二年から平成三年ころにかけての賃料相場の急騰期においては、賃料の減額に対応する契約条項を検討すること自体眼中になく、被控訴人は、賃料増額ベースでの収益保証しか控訴人に求めていなかった。したがって、賃料不減額の特約ないし減額に関する約定など認識になかったのであり、本件契約において、そのような特約ないし約定がされたことはない。本件契約において定められた賃料自動増額条項等は、賃料相場が継続して上昇している限りにおいては、双方の利益バランスが取れた規定であるが、賃料相場が暴落している場面では控訴人にのみリスクを負担させるものであって相当でない。何人も予想できなかったバブルの崩壊による賃料相場の下落によって生じたリスクは、公平に負担するのが当事者の合理的意思にかなうものである。

(3) 本件契約にかかるプロジェクト推進の主役は、被控訴人自身であり、控訴人は、被控訴人が、芝浦地区において被控訴人所有不動産を利用した独自の再開発を企図しているとの情報を得て、サブリースの条件を提示したに過ぎず、サブリースの根幹部分の条件は、被控訴人の主唱によって決定されたものである。また、被控訴人は、直接、日建設計と設計監理契約を、清水建設と本件ビル建築請負工事契約をそれぞれ締結しており、控訴人を、将来の賃借人、建設費等を負担する金主としてのみ取り扱っていたもので、控訴人をプロジェクトの一員としては扱っていなかった。

控訴人は、バブルが崩壊し、賃料相場暴落の兆候が見えてきたため、第一回目の賃料支払期日である平成七年三月一日より三年前で、かつ、被控訴人が清水建設と本件ビル建築請負工事契約を締結する四四日前の平成四年三月一〇日、被控訴人に対し、着工延期の申入れをしたが、被控訴人は、強気の見通しのもとで本件ビル建築を強行した。被控訴人は、右着工延期申入れの当時、本件倉庫を解体しているから、実際には着工しているのも同然であった旨主張するが、控訴人は、右段階で、被控訴人に対し、敷金五〇億円を預託しており、その運用益を考慮すれば、本件倉庫から得ていた収益を十分補てんできたし、不足であれば、被控訴人が上積みする用意をしていた。

今回のバブル崩壊現象は、戦後未曾有のものであり、オフィスビル賃料や建築費が短期間のうちに大幅に下落したことは公知のことであり、一企業では支えきれない経済変動である。そのような中で、被控訴人が本件ビルの建築を強行したうえ、本件契約の賃貸借性、法三二条の適用を否定して、バブル期の予定収益確保に強い姿勢を示すことは、かえって信義に反する。

(二) 被控訴人の主張

(1) 本件契約は、一方において、被控訴人が、控訴人から預託を受けた資金で本件ビルを建築し、そのうち本件建物部分を控訴人に提供し、他方において、控訴人が、本件建物部分を賃貸用ビルとして運用し、被控訴人に対し、二〇年の契約期間全体にわたる賃料を確定額として保証することを内容とし、設計監理契約、本件ビル建築工事請負契約、本件ビル管理契約及びノウハウ提供を含むコンサルティング業務委託契約等を包摂する事業受託方式契約であり、賃貸借契約ではないから、賃料増減額請求を定めた法三二条は適用されない。

① 控訴人が委員に名を連ねている社団法人不動産協会の事業受託方式研究会の「事業受託方式研究会報告」(乙一二)によれば、事業受託方式契約は、「土地の有効活用を目的として、それについて豊富なノウハウを有するディベロッパーが、土地の利用方法の企画、事業資金の提供、建設する建物の設計・施工・監理・完成した建物の賃貸営業、管理運営等、その業務の全部または大部分を地権者から受託する方式で、土地・建物両方について地権者に所有権等を残したまま、受託者が建物一括借り受け等の方法により事業収益を保証する共同事業方式」であり、地権者に対し、事業収益を保証しないものは含まれないとされている。そして、このような事業受託方式契約は、遅くとも昭和六二年ころまでには、不動産業界において、土地信託方式や借地方式とは異なる類型の開発事業方式として一般に認知されていた。

② 本件契約書は、標題が「賃貸借予約契約書」とされ、「賃料」、「敷金」など賃貸借契約に特有な用語が用いられているが、これは、賃貸借という形式を借用しただけのことであり、本件契約において、控訴人と被控訴人との間には、借主である控訴人が目的物件である本件建物部分を占有使用するという賃貸借に不可欠の要件が欠けていることを考慮すると、本件契約が賃貸借契約でないことは明らかである。

③ 本件契約は、以下のとおり、控訴人に対し、本件建物部分を第三者に自由に賃貸できるという権限が与えられ、その見返りとして、控訴人が被控訴人に対し、一定の収益を保証するということが契約の核心とされているものであり、事業受託方式契約とするのが実体に適合している。

イ 本件契約は、受託者である控訴人が建物を一括賃借して被控訴人に事業収益を保証する点で、事業受託方式契約中の「一括借り上げ型」に分類されることが明らかである。

また、本件契約は、控訴人が被控訴人に対し、長期一括してその収益を「保証」し(乙一参照)、「竣工後、満二年経過ごとに八パーセント値上げ」することを最低限として確定「保証」し、控訴人が、被控訴人に対し、控訴人の取得する賃料額や収益の多寡に関係なく、支払うべき収益の最低額を、二〇年間にわたり確定額で保証していることからして、委託者に支払われる収益の額が受託者の得る賃料額と無関係に定められる「仕切り方式」に分類されるものである。控訴人は、本件建物部分の転貸により取得が予想される二〇年間の賃料収入から、敷金の金利及び本件建物部分の管理・テナント募集等の諸費用を差し引いて被控訴人に支払うべき対価の額を定めたうえ、本件建物部分を二〇年間控訴人の貸ビル事業に提供してもらうことの対価として二〇年間の収益を最低保証することとし、これを各月単位に分割して「賃料」額を決めたものであり(そのため、本件契約を中途解約することを禁止している)、本件契約に規定されている「賃料」には目的物使用の対価としての性格は全くない。

ロ 控訴人は、本件ビルの設計・施工・監理を実質的に控訴人が選定した清水建設及び日建設計に行わせており、その請負代金も控訴人が直接清水建設及び日建設計に支払っているに等しいのであって、本件ビルの建設については、実質上、委託者である被控訴人と受託者である控訴人との間で建築工事請負契約を締結し、受託者である控訴人から建築会社へ施工を下請けさせる「元請型」の形式が採られている。

ハ 本件契約は、本件ビルの建築資金について、オール敷金方式を採用しており、建築資金を「受託者から調達」する方式が採られている。そのため、本件契約は、本件ビルの建築請負契約及び設計監理契約などと有機的一体的に構成されたプロジェクトの中に組み込まれている。

ニ 控訴人は、本件契約において、被控訴人に対し、収益を「保証」した反面として、本件ビルを自己の貸しビル事業に都合良く、いかようにでも自由に使用することができる。

ホ 以上のように、控訴人は、被控訴人から、「土地の利用方法の企画、事業資金の提供、建設する建物の設計・施工・監理、完成した建物の賃貸営業、管理運営等、その業務の全部」を実質的に受託すると共に、被控訴人に対し、「土地・建物両方について地権者に所有権等を残したまま、受託者が建物一括借り受け等の方法により事業収益を保証」したものというべきである。

④ 事業受託方式契約は、受託者の委託者に対する事業収益を保証することを本質的要素とする事業契約であるから、事業収益条項を変更することは、その契約の核心部分を破壊することを意味する。したがって、事業受託方式契約における収益保証条項に法三二条の適用ないし類推適用を認めることは、契約の最も本質的部分を否定することになるので許されない。本件契約は、右③のとおり、他の事業受託方式契約と比べても、その事業契約性がはるかに徹底しており、本件契約に法三二条を適用又は類推適用することの不合理性は、一層明白である。

(2) 本来、本件契約について、法三二条に基づく賃料減額請求が認められる余地はないが、さらに、控訴人は、本件において、事業受託方式契約を選択し、被控訴人に対し、本件契約書第七条及び第八条により契約期間全体にわたり収益の最低保証をしたのであるから、控訴人は、被控訴人に対し、「賃料」減額請求権を事前に放棄し、又は、被控訴人との間で「賃料」減額請求権を行使しない旨の合意を成立させたというべきである。

控訴人は、本件契約当時、賃料相場の下落を予見することが不可能であった旨主張するが、当時、土地価格の下落は始まっており、今後大幅な地価下落を警告していた識者もいたのであるから、早晩賃料相場も下落するであろうことは十分予測可能であった。控訴人と被控訴人は、賃料相場の下落についてのリスクも検討した上、賃料自動増額条項を含む本件契約を締結したのであり、控訴人は、賃料相場変動のリスクを負う旨確約したのであるから、これを信頼して本件事業投資を決断した被控訴人にリスクを転嫁すべきでない。

(3) 控訴人は、本件ビルに関するプロジェクトを一貫して主導し、本件契約締結に当たり、被控訴人に対し、「竣工後、満二年経過するごとに八パーセントの値上げを保証いたします。」「値下げをするようなことは当然考えておらず、八パーセントを『最低保証』と考えています。」などと説明し、その旨、被控訴人を信用させ、本件契約書にもその旨の条項(第七条及び第八条)を入れて合意しながら、本件契約履行の段階になるや、自己の目論みが外れたことから、本件契約が事業受託方式契約であったこと、右(2)のとおり「賃料」減額請求権を事前に放棄したことなどを否定し、本件契約が通常の賃貸借契約であると主張して法三二条による賃料減額請求権を行使している。被控訴人は、控訴人の言によって、「賃料」減額請求がされることはないと信頼し、他のディベロッパーの再開発計画を断り、本件倉庫を取り壊すなどして既存の倉庫営業を廃止し、本件倉庫を取り壊した跡地に本件ビルを建築したものであり、このような被控訴人に対し、本件契約が通常の賃貸借契約であり、法三二条が適用又は類推適用されると主張することは、信義則に反し許されないし、また、禁反言の法理からしても許されない。

2  争点2(本件申入れの効力)について

(一) 控訴人の主張

(1) 本件申入れは、法三二条に基づく賃料減額請求である。控訴人は、本件契約締結後、被控訴人が経済事情の激変という事態を一顧だにせず、本件契約の既成事実化に突っ走る被控訴人の交渉態度に危ぐ感を持ち、裁判による解決も視野に入れざるを得ないと判断し、それまでの口頭による賃料減額申入れを文書による正式の減額請求に切り替え、本件申入れをしたものである。

(2) 法三二条が規定する賃料増減額請求権は、事情変更の原則に基づき、一方の意思のみにより賃料を増減額できることとし、私的自治の原則を修正したものである。したがって、契約の成立から賃料の支払までの間に相当の期間が経過したことにより事情の変更があれば、賃料増減額請求が第一回の賃料支払時期到来の前にされたとしても、法三二条に基づく増減額請求として有効であるというべきである。

本件申入れは、本件契約締結により賃料額が合意された平成三年七月九日から約三年九か月を経過してされたものであり、その間、賃料相場が大暴落している以上、本件申入れは、法三二条に基づく賃料減額請求として有効である。

(二) 被控訴人の主張

(1) 本件申入れは、本件契約締結後に、本件契約に基づく「賃料」債務発生前に契約条項の一部変更を一方的に「お願い」するものであり、法三二条に基づく減額請求権の行使ではない。

(2) 法は、賃貸物件の利用関係が開始される以前であり、第一回目の賃料債務も発生していない時点における賃料減額請求を容認していない。したがって、本件申入れは、賃料減額請求としての効力を有し得ない。

3  争点3(相当賃料の額)について

(一) 控訴人の主張

本件契約における相当賃料額は、平成七年三月一日から平成八年七月三一日までは年一〇億円、同年八月一日以降年七億二四一八万五〇〇〇円とされるべきであるが、仮に、これが認められないとしても、原則として原審における鑑定の結果(平成七年三月一日から平成八年七月三一日までは年一二億二三〇八万八〇〇〇円、同年八月一日以降年一〇億七九四三万六〇〇〇円)に基づいて決定されるべきである。ただし、鑑定の結果は、実質賃料の計算について、被控訴人自己使用部分について運用益を計上しなかった点、敷金の運用益を計算する際の利率がプライムレートによっていない点、本件建物部分引渡前に敷金を預託していることを考慮していない点で相当でないので、これらを考慮して修正されるべきである。

(二) 被控訴人の主張

控訴人の賃料減額請求は、許されないから、相当賃料について論ずる必要はない。原審における鑑定の結果は、本件契約が「事業受託方式」の契約であるとの実体を無視し、本件契約を転貸条件付一括賃貸借契約と捉えて、その新規賃料額・継続賃料額を鑑定評価したに過ぎないものであるから、無視されるべきものである。

第三  当裁判所の判断

一  争点1(法三二条適用の有無)について

1  前記第二、一記載の事実、甲二二、二三、二五、二六、乙四六ないし四九、各項中に掲記した各証拠及び弁論の全趣旨を総合すると、本件契約の締結等に関し、次の事実を認めることができる。

(一) 控訴人は、昭和六一年三月ころから、「事業受託」によるビル転貸事業を手がけ、平成二年三月ころまでに、建築予定のビルを含めて東京都の二三区内の三〇棟を超えるビルにおいて、「事業受託」を受けるなど、事業受託方式による賃貸ビルの面積を順調に増大させ、ビル転貸事業を拡大していた(乙一、一三、一四の1ないし4、五一の1、4の1、2)。

右「事業受託」とは、土地所有者が建設会社にビル建築工事を発注し、右工事について控訴人が総合監理を行い、建築されたビルを土地所有者が控訴人に賃貸し、土地所有者から賃借したビルを控訴人が第三者に転貸し、土地所有者に敷金、賃料を支払うほか、控訴人がビルの管理運営をし、土地所有者に対し、ビル企画コンサルティング、ビル管理代行サービス等を行うというシステムである(乙一)。なお、控訴人も名を連ねている社団法人不動産協会の「事業受託方式研究会報告」(乙一二)によれば、事業受託方式とは、土地の有効活用を目的として、それについて豊富なノウハウを有するディベロッパーが、土地の利用方法の企画、事業資金の提供、建設する建物の設計・施工・監理、完成した建物の賃貸営業、管理運営等、その業務の全部又は大部分を地権者から受託する方式で、土地・建物両方について地権者に所有権等を残したまま、ディベロッパーが建物一括借り受け等の方法により事業収益を保証する共同事業方式」であり、地権者に対し、事業収益を保証しないものは含まれないとされている。そして、控訴人も、「事業受託」の場合、土地所有者に対し、賃料とその値上げ率を長期一括保証し、また、建築費一括敷金差入れ方式を利用することにより、銀行借入をすることなく建築費を調達できることをうたい文句としていた(乙一)。

右事業受託方式は、ディベロッパーが、バブル期に賃貸ビルの需要が急増していた状態のもとで、当時異常な高値となっていた土地に直接資本投下することなく、ビルの供給が可能となり、賃貸ビル事業の営業面積を増やし、ビル転貸事業を拡大することができる点で、ディベロッパーにとって有利な賃貸ビル供給方法であり、他方で、地価高騰による相続税評価額の急上昇やオフィス需要急増に伴う賃料の大幅上昇をきっかけとして、所有地に賃貸ビルを建てて有効活用したいとのニーズを有しているものの、そのニーズを実現するノウハウを有しない地権者に対し、信頼できる不動産会社等にビルを一括賃貸し、賃料は若干低額となるものの、収益の保証を受けることによりビル賃貸事業のリスクを回避することができる方法を提供する点で、地権者にとっても有利な賃貸方法であり、共同事業者の双方にメリットのあるビル賃貸事業の形態として注目されていた。

(二) 被控訴人は、東京、横浜、厚木に営業所を有し、倉庫業を営んでいたが、右(一)のような状況をふまえて、平成元年ころ、関連会社を加えて、本件土地を含めて各社が保有する一一か所の事業用地を活用するため「一一カ所研究会」を発足させ、専門家の意見やゼネコンによる提案等を受けていた。

本件土地については、平成元年一二月ころ、日建設計に有効利用についての調査・検討を依頼し、平成二年四月ころには、日建設計から有効利用の提案が行われたが、右提案にインパクトがなかったことなどから、右提案に沿った有効活用の実行はされなかった。

(三) 控訴人のビル開発事業本部都市開発部副部長清水泰弘(以下「清水」という。)は、平成元年一一月八日ころ、品川埠頭地区でのサブリースビルの可能性を探るため、いわゆる飛び込み営業として被控訴人を訪問し、被控訴人の総務部広報調査室係長(当時)の成川秀幸(以下「成川」という。)と面会し、サブリースビル建築の可能性を打診した。

(四) 清水及び控訴人のビル開発事業本部都市開発部主任森松英二(以下「森松」という。)は、平成二年三月二〇日及び同年四月一二日、被控訴人を訪れ、「住友不動産の事業受託」と題するパンフレット(乙一)、東京都港区港南所在の港南ビルのパンフレット(乙一六)を交付するなどして、被控訴人側の反応を探ったところ、同日、成川から、被控訴人としては、品川埠頭地区ではなく本件土地を再開発対象土地として考えており、既に、日建設計に再開発プランを立てさせている旨知らされた。

(五) 控訴人は、被控訴人に対する営業対象地区を品川埠頭地区から本件土地に切り替え、平成二年五月二日ころ、日建設計にサブリースビルの設計を依頼し、同年六月一日ころ、日建設計の設計が完成したので、これを「横浜倉庫ベイサイドプロジェクト 1990年6月」と題する冊子(乙二)にし、同月一二日、被控訴人を訪問し、本件土地の再開発の提案をした。

右冊子による提案内容の概要は、次のとおりである。

(1) 開発手法

本件倉庫を解体して本件土地上に事務所部分七〇〇〇坪、住宅部分一九五六坪の超高層ビルを建築する。

(2) 資金計画

① 必要資金 二五三億円(右のうち、本体の建築費二四三億九四九一万一〇〇〇円)

② 資金計画

イ 自己資金方式

A 必要資金二五三億円を被控訴人の自己資金ないし銀行借入等により賄う。

B 賃料

初年度年間賃料三三億円。敷金六〇億四〇〇〇万円。値上げ率満二年経過ごとに六パーセント。

C キャッシュフロー案

a 定額法 一二年目に借入金(必要資金二五三億円から差入敷金六〇億四〇〇〇万円を控除した一九二億六〇〇〇万円)の返済が終了し、二〇年間の累計で税引後キャッシュフローが約二二一億円蓄積される。

b 定率法 一〇年目に借入金の返済が終了し、二〇年間の累計で税引後キャッシュフローが約二五〇億円累積される。

ロ オール敷金方式

A 必要資金二五三億円を全額控訴人差入れの敷金で賄う。

B 賃料

初年度年間賃料一七億六〇〇〇万円。敷金二五三億円。値上げ率満二年経過ごとに八パーセント。

C キャッシュフロー案

a 定額法 二〇年間の累計で税引後キャッシュフローが約二九〇億円蓄積される。

b 定率法 二〇年間の累計で税引後キャッシュフローが約三一〇億円蓄積される。

③ 控訴人と被控訴人との賃貸借契約

控訴人は、被控訴人に対し、賃貸借期間(二〇年間)中は、テナントの有無に拘わらず、次の条件を保証する。

イ 自己資金方式

初年度年間賃料三三億円。敷金六〇億四〇〇〇万円。値上げ率満二年経過ごとに六パーセント。

ロ オール敷金方式

初年度年間賃料一七億六〇〇〇万円。敷金二五三億円。値上げ率満二年経過ごとに八パーセント。

(六) 森松らは、その後、平成二年六月二七日、同年八月三日、同月二〇日の三回、被控訴人を訪問し、右(五)の提案を基に営業活動をしたところ、被控訴人の担当者から、被控訴人としては建築予定のビルの一部を自己使用する方針であり、その余を賃貸に回す旨聞いたことから、「(仮)横浜倉庫ベイサイドプロジェクトに関する再提案」と題する冊子を作成し、同年九月四日、被控訴人を訪れ、これを、被控訴人に交付した。

右冊子による提案内容の概要は、次のとおりである。

(1) 賃借面積

建築予定の事務所部分七〇〇〇坪のうち被控訴人が自己使用する438.03坪を除いた約六五六二坪、住宅部分一九五六坪

(2) 資金計画

① 必要資金 零円(控訴人が建築資金二四四億円全部を敷金として差し入れる)

② キャッシュフロー案

定額法、定率法とも、二〇年間の累計で税引後キャッシュフローが約四二六億円蓄積されるとする。

③ 控訴人と被控訴人との賃貸借契約にかかる賃料等

初年度年間賃料一六億六五〇〇万円。敷金二四四億円。値上げ率満二年経過ごとに八パーセント。

(七) 森松らは、その後、平成二年九月一三日、同月二五日、同月二六日の三回、被控訴人を訪問し、右(六)の提案を基に営業活動をしたところ、被控訴人において、控訴人の提案を受け入れる姿勢を示したので、「横浜倉庫ベイサイドプロジェクト 平成2年10月」と題する冊子(乙四。以下「提案冊子」という。)を作成し、同年一〇月二日、被控訴人を訪問し、提案冊子を被控訴人に交付した。

提案冊子による提案内容の概要は、次のとおりである。

(1) 開発手法

本件倉庫を解体して本件土地上に事務所部分七〇〇〇坪、住宅部分一九五六坪の超高層ビルを建築する。

(2) 事業方法

① 被控訴人が事業主として、本プロジェクトにかかる計画建物を建設する。

② 本ビルの設計業者並びに施工業者は、事業主として被控訴人が選定する。

③ 計画実施に際しては、控訴人が、企画・設計・工事監理等の全般にわたり、ノウハウを提供する。

④ 建築された建物を控訴人が賃料保証の上、一括にて賃借し、一流企業に転貸する。

⑤ 一括賃借に伴い、本建物の管理も控訴人がする。

(3) 資金計画

① 必要資金

零円(控訴人が建築資金二四四億円全部を敷金として差し入れる)

② 金利

零。開発期間中金利約三五億円も控訴人が負担する。

③ キャッシュフロー案

イ 初年度キャッシュフロー一三億一九五三万二〇〇〇円

ロ 二〇年間の累計で税引後キャッシュフローが約七一一億円蓄積される。

(4) 賃借条件

① 賃料

建物賃借料として年額賃料一六億六五〇〇万円を、テナントの入居状況の如何にかかわらず、全額支払う。

② 敷金

敷金として二四四億円を支払う。

イ 敷金額は、被控訴人の建設費相当額(全額)に該当するので、金融機関からの借入は必要ない。

ロ 敷金は、無利息であり、賃貸借継続期間中は中途で返還する必要はなく、契約期間中の貨幣価値下落のメリットをフルに享受できる。

③ 賃料の改訂

竣工後満二年経過するごとに八パーセントの値上げを保証する。

④ 賃借期間

賃借期間は、ビル竣工から満二〇年とし、期間満了した場合は、協議のうえ更に二〇年間の更新となり、以後も同様とする。

(5) 提携方法

① 協定書→予約契約→本契約という三ステップで進める。

② 控訴人は、被控訴人に次のとおり敷金を預託する。

イ 協定書締結時(予定日:平成二年一〇月末) 三〇億円

ロ 予約契約締結時(予定日:平成三年一月末) 二〇億円

ハ 着工時(予定日:平成四年一月末) 三一億円

ニ 建設期間の中間時(予定日:平成五年五月末) 八一億円

ホ 竣工時(予定日:平成六年一〇月末) 八二億円

(6) 金利について

なお、当時のプライムレートとしては、平成三年一月五日までは8.9パーセント、同月六日以降が8.5パーセントと仮定されている。

(八) 右(七)の提案がされた後、被控訴人から控訴人に対し、協定書の案(甲七)が提示された。右協定書案の概略は次のとおりである。

(1) 控訴人は、本協定書締結と同時に本プロジェクトの推進準備金として三〇億円を被控訴人に預託する。

(2) 右準備金は、予約契約締結時に敷金の一部として充当し、その間の利息は付さないものとする。

(3) 被控訴人は、設計・施工業者をそれぞれ選定し、基本設計及び建築費等の概算見積を行う。なお、この間、控訴人は、被控訴人の要請により、ノウハウの提供について無償で協力する。

控訴人は、右協定書について、敷金の預託を「推進準備金」という名目で行うのは相当でないと考え、右名目での敷金預託を拒絶した。

(九) 控訴人と被控訴人は、提案冊子が提出された平成二年一〇月二日から本件契約が締結された平成三年七月九日まで、約一六回にわたり打合会議を開くなどして具体的な契約条項についての交渉を行った。被控訴人は、本件契約を締結することにより、二〇年後には二四四億円の敷金を返還しなければならなくなることから、二〇年後に右敷金の返還が可能であり、かつ、敷金を返還してもなお利益が出せるようにするという観点から、控訴人との間で、初年度賃料額、その後の賃料値上げ条項等について綿密な交渉を重ねた。しかし、控訴人及び被控訴人とも、オフィス賃料については、今後も上昇していくとの認識から、賃料相場が下落し転貸賃料が減少した場合を想定しての議論は全くしなかった。

右交渉経過は、次のとおりである。

(1) 初年度賃料額について

① 控訴人は、提案冊子において、初年度賃料額を年一六億五五〇〇万円と提案した。

② 被控訴人は、新土地保有税新設構想が持ち上がったことを受けて、平成二年一一月三〇日、控訴人に対し、新土地保有税相当額を賃料に転嫁して控訴人が負担することを提案した(甲八の2、乙二〇)。

控訴人は、同年一二月二七日、被控訴人に対し、「賃貸借予約契約書(案)」(甲九の右側)を提示し、テナントに右税額を転嫁できた場合のみ、控訴人が新土地保有税相当額を負担する旨提案した(第一六条ただし書)。さらに、控訴人は、平成三年三月一九日ころ、被控訴人に対し、「賃貸借予約契約書(住友案)」(甲一一の右側)を提示して、右の提案を撤回し、新土地保有税相当額については、一切負担できないと回答した(第一九条)。

これに対し、被控訴人は、事業採算性を独自に試算し、かつ、新土地保有税の負担をもふまえた上で、同年五月二二日、初年度賃料を年一八億円とするよう提案し(甲一五の右側)、控訴人も、同年七月三日、右提案を了承した。

③ 被控訴人は、平成三年六月一二日、控訴人に対し、「賃貸借予約契約書(改訂案)」(甲一七の右側)を提示し、当初の年額賃料の基準時を「本賃貸借契約締結予定時である平成七年二月一日時点」にすることを提案した(第六条一項)。

控訴人は、平成三年六月二〇日、被控訴人に対し、「賃貸借予約契約書(住友案)」(甲一八)を提示し、右の条項を「第三条に基づく引渡日時点において」という文言に修正することを提案した(第六条一項)。

被控訴人は、同月二四日、控訴人に対し、「賃貸借予約契約書(横倉案)」(甲一九の右側)を提示し、控訴人の提案する「第三条に基づく引渡日時点において」の後に「(平成七年三月一日予定)」という文言を挿入することを提案し、控訴人もこれを了承した。

(2) 賃料値上げ条項について

① 控訴人は、平成二年一一月八日、被控訴人に対し、「賃貸借予約契約書」(甲八の1、乙一九)を提示し、控訴人の転貸条件が、控訴人が被控訴人から一括賃借する条件を増減しても、控訴人と被控訴人は、それを理由として賃料の増減を申し出ることはしない旨(すなわち、転貸賃料の額の増減を控訴人の支払賃料に影響させない完全な仕切方式の採用。第八条二項)、及び、急激なインフレ、その他経済事情に激変があったときは、第八条一項の値上げ率を別途協議のうえ、変更することができる旨(同条三項)の条項を入れることを提案した。

② これに対し、被控訴人は、平成二年一一月三〇日ころ、控訴人に「横浜倉庫案(賃貸借予約契約書)の骨子」(甲八の2)を交付して、転貸条件の公開を条文にうたうことを求め、さらに、同年一二月六日ころ、「賃貸借予約契約書(案)」(甲九の左側、乙二一)を提示し、完全な仕切方式の採用を求める前記八条二項の削除を求めると共に、同条三項の「急激なインフレ」という文言を削除したうえ、「経済事情に激変があったとき」という文言を「経済事情に著しい変動があったとき」に、「変更」という文言を「八パーセントを上回る値上げ」という文言に、それぞれ修正することを提案した。

③ 控訴人は、同月二七日、被控訴人に対し、「賃貸借予約契約書(案)」(甲九の右側)を提示し、再度、右①と同様の提案をした。

④ 被控訴人は、平成三年一月八日、控訴人に対し、「賃貸借予約契約書(横倉案)」(甲一〇、乙二三)を提示し、再度右②と同様の提案をした。

⑤ 控訴人は、平成三年三月一九日ころ、被控訴人に対し、「賃貸借予約契約書(住友案)」(甲一一の右側)を提示し、右①の「控訴人の転貸条件が、控訴人が被控訴人から一括賃借する条件を増減しても、控訴人と被控訴人は、それを理由として賃料の増減を申し出ることはしない。」旨の条項を削除し、右②で問題とされた「急激なインフレ、その他経済事情に激変があったときは、第八条第一項の値上げ率を別途協議のうえ、変更することができる。」旨の条項のうち、「変更」という文言を「八パーセントを上回る値上げ」という文言に修正することを了承した。

⑥ 被控訴人は、平成三年四月五日、控訴人に対し、賃貸借予約契約書(横倉案)」(甲一二の右側)を提示し、「急激なインフレ、その他経済事情に激変があったとき」に限らず、「公租公課の著しい変動があったとき」にも八パーセントを上回る値上げができるとする旨の提案をした。

⑦ 控訴人は、平成三年四月一一日、被控訴人に対し、「賃貸借予約契約書(住友案)」(甲一三の右側)を提示し、被控訴人の右⑥の提案を拒絶した。

⑧ 被控訴人は、平成三年四月一三日、控訴人に対し、「賃貸借予約契約書(横倉案)」(甲一四の右側)を提示し、再度、「公租公課の著しい変動があったとき」にも八パーセントを上回る値上げができるとする旨の提案をした。

これに対し、控訴人は、同月二二日ころ、被控訴人の右提案を了承することを決定し、被控訴人に対し、その旨伝えた(甲一五の右側)。

⑨ 被控訴人は、平成三年六月一二日、控訴人に対し、「賃貸借予約契約書(改訂案)」(甲一七の右側)を提示し、「公租公課等の著しい変動があったとき」という文言にさらに修正するように求めた。

⑩ 控訴人は、平成三年六月二〇日、「賃貸借予約契約書(住不案)」(甲一八の右側)を提示し、右⑨の提案を拒絶した。

そこで、被控訴人は、右提案を断念した。

⑪ 以上のような経過で確定した賃料値上げ条項は、本件契約書の第七条に引き継がれて規定されている。

(3) 賃料見直し条項について

① 提案冊子は、賃料額の見直しについては格別規定していなかった。

② 被控訴人は、平成二年一〇月二五日ころ、控訴人に対し、本件ビル竣工後満二年経過ごとに八パーセントの値上げをする旨の賃料自動増額条項を確定したうえ、賃料相場がそれ以上に上昇した場合に、その上昇分を被控訴人にも還元する条項を入れることを求めた(乙一八の2)。

③ 控訴人は、平成二年一一月八日、「賃貸借予約契約書」(甲八の1、乙一九)を提示し、控訴人が被控訴人に支払う賃料は、賃貸借期間開始時から満五年経過ごとに見直す、見直しにあたって被控訴人に対する賃料の総加算額は、控訴人がテナントから得た見直し直近一年間の賃料合計額の九〇パーセント相当額から同一年間の賃料コストの合計額及び控訴人が被控訴人に支払った賃料の合計額を差し引いた残額の二分の一とする(第二二条一項、二項)との提案をした。

④ これに対し、被控訴人は、平成二年一一月三〇日、「横浜倉庫案(賃貸借予約契約書)の骨子」(甲八の2、乙二〇)を、同年一二月六日ころ、「賃貸借予約契約書(案)」(甲九の左側、乙二一)をそれぞれ提示し、四年ごとの賃料見直しを提案した(第九条一項)。

控訴人は、同月二七日、被控訴人の右提案を了承した(甲九の右側)。

⑤ 以上のような経過で確定した賃料見直し条項は、本件契約書の第八条に引き継がれて規定されているが、これは、結局、転貸賃料が賃料の増加率に比較して大幅に上昇した際に、その増加による利益を控訴人と被控訴人とが折半することを意図したものである。

(4) 敷金額について

提案冊子は、敷金総額を建設費相当額として二四四億円としていたが、その後、平成二年一二月二七日ころまでに、建設費が二三四億円に圧縮されたため、敷金額も二三四億円に減額された(甲九)。

(5) 敷金預託時期について

① 提案冊子は、予約契約締結前の協定書締結時に敷金の一部として三〇億円を預託することとしていた。しかし、その後、協定書を締結せずに、予約契約と本契約の二段階の手続で進めることとされたのに伴い、予約契約締結時の敷金預託金額は、三〇億円から五〇億円に引き上げられた。

② 敷金の預託時期は、平成三年六月三日ころまでに、次のとおりに確定された(甲一六)。

イ 本件契約締結時 五〇億円

ロ 本件ビル着工時 二二億二〇〇〇万円

ハ 本件ビル上棟時 六九億二〇〇〇万円

ニ 本件建物の部分引渡時 九二億六〇〇〇万円

(一〇) 本件契約の締結

控訴人と被控訴人は、平成三年七月九日、本件契約(甲一)を締結し、同時に、本件契約書第八条の賃料見直し条項に関して、覚書(乙六)を締結した。

本件契約の条件は、控訴人の計算によれば、二〇年後に七一一億円あまりのキャッシュフローを得られるという提案冊子を上回る条件であり、被控訴人の計算によっても、敷金を返還してなお三〇億円のキャッシュフローが残るというものであった(乙四、証人中山正男)。

(一一) 建築請負契約の締結等

被控訴人は、平成三年七月九日、清水建設との間で、代金二三〇億七二〇〇万円で本件ビルの工事請負仮契約(着手・平成四年六月一日、準備工事の着手・同年五月一日)を、日建設計との間で、設計工事監理委託契約をそれぞれ締結した(乙八の1)。

(一二) 控訴人は、平成四年三月一八日ころ、バブル経済の崩壊等により賃貸ビル市場が不況に陥っていることなどを理由として、被控訴人に対し、本件ビル建築工事の着工を一年間延期して欲しい旨申し入れていたが、同年四月一六日付けの「願い書」と題する書面で、被控訴人に対し、再度、本件ビル建築工事の着工を一年間延期して欲しい旨申し入れた(乙二四の1)。

(一三) 被控訴人は、右申入れを受けて検討した結果、右申入れを拒絶することとし、平成四年四月二三日、控訴人に対し、右申入れを拒絶する旨の回答をすると共に、清水建設との間で、代金二三〇億七二〇〇万円で本件ビルの工事請負契約を締結した。なお、右契約においては、仮契約で同年五月一日から行われるとされていた準備工事を同年四月一日から行うことに改めた(乙八の2)。

(一四) 控訴人は、被控訴人に対し、本件契約に基づき、次のとおり、敷金二三四億円を預託した。

(1) 平成三年七月九日 五〇億円

(2) 平成四年六月一日 二二億二〇〇〇万円

(3) 平成六年六月三〇日 二億円

(4) 平成六年一〇月五日 六七億二〇〇〇万円

(5) 平成七年二月二八日 九二億六〇〇〇万円

(一五) 被控訴人は、控訴人から敷金を預託される都度、清水建設等に対し、右預託金を請負代金として支払った(乙三二、三九)。

(一六) 被控訴人は、平成七年二月ころ、本件ビルの完成引渡を受け、そのころ、控訴人に対し、本件建物部分を引き渡した。

(一七) 本件契約は、バブル経済下において賃貸ビルが不足し一方的な貸し手市場になっており、東京都内のオフィス賃料が高騰していたという背景のもとで締結されたものであり、本件契約当時、オフィスビルの賃料の値上がりは鈍化してきたとされているものの、なお賃料の上昇が続いていたため控訴人及び被控訴人とも、賃料相場が下落することを想定して本件契約の条件を真摯に検討することはしなかった。

ところが、平成四年に入ったころから、バブル崩壊による地価の下落、オフィス賃料の高騰やオフィスの供給過剰等に基づく空室率の上昇などから、一方的貸し手市場という構図が崩れ、これに伴いオフィス賃料も下降するようになった(甲三八、四三ないし五四、乙一一の1、2、一四の4)。

(一八) 控訴人は、右のような賃料相場の低下に直面し、平成七年二月六日、被控訴人に対し「『ヨコソーレインボータワー』賃貸借予約契約の取扱いについて」と題する書面(乙三五)を送付し、本件建物部分の賃料について、「ビル市況が回復するまで当分の間、年額金一〇億円としていただきたい。」と申し入れた(本件申入れ)。

さらに、控訴人は、平成八年七月八日、原審における第五回口頭弁論期日において、被控訴人に対し、本件建物部分の同年八月一日以降の賃料を年七億二四一八万五〇〇〇円に減額する旨の意思表示をした。

2  右1の事実によれば、バブル経済下において賃貸ビルが不足し一方的な貸し手市場になっており、東京都内のオフィス賃料が高騰していたという背景のもとで、控訴人は、被控訴人に対し、被控訴人において本件土地上に本件ビルを建築し、控訴人に本件建物部分を賃料保証付で賃貸することにより、二〇年間にわたり安定した収入を得られるという内容の、事業受託方式による本件土地の有効利用計画を提案し、これに対し、被控訴人が、二〇年後に二三四億円の敷金の返還が可能であり、かつ、右敷金を返還してもなお利益が出せるようにするという観点から、二〇年間に得られる賃料額の最低保証を要求し、控訴人が右要求を受け入れたことから、本件契約が締結されたことが認められる。また、本件契約は、第七条一項において、本件建物部分の引渡日の翌日から満二年経過ごとに直前賃料の八パーセント値上げすることを、同条二項において、急激なインフレ等経済事情の激変又は公租公課の著しい変動があった場合には、控訴人と被控訴人が協議のうえ、八パーセントを上回る値上げをすることができることを、第八条一項において、控訴人が被控訴人に支払う賃料は本件建物の引渡の日の翌日から満四年経過ごとに見直すことを、同条二項において、見直し後の年額賃料(新賃料)は、いかなる場合においても直前賃料の1.08倍を下回らないことを、それぞれ規定している。そして、同条三項は、賃料見直しの要件を定め、同条四項は、新賃料を算出するための計算式の用語を詳細に定義付け、さらに、本件契約第八条の賃料見直し条項について疑義が生じないようにするため本件契約締結と同時に覚書(乙六)を締結し、想定事例をもとにした賃料の見直し方法を定めている。

このように、控訴人と被控訴人が、約一六回にも及ぶ打ち合わせ等を重ねたうえで、賃料の自動増額条項を定め、極めて詳細かつ一義的に確定し得る内容の賃料見直し条項を合意したこと、及び、控訴人が、被控訴人に対し、二〇年間のキャッシュフローの呈示をしていたことを考慮すると、本件契約第七条及び第八条は、東京都内のオフィス賃料が高騰していたという背景のもとで、今後も賃料相場が総体として上昇していくことを前提とし、控訴人が被控訴人に支払う賃料額が当初の約定年額賃料一八億円及び本件建物部分の引渡日の翌日から満二年経過ごとに直前賃料の八パーセントずつ値上げした各賃料額を下回ることがないことを確定する条項であるということができ、前記の本件契約締結までの交渉経過等を併せ考慮すれば、本件契約第四条二項の中途解約禁止条項と相まって、控訴人は、被控訴人に対し、二〇年の賃貸借期間全体にわたって最低賃料額の取得を保証したと認められる。

したがって、控訴人と被控訴人は、本件契約締結時の基礎となっていた経済事情が著しく変更してしまうなどの特段の事情がない限り、単なる経済事情の変動があっても、本件契約第七条及び第八条の枠内で、双方の利益調整、損益配分を行うことを原則とし、法三二条の賃料増減額請求によっては双方の利益調整等を図らない旨の合意をしたと認められる。そして、本件契約が事業受託方式の契約であり、その当事者が、双方とも経済的合理性を具備した企業である(殊に、賃借人である控訴人は、日本でも屈指の不動産業者である。)ことを考慮すると、右のような合意も有効であると認められる。

しかし、本件契約のような事業受託方式の契約であっても、本件建物部分の所有者である被控訴人が控訴人に対し本件建物部分を使用及び収益することを許し、その対価として控訴人から一定額の金銭を受領するものであり、右金銭は実質上「賃料」に当たると解されるから、本件ビル所有者たる被控訴人の収益が保証されていたとしても、本件契約の中心部分である本件建物部分の使用関係の法的性格は本件建物部分についての賃貸借契約であって、本件契約に法が適用されることは明らかであり、本件契約締結時の基礎となっていた経済事情が著しく変更し、本件建物部分の賃料が不当に高額になるなどの特段の事情がある場合には、前記合意の範囲外の問題として、控訴人は、法三二条に基づき、賃料減額請求権を行使することができるというべきである。

そして、控訴人及び被控訴人とも、オフィス賃料については、今後も上昇していくとの認識を有していたところ、本件契約締結後に、バブルの崩壊等の影響で、不動産市況が低迷し、賃料相場が暴落したこと、控訴人及び被控訴人が本件契約の締結にあたって、このような異常な事態を想定して真摯に検討したことがなく、このような事態に対処する条項が全く設けられなかったことを考慮すると、バブル崩壊後のオフィス賃料相場の暴落は、前記の本件契約締結時の基礎となっていた経済事情の著しい変更に該当するというべきであり、控訴人が賃料減額請求権を行使することは、前記合意の範囲外の問題であり、本件契約で禁止されていないというべきである。

3  被控訴人は、「控訴人は、本件において、事業受託方式契約を選択し、被控訴人に対し、本件契約書第七条及び第八条により契約期間全体にわたり収益の最低保証をしたのであるから、控訴人は、被控訴人に対し、『賃料』減額請求権を事前に放棄し、又は、被控訴人との間で「賃料」減額請求権を行使しない旨の合意を成立させたというべきである。」旨主張するが、右1で認定したとおり、本件契約締結にあたり、控訴人及び被控訴人とも、オフィス賃料については、今後も上昇していくとの認識から、賃料相場が下降し、控訴人の転貸賃料が減少した場合を想定しての議論は全くしなかったことを考慮すると、本件契約書第七条及び第八条の規定を根拠として、控訴人が、被控訴人に対し、賃料減額請求権を事前に放棄し、又は、被控訴人との間で「賃料」減額請求権を行使しない旨の合意をしたと認めることはできない。

4  また、被控訴人は、控訴人において、本件契約が通常の賃貸借契約であると主張して法三二条による賃料減額請求権を行使することは、信義則に反し許されないし、また、禁反言の法理からしても許されない旨主張する。確かに、控訴人は、約一六回にも及ぶ交渉等の中で、被控訴人に対し、繰り返し二〇年間にわたる賃料の保証を約束し、そのための詳細・綿密な規定を設けた本件契約書等を作成しながら、本件契約を締結してまもなく、その言を翻し、約定どおりの賃料を一回も支払わないうちに賃料減額請求権を行使し、被控訴人の要求を無視して約定賃料の支払に応じないなど、その対応は不誠実といわざるを得ない面がある。しかし、控訴人は、バブルの崩壊等によるオフィス賃料相場の下落を受けて、本件ビルの建築工事(準備工事を含む)が開始される前で、かつ、被控訴人が清水建設と本件ビルの建築請負契約を締結する前に、被控訴人に対し、建築工事着工の一年間延期を要請し、本件ビルが建築され、本件契約が履行されることにより損害が発生するのを回避するための努力をしており、右努力が奏効しなかったためやむを得ず賃料減額請求権を行使したという面があることも否定できないところであり、本件契約締結時までの経過等を考慮しても、控訴人が、賃料減額請求権を行使することが信義則に反し許されないとか、禁反言の法理により許されないとかいうことはできない。本件契約が事業受託方式のサブリース契約であること、そのため、本件契約締結交渉において控訴人が繰り返し賃料保証を約束したことなどの事実は、賃料減額請求において相当賃料を定める際に考慮すれば足りるというべきである。かえって、バブルの崩壊等によるオフィス賃料相場の下落という当事者の予期していなかった出来事が生じた場合にも賃料減額請求権の行使を認めないとすれば、本件契約が事業受託という「共同事業」としての実体があるにもかかわらず、リスクをすべて賃借人である控訴人が負担し、その犠牲のもとにバブル期の状況を基礎として約束された収益を被控訴人のみが取得できることになり相当でない。このような場合には、むしろ、法三二条の賃料減額請求権の行使を認めて、双方の利害調整をすることが信義則にかなうというべきである。

二  争点2(本件申入れの効力)について

1  前記一1で認定したとおり、控訴人は、平成七年二月六日、被控訴人に対し「『ヨコソーレインボータワー』賃貸借予約契約の取扱いについて」と題する書面(乙三五)を送付し、本件建物部分の賃料について、「ビル市況が回復するまで当分の間、年額金一〇億円としていただきたい。」と申し入れているところ、右申入れの内容は、本件建物部分の賃料を、賃貸開始の日である平成七年三月一日から年一〇億円に減額するよう求めるものであることが明らかであるから、本件申入れは、賃料減額請求としての実質を有すると認められる。

2  本件申入れは、第一回賃料の支払前にされているが、法三二条が規定する賃料増減額請求権は、事情変更の原則に基づき、一方の当事者の意思のみにより賃料を増減額できることとし、私的自治の原則を修正したものであるところ、契約の成立から賃料の支払までの間に相当の期間が経過したことにより事情の変更があれば、賃料増減額請求が賃料支払時期の前にされたとしても、法三二条に基づく増減額請求として有効であるというべきである。本件申入れは、本件契約締結により賃料額が合意された平成三年七月九日から約三年九か月を経過してされたものであり、その間、賃料相場が暴落し、後記三のとおり、本件契約に定められた賃料額が不相当になっている以上、本件申入れは、法三二条に基づく賃料減額請求として有効である。

三  争点3(相当賃料の額)について

1  鑑定の結果によれば、本件建物部分の賃料相当額は、平成七年三月一日時点で、月額一億〇一九二万四〇〇〇円(年額一二億二三〇八万八〇〇〇円)、平成八年八月一日の時点で月額八九九五万三〇〇〇円(年額一〇億七九四三万六〇〇〇円)とされている。

右鑑定は、本件契約書に基づき本件契約内容を転貸条件付一括賃貸借契約(サブリース契約)であると確定し、本件ビルについて建物設計図面等の書面審査及び現地調査をしてその位置・形状・用途・数量等の物的確認をしたうえ、敷金二三四億円についての運用利回りを2.5パーセントとし、差額配分法、利回り法、スライド法及び賃貸事例比較法を用いて継続適正実質賃料を求め、その中から敷金の運用益相当額を控除して本件建物部分の継続適正支払賃料を求めている。その際、本件ビルと比較対象する賃貸事例として、港区芝浦及び同区港南の大規模オフィスビル四棟を選択しており、その手法に不当な点は見当らない。したがって、本件建物部分の相当賃料は、右鑑定の結果を基準として算定するのが相当である。

控訴人は、鑑定の結果について、実質賃料を計算する際、被控訴人自己使用部分について運用益を計上しなかった点、敷金の運用益を計算する際の利率がプライムレートによっていない点、本件建物部分引渡前に敷金を預託していることを考慮していない点で相当でないので、これらを考慮して修正されるべきである旨主張する。しかし、鑑定人は、敷金の運用益を算定する際、敷金の交付が被控訴人に本件ビルの建築を決断させる意味合いがあることを認め、これを前提として、対象物件配分率を定めているのであって、被控訴人自己使用部分の運用益を無視しているわけではなく、本件契約が事業受託方式であり、単なるオフィスビルの賃貸借とは異なった側面があることを考慮すると、このような処理も、必ずしも是認できないわけではない。また、鑑定では、敷金の運用益を算定するにあたってプライムレートによっていないけれども、右敷金は、全額本件ビルの建築資金として使用されているものであり、被控訴人において現実にこれを運用し得たものではなく、観念的なものに過ぎないうえ、平成七年三月以降の銀行の定期預金の金利が2.5パーセントにも達していなかったことを考慮すると、倉庫業を営む被控訴人について、敷金の運用益を2.5パーセントとして計算することを不当ということはできない。さらに、本件建物部分引渡前の敷金運用益については、開発期間中の金利を控訴人が負担することが予定されていたうえ(乙四)、敷金の授受が遅滞したため、被控訴人においてその対応に当たらなければならなかったことなどの事実があるから、これを賃料相当額の算定において考慮しなくとも、不当とはいえない。

そして、他に、右鑑定の結果が不当であるとする証拠はない。

2  ところで、本件契約は、事業受託方式のサブリース契約であり、被控訴人は、二〇年後に返済すべき二三四億円の敷金の返済を綿密に計算して本件契約の締結に応じたものであり、控訴人も、繰り返し賃料保証を約束していたこと、控訴人は資本金約八六七億円の国内屈指の不動産業者であり、本件建物部分の賃料の増減額により受ける影響は被控訴人に比較して少ないのに反し、被控訴人は、倉庫業を営む資本金三億円の株式会社であって、本件建物の部分の賃料の額、ひいては、二〇年後の敷金二三四億円の返済問題は、その死命を制しかねないものであることなど、諸般の事情を考慮すると、右1の鑑定の金額をそのまま相当賃料とすることは当事者間の公平に反し、相当でなく、相当賃料額としては、現実の賃料年一八億円と鑑定にかかる相当賃料の差額(平成七年三月一日時点で五億七六九一万二〇〇〇円、平成八年八月一日時点で七億二〇五六万四〇〇〇円)を三分し、その一を被控訴人の負担とし、その余を控訴人の負担とする方法により定めるのが相当である。そうすると、相当賃料の額は、平成七年三月一日時点で一六億〇七六九万六〇〇〇円、平成八年八月一日時点で一五億五九八一万二〇〇〇円となる。

四  以上の次第で、控訴人の請求は、本件建物部分の賃料が平成七年三月一日から平成八年七月三一日までは年一六億〇七六九万六〇〇〇円、同年八月一日から年一五億五九八一万二〇〇〇円であることの確認を求める限度で理由があるから、右限度で認容し、その余は理由がないから棄却すべきである。

よって、右と結論を異にする原判決は一部不当であるから右のとおり変更することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法六七条二項、六一条、六四条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官塩崎勤 裁判官小林正 裁判官萩原秀紀)

別紙物件目録(一)、(二) <省略>

別紙賃貸借目録 <省略>

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例