東京高等裁判所 平成10年(ネ)5547号 判決 1999年6月22日
控訴人
小野茂
右訴訟代理人弁護士
祖父江秀之
被控訴人
小野商事合資会社
右代表者無限責任社員
小野成人
右訴訟代理人弁護士
池田浩一
主文
本件訴訟は、平成一一年一月二一日訴えの取下げにより終了した。
事実及び理由
第一 事案の概要
一 本件は、被控訴人が、主位的に、被控訴人の無限責任社員かつ代表社員である控訴人の除名を求め、予備的に、控訴人の業務執行権又は代表権の喪失の宣告を求めた事案である。原判決は、被控訴人の主位的請求を認容したので、これに対して控訴人が不服を申し立てた。その後、被控訴人は、訴えの取下書を提出したので、右訴えの取下げの効力が争いとなった。
二 前提となる事実(証拠の記載がないものは、弁論の全趣旨により認められる事実又は記録上明らかな事実である。)
1 被控訴人は、森林の経営等を目的とする合資会社である。被控訴人が本件訴えを提起した当時、控訴人及び小野成人がその無限責任社員であり、小野己代子、島田わか子及び小野さち子が有限責任社員であった。また、控訴人が被控訴人の代表社員であった(甲一七)。
2 被控訴人は、小野成人を代表者として、控訴人の除名等を求める本件訴えを提起した。原審は、平成一〇年九月四日に口頭弁論を終結して、同年一一月二七日、控訴人を除名する旨の判決を言い渡した。そこで、控訴人は、本件控訴を提起した。
3 被控訴人は、これより前の平成一〇年九月一日、定款に定める存立期間(三〇年間)が満了したので、解散した(甲一)。そこで、同日、控訴人と小野さち子は、控訴人を無限責任社員、小野さち子を有限責任社員として、会社継続の決議をした。翌二日、被控訴人は、控訴人を代表者として、右会社継続の登記と、小野成人、小野己代子及び島田わか子(以下「小野成人ら」という。)は、会社継続に同意しなかったとして、これらの者の退社の登記を申請し、申請どおりの登記がされた。
4 そこで、被控訴人は、控訴人を代表者として、当裁判所に対し、平成一〇年一二月二五日付けで訴えの取下書を提出した。右訴えの取下書は、平成一一年一月六日、控訴人の訴訟代理人に送達された。
5 その後、小野成人を代表者とする被控訴人から、平成一一年二月二六日付け書面をもって、右訴えの取下げは無効であるとして、期日指定の申立てがあった。
三 訴え取下げの効力に関する当事者の主張
1 控訴人
控訴人と小野さち子は、本件会社継続の決議をしたが、これより前の平成一〇年八月三日、小野成人らは、被控訴人に対し、内容証明郵便(甲一〇〇)により、本件会社を解散して清算手続をするよう求めた。このように、小野成人らは、会社継続に同意しなかったから、退社したものとみなされた。そこで、被控訴人の無限責任社員である控訴人は、小野さち子の同意を得て、被控訴人の代表者として、訴えの取下書を提出した。
2 被控訴人
(一) 本件訴訟は、被控訴人が控訴人の除名等を求めているものであるから、控訴人は、本件訴訟において、被控訴人を代表する権限はない。代表権を有するのは、控訴人以外の社員の過半数の決議で選ばれた小野成人である。したがって、控訴人が被控訴人の代表者としてした本件訴えの取下げは、代表権のない者によるものであるから、無効である。
(二) また、本件訴えの取下げをしたのは、被控訴人の代表者を僭称する控訴人であり、取下書は控訴人の訴訟代理人に送達され、同代理人は、訴えの取下げに異議を述べていない。これは、控訴人が本件訴訟の相手方である被控訴人の代理人にもなっているのであるから、民法一〇八条に反し、信義誠実義務(民訴法二条)にも反する。本件訴えの取下げは、この点からも無効である。
(三) 小野成人らは、控訴人の除名等を求めているのであり、被控訴人から退社する意思のないことは明らかであり、退社すると言ったこともない。したがって、小野成人らは、退社しておらず、今でも被控訴人の社員である。小野成人らが退社したとの登記は、控訴人が勝手にしたものであり、無効である。なお、小野成人らは、被控訴人の存立時期の満了前に、正当な清算人を選任するよう求めた。これは、控訴人が清算人となって被控訴人の清算をすることに反対したものである。小野成人らは、控訴人が清算人となるくらいなら、むしろ会社を継続して、控訴人を除名するとの確定判決を得た上で、被控訴人を解散することを望むものである。
(四) 控訴人は、平成一〇年九月二日、小野成人らの退社と会社継続の登記を申請した。その二日後の同月四日、原審の最終口頭弁論期日が開かれた。しかし、控訴人は、右最終口頭弁論期日において、小野成人が被控訴人の代表者として本件訴訟を追行することに異議を述べず、応訴した。また、控訴人は、小野成人が被控訴人の代表者であることを前提とする原判決の効力を認めて、本件控訴を提起した。それにもかかわらず、小野成人に代表権がないと主張するのは、信義誠実義務(民訴法二条)に反し、許されない。
第二 当裁判所の判断
一 当裁判所は、本件訴えの取下げは、有効であると判断する。その理由は、次のとおりである。
1 前記第一の「二 前提となる事実」と証拠(甲六、七、一〇〇、乙一一、一四、二九、原審における証人小野己代子の証言、控訴人本人及び被控訴人代表者本人尋問の各結果)によれば、次の事実が認められる。
控訴人は、昭和三〇年五月七日、被控訴人の創設者小野秀一の四女小野さち子と結婚し、小野秀一とともに被控訴人の業務執行に当たってきた。小野秀一は、昭和四七年四月一日に死亡した。その後、控訴人は、小野秀一の妻うめ子と養子縁組をし、一人で被控訴人の業務執行を行ってきた。被控訴人のその他の社員のうち、無限責任社員小野成人(小野秀一の三男。なお、長男及び次男は、既に死亡している。)は、東京で医者をしており、被控訴人の業務執行に従事したことはない。また、有限責任社員小野己代子(小野秀一の長女)は、結婚して和歌山県田辺市に、有限責任社員島田わか子(小野秀一の次女)は、結婚して岐阜県中津川市に居住している。このようなこともあり、小野成人らは、被控訴人から利益の配分を受けたことはない。被控訴人は、平成一〇年九月一日、定款に定める存立期間が満了したので、解散した。小野成人らは、その直前の平成一〇年八月三日、被控訴人の代表社員である控訴人に対し、存立期間満了と同時に清算手続に入るべきであり、至急社員総会を召集して、正当な清算人を選出することを求める旨の内容証明郵便(甲一〇〇)を送付した。しかし、控訴人と小野さち子は、被控訴人の事業を生活の基盤としていて、これを継続する必要があったので、被控訴人が解散した平成一〇年九月一日、控訴人を無限責任社員、小野さち子を有限責任社員として、会社継続の決議をした
右事実によれば、小野成人らは、被控訴人の代表社員である控訴人に対し、右の内容証明郵便で、存立期間満了により被控訴人を解散して直ちに清算することを求め、解散後、再び会社を継続することには反対である旨を表明したものと認められる。このことは、小野成人らが、これまで被控訴人の業務執行に従事せず、今後も長野県木曾郡にある被控訴人の業務執行を行う可能性があるとは窺われないことからも裏付けられるところである。また、小野成人らは、控訴人を除名するためだけに会社を継続して、その後、被控訴人を解散することを望んでいることを自認しているものであり、被控訴人を継続させて自らその業務執行を行う意思はないことが明らかである。
そうすると、小野成人らは、被控訴人が解散する直前に、あらかじめ、会社の継続に同意しない旨を表明したのであるから、その余の社員である控訴人と小野さち子とでした会社継続の決議により、被控訴人は継続されたものということができる。そして、会社の継続に同意しなかった小野成人らは、被控訴人から退社したものとみなされる(商法一四七条、九五条一項)。被控訴人(その実質は、小野成人)は、小野成人らに退社の意思はなく、退社する旨言ったこともない旨主張する。しかし、会社継続に同意しない社員は、法律の規定により退社したものとみなされるのであるから、右主張は、失当である。なお、退社した小野成人らが被控訴人から自己の持分の払戻しを受けることができることは、いうまでもない(商法一四七条、八九条)。
したがって、本件訴えの取下書が提出された当時の被控訴人の社員は、無限責任社員である控訴人と有限責任社員である小野さち子の二名であるから、控訴人を被控訴人の代表者としてされた本件訴えの取下げは有効である。そして、本件訴えの取下書が控訴人の訴訟代理人に送達された平成一一年一月六日から二週間以内に控訴人が異議を述べなかったことは、記録上明らかである。そうすると、本件訴えの取下げは、平成一一年一月二一日にその効力が生じたものである。なお、この訴えの取下げにより、本訴は、その当初から係属しなかったものとなるから、控訴人を除名した原判決は、効力を失ったものである。
2 被控訴人(その実質は、小野成人)は、控訴人には代表権がない旨主張するが、これが理由がないことは、右1で述べたとおりである。
また、被控訴人は、控訴人が被控訴人を代理することは、民法一〇八条及び信義誠実義務に反する旨主張する。しかし、被控訴人の社員は、控訴人と小野さち子の二名であり、小野さち子も本件訴えの取下げに同意していることは、弁論の全趣旨から明らかである。したがって、被控訴人の社員全員が本件訴えを取り下げる意思を有しているものといえる。そうすると、取下書を提出することは、被控訴人のこの意思に従ったものにすぎないから、控訴人が被控訴人の代表者として取下書を作成して、これを裁判所に提出することは、民法一〇八条に違反するものではない。また、本件訴えの取下げが被控訴人の意思に基づくものである以上、信義誠実義務に違反するものでもない。
さらに、被控訴人は、控訴人が原審の最終口頭弁論期日において、小野成人が被控訴人の代表者として訴訟追行することに異議を述べず、小野成人を被控訴人の代表者とする原判決に対し控訴したにもかかわらず、小野成人に代表権がないと主張することは、信義誠実義務に反する旨主張する。しかし、控訴人は、本件訴訟において、終始小野成人の代表権を争っていることは、記録上明らかである。また、控訴人が小野成人らの退社と会社継続の登記申請をしたのは平成一〇年九月二日であり、原審の最終口頭弁論期日が開かれたのは二日後の同月四日である。そうすると、控訴人は、右最終口頭弁論期日までに、申請どおりの登記がされた登記簿謄本を入手できず、したがって、登記簿謄本を証拠として原審に提出することもできず、また、そもそも申請どおりの登記がされたことを確認することもできなかったものと推認される。この事情を考えると、控訴人が原審の最終口頭弁論期日において退社を理由とする小野成人の代表権喪失を主張しなかったことは、無理もないところであり、これをもって信義誠実義務に反するものとはいえない。また、控訴人が原審において口頭弁論再開の申出をしなかったことも信義誠実義務に違反するとはいえない。
控訴人が、不服のある原判決に対し控訴を提起したことが信義誠実義務に反するものでないことは、明らかである。なお、控訴人の本件控訴状には、被控訴人の代表者として「無限責任社員小野茂」と表示されている。しかし、本件訴訟において被控訴人の代表権を有すると主張している小野成人は池田浩一弁護士に訴訟委任し、小野成人を代表者とする被控訴人は、同弁護士を訴訟代理人として、答弁書、準備書面及び「訴の取下無効に基く期日指定申立書」を提出している。このように、小野成人は、本件において被控訴人の代表者として現に訴訟行為をしているのであるから、控訴状に右のような表示があるからといって、本件控訴が無効なものであるということはできない。
被控訴人(その実質は、小野成人)の主張は、いずれも採用することができない。
二 よって、本件訴訟は、平成一一年一月二一日、訴えの取下げにより終了したものであるから、その旨を主文において宣言することとする。
なお、被控訴人の代表者は現在控訴人であるが、従前本訴において被控訴人を代表した小野成人と控訴人間で、被控訴人の代表権の所在について争いがあり、それが本件の結論に影響を及ぼすものであるので、その争点に関する判断を示すための手続に限り、小野成人に被控訴人の代表者としての訴訟行為をさせたものである。
(裁判長裁判官 淺生重機 裁判官 塚原朋一 裁判官 菊池洋一)