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東京高等裁判所 平成10年(ネ)772号 判決 1998年6月23日

控訴人(原告) X

右訴訟代理人弁護士 廣瀬哲彦

被控訴人(被告) Y保険株式会社

右代表者代表取締役 A

右訴訟代理人弁護士 平沼高明

同 加々美光子

同 小西貞行

同 平沼直人

同 水谷裕美

主文

一  本件控訴を棄却する。

二  控訴費用は控訴人の負担とする。

事実及び理由

第一当事者の求めた裁判

一  控訴の趣旨

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人は、控訴人に対し、金五七〇万円及びこれに対する平成九年三月一四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

(控訴人は、当審において、請求を減縮した。)

3  訴訟費用は、第一、二審とも、被控訴人の負担とする。

4  仮執行の宣言

二  控訴の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二事案の概要

本件事案の概要は、第五において控訴人の当審における主張を付加するほかは、原判決の「事実及び理由」の「第二 事案の概要」のとおりであるから、これを引用する。

第三証拠

証拠の関係は、原審及び当審記録中の証拠目録のとおりであるから、これを引用する。

第四争点に対する判断

争点に対する判断は、次のとおり訂正し、第五において控訴人の当審における主張に対する判断を示すほかは、原判決の「事実及び理由」の「第三 争点に対する判断」のとおりであるから、これを引用する。

1  原判決一四頁一一行目から同一五頁四行目までを次のとおり改める。

「4 a建設は、本件建物の右解体撤去に伴い、建物内部に置いてあった前記機械類、木材等の建築資材、机等の事務所備品などすべての動産類を搬出処分され、これによって右動産類の時価相当額の損害を被った。」

2  同一五頁六行目から一〇行目までを次のとおり改める。

「 右の事実関係によれば、控訴人は、弁護士として受任事件を処理するため、b工業をして本件建物の解体撤去を行わせた際、本件建物内部に存在していたa建設所有の動産類を廃棄、処分し、これによって同会社に対し損害を与え、右動産類の時価相当額の損害賠償責任を負担するに至ったものであることが認められる(しかし、動産類全部の具体的内訳、数量及びその時価相当額を認めるに足りる証拠はない。また、桐タンス、桐クロゼット及び桐木材が存在したかどうかも明らかではない。)。」

3  同一六頁一行目の「右同額の損害」を「損害」と改める。

4  同一八頁七行目から同一九頁五行目までを削除する。

第五控訴人の当審における主張に対する判断

一  本件免責条項の趣旨について

1  控訴人の主張

本件保険契約における、被控訴人は「他人に損害を与えるべきことを予見しながらなした行為に起因する賠償責任」を負担することによって被る損害をてん補する責に任じない旨の条項(以下「本件免責条項」という。)は、故意によって生じた賠償責任を負担することによって生じる損害をてん補する責に任じない旨の条項(以下「故意免責条項」という。)と同趣旨のものである。

そして、故意免責条項における故意の範囲・概念につき、認容説は結果(損害)発生の認識・認容を問題にすべきであるとし、蓋然性説は重要なのは結果が発生する高度の蓋然性が存在することであるとする。

また、故意の対象については、損害発生対象説は原因行為に対する故意だけでは足りず、損害発生という結果についての故意を要するとし、原因行為対象説は原因行為に対する故意があれば、損害発生についての故意がなくとも、故意免責条項が適用されるとする。蓋然性説は、損害発生の蓋然性の極めて高い原因行為については、損害発生の故意がなくとも、免責を認めるべきであり、また極めて高度の蓋然性が認められない場合には、原因行為に対する故意があっても、損害発生に対する故意がなければ、免責は否定すべきであるとする。

2  当裁判所の判断

甲第一七号証によれば、本件保険契約においては、「賠償責任保険普通保険約款」の第四条(免責)において故意免責条項等が定められているほか、「弁護士特約条項」の第三条(免責)において、右「第四条各号に掲げる賠償責任のほか、被保険者が次に掲げる賠償責任を負担することによって被る損害をてん補する責めに任じない」として、本件免責条項等が定められていることが認められるから、この両条項が同趣旨のものであると解することができないことは明らかである(なお、「故意」とは、第三者に対して損害を与えることを認識しながらあえて損害を与えるべき行為に及ぶという積極的な意思作用を意味するのに対し、「他人に損害を与えるべきことを予見しながらなした行為」とは、他人に損害を与えるべきことを予測し、かつこれを回避すべき手段があることを認識しつつ、回避すべき措置を講じないという消極的な意思作用に基づく行為を指すものであり、故意による行為とは別個の行為を意味すると解されるのであって、この両者は異なるものである。)。

控訴人の主張はその前提が誤りであって、本件免責条項の趣旨を解釈するに当たって、故意免責条項に関する議論を参考にすることはできない。

二  木工品や高価な木材が存在することについての控訴人の認識について

1  控訴人の主張

原判決は、控訴人は本件建物内に桐タンスなどの木工品や桐木材等の高価な木材が存在することを予見し建物内部を確認すべきであったのに、あえてこれをしなかったことが認められ、右桐タンス等の動産類の廃棄、処分による損害についても、a建設に損害を与えるべきことを予見しながらその搬出処分を行ったと判示している。

しかし、このような義務を課するのは控訴人にとって極めて酷である。

また、仮に本件建物内部を確認しなかったことに過失があったとしても、控訴人は本件建物内部を現認していないのであるから、桐タンスなどの木工品や高価な木材が存在することを知らなかったのである。したがって、控訴人がこれらの動産の廃棄、処分による損害を与えるべきことを予見していたというのは、論理の飛躍であって、不可解である。原判決は、損害を与えるべきことの予見には予見可能性を含むと誤解しているように思われる。要するに、控訴人には、桐タンスなどの木工品や高価な木材に限れば、損害発生(結果)に対する故意がないのであって、未必の故意と認識ある過失とは異なる。

2  当裁判所の判断

当裁判所は、本件建物内に存在していた動産類全部の具体的内訳、数量は不明であって、桐タンスなどの木工品や高価な木材が存在したものと直ちに認めることはできないと判断する。

そして、仮にこれらの動産が存在したとすれば、その廃棄、処分による損害についても、控訴人はこれを与えるべきことを予見していたということができ、本件免責条項の適用があると解するのが相当である。すなわち、本件建物内に存在した動産類の廃棄、処分による損害を与えるべきことを予見していたというためには、その動産類全部の内訳、数量や価格までも逐一具体的に認識していたことは必要ではなく、本件建物内に価値ある動産が存在することを認識しながら、これをすべて搬出処分することを指示した以上は、通常は全く予想することができない動産が存在したような場合は格別、現実に存在していたすべての動産の廃棄、処分による損害について、これを与えるべきことを予見していたというべきである。そして、本件建物は、木造建物の建築等を業とする会社であるa建設が事務所、倉庫、作業所として使用していたのであるから、桐タンスなどの木工品や高価な木材が存在したとしても何ら異とするには足りないのであって、a建設の業務と本件建物の使用状況を認識していた控訴人にとって、これらの動産が存在することが全く予想外であったとはいえない。

三  a建設に対する動産類を搬出するようにとの警告について

1  控訴人の主張

控訴人は、a建設に対して、平成六年七月初めに本件建物を解体する旨予告し、同年九月一日までに十数回も右解体工事を断行することを警告し、右同日に解体工事を断行することをあらかじめ予告した。

平成六年九月一日には、控訴人が立ち会って朝から本件建物の解体作業を進めさせたが、本件建物内の動産類がそのままであったので、同日午後三時に、右動産類の撤去、廃棄処分を避けるため、作業を中断させ、a建設の従業員に、必要な動産類があれば翌日の午前九時までに搬出すること、搬出しなければ撤去処分することを警告した。

このような経過であるから、控訴人を含めて誰であっても、a建設が翌朝までに必要な動産類を搬出するであろうと確信するのは当然であり、控訴人はそれを期待したのである。控訴人は、a建設が搬出しないとは夢にも考えなかったのである。

控訴人には、損害発生に対する故意がないのであるから、認識ある過失として保険者の免責は否定されるべきである。

2  当裁判所の判断

控訴人は、解体工事の二日目にa建設が現場から動産類を搬出したかどうかを確認していないのであるから、本件建物内の動産類がすべて搬出されたと考えるべき状況にはなかったといわざるをえず、a建設に損害を与えるべきことを予見していたことには変わりがない。控訴人主張の予告ないし警告の事実は、控訴人がa建設に損害を与えるべきことを予見していたという判断を左右するものではない。

第六結論

以上のとおり、原判決は相当であり、本件控訴は理由がないから、これを棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 矢崎秀一 裁判官 西田美昭 榮春彦)

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