東京高等裁判所 平成10年(ラ)2336号 決定 1998年10月19日
抗告人
小林製袋産業株式会社
右代表者代表取締役
小林諭史
右訴訟代理人弁護士
仲田晋
同
野澤裕昭
同
宮坂浩
被抗告人
株式会社昭和精密製袋機製作所
右代表者代表取締役
大内悠輝
右訴訟代理人弁護士
山上和則
同
西山宏昭
被抗告人
株式会社星野洋紙店
右代表者代表取締役
星野淳
右訴訟代理人弁護士
渡辺隆夫
主文
本件抗告をいずれも棄却する。
理由
第一 抗告の趣旨及び理由
別紙抗告状写し及び補充書写しの該当欄記載のとおり。
第二 当裁判所の判断
一 当裁判所は、本案事件を大阪地方裁判所へ移送した原決定は相当であり、本件抗告は理由がないと判断するが、その理由は、次のとおり付加するほか原決定理由欄第二の二のとおりであるからこれを引用する。
1 抗告人は、製袋機に関するノウハウは、抗告人の工場内で稼働している製袋機をつぶさに検証することによって初めて明らかになる旨主張する。
抗告人の主張するノウハウとは、製袋機の構造、形態その他の構成についての技術上の情報で、不正競争防止法二条四項所定の要件を具備したものをいうものと解されるから、本案事件の審理では、まず、抗告人が相手方らによって不正に開示あるいは取得されたと主張する営業秘密の内容である、製袋機の構造、形態その他の構成自体を具体的に文言と図で特定して主張し、相手方の認否を得て(抗告人の主張によっても、ノウハウを具体化した製袋機は相手方株式会社昭和精密製袋機製作所(相手方昭和精密)が製作したというのであるから、適切な特定がされれば、当該製袋機の構造、形態その他の構成自体は、少なくとも相手方昭和精密との間では、最終的には争いがなくなるはずであり、仮に争いが残るとしてもそれは限局されたものとなることが予想される。)、争点について写真、ビデオテープ、図面を含む書証等で立証するというように進行することが予想される(仮に、何らかの理由で当該製袋機の構造、形態その他の構成自体の特定が、最終的にも全面的に争われる場合であっても、同様の立証が予想される。)。その上で、あるいはそれと並行して、当該製袋機の構造、形態その他の構成が、不正競争防止法二条四項所定の要件を具備すること及び当該営業秘密が抗告人の保有するものであることの主張、立証が行われるものと予想される。(以上は当裁判所に顕著である。)
本件において、不正競争防止法二条四項所定の要件を具備すること及び当該営業秘密が抗告人の保有するものであること(抗告人主張の営業秘密の内容となる技術の開発の経過はこの点に関する事実である。)を証明する証拠方法として、抗告人主張の検証が必要になる可能性は低く、むしろ、書証、人証によることが予想される。また、当該製袋機の構造、形態その他の構成自体の証明のための証拠方法についても、限られた時間内に施行される検証で、機械の構造、形態その他の構成について、技術的に正確に心証を得て、正確でかつ理解しやすい調書を作成するのは困難な場合が多く、検証が必ずしも最良の証拠方法であるとはいえない。したがって、抗告人の主張するノウハウは、検証によらずとも、他の立証手段(書証ないし人証)によっても十分に立証できる事柄であり、ノウハウの帰属についても同様である旨の原審の判断は相当であり、抗告人の主張は理由がない。
2 抗告人は、差止の対象となっている製袋機(相手方らの製袋機)の開発過程や抗告人と相手方昭和精密の従前の関係を解明するためには、抗告人の工場内に設置されている製袋機の検証及びその場における抗告人側、相手方昭和精密側の開発担当者の指示説明と証人調べが最も重要である旨主張する。
しかしながら、差止の対象となっている製袋機の開発過程を明らかにするには、まず、その前提として抗告人が差止を求める製袋機を、その構造、形態その他の構成を具体的に文言と図で特定して主張し(訴状の請求の趣旨の特定では不備であると考えられる。)、相手方らの認否、積極的な主張を得て、必要であれば主張の訂正を繰返し、争いがないものとするか、争点が残れば限局された争点について写真、ビデオテープ、設計図面を含む書証、必要に応じて相手方らの製袋機の検証等で立証した上で、その開発過程について、相手方昭和精密が有すると考えられる設計図面を含む書証及び相手方昭和精密の開発担当者の人証によって立証することになるものと予想される。その際に抗告人の工場内の製袋機の形態、構造等を示す必要があれば、右1で特定された図面や写真等を示すことで足りるものと予想される。(以上は当裁判所に顕著である。)
抗告人の主張は採用できない。
右のうち、相手方らの製袋機の内少なくとも一台は相手方株式会社星野洋紙店方に設置されているものとみられるから、それについては長野地方裁判所飯田支部、大阪地方裁判所ともに証拠調に便宜であるとはいえないが、相手方昭和精密の開発担当者は、大阪府又はその周辺に居住するものと考えられるので、長野地方裁判所飯田支部への出頭よりも大阪地方裁判所への出頭の方が遙かに容易であることは明らかである。
3 抗告人は、各相手方の移送申立てについて、原裁判所が抗告人代理人に適切な示唆や意向打診をしないまま原決定をしたのは遺憾である旨主張するが、抗告人は各移送申立書副本を受領し、これらに対する意見書(相手方昭和精密の移送申立てについては、申立てを予想した予めのもの。)を提出しているのであり、適切な示唆や意向打診が何についての示唆や意向打診を指すのか明らかでないが、東京地方裁判所を管轄裁判所とすることの合意についての示唆や打診をいうのであれば、抗告人又はその代理人が各相手方又はその代理人に管轄の合意を求めるべきものであり、原裁判所がそのことの示唆や打診をしなかったことを非難するのは筋違いである。
4 抗告人は、大阪地方裁判所に移送された場合、事実上は、専門部に係属するかも知れないが、新民事訴訟法を類推適用することには抵抗せざるを得ない旨主張する。
その主張の趣旨は明らかではないが、原決定は、相手方昭和精密の主たる事務所又は営業所の所在地及び民事訴訟法七条により本案事件が大阪地方裁判所の管轄に属すると認めた趣旨であることは明らかであり、民事訴訟法六条を類推適用したものではない。大阪地方裁判所において本案事件を知的財産権事件専門部に配填するか否かは、同裁判所の事務分配規定の問題であり、民事訴訟法所定の管轄の問題ではない。抗告人の主張は失当である。
5 民事訴訟法一七条は、「第一審裁判所は、訴訟がその管轄に属する場合においても、当事者及び尋問を受けるべき証人の住所、使用すべき検証物の所在地その他の事情を考慮して、訴訟の著しい遅滞を避け、又は当事者間の衡平を図るため必要があると認めるときは、申立てにより又は職権で、訴訟の全部又は一部を他の管轄裁判所に移送することができる。」と規定するところ、ここにいう「その他の事情」には、当該事件がその処理に高度の専門的知識を有する裁判所が処理するのが適切な種類の事件であり、移送先とされる裁判所がその種類の事件を処理する専門部を有していることも含まれるものと解するのが相当である(そのことは移送申立ての可否を判断する要素の一つとして考慮されるのであり、その事情があれば必ず移送するというものでないことは当然である。)。
けだし、その処理に高度の専門的知識を有する裁判所が処理するのが適切な種類の事件をその種類の事件を処理する専門部で処理することが、同条に具体的に挙げられた証拠調上の便宜と同様に、訴訟の著しい遅滞を避けるために必要な場合があるものと考えられるからである。
本件の本案事件は、製袋機の技術上の情報についての営業秘密の不正開示、不正取得を理由とする不正競争防止法に基づく差止等の請求事件であり、技術内容の理解、秘密性を含む営業秘密の要件の認定判断、前記1、2に挙げたような訴訟進行に関する指揮が的確に行われることが肝要であること等を考慮すれば、知的財産権事件の処理についての専門部で処理するのが適切な種類の事件と認められ、かつ、大阪地方裁判所には不正競争防止法に基づく請求を含む知的財産権事件処理の専門部が設けられていることは当裁判所に顕著である。
原決定の理由及びこれを布衍して前記1、2に判断したところに、右に認定した事情を併せて考慮すれば、本案訴訟の著しい遅滞を避けるために、大阪地方裁判所に移送することが相当であることは、一層明らかである。
6 以上のとおりであるから、本件抗告は理由がない。
二 よって、主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官矢崎秀一 裁判官西田美昭 裁判官筏津順子)