大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。
官報全文検索 KANPO.ORG
月額980円・今日から使える・メール通知機能・弁護士に必須
AD

東京高等裁判所 平成10年(行ケ)107号 判決 1999年2月26日

東京都葛飾区宝町2丁目34番11号

原告

アキヤマ印刷機製造株式会社

代表者代表取締役

小嶌泰隆

訴訟代理人弁護士

鈴木和夫

鈴木きほ

同弁理士

高橋三雄

土橋皓

東京都千代田区霞が関3丁目4番3号

被告

特許庁長官 伊佐山建志

指定代理人

松島四郎

小澤和英

田中弘満

小池隆

主文

特許庁が平成8年審判第13251号事件について平成10年3月3日にした審決を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第1  請求

主文と同旨

第2  当事者間に争いのない事実

1  特許庁における手続の経緯

原告は、平成5年6月25日(優先権主張平成5年3月24日、同月30日)、名称を「両面刷枚葉オフセット印刷機」とする発明(以下、「本願発明」という。)につき特許出願(平成5年特許願第155124号)をしたが、平成8年7月30日拒絶査定を受けたので、同年8月8日拒絶査定不服の審判を請求した。特許庁は、この請求を同年審判第13251号事件として審理した結果、平成10年3月3日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、その謄本は、同月18日原告に送達された。

2  本願発明の要旨

(1)  請求項1記載の発明(以下「本願第1発明」という。)

紙くわえ爪を設けた圧胴の上部にブランケット胴、版胴及びインキング機構から成る表面印刷ユニットと、紙くわえ爪を設けた圧胴の下部にブランケット胴、版胴及びインキング機構を設けて成る裏面印刷ユニットとから構成される両面刷枚葉オフセット印刷機において、前記表裏面印刷ユニットを一単位ごとに構成しかつ各印刷ユニットの圧胴を水平方向若しくは圧胴軸心に対して斜線状に接続して印刷紙の表面と裏面とを交互に印刷することを特徴とする両面刷枚葉オフセット印刷機。

(2)  請求項2記載の発明(以下「本願第2発明」という。)

前記表裏面印刷ユニットが、2個又は複数個の表面印刷ユニットと2個又は複数個の裏面印刷ユニットとから成り、第1表面印刷ユニットの圧胴に印刷紙を受渡して第1色目の表面印刷を施し、次いで第1裏面印刷ユニットの圧胴に印刷紙を受渡して第1色目の裏面印刷を施し、更に前記同様に印刷紙の表面と裏面とを交互に印刷することにより複数色の表裏面印刷を施す請求項1記載の両面刷枚葉オフセット印刷機。

(3)  請求項3記載の発明(以下「本願第3発明」という。)

前記両面刷枚葉オフセット印刷において、圧胴径を版胴及びブランケット胴径と同一にしかつ各一単位の表裏面印刷ユニット間に2個の中間胴を介する構成若しくは圧胴径を版胴及びブランケット胴径の倍径たして中間胴を介さない構成にして各胴及び中間胴の胴軸心を略直線状又はジグザグ状に連絡して、印刷紙の表面と裏面とを交互に印刷する請求項第1項及び第2項記載の両面刷枚葉オフセット印刷機。

3  審決の理由

審決の理由は、別紙審決書写し(以下「審決書」という。)に記載のとおりであり、審決は、本願第1ないし第3発明は、引用例(特公平3-21346号公報)に記載の発明及び周知技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものと認められるから、特許法29条2項の規定により特許を受けることができないと判断した。

第3  審決の取消事由

審決の理由Ⅰ(手続の経緯、本願発明の要旨。審決書2頁3行ないし4頁1行)及び同Ⅱ(引用例。同4頁3行ないし6頁12行)は認める。

同Ⅲ(対比・判断)中、本願第1発明と引用例に記載された発明との対比(同6頁15行ないし7頁15行)のうち、両者は、「前記表裏面印刷ユニットを一単位ごとに構成し」、「印刷紙の表面と裏面とを交互に印刷する」点で一致することは争い、その余は認める。相違点についての判断(同7頁16行ないし8頁11行)は争う。本願第2発明についての判断(同8頁13頁ないし9頁5行)及び本願第3発明についての判断(同9頁7行ないし10頁2行)は争う。

同Ⅳ(むすび。同10頁4行ないし8行)は争う。

審決は、本願第1発明につき、一致点の認定を誤り(取消事由1)、かつ、相違点の判断を誤り(取消事由2)、本願第2発明につき、一致点の認定を誤り、かつ、相違点の判断を誤り(取消事由3)、本願第3発明につき、一致点の認定を誤り、かつ、相違点の判断を誤った(取消事由4)ものであるから、違法なものとして取り消されるべきである。

1  取消事由1(本願第1発明の一致点の認定の誤り)

審決は、本願第1発明と引用例に記載された発明とは、「前記表裏面印刷ユニットを一単位ごとに構成し」、「印刷紙の表面と裏面とを交互に印刷する」(審決書7頁7行、8行、10行)点で一致すると認定するが、誤りである。本願第1発明と引用例に記載された発明は、本願第1発明の「表裏面印刷ユニット」が「版胴(1)・ブランケット胴(1)・圧胴(1)の3胴構成からなる1色刷りの印刷装置」であり、「印刷紙の表面と裏面とを交互に印刷する」のに対し、引用例に記載された発明の「表裏面印刷ユニット」が「版胴(2)・ゴム胴(2)・圧胴(1)の5胴構成からなる2色刷りの印刷装置」であって、「表面→表面→裏面→裏面→・・・」と印刷する点において相違するものである。

(1)  「印刷ユニット」構成の相違

<1> 本願第1発明の「印刷ユニット」について、その特許請求の範囲には、「紙くわえ爪を設けた圧胴の上部にブランケット胴、版胴及びインキング機構から成る表面印刷ユニット」及び「紙くわえ爪を設けた圧胴の下部にブランケット胴、版胴及びインキング機構を設けて成る裏面印刷ユニット」と記載されている。

一般に、「印刷ユニット」とは、「1色分の一まとめの印刷装置」をいい、「枚葉紙オフセット印刷機では、版胴・ゴム胴・圧胴の3胴で一組となる。」と定義される。すなわち、新版印刷事典(甲第5号証)の「ユニット〔印刷機の〕」の項(402頁)には、「輪転機のうちの、一まとめの印刷装置を示す単位。ユニットを2台以上連結して一組の印刷機械を構成する。たとえば、タンデム型の枚葉紙オフセット印刷機・グラビア輪転機では、1色分の一まとめの印刷装置を1ユニットといい、・・・」と記載されている。また、図解印刷技術用語辞典(甲第6号証)の「ユニット」の項(330頁)にも、「ひとまとめの単位のことで、印刷機械では一組の版胴と圧胴によって1色刷りを行う印刷装置。オフセット印刷機では、版胴・ゴム胴・圧胴の3胴で一組となる。」と記載されている。したがって、引用例に記載された発明のように「2色刷りユニット」などと特に断らない限り、枚葉紙オフセット印刷機において、単に「印刷ユニット」といった場合、「1色刷り印刷装置」に限られ、その胴構成は「版胴・ブランケット胴(ゴム胴)・圧胴の3胴構成」となるものである。

したがって、本願第1発明における「表裏面印刷ユニット」が、それぞれ「版胴(1)・ブランケット胴(1)・圧胴(1)の3胴構成からなる1色刷りの印刷装置」を指すことは、上記「ユニット」の定義から明らかである。

また、本願第1発明においては、「印刷ユニット」によって、「印刷紙の表面と裏面とを交互に印刷する」が、これは、本願第1発明における表裏面「印刷ユニット」がいずれも「一色刷り」の印刷装置であることを当然の前提としているものである。

さらに、本願明細書(甲第2号証)の【0013】には、「一単位の表裏面印刷ユニットにより、枚葉紙の表裏両面に各一色の印刷をすることができる。次いで、その枚葉紙はくわえ爪により2個の中間胴に受渡された後、次の一単位の表裏面印刷ユニットの圧胴に受渡される。そして、その表裏面印刷ユニットにより上記枚葉紙の両面に夫々第2色目の印刷をすることができる。」と記載され、また、実施例を記載した添付図面(図1ないし図9)にも「3胴構成」の「1色刷り」のもののみが示されており、「5胴構成」以上の「多色刷り印刷ユニット」を含むことをうかがわせる記載も一切ない。

<2> これに対し、引用例に記載された発明の「表裏面印刷ユニット」は、「横に並べて配列した直径の等しい版胴とゴム胴2対を上下2段に間隔をおいて配置するとともにこれ等胴の3倍直径からなりかつくわえ爪を具備した圧胴を前記上下両ゴム胴に共通の圧胴として連接させてなる5胴型の枚葉紙2色刷り印刷ユニット」(特許請求の範囲)であって、「版胴(2)・ゴム胴(2)・圧胴(1)の5胴構成からなる2色刷りの印刷ユニット」である。

<3> 被告は、乙第1号証に基づいて、「3胴構成」の「印刷ユニット」が本願出願前両面刷枚葉オフセット印刷機において周知であったと主張するが、乙第1号証の印刷機は、B-Bタイプ、したがって「2胴構成」のものであり、「3胴構成」のものが周知であることを示すものではない。

(2) 「印刷順」の相違

本願第1発明と引用例に記載された発明とは、上記のとおり、その「印刷ユニット」の構成が異なるため、表裏面の印刷順を異にする。

すなわち、本願第1発明では、「表面→裏面→表面→裏面・・・」と印刷が行われるが、引用例に記載された発明では、「最下方の印刷ユニットでは、先づ紙葉の表面に2色印刷が行われ、次ぎのユニットで裏面に2色、その上方の第3のユニットで更に表面に2色が加えられ計4色の印刷がなされ、最終ユニットでは裏面に2色が加えられ、ここに表裏4色刷りの印刷が完成する」(甲第4号証5欄5ないし11行)ものである。

2  取消事由2(本願第1発明の相違点の判断の誤り)

審決は、「両面刷枚葉オフセット印刷機において、複数の印刷ユニットを水平方向に連結配置することは周知技術である」と認定し、「該周知技術を引用例記載の発明に採択して上記相違点に係る本願第1発明のような構成とすることは、当業者にとって荷等の困難性もなく容易に想到し得ることである」旨判断するが(審決書7頁16行ないし8頁4行)、誤りである。

(1)  周知技術認定の誤り

「両面刷枚葉オフセット印刷機において」、複数の印刷ユニットを水平方向に連結配置することは周知技術ではない。

審決は、「新版印刷事典」402頁(甲第5号証)を引用するが(審決書7頁19行ないし8頁1行)、同書には、「両面刷枚葉オフセット印刷機において、複数の印刷ユニットを水平方向に連結配置すること」については何らの記載もない。

(2)<1>  乙第1号証について

乙第1号証の印刷機は、両面刷りのユニットとしては、版胴とブランケット胴の「2胴構成」からなる「B-B型」の印刷機である。「B-B型」の印刷機は、版胴とゴム胴からなる「2胴構成」であり、表裏面を「同時印刷」するものである。

また、乙第1号証において「圧胴」と呼んでいるものは、ゴム胴(ブランケット胴と同義)であって、本願第1発明が採用した「3胴構成」とは異なるものである。

したがって、乙第1号証の印刷機は、2胴の印刷ユニットを用いるB-B型の印刷機であって、ユニットに3胴を用いる本願第1発明と、印刷機としての基本的な方式を異にするものであり、表裏面の「交互印刷」を行う本願第1発明と印刷順も異なるものである。

したがって、乙第1号証は、審決のいう周知技術を示すものではない。

<2>  乙第2号証について

乙第2号証には、3胴構成からなる裏面印刷ユニット(A)と表面印刷ユニット(B)が記載されているが、裏面印刷ユニット(A)と表面印刷ユニット(B)は、これらの圧胴間に配置された2個の中間胴(中間胴11及び乾燥装置13を付設した中間胴12)を介して併置された状態が示されている。乙第2号証は、乾燥装置付の中間胴を採用し、2個の中間胴を接続してユニットを連結するというもので、特殊なタイプであり、しかも両ユニッはは斜め方向に連結配置されている。

したがって、この乙第2号証は両面刷枚葉オフセット印刷機における一般的な技術水準を示すものではなく、「両面刷枚葉オフセット印刷機において、複数の印刷ユニットを水平方向に連結配置すること」が周知であるとの審決の認定事項を示すものではない。

また、「中間胴」を「斜め」にして印刷ユニットを接続するものであり、印刷ユニットの「圧胴」を「水平方向」に接続する本願第1発明の構成とも異なっている。

<3>  乙第3号証について

乙第3号証に示された印刷機は、「両面刷り兼用印刷機」であって、圧胴9の間に、「反転ステーション」(紙渡し胴6、貯留胴13、反転胴15からなる)を持った「反転タイプ」のものである。「反転タイプ」とは、まず表面への多色印刷を終了した後、切換え装置によって紙を機械的に反転して裏面に多色を印刷するものである。そのため、「表・表・表-裏・裏・裏」のような順序で両面印刷が行われる。両面刷り兼用印刷機の基本的な構成は、通常の片面印刷機で、印刷過程の途中で紙を反転することにより表裏面を印刷するものであり、本来の「両面刷り印刷機」ではない。

このように、乙第3号証は、「両面刷り印刷機」に関する証拠ではない。

<4>  以上のように、乙第1ないし第3号証は、それぞれ異なるタイプの印刷機において、それぞれ特殊固有の発明事例を個別に示しただけのものであり、それぞれのタイプの印刷機において、単にユニットが横方向に配置されたという事例を個別に示しているにすぎない。

3  取消事由3(本願第2発明)

審決は、本願第2発明も、引用例に記載きれた発明及び周知技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものと認められる(審決書9頁3行ないし5行)と判断するが、誤りである。

(1)  本願第2発明の進歩性の判断のうち、本願第1発明と共通の部分は、前記1、2に記載のとおりである。

(2)  また、審決は、「『表裏面印刷ユニットが、2個又は複数個の表面印刷ユニットと2個又は複数個の裏面印刷ユニットとから成り、第1表面印刷ユニットの圧胴に印刷紙を受渡して第1色目の表面印刷を施し、次いで第1裏面印刷ユニットの圧胴に印刷紙を受渡して第1色目の裏面印刷を施し、更に前記同様に印刷紙の表面と裏面とを交互に印刷することにより複数色の表裏面印刷を施す』という点も上記引用例に記載されている」(審決書8頁13行ないし9頁2行)と認定しているが、前記のとおり、引用例には、「最下方の印刷ユニットでは、先づ紙葉の表面に2色印刷が行われ、次ぎのユニットで裏面に2色、その上方の第3のユニットで更に表面に2色が加えられ計4色の印刷がなされ、最終ユニットでは裏面に2色が加えられ、ここに表裏4色刷りの印刷が完成する」ことが記載されているだけであり、「表裏面印刷ユニット」により1色ごとに印刷紙の表面と裏面とを交互に印刷する本願第2発明の構成は記載されていないのであるから、審決の上記認定は誤りである。

被告は、引用例に記載された発明において、各印刷ユニットにおいて1色のみを印刷する態様を考えることができる旨主張するが、引用例記載の「5胴構成、2色刷り」の印刷機で「1色のみを印刷する」という使用態様は引用例には記載も示唆もされていないものである。

4  取消事由4(本願第3発明)

審決は、「本願第3発明も、引用例に記載された発明に上記両周知技術を適用することにより、当業者が容易に発明をすることができたものと認められる」(審決書9頁18行ないし10頁2行)と判断するが、誤りである。

(1)  本願第3発明の進歩性の判断のうち、本願第1発明と共通の部分は、前記1、2に記載のとおりである。

(2)  審決は「『圧胴径を版胴及びブランケット胴径と同一にしかつ各一単位の表裏面印刷ユニット間に2個の中間胴を介する』点は、・・・周知技術であ(る)」(審決書9頁7行ないし13行)と認定しているが、誤りである。

審決が引用する「新版印刷事典」426頁(甲第5号証。審決書9頁13行ないし15行)には、「渡し胴」の項に、「タンデム型の印刷機では、・・・版胴の倍径のもの、あるいは同径のもの3本を用いる」と記載されているだけで、「渡し胴」(中間胴)を「2個」用いることの記載はない。

従来の片面刷枚葉オフセット印刷機では、「渡し胴」(中間胴)の個数は論理的に奇数となるが、本願第3発明のような(非反転型)両面刷枚葉オフセット印刷機では、「渡し胴」(中間胴)の個数は、論理的に「偶数」(本願第3発明においては、中間胴の個数は「2個」)となっている。上記の甲第5号証には、従来の片面刷枚葉オフセット印刷機を前提として、「奇数」の「渡し胴」が記述されているにすぎず、「表裏面印刷ユニット間に2個の中間胴を介する」ことが周知であるとの証拠となるものではない。

(3)  さらに、審決は、「『圧胴径を版胴及びブランケット胴径の倍径にして中間胴を介さない』点は、前記のとおり、上記引用例に記載されている」(審決書9頁16行ないし18行)と認定しているが、誤りである。

引用例には、版胴とゴム胴の「3倍直径」からなる圧胴が記載されているだけで、版胴及びブランケット胴径の「倍径」の記載はない。

なお、本願第3発明の「倍径」は、「2倍径」を意味し、「3倍径」を含まないものである。

第4  審決の取消事由に対する被告の反論

1  取消事由1(本願第1発明の一致点の認定の誤り)について

(1)  原告の主張は、本願第1発明の特許請求の範囲の記載に基づかない主張である。すなわち、本願第1発明における「表裏面印刷ユニット」については、特許請求の範囲に「紙くわえ爪を設けた圧胴の上部にブランケット胴、版胴及びインキング機構から成る表面印刷ユニット」、「紙くわえ爪を設けた圧胴の下部にブランケット胴、版胴及びインキング機構を設けて成る裏面印刷ユニット」と明確に記載されており、本願第1発明において、原告の主張するように、圧胴、ブランケット胴及び版胴の3胴で一組となるものや、当該3胴構成からなる1色刷りの印刷装置に限定されるものではなく、引用例に記載されたような版胴を2つ有する印刷ユニットも含まれるのである。

(2)  原告は、本願第1発明の特許請求の範囲に「印刷紙の表面と裏面とを交互に印刷する」と記載されていることから、「印刷ユニット」はいずれも「1色刷り」の印刷装置であることを当然に前提としており、「2色刷り印刷ユニット」では、表面と裏面とを交互に印刷することはできない旨主張するが、上記のとおり、本願第1発明において「印刷ユニット」が「1色刷り」の印刷装置であることは何ら限定されておらず、また、引用例に記載された発明において、2色ずつ印刷する印刷ユニットAないしDは交互に配置されていることから、2色を一組として、「表面と裏面とを交互に印刷する」ものと認定することは十分に可能である。

(3)  引用例に、印刷紙の表面と裏面とを交互に印刷することにより複数色の表裏面印刷を施す点が記載されていることは、後記3に記載のとおりである。

2  取消事由2(本願第1発明の相違点の判断の誤り)について

確かに、「新版印刷事典」402頁(甲第5号証)には、両面刷枚葉オフセット印刷機において、複数の印刷ユニットを水平方向に連結配置することは記載されていない。しかしながら、当該配置が周知であることは、乙第1号証特開昭58-147364号公報)、乙第2号証(特開昭52-86801号公報)及び乙第3号証(特開昭60-255434号公報)に示されているとおりであって、当該配置が周知であるとした審決の認定に誤りはない。

3  取消事由3(本願第2発明)について

引用例には、1色ごとに印刷紙の表面と裏面とを交互に印刷することは記載されてはいない。しかしながら、引用例の印刷ユニット(AないしD)は、2色刷りの印刷ユニットとして構成をされているものではあるが、必ず2色を印刷することを要するものではなく、各印刷ユニットにおいて1色のみを印刷することを妨げる理由もないことから、各印刷ユニットにおいて1色のみを印刷する態様を考えれば、引用例の印刷機において、1色ごとに印刷紙の表面と裏面とを交互に印刷することができるものである。審決においては、上記のような態様も含まれることを考慮して、引用例には「第1色目の表面印刷を施し、次いで・・・第1色目の裏面印刷を施し、更に前記同様に印刷紙の表面と裏面とを交互に印刷することにより複数色の表裏面印刷を施す」(審決書8頁16行ないし9頁2行)点が記載されていると認定したものである。

4  取消事由3(本願第3発明)について

(1)  「新版印刷事典」426頁(甲第5号証)には、「表裏面印刷ユニット間に2個の中間胴を介する」との記載はないが、印刷ユニット間に「渡し胴」を設けることは記載されている。本願第3発明の中間胴は、甲第5号証に記載された「渡し胴」と同様に前の印刷部から次の印刷部へ紙を渡すための胴であって、ユニット間の作業に十分な間隔を与えるものである。そして、本願明細書において、中間胴を2個設ける理由や設けたことによる作用効果が具体的に記載されていないが、表裏印刷ユニットを水平方向に配置した印刷装置において、反転機構を設けることなく、表裏を交互に印刷するためには、中間胴を設けないか、設ける場合には、複数にする必要があると考えられる。

以上のように、本願第3発明のように、表裏を交互に印刷するユニット間に中間胴を設ける場合には必然的に複数とならざるを得ず、特に「2個」に限定すべき理由は見当らない。そして、上記のように印刷ユニット間に「渡し胴つまり中間胴を設けることは本願発明出願前周知であり、「2個」に限定すべき理由もないことから、審決において容易推考と判断したことに誤りはない。

(2)<1>  原告の主張は、本願第3発明の構成要件である「倍径」の意味を、「2倍径」を意味するとするものであるが、「倍」という用語には、「2倍」という意味のほか、「同じ数を何回か加えること」(乙第4号証)の意味もあり、本願第3発明において、「倍径」を特に「2倍径」の意味に限定すべき理由もないことから、引用例に記載された「3倍径」のものも含まれるものである。

<2>  仮に、原告の主張するように「倍径」は「2倍径」のみを意味するとしても、両面刷枚葉オフセット印刷機において、圧胴を版胴の2倍径にして中間胴を介さない構成とすることは、例えば乙第1号証に記載されているように本願発明出願前周知の技術であった。ちなみに、乙第1号証には、第1図の実施例について、「ゴム胴・・・の直径と圧胴・・・の直径は互いに等しくかつ版胴・・・の直径の2倍となるように構成されている。」(3頁右上欄13行ないし16行)と記載され、第2図の実施例についても、表裏印刷機構の構成は第1図の表裏印刷機構と同じ形式で構成されている旨記載されている(4頁左下欄11ないし19行参照)。

理由

1  取消事由1(本願第1発明の一致点の認定の誤り)について

(1)  本願発明の要旨は当事者間に争いがなく、審決の認定のうち、引用例の記載事項の認定も当事者間に争いがない。

(2)  本願第1発明の要旨によれば、本願第1発明の要旨にいう表裏面印刷ユニットは「版胴(1)・ブランケット胴(1)・圧胴(1)の3胴構成からなる1色刷りの印刷ユニット」を意味し、引用例に記載された発明の「版胴(2)・ゴム胴(2)・圧胴(2)の5胴構成からなる2色刷りユニット」は含まないものと解するのが、その文言及び内容からみて自然である。その理由は次の(3)の説示するとおりである。

(3)  被告は、本願第1発明における「表裏面印刷ユニット」については、特許請求の範囲に「紙くわえ爪を設けた圧胴の上部にブランケット胴、版胴及びインキング機構から成る表面印刷ユニット」等と明確に記載されており、圧胴、ブランケット胴及び版胴の3胴で一組となるものや、当該3胴構成からなる1色刷りの印刷ユニットに限定されるものではない旨主張する。

確かに、本願第1発明の特許請求の範囲は、「表裏面印刷ユニット」について「紙くわえ爪を設けた圧胴の上部にブランケット胴、版胴及びインキング機構から成る表面印刷ユニット」と「紙くわえ爪を設けた圧胴の下部にブランケット胴、版胴及びインキング機構を設けて成る裏印刷面ユニット」とのみ規定し、表面印刷ユニット及び裏面印刷ユニットを構成する版胴、ブランケット胴、圧胴が何個であるか、及び何色刷りであるかの点について直接限定をしていないものであるから、この記載のみからは、本願第1発明の要旨には、引用例に記載された版胴が2個、ブランケット胴が2個、圧胴が1個で、2色刷りの印刷ユニットからなる両面4色刷り枚葉オフセット印刷機も含まれると解する余地がないではない。

しかしながら、本願第1発明の特許請求の範囲には、更に「印刷紙の表面と裏面とを交互に印刷する」と記載されているものであるから、仮に本願第1発明の要旨が引用例に記載された版胴2個、ブランケット胴2個、圧胴1個の二色刷りの印刷ユニットをも含むと解すると、印刷紙は「表面、表面、裏面、裏面」と印刷され、「印刷紙の表面と裏面とを交互に印刷する」ものではないものも含むことになる。しかも、本願明細書の詳細な説明及び添付の図面中にも、3胴構成からなる印刷ユニット以外に上記のような5胴構成からなる二色刷りのものが含まれることをうかがわせる記載は全く見いだせない。なお、引用例に記載された発明において、2色を一組として考え、「表面と裏面とを交互に印刷する」ものと認定することは不自然である。

以上によれば、本願第1発明の要旨にいう表裏面印刷ユニットは「版胴(1)・ブランケット胴(1)・圧胴(1)の3胴構成からなる1色刷りの印刷ユニット」を意味すると解すべきであり、これに反する被告の主張は採用することができない。

(4)  被告は、本願第1発明の要旨にいう表裏面印刷ユニットが「版胴(1)・ブランケット胴(1)・圧胴(1)の3胴構成からなる1色刷りの印刷ユニット」に限られるとしても、引用例の各印刷ユニットにおいて1色のみを印刷するようにすれば、1色ごとに印刷紙の表面と裏面とを交互に印刷することができるものであり、結局、一致点の認定の誤りはない旨主張する。

しかしながら、引用例に記載された発明は「版胴(2)・ゴム胴(2)・圧胴(1)の5胴構成からなる2色刷りユニット」を使用することをその発明思想の要素としているものであり、しかも、引用例(甲第4号証)を検討しても、被告主張の引用例の印刷装置の使用方法を示唆する記載はないから、引用例の記載から被告の主張する3胴構成のものを実質的に読み取ることはできないというべきであり、この点の被告の主張は理由ない。

(5)  そうすると、本願第1発明と引用例に記載された発明についての審決の認定には、両者が「前記表裏面印刷ユニットを一単位ごとに構成し」、「印刷紙の表面と裏面とを交互に印刷する」点において一致するとした認定に誤りがあるというべきであり、この点の誤りは、本願第1発明は引用例に記載された発明及び周知技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものと認められるとした審決の結論に影響するものと認められるから、その余の点について判断するまでもなく、原告主張の取消事由1は理由がある。

2  取消事由3(本願第2発明)及び取消事由4(本願第3発明)について

前記(第2、2(2)及び(3))説示の本願第2発明及び本願第3発明の要旨によれば、上記1で述べた本願第1発明と引用例に記載された発明についての一致点の認定の誤りは、本願第2発明及び本願第3発明についても同様に当てはまるものであり、この点の誤りが審決の結論に影響するものと認められるから、原告主張の取消事由3及び取消事由4のうち一致点の認定の誤りをいう部分も理由がある。

よって、原告の本訴請求を認容することとし、主文のとおり判決する。

(口頭弁論終結の日 平成11年2月16日)

(裁判長裁判官 永井紀昭 裁判官 塩月秀平 裁判官 市川正巳)

理由

Ⅰ.手続の経緯、本願発明の要旨

本願は、平成5年6月25日(優先権主張平成5年3月24日、平成5年3月30日)の出願であって、その請求項1ないし3に係る発明は、平成8年2月29日付け手続補正書により補正された明細書と図面の記載からみて、それぞれ、その特許請求の範囲の請求項1ないし3に記載された次のとおりのものと認める。

「【請求項1】紙くわえ爪を設けた圧胴の上部にブランケツト胴、版胴及びインキング機構から成る表面印刷ユニットと、紙くわえ爪を設けた圧胴の下部にブランケット胴、版胴及びインキング機構を設けて成る裏面印刷ユニットとから構成される両面刷枚葉オフセット印刷機において、前記表裏面印刷ユニットを一単位ごとに構成しかつ各印刷ユニットの圧胴を水平方向若しくは圧胴軸心に対して斜線線状に接続して印刷紙の表面と裏面とを交互に印刷することを特徴とする両面刷枚葉オフセット印刷機。(以下、「本願第1発明」という。)

【請求項2】前記表裏面印刷ユニットが、2個又は複数個の表面印刷ユニットと2個又は複数個の裏面印刷ユニットとから成り、第1表面印刷ユニットの圧胴に印刷紙を受渡して第1色目の表面印刷を施し、次いで第1裏面印刷ユニットの圧胴に印刷紙を受渡して第1色目の裏面印刷を施し、更に前記同様に印刷紙の表面と裏面とを交互に印刷することにより複数色の表裏面印刷を施す請求項1記載の両面刷枚葉オフセット印刷機。(以下、「本願第2発明」という。)

【請求項3】前記両面刷枚葉オフセット印刷において、圧胴径を版胴及びブランケット胴径と同一にしかつ各一単位の表裏面印刷ユニット間に2個の中間胴を介する構成若しくは圧胴径を版胴及びブランケット胴径の倍径にして中間胴を介さない構成にして各胴及び中間胴の胴軸心を略直線状又はジグザク状に連絡して、印刷紙の表面と裏面とを交互に印刷する請求項第1項又は第2項記載の両面刷枚葉オフセット印刷機。(以下、「本願第3発明」という。)」

Ⅱ.引用例

これに対し、原査定の拒絶の理由に引用した本願出願前に頒布された特公平3-21346号公報(以下、「引用例」という。)には、「横に並べて配列した直径の等しい版胴とゴム胴2対を上下2段に間隔をおいて配置するとともにこれ等胴の3倍直径からなりかつくわえ爪を具備した圧胴を前記上下両ゴム胴に共通の圧胴として連接させてなる5胴型の枚葉紙2色刷り印刷ユニットであって、前記圧胴に対する前記の版胴およびゴム胴の関係位置が左右勝手違いになるように配置したものを各2組ずつ設け、しかして、上記勝手違い印刷ユニットを上下方向に交互に配置してその圧胴軸心を結ぶ直線がジグザグ状を呈するように各圧胴を連接した胴配列構造を有し、その最下方に位置する前記圧胴には枚葉紙を供給するための給紙装置が、そしてさらに、最上位の圧胴には排紙装置がそれぞれ連結されていることを特徴とする両面4色刷りオフセット印刷機。」(特許請求の範囲)に係る発明が図面とともに記載されており、「B-Bタイプのものによって枚葉紙に両面4色の印刷を行うとすれば、印刷ユニット間に多数の中間胴が必要となり、機械が大型化することは必然である。」(第1頁第2欄20~23行)、「本発明は・・・紙の反転なしの一回通しで枚葉紙の両面に各4色のオフセット印刷が行える印刷機であると同時に、印刷時における紙のくわえ回数を従来のものより少くし、コンパクトにしかも操作性を良くすること。更にはB-Bタイプの構成でなく圧胴(ブランケットを張る必要のない胴)と転写胴(ゴム胴)との間で印刷が行われるような胴配列のものを廉価に提供しようとするものである。」(第2頁第4欄9~17行)、「ユニット間の枚葉紙の移送は圧胴同志のくわえ爪で行われる。最下方の印刷ユニットでは、先づ紙葉の表面に2色印刷が行われ、次ぎのユニットで裏面に2色、その上方の第3ユニットで更に表面に2色が加えられ計4色の印刷がなされ、最終ユニットでは裏面に2色が加えられ、こゝに表裏4色刷りの印刷が完成するようになっている。枚葉紙はこの間4回圧胴くわえ爪によって把持されることになる。」(第3頁第5欄4~12行)、「16は図示しないインキング部が装置されているインキングフレームである。」(第4頁第7欄25~27行)及び「B-Bタイプの両面刷り印刷機と異なり、ブランケット間の印刷ではなく、いわば版・ゴム・圧の3胴式のものであるからB-Bタイプに比較してツブレの良いシャープな印刷が可能である。」(第4頁第8欄25~29行)ということが記載されている。

Ⅲ.対比・判断

〔本願第1発明について〕

本願第1発明と引用例に記載された発明とを対比すると、引用例に記載された発明の「くわえ爪」、「ゴム胴」、「インキング部」及び「ジグザグ状を呈するように連接」は、本願第1発明の「紙くわえ爪」、「ブランケット胴」、「インキンダ機構」及び「斜線状に接続」にそれぞれ相当するものであるから、両者は、紙くわえ爪を設けた圧胴にブランケット胴、版胴及びインキング機構から成る表面印刷ユニットと、紙くわえ爪を設けた圧胴にブランケット胴、版胴及びインキング機構を設けて成る裏面印刷ユニットとから構成される両面刷枚葉オフセット印刷機において、前記表裏面印刷ユニットを一単位ごとに構成しかつ各印刷ユニットの圧胴を圧胴軸心に対して斜線状に接続して印刷紙の表面と裏面とを交互に印刷する両面刷枚葉オフセット印刷機である点で一致し、本願第1発明においては各印刷ユニットの圧胴を水平方向に接続するのに対し、引用例に記載された発明においては各印刷ユニットの圧胴を上下方向に連接した点で相違している。

そこで、上記相違点について検討するに、両面刷枚葉オフセット印刷機において、複数の印刷ユニットを水平方向に連結配置することは周知技術であるから(例、日本印刷学会編「新版印刷辞典」、大蔵省印刷局、昭和50年9月1日第2刷発行、第402頁参照。)、該周知技術を引用例記載の発明に採択して上記相違点に係る本願第1発明のように構成とするは、当業者にとって何等の困難性もなく容易に想到し得ることである。

そして、本願第1発明の構成によってもにらされる効果も、引用例に記載の発明及び周知技術から予測することができる程度のものであって、格別のものとはいえない。

したがつて、本願第1発明は、引用例に記載された発明及び周知技術に基いて当業者が容易に発明をすることができたものと認められる。

〔本願第2発明について〕

本願第2発明で限定された「表裏面印刷ユニットが、2個又は複数個の表面印刷ユニットと2個又は複数個の裏面印刷ユニットとから成り、第1表面印刷ユニットの圧胴に印刷紙を受渡して第1色目の表面印刷を施し、次いで第1裏面印刷ユニットの圧胴に印刷紙を受渡して第1色目の裏面印刷を施し、更に前記同様に印刷紙の表面と裏面とを交互に印刷することにより複数色の表裏面印刷を施す」という点も上記引用例に記載されているから、本願第2発明も、引用例に記載された発明及び周知技術に基いて当業者が容易に発明をすることができたものと認められる。

〔本願第3発明について〕

本願第3発明で限定された「圧胴径を版胴及びブランケット胴径と同一にしかつ各一単位の表裏面印刷ユニット間に2個の中間胴を介する」点は、印刷装置のユニットを水平に直列に連結したタイプの印刷機において、ユニット間の作業に十分な間隔を与える手段として従来から採用されている周知技術であり(例、日本印刷学会編「新版印刷辞典」、大蔵省印刷局、昭和50年9月1日第2刷発行、第426頁参照。)、また、同じく限定された「圧胴径を版胴及びブランケット胴径の倍径にして中間胴を介さない」点は、前記のとおり、上記引用例に記載されているから、本願第3発明も、引用例に記載されに発明に上記両周知技術を適用することにより、当業者が容易に発明をすることができたものと認められる。

Ⅳ.むすび

以上のとおり、本願第1~3発明は、引用例に記載された発明及び周知技術に基いて当業者が容易に発明をすることができたものと認められるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。

よって、結論のとおり審決する。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例