東京高等裁判所 平成10年(行ケ)123号 判決 1999年6月01日
新潟県白根市大字北田中780番地6
原告
ダイニチ工業株式会社
代表者代表取締役
佐々木文雄
訴訟代理人弁理士
吉井剛
同
吉井雅栄
東京都千代田区丸の内2丁目2番3号
被告
三菱電機株式会社
代表者代表取締役
谷口一郎
訴訟代理人弁護士
近藤惠嗣
同
柳誠一郎
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第1 当事者の求めた裁判
1 原告
特許庁が平成9年審判第10974号事件について平成10年3月10日にした審決を取り消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
2 被告
主文と同旨
第2 請求の原因
1 特許庁における手続の経緯
原告は、発明の名称を「液体燃料燃焼装置」とし、昭和60年8月22日に特許出願、平成7年2月8日に設定登録された特許第1904449号発明(以下「本件発明」という。)の特許権者である。
被告は、平成9年7月1日に本件発明に係る特許の無効の審判を請求し、特許庁は、同請求を平成9年審判第10974号事件として審理した結果、平成10年3月10日に「特許第1904449号発明の特許を無効とする。」との審決をし、その謄本を同年4月9日に原告に送達した。
2 特許請求の範囲
運転スイッチ、中央制御回路、ヒーター制御回路を備え、気化装置を電熱ヒーターにて加熱して所定温度まで達せしめ、該気化装置に液体燃料を流入させて得られる気化ガスをバーナーで燃焼させる液体燃料燃焼装置において、運転スイッチのオフ中に気化装置を気化ガスをバーナーで燃焼させ得る所定温度よりも低い保温温度に保つ気化装置保温手段と、該気化装置保温手段の動作を入・切する入切スイッチを設けたことを特徴とする液体燃料燃焼装置。(別紙図面1参照)
3 審決の理由
別紙審決書の理由の写のとおりである。以下、特開昭55-77630号公報(審決の「甲第1号証刊行物」)を引用例1、特開昭57-74516号公報(審決の「甲第2号証刊行物」)を引用例2、特開昭58-200924号公報(審決の「甲第3号証刊行物」)を引用例3という。引用例2については別紙図面2参照。
4 審決の取消事由
審決の理由1は認める。同2の(1)のうち、引用例1に「該気化装置に液体燃料を流入させて得られる気化ガスをバーナで燃焼させる液体燃料燃焼装置において、」(3頁9行ないし11行)との事項が記載されていることは争い、その余は認める。同2の(2)は争い、(3)は認める。同3のうち、「後者における「ヒータ2」、「バーナ」はそれぞれ本件発明における「電熱ヒーター」、「バーナー」に相当する。また、後者における「ヒータ2に通電が継続され気化装置を保温温度に保つ手段」は、前者における「気化装置保温手段」に相当する。」(5頁5行ないし11行)こと及び本件発明と引用例1記載の発明とが「該気化装置に液体燃料を流入させて得られる気化ガスをバーナーで燃焼させる液体燃料燃焼装置において、運転スイッチのオフ中に気化装置を保温温度に保つ気化装置保温手段と、」(同15行ないし18行)の点で一致することは争い、その余は認める。同4の相違点1の判断は認める。同4の相違点2の判断のうち、無効審判被請求人(原告)の主張(8頁14行ないし9頁1行)は認め、その余は争う。同4の相違点3の判断のうち、「甲第3号証刊行物には、甲第1号証刊行物に記載のものと同じ技術分野の液体燃料燃焼装置において、」(10頁1行ないし3行)は争い、その余は認める。同4のうち、「したがって、本件発明は、甲第1~3号証刊行物に記載のものから、容易に発明をすることができたものである。」(10頁11行ないし13行)との認定判断は争う。同5は争う。
審決は、一致点の認定を誤り、相違点2、3の判断を誤ったものであって、違法であるから、取り消されるべきである。
(1) 取消事由1(一致点の認定の誤り)
イ 液体燃料を燃焼させる液体燃料装置としては、<1>灯芯を用いるもの、<2>ノズルから液体燃料を気化して霧状に噴出して燃焼させるもの、<3>液体燃料を高温に加熱気化して得られる気化ガスを燃焼させるものがあるが、本件発明は、上記<3>の形式のものである。すなわち、本件発明は、ヒーターを内蔵した気化装置(気化器)に灯油を流入させて気化を行い、ノズルからバーナーに気化ガスを噴出させ、この気化ガスの噴出する力を利用して一次空気を引き込んでバーナー内で混合させ、点火プラグで燃焼を行う気化ガス方式の液体燃焼装置であって、業界においてはブンゼン気化式と称されて、室内開放型の暖房機(石油ファンヒーター)として最適な構造であると認知されているものである。
ロ 引用例1記載の発明は、気化ガス方式ではなく、高圧ポンプで灯油をノズルから霧状にしてバーナー本体内に噴出する噴霧方式である。
ハ したがって、引用例1記載の発明は、「気化装置に液体燃料を流入させて得られる気化ガスをバーナーで燃焼させる液体燃料燃焼装置」ではないし、また、そのために、引用例1記載の発明の「バーナ」と本件発明の「バーナー」とは異なる構造であるから、これらを一致点とした審決の認定は誤りである。
(2) 取消事由2(相違点2、3の判断の誤り)
イ 引用例2記載の発明は、高圧ポンプで灯油をノズルから霧状にしてバーナー本体内に噴出する噴霧方式である。
ロ 引用例3記載の発明も、気化ガス方式ではない。
ハ 本件発明のような気化ガス方式は、優れた方式であるけれども、消火後再運転する場合に燃焼温度にまで上げるための予熱時間が長い。すなわち、燃焼させるためには気化装置の温度が高くなければならないため、消火状態において何らヒーター予熱を行わないと、この予熱時間が長時間(数分も)必要となる。一方、単に、すぐに気化ガスを発生させて燃焼を開始できるように気化装置を高温に予熱したのでは、高温となる部分が生じ、酸化損傷して耐久性を損なうと共に、外装が暖かくなって消火が確実に行われていないのではないかと使用者に不安を与える。本件発明は、このような問題点を解決し、気化ガス方式でありながら、気化ガスをバーナーで燃焼させる温度より低い温度に予熱保温する構成とした点に画期的な創作性があるのである。
これに対して、噴霧方式は、気化ガスを噴出するために気化装置を高温に加熱する構成ではないから、ヒーター予熱を行う場合に高温となる部分が生じ、酸化損傷して耐久性を損なうという技術的課題が生じない。また、同様に、外装が暖かくなって消火が確実に行われていないのではないかと使用者に不安を与えるという技術的課題も生じない。また、噴霧方式は、バーナー(バーナー本体部)と気化部とが一体化し、気化部は燃焼炎にさらされるため、耐熱性の高い構造とし、必然的に外装に対する十分な断熱構造を採用している。更に、熱容量を大きくする必要性から、このバーナーを燃焼時に適する温度に予熱するには数分もの非常に長い時間を要する構造となっている。したがって、噴霧方式においては、予熱時間が極めて長いため、消火時において予め燃焼し得る温度に予熱しておくことは業界において当たり前なことである。
引用例2記載の発明は、バーナーの熱容量も大きく、十分な断熱構造を必然的に採用する噴霧方式であるため、予熱に際してもともと多量の電力を要するから、省力化のために温度を下げて予熱しているのである。
ニ したがって、引用例1ないし3記載の発明には、本件発明の技術的課題が生じないから、本件発明の前記ハ記載の画期的な創作性は、引用例1ないし3記載の発明から容易に推考できるものではないし、その作用効果も容易に予測できるものではない。
第3 請求の原因に対する認否及び被告の主張
1 請求の原因1ないし3の事実は認める。同4は争う。
2 被告の主張
(1) 取消事由1について
イ 本件発明の特許請求の範囲には、「気化装置に液体燃料を流入させて得られる気化ガスをバーナーで燃焼させる液体燃料燃焼装置」と記載されているものであって、噴霧方式もこの記載に合致するものである。原告は、気化器とバーナーが構造上独立しており、ノズルで連結されていること、かつ、液体燃料が気化した状態でノズルからバーナー内に噴出されることが本件発明の採用する方式である旨主張するようであるが、本件発明の特許請求の範囲には、そのような記載はない。
また、本件発明の課題及び解決手段はいずれもブンゼン気化式に特有のものではないから、本件明細書の記載を参酌したとしても、本件発明をブンゼン気化式のものに限定して解釈する理由はない。
ロ 引用例1には、「気化式燃焼器」(特許請求の範囲)、「一般に気化式の燃焼器は燃焼室に液体燃料を気化させるヒータが組込んであり、運転開始と同時に通電されて発熱するようになっている。このため使用開始時には上記ヒータが液体燃料を気化するまでの間待たなければ燃焼を開始させることができないといった問題がある。」(1頁左下欄19行ないし右下欄4行)との記載があり、これらの記載から、引用例1記載の発明は、液体燃料を気化させたものを燃焼させる方式の液体燃料燃焼装置に関するものであることが分かるから、この点で本件発明と一致する。
(2) 取消事由2について
イ 引用例2には、「加熱されたバーナに液体燃料を噴霧し気化させて燃焼させる液体燃料燃焼バーナを使用した温水ボイラー」(特許請求の範囲)との記載があるから、引用例2記載の発明も液体燃料を気化させたものを燃焼させる方式の液体燃料燃焼装置に関するものであることが分かる。
ロ 引用例3記載の発明も、気化装置に液体燃料を流入させて得られる気化ガスをバーナーで燃焼させる液体燃料燃焼装置に関する発明である。
ハ 本件発明と引用例1記載の発明は、液体燃料を気化させたものを燃焼させる方式の液体燃料燃焼装置に関するもので、かつ、燃焼停止中に気化装置を保温して次の燃焼開始に備えるという機能を有する点が共通しているから、原告主張に係る技術的課題の原因となるところの燃焼再開時に直ちに点火動作が行われるよう気化装置を液体燃料が燃焼可能な温度に保持制御するようなものでは常時気化装置が高温度に保持され、更に、消火中は液体燃料の流入がないこと及び消火中に気化装置が高温に加熱されることは、ブンゼン気化式に限らず、「気化装置に液体燃料を流入させて得られる気化ガスをバーナーで燃焼させる」すべての方式においても生じるものである。したがって、当業者が、燃焼停止中の気化装置を液体燃料が燃焼可能な温度に保持制御することを特徴とする引用例1記載の発明から、原告主張に係る技術的課題を想定することは容易である。
そして、その技術的課題を解決するためには、燃焼停止中に気化装置を保温する温度を下げたり、必要に応じて保温装置のスイッチを切ったりすればよいことは当業者なら容易に推考できるし、かつ、本件発明の効果は、単にこれらの寄せ集めにすぎず、当業者に予期できない効果ではない。
ニ 仮に本件発明がブンゼン気化式に限定されるものであるとしても、本件発明の技術的課題も解決手段も、電熱ヒーターを用いる気化装置を有する液体燃料燃焼装置に共通である。したがって、上記ハで述べたことは、何ら変わるものではない。
第4 証拠
証拠関係は、本件記録中の書証目録のとおりであるから、これを引用する。
理由
第1 請求の原因1ないし3の事実は当事者間に争いがない。
第2 甲第2(本件公告公報)、第3号証(平成4年6月29日付手続補正書)によれば、本件明細書には、本件発明について、次のとおりの記載があることが認められる。
1 「本発明は暖房機に用いられる液体燃料燃焼装置に関し、特に液体燃料を電気ヒーターを備えた気化装置で気化ガスとし、これを燃焼させる燃焼装置に関する。」(本件公告公報1欄13行ないし16行)、「気化ガスを燃焼させる方式は、・・・室内開放型の暖房機に広く用いられているところである。しかし、係るガス化燃焼方式は予熱時間が長くかかる点で使い勝手が悪い。すなわち、液体燃料をガス化させるには、気化装置の温度が高くなければならず、そのため運転開始操作がなされて、気化装置に備えられた電熱ヒーターに電力を供給した以後、一般に数分間は燃焼が行われないものであった。・・・ところで、燃料制御により燃焼が停止しているときには、燃焼再開時に直ちに点火動作が行われるよう気化装置を所定温度に保持制御するようにしたものが知られているが、このものは燃焼再開時に直ちに点火動作が行われるようにしたことによって、常時気化装置が高温度に保持され、さらに消火中は液体燃料の流入がないので、気化装置の温度が不均一となり所定温度より高温になる部分も生ずる。このため長時間高温に加熱される部分は酸化損傷して油漏れの原因となり易く、火災予防上危険である。また消火中に気化装置が高温に加熱されるため、熱が伝わって暖房機の外装が暖かくなるので、消火していないのではないかと使用者に不安を与えるものである。」(同1欄22行ないし2欄3行、上記手続補正書2頁6行ないし3頁6行)、「本発明は少ない電力で予熱時間を短縮して暖房機の使い勝手を向上させることができると共に、気化装置が燃焼中よりも高温となる部分を生じ、この高温部分が酸化損傷して油漏れの原因となったり、又は暖房機の外装が暖かくなって消火が確実に行われていないのではないかと使用者に不安を与えることがない液体燃料燃焼装置を提供しようとするものである。」(同3頁10行ないし17行)
2 本件発明は、特許請求の範囲記載の構成を備える。(同5頁1行ないし末行)
3 「本発明の液体燃料燃焼装置は、・・・入切スイッチをオンにしておけば、少ない電力で予熱時間を短縮して暖房機の使い勝手を向上させることができると共に、従来品のように気化装置が燃焼中よりも高温となる部分を生じ、この高温部分が酸化損傷して油漏れの原因となるような耐久性を損なうことがないから安全性を向上でき、又従来品のように暖房機の外装が暖かくなって消火が確実に行われていないのではないかと使用者に不安を与えることがない等の効果がある。」(同4頁4行ないし末行)
第3 審決の取消事由について判断する。
1 取消事由1について
(1) 原告は、本件発明は、ヒーターを内蔵した気化装置(気化器)に灯油を流入させて気化を行い、ノズルからバーナーに気化ガスを噴出させ、この気化ガスの噴出する力を利用して一次空気を引き込んでバーナー内で混合させ、点火プラグで燃焼を行う気化ガス方式の液体燃焼装置であって、業界においてはブンゼン気化式と称されるものである旨主張する。
しかし、本件発明の特許請求の範囲には、燃焼装置の構成について、「気化装置に液体燃料を流入させて得られる気化ガスをバーナーで燃焼させる液体燃料燃焼装置」と記載されているところ、本件明細書には、それ以上に、これを限定するような記載はないから、本件発明が上記ブンゼン気化式のものに限定されると解することはできない。
また、甲第8号証によれば、日本工業規格の石油燃焼機器の区分においては、「気化式」とは、燃料を気化室又は気化管内で蒸発させた後、燃焼部で燃焼させる方式で、気化部と燃焼部が区分されているものをいうことが認められるけれども、上記本件発明の特許請求の範囲の記載に徴すれば、本件発明が日本工業規格の「気化式」のものに限定されると解することもできない。
(2) 甲第5号証によれば、引用例1には、「本発明は気化式燃焼器の燃焼制御装置に関するもの・・・である。一般に気化式の燃焼器は燃焼室に液体燃料を気化させるヒータが組込んであり、運転開始と同時に通電されて発熱するようになっている。このため使用開始時には上記ヒータが液体燃料を気化するまでの間待たなければ燃焼を開始させることができないといった問題がある。」(1頁左下欄17行ないし右下欄4行)、「以下その実施例を図面に従って説明する。第1図は単なる燃焼器、すなわち調理器等のバーナとして用いたときの制御回路」(1頁右下欄13行ないし15行)との記載があることが認められ、上記事実によれば、引用例1記載の発明は、気化装置に液体燃料を流入させて得られる気化ガスをバーナーで燃焼させる液体燃料燃焼装置であるものと認められる。
そうすると、甲第5号証によれば、引用例1記載の発明は、該気化装置に液体燃料を流入させて得られる気化ガスをバーナーで燃焼させる液体燃料燃焼装置において、運転スイッチのオフ中に気化装置を保温温度に保つ気化装置保温手段を設けた液体燃料燃焼装置である点で、本件発明と一致するものと認められる。したがって、この点を一致点とした審決の認定に誤りはないというべきである。
2 取消事由2について
(1) 甲第6号証によれば、引用例2には、「バーナを電気ヒータで加熱し、加熱されたバーナに液体燃料を噴霧し気化させて燃焼させる液体燃料燃焼バーナを使用した温水ボイラー」(1頁左下欄5行ないし7行)、「燃料通路(6)の開口部(6a)に作用する吸引力により液体燃料が吸引霧化される。霧化した液体燃料は気化壁(2a)によって加熱され、気化室(2)内を旋回する過程で気化して一次燃焼用空気と混合し、・・・点火プラグ(13)によって点火され、・・・一次火炎(15)を形成する。」(2頁左上欄16行ないし右上欄2行)との記載があることが認められ、上記事実によれば、引用例2記載の発明も、気化装置を電熱ヒーターにて加熱して所定温度まで達せしめ、該気化装置に液体燃料を流入させて得られる気化ガスをバーナーで燃焼させる液体燃料燃焼装置であるものと認められる。
甲第5、第6号証によれば、引用例1、2記載の発明において、気化装置を保温することは、燃焼停止中に電熱ヒーターに通電して気化装置を保温し、次の燃焼開始に備えるという点で共通することが認められる。したがって、引用例1記載の発明の気化装置の保温温度について、引用例2記載の発明を適用し、気化ガスを燃焼させ得る温度よりも低い温度とすることは、当業者が容易に想到し得たものと認められる。
(2) 原告は、引用例1、2記載の発明は噴霧方式であり、気化ガスを噴出するために気化装置を高温に加熱する構成ではないから、ヒーター予熱を行う場合に高温となる部分が生じ、酸化損傷して耐久性を損なうという技術的課題が生じないし、外装が暖かくなって消火が確実に行われていないのではないかと使用者に不安を与えるという技術的課題も生じないから、本件発明の相違点2に係る構成は、引用例1、2記載の発明から容易に推考できるものではないし、その作用効果も容易に予測できるものではない旨主張する。しかし、原告主張に係る技術的課題にかかわらず、引用例1記載の発明に引用例2記載の発明を適用することは、当業者が容易に想到し得たものと認められることは前記(1)の認定のとおりである。また、引用例1、2記載の発明はいずれも気化装置を電熱ヒーターにて加熱して所定温度まで達せしめ、該気化装置に液体燃料を流入させて得られる気化ガスをバーナーで燃焼させる液体燃料燃焼装置である以上、液体燃料が気化するような高い温度まで気化装置を電熱ヒーターで加熱するものであると認められるから、原告主張に係る技術的課題は生じないというものではなく、これを当業者が認識し得ないというものでもないし、したがって、原告主張に係る作用効果も予測できるものというべきである。
したがって、原告の主張は、採用することができない。
(3) なお、引用例3記載の発明が、気化装置を電熱ヒーターにて加熱して所定温度まで達せしめ、該気化装置に液体燃料を流入させて得られる気化ガスをバーナーで燃焼させる液体燃料燃焼装置に該当するか否かは判然としないものの、甲第7号証によれば、引用例3記載の発明は、液体燃料燃焼装置において、気化装置の保温手段を入・切する省エネスイッチを設けていることが認められるから、引用例3記載の発明が気化装置を電熱ヒーターにて加熱して所定温度まで達せしめ、該気化装置に液体燃料を流入させて得られる気化ガスをバーナーで燃焼させる液体燃料燃焼装置に該当するか否かにかかわらず、これを引用例1記載の発明に適用して、保温手段の入・切スイッチとすることに格別の困難性は認められないものである。
3 以上のとおりであるから、本件発明が、引用例1ないし3記載の発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるとした審決の認定判断に誤りはなく、審決には原告主張の違法はない。
第4 結論
よって、原告の本訴請求は、理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条を適用して、主文のとおり判決する。
(口頭弁論終結日・平成11年5月18日)
(裁判長裁判官 清永利亮 裁判官 山田知司 裁判官 宍戸充)
別紙図面1
図面の簡単な説明
第1図は本発明に関する実施例の液体燃料燃焼装置の構成図である。
2……運転スイツチ、3……入切スイツチ、4……中央制御回路、5……気化装置保温手段、8……ヒーター制御回路。
<省略>
別紙図面2
<省略>
理由
1. 本件発明
本件特許第1904449号に係る発明(昭和60年8月22日出願。平成7年2月8日設定登録。以下「本件発明」という。)の要旨は、願書に添付された明細書及び図面の記載からみて、その特許請求の範囲に記載された次のとおりのものと認める。
「運転スイッチ、中央制御回路、ヒーター制御回路を備え、気化装置を電熱ヒーターにて加熱して所定温度まで達せしめ、該気化装置に液体燃料を流入させて得られる気化ガスをバーナーで燃焼させる液体燃料燃焼装置において、運転スイッチのオフ中に気化装置を気化ガスをバーナーで燃焼させ得る所定温度よりも低い保温温度に保つ気化装置保温手段と、該気化装置保温手段の動作を入・切する入切スイッチを設けたことを特徴とする液体燃料燃焼装置。」
2. 引用例
これに対し、無効審判請求人・三菱電機株式会社の提出した甲第1号証(特開昭55-77630号公報)、甲第2号証(特開昭57-74516号公報)、甲第3号証(特開昭58-200924号公報)には、それぞれ次の事項が記載されている。
(1) 甲第1号証刊行物
イ) 切換スイッチ5、制御回路を備え、気化装置をヒータ2にて加熱して所定温度まで達せしめ、該気化装置に液体燃料を流入させて得られる気化ガスをバーナで燃焼させる液体然料燃焼装置において、切換スイッチ5のヒータ2側への切換中に予熱スイッチ3をオンすることにより、ヒータ2に通電が継続され気化装置を燃焼中と同様の所定温度である保温度に保つ手段(第2頁左上欄第18行~右上欄8行を参照)と、前述の「切換スイッチ5のヒータ2側への切換中に予熱スイッチ3をオンすることにより、ヒータ2に通電が継続され気化装置を燃焼中と同様の所定温度である保温温度に保つ」作動中にオフすることによりヒータ2への通電を遮断可能な予熱スイッチ3(特に第1、2図の回路を参照)を設けた液体燃料燃焼装置。
ロ)切換スイッチ5は、電源スイッチ兼用のものであり(第2頁左上欄第7~9行参照)、ヒータ2と反対側のリレー4側に切換接続したときが、オンであることから、ヒータ2側への切換中はオフであること。(第2頁左上欄第7~12行参照)
ハ) 制御回路は、回路全体として、燃焼の制御、ヒータ2の制御等を行うものであること。
(2) 甲第2号証刊行物
バーナを電気ヒータで加熱し、バーナ本体中の気化室に液体燃料を流入させて得られる気化ガスをバーナで燃焼させる液体燃料燃焼装置において、燃焼停止中にバーナを保温する保温度を気化ガスをバーナで燃焼させ得る温度よりも低い温度とすること。
(3) 甲第3号証刊行物
液体燃料燃焼装置において、気化装置の保温手段を入・切する省エネスイッチを設けること。
3. 本件発明と引用例との対比
本件発明と甲第1号証刊行物に記載されたものとを対比すると、先ず、後者における「切換スイッチ5」は電源スイッチ兼用のものであり前者における「運転スイッチ」に相当するとともに、後者における「ヒータ2」、「バーナ」はそれぞれ本件発明における「電熱ヒーター」、「バーナー」に相当する。
また、後者における「ヒータ2に通電が継続され気化装置を保温温度に保つ手段」は、前者における「気化装置保温手段」に相当する。
してみると、本件発明と甲第1号証刊行物に記載のものとは、「運転スイッチ、制御回路を備え、気化装置を電熱ヒーターにて加熱して所定温度まで達せしめ、該気化装置に液体燃料を流入させて得られる気化ガスをバーナーで燃焼させる液体燃料燃焼装置において、運転スイッチのオフ中に気化装置を保温度に保つ気化装置保温手段と、該気化装置保温手段の動作を入・切可能なスイッチを設けた液体燃料燃焼装置。」である点で一致しており、次の点で相違している。
(相違点1)
制御回路について、本件発明においては中央制御回路とヒーター制御回路から成っているのに対し、甲第1号証刊行物に記載のものでは、回路全体として、燃焼の制御、ヒーターの制御等を行うものである点。
(相違点2)
気化装置保温手段による保温温度が、本件発明においては、気化ガスをバーナーで燃焼させ得る所定温度よりも低い温度としているのに対し、甲第1号証刊行物に記載のものでは、燃焼中と同様の所定温度である点。
(相違点3)
本件発明において、気化装置保温手段の動作を入・切する入切スイッチを設けているのに対し、甲第1号証刊行物に記載のものにおける予熱スイッチは回路からして気化装置保温手段の動作を入切可能なものであるが、入切すること特に切については明記されていない点。
4. 当審の判断
そこで、上記相違点について検討する。
(相違点1)
甲第1号証刊行物に記載のものでは、回路全体として、燃焼の制御、ヒーターの制御等を行っているが、制御回路を個別の機能毎の回路により構成すること及び中央制御を行う制御手段を設けることは周知の技術であるから、制御回路を中央制御回路、ヒーター制御回路から構成し本件発明の構成とすることに格別の困難性は認められない。
(相違点2)
甲第2号証刊行物には、バーナ(本件発明の「バーナー」に相当する。)を電気ヒータ(本件発明の「電熱ヒーター」に相当する。)で加熱し、バーナ本体中の気化室に液体燃料を流入させて得られる気化ガスをバーナで燃焼させる液体燃料燃焼装置において、燃焼停止中にバーナの保温温度(本件発明における「気化装置の保温温度」に相当する。)を気化ガスをバーナで燃焼させ得る温度よりも低い温度とすることが記載されている。
甲第2号証刊行物に記載のものは、甲第1号証刊行物に記載のものと同じく、気化ガスをバーナーで燃焼させる液体燃料燃焼装置の技術分野に属するものであり、さらに両者において気化装置を保温することは燃焼停止中に電熱ヒータへ通電して気化装置を保温して次の燃焼開始に備えるという共通の機能に係るものである。してみると、甲第1号証刊行物に記載されたものにおいて、気化装置の保温温度について、甲第2号証刊行物に記載された事項を適用し、気化ガスを燃焼させ得る温度よりも低い温度とすることにより、本件発明の構成とすることは、当業者であれば容易に想到し得たものである。
なお、無効審判被請求人は、甲第2号証刊行物に記載のものは、本件発明が有しているところの「運転に際し予熱時間を必要とする保温温度に気化装置を保つとともに予熱時間を短縮し、また気化装置が燃焼中よりも高温となる部分を生じることや消火が確実に行われていないとの不安を使用者に与えることがない」作用効果を有していないものであるとの主張をしている。
しかしながら、甲第2号証刊行物に記載の技術は、前記のとおり、燃焼停止中に電熱ヒーターへ通電して気化装置を保温することで次の燃焼開始に備えているものであり、新たな運転開始時ではないにしても、次の燃焼開始に際しては、気化装置温度は気化ガスの燃焼温度より低いところから加熱を開始することから加熱時間を要するものであるとともに、その時間は気化装置が保温されていることから短縮されているものであり、本件発明と共通したものである。また、気化装置が燃焼中よりも高温となる部分を生じることや消火が確実に行われていないとの不安を使用者に与えることがないという作用効果も甲第2号証刊行物に記載された「気化装置の保温温度を気化ガスをバーナで燃焼させ得る温度よりも低い温度とする」という技術事項を甲第1号証刊行物に記載のものに適用するに際し、必然的に予測され得るものに過ぎない。
(相違点3)
甲第3号証刊行物には、甲第1号証刊行物に記載のものと同じ技術分野の液体燃料燃焼装置において、気化装置の保温手段を入・切する省エネスイッチ(本件発明における「入・切スイッチ」に相当する。)を設けることが記載されており、甲第1号証刊行物には、予熱スイッチが保温手段の動作を入切することについて明記されていないとしても、これを本件発明のように保温手段の入・切スイッチとすることに格別の因難性は認められない。
したがって、本件発明は、甲第1~3号証刊行物に記載のものから、容易に発明をすることができたものである。
5. むすび
以上のとおり、本件発明は、本件特許に係る出願の出願前に頒布された刊行物である甲第1~3号証刊行物に記載されたものに基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであって、本件特許は、特許法第29条第2項の規定に違反してなされたものであり、同法第123条第1項第2号に該当し、無効とすべきものである。