東京高等裁判所 平成10年(行ケ)130号 判決 1999年1月26日
東京都大田区東矢口2丁目6番7号
原告
株式会社三井コスメティックス
代表者代表取締役
中川高煕
訴訟代理人弁理士
天野泉
同
戸村隆
東京都中央区日本橋室町2丁目1番1号
被告
三井不動産株式会社
代表者代表取締役
田中順一郎
訴訟代理人弁理士
高橋康夫
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第1 当事者の求めた裁判
1 請求の趣旨
特許庁が平成8年審判第10673号事件について平成10年3月20日にした審決を取り消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
2 請求の趣旨に対する答弁
主文と同旨
第2 請求の原因
1 特許庁における手続の経緯
原告は、別紙商標目録記載のとおり、「mitsui」の英文字書体を図案化してなり、指定商品を平成3年9月25日政令第299号による改正前の商標法施行令による商品の区分第4類の「化粧品(薬剤に属するものを除く)」とする商標登録第2314441号商標(昭和63年4月1日商標登録出願、平成2年8月13日出願公告、平成3年6月28日設定登録。以下「本件商標」という。)の商標権者である。
原告は、平成8年6月26日、被告から、上記商標登録の無効の審判を請求され、平成8年審判第10673号事件として審理された結果、平成10年3月20日に「登録第2314441号商標の登録を無効とする。」との審決を受け、平成10年4月13日にその謄本の送達を受けた。
2 審決の理由
審決の理由は、別添審決書の理由の写しのとおりである。
3 審決を取り消すべき事由
審決の理由中、1(本件商標の構成、出願日等)、2(請求人(被告)の主張等)、3(被請求人(原告)の主張等)は認める。また、同4(判断)のうち、被告が、本件審判の請求の前に「MITSUI」の欧文字よりなり、指定商品を第3類「化粧品、せっけん類、香料類、歯磨き(平成10年2月25日付手続補正により「家庭用帯電防止剤、家庭用脱脂剤、さび除去剤、染み抜きベンジン、洗濯用漂白剤、つや出し剤、研磨紙、研磨布、研磨用砂、人造軽石、つや出し紙、つや出し布」を削除)」とする商標(以下「被告商標」をという。)を商標登録出願し、これが平成8年商標登録願第67984号として現在特許庁に係属していること、被告商標の指定商品中には本件商標の指定商品が含まれていることは認め、その余は争う。
(1) 利害関係について
審決は、被告が本件商標の登録の無効の審判を請求するについて利害関係を有すると認定判断したが、この認定判断は、次のとおり誤っている。
(イ) 被告は、現に化粧品につき被告商標を使用しておらず、将来これを使用する意思もないから、商標の登録の無効の審判を請求するについて利害関係を有する商標登録出願人ということはできない。
すなわち、商標の登録の無効の審判を請求するについて利害関係を有する商標登録出願人とは、商標法3条1項柱書に規定されているとおり、自己の業務に係る商標について使用する者であることを要するのであって、本件において、現に化粧品につき被告商標を使用しているか、あるいは、将来これを使用する意思のある者でなければならないところ、被告は、化粧品等について、被告商標を使用しようとする状況にある者であるとも、将来において使用する意思を有する者であるともいえず、その立証もない。
被告は、被告の会社登記簿の目的の(8)「ホテル、レストラン、レジャー・・・の所有、貸借及び経営」の項は化粧品の販売に関係しており、一流ホテルの多くは化粧品の販売部門を有し、あるいは、ホテル内に美容室を有してその製造や取扱いにかかる化粧品の販売も行っており、被告は、自ら及び関連子会社を通じて化粧品に関する業務も行っている旨主張するが、一般にホテル内に化粧品を販売するテナントが存在するものの、この場合、ホテル側は、他人に有償で化粧品売場を提供しているだけであって、自らが化粧品の販売等を行っているのではないから、化粧品の業務を行っているとはいえない。
(ロ) 審決は、本件商標と被告商標とは、「ミツイ」という称呼を共通にし、被告商標の登録出願の指定商品中には本件商標の指定商品と同一又は類似の商品が含まれているので、被告商標の商標登録出願は、本件商標を引用されて商標法4条1項11号の規定に該当するとして登録を拒絶されるおそれがあると判断しているが、被告は、本件審決時において、被告商標の商標登録出願について本件商標を引用した拒絶理由の通知を受けていなかったのであるから、その登録出願を拒絶されるおそれがあるとはいえない。
また、上記のとおり、被告商標の商標登録出願が拒絶理由の通知を受けているものの、本件商標は引用されていないこと、その他出願の経緯に照らすと、本件商標の存在は、被告商標にとって直接かつ具体的な障害となるものとはいえず、被告は、これを排除すべく本件商標に対して法的影響力を及ぼしうる関係にあるものとはいえず、本件商標が存在することによって直接不利益を被る関係にはない。
(ハ) 以上のとおり、被告が本件商標の登録の無効の審判を請求するについて利害関係を有するとした審決の認定判断は誤っており、審決は、違法であって、取り消されるべきである。
(2) 商標法4条1項15号該当性について
審決は、本件商標の登録は商標法4条1項15号の規定に違反して登録されたものであると認定判断したが、この認定判断は、次のとおり誤つている。
(イ) 審決は、引用商標原びその使用に係る商品について具体的に特定せずに、本件商標は引用商標と類似し、出所の混同を生ずるおそれがあると認定判断しているが、誤っている。
すなわち、商標法4条1項15号の規定が適用されるためには、被告及びその関連会社が実際に使用しているという商標及びその使用に係る商品を具体的に特定しなければならず、特に、使用により広く認識されたという商標や被告商標のようにありふれた氏に通じる商標にあっては、称呼や観念というよりは外観を重視し、それに取引の実情をも考慮して、本件商標との類否判断を行うべきであるから、引用商標を具体的に特定する必要がある。
ところが、審決は、引用商標及びその使用に係る商品を具体的に特定せず、引用商標につき「MITSUI」の欧文字よりなるもの、引用商標の使用に係る商品につき「各種商品」とするのみで、本件商標と類似すると決め付け、ひいては出所について混同を生ずるおそれがあると結論付けているのであって、認定判断を誤った違法があるものである。
(ロ) 審決は、「MITSUI」の欧文字よりなるものは、三井グループ各社が、商標として各種商品若しくは各種役務に使用し、さらに、該グループに属する多数の各社が、その名称の英文字表記に使用して、本件商標の登録出願時前既に取引者、需要者間に広く認識されているものであることは、当庁においても顕著な事実であると認定しているが、誤っている。
すなわち、三井グループを構成する各企業が、本件商標出願前に、欧文字「MITSUI」を単独で商標、商号として使用している事実を見出すことはできない。確かに、三井グループを構成する企業の一部の会社が商標中若しくは欧文字企業名中に「MITSUI」の文字を含むものを使用していることは事実であるが、この欧文字「MITSUI」は必ず他の図形、記号、文字と結合されており、単独の「MITSUI」の欧文字が、三井グループの一部企業における商標、商号であり、取引者、需要者に広く認識されているとする事実及び証拠はどこにも見出すことができない。
また、「MITSUI」の欧文字は、ありふれた氏である「三井」の英文表示にすぎないから、不特定多数の氏「三井」を連想するものであって、直ちに三井グループやこれに属する企業のみを連想するものとはいえない。
審決は、本項第一文の事実が特許庁においても顕著な事実であると認定しているが、本件においては、少なくとも商標担当の審査官、審判官の間において顕著な事実であると解すべきであり、そうすると、特許庁においても顕著な事実であるとの認定は、誤っている。そのうえ、商標担当の審査官、審判官の間において、「MITSUI」の欧文字よりなる商標が取引者、需要者の間に広く認識されていることを顕著な事実として認識していたともいえない。また、引用商標が取引者間に広く認識されているか否かの認定は、その商標の使用開始時期、使用の期間及び地域、商品の生産等の数量、広告宣伝の方法、その回数や内容等の事実を、被告の提示した伝票類、広告宣伝が掲載された新聞等の印刷物、各種証明等によって確認し、確認することができた事実を総合的に勘案して行うべきであるところ、審決は、このような結論に重大な影響を及ぼす事項について何らの判断もせず、「特許庁においても顕著な事実である」としているのであり、独断的であって、審理を尽くしたものとはいえない。
(ハ) 商標法4条1項15号所定の混同を生ずるおそれがあるか否かの認定については、本件商標の指定商品である化粧品と引用商標の使用に係る商品とにおける商品間の関連性の有無、すなわち、それら商品の用途、原材料、流通経路等の共通性の有無についても十分に考慮して判断すべきところ、審決は、この点に関し何らの判断もしておらず、その結論に影饗を及ぼす重要な事項について判断を遺脱している。
化粧品の広告は、他の商品と異なり、国民の保健衛生上極めて影響が大きいため、薬事法の規制を受け、また、医薬品等適正広告基準が定められ、虚偽誇大な広告を防止し、広告の適正化を図るため、厚生省及び各都道府県の広告の取締りを受ける。同じ理由で適正な広告活動となるように製造業者、広告媒体の自主規制、審査が行われている。更に、化粧品の表示に関する公正競争規約が公正取引委員会によって認定されて適正な商品選択を保護しているのが実状である。したがって、化粧品の業界では、他の商品と異なって品質、出所の混同が生じないようにする配慮がされ、これに伴って取引者が出所の混同を起こすことはない。付言するならば、化粧品は人体に影響を及ぼすものであるから、取引者、需要者はその品質や製造業者、販売業者の出所について特に自発的に注意するものである。したがって、単に商標を見ただけで化粧品を購入することはなく、出所の混同が生じるようなことはない。
(ニ) 以上のとおり、本件商標登録は商標法4条1項15号の規定に違反して登録されたものであるとする審決の認定判断は誤っており、審決は、違法であるから、取り消されるべきである。
第3 請求の原因に対する被告の認否及び主張
1 請求の原因1及び2は認め、3は争う。審決の認定判断は、いずれも正当であって、これを取り消すべき理由はない。
2 被告の主張
(1) 利害関係について
(イ) 原告は、被告商標は被告の業務に係る商品について使用するものとはいえない旨主張するが、被告の会社登記簿の目的の(8)「ホテル、レストラン、レジャー・・・の所有、貸借及び経営」の項は、化粧品の販売に関係しており、一流ホテルの多くは化粧品の販売部門を有し、あるいは、ホテル内に美容室を有してその製造や取扱いに係る化粧品の販売も行っており、被告は、自ら及び関連子会社を通じて化粧品に関する業務も行っている。
そもそも、たとえ、他人に売場を提供する場合であっても、広い意味で当該商品に関する業務を行っているのであって、当該売場における事業者の商標使用により影響を被る事態も考えられ、その業務上の利益保護の見地から、自ら登録商標を取得することが必要な場合もあるのである。
(ロ) 原告は、被告は、本件審決時において、被告商標の商標登録出願について本件商標を引用した拒絶理由の通知を受けていなかったのであるから、その登録出願を拒絶されるおそれがある場合に当らない旨主張するが、審判請求の利益の有無は、登録出願の妨げとなるおそれ、本件商標の登録があるため商標法4条1項11号の規定に該当するとして拒絶される蓋然性が合理的に認められれば十分であり、実際に拒絶理由が発せられていること、あるいは当該拒絶理由通知において引用されることを要するものではない。
また、たとえ、審査官が指摘しなくとも、商標権者の行う商標登録異議の申立て、無効審判請求において引用される可能性も否定できず、これら手続において引用されるおそれのある商標、例えば、本件商標の存在が合理的に認められるような場合には、被告商標の商標登録出願の遂行、登録の維持のため妨害となりうる本件商標の登録を取り消す法律上の必要性があり、被告は本件審判請求をするについて請求の利益を有するものであるところ、本件において、原告から本件商標が被告商標と類似すると主張され、本件商標の存在のために被告商標の商標登録出願が商標法4条1項11号の規定の適用により拒絶されるおそれが否定できない以上、被告は、本件無効審判を請求するについて法律上の利害関係を有するものである。
(2) 商標法4条1項15号該当性について
(ィ) 原告は、審決は、引用商標及びその商標の使用に係る商品について具体的に特定せずに、本件商標は引用商標と類似し、出所の混同を生ずるおそれがあると認定判断しているが誤っている旨主張するが、被告及びその関連会社はいわゆる三井グループと称され、「MITSUI」、「三井」の文字は、三井グループ各社が使用する商号、商標などの表記として本件商標の商標登録出願時に広く認識されていたものであり、このことは、被告及びその関連会社各社の活動や商品、役務を一々列挙するまでもなく、その著名性は公知の事実であって、特許庁における顕著な事実でもある。広範な業務を営む三井グループ各社、構成各社の商標と本件商標とは、商品又は役務を列挙するまでもなく、混同のおそれがあることは明白であって、審決の判断の合理性、判断の基礎は客観的かつ明瞭に示されており、審決に違法はない。
(ロ) 原告は、単独の「MITSUI」の欧文字が、三井グループの一部企業における商標、商号であり、取引者、需要者に広く認識されているとする事実及び証拠はどこにも見出すことができない旨主張するが、「三菱グループ」、「住友グループ」等の企業グループと同様、「三井グループ」が我が国経済界において重要な地位を占め、その標章「三井」、「MITSUI」が「三井グループ」の構成各企業を表わす標章として著名であることは公知の事実である。三井グループ及びその標章の著名性は、格別の証拠によることなく当然かつ明白な事実であって、たとえ、証拠によらずに認定しても合理的な判断として何ら問題はない。
(ハ) 原告は、商標法4条1項15号所定の混同を生ずるおそれがあるか否かの認定については、本件商標の指定商品である化粧品と引用商標の使用に係る商品とにおける品間の関連性の有無、すなわち、それら商品の用途、原材料、流通経路等の共通性の有無についても十分に考慮して判断すべきところ、審決は、この点に関し何らの判断もしておらず、その結論に影饗を及ぼす重要な事項について判断を遺脱している旨主張するが、被告をはじめとする三井グループ各社は広範な業務を営んでおり、高い著名性を有するに至っており、特別な事情のない限り、これが広い範囲の商品や業務について使用されれば出所の混同を生じるおそれがあるのであって、審決に何ら判断の遺脱はない。
また、原告は、化粧品の業界では、他の商品と異なって品質、出所の混同が生じないようにする配慮がされ、これに伴って取引者が出所の混同を起こすことはない旨主張するが、化粧品について薬事法により製造業者の許可制が採られ、容器等に製造業者等の名称及び住所を記載することが義務付けられており、また、化柱品の広告は薬事法の規制を受け、その広告について厚生省及び都道府県の取締りを受け、公正競争規約が認定されているとしても、かかる規制と混同の生じるおそれの有無判断とは無関係である。薬事法による表示や化粧品の広告における規制は、その各々の法の目的及び見地からされるものであって、混同を防止する趣旨ではない。各々の法律は、本質的に別の問題、別の観点からの規制であって、これら認可の取得は、他人の商標と混同が生じないことを確認したり、これを考慮してされるといったものではない。
確かに、化粧品にあっては、他の商品に比してより慎重な商品選択を期待しうるとしても、「mitsui」の文字からなり「ミツイ」の称呼が生じる本件商標が化粧品について使用されれば、これに接する取引者、需要者は当該商品が三井グループ、同グループ構成会社の製品であるかのように混同するおそれがあることを否定できないことは、他の一般需要者向け商品の場合とさほど相違するものではなく、商品が化粧品であることによって、自他商品の識別に際し、格別高い注意が払われるものではなく、出所の混同について特に緩く解釈されるべき事情はない。
第4 証拠
証拠関係は、本件記録中の書証目録に記載のとおりであるから、これを引用する。
理由
第1 請求の原因1(特許庁における手続の経緯)、2(審決の理由)は当事者間に争いがない。
第2 審決を取り消すべき事由について判断する。
1 利害関係について
(1) 本件商標が、別紙商標目録記載のとおり「mitsui」の英文字書体を図案化してなり、指定商品を商品の区分第4類「化粧品(薬剤に属するものを除く)」とする登録商標であること、被告商標が、「MITSUI」の欧文字よりなり、指定商品を第3類「化粧品、せっけん類、香料類、歯磨き」として商標登録出願し、これが平成8年商標登録願第67984号として現在特許庁に係属していることは、当事者間に争いがない。
後記認定のとおり、被告は、三井財閥の解体の後に、三井財閥の傘下にあった三井系企業中の直系会社、準直系会社が中心となって結束し、三井グループと称されている企業集団の一員であり、また、被告は、「三井」の文字からなる標章及び井桁のマーク中に漢数字の「三」を配した標章(以下「井桁三マーク」という。)を商号、商標として使用することによって築き上げてきた名声及び信用を保護し、上記標章の有する出所識別機能を維持するために結成された三井商号商標保全会の幹事会社であることが認められ、また、乙第2号証の1ないし、3及び弁論の全趣旨によれば、被告と同じく三井系企業で、かつ、三井商号商標保全会に属する三井物産株式会社は、平成4年3月27日、井桁三マークに「MITSUI」の欧文字を横書きしてなり、指定商標を商品及び役務の区分第4類として商標登録出願(商願平4-39271号)したところ、平成5年7月30日、原告から、本件商標等を引用しての商標登録異議の申立てを受けたことが認められる。
(2) 上記事実によれば、本件商標は「mitsui」の英文字書体を図案化してなるもの、被告商標は「MITSUI」の欧文字よりなるもので、いずれも「ミツイ」の称呼を同一にするものであって、この被告商標の商標登録出願は、現に特許庁に係属しているところ、「三井」の文字からなる標章及び井桁三マークによる三井系企業の名声及び信用の保護、出所識別機能の維持という共通の目的の下に被告その他の三井系企業と結束している三井物産株式会社が、原告から、本件商標を引用しての商標登録異議の申立てを受けているのであるから、上記被告商標が商標登録された場合においても、原告から、本件商標を引用しての商標登録異議の申立てを受ける可能性がないとはいえず、したがって、被告商標の商標登録出願が商標法4条1項11号の規定に該当するとしてその登録を拒絶されるおそれがないとはいえない。
そうすると、被告は、本件商標の登録の無効の審判を請求する法律上の利益を有するものと解するのが相当である。
(3) 原告は、被告が現に化粧品につき被告商標を使用しておらず、将来これを使用する意思も認められないから、商標の登録の無効の審判を請求するについて利害関係を有する商標登録出願人とはいえない旨主張するので、検討する。
乙第45号証によれば、被告は、その業務の1つとしてショッピングセンター、ホテル、スポーツ・レジャー施設の事業を営み、そのうちホテル事業においては、「ホテルサシガーデン」シリーズと「三井ガーデンホテル」シリーズを展開して、高級ホテルの営業を行っていることが認められるところ、この種ホテルの客室には各種洗面用品、化粧品が備え付けられたり、提供されたりしていることは周知の事実である。
また、乙第45号証、乙第55号証、乙第56号証の1ないし5及び弁論の全趣旨によれば、被告は、ショピングセンター・流通事業として傘下に株式会社ユニリビングという関連会社を有しているところ、同社は、関東を中心にホームセンター「ユニディ」及び食品スーパー「ユニマート」、レジャー専門店など多数の店舗を経営しており、「ユニマート」においては、化粧品を販売していることが認められる。
更に、乙第57号証及び乙第58号証によれば、被告は、生活雑貨とインテリアを取り扱う直営店「リヴァンス」を首都圏を中心に事業展開することにし、平成10年6月に開業した玉川高島屋S・Cガーデンアイランド内に470平方メートルの売場面積で出店し、同店において、生活雑貨の1つとして化粧品、石鹸などを販売していることが認められる。
以上によれば、被告は、自らあるいは関連会社を通じて現に化粧品の販売をしているのであるから、原告の上記主張は、その前提を欠き、採用することができない。
(4) 原告は、被告は、本件審決時において、被告商標の商標登録出願について、本件商標を引用した拒絶理由の通知を受けていなかったのであるから、その登録出願を拒絶されるおそれがあるとはいえない旨主張する。
しかしながら、被告が、本件審決時において、被告商標の商標登録出願について本件商標を引用した拒絶理由の通知を受けていなかったとしても、今後、特許庁が本件商標を引用して被告商標の商標登録出願を拒絶するおそれがないとはいえないのであるから、原告の上記主張も、採用することができない。
被告のその余の主張も、前記認定判断に照らし、採用の限りでない。
2 商標法4条1項15号該当性について
(1) 乙第23号証、第24号証、第26号証、第27号証、第29号証ないし第34号証、第53号証及び第54号証によれば、次の事実が認められる。
(ィ) 三井系企業の事業の歴史は、古く江戸時代にさかのぼるものであり、延宝元年(1673年)に、三井高利が伊勢松坂から江戸に出て家業として呉服業、両替業を営んだことに始まる。三井高利及びその子孫は、これを承継し、元禄年間には徳川幕府の御用商人となるなどして、江戸時代を通じて大いに繁栄した。
(ロ) 明治時代になると、三井一族は、明治9年に我が国で初めて民間銀行である三井銀行を設立し、これと並行して、同年、三井物産を創立した。三井一族は、我が国の富国強兵、殖産興業の国策に協力して資本を蓄積し、明治42年には、銀行、物産、鉱山の三基幹企業を株式会社組織に改めるとともに、三井家一族の同族会の管理部を法人化して三井合名会社を設立し、三井一族が株式を通じて傘下の企業を支配するという財閥の体制を整えた。三井財閥の傘下の企業のうち主要な企業10社を直系会社、これらに次いで重要な企業12社を準直系会社と称していた。ちなみに、被告は、昭和16年7月、三井合名会社の不動産部門を分離し、全株三井一族所有のもとに設立された会社である。
(ハ) 三井財閥の事業は、明治時代から大正時代を経て戦後の財閥解体に至るまで、国策と歩調をあわせて事業を拡大し、傘下の企業を増やし、我が国最大の財閥として繁栄を続けた。三井財閥の持株会社は、三井合名会社から昭和15年には三井物産株式会社へ、昭和19年には株式会社三井本社へと変遷し、株式会社三井本社の株式投資の対象となっていた企業は200社を超え、その払込資本金の額は、我が国の全会社資本総額の9.5%に達していた。
(ニ) 三井財閥が昭和21年の財閥解体により消滅すると、その傘下にあった多数の会社は、三井一族の支配から独立することとなったが、これら三井系企業は、昭和25年頃になると次第に接近して相互の親睦、情報交換等を図るようになり、やがて前記直系会社、準直系会社が中心となって、三井グループと称される企業集団が形成されるに至った。三井系企業は、グループ内で相互に系列融資や株式の持合いをしたり、その他の事業協力をしたりし、また、共同で研究機関、公報機関、親睦施設等を設置するなどして結束し現在に至っている。
(ホ) 三井一族の事業においては、創業以来、丸の中に井桁三マークを配した標章を商号、商標として使用してきたところ、これが、三井財閥、三井グループの時代にも引き継がれ、三井系企業は、三井財閥の傘下にあったときも、財閥解体後も、「三井」の文字からなる標章あるいは井桁三マークを商号若しくは商標として営業活動に使用し、名声と信用を築き上げてきている。そして、三井系企業は、前記直系会社、準直系会社などの有力企業が中心となって、上記商号、商標の使用によって築き上げられてきた名声及び信用を保護し、上記標章の有する出所識別機能を維持するために、三井商号商標保全会という組織を開設し、被告は、その幹事会社となっている。
(2) 上記認定の事実によれば、三井系企業は、その業種にかかわらず、また設立時期に相違があるものの、三井財閥の傘下にあった時代以来、「三井」の文字からなる標章を自己の商品若しくは役務であることを示す標章として使用して、永年にわたり営業活動を続け、三井系企業としての名声と信用を築き上げてきたものであって、三井系企業の全体としての事業規模の大きさ、営業活動の期間の長さを考慮すると、「三井」の文字からなる標章は、三井系企業の商品若しくは役務を表示するものとして、本件商標の登録出願の日前に、取引者、需要者間に広く認識され、全国的に著名となっていたことが認められ、このような取引の実情のもとにおいて、「三井」といえば、三井系企業の商品若しくは役務を想起させる機能を持つに至っているものと認められる。
(3) ところで、本件商標は、別紙商標目録記載のとおり「mitsui」の英文字書体を図案化してなるものであるが、文字部分の上下に引かれた2本の直線はそれ自体特段の意味を有するものではないから、要部は「mitsui」の英文字にあると認められるところ、「mitsui」の英文字は、「ミツイ」と発音され、上記のとおり著名商標である「三井」と称呼を共通にするから、三井系企業の商品若しくは役務を表示するものと認識させるものである。
そうすると、原告が、本件商標をその指定商品である化粧品について使用する場合、これに接する取引者、需要者は、その商品が被告及びその関連会社その他の三井グループに属する会社の業務に係る商品であるかのように商品の出所について混同を生ずるおそれがある。
(4) 審決は、被告及びその関連会社は、我が国有数の企業グループを構成し、その業種は広範にわたり、これがいわゆる三井グループと称され、また、「MITSUI」の欧文字よりなるものは、該グループ各社が、商標として各種商品若しくは各種役務に使用し、更に、該グループに属する多数の各社が、その名称の英文字表記に使用して、本件商標の登録出願時前既に取引者、需要者間に広く認識されているものであることは、当庁においても顕著な事実であると認定しているところ、本件全証拠によれば、「MITSUI」の欧文字よりなる標章が、被告を含む三井系企業が一部使用している事実を認めることができるものの、未だ被告の営業活動に使用して著名となっている商標であると認めるには足りず、審決の上記認定は誤っているといわざるをえない。
しかしながら、商標法4条1項15号の規定は、「他人の業務に係る商品又は役務と混同を生ずるおそれがある商標」について商標登録を受けることができないと定めているのであって、他人の周知ないし著名商標と類似することを要件としているものではないところ、審決が著名商標と誤認した「MITSUI」は、著名商標である「三井」を欧文字で表示したものにすぎないから、被告が本件商標をその指定商品について使用する場合、被告及びその関連会社の業務に係る商品であるかのように商品の出所について混同を生ずるおそれがあるとの審決の判断は、その結論において相当である。
原告は、三井グループを構成する各企業が、本件商標出願前に、欧文字「MITSUI」を単独で商標、商号として使用している事実を見出すことはできず、審決が上記使用の事実は「特許庁においても顕著な事実である」としたことは独断的であって、審理を尽くしたものとはいえないなどと主張するが、これらの主張は、上記認定判断に照らし、審決の上記判断を左右するものではなく、採用することができない。
なお、原告は、「MITSUI」の欧文字は、ありふれた氏である「三井」の英文表示にすぎないから、不特定多数の氏「三井」を連想するものであって、直ちに三井グループやこれに属する企業のみを連想するものとはいえない旨主張するが、これらの文字を商標として使用する前記認定の取引の実情のもとにおいては、前記認定のとおり、「三井」といえば、三井系企業の商品若しくは役務を表示するものと認識させる機能を持つに至っているものであるから、原告の上記主張も、採用の限りでない。
(5) また、原告は、化粧品の業界では、他の商品と異なって品質、出所の混同が生じないようにする配慮がされ、これに伴って取引者が出所の混同を起こすことはないと主張する。
しかしながら、本件全証拠によっても、化粧品の業界では、他の商品と異なって品質、出所の混同が生じないようにする配慮がされていると認めるに足りない。
原告主張のとおり、化粧品について薬事法による規制等が行われているとしても、薬事法による規制等は、商標法にいう出所の混同を防止するためにされているものではなく、また、この規制等によって出所の混同のおそれが生じることもあり得ないとはいえないから、上記規制等の事実は、前記(3)の認定判断を覆すに足りない。
(6) 以上によれば、本件商標の登録は、商標法4条1項15号の規定に違反して登録されたものであって、同法46条の規定に基づき、その登録を無効とすべきであるとした審決の判断は、相当である。
第3 よって、審決の取消しを求める原告の本訴請求は、理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条を適用して、主文のとおり判決する。
(口頭弁論終結日 平成10年11月26日)
(裁判長裁判官 清永利亮 裁判官 春日民雄 裁判官 宍戸充)
別紙 商標目録
<省略>
理由
1.本件登録第2314441号商標(以下、「本件商標」という。)は、別紙に表示したとおりの構成よりなり、昭和63年4月1日登録出願、第4類「化粧品(薬剤に属するものを除く)」を指定商品として、平成3年6月28日に設定登録されたものである。
2.請求人は、結論同旨の審決を求めると申し立て、その理由及び答弁に対する弁駁を概略次のように述べ、証拠方法として、甲第1号証乃至甲第48号証(枝番を含む。)を提出している。
(1)請求人は、「三井グループ」の商号、商標を管理、保全する三井商号商標保全会(以下、「保全会」という。)の幹事会社として、請求人をはじめとする三井グループ各社の基本商標「三井」及び「MITSUI」を保護し、そこに化体する業務上の信用の維持保全を図り、請求人及び三井グループ各社の商標登録取得の途をひらくため本件審判請求を行うものである。
本件商標は、「mitsui」からなるものであり、これがその指定商品について使用されると、恰も請求人を含む企業グループとして周知、著名な三井グループ内の企業の業務に係る商品である如く、商品の出所について誤認混同を生じさせるおそれがあり、商標法第4条第1項第15号、同第8号及び第10号に該当し、同法第46条の規定に基づき無効とされるべきであると思料する。
(2)戦後の改革により「三井財閥」は解体されたが、引き続き「三井」、「ミツイ」、「MITSUI」及び「みつい」は、三井の商号商標と従来の歴史を通じ企業相互が結集する三井グループを指称するものとして一般に認識され、三井グループ各社は三井グループの一員ということで多大な信用を得ている。一方で「三井」は、一般的な氏姓としての側面を有する。
しかしながら、商標は、商品流通あるいは役務の提供に際し、識別標識として機能する標識であって、商標の機能する場である現実の経済社会において、特に我が国における姓の表示とは認められていない欧文字で「MITSUI」あるいは「mitsui」と表示された場合には、恰も三井グループに属する企業の商標である如く認識される可能性が高い。
<1>商標法第4条第1項第15号の適用について。
本件商標は、別紙に示すとおり、上下の水平線に挟まれその内部に表された文字は、多少図案化された構成からなるものであるが、これが「mitsui」を表したものであることは容易に認識されるところである。
ここにおいて、「三井」、「ミツイ」、「MITSUI」及び「みつい」といえば、三井グループ及びその構成企業の商号要部並びに商標として、本件商標が登録出願された以前において広く知られていたことは明白である。
本件商標は、「化粧品」を指定商品として登録されたものであるが、かかる商品は、請求人あるいは多数におよぶ請求人の子会社、さらには三井不動産株式会社、三井東圧化学株式会社及び三井石油化学工業株式会社など三井グループ各社の業務と密接に関連するところである。
よって、本件商標がその指定商品に使用されれば、これに接する取引者、需要者は、これが恰も三井グループを構成する企業の取扱いに係り、あるいはその関連企業の業務に係るものである如く、商品の出所について混同を生じさせるおそれが大きい。
<2>商標法第4条第1項第8号の適用について。
三井グループ各社は、「三井」の商号及び商標を保護すべく保全会を設立し結集している。本件商標の登録出願前の昭和60年の時点で143社が保全会に結集しており、その正会員会社51社中の39社、準会員会社92社中86社が「三井」をその商号中に使用している(甲第34号証)。
例えば、三井金属鉱業株式会社、三井建設株式会社、三井鉱山株式会社、大阪商船三井船舶株式会社、三井生命保険相互会社、三井石油化学鉱業株式会社、三井倉庫株式会社、三井造船株式会社、三井物産株式会社及び請求人等「三井」を要部とする三井グループ各企業はいずれも著名な会社として知られ、各産業分野において「三井」、「ミツイ」、「MITSUI」及び「みつい」といえばこれら各企業を指すものとして認識されている。
保全会は、商号商標の適正な管理のため、「三井」、「ミツイ」、「MITSUI」及び「みつい」を商標及び商号の一部として使用するに際しては、事前に同会の承認を得ることとしているが、本件商標の登録出願及び使用に際し、同会が承認を与えた事実はない。
よって、本件商標がその指定商品について使用されれば、「三井」の商号及び商標を背景として結集する三井グループ及び構成各社の人格権が毀損されるおそれがあることを否定できない。
<3>商標法第4条第1項第10号の適用について。
「三井」、「ミツイ」、「MITSUI」及び「みつい」は、三井グループ及びその構成各社を総称するものとして知られ、構成各社の多くは「三井」を商号の一部として使用してきた。このためこれらの各社の製造、販売に係る商品のハウスマークとして「三井」、「ミツイ」及び「MITSUI」が使用される場合も多く、三井グループの著名性と相まって「三井」、「ミツイ」及び「MITSUI」は、三井グループ各社の取り扱いに係る商品及びサービスの商標として、本件商標が登録出願された以前において既に周知、著名なものとなっていた。
前述したとおり、本件商標は、「mitsui」の文字からなるものとして理解され得ることを否定できない。
よって、本件商標は、これが三井グループ各社の商標であり、保全会により管理、保管されている商標「三井」、「ミツイ」、「MITSUI」及び「みつい」と称呼において一致する類似商標であることが明白である。
ここにおいて、三井グループに属する各企業は、「三井」、「ミツイ」、「MITSUI」及び「みつい」を付した商標を本件指定商品に関して使用しており、その商品が抵触することも明白である。
(2)被請求人は、混同を生じるおそれは引用される商標が必ず使用されていることを前提とするものである旨論旨展開しているが、出所の混同の有無を判断するにあたり、商品について使用されている場合のみならず、サービスマークあるいは商号中の一部に使用されている場合においても混同が生じるおそれがあるとされるべきことは当然である。
つぎに、薬事法に基づき、化粧品の製造者名等を記載することと商標法にいう出所の混同の有無とは全く関係がなく、また、女性等が需要者となることを理由に化粧品について、「mitsui」を使用しても三井グループと混同を生ずるものではないという主張も、三井グループの著名性は、各層において広く認識されているところから認められない。
さらに、不正競争防止法における保護主体に関し、旧財閥系の企業グループについて、同系諸会社が主体として被る不利益は結局直接間接に各社に及ぶので、同系会社の一員たる各会社は全て、同系統に属しない会社がその文字とサービスマークを使用することを排除できると判示されたことに示されているとおり、請求人は、保全会の幹事会社として、本件審判の請求をするにつき、法的利益を有するものである。
さらにまた、請求人は、本件審判の請求に先立ち商標「MITSUI」を「化粧品」を含む商品について登録出願しており(商願平8-67984)、特許庁に係属しているものであり、この登録出願が登録されるには、本件商標が無効にされる必要があり、この意味からも請求人が本件審判を請求するについて、法的な利害関係を有することは明らかである。
(3)被請求人は、乙第7号証を提出して、被請求人の主張に沿った判決であるかの如く主張するが、被請求人が指摘する第8頁裏及び同表における記述は原告の主張の要約部分であって、判決の理由は第31頁以下に示され、ここで請求の利益の有無に関する原告の主張を退け、類似する商標についての出願の存在を理由に「被告は本件審判請求の利益を有していたというべきである」(第33頁表)と明確に判示している。
3.被請求人は、本件審判の請求は成り立たない、審判費用は被請求人の負担とするとの審決を求めると答弁し、その理由を概略次のように述べ、証拠方法として乙第1号証乃至乙第7号証及び参考資料1乃至参考資料5を提出している。
(1)請求人は、「三井」、「ミツイ」、「MITSUI」及び「みつい」といえば、三井グループを指称するものとして本件商標が登録出願された以前において広く認識されていたと主張し、本件商標がその指定商品に使用されると、恰も請求人を含む企業グループとして周知、著名な三井グループ内の企業の業務に係る商品である如く、その出所について混同を生じさせるおそれがあると本件商標を無効とする理由に結びつけているが、かかる主張では、一体何が周知著名であるか明らかでない。三井グループ各企業の「丸に井けたの三文字」を共通のマークとして使用してきた事実があるとしても、単独の文字「三井」、「みつい」、「ミツイ」及び「MITSUI」なる商標を共通に使用している事実は不知であり、各甲号証からも立証されない。
被請求人の調査によれば、確かに三井物産株式会社外数社が「化粧品」以外の類で「三井」及び「MITSUI」について単独で商標登録を受けている事実は認められるが、これらが著名になっている事実は不明である。ましてや、これらが三井グループ各企業の共通の著名商標であることの証拠は見当たらない。
混同を生じるおそれは、現実に混同を生じていることを要しないにしても、引用される商標が必ず使用されていることを前提とするものであるが、実際に使用している商標及びそれが付されている商品、実際に使用している者を特定して主張すべきである。さらに、その商標の使用開始時期、使用の期間及び地域、商品の生産や譲渡の数量、広告宣伝の方法、回数及び内容等を主張、立証して初めて混同のおそれがある程度に広く認識されていたか否かが判断されるべきである。このような諸点について主張、立証がない以上、広く認識されていたか否かの判別はできないし、いわゆる周知商標として認めることもできない。
<1>商標法第4条第1項第15号について。
まず、本号の規定が適用されるには、引用商標が必ず使用されていることを要求されるものと解すべきところ、実際に使用している商標については勿論、それが付されている商品及び使用している者についても明確になされていない。
これに加えて、「三井」は極ありふれた氏であって、創造商標でなく、このことは乙第1号証乃至乙第4号証から明らかなように、「三井」の氏を持った一般人は数知れず存在し、商号中に「三井」の文字を含めた企業も多数ある。したがって、単なる「三井」、「ミツイ」等の文字から生じる称呼、外観からだけでは取引者、需要者をして三井グループ各企業を想起されることはない。例えば三井グループ若しくは三井系と表示されて初めて旧三井財閥を中心にした企業全体をイメージされると見るのが極自然である。
また、請求人のいう三井グループ各社が使用してきたものは店章であって、各社の商品に「三井」を使用する例が多いと主張するも、その使用事実は見当たらないし、立証もなされていない。三井グループを指称するものとして広く認識されていたのは少なくとも「三井」ではなく、店章と見るべきであってこの店章がいわゆるハウスークに当たる。
つぎに、請求人提出の異議決定謄本(甲第1号証の3及び甲第2号証乃至甲第22号証)は、本件商標の指定商品とは全く関係のない商品について本号を適用し拒絶された一例にすぎず、出願人の答弁や証拠が添付されていないから証拠として不十分である。
本号の適用にあたっては、まず、請求人が使用されている商標にそれが付されている商品とを具体的に挙げ、例えば納入伝票類、広告宣伝等が掲載された新聞、商品取引先の証明書等をもってその事実を立証すべきであり、さらに、本件商標の指定商品と請求人の上記商品との関連性をも具体的に明らかにすべきである。
さらに、本号における混同を生ずるおそれがあるか否かの認定にあたっては、取引の実情等個々の実態を十分に考慮すべきである。
まず、本件商標の指定商品である化粧品に関しては、その安全性の確保を図るため、薬事法をもって製造業者の許可制が採られていると共に、同法第61条の規定によって、化粧品の直接の容器等に製造業者等の名称及び住所の記載が義務づけられている(乙第5号証)。それ故取引に際しては、その化粧品を製造した者の名称等を確実に把握できるようになっているのが実情であり、少なくとも化粧品業界では出所の混同が生ずる危険はない。
つぎに、化粧品の需要者は、十代後半からの女性である。そのうち比較的若い女性にあっては、「三井」を初め「三菱」や「住友」の旧財閥について知る由もなく、それを知るのは少なくとも戦前生まれの極限られた女性だけである。これに加えて「三井」においては、女性が接し得る商品、例えば、家庭用電気製品、乗用車等の製造並びに販売をなした形跡は見当たらないし、金融機関の例でも見られるように「三井」の名称は消えつつある。それ故化粧品に接した女性が、それに付された「mitsui」の文字部分から旧財閥「三井」を想起する等あり得ないことである。よって混同を生ずる危険はない。
<2>商標法第4条第1項第10号の適用について。
本号の規定が適用されるには、使用されている商標と本件商標が同一又は類似であることの他に、商品が同一又は類似であることも要求されているにもかかわらず、請求人は、三井グループに属する各企業は「三井」、「ミツイ」、「MITSUI」及び「みつい」を付した商標を本件指定商品に関しても使用しており、その商品が抵触することも明白であると述べているにすぎない。しかし、実際に使用している商標及び商品、使用者等を具体的に主張立証すべきが当然である他、特に本件指定商品については使用された事実がないことを以下の通り立証する。
被請求人は、昭和53年に商標「三ツ井」につき化粧品を指定商品として登録出願したところ、登録第859700号商標を引用した拒絶理由が通知されたので、該登録商標の指定商品中「化粧品」について不使用による取消審判を請求したところ、該登録商標の権利者であり、三井グループの主要構成員である三井物産株式会社は、使用の事実を立証せず、「化粧品」についての登録を取り消す旨の審決が確定した(乙第6号証)。
<3>商標法第4条第1項第8号について。
三井グループ各社がその商号の一部として使用しているという「三井」は、極ありふれた氏に相当し、三井グループ各企業の統一的な氏名、略称ではなく、それらに該当するという証拠もない。
本件商標は、「ミツイ」と称呼されるかもしれないが、各文字自体が図案化され特殊な形態をなしているから、単なる氏を普通に用いられる方法で表現したものにはあたらず、他人の著名な略称に該当するものでもない。仮に、「三井」が三井グループ各社の著名な略称であるとしても、「MITSUI」、「ミツイ」、及び「みつい」までも著名な略称に該当しないことは当然である。
つぎに、請求人がいう三井グループや保全会は、任意に名付けられたもので、本号の「他人」の解釈において現存する者にあたらず、よって人格権毀損の問題が生じる余地はない。
<4>請求人の利害関係について。
無効審判の請求は、利害関係人でなければすることができないと解されるところ、請求人は、住宅・宅地の分譲、土地・建物の賃貸等を業務とするものであって、商品の生産や譲渡を業とする者ではなく、広く認識されているという商標を特定の商品について使用している者にあたらない。請求人の子会社や三井グループ各社が商標を使用しているというが、これら各社は勿論、子会社と雖も法人格は各々別個である。
また、三井グループや保全会は、法的根拠に基づいたものではなく、請求人らによる任意の団体であるから、その一構成員あるいは一会員であるをもって審判請求の利益ありとするは、利害関係の範囲をいたずらに広くするものであって、利益なければ訴権なしの趣旨に反するものといわなければならない。<5>以上、詳述したように、本件商標は商標法第4条第1項第8号、同第10号及び同第15号のいずれにも該当するものでなく、また、本件審判の請求は不適法として却下されるべきである。
(2)「三井」の商号、商標の使用や新規使用、変更、廃止等についての保全会の了解・了承を得るべきは、いわゆる身内のことであって、第三者を拘束するものでなく、また、請求人が保全会の幹事会社たる地位も身内の取り決めであるにすぎず、かかる地位をもって直ちに無効審判請求人となり得るとはいえない。
混同を生ずるおそれは、引用商標が周知著名であることに加え、本件商標と引用商標の類似性、本件商標の指定商品「化粧品」と引用商標の使用に係る商品とにおける商品の用途、原材料、品質や製法、取引の慣行、流通経路等の共通性に基づいて判断すべきである。
普通書体の「MITSUI」は、極ありふれた氏を欧文字で表したものに該当し、請求人のいうように自他商品識別力がない商標であるが、本件商標は、各構成欧文字が図案化されていることに加え、上下2本の横線と「m」の左側の横線と「i」の右側面とにより略々長方形の枠体を表現している点に顕著姓が認められたものである。また、普通書体の「MITSUI」からは「三井」の他に「三ツ井」、「三津井」及び「密意」の観念及び称呼を生ずること明らかであるから、仮に三井グループが周知著名であったとしても、本件商標から直ちに三井グループのみを想定するとはいえないと判断された結果登録されるに至ったものと解する。この意味でも請求人のいう「三井」等と本件商標とは互いに非類似の商標というべきである。
「三井」は、極ありふれた氏に相当するばかりでなく、三井グループ各企業の統一的な氏名とも、著名な略称ともいえない。
審判請求の直前である6日前に商標登録の出願をなし、これをもって利害関係ありとするは、他に法的な利害関係がないことを自らが認めているものであり、請求人の商標登録出願に、少なくとも本件商標を引用して拒絶理由が発せられた事実をもって初めて利害関係が生ずるものと解する。この点に関し、東京高裁昭和57年(行ケ)第67号判決によれば、「商標の登録出願ないしはこれに基づく不使用取消審判の請求は単に妨害的な意図に基づく権利乱用行為である」(第8頁裏)、「訴権ありといえるためには請求人が、指定商品について現実に営業を行っているとか、そのための準備行為に入っていて、自己の商標を使用しようとする状況にあることを要する」(第8頁表)と判示している(乙第7号証)。してみると、単に三井グループのために商標の保全を図ることの目的で商標登録出願したり、それに基づいて無効審判を請求することは利害関係がないといえる。
4.よって先ず、本件審判請求に関し当事者間に利害関係についての争いがあるのでこの点についてみるに、請求人は、商標登録を無効にするにつき利害関係を有する者に限られるべきであるが、この利害関係を有する者とは、当該登録商標が存在することによって直接不利益を被る関係にある者と解すべきであるから、登録出願した商標が当該登録商標と類似し、指定商品も同一又は類似のものであるとして、当該登録出願が拒絶され、又は拒絶されるおそれがある場合、その商標登録出願人は、当該登録商標について商標登録の無効の審判を請求する法律上の利益を有するものというべきであり、これは平成7年(行ケ)第270号判決(平成8年2月28日東京高裁言渡)によっても明らかである。
また、利害関係の存否は審決時に存すればよいと解するのが相当であり、このことは、昭和54年(行ツ)第152号(昭和55年10月28日最高裁言渡)及び昭和36年(オ)第465号(昭和37年12月7日最高裁言渡)各判決によっても明らかである。
ところで、請求人は、本件審判の請求前に「MITSUI」の欧文字よりなる商標を第3類「化粧品、せっけん類、香料類、歯磨き、家庭用帯電防止剤、家庭用脱脂剤、さび除去剤、染み抜きベンジン、洗濯用漂白剤、つや出し剤、研磨紙、研磨布、研磨用砂、人造軽石、つや出し紙、つや出し布」を指定商品として登録出願し、これが平成8年商標登録願第67984号として現在当庁に係属していることを確認し得たものである。
そして、本件商標からはその構成文字に相応して、「ミツイ」の称呼が生ずるものであるのに対し、当該登録出願に係る商標は前記したとおりの構成よりなるところ、その構成文字に相応して「ミツイ」の称呼が生ずるものであるから、両商標は、「ミツイ」の称呼を共通にし、当該登録出願の指定商品中には本件商標の指定商品と同一又は類似の商品が含まれていること明らかであるので、当該登録出願は、本件商標を引用され、商標法第4条第1項第11号に該当するとして、その登録を拒絶されるおそれがあるといえるものである。
そうとすれば、請求人は、本件商標について無効審判を請求する利害関係があるといわなければならない。
そこで、本案に入って判断するに、請求人及びその関連会社は、我が国有数の企業グループを構成し、その業種は広範にわたり、これがいわゆる三井グループと称され、また、「MITSUI」の欧文字よりなるものは、該グループ各社が、商標として各種商品若しくは各種役務に使用し、さらに、該グループに属する多数の各社が、その名称の英文字表記に使用して、本件商標の登録出願時前既に取引者、需要者間に広く認識されているものであることは、当庁においても顕著な事実である。
他方、本件商標は、別紙に表示したとおりの構成よりなるところ、やや図案化されてはいるが、この程度の欧文字の図案化は極普通に行われているものであり、また、当該文字部分の上下に描かれた2本の太線は、文字部分を際立たせるための装飾的図柄といえるものであるから、自他商品識別標識としての機能を果たすのは「mitsui」の文字部分にあるというのが相当である。
してみれば、本件商標は、請求人及びその関連会社が、商標として又は名称の一部に使用して、本件商標の登録出願時既に需要者間に広く認識されていた「MITSUI」の文字と類似するものであるから、被請求人が、本件商標をその指定商品について使用する場合、これに接する取引者、需要者は、その商品が請求人の業務に係り若しくはその関連会社の業務に係る商品であるかの如く、商品の出所について混同を生ずるおそれがあるものといわなければならない。
なお、被請求人は、普通の書体で表された「MITSUI」は、ありふれた氏「三井」に通じるから自他商品識別標識として機能を有しない旨主張するが、「三井」がありふれた氏であるとしても、これに接する取引者、需要者は、むしろ前述した事情からして、請求人を含むいわゆる三井グループを想起するというべきであり、また、本件商標の指定商品「化粧品」の需要者は、十代後半からの女性であると主張しているが、化粧品は、女性用のみでなく男性用も多数存在し、かつ、需要者とは、最終消費者のみでなく、取引者等をも含むものと解するのが相当であるから、被請求人のこの主張は採用しない。
したがって、請求人の他の請求理由について論及するまでもなく、本件商標は、商標法第4条第1項第15号に違反して登録されたものであるから、同法第46条の規定に基づき、その登録を無効とすべきである。