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東京高等裁判所 平成10年(行ケ)148号 判決 1998年11月26日

富山市花園町1丁目1番7号

原告

藤井侃

訴訟代理人弁理士

吉野日出夫

鈴江武彦

石川義雄

小出俊實

大阪市北区堂島浜2丁目1番40号

被告

サントリー株式会社

代表者代表取締役

鳥井信一郎

訴訟代理人弁護士

鈴木修

矢部耕三

同弁理士

柳生征男

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第1  当事者の求めた裁判

1  請求の趣旨

特許庁が平成9年審判第5813号事件について平成10年3月31日した審決を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

2  請求の趣旨に対する答弁

主文と同旨

第2  請求の原因

1  特許庁における手続の経緯

被告は、別紙商標目録に表示したとおりの構成からなり、指定商品を商品の区分第29類の「ミネラルウオーター」とする商標登録第2669597号商標(平成2年7月3日商標登録出願、平成6年5月31日設定登録。以下「本件商標」という)の商標権者である。原告は、平成9年4月17日、被告を被請求人として、上記商標登録の無効の審判を請求し、同年審判第5813号事件として審理された結果、平成10年3月31日に「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決を受け、同年4月16日にその謄本の送達を受けた。

2  審決の理由

審決の理由は、別添審決書「理由」の写し記載のとおりである。

3  審決を取り消すべき事由

審決は、次のとおり、違法であるから、取り消されるべきである。

(1)  取消事由1

審決は、コンサイス日本地名辞典第3版(甲第4号証の1及び2)を引用して、本件商標を構成する文字中の「南アルプス」は、「長野県、山梨県、静岡県の3県にまたがる山岳地帯であり、」と認定し、「南アルプス」の文字から看取される地理的範囲が特定されているかのように認定しているが、本件商標中の「南アルプス」の文字は、その具体的な地域を直接、かつ、端的に把握し難いものであって、上記認定は、誤っている。

(2)  取消事由2

審決は、「南アルプス」は、商品「鉱泉水(ミネラルウオーター)」の採取地であると認定しているが、誤っている。

すなわち、上記のように広域にわたる「南アルプス」という地名に接する取引者、需要者は、鉱泉水の採水地であると認識することはなく、むしろ、「原生林に包まれた清例な環境地域である」という爽やかなイメージを端的に理解し、認識するものであって、これをその指定商品に使用しても、商品の品質、産地を表示するものではないとみるのである。

審決は、甲第7号証の「南アルプス山系の無双連山より流出した清らかな水を湧水とした自然水」(123頁)の記載をとらえて、「南アルプス」は鉱泉水(ミネラルウオーター)の採取地であると認定しているが、上記記載は、「南アルプス」が直接採水地であるとするものではなく、鉱泉水「無双の水」の由来を説明しているにすぎない。商品「鉱泉水」の一般的取引者及び需要者が「無双連山(むそれやま)」の所在地が「南アルプス」であるという事実を広く認識しているとはいい難い。したがって、上記審決の認定は、誤っているものである。

(3)  取消事由3

審決は、本件商標をその指定商品に使用するときは、南アルプスの文字部分を自他商品の識別標識としての機能を有する文字とは認識しないものといえるから、該文字部分より生ずる称呼をもって取引に当たることはない旨判断しているが、誤っている。

すなわち、「南アルプスの天然水」は、「全国名水一覧表」(甲第7号証128頁ないし129頁)の商品名欄に記載されているから、鉱泉水の銘柄、すなわち、鉱泉水の商標を表示するものとみることができ、商品「鉱泉水」の商標として看取され、「ミナミアルプスノテンネンスイ」の称呼をもって取引されるものである。また、「SUNTORY」の文字部分は、すべての商品に使用される総合商標、ハウスマーク(企業商標)を示すものであるのに対し、その下段に記載されている「南アルプス天然水」の文字部分は、個々の商品ごとに使用される商品の個別商品標識としての商標を示すものと把握されるものであって、この個別商品標識である「南アルプス天然水」の文字部分に相応して、「ミナミアルプステンネンスイ」の称呼を生じ、また、商品「鉱泉水」について使用する場合には、「天然水」の文字部分を省略して把握される「ミナミアルプス」の称呼をも生ずるものである。更に、被告の広告において、「サントリー<南アルプスの天然水>」として、「サントリー」の文字に続く「南アルプスの天然水」の文字部分について、<>の記号により「南アルプスの天然水」の文字が括られ、これによって「南アルプスの天然水」の文字部分に格別の注意が惹起される結果、該文字は、独立の出所識別機能を果たす文字部分として看取されるものであり、被告によるこのような使用状況に照らして、本件商標中の「南アルプス天然水」の文字部分は、これに接する取引者、需要者に独立の出所標識として理解され、認識されるものというべきである。

第3  請求の原因に対する認否及び主張

1  請求の原因1及び2は認め、同3は争う。審決の認定判断は正当である。原告の取消事由の主張は、いずれも原告の主観的な立場からの審決の事実認定の誤りを指摘するにすぎず、そのような事実認定の誤りがなにゆえに審決の違法という結果を導くのか明らかでなく、すべて理由がないものである。

2  被告の主張

(1)  取消事由1について

原告は、甲第4号証の1及び2の「南アルプス」の特定的な地理的内容を示す記述をことさらに無視して審決を論難しているが、同号証によれば、「南アルプス」という用語は、「長野県、山梨県、静岡県の3県にまたがる山岳地帯」という「著名な地理的名称」として十分に一般取引者及び需要者に知られていることが明らかである。

(2)  取消事由2について

本件商標における「南アルプス」の部分は、上記のとおり、特定の「著名な地理的名称」として、鉱泉水の需要者一般において「産地、販売地」を表示するものと理解されるものである。

原告の主張は、自ら提出した証拠について客観的に誤った読み方や解釈をした結果もたらした何ら根拠のないものにすぎない。

(3)  取消事由3について

原告は、「SUNTORY」と「南アルプス天然水」を2段に書してなる本件商標において、下段の「南アルプス天然水」の文字部分をもって、出所標識として認識され、取引に使用される旨主張しているが、その根拠については何らの主張もしていない。

原告は、本件商標において、「南アルプスの天然水」だけでの称呼が生じうるとし、「SUNTORY」といういわゆるハウスマークから別途独立して「南アルプスの天然水」が出所識別標識たりうるとの主張をしているが、その立証はない。結局、原告は、「南アルプス」の文字部分において独立の自他商品識別力が認められるという主張も立証もしていない。

第4  証拠

証拠関係は、本件記録中の書証目録に記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

第1  請求の原因1及び2は、当事者間に争いがない。

第2  審決を取り消すべき事由について判断する。

1  本件商標は、別紙商標目録に表示したとおり、「SUNTORY」と「南アルプス天然水」の各文字を上下2段に書してなる構成であるのに対し、審決にいう引用商標は、「南アルプス」の文字を横書きにしてなるものである。

2  原告は、本件商標中の「南アルプス天然水」の文字部分は、これに接する取引者、需要者に独立の出所標識として理解され、認識されるものであるとして審決の認定判断を論難し、審決は取り消されるべきものである旨主張するので、検討する。

本件商標の構成中の上段の「SUNTORY」の文字は、原告も認めるとおり、被告のいわゆるハウスマークであって、これが著名な商標であることは、当裁判所に顕著な事実である。

一方、「南アルプス天然水」の文字は、その文字内容に照らし、「南アルプス山麓から湧き出した自然の水」の意味に理解されるものであるということができ、また、本件全証拠によっても、本件商標中の「南アルプス天然水」の部分が、取引の実情のもとにおいて、独立して出所の識別標識として使用され、また、使用されうるといった事情を窺うことはできない。

そうすると、「SUNTORY」と「南アルプス天然水」の各文字を上下2段に書してなる本件商標を指定商品であるミネラルウオーターに使用した場合には、著名な商標である「SUNTORY」の部分が、取引者、需要者に対して、商品の出所の識別標識として強く支配的な印象を与えるものというべきであり、他方、「南アルプス天然水」の部分が、「SUNTORY」の出所識別機能を排除して、それのみをもって出所の識別機能を有するものとは認められない。

3  原告は、「SUNTORY」の文字部分は、すべての商品に使用される総合商標、ハウスマーク(企業商標)を示すものであるのに対し、その下段に記載されている「南アルプス天然水」の文字部分は、個々の商品ごとに使用される商品の個別商品標識としての商標を示すものと把握される旨主張するが、商標は、自分の商品と他人の商品とを区別するという出所識別機能を果たすものであるところ、前説示のとおり、「南アルプス天然水」はそのような機能を果たすものではないから、原告の上記主張は、採用することができない。

4  原告は、「南アルプス」の地域的範囲についての審決の認定の誤りなども主張するが、その主張事実は、審決の結論を左右するものとは認められない。

第3  以上によれば、審決には違法はなく、その取消しを求める原告の本訴請求は、理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条を適用して、主文のとおり判決する。

(口頭弁論終結日 平成10年10月29日)

(裁判長裁判官 清永利亮 裁判官 春日民雄 裁判官 宍戸充)

理由

1.本件登録第2669597号商標(以下、「本件商標」という。)は、別紙に表示したとおりの構成よりなり、平成2年7月3日に登録出願、第29類「ミネラルウオーター」を指定商品として、同6年5月31日に登録がなされたものである。

2.請求人が本件商標の登録無効の理由に引用する登録第1956721号商標(以下、「引用商標」という。)は、「南アルプス」の文字を横書きしてなり、昭和59年10月20日に登録出願、第29類「清涼飲料、果実飲料、その他本類に属する商品」を指定商品として、同62年5月29日に登録、その後、平成9年10月7日に商標権存統期間の更新登録がなされ、現に有効に存統しているものである。

3.請求人は、「本件商標の登録は、これを無効とする。審判費用は、被請求人の負担とする」旨の審決を求め、その理由を以下のように述べ、証拠方法として甲第1号証および同第2号証を提出している。

(1)本件商標は、引用商標と類似する商標であって、かつ、指定商品も同一または類似するものであるから、商標法第4条第1項第11号に該当し、同法第46条第1項の規定により無効にされて然るべきものと確信する。

本件商標は、甲第1号証のとおり、肉太の欧文字「SUNTORY」を左横書きし、その下に構成態様を著しく異にする細線の明朝活字により「南アルプス天然永」の文字を左横書きに併記したものである。そして、肉太で書された上段の「SUNTORY」の文字は、被請求人のハウスマークであると同時にそれ自体取引者、需要者に広く知られた著名商標であること明らかである。

しかして、本件商標は、肉太に書された箸名商標の「SUNTORY」の欧文字とこれと構成態標を異にする「南アルプス天然水」の日本文字とを併託した構成よりなるから、これに接す取引者、需要者は、著名商標である「SUNTORY」の文字から、とれがサントリー株式会社のハウスマークであることを認識すると共に併記された「南アルプス天然水」の文字部分も上記した構成により、それ自体独立して認識され、しかも、該構成文字中の「天然水」の文字は該商品ミネラルウオーターを指称するものであるから、それに冠して表示された「南アルプス」の文字を該商品のベットネームとして理解し、これより生ずる「ミナミアルプス」の称呼をもって該商品の取引に当たるものとみるのが相当と思量されるところである。

そうとすれば、本件商標は、その構成から「南アルプス」印としての機能をも果たし得るものであり、これより「ミナミアルプス」の称呼をも生ずるものといわざるを得ない。

これに対し、引用商標は、「南アルプス」の文字よりなるから、該構成文字に相応して「ミナミアルプス」の称呼を生ずること明らかである。

してみれば、本件商標と引用商標は、「ミナミアルプス」の称呼を共通にする類似の商標であって、かつ、本件商標の指定商品である「ミネラルウオーター」は引用商標の指定商品に包含されているから、両者は、指定商品においても類似すろものであり、結局、本件商標は、商標法第4条第1項第11号に該当し、その登録出願は拒絶されるべきであった。

よって、本件商標の登録は、商標法第46条第1項の規定にもとづき無効とされるべきである。

4.被請求人は、「本件審判の請求は成り立たない、審判費用は請求人の負担とする、との審決を求める。」と答弁し、その理由を以下のように述べ、証拠方法として乙第1号証乃至同第3号証(枝番を含む。)を提出している。

(1)請求人は、本件商標が引用商標「南アルプス」に類似し本件商標は商標法第4条第1項第11号に違反して登録されたものであると主張するが、当該主張は理由がない。請求人は本件商標が登録される前に同じ理由で異議申立を行ったが、理由なしとの決定(乙第1号証)があった。当該審判請求についても棄却の決定をもらいたい。

(2)本件商標は「SUNTORY」と「南アルプス天然水」の文字を二段に併記してなる商標である。上記の異議決定謄本で審査官が述べているように、本件商標を構成する「南アルプス天然水」の部分は「南アルプス地方の水源から採取された天然水」の意味を表したものと理解され、単に商品の産地、品質を表示したものと認識されるから、商標としての自他商品識別力を発揮しない。よって、本件商標の商標としての自他商品識別力を発揮する主要部は「SUNTORY」の部分である。

また、請求人は、登録第3100832号商標「南アルプスの」という登録商標を有するが(乙第2号証の1)、当該商標の出願中に審査官から、当該商標は「南アルプス」を容易に認識させる「南アルプス」の文字を書してなるところ、「ミネラルウオーター(鉱泉水)」に使用してもこれより需要者は「南アルプスの伏流水から採取された鉱泉水」としか認識し得ないものであるから、単に商品の産地、品質を表示するにすぎない、との拒絶理由通知があり(乙第2号証の2)、これに対して請求人は、指定商品から「鉱泉水」を除く手続きを行い登録に持ち込んだ(乙第2号証の3)。すなわち、請求人も「南アルプス」の部分は商品の産地、品質を表す表示にすぎないと認めている。

(3)ミネラルウオーターの業界では、その水の産地を強調して販売することが慣行になっており、その産地を大きく表示することが一般的であることは乙第3号証として提出する「日本の名水」

いう雑誌をみれば一目瞭然である。

5.請求人は、被請求人の答弁に対する弁駁として、以下のように述べている。

(1)被請求人は、本件商標が登録きれる前に、請求人は異議申立を行ったが、理由なしとの決定があった。当該者判請求についても、棄却の決定をもらいたい。と述べ、乙1号証としてその異議決定謄本写を提出し、異議決定の理由を援用しながら、審査官が述べているように「本件商標を構成する『南アルプス天然水』の部分は『南アルプス地方の水源から採取された天然水』の意味を表したものと理解され、単に商品の産地、品質を表示したものと認識されるから、商標としての自他商品の識別力を発揮しない。

よって、本件商標の商標としての自他商品識別力を発揮する主要部は『SUNTORY』の部分である。」と答弁しており、また、該異議決定謄本の異議理由の中においても、その結論のところで審査官は「してみると、本願商標に接する取引者、需要者はその構成中の造語を認められる『SUNTORY』の文字部分を捉えて、これより生ずる『サントリー』の称呼をもって商品の識別に当たるものというべきであって、本願商標はこれより『サントリー』の称呼のみを生ずるものである。」と認定しているのである。

果たしてそうであるうか。

実際現実の取引において、本件商標を付した商品「ミネラルウオター」を購入している実状において、上記認定のとおり本件商標から「サントリー」の称呼しか生じないとすると、取引者、需要者は、該商品を購入する際に、該商品を指称して「サントリー」を下さい。といって購入するのであるうか。

答えは、「否である。」こと明白である。「サントリー」の称呼のみでは、「サントリー」印の付された数多い商品群の中から、それがいずれの商品を指称しているのか、商品を特定できないことは明らかであるからである。

該商品(ミネラルウオーター)は、既に本件商標を付して現実に販売されており、実際の取引の場において「サントリー」の称呼のみを持って取引されていないこと上記のとおり(商品を特定できないこと。)明らかであり、このことは、実証済みも同然なのである。

取引者、需要者は、該商品を購入するとき、「南アルプス天然水」を下さい。といって購入しているのである。したがって、異議決定の理由における「本件商標からは、『サントリー』の称呼のみを生じ、取引者、需要者は該称呼をもって商品の識別に当たるものというべきであって」の部分は、現実の取引の実体と遊離した判断になっているのである。すなわち、請求人が本件審判請求書において、その請求の理由で述べた「肉太で書された上段の『SUNTORY』の文字は、被請求人のハウスマークであると同時に、それ自体取引者、需要者に広く知られた著名商標であること明らかである。

しかして、本件商標は、肉太に書された著名商標の『SUNTORY』の欧文字とこれと構成態様を異にする『南アルプス天然水』の日本文字とを併記した構成よりなるから、これに接する取引者、需要者は、著名商標である『SUNTORY』の文字から、これがサントリー株式会社のハウスマークであることを認識すると共に、併記された「南アルプス天然水」の文字部分も上記した構成より、それ自体独立して認識され、しかも、該構成文字中の『天然水』の文字は、指定商品ミネラルウオーターを指称するものであるから、それに冠して表示された『南アルプス』の文字を該商品のベットネームとして理解し、これより生ずる『ミナミアルプス』の称呼または「ミナミアルプステンネンスイ」の称呼をもって該商品の取引に当たるものとみるのが相当と思量されるところである。」と記載したとおり、構成中の「南アルプス天然水」の文字部分も、それ自体、独立して自他商品の識別機能を果たしていることは、現実の商品取引の掲において、その機能を果たしている事実により実証済みも同然といえるものである。

このことについて、もう少し突っ込んだ具体的な事例で説明すると、例えば、商品「りんご」について、「青森県のおいしいりんご」の構成より成る商標があったとしたら、「青森県のおいしい」の部分は、「りんご」についての産地・品質を表したものであって、自他商品の識別機能がないこと明らかであるから、需要者等が、販売店に行って「青森県のおいしいりんごを下さい。」と言った場合店員さんは「青森県のりんごは、ここにいろいろあるのであすが、どれにしましょうか。」といって、りんごの品質等について説明するのではないだろうか。

すなわち、「青森県の」・「おいしい」の文字は、「りんご」については産地・品質を表すものとして、ありふれて普通に使用されていることから、自他商品の識別機能が無いのである。

これに対して、本件の場合、上記に述べたとおり、現実の商品取引の場において、取引者、需要者は、販売店で「ミネラルウオター」の購入に際し、「ミナミアルプステンネンスイを下さい。」と称呼して該商品を指称しただけで、店員さんは、即座に該商品の商標の構成中に表示されている「SUNTORY」の文字の有無に関係なく、需要者等の欲する当該商品を持ってくるであろうことは、経験則上からも明白である。

すなわち、上記に例えて説明した「りんご」における「青森県」・「おいしい」の文字が該商品の産地並びに品質を表しているにすぎないために、これらの文字によっては商品の識別ができないことは、いうまでもなく明白なことである。

これに対して、本件商標の場合の「南アルプス天然水」の文字は、上記で述べた理由の通り、現実の取引において商品の識別機能を発揮しているのであるから、「青森県のおいしいりんご」の場合とは、全く質を異にするものであり、該「南アルプス天然水」の文字部分は、「ミネラルウオーター」についての産地並びに品質を表すものとして普通に使用されている文字ではなく、それ自体、独立して自他商品の識別標識としての機能を具備しているということが、実際の商品取引における実状によって明らかなのである。

そもそも、「南アルプス」の地理的名称は、明治時代の中期、英国人ウイリアム=ガウランドにより命名されたものであって、本州中部、中央高地の最高峰地域の飛騨・木台・赤石の3大山脈を総括してこれを「日本アルプス」を称し、その内、赤石山脈を「南アルプス」と称しているものである。この「南アルプス」と称する赤石山脈は、険しい山岳地帯であっで、「南アルプス」といった場合の普通一般の人々が抱くそのイメージは、雄大なる景観を呈している美しく素晴らしい山岳梵を直ちに想起するものであって、「ミネラルウオーター或いは名水といわれている天然水」の特産地を想起すろものではない。すなわち、「南アルプス」は、水の産地を表示するものとして普通に使用されているものではない。(もちろん、この地域から水が出ないといっているのではない。天然水の特産地としては、取引者、需要者の脂裏には、直ちに想起されないということである。)

しかして、「南アルプス」或いは「南アルプス天然水」の文字を商標として「ミネラルウオーター」に使用したとき、これに接する取引者、需要者は、アルプスの美しく雄大な山脈を直ちに想起し、その美しさ故に「そこから湧出する永(ミネラルウオーター)は美味しいだろうな」というような暗示等が需要者等の脂裏に生じたとしても、それでもなお、「南アルプス」の美しい山岳美は、その景観故に、シンボライズ化され、毅然として明確に自他商品の識別標識としての目印になり得るものである。したがって、「SUNTORY」の文字から生じる「サントリー」の称呼に頼ることなく、それ自体が、商品取引の実際の協において、商品の識別の標識としての機能を采たしているのである。

このように、商標が商品の品質について、ある関接的な良いイメージを暗示させながらも、かつ、自他商品の識別機能が損なわれない商標は、優れた商標のひとつというべきではないだろうか。以上の通り、本件商標は、構成中の「南アルプス天然水」の文字についても、現実の商品取引の場において、それ自体、自他商品の識別標識としての機能を果たしているものであり、産地表示としての暗示を需要者等に与える場合があったとしても、それは間接的なものであり、なお、その機能は損なわれないものである。

原審の審査では、該異議決定番でもわかるように具体的な証拠を提示し、それに基づいての産地、品質等の判断はしていないようであるが、審判手続並びに裁判手きにおいては、具体的な証拠に基づいて判断されているのであるから、被請求人が、請求人の所有に係る引用商標「南アルプス」の文字並びに本件商標の構成中の「南アルプス天然水」の文字は、「ミネラルウオター(鉱泉水)」について、産地、品質を表すにすぎないものであると主張するからには、その証拠を提示してその主張をすべきである。これについての立証責任は被請求人にあるのである。

(2)被請求人は、「請求人が、登録第3100832号商標「南アルプスの」という登録商標を所有するが(乙第2号証の1)、当該商標の出願中に審査官から当該商標は、『南アルプス』を容易に認識させる『南アルプスの』の文字を書してなるところ、これより需要者は『南アルプスの伏流水から採取された鉱泉水』としか認識し得ないものであるから、これを『ミネラルウオーター(鉱泉水)』に使用しても、単に商品の産地、品質を表示するにすぎない、との拒絶理由通知があり、指定商品から『鉱泉水』を除く手続きを行った」ことは、請求人も該文字が商品の産地、品質を表すものであると認めている旨述べているが、ここにこのように無効審判を請求していること自体、該文字が商品の産地、品質を表すちのであることを認めていないことは自明であるにもかかわらず、このことをその答弁の理由に挙げることはナンセンスなことである。すなわち、指定商品は、出願人の自由な意志によって、特定の指定商品を切り離した分割出願もてき、そしてその後にそれについて争ってもいいわけである。また、これを補正により削除した場合においても同様である。したがって、これらの手続きがあったとしても、それらは、審査官が示した拒絶理由を認めたということにはならないことは明らかであり、ここで述べていることは、被請求人の独善的な推論である。

(3)ミネラルウオーターの業界では、その水の産地を強調して販売することが慣行になっており、その産地を大きく表示することが一般的であるとして乙第3号証(日本の名水)を提出しているが、ここに紹介されている全国名水地図において、掲載されている地名は、具体的な地理上の名称に基づく箇所であり、全国的に散在する小さく限られた地である。しかも、ここには「南アルプス」の紹介はない。

いたるところに水は存在するが、水があるからというだけでは商標法上でいう「水」の産地にはならないのである。ましてや、3県にまたがる広大な地域であって、しかも日本古来からの地名ではない明治の中期に外国人によって命名された「南アルプス」の地理的名称が、その地域全体において「ミネラルウオーター(鉱泉水)」の産地、品質を表するものとして需要者等が認識するはずはないのである。前記したように、雄大な南アルプスを想起させる「南アルプス」の文字からなる商標は、それ自体、独立して自他商品の議別標識としての機能は損なわれないものというべきである。

(4)以上述べた如く、本件商標の構成中の「南アルプス天然水」の文字部分は、実際の商品取引の場において、それ自体独立して自他商品の識別標識としての機能を果たしているものであるから、本件商標は、該文字に相応して「ミナミアルプス」又は「ミナミアルプステンネンスイ」の称呼をも生ずるものである。

これに対して、引用商標は、「南アルプス」の文字よりなるから、これより「ミナミアルプス」の称呼を生ずるので、本件商標と引用商標は、「ミナミアルプス」の称呼において類似する商標であり、かつ、本件商標の指定商品は、引用商標の指定商品に含まれているものであるから、両者は、指定商品においても類似し、結局、本件商標は、商標法第4条第1項第11号に違反して登録されたものである。

6.よって判断するに、本件商標は、別紙に表示したとおり、「SUNTORY」と「南アルプス天然水」の各文字を上下二段に書してなるものであるところ、「南アルプス」は、「長野県、山梨県、静岡県の3県にまたがる山岳地帯」(株式会社三省堂が1989年12月15日に発行した「コンサイス日本地名事典 第3版」の第1145頁)であり、そして、そこは、「よみうりカラームックシリーズ 日本の名水」(続売新聞社1991年10月28日第1刷発行)(乙第3号証)の第123頁に商品「南アルプス 無双の水」の説明として「南アルプス山系の無双連山より湧出した清らかな水を源水とした自然水。」と記載されていることから、「鉱泉水(ミネラルウオーター)」の採取地であることが認められる。

そうすると、「南アルプス天然水」の文字は、「南アルプス山麓から湧き出した自然の水」の意を理解させるものであり、また、近時、山麓で採取された天然水が鉱泉水(ミネラルウオーター)等に用いられている実情よりすれば、本件商標をその指定商品「ミネラルウオーター」に使用するときは、本件商標に接する取引者、需要者は、その構成中に普通に用いられる態様で表してなる「南アルプス」の文字部分を単に商品の品質、産地を表示したものと理解するに止まり、自他商品の識別標識としての機能を有する文字とは認識しないものと言えるから、該文字部分より生ずる称呼をもって取引に当たることはなく、被請求人の製造販売に係る商品「ウイスキー、茶、清涼飲料」等に使用されている本件商標中の「SUNTORY」の文字に注目し、これより生ずる称呼、観念をもって取引に当たるものと判断するのが相当である。

してみれば、本件商標は、その構成中の「SUNTORY」の文字部分に相応して、「サントリー」の称呼、観念を生ずるものである。

他方、引用商標は、前記の通り、「南アルプス」の文字を書してなるから、該文字に相応して「ミナミアルプス」の称呼、観念が生じるものである。

してみれば、本件商標と引用商標とは、その称呼、観念について相紛れるおそれはなく、外観については、両商標は、前記のとおりの構成よりなるから、外観上明らかに相違するものである。

したがって、本件商標は、引用商標と外観、称呼、観念において相紛れるおそれのない非類似の商標であるから、商標法第4条第1項第11号に違反して登録されたものではなく、商標法第46条第1項の規定により、その登録を無効にすることができない。

なお、請求人は、「本件商標構成中の『南アルプス天然水』の文字部分も、それ自体、独立して自他商品の識別機能を果たしていることは、現実の商品取引の場においてその機能を果たしている事実により実証済みも同然といえる。」と主張しているが、その証左の提出がなく、また、他に、これを認めるに足る資料もないから、該主張を採用することができない。

商標目録

本件商標

<省略>

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